大阪高等裁判所 平成元年(ネ)1101号 判決 1990年4月26日
主文
一 本件控訴を棄却する。
二 当審で追加された控訴人の予備的請求を棄却する。
三 控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
第一 当事者の申立
一 控訴の趣旨
1 原判決を取消す。
2 被控訴人は、控訴人に対し、一億六三七一万五三六二円および内一億四〇五一万円に対する昭和六三年七月九日から完済まで年六分の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
二 控訴の趣旨に対する答弁
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。
第二 当事者の主張
次に付加するほかは、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。
一 控訴人の主張
1 仮に、本件買付証明書の交付だけでは被控訴人が法的拘束力のある本件売買契約の意思表示をしたことにはならないとしても、本件の場合は、本件買付証明書が控訴人に交付された後である昭和六二年八月二〇日ころに、被控訴人の安東弘敏課長が控訴人の会社に来て、担当者である黒岡泰宣に対し、本件買付証明書のとおりの条件で本件不動産を買い受ける旨確認の意思表示をしており、また、滋賀相互銀行大阪支店の松村友和渉外課長が、同年六月末ころ、安東課長に本件不動産を本件買付証明書のとおり買い受けることに間違いないかどうか確認の電話をしたのに対しても、同課長は間違いなく買い受ける旨確答しているのであるから、本件買付証明書によって、被控訴人は法的拘束力のある売買契約の意思表示をしたものとすべきである。
2 控訴人は、本件不動産を訴外株式会社ヤマゼンに売却する前の昭和六二年一〇月一日に被控訴人に到達した内容証明郵便において、被控訴人に対し、右書面到達の日より七日以内に売買契約の履行をするよう催告するとともに、右期間内に契約を履行しないときは損害賠償を請求する旨通知し(甲第九号証の一、二)、これによって被控訴人に対し条件付契約解除の意思表示をした。そして、被控訴人は右期限内に本件売買契約の履行をしなかったから、同月八日の経過によって本件売買契約は解除された。
3 仮に、被控訴人に対する売買契約不履行による損害賠償請求が認められないとしても、被控訴人は、控訴人に対し、以下のとおり、不法行為による損害賠償の支払義務がある。
控訴人は、訴外株式会社大正地所(以下大正地所という。)の代表取締役大友正太郎(以下大友という。)から、昭和六二年五月頃、訴外株式会社大西企画(以下大西企画という。)が資金調達のため本件不動産を処分したがっており、被控訴人が本件不動産を買うことになっているが、被控訴人は一決算期ごとに一回の不動産取引しかできないことになっており、当期は、既に不動産取引をしているので、九月の決算までは本件不動産を買うことはできないが、同年一〇月には確実に買うから、それまで控訴人で本件不動産を抱いてほしいと頼まれた。そこで、控訴人は、被控訴人の安東課長とその具体的な取引条件の交渉をし、合意に達したので、控訴人は、同年七月二〇日に大西企画から本件不動産を買い受けたが、その買受資金を滋賀相互銀行大阪支店から借り入れるための融資手続中の同年六月末頃、同銀行の渉外課長の松村友和が、本件不動産の売買が架空取引でないかどうかの確認のため、被控訴人の安東課長に確かめたのに対し、同課長は間違いなく買い受ける旨返答した。右の事実のほか、被控訴人は、控訴人に対し、同年七月九日付で、本件不動産を控訴人から代金六億四〇五一万円で買い受ける旨の本件買付証明書(甲第一号証)を発行していたので、控訴人は、本件不動産を、右のように短期間抱くだけならと思い、買い受けることにしたものである。しかも、控訴人が、被控訴人に対し、売渡承諾書(甲第二号証)を送付したのに対し、被控訴人はこれに何ら異議を述べなかったばかりでなく、前述のように、昭和六二年八月二〇日ころ、安東課長が控訴人に来て、本件不動産を被控訴人が買い受ける旨意思表示をしている。
もし、被控訴人が、実際に本件不動産を買い受ける意思がないのに、右のように控訴人から本件不動産を買い受けるかのような言動をしていなければ、控訴人は大西企画から本件不動産を買い受けることはしなかったものである。したがって、被控訴人が、本件不動産を買い受ける意思がないのに、その意思があるかのような言動をしたことは、控訴人に対する故意または過失による不法行為であり、そのために控訴人が本件不動産を買い受け、損害を被ったのであるから、被控訴人は、控訴人に対し、左の損害額につき不法行為による損害賠償義務がある。
