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大阪簡易裁判所 昭和44年(ハ)600号 判決 1974年9月20日

原告 植村勝治

右訴訟代理人弁護士 梅田満

同 正森成二

同 小林保夫

同 鈴木康隆

右訴訟復代理人弁護士 臼田和雄

同 稲田堅太郎

被告 森田達也

右訴訟代理人弁護士 須田政勝

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、その所有地内にある下水排水路を、別紙図面(イ)(ロ)(ハ)から(イ)(ロ)(チ)に変更せよ。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、肩書住居地である大阪市住吉区西長居町五八〇番地の四二の宅地とその地上家屋とを所有して、同家屋を住居に使用しており、被告は、右原告所有地に隣接する同町五八〇番地の四一の宅地と地上家屋を所有して、同家屋に居住している。

2  被告は、前記所有土地家屋の使用により生ずる余水(以下下水という)を公共下水道に流入させるため、原告所有地(別紙図面(ロ)(ハ)の地点)を通って設けられた下水溝(同図面に青色で表示された部分)を使用している。

3  右下水溝は当初原告方の居宅の東方外側に沿って設けられたものであるが、原告は、右居宅に入居後これに接着して東側空地に炊事場等を増築したため、右下水溝は原告方居住家屋の内部を分断する形で通っていることになり、暗渠になっていないために臭気が甚だしいばかりでなく、家屋保存の上からも不適な場所である。

4  下水道法第一一条および民法第二二〇条によれば、高地からの排水は低地所有者に最も損害の少ない方法で行うべきものであるところ、原告は、前記増築後に、自己の所有地の下流について、各居住者の所有地の東端の部分に、新しく別紙図面の(ハ)から(ニ)(ホ)(ヘ)(ト)の各会所を通って公共下水道に至る地下下水路(同図面の緑色で表示した部分)を自費で新設したのであって、被告方の下水も、原告所有地の東端の部分を通って前記地下下水路へ流すのが、原告にとって最も損害の少ない方法である。

5  なお、旧民法は低地通水権に関し、「家用又ハ農工業用ノ為メニ変質シタル水ノ通過ハ地下ニ於ケルニ非サレハ之ヲ要求スルコトヲ得ス」(財産編二三四条二項)とか、「如何ナル場合ニ於テモ建物ノ下ヲ経……テ水ノ通過ヲ要求スルコトヲ得ス」(同二三五条二項)と規定していたのであって、このような考え方は現行民法の低地通水権に関する規定の解釈においても通用するものというべきである。

6  よって被告に対し、前記各法条に基き、被告方の下水の排水路を従前の(ロ)(ハ)から原告にとって損害の最も少ない(ロ)(チ)に変更することを求める。

二  請求原因に対する認否、答弁

1  請求原因1、2の事実は認める。

2  請求原因3の事実のうち、原告がその主張の如き炊事場等の増築をしたことは認めるが、臭気が甚だしいとの点は争う。かりに臭気を感ずるとしても、排水溝の上をセメントで被覆するなどの装置をすればこれを防ぐことが可能である。

3  原告が本件下水路変更の個所として指示する別紙図面(ロ)(チ)を結ぶ線上には現在被告方の増築建物が建っており、右下水路設置のためには同建物の一部を取毀さねばならないので、これによって蒙むる被告の損害は甚大である。また、原告が新しく設けた別紙図面(ニ)(ホ)(ヘ)の地下下水路は三インチ管を敷設したものであって、原被告を含めた上流四戸の下水を十分に排水することができないばかりでなく、勾配も少ないために、下流の下水が別紙図面の(ヘ)を通って逆流することもあるような状況であって、排水路としての機能が十分ではない。

