大判例

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大阪簡易裁判所 昭和23年(ハ)493号 判決

原告 牧野久太郎

被告 吉田ハナ

一、主  文

原告の請求はこれを棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

二、事  実

原告訴訟代理人は「被告に対し原告に大阪市東成区大今里町七百三十三番地の六所在の木造瓦葺二階建居宅四戸一棟のうち東側の家屋一戸を明渡すことを命ずる」との旨の判決並びに担保を條件とする仮執行の宣言を求め、その請求の原因として前記請求の趣旨記載の家屋一戸(以下本件家屋と略称す)は原告の所有であるところ被告は昭和二十二年六月上旬頃から何等正当の権限がないにもかかわらず本件家屋に居住しこれを占有しているので原告は、その所有権に基いて被告に対しその明渡を求めると述べ、被告の答弁及び抗弁に対し本件家屋を訴外中村常吉に被告主張の通りの定めで賃貸していた事実及び被告が右訴外人と内縁の夫婦関係を結んでいた事実は何れも之を認めるがその余の事実は総て否認する、原告はその娘に夫を迎え同人等を本件家屋に居住させるためこれを必要とするにより仮に被告がその主張のように賃借権の讓渡を受けたとしてもこれに対し承諾を興えることはできないと述べた。<立証省略>

被告は主文第一、二項記載と同旨の判決を求め答弁として被告はその内縁の夫であつた訴外中村常吉と共に本件家屋を昭和二十年四月二十日右家屋の前所有者訴外和田庄三郎から賃料一ケ月金二十四円(但毎月末迄に持参支拂うときは金二十二円に減額の定め)毎月末日支拂う定めで敷金金百円を差入れ賃借したものである。尤も右賃借名義は被告の長男が戰死し被告が女性であるので対外的関係を考慮して形式上内縁の夫中村常吉の名義としたけれども、事実上の賃借人は被告である。それだからこそ被告自ら本件家屋の賃料を爾來毎月末日に賃貸人和田の管理人池田由介方に一度も遅滞することなく持参支拂つていた。ところが被告は昭和二十二年六月末頃訴外中村常吉と家庭的事情から相談の上内縁の夫婦関係を断つにいたり同時に右訴外人は本件家屋から立去り大阪市南区河原町一丁目千五百十八番地に新築した自宅に住むにいたつたのである。そして原告は同年五月頃訴外和田庄三郎から本件家屋を買受け、その所有権を取得すると共に事実上の賃借人である被告に対する本件家屋を買受け、その所有権を取得すると共に事実上の賃借人である被告に対する本件家屋の賃貸人の地位を承継したのであるから被告が右の通り適法に取得した賃借権に基き本件家屋を占有しているのを指して不法占有であるとの原告の主張は正当でない。

仮に訴外中村常吉が本件家屋の賃借人であつて被告はその内縁の妻としてこれに居住していたのに過ぎないものとしても被告は前掲日時に訴外中村常吉と夫婦別れをするとき同訴外人から本件家屋の賃借権の讓渡を受けたによつて原告に対し本訴に於て(昭和二十四年七月十五日)本件賃借権讓渡につき承諾を求める。そして被告は前記の事情の許に本件家屋に居住し、賃料支拂の能力をもち且つ本件家屋をその用法に從つて住居としてのみ使用しその他これが使用收益上何等非難されるような事柄はないのに原告が被告の求める右承諾を拒みその明渡要求を固執するのは信義誠実の原則に反し権利の濫用である。依つて何れにしても原告の本訴請求は失当であると述べた。<立証省略>

