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大阪高等裁判所 平成元年(う)524号 判決 1991年5月23日

主たる事務所の所在地

大阪府四条畷市上田原六一三番地

医療法人

和幸会

(右代表者理事長 栗岡博良)

本籍

大阪市東区玉造二丁目二六番地の一

住居

奈良県生駒市生駒台北五四番地

団体役員

栗岡博良

昭和一二年七月一五日生

右の者らに対する各法人税法違反被告事件について、平成元年四月一四日大阪地方裁判所が言い渡した判決に対し、被告人らから控訴の申立があつたので、当裁判所は次のとおり判決する。

検察官 大本正一 出席

主文

本件各控訴を棄却する。

理由

本件各控訴の趣意は、弁護人尾鼻輝次、同大槻龍馬連名作成の控訴趣意書及び同尾鼻輝次作成の控訴趣意書並びに同植松正作成の控訴趣意補充書記載のとおりであり、これに対する答弁は検察官大本正一作成の答弁書記載のとおりであるから、これらを引用する。

第一  各控訴趣意中、事実誤認、法令適用の誤りの主張について

論旨は要するに、原判決が被告人たる医療法人和幸会(以下被告法人という)の昭和五八年三月三一日終了事業年度における減価償却費のうち、中小企業の機械の特別償却費九六八〇〇〇円につき損金算入を認めないで、これを青色申告書提出承認が取り消されたことによる取消益として犯則所得としたのは法令の解釈適用を誤り、事実を誤認したものであるという(なお、論旨は加えて、原判決は法人税法施行令六〇条のいわゆる増加償却の特例に考慮を払わないまま、租税特別措置法四五条の二・三項による青色申告の特典たる特別償却を否定する法令解釈及び事実誤認の誤りを犯しているという)ので、以下、所論にかんがみ記録を調査し、当審における事実取調の結果をも併せて検討する。

所論はまず、青色申告承認の取消は税務署長の裁量処分であると共に形成的処分であるから、法人税法一二七条三号の事由があつても、右取消が行われるか否か不確定であるうえ、右取消がなされても、過去にさかのぼつてその効果が生ずるにすぎないので、本件犯行時には未だ取消益及びこれを課税対象とする租税債権が発生していないのであるから、右租税債権に対する侵害行為たる逋脱罪が成立する余地はなく、又被告人栗岡博良、(以下被告人という)においても申告当時には青色申告承認取消に伴う増差税額につき逋脱の犯意などあり得ないという。

しかし、そもそも青色申告制度の恩典は正しい申告を前提とし、逋脱行為など予想していないのであるから、青色申告の承認を受けていた法人の代表者が法人税の逋脱行為に及んだため、青色申告の承認を取り消された場合、さかのぼつて元々右承認がなかつたものとして計算された法人税額から申告税額を差し引いた分が犯則所得としてその事業年度の逋脱額となるのは当然であり(最高裁判所昭和四九年九月二〇日判決参照)、しかも右代表者が敢えて法人税の逋脱行為をする以上、その結果として後に青色申告が取り消されるであろうことは右行為時において当然認識しているから(質問てん末書によると、被告人は、脱税行為に及べば、青色申告を取り消され、その税法上の特典を失うことを税理士から聞き知つていた旨自認している)、その逋脱の犯意を肯定するに支障はなく、所論は採用できない。

所論はまた、青色申告書を提出し租税特別措置法四五条の二・三項による特別償却をしていた被告法人としては重ねて法人税法施行令六〇条のいわゆる増加償却につき届出書を提出する必要はなく(かかる場合、右届出書が受理される筈もない)、その後青色申告の承認が取り消された際は、右届出書が提出されていたものとして取り扱うことこそ減価償却の本旨に合致するという。

しかし、右特別償却と増加償却の各制度は性質上そもそも互換性を有せず、青色申告の承認を受けていた法人が、その後右承認を取り消されたため、前以て増加償却の適用を受けるための届出書を提出する余地がなくとも、現に法人税法施行規則二〇条の二に定められた正規の届出書が提出されていない以上、右増加償却が否定される不利益を甘受せざるを得ず、右所論も排斥を免れない。論旨はいずれも理由がない。

第二  各控訴趣意中、量刑不当の主張について

論旨は原判決の量刑不当を主張し、その理由として、(一)、被告法人の架空計上費は、被告人が簿外の必要経費(医師に対する簿外給与、簿外接待交際費、簿外福利厚生費等)を捻出するために行つたもので逋脱の犯意がないのに、原判決は簿外経費をその実額より著しく低額に止めた認定をしていること、(二)、本件脱税の動機は最新の高価な医療機器を購入するための資金の備蓄にあること、(三)、犯則の手段方法は殆どが毎事業年度末に借り入れ金を起こして架空経費に振り替えて利益を圧縮するなど、税務当局の調査により直ちに発覚するような幼稚なものであること、(四)、逋脱額が同種事案に比し低額で、逋脱率も三五%と低いこと、(五)、本件脱税額とこれに対する重加算税、延滞金、修正地方税を納付済みであること、(六)、罰金と重加算税を併せて賦課することは二重処罰を禁じている憲法三九条の趣意に反すること、(七)、他の大規模な脱税事犯が起訴を免れていたり、三事業年度の告発起訴が通例なのに、本件は四事業年度にわたり起訴されていて公平を欠くこと、(八)、たとえ執行猶予付とはいえ懲役刑を選択した原判決により被告人には種々の欠格事由が生じ、被告人の一身のみならず、各法人の事業経営にも破綻を来すこと、(九)、被告人及び被告法人は地域社会の医療、老人福祉に貢献していること、(一〇)、被告人は捜査公判を通じ一貫して事実を率直に認め、反省悔悟の情も厚いことなどを指摘している。