4  原告は、本件下水路の変更請求の根拠として下水道法第一一条および民法第二二〇条の規定を挙げているが、下水道法第一一条は、土地の所有者等が自己の土地の水を公共下水道に排水するために低地又は他人の土地を使用して排水を流入させなければならないときに、低地又は他人の土地に排水設備を設けることができ、低地の所有者なり他人は承水義務を負うことを、公法上義務づけた規定であって、右規定が直接私法上の権利関係を規律するものでないことは、同法が行政法規であることから明かであり、また、民法第二二〇条は、高地の所有者が人工排水を公共下水道等に排水するため新しく低地を通過させる場合の規定であって、本件の如く既設の下水路が存在する場合に、その下水路を変更することの請求権を定めたものではない。したがって、同条に基いて裁判上既設の下水路を変更する請求権は認められず、変更したい者はすべての利害関係人と協議して円満に下水路を変更する以外に方法はないものというべきである。かりに私法上の権利として、下水路変更請求権が認められるとしても、右の請求は、当該下水路を利用している利害関係人全員を相手方としてなされねばならないのであって、被告のみに対する本訴請求は失当である。

5  なお、原告は旧民法の規定を云々するが、それは、新しく下水路等排水を行う場合に建物の下を通過することを要求できない趣旨であって、既存の下水路の存在を知悉して、自ら好んでその上に建物を建てた者に、下水路が建物の下を通過しているから変更してくれという請求権を認める趣旨でないことは明かである。

第三証拠≪省略≫

理由

一  請求原因1、2の事実は当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫を総合すれば、

(1)  原被告らが現在居住する建物は別紙図面に示すとおりたがいに隣接する七戸の居宅のうちの各一戸であり、建売住宅として同時に建てられ、各居住者がこれをその敷地とともに買受けたもの(ただし、渡瀬の所は訴外手合が買受けその後渡瀬が譲受けたもの)であって、各建物の東側に沿って各住居から生ずる下水を公共下水道へ流入させるため別紙図面に青色をもって表示した共用の下水溝(既設下水溝という)が設けられており、各居住者は入居以来これを使用してきたこと、

(2)  原告およびその下流にあたる山本、高橋、井上らは、その後それぞれ前記自己の居宅の敷地に接続する既設下水溝の東側の土地を買受けたが、原告は、昭和四〇年暮ごろになってその居宅の東側に接着して、右買受地上に炊事場(別紙図面に「炊事場」と表示したもの)を増築し、右の増築により既設下水溝を通って流れる被告方を含む上流の下水が別紙図面(ロ)(ハ)の部分において原告方居宅の内部床下を流下する結果になったこと、

(3)  原告は、右炊事場の増築と同時に、そこから生ずる下水等を排出するため新しく別紙図面(オ)から(ワ)へ至る部分と(ハ)から(ワ)を経て(ニ)に至る部分に地下下水管を埋設し、かつ右の下水を(ニ)から公共下水道へ導くため山本、高橋、井上の前記買受地の東端の部分に(ニ)から(ホ)(ヘ)(ト)の各会所を通って公共下水道へ至る地下下水管の埋設による下水路(新設下水路という)を設けたこと

以上の事実を認めることができる。

二  原告は、上叙事実関係のもとにおいて、前記炊事場の増築により既存の下水溝が原告方の住居の内部を分断する形で通ることになり、右下水溝には上部の蓋がないため臭気が甚だしいばかりでなく、家屋の保存上にも不適であり、これらの下水を原告が設けた新設下水路に流すのが、原告にとってもっとも損害の少ない方法であるとして、下水道法第一一条および民法第二二〇条に基づき、被告に対し、既設の下水溝の使用に代えて被告所有地内の(ロ)(チ)の部分に新たな下水路を設け、(チ)から(ニ)を通って前記新設下水路へ下水を流すよう下水路の変更を求めるので、以下右請求の当否について判断する。

(1)  原告は、本件下水路変更請求の根拠として民法第二二〇条、下水道法第一一条の規定を援用するが、民法第二二〇条は高地の所有者がいわゆる下水を公共下水道等へ排出するため新たに低地に水を通過させる場合の規定であって、本件の如く、低地に存在する既設の下水路を高地所有者が使用している場合について直接定めたものではない。また下水道法第一一条には、他人の設置した排水設備(下水路等)の使用について、これを使用する者は、排水設備にとって最も損害の少ない箇所および方法を選ばなければならないことを定めているが、これも、当該排水設備自体の使用に関する事柄にほかならず、従って、前記各法条は、いずれも直接には原告の本訴下水路変更請求の根拠規定とはならないものというべきである。

