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大阪簡易裁判所 昭和50年(ろ)1716号 判決 1976年3月08日

被告人 上田基治

昭一七・二・二三生 まあじやん店手伝い

主文

被告人は無罪。

理由

本件公訴事実は「被告人は、上田賢一と共謀の上、大阪府公安委員会の許可を受けないで昭和五〇年四月三日ころから同年五月一五日までの間、大阪市東淀川区東淡路町四丁目三〇三番地の、まあじやん屋「随宏」こと上田賢一方の二階において、まあじやん卓六台を設備して不特定多数の客に遊技をさせ、もつて風俗営業であるまあじやん屋を営んだものである。」というものである。

本件記録中の各証拠を綜合すると

右まあじやん屋「随宏」は被告人の父上田賢一名義をもつて昭和四九年三月二三日附大阪府公安委員会の許可を得て同所木造瓦葺二階建一棟の内、一階床面積四二・六九平方メートル、開放土間Pタイル張りの一室を客室とし、まあじやん卓一一台を設備するまあじやん遊技場として、そのころから営まれ始めたが右営業は実質的には当初から右賢一と被告人との共同経営であつた。

昭和五〇年二月ころ、右まあじやん卓一一台の内六台が遊技中の客のトラブル防止のため電動式の卓に取り替えられ、それまでの使用卓の内六台が二階の物置部屋に収納されたが、同年三月初めころ、被告人が二階物置やそこに仕舞い込んだ卓を遊ばせておくのは勿体ないと考え、同物置をもまあじやん遊技の客室にしてはどうかと父賢一に相談したところ、同人もこれに賛成した。

そこで右相談に基づき同年三月末ころ、右物置部屋を改装するなどして(二階奥の和室には変更を加えていない)、客室面積約一九・三二平方メートル、これを含む二階営業場所の面積約二六・二五平方メートルの遊技場に改造した。

右改造に伴ない、外部からの侵入に対する用心のためもあつて、その際同時にそれまで一階客室の出入がその前面の一坪余りの空地部分を経て直ちに表道路からなされ得る状態であり、また二階にあがる階段も道路に面して階段入口があるという状態であつたのを同客室の外側に(即ち右空地部分に)さらに表廊下を増築して、直接道路に面するようにした新たな出入口に、シヤツター、自動扉を取り付けるなどの工事がなされ、これにより一階客室へは勿論、二階にも右表廊下から階段を経て出入りできるようになつた。

そのようにして増改築をした後、前記余剰分のまあじやん卓六台を備え付けた二階客室も、同年四月三日ころから、その後警察の立入調査を受けた同年五月一五日までの間、営業に使用せられたが、その使用状況は一階客室が満席のときやグループ客があるときなどの場合に一階の予備として使用せられ、従業員も特に配置せられておらず同所での営業による収益計算も一階でのそれと区別せられてはいない状態であつた。

被告人および右賢一は前記の増改築および二階客室での営業につき大阪府公安委員会の許可ないし承認が必要であるとは思いながら二階への階段の巾が狭いことからその許可が得られないのではないかという危惧があつた上に営業拡張による収入増加に対する慾もからんだため、上田賢一名義で右許可申請手続をする意思を有してはいたが、いずれその内にということで届出を怠つていた。

右警察による立入調査を受けてから以後は右二階客室は再び物置として使用せられ、一階は上田賢一名義による前記営業許可につきその更新を受けて従前どおりまあじやん業が営まれている、

以上の事実が認められる。

右認定の事実によれば、被告人らの前記増改築は、その態様が、一階については表道路に接する空地部分に僅か一坪余りの玄関廊下を付加したもので、一階営業所の主要部分たる客室には変更がなく、二階については従前から存した物置部屋内部に改装程度の造作の変更を加えたものにすぎず、結局既設の施設全体としてはその重要部分を維持しているものと見得るのであり、また設備の点についても当初使用のまあじやん卓の一部を取り替えた余剰分を流用したに過ぎないといい得るし、さらに営業者の意図としても従前からのまあじやん店「随宏」の営業施設の部分的拡張のつもりであつたことが窺われ、これらの点を綜合勘案すれば右増改築後の二階での営業のみを従前からの一階「随宏」の営業から切り離して、これと別個の営業と目することは困難であつて、むしろ、右増改築後の一階、二階、両客室での営業を全体として観察すればそれは従前上田賢一名義で大阪府公安委員会の許可を得て営まれていた「随宏」の営業と、営業者の点に関してのみならず、営業施設の点に関しても継続性ないし同一性を有するものとみるべきである。

検察官は右の事実関係における二階客室での営業という一事のみを重視してまあじやん営業において二室を設けることは営業許可の限度を超えるから本件二階での営業が無許可営業に該るというのであるが、

右の見解は、先ず、既に説示したことから明らかなように営業所の部分にのみ固執する誤りを犯しているものといわなければならない。

さらに風俗営業取締法第二条は、単に「……の営業を営もうとする者は……」と表現しているのみであつて、要するに同条は同法第一条所掲の営業を開始するについて許可が必要であることと、その許可を得る手続が都道府県の条例で定められる旨を規定しているにとどまり右の「営業の開始」ということの意味内容をも条例で定めることを規定しているものではない。もとより、営業の開始をかような許可にかからしめていることは許可の条件ないし基準の設定が条例等によつてなされることがあることをも当然予想せしめるところであるけれども、かかる許可の条件・基準の設定と「営業の開始」ということの意味内容を決めることとは同一ではないのであつて、検察官の「営業許可の限度を超えるから無許可営業になる」という主張は此と彼とを同一視するものであつて採るを得ない(彼是混同すれば、営業を開始しようとする者に対しては、全て許可を与えなければならないこととなろう)。

思うに同法第二条に定める営業許可は、同法第一条所掲の営業を営もうとする者の資格の面、および右営業の場所や営業所の設備構造の面の、両面に関し、そのいずれかの面において新規に営業を営もうとする場合に必要とせられる(従つて、右営業許可は一面、いわゆる対物許可の性質を有するものであるから、既にその許可を得ている者についても該営業者が、その営業所の構造設備を従前のそれと重要部分を毀損又は喪失するなどして同一性を失わしめる程度に変更したときは、初めの許可の効力は、右変更によつて当初の営業とは別個のものとなつたとみられる営業に及ばないから、同条の許可を新たに得ることを要することとなる。)ものと解せられるところ、前記説示の如く増改築の結果が既存の営業所施設の部分的変更に過ぎず、従つて従前「随宏」の営業の同一性を維持せしめているとみられる本件の場合においては、右変更は同法第三条に基く昭和三四年大阪府条例第六号の第七条に規定せられる「営業所の構造設備の著しい変更」に該ることがある(この場合においては営業者は右変更前に大阪府公安委員会の「承認」を得なければならない。)ことは格別それによつて直ちに従前営業につきなされた許可の効力に消長を来すものではないから、同変更後の、営業所ないし右変更部分での営業につき新規に営業許可を受けねばならぬとするいわれはない。

そうすると被告人らによる本件増改築後の二階部分におけるまあじやん営業が従前からの一階「随宏」での営業とは別個であることを前提とする本件公訴事実はその前提を欠き、結局本件公訴事実は犯罪の証明がないものというべく刑事訴訟法第三三六条により被告人に対し無罪の言渡をする。

(裁判官 黒根宗樹)

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