そこで、所論にかんがみ記録を調査し、当審における事実取調の結果をも併せて検討するに、原判決が(被告人に対する懲役刑選択の理由)の項で適切に説示するとおり、本件は四事業年度にわたり合計一億七三〇〇万円の法人税を免れた事案であつて、その逋脱税額が極めて多額であるうえ、犯行の動機にも格別酌量すべき点はなく、他の同種事犯の量刑事例との均衡などを考慮するとき、所論のような被告人らに有利な諸事情を十分に斟酌しても、原判決の量刑が破棄しなければならない程不当に重すぎるとはいえない。論旨は理由がない。

よつて、刑訴法三九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 阿部功 裁判官 鈴木正義 裁判官 山本哲一)

平成元年(う)第五二四号

○ 控訴趣意書

法人税法違反 被告人 医療法人和幸会

右同 被告人 栗岡博良

右被告人に対する頭書被告事件について、弁護人の控訴趣意は次の通りである。

平成元年一二月一一日

右弁護人弁護士 尾鼻輝次

大阪高等裁判所第四刑事部 御中

一、原判決は、罪となるべき事実として

被告人医療法人和幸会(以下、被告法人という。)は、大阪府四條畷市上田原六一三番地に主たる事務所を開き、医療法人和幸会阪奈サナトリウム及び医療法人和幸会阪奈中央病院を経営しているもの、被告人栗岡博良(以下、被告人という。)は、被告法人の理事長としてその業務全般を統括しているものであるが、被告人は被告法人の業務に関し、法人税を免れようと企て

第一 被告法人の昭和五七年四月一日から同五八年三月三一日までの事業年度における所得金額が二億五七二〇万四一六五円(別紙一修正損益計算書参照)あったにもかかわらず、架空の広告宣伝費、福利厚生費、修繕費及び消耗品費等を計上するなどの行為により、その所得の一部を秘匿した上、同五八年五月三一日、大阪府門真市殿島町八番一二号所在の所轄門真税務署において、同税務署長に対し、その所得金額が一億七三六〇万九二一二円でこれに対する法人税額が七〇四七万三〇〇円である旨の内容虚偽の法人税確定申告書を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もって不正の行為により被告人の右事業年度における正規の法人税額一億五五八万二〇〇円と右申告税額との差額三五一〇万九九〇〇円(別紙五税額計算書参照)を免れ

第二 被告法人の昭和五八年四月一日から同五九年三月三一日までの事業年度における所得金額が二億八七八八万七五八〇円(別紙二修正損益計算書参照)あったにもかかわらず、前同様の行為により、その所得の一部を秘匿した上、同五九年五月三一日、前記門真税務署において、同税務署長に対し、その所得金額が一億五五二七万七四一九円で、これに対する法人税額が六三六七万一一〇〇円である旨の内容虚偽の法人税確定申告書を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もって不正の行為により被告法人の右事業年度における正規の法人税額一億一九三六万七三〇〇円と右申告税額との差額五五六九万六二〇〇円(別紙五税額計算書参照)を免れ

第三 被告法人の昭和五九年四月一日から同六〇年三月三一日までの事業年度における所得金額が二億八九四〇万四四二四円(別紙三修正損益計算書参照)あったにもかかわらず、前同様の行為より、その所得の一部を秘匿した上、同六〇年五月三一日、前記門真税務署において、同税務署長に対し、その所得金額が一億九一〇八万四三〇一円で、これに対する法人税額が七九二二万八〇〇円である旨の内容虚偽の法人税確定申告書を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もって不正の行為により被告法人の右事業年度における正規の法人税額一億二一七九万三四〇〇円と右申告税額との差額四二五七万二六〇〇円(別紙五税額計算書参照)を免れ

第四 被告法人の昭和六〇年四月一日から同六一年三月三一日までの事業年度における所得金額が三億二二七九万一二五五円(別紙四修正損益計算書参照)あったにもかかわらず、前同様の行為より、その所得の一部を秘匿した上、同六一年五月三一日、前記門真税務署において、同税務署長に対し、その所得金額が二億三一一四万四七〇四円で、これに対する法人税額が九七四二万一四〇〇円である旨の内容虚偽の法人税確定申告書を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もって不正の行為により被告法人の右事業年度における正規の法人税額一億三七一〇万四六〇〇円と右申告税額との差額三九六八万三二〇〇円(別紙五税額計算書参照)を免れたものである。

との事実を認定し、被告人医療法人和幸会(以下、被告法人という。)を罰金四〇〇〇万円に、被告人栗岡博良(以下、被告人という。)を懲役一年三年間執行猶予に処したが、右各量刑は重きに過ぎ破棄を免れないものと思料する。

二、被告法人及び被告人には、次のような酌量すべき情状がある。

1、本件脱税の動機について

本件脱税の動機は、被告人は、昭和五三年以来、被告法人の理事長として、精神科、神経科、歯科を有する「阪奈サナトリウム」と内科、外科中心の「総合病院阪奈中央病院」の二病院を経営してきたが、毎期収入が増大していっても、多額の税金を払っていては、多額の借入金の返済や病院で必要とする高度な医療器械の購入もなかなかできないので、そのためにも裏金を備蓄したいと考えたことと、中企連に頼めば税務調査がないという、その中企連をたまたま知っていたことからである。