三、理  由

原告主張の家屋(本件家屋)が原告の所有であつて被告がこの家屋に居住していることは当事者間に爭がない、被告は内縁の夫訴外中村常吉と共同して本件家屋を前所有者和田庄三郎からその主張の如き定めで賃借した旨抗爭し被告が訴外中村常吉と内縁の夫婦関係を結んでいたこと同訴外人が本件家屋を被告主張の定めで賃借していたことは原告の認めるところであり原告が本件家屋を訴外和田庄三郎から買受けその所有権の取得に因り訴外和田の賃貸人としての地位を承継したことは弁論の全趣旨に徴し明に爭ないところである。被告本人訊問の結果によると被告の右主張に副うものがあるが成立に爭ない乙第一号乃至第三号証同第五号証と証人中村常吉の証言によると訴外中村常吉は昭和二十年四月二十日当時の本件家屋の所有者和田庄三郎の管理人池田由介との間に右家屋につき自己單独を当事者(賃借人)として被告主張のような定めの賃貸借契約を結んだことが認められるにより賃借人は訴外中村常吉であるという外なく、從つて被告が右訴外人と共に右契約上の当事者である賃借人として本件家屋の使用收益権を有するとの抗弁は採用できない。しかしながら前顕乙第一号乃至第三号証同第五号証が被告の手中に存在する事実と証人野沢時次、同中村常吉の各証言及び原、被告各本人訊問の結果を総合すると被告は昭和十二、三年頃中村常吉と夫婦約束をして、その挙式披露もして戸籍上の手続こそしていないが約十年に亘り所謂内縁の夫婦として同棲生活を続けその間戰災或は家屋の強制疎開により当初の中村の居宅から次に被告の居宅に共々居を移し更に同二十年四月中旬頃本件家屋に移住し、爾來この家屋で同棲生活を営んでいたこと、ところが同二十二年六月頃中村常吉は被告と協議の上夫婦関係を解消し本件家屋から退去して自己の新築家屋に住むことになつたのであるが別れた後被告が住居に支障を來すことがないようにとの考慮から被告に本件家屋の賃借上の権利を讓つたこと、原告は本件家屋の隣家に住んでいて中村常吉がこの家屋を賃借し被告と同棲居住していることを承知していたのみならず同二十二年初頃被告から家主和田庄三郎が財産税納付の必要上本件家屋等持家を賣却処分するとの評があるから若し処分するなら被告に於て買受けたいにより和田と懇意な間柄の原告から同人の意向を尋ねてくれとの依頼を受けたことがあり、被告等が本件家屋をその住居として保持し將來に亘り使用する考をもつていることを知悉しながら同年三月頃被告等不知の間にこの家屋を和田庄三郎から買受けたことが何れも認められる。而して住宅用の家屋の賃貸借については特別の事情のないかぎり賃貸人に於て契約面に現われる賃借人のみならず、これと当該家屋を本拠として共同生活を営むその家族に対しても各自賃借人と同等の立場で共同してその使用占有を爲すことを予期し、かかる権能をその家族に附與する暗黙の合意があるものと認めるのを相当とし、その契約の効果として家族も直接賃貸人に対し自己居住のため賃借人と共同占有し得る地位を取得するものといえる(このことは家屋の賃貸に際し家主が借家人の家族の多寡その性別、年齢及び職業等家族関係に多大の考慮を拂い契約締結の諾否を決している実情に照してからも推論できる)。そこで本件の場合につきみるのに被告は法的には訴外中村常吉の配偶者と称し得ないが前認定の事実関係により社会通念上これと同等視するのを相当とし、訴外中村常吉と前賃貸人和田庄三郎との間の賃貸借契約に特別の事情のあつたものと認むべきものがないから、賃貸人和田から本件家屋を中村の家族として同人と同等の立場で被告の居住のため占有することを暗黙の合意により認められて居住していたものと解せられ、原告も亦被告が本件家屋につき前記のような事実上並びに法律上の地位にあることを了知し、しかも被告が將來相当の間その住居として保持使用する意図あることを予期しながら敢て本件家屋を買受け前主の地位を承継したものであるから、契約面に現われた賃借人その人の変動はさてをき少くとも契約の当事者ではないが本件家屋を使用し得る権能を有していた被告がこの家屋の居住占有を継続するであろうことを納得していたものという外はない。そして原告本人訊問の結果によると訴外中村常吉が本件家屋を退去した後に於ても被告は本件家屋をその用法に従い住居としてのみ使用し、これについて何等非議すべき点もなくその賃料の支拂能力についても少しも憂のないことが窺える。そこで被告が原告に対し本訴に於て本件賃借権の讓渡につきその承諾を求めたことは本件記録上明白であり、これに対し原告はその子女に夫を迎えるので本件家屋を使用する必要があるとてこれを拒否し、原告本人訊問の結果によると右の主張に吻合するものがあるけれども右本人の供述によると原告には娘が一人あるのに過ぎないのであるから原告居住の家屋の外に被告から強いて本件家屋の明渡を得て娘夫婦の新居に充てねばならぬ程に住宅事情が窮迫しているものとは到底思はれない。以上認定した事情のもとに於て原告は被告に対し被告が賃借権讓渡による該権利取得に基き本件家屋を居住使用することを忍從すべきであつて、これを拒否し被告に対し本件家屋の明渡を求めるのは信義に反し権利の濫用であるといわなければならない。よつて原告の本訴請求を失当としてこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九條を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 若木忠義)

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