(2)  しかしながら、民法第二二〇条が、低地通水権を有する者の通水に関して、低地のために損害の最も少ない場所および方法を選ぶことを要するものとした同条の規定の趣旨からすれば、もし通水権者がこれに違背して通水をするときは、低地所有者は通水権者に対して低地のために損害の最も少ない場所および方法による通水をするよう請求し得るものというべく、ひいては、本件の如く、通水権者が低地に設けられた既存の下水路を使用している場合であっても、後日右下水路の使用による低地の損害が増大するに至り、一方これに代わるべきより損害の少ない他の排水方法が可能であるようなときは、右の通水権者に対して、既存の下水路の使用に代えて後者の方法をとるよう請求できるものと解するのが相当である。ただし、この場合には、既存の下水路の使用を前提として通水権者の社会生活事実が積み重ねられてきており、かつ新しい排水路等を設けるための費用の問題もあるので、叙上の排水方法の変更を認めるに当っては、これがために通水権者が不当な犠牲を蒙むることにならないよう留意されなければならない。つまり、引きつづき既存の下水路を使用することによってうける低地の損害と、従前の排水方法を変更するために通水権者の蒙むる不利益等を比較考量し、前者が後者と同等かまたはこれを上廻るときにおいて、はじめて変更請求が許されるものと考える。

(3)  さて、右の見地に立って本件をみるに、現状においては既設の下水溝が原告方居宅の内部床下を通過する形となり、しかも右下水溝は蓋のない開放的のものであるから、下水の通過等により多少の臭気が立上る場合のあることは容易に推知されるところであり、この点において、上流の下水を別紙図面(ロ)(チ)を経て(ニ)(ホ)(ヘ)の新設下水路へ流す方法によるのが、原告にとってより損害の少ないものであることは明かである。しかしながら、右下水溝はもともと原告方居宅の東方外側に沿って屋外に設けられていたのに、原告が右下水溝を跨いで東方空地に前記炊事場の増築をしたため上叙のような不都合を生ずるに至ったもので、いわば原告が自ら招いた結果ともいうべく、右下水溝から発する臭気も、弁論の全趣旨から推して、原告の主張するように甚だしいものではなく、適当な上部蓋を設けることによって防止が可能であるものと思われる。一方、≪証拠省略≫によれば、被告は本件居宅へ入居すると同時に、その敷地の東側空地を買取って同所と隣家の吉村方居宅の東側空地との上に作業場を建築し、現にこれを家業の唐木細工の仕事場に使用していることが認められるのであって、新しく(ロ)(チ)を結ぶ箇所に下水路を設けるには右作業場のその部分を取毀たねばならないのみならず、(ロ)(ハ)の水路を閉鎖して(ロ)(チ)を通って(ニ)へ下水を流す場合は、原告方を含む上流四戸の下水が全部(ニ)(ホ)(ヘ)の下水管に集まることになるが、≪証拠省略≫によれば、この場合右下水管の排水能力がはたして万全であるか否か疑わしい状況であることが認められる。かくて、これらの諸般の事情を彼此考量するときは、原告の本件下水路変更請求については、上叙の基準に照してこれを認めるに十分な理由がないものと断ぜざるを得ない。

三  なお原告は、旧民法財産編の低地通水権に関する規定を援用して、現に原告方の建物の下を通っている既設下水溝につき、これが水路の変更を求める本訴請求の正当性を主張するが、右旧民法の規定は、通水権者が新しく低地に水を通過させる場合を定めたものであって、既存の下水路の上に後から建物を建てたため、その結果として下水路が建物の下を通過するに至ったような場合に、これが水路の変更請求を認める趣旨のものとは解せられないので、右主張も採用できない。

四  以上説示のとおりであるから、原告の本訴請求を理由なしとして棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 小石寿夫)

<以下省略>

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