ア、近時、CTスキャン、MMCなどの高度のレントゲン医療器械の発明により、医学の進歩が著しく、多数の患者を抱える被告法人としてもこのような医学の進歩に対応して、巨額(CTスキャンは時価約二億円、MMCは時価約三億円)な最高最新の設備や、医療器械を購入、設置して病院の医療内容を向上させる必要に迫られるのは当然であり、被告人がこのような医療器械を購入して病院の医療内容の充実を考えたことも当然のこととして理解できるのであって、他方では、現在の重い税制の下にあっては、そのような巨額な資金を捻出することは容易でないこと並びに私利私欲に出たものではないことを併せ考えると、この点に関する動機については酌量すべきものがあるというべきである。

イ、被告人を本件脱税に踏み切らせた大きな要因は、中企連の存在である。被告人は、知人の中企連事務局長小坂貢の母親を入院患者として引き受けて病院で世話をしたことなどから同人と知り合っていたが、かねてから中企連が税務署と特殊な関係を持っていて、中企連に頼めば税務調査がなく税金が安くなると人から聴いていたところ、中企連の事務所で小坂に会って話をした際同人から中企連の税務担当の栩原寛行を紹介してもらい、栩原を通じて昭和五九年三月期から脱税を始めるようになったもので、たまたま、被告人が中企連の者を知っていたことが裏目に出て、これが脱税への誘い水となったのである。

本件当時、世上、中企連に入って税務申告を代行してもらえば、原則として無条件に申告どおり是認されて税務調査が行われず、後に税務調査の必要が生じた場合でも、中企連と税務当局との話合いで修正申告をさせるだけで業者に対し直接調査が行われることはないというのが一般の常識であり、このことは現実の税務行政においても、永年にわたって多くの脱税事件に利用のされているのは公知の事実であり現に、本件においても、昭和五九年一〇月に所轄門真税務署の被告法人に対する税務調査が行われた際に、申告の窓口となった中企連との間で話合いの結果、五八年三月期、五九年三月期についてラウンド数字部分の修正申告のみで、終わったことからも窺われるのである。

このような行政が行われてきたのは、昭和四三年三月三一日大阪国税局長と部落開放同盟との間で、その旨の確認事項が結ばれたということに由来するもので、少しでも税金の安いことを望む納税者の中には、たとえそれが不正な方法であっても、税務当局に対しまかり通っている方法であるならば、その方法によりたいと思う者が出ることは、避けられない現象ではなかろうか。この点、中企連を利用するに至った被告人の心情には酌量すべきものがあると思料されるのである。

2、本件脱税の手段、態様について

本件脱税の手口は、経理上、一部に架空人件費の計上がなされていたほかは殆どは毎事業年度末に架空の借金入金を起こして架空経費に振替える方法により利益を圧縮していたのであるから、税務当局が調査すれば、直ちに脱税が発覚するような単純、幼稚なものであった。

昭和五八年三月期分と昭和五九年三月期分について、昭和五九年一〇月に所轄税務署から申告不足を指摘された際に、直ちに修正申告をしているが、その修正申告については全て中企連に任せ切りで、その申告額及び税額の算出についても所轄税務署の指示通りに行なったので、被告人としては申告を全うしたものと信じていた。もしも、この時点において、税務当局が調査、指導を徹底していたならば、昭和六〇年度、同六一年度の脱税は抑止できたのではないかといい得るのである(これが徹底されなかったのは、先に述べたような税務当局と中企連とのかかわり合いがあったからであろうと考えられるのである。)一般的にいって、大型の脱税事件では、脱税工作のために、極めて複雑巧妙な経理操作を行い悪質な偽装工作を講じているのに比較すると、本件での脱税手口の悪性は希薄であるというべきである。

また、本件の脱税額は四事業年度を合計して一億七三〇六万円余であり、ほ脱率も、昭和五九年度は約四五パーセントと高目であるが、その他の事業年度では、三〇パーセント内外であって、他の事例からみて、比較的に小規模の事犯といえるものである。

3、中企連側との刑罰の不均衡について

脱税が不正であることは、いうまでもないが、その脱税を助け、指導し、あるいは唆した中企連側の関係者には寧ろそれ以上の責任があるにもかかわらずこれを訴追することなく、これに税務申告を代行してもらった納税者のみを訴追し処罰するのは、甚だしく不公平かつ不公正であるというべきである。

4、本件脱税額とこれに対する重加算税、延滞金、並びに修正地方税を全て納付していること。

5、被告人に関する事情について

ア、被告人は、捜査段階、原審公判を通じ一貫して原判示事実を率直に認め、反省悔悟しており、被告法人の経理について有力な税理士を顧問に迎えてその監督指導を仰ぐなどして今後再び本件のような過ちを犯すことのないよう決意を新たにしていること。

イ、被告法人は、「阪奈サナトリウム」と「総合病院阪奈中央病院」の大病院を有し、昭和五三年八月に理事長に就任した被告人の運営の下に、堅実に発展して地域社会の医療と老人福祉に貢献してきたもので納税面においても、本件脱税年度以前は、所轄税務署から準優良法人に認定されていたほど、その経理は堅実であったこと。

ウ、被告人は、被告法人の理事長であるほか、財団法人田原荘老人ホーム理事長(昭和五九年設立)、学校法人阪奈中央看護学校副理事長(昭和五五年以来)及び学校法人聖美幼稚園副理事長の職にあり、これら医療福祉、老人福祉、看護教育、幼児教育などの公共的事業の運営に情熱を傾けており、社会のために大きな貢献をしてきたものであること。

