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大阪簡易裁判所 昭和45年(ハ)1267号 判決 1971年12月21日

原告(反訴被告) 大島伯栄

右訴訟代理人弁護士 黒田喜蔵

同 黒田登喜彦

被告(反訴原告) 松本政子

<ほか一名>

右両名訴訟代理人弁護士 井関和彦

同 松井清志

同 中田明男

主文

1  原告の請求はいずれも棄却する。

2  反訴被告は反訴原告に対し金一二万円および、内金七万円に対する昭和四六年二月九日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

3  反訴原告のその余の請求を棄却する。

4  訴訟費用は本訴反訴を通じ原告(反訴被告)に生じた費用を一〇分し、その一を原告(反訴被告)と被告(反訴原告)松本との間において被告(反訴原告)松本の負担、その余を原告(反訴被告)の負担とし、本訴反訴を通じ被告(反訴原告)松本に生じた費用を五分しその一を被告(反訴原告)松本の負担としその余を原告(反訴被告)の負担とし、被告谷本に生じた費用は原告の負担とする。

5  この判決は第二項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一、原告(反訴被告以下原告という)

(一)  本訴

1 被告松本は原告に対し別紙目録記載の家屋(以下本件家屋という)を明渡し、且つ昭和四五年七月一日から右明渡に至るまで一ヶ月三、八〇〇円の割合による金員を支払え。

2 被告谷本は原告に対し右家屋の階下部分を明渡せ。

3 訴訟費用は被告らの負担とする。

4 仮執行の宣言。

(二)  反訴

1 反訴原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は反訴原告の負担とする。

二、被告松本(反訴原告以下被告松本という)

(一)  本訴

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

(二)  反訴

1 原告は被告松本に対し金二七万円とこれに対する昭和四六年二月九日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

3 仮執行の宣言。

三、被告谷本

1、原告の請求を棄却する。

2、訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  本訴請求原因

1  本件家屋は昭和六年頃から被告松本の先代高田丑松が賃借していたところ、訴外伊藤実がその所有権を取得して賃貸人の地位を、被告松本は相続により賃借人の地位をそれぞれ承継していた。両者は右賃貸借につき昭和四一年八月二日賃料一ヶ月三、八〇〇円、毎月末日翌月分先払、期間昭和四三年七月末日迄と約定して更新した。

2  訴外伊藤と被告松本との間で昭和四三年七月頃前記賃貸借につき前回と同一条件で更新するとともに昭和四五年七月末日限り本件家屋を明渡す旨の期限付合意解約をなした。

3  原告は昭和四四年一一月四日訴外伊藤から売買により本件家屋の所有権を取得したところ、爾来被告松本は原告に対し異議なく賃料を支払い、もって右家屋の譲渡並びに賃貸人の地位承継を承認した。

4  前記合意解約の期限である昭和四五年七月末日の到来とともに被告松本との間の本件家屋賃貸借契約は終了した。

5  被告谷本は本件家屋の階下部分を居住して占有している。

6  よって被告松本に対し賃貸借契約終了を原因として本件家屋の明渡しと昭和四五年七月一日から七月末日迄の賃料三、八〇〇円とその翌日から右明渡済まで一ヶ月金三、八〇〇円の割合による賃料相当の損害金の支払い、被告谷本に対し所有権に基き本件家屋の階下部分の明渡を、それぞれ求める。

二、本訴請求原因に対する認否

本訴請求原因1の事実のうち契約の更新並びに期間の定めを否認しその余の事実を認める。同2の事実は否認する。同3、5の事実は認めるがその余の主張は争う。

三、本訴請求原因に対する被告谷本の抗弁

被告松本は昭和四〇年七月頃被告谷本に本件家屋の階下部分を転貸し、家主である訴外伊藤はその頃右転貸を承諾した。

四、抗弁に対する認否

転貸の事実は認めるがその余の事実は否認する。

五、被告松本の反訴請求原因

1  原告の被告松本に対する本訴は原告の故意又は重大な過失による違法な訴訟提起である。

すなわち原告は本件家屋を訴外伊藤から買受け後、被告松本に対し有効期限昭和四五年一一月迄の家賃金領収通帳を発行して毎月家賃を徴収していたが、昭和四五年六月頃賃料を一ヶ月五、〇〇〇円に増額請求したので被告松本がこれを拒絶したところから原告は被告松本の追出を策し、その理由のないことをしりながら訴外伊藤との期限付合意解約なる虚構の事実を主張し本訴を提起したものである。

かりに原告の本訴提起が右合意解約の誤解に基づくものであるとすれば、原告が被告松本に右の点を確かめれば容易にその理由のないことを知りうるはずであったのにその確認を怠ったのであるから原告に重大な過失がある。

2  損害

(一) 被告松本は原告の不当訴訟に応訴のため弁護士井関和彦、同松井清志、同中田明男に着手金七万円を支払い、成功謝金一〇万円の支払を約した。

(二) 又被告松本は原告の右訴訟により平安な居住を脅かされその精神的苦痛を慰謝するには少くとも金一〇万円が相当である。

3  よって原告に対し民法七〇九条に基き右損害金二七万円と不法行為の後で本件反訴状送達の翌日たる昭和四六年二月九日から完済迄年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

