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大阪簡易裁判所 平成21年(ハ)30572号 判決 2010年4月13日

原告 破産者X産業株式会社

破産管財人 鈴木秋夫

被告 甲野太郎

同訴訟代理人弁護士 中村恒光

主文

1  被告は,原告に対し,40万円及びこれに対する平成21年6月26日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  この判決は仮に執行することができる。

事実及び理由

第1  請求

主文と同旨。

第2  事案の概要

原告は,破産者X産業株式会社(以下,破産会社という。)の破産管財人であり,被告は,破産会社と同社の代表取締役であった乙山一男(以下,訴外乙山という。)の破産申立代理人であった弁護士である。

平成21年1月30日,破産会社名義のりそな銀行の預金口座(口座番号*******,以下本件銀行口座という。)から被告名義の三井住友銀行の預金口座(以下,本件預り金口座という。)へ40万円が振り込まれたところ(以下,本件振込という。),原告は,前記金員の受領は法律上の原因のない利得であるとして被告に対し返還を求め,被告は,訴外乙山の破産申立についての着手金であり,正当な原因があるとして争う事案である。

1  請求原因の要旨

(1)本件振込により,被告は40万円を利得した。

(2)本件振込により,破産会社は40万円を損失した。

(3)被告の利得と,破産会社の損失は相当因果関係がある。

(4)本件振込は,破産申立のための費用の預り金として送金されたものであり,訴外乙山の着手金として送金されたものではないから,被告は本件振込による40万円を着手金として受け取る法的権利はない。

2  争点

本件振込の法律上の原因の存否。

3  争点についての被告の主張

(1)本件振込にかかる40万円が法形式的には破産会社の資金として処理されることは否定しない。

被告は,訴外乙山個人の代理人として同人の破産申立てを代理して行い,その着手金として40万円を受け取った。

(2)本件振込の原資は,もともと訴外乙山個人の出捐にかかるものである。

訴外乙山は,個人の金員をすべて会社の口座へと吐き出しており,法人と個人の財産の区別を殆どしていなかった。

訴外乙山は,自身の破産申立の着手金であることを認識して,本件振込をした。

被告は,本件弁済時に,本件弁済が破産会社名義の預金からのものであることは知らずに,訴外乙山から着手金を振り込んだとの連絡があったので,40万円を引き出した。

(3)法律的なバランスの問題として,破産会社には多額の訴外乙山個人の資金が流れており,個人の破産申立をするに際して,個人の費用を破産会社の資金で賄うことは妥当である。

4  争点についての原告の主張

(1)訴外乙山は,同人個人の破産申立のための着手金として本件振込をした認識はなかった。

(2)訴外乙山は,破産会社の財産から自身の債務を弁済する権限はないし,破産会社は法人財産から訴外乙山の個人的債務を弁済すべき法的義務はなく,本件弁済は無効であり,被告が法人財産から代表者個人の自己破産の弁護士報酬を受領することは法律的根拠を欠く。

本件銀行口座は,破産会社の売掛金や買掛金の入出金のためのものであり,その原資は破産会社の計算によるものである。

第3  当裁判所の判断

1  被告は,受任者の報酬請求権を主張するところ,訴外乙山が被告に対し,自己の破産申立をすることを委託し,被告はこれを承諾する委任契約を締結したこと,被告が平成21年1月30日,大阪地方裁判所堺支部に対し,訴外乙山の破産申立を行ったこと,本件振込があったこと,本件振込にかかる40万円は法律的には破産会社の資金であることは争いがない。

そうすると争点は,①訴外乙山は被告に対し,破産申立の事務処理の対価として40万円の報酬(着手金)を支払う旨の合意をしたかどうか,②本件振込にかかる40万円が着手金として振り込まれたか否か,③本件の具体的な状況下において,破産会社の資金を個人の破産申立費用として使うことが法律的に許されるか否かの3点であり,以下順次検討する。