エ、医療法人の理事長は、医療法の定めるところにより、医師又は歯科医師である理事の中から選出しなければならないことになっているが、被告法人においては、歯科医師である被告人以外には適格者がおらず、しかも、医療法によれば、禁固以上の刑を受けた者はたとえ刑執行猶予が付されたとしても、理事欠格事由となっているから、万一、被告人が原判決の刑を受けた場合には理事を退任しなければならないのである。それにとどまらず、他の財団法人学校法人についても、それぞれの所管の法律により理事欠格事由の適用を受けて、被告人が現在理事として関係している一切の医療、福祉事業から退任することになるのである。

本件につき懲役刑を科することによる影響は余りにも大きすぎ、苛酷である。

三、以上に述べた諸情状を総合して勘案すると、被告法人を罰金四〇〇〇万円に処した原判決の刑は、その額において重きにすぎ、また、被告人に対しては罰金刑をもって処断するのが相当であるから、三年間の執行猶予付きとはいえ被告人を懲役一年に処した原判決の刑は懲役刑に処した点において重きにすぎるから、いずれも破棄を免れないと思料する。

平成元年(う)第五二四号

○ 控訴趣意書

法人税法違反

被告人 医療法人和幸会

同 栗岡博良

右両名に対する頭書被告事件につき、平成元年四月一四日、大阪地方裁判所が言渡した判決に対し、控訴を申立てた理由は左記のとおりであります。

平成元年一二月一一日

弁護人 尾鼻輝次

同 大槻龍馬

大阪高等裁判所第四刑事部 御中

第一点 原判決には、判決に影響を及ぼすべき法令違反ないし事実誤認がある。

一、 原判決が被告法人の昭和五八年三月三一日終了事業年度における減価償却費のうち、中小企業の機械の特別償却費九六八、〇〇〇円につき損金算入を認めないで、青色申告書提出承認が取消されたことによるいわゆる取消益としてこれを犯則所得としたのは、以下に述べる二点において判決に影響を及ぼすべき、法令の解釈適用の誤りないし事実誤認に陥ったものである。

二、 被告法人はかねてから、所轄門真税務署長より、青色申告書提出の承認を受けていたので、昭和五八年三月三一日終了事業年度(原判決判示第一の事業年度)の申告に際し、被告法人の阪奈中央病院において、使用していた診断用X線装置の減価償却について、普通償却七七一、九八〇円のほか、租税特別措置法第四五条の二、第三項による特別償却九六八、〇〇〇円を計上した。

ところが、被告法人は本件逋脱を理由として、昭和六二年三月二五日、同税務署長により、昭和五七年四月一日から同五八年三月三一日までの事業年度以降について青色申告書提出の承認を取消されたうえ、前記九六八、〇〇〇円につき特別償却による損金算入を否認して、その分を益金となし、翌昭和五九年三月三一日終了事業年度において三〇八、七九二円、同六〇年三月三一日終了事業年度において二一〇、二八七円、同六一年三月三一日終了事業年度において一四三、二〇六円をそれぞれ減価償却費として損金算入を認める旨の処理がなされた。

而して原判決は、右の処理によって発生したいわゆる青色申告承認取消益などをいずれも犯則所得の増減と認定した。

三、 しかしながら青色申告書の提出承認の取消しによる増差税額は逋脱税額に加えるべきではない。

1. 逋脱罪は、偽りその他不正の行為により納付すべき税額を申告納付しないで納付期限を経過したときに成立するものである。したがって、犯罪の成否及び犯罪の量は、納付期限を経過した時点で確定するものであることはいうまでもない。

ところで、青色申告承認取消処分は形成的処分であり、右処分が行われてはじめて過去に遡って取消しの効果が生ずるのである。このように、青色申告の承認が遡って取り消されるということは数多い行政処分の中では異例のものであるが、これはいわゆる取消益を遡って犯則所得とするためのものではなく、通常の行政処分のごとく将来に向かって取り消すことにすれば過去の事業年度分については青色申告として煩瑣な更正手続をとらなければならないことになるから、青色申告の承認を受け特典を与えられていながら脱税を図るような者に対しては、これを遡って取り消すことにより過去の事業年度分についても白色申告としての簡略な更正手続を取り得ることとし、これに付随してこの間に与えられていた特典をも遡って喪失せしめるという行政上の懲罰的意義をも有するものと解せられる。

2. 本件においては、青色申告承認取消処分は、本件訴因がいずれも既遂となった後に行われたものであり、右逋脱行為が行われ、その犯罪が既遂に達した時には、なお青色申告承認は有効に存したのである。したがって、本件犯罪が既遂に達した時点においては、青色申告を前提に税額が計算されるのが当然であり、青色申告承認取消処分がなされる前に白色申告として税額を計算することはできないのである。つまり、青色申告の承認を取り消された時点において、はじめて遡って取消益が発生し、右取消益を課税対象とする租税債務をあらたに負担するに至ったのであり、逋脱罪が租税債権に対する侵害行為であることを考えると、原判示の各犯行時においては、いずれもいわゆる取消益は未だ発生せず、右取消益を課税の対象とする租税債権もまた発生していないのであるから、この分の租税債権に対する侵害行為はあり得ないことであって、逋脱罪が成立する余地はないものというべきである。

3. まして法人税法一二七条一項は、青色申告承認の取消しは、所轄税務署長の裁量処分に属することを明記しているのであって、青色申告の承認を受けている者が、同法第一二七条一項各号該当の行為をしたとしても、ある者は取消処分を受け、ある者は取り消されずに済まされることは、当然にあり得ることであり、数多くの実例も存在する。原判決の解釈によるならば、取り消された者については、いわゆる取消益が犯則所得となるが、取り消されない者については犯則所得とならないものとなる。そうだとすると、行政官である税務署長に対し、刑事処分に関する強大な裁量権限を付与する結果となるのであって、それが不当であることは明らかなのである。