六、反訴請求原因に対する原告の認否

反訴請求原因事実は全部否認する。

原告は訴外伊藤から本件家屋の買受けに当り、被告松本に昭和四五年七月末日右家屋の賃貸借契約が期間満了するので明渡をするか確かめたところ同被告は明渡を承認した。

第三、証拠≪省略≫

理由

一、本訴について

1  訴外伊藤、被告松本間の賃貸借

本訴請求原因1の事実は賃貸借契約の更新、期間の定めを除き当事者間に争いがない。

2  期限付合意解約

本訴請求原因2の事実を認めるにたる証拠がない。

3  本件家屋の譲渡と賃貸人の地位の承継

本訴請求原因3の事実は当事者間に争いがない。

4  そうすると原告と被告松本間の本件家屋賃貸借契約が昭和四五年七月末日限り終了したとする原告の主張は失当である。

5  被告谷本の不法占拠について

被告谷本が被告松本から本件家屋の階下部分を転借して居住していることは当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫によれば昭和四〇年七月頃家主である訴外伊藤が右転貸を承諾した事実が認められ、これを覆すにたる証拠はない。

そうすると被告谷本の本件家屋階下部分の占有使用は適法であり同被告は転借権をもって対抗できるから、不法占拠を原因とする原告の請求は理由がない。

二、反訴について

≪証拠省略≫を総合すると、原告は本件家屋の隣家を賃借していたところ昭和四四年一一月頃訴外伊藤実との間に右借家の売買の話が起り、おりしも本件家屋の階下に居住している被告谷本の転借期間が昭和四五年七月末日迄であって、二〇万円出せば同被告について立退きの見込があると聞き及び、その階下部分だけでも明渡をうけて使用したいものと考え、自己の借家と一緒に本件家屋を買受けたこと、その際被告谷本の立退きとは別に居住者被告松本の家屋明渡の可能性について特に話合いがなされたこともなければ訴外伊藤がその旨の言質を与えたこともなく、原告から殊更被告松本に対し家屋明渡の意思をただしたこともないこと、一方被告松本の賃貸借には期間の定めがなく、その頃同被告において本件家屋を不要とする事情や賃借人としての義務違反は何もなかったこと、原告は本件家屋買受後被告松本に対し昭和四五年一一月迄使用できる家賃金領収通帳を発行し賃貸借を継続する意思で賃料を受取る一方、被告谷本の転貸は昭和四五年七月で期限がきれるから階下を使用させてほしいと申入れたが、被告松本はこれを請合わなかったこと、更に昭和四五年春頃階下の明渡交渉をしたとき一〇〇万円以上の移転料が出るなら被告松本自身本件家屋全部の明渡をしないでもないような意向をもらしたので好都合な話だと乗気になったところ、その後間もなく被告松本が移転料を二〇〇万円要求して譲らなかったので、原告は気分を害し七月分の賃料の受領を拒絶し同年八月三日本訴を提起するに至ったことが認められ、右認定を左右するにたる証拠はない。

以上の事実関係のもとでは原告と被告松本との間に移転料の提供を条件に合意解約があったと主張するならともかく、訴外伊藤との間に合意解約があったと信ぜしめる事情は何もないのであるからこのようなことを主張して被告松本に対し無償で本件家屋の明渡請求をなすことのできないのは通常人の常識をもってすれば容易に明らかに判断しうるところであるのに、何を誤解したのか卒然として本件家屋の返還を求めて提起した原告の本件訴訟(本訴)は、被告松本に対して不法行為を構成するものといわなければならず、原告は同人に対し右不法行為により蒙った損害を賠償すべき義務がある。

そして右の如き不法提訴に応訴するためには弁護士に委任しなければ訴訟追行は困難であり弁護士に委任するのが通常であるから、これに支払う報酬はその金額が相当なものであるかぎり原告の不法行為によって直接生じた損害と認められる。≪証拠省略≫によると被告松本は弁護士松井清志ほか二名に着手金七万円を支払い、報酬として反訴請求を含め事件が解決したとき訴訟物の二割を支払う旨約したことが認められる。

そして≪証拠省略≫によると本件家屋の売買価格は一二〇万円であり起訴時の時価もこれを下らないと認められるから明渡訴訟の場合の経済的利益は特別の事情のない限り最高裁判所民事局長通知による訴額の算定基準に従いその1/2を基準にすべきところ、原告が約した弁護士報酬は大阪弁護士会報酬規定の標準額を超えないものであり、かつ事件の性質難易度、その他諸般の事情を斟酌して右報酬総額は金一二万円が相当である。

更に被告松本は原告の不法提訴により平安な居住を脅かされ精神的苦痛をうけたと主張し被告松本はこれに副う如き供述をしているが、この種の不安は不当訴訟に特有のものでもなく、本件では未だ居住権の侵害が現実化したわけではないこと、応訴のため弁護士費用の負担を余儀なくされたことによる苦痛も通常その賠償がなされれば慰謝されると考えられるから、被告主張の精神的苦痛は相当因果関係の損害と認められず結局原告の損害額は前述のとおり金一二万円と判断される。なお着手金七万円を除きその余の弁護士報酬については支払時期が未だ到来していないから遅延損害金の請求は認容できない。

三、よって原告の本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、被告松本の反訴請求は原告に対し右損害金一二万円と内金七万円に対する反訴状送達の翌日であること記録上明らかな昭和四六年二月九日から完済迄民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において正当としてこれを認容し、その余の請求は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 篠原行雄)

<以下省略>

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