2  40万円の報酬支払い合意について

(1)被告は,破産会社と訴外乙山の破産申立費用として,それぞれ具体的にいつ,どこで,誰といくらで合意したのか,主張しない。

(2)訴外乙山は,その証言において,以下の要旨の証言をした。

平成21年1月18日頃,自分の経営する破産会社の破産申立を決心し,被告のアドバイスで個人,法人とも破産申立を被告に委任した,そのとき,費用については個人,法人をあわせて裁判所への予納金や手数料等,弁護士報酬その他諸々の経費として300万円くらいかかるとの説明を受けた,被告から40万円を振り込むように言われて振り込んだが,先に説明を受けていた300万円の一部と思って,個人,法人の峻別の意識もなく振り込んだ。

(3)一方,被告は本人尋問において,1月26日に50万円の振り込みを指示したときには法人の,本件振込に際しては個人の着手金と説明したと供述した。

しかし,同尋問において,委任契約書を作成していない理由について,どのくらいの手間がかかるか不明だから着手金がいくらになるか分からず,作成していないと説明しているところ,取り調べた各乙号証によれば,破産を申し立てた1月30日以降も,被告は売掛金や買掛金の回収,支払,賃借物件の整理など申立人代理人としての業務を継続している。

また,その後の委任契約書を作成したとの証拠はない。

(4)乙第6号証によると,平成21年1月23日,被告は訴外乙山に50万円の振り込みを指示するに際し,法人個人を区別せず着手金50万円を「内金としてとりあえず」と説明している。

(5)以上の事実を総合すると,1月30日の時点では,具体的に個人と法人の着手金額についてそれぞれ訴外乙山に説明し,個人の着手金を40万円として合意していたとは認められない。

3  本件振込の趣旨について

平成21年1月30日時点で訴外乙山の着手金額40万円の合意があったことが認められないことは,先に説明したとおりである。さらに,乙第6号証によると,先になされた50万円の送金に際しては,被告は報酬口座への送金を指示しているが,本件振込は預り金口座へ振り込まれていること,甲第5号証によると,3月25日になされた被告の裁判所に対する説明では,破産会社の着手金についてはその旨記載しているが,本件振込については記載がないこと等に加え,訴外乙山は,40万円についての説明はあったと思うが覚えていない,300万円の一部という認識で送金したと証言していること,さらに本件振込当日,被告法律事務所職員は被告からの指示で預り金口座の通帳を持って銀行から引き出しているのであって,訴外乙山が振込先を間違えたとは考えにくいこと等を総合すると,本件振込は預り金として送金されたものと認められる。

4  法人資金を個人の破産申立費用として使うことの妥当性について

訴外乙山の証言によれば,同人は生命保険の解約金ばかりでなく,従前から個人として受け取るべき給料も会社の存続のために資金としてつぎ込んでいたと認められ,訴外乙山が自分と破産会社の破産申立を決めた以後,「会社の金と言っても自分の金と思っていた。」という意識を持つことはやむを得ない面もある。

しかしながら,一方で訴外乙山は,破産申立を決める以前においては,甲第9ないし11号証,乙第40,41号証によれば破産会社の支払と売掛金の回収,個人の収入と生活費の支払いについてそれぞれ通帳を作り,会社に個人の資金を投入するときは「会社に貸し」などと,個人と法人の資産を明確に区別しており,同人の証言においても,会社の金を自分の個人的必要のために引き出すことはしていなかったと証言しており,被告においても,訴外乙山の話を聞いたり資産関係の書類等を調査するにあたって,そのような事情は知っていたと考えられるし,これから破産を申し立てる弁護士としては,個人と法人の区別をしっかりとし,むしろ申立人本人をそのように指導すべきであって,個人資産が底をつきかけていたとしても(乙40,41),個人の破産申立時期をずらして弁護士報酬額について積み立てさせる等,債権者や破産会社の管財人に疑念を抱かせない方法はとり得たものと考えられる。

被告の論旨には賛成できない。

5  まとめ

以上によれば,被告の主張はいずれも採用できず,本件振込にかかる40万円は報酬額の合意のないまま破産会社の資金が預り金として振り込まれたものであって,訴外乙山の着手金として被告が受領できないものであるから,法律上の原因がないと認められ,被告は原告に対し40万円及びこれに対して返還を請求した日(甲第7号証。なお年度が平成20年とあるのは,同21年の誤記であると思われる。)の翌日である平成21年6月26日から支払済みまで民事法定利率である年5分の割合による遅延損害金の支払義務がある。

よって,主文のとおり判決する。

(裁判官 西村幸雄)

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