4. さらに、行為者とされている被告人栗岡博良は、右の点について、認識を欠いていたものである。すなわち、被告人は、逋脱行為の結果、過去に遡って右取消処分が行われるなどということは全く知らなかったのである。ましてや、本件行為時において青色申告を前提にしていた同被告人が、青色申告承認取消しによるいわゆる取消益について逋脱行為をしているなどという認識は全く無かったのであって、この点からも青色申告承認取消しに伴う増差税額を逋脱税額に加えることはできないものというべきである。

5. もっとも、最高裁昭和四九年九月二〇日判決は、下級審の判断が積極、消極に分かれていた右の点につき積極説を取ることを明らかにしている。しかし、右最判の論拠とするところは到底説得的とはいえず、「本件のような論理をつらぬくのは容易ではない」(板倉宏・昭和四九年度重要解説・ジュリスト五九〇号一四六頁)とか、「租税刑法上の十分な理由を示すことなく、当該否認額がいわゆる正当税額の算定の基礎となる所得であると説示することは、最高裁判所の先例としての規範性を著しく欠くものと言わざるをえない」(福家俊郎・税務事例四巻五号二〇頁)などと評されており、右最判に反対する学説は今なお極めて有力なのである。

以上のとおり、青色申告書提出の承認取消しによる取消益を犯則所得に加えた原判決は、法令の解釈適用の誤りないしは事実誤認に陥ったものである。

四、 つぎに租税特別措置法第四五条の二、第三項は、青色申告書を提出する法人で、医療保健業を営むものが、新品の医療用機械等を購入して使用する場合の特別償却に関する規定であるが、他方法人税法施行令第六〇条は、青色申告書提出を承認された法人と限定することなく、一般内国法人につき通常の使用時間を超えて使用される機械及び装置の償却限度額の特例を定めているのである。いわゆる増加償却と呼ばれるものである。

前記診断用X線装置は、被告法人の阪奈中央病院において、昼夜の区別なく使用されていたものであることは、関係者の供述を俟つまでもなく常識上推認できるところである。

思うに資産の減価償却を認める趣旨は、償却資産の価値について、減耗の実体に基いて事業年度ごとに評価し、健全な企業経営・企業会計に資せんとするものであって、前記法人税法施行令第六〇条の規定はまさにその趣旨にそうものであり、これに反し租税特別措置法第四五条の二第三項の規定は、償却資産の価値の減少というよりも青色申告書提出に対する形式的な恩典として政策的に認めているものであると考えられる。

もっとも、法人税法施行令第六〇条のいわゆる増加償却をする場合には、所轄税務署長に所定の事項を記載した届出書を提出することを要し、被告法人は右手続を履践していなかったが、青色申告書を提出し、租税特別措置法第四五条の二第三項による特別償却をしていた被告法人の経理担当者としては、重ねて法人税法施行令第六〇条のいわゆる増加償却について届出書を提出する必要はなく、このような場合右届出書は受理されるべき筈のものではないから、青色申告書提出の承認を受けている法人が、その承認を取消されたときは、右届出書が提出されていたものとして取扱わなければならないものと解する。したがって租税特別措置法による特別償却を否定する場合には、法人税法施行令による増加償却について考慮が払わなければならないものといえる。

以上述べたところによると、本件においては、青色申告書提出の承認が取消されたとしても、これをもって、法人税法施行令第六〇条のいわゆる増加償却については全く考慮しないで、直ちに租税特別措置法第四五条の二第三項による特別償却だけを否定してしまうことは、減価償却対象資産の特殊性に鑑みて不法であり、况してこれによって生じた所得を犯則所得と認定することは、この点においても法律の解釈適用の誤りないしは事実誤認に陥ったものというべく、いずれも判決に影響を及ぼすことが明らかである。

第二点 原判決には判決に影響を及ぼすべき事実の誤認がある。

一、 本件において原判決が犯則手段として認定している内容は二つの範疇に大別される。

即ち、ひとつは中企連職員の指導により各期の決算に際して必要経費として架空計上したものであり、他のひとつは支払先から領収証を徴し得ないかもしくは徴することが困難なため、簿外で処理せざるを得ない必要経費を捻出するために行った架空人件費の計上等である。

二、 第一の範疇に入るものは被告人栗岡博良が、日進月歩の医療界において、最新最良の医療機器を導入し、最善の診療を行うためにその資金を蓄積しようとしたものであるから、被告法人において内部留保されているものである。

この点については後述の情状関係において斟酌されるべき動機の点は兎も角として、所得を仮装隠蔽し、租税債務を軽減しようとしたものであるから脱税の犯意を否定することはできない。

この点においては原判決の判断には誤りがない。その内容は、次の表のとおりである。

<省略>

三、 次ぎに第二の範疇に入る架空人件費の計上等は、被告人栗岡博良において簿外の必要経費を捻出するために行ったもので、不法に租税債務を軽減しようとする意思、即ち逋脱の犯意を認めることができないものである。

然るに原判決は、簿外の必要経費に関する記録が極く一部しか存在しないため、検察官の主張額が簿外の必要経費の実額よりも著しく少額となっていることに気づかず、ひいては前記架空人件費の計上等の行為についても、逋脱の故意を認定するという誤りに陥っているのである。

これらの事情を明らかにするために、前記架空人件費の計上等と簿外支出分の関係を各事業年度別に比較してみる。

1.昭和五八年三月三一日終了事業年度(原判示第一)

<省略>

2.昭和五九年三月三一日終了事業年度(原判示第二)

<省略>

3.昭和六〇年三月三一日終了事業年度(原判示第三)

<省略>

4.昭和六一年三月三一日終了事業年度(原判示第三)

<省略>

四、 右の比較によって次のような問題点が提起される。

1. 毎期五~六〇〇万円の委託料が、預金して存在しながら、その収入が帳簿に記載されていないことについて、吉国幸男は被告人栗岡博良の指示によると供述しているが真実はどうか。

2. 簿外接待交際費・簿外旅行費毎期各一五万円、簿外福利厚生費毎期二〇万円のものが、特段の情状変更が見受けられない昭和六一年三月期にかぎり各三〇万円及び五〇万円となっているのは如何にも不自然である。

3. 昭和六〇年三月期には医師に対する簿外給与三、三七八、四九七円及び昭和六一年三月期には、相原医師に対する簿外給与四四七、九〇〇円(吉国幸男の昭和六二年一月七日付質問てん末書第三問答―検甲四五号)について必要経費として認容されているが、医師に対する簿外給与はこれ以外にはないのか。昭和五八年三月期、同五九年三月期に全くなかったというのも不自然である。

しかも相原医師には吉国が渡し、金銭出納帳に記載があるのに、税務申告では漏れている。

本来医師に対する簿外給与を手渡す立場にあるものは被告人栗岡博良である筈であって、吉国が取扱うような場合は稀有のことである。

医師に対する給与支払いについては、その所得税分を使用者側で負担するのが医療界の慣習とされている。吉国が偶々相原医師のために被告法人が負担する所得税負担分を手渡し、金銭出納帳に記載していたことが、記録として残っていたものが、査察官によって簿外人件費として認められたものに過ぎない。

4. 被告人栗岡博良は被告法人の代表理事として、年間四、四四〇万円(昭和五九年三月期)ないし四、六八〇万円(昭和六一年三月期)の役員給与を支給されている(検甲五号ないし検甲八号参照)。

従って前記委託料が銀行預金となったままであっても、同被告人の裁量により手持金から被告法人のため経理担当者に知らせずに簿外経費を支出することは極めて容易である。

5. 昭和六〇年三月期の雑費(彫刻品)一、〇六〇万円は、被告人栗岡博良が被告法人の資産として購入したものを経理担当者上岡昌夫が同被告人にその意図を確かめないまま、自己の判断で被告法人の資産として計上しないで雑費に計上していたものである。(上岡昌夫の昭和六一年一二月六日付質問てん末書第二、三―検甲第三八号)。

五、 以上のような諸点から、本件において検察官が主張し、原判決が認定したいわゆる簿外支出の金額は、実額よりも著しく寡額であると考えざるを得ず、ひいては簿外の必要経費に充当することを目的とした前記架空人件費の計上等による簿外資金の調達をもって、逋脱の犯意の表現行為であるとの誤った判断に結びつけられたものと考えられるのである。

もし、原判決が認定した程度の簿外経費しか支出されていないとすれば、これに対応して多額の留保資産が被告法人に存在している筈である。そこで国税査察官が作成した調査書に基いて被告人栗岡博良が査察官に答弁した内容の範囲内において本件における公表貸借対照表に計上された資産とを比較してみると次のとおりである。

1.現金(被告人栗岡博良の昭和六〇・一・三一付質問てん末書第二問答参照)

<省略>

2.普通預金(同右、第三問答参照)

<省略>

3.定期預金(同右)

<省略>

4.金銭信託(同右)

<省略>

5.有価証券(同右、第四問答参照)

<省略>

6.信用保証金(同右、第五問答参照)

<省略>

7.仮払税金(同右、第六問答参照)

<省略>

8.未収入金(同右、第七問答参照)

<省略>

9.貸付金(同右、第八問答参照)

<省略>

10美術品(同右、第九問答参照)

<省略>

11仮受金(同右、第一〇問答参照)

<省略>

12借入金(同右、第九問答参照)

<省略>

六、 右の比較によって次のような問題点が提起される。

1. 国税査察官が被告人栗岡博良に示した各調査書は、簿外資産のみを調査したものか、或いは公表資産や同被告人の個人資産など被告法人以外に帰属する資産が一部混入しているのかどうか。

2. 第二問答で示された「現金」と題する調査書類は、国税査察官が「帳簿外の現金」という質問を発しているので被告法人の簿外現金であることがわかるが、第三問答で示された「簿外預金元帳」と題する調査書類は、簿外と記載されているものの、その中には医療法人和幸会や阪奈中央病院名義の預金が存在する旨の答弁がなされており、特に定期預金については公表計上額も多額であって、重複して計上されている疑いもあり、口座ごとの検討対比をしなければ直ちにすべてが簿外預金であるかどうか判定できない。

3. さらに昭和五八年三月期及び昭和五九年三月期においては、原判決が認定したような脱漏所得額(昭和五八年三月期八三、五九四、九五三円、昭和五九年三月期一三三、六一〇、一六一円)に見合うような多額の簿外資産の存在は見受けられないのである(別表・被告人栗岡博良の質問てん末書による別口資産負債表参照)。

以上のことは原判決が、簿外経費を過少に認定していることに対する有力な反証である。

本件について検察官から査察官調査書が開示された段階で、右の諸点についてさらに控訴趣意を補充したい。

どの医療機関も医師・検査技師・看護婦について、法の定める通りの人員を確保するだけでなく、さらに優秀な人材を揃えて過誤のない良心的な医療行為を行うためには、これら人材及び人員の確保のためにいわゆる簿外経費を多額に必要とすることは公知の事実と言っても過言ではあるまい。

この点についてもし医療機関の経営者が支払先を明らかにすれば直ちに人材の補給が絶たれる故に、極く一部についてしかも抽象的表現をもって説明するのが通例である。

このような場合他の状況証拠からみて明らかに実態と違いがあると判断されても本人が具体的にその支払先を明らかにしなければ簿外必要経費としては認めないばかりでなく、これを基礎として犯罪事実が認定され刑が量定されることは刑事事件の本来の趣旨に照らして立証責任との関連において割り切れないものが残るのである。

本件においては、前記第一の範疇に入る中企連職員の指導により、各期の決算に際して必要経費として架空計上したもの以外については、被告人栗岡博良には逋脱の犯意が認められないものというべく、これにも犯意を認めた原判決はこの点において事実を誤認したもので、右誤認が判決に影響を及ぼすことは明らかである。

第三点 原判決の刑の量定は不当に重い。

一、 原判決が被告人栗岡博良に対し、罰金刑を選択せず、懲役刑を選択処断したことは、たとえ執行猶予を付したとしても、その量刑は著しく重く不当である。

本件脱税事犯の動機が、被告人栗岡博良の私利私欲に出たものではなく、最良の診療を行わんがため最新の医療機械を購入する資金を蓄積しようとしたものであり、犯則の手段と態様は極めて単純幼稚で、容易に発覚するようなものであったこと、三事業年度の告発・起訴がこの種事件の通常の取扱いであるが、本件は犯則の手段様態があまりにも単純で調査・捜査が比較的容易であったため、四事業年度について告発・起訴がなされ公平を欠いていること、逋脱率が低いこと、被告人栗岡博良の一身上の情状及び社会献身度、特に同被告人が体刑に処せられ、これによって医療法人和幸会理事としての欠格事由が発生すれば、被告法人にとって代替人物がなく、直ちに経営の破綻を生じ存続不可能になることなどの情状については、既に原審弁護人が弁論で詳述されたところであって、これらのことは被告人栗岡博良に対し罰金を選択したうえ処断されるべき情状的事実である。

然るに原判決は、「本件は、被告人の総括する被告法人において、その医療設備充実の資金を蓄積するなどのため判示犯行に及び、結果として四事業年度にわたり合計約一億七三〇〇万円の法人税を免れたという事案であって、そのほ脱税額は右のとおり多額である上、右ほ脱の動機とても格別酌むべき事情とはなり得ず、また、被告人は、本件においてかなり主体的かつ積極的に行動していることなどに照らすと、その刑責は軽くないというべきである。してみれば、たとえ本件のほ脱率が四事業年度の平均で三五パーセント程度にとどまっており、犯行の手段、態様も特にこれが巧妙で悪質なものとまでは評し得ないこと、本件犯行は同和団体の組織を利用してなされたものであるが、この種ほ脱事犯については当時の税務当局側の対応にも問題がなかったとはいえないこと、被告法人においては、本件ほ脱に関し、本税及び附帯税の全額を既に納付済みであること、本件で懲役刑を選択した場合、被告人は医療法四六条の二の第二項三号の適用により被告法人の理事長を退任しなければならず、その結果、ひいては同法人の今後の経営にも深刻な悪影響を及ぼしかねないこと、その他被告人の反省の念や社会的貢献の度合いなど、弁護人ら指摘の有利な諸点を十分考慮に入れても、本件はとうてい罰金刑で処断すべき事案ではなく、被告人に対して懲役刑の選択はやむを得ないところと考える。」として被告人栗岡博良に対し、懲役一年、三年間執行猶予、被告法人に対し罰金四、〇〇〇万円に処する旨の判決を言い渡した。

二、 しかしながら原判決の量刑は、以下述べるように逋脱事犯全般の処理の実体、租税体系の変化、経済規模の拡大、有識事業家に対する期待等の大所高所からの本件に対する考察を忘れ、極めて近視眼的狭窄的視野に立ってなされたものである。

以下これらの点について述べる。

1.逋脱事犯処理の実体

一般刑事事犯においては、重大な犯罪であればあるほど、その法益侵害事実は迅速明確に把握されるわけであるが、租税逋脱事犯においては、一般刑事事犯のようにすべての事犯が篩にかけられ、そのうち悪質重大なものから告発・起訴されているのではない。

告発・起訴の対象となるどころか、査察調査の対象にもなっていない大型悪質の逋脱事犯が潜在することは、企業活動が広く国外に発展し、金融機構もこれに附随して拡大している現在の経済機構からみれば当然のことである。

国税査察官の調査対象ではなく、国税調査官の調査対象となっている大会社の調査事案において、査察事犯とは桁違いの多額の修正申告がなされ、その中には高額の重加算税が賦課されてはいるが、告訴や起訴はなされていないと思われる新聞報道を知らない人はあるまい(別添一ないし一一参照)。

また所轄税務署の調査事案においても、かなり多額の逋脱事案が、修正申告だけで処理されている事例はまま耳にするところである。

さらに重要なことは、一般刑事事件においては、いわゆる捜査事件送致義務の原則(刑訴法二四六条)が適用されるが、税務調査事件においてはそのような義務は課せられていないので、この点からも、大口悪質な事犯が、すべてその内容に応じて公平に告発・起訴の篩にかけられているという法律上の保障はない(別添七、相沢代議士に関する新聞報道参照)。

一般刑事事犯の取扱いのように、大口悪質な逋脱事犯がすべて取上げられ、告発起訴されているものという考え方があるとすればこれは明らかな誤りである。

2.租税体系の変化

従来わが国における直接税の税率が諸外国に比して極めて高く、税収においても直接税の占める比重が間接税のそれよりも大きかったことに対しては各層から批判がなされ、遂にいわゆる税制改革が実施されるようになったことは周知の事実である。

税制改革法によれば、今次税制改革の方針について、「今次の税制改革は、所得課税において税負担の公平の確保を図るための措置を講ずるとともに、税体系全体として税負担の公平に資するため、所得課税を軽減し、消費に広く薄く負担を求め、資産に対する負担を適正化すること等により、国民が公平感をもって納税し得る税体系の構築を目指して行われるものとした。」(第四条関係)としている。

そして、消費税法の施行とともに、所得課税に属する法人税及び所得税の税率が改正された。

そのうち法人税の税率は、改正前の四二パーセントが、平成元年度で四〇パーセント、平成二年度以降において三七・五パーセントに改正されている。

本件は右改正前の事案であるが、本件に適用されていた税率が、当時既に税体系全体として税負担の公平を欠いていたことは、前記税制改革の方針によっても明白であって、改正法による税率の差(二パーセント及び四、五パーセント)が適用されると仮定すると、原判決が認定した被告法人の約二億五、七〇〇万円ないし約三億二、二〇〇万円の各所得に対して、かなりの法人税額の軽減(さらに地方税が加わる)となるのである。

熱心な事業家が昼夜を分かたず、事業の推進に懸命となり、生命を擦り減らすような苦労を重ねて得た所得に対する課税について、不公平感・重税感を抱かせるような租税体系は、おのずから逋脱に追いやる可能性が強い。

事業家は、給与生活者と異り、常に安定した収入を期待することができず、事業が蹲けばたちどころにその収入が零になってしまうばかりでなく、多額の債務を負わなければならないという給与生活者ではとうてい想像できない不安が常につきまとっているわけである。

中小企業の査察事件に対しては、全租税法体系の理解のもとに、法の威厳を示すこともさることながら、このような事業家の立場を考慮し法の愛情を示すことによって、納税義務に対する正しい理解を与えるための量刑が必要である。

3.経済規模の変化

本件はいわゆる経済事犯であるから、その量刑にあたっては、経済規模の時代的変化を十分に理解する必要がある。

原審における村岡弁護人の弁論要旨に添付されている判決例によると、罰金二、九〇〇万円に処せられた医師貴島秀彦に対する所得税法違反被告事件は、昭和三八年度ないし同四〇年度の三事業年度において、合計一六〇、一五八、〇四三円の所得税を逋脱したものであり、罰金二、三〇〇万円に処せられた医師蘇天与に対する所得税法違反事件は、昭和四〇年度ないし同四二年度の三事業年度において、合計八九、九五〇、三〇〇円の所得税を逋脱したものである。罰金三〇〇万円に処せられた医師夏山英一に対する法人税法違反被告事件は、昭和四七年三月三一日期ないし同四九年三月三一日期の三事業年度において、合計二四、五三〇、四〇〇円の法人税を逋脱したものであり、罰金三六〇万円に処せられた会社々長菅原一郎に対する法人税法違反被告事件は、昭和四二年三月三一日期ないし同四四年三月三一日期の三事業年度において、合計一二九、五八八、八〇〇円の法人税を逋脱したものである。

右各犯行当時の経済規模と現在の経済規模を比べるとまさに雲泥の差があるものと考える。物価指数の上昇率・貨幣価値の低下率などとの比較については改めて補充するが、その後懲役三年以下の法定刑が懲役五年以下に改正されたとしても、本件につき懲役刑を選択せざるを得ないような理由は毫も存在しない。

また右の改正は、世界的風潮や経済人・学者・有識者などの意見を無視し、直間比率の是正もしないであえて世界一の高率の所得重税を維持した中でのことで、威嚇による重税の押しつけというほかにない。

物品税徴収義務を負い、消費者から物品税を徴しながらこれを納付しないで実質上横領罪に相当するような行為をした物品税法違反の罪と自ら血のにじむような企業努力によって得た所得に対する税法違反の法定刑の最高が同じ懲役五年というのも納得のできないところである。

4.有識事業家に対する期待

被告人栗岡博良は、その家柄・人物・教養・社会的地位等に鑑みると、再び本件のようなことを繰返すような人間ではない。

このような被告人に対しては、罰金刑を選択処断することによって一層その反省の度を深めさせ、納税に対する正しい理解のもとに、医業によって社会に貢献させるとともに、企業の隆盛によってさらにより多額の納税をなし、国家財政に自発的に寄与させる結果を導くものと確信する。国家は有識事業家にこのような期待をすべきではなかろうか。

被告人栗岡博良が本件により、被告法人の代表者たる資格を失うことは、代替人物のいない被告法人にとっては死刑の宣告にも等しい重大な問題である。

本来犯罪性のない本件のような被告人の量刑について、将来社会への貢献を期待するよりも非行のないことをもって良しとするような窃盗犯人や詐欺犯人の量刑と同一視することは、国民の裁判に対する期待の上から見て甚だ疑問である。

5. 以上の事由により被告人栗岡博良に対しては思い切って罰金刑を選択して引続き被告法人の代表者として新しい希望を持たせて運営に当たらせるとともに、被告法人に対する罰金刑についても改正現行法の趣旨を汲んで軽減されることをお願いする次第である。

以上の諸事由により原判決を破棄し、さらに適正の御判断を求めたく本件控訴に及んだ次第である。

以上

別表

被告人栗岡博良の質問てん末書による別口資産負債表

<省略>

別添一

<省略>

別添二

<省略>

別添三

<省略>

別添四

<省略>

別添五

<省略>

別添六

<省略>

別添七

<省略>

別添八

<省略>

別添九

<省略>

別添一〇

<省略>

別添一一

<省略>

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