(一) 被控訴人に対する本件売買契約における代金額六億四〇五一万円と訴外株式会社ヤマゼンに対する売却代金五億円との差額一億四〇五一万円
(二) 本件売買契約における代金額六億四〇五一万円に対するその履行期日の翌日である昭和六二年一二月一日より控訴人が本件不動産を株式会社ヤマゼンに売却した日である昭和六三年七月八日まで年六分の割合による遅延損害金二三二〇万五三六二円
そこで、控訴人は、当審で予備的に、請求を追加し、右不法行為に基づく損害賠償として被控訴人に対し、右損害額合計一億六三七一万五三六二円と内一億四〇五一万円に対する右株式会社ヤマゼンに対して本件不動産を売却した日の翌日である昭和六三年七月九日から完済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
二 控訴人の主張に対する認否と被控訴人の主張
1 控訴人の主張は、すべて争う。
2 本件買付証明書(甲第一号証)は、被控訴人が、控訴人の依頼を受けた大正地所の大友から、「控訴人が融資を受けるために必要なので、便宜上買付証明書の名義人になって協力してほしい。」と懇請されたため、好意でこれに応じ、被控訴人の安東課長において作成して、大友に交付したものであり、被控訴人においては、初めから本件不動産を買い受ける意思はなかったものである。そして、控訴人もそのことは承知していたものであるから、被控訴人が本件買付証明書によって控訴人と被控訴人との間において、控訴人主張の売買契約が成立することはない。
3 また、一般的についても、買付証明書というものは、不動産取引において、買受希望者が、売主との交渉を経ることなく、単に一方的に買受希望を表明するためだけに作成するものと、売買当事者間で交渉が行われ、基本条件の概略につき合意に達した段階で、その合意内容を確認するために買付証明書と売渡承諾書を各自作成して取り交わすものとがあるが、前者の場合はもちろん、後者の場合でも、その段階では、まだ契約は成立せず、その後更に交渉を重ね、細目にわたる売買条件について合意に達したうえで、売買契約書を作成することによって正式に売買契約が成立することになるものであるから、買付証明書と売渡承諾書が作成されただけでは、売買契約が成立することはない。本件買付証明書については、事前に当事者間で売買の交渉が行われたことはまったくないから前者の場合に当たるが、いずれにしても、買付証明書の作成交付によって売買契約が成立するものではないから、仮に、控訴人が、被控訴人において本件不動産を買受ける意思がないのに本件買付証明書を発行したものであることについて善意であったとしても、本件買付証明書と控訴人の売渡承諾書の授受によって控訴人と被控訴人の間に本件不動産の売買契約が成立したものとすることはできない。
4 仮に、被控訴人に不法行為が成立するとしても、控訴人は、本件買付証明書記載の買付金額と株式会社ヤマゼンに対する売却代金額との差額を損害と主張するが、不法行為による損害とは、不法行為と相当因果関係のある現実に発生した損害であるところ、控訴人の主張する損害は、本件売買契約が有効に成立していることを前提にしているものであるから、失当である。
仮に、損害があるとしても、出捐額と回収額の差額に過ぎないところ、本件においては、控訴人の株式会社ヤマゼンからの回収額が不明である(契約上の代金額と控訴人の実際の回収額とは異なる。)から、控訴人の主張する損害額は失当である。
5 仮に、被控訴人に不法行為による損害賠償義務があるとしても、控訴人は、本件買付証明書を入手してから本件不動産を大西企画から買い受けるまでの間、被控訴人と直接接触することはなく、被控訴人と本件売買に関する協議は一切行っていないし、また、本件買付証明書を控訴人に持ち込んだのも大友であって、被控訴人ではなく、しかも、当事者間で何ら交渉もないのに、突然控訴人に本件買付証明書が交付されたものであるから、このような経緯で入手した本件買付証明書を信用して本件不動産を買い受けたとすれば、不動産業を営む控訴人としては調査不十分の過失があったものというべきである。したがって、損害賠償額を定めるについて、過失相殺がされるべきである。
三 被控訴人の主張に対する認否
いずれも争う。
第三 証拠<省略>
理由
第一 売買契約不履行による損害賠償請求について
一 控訴人は、本件不動産につき、控訴人と被控訴人の間で、昭和六二年八月一一日に、控訴人を売主、被控訴人を買主とする本件売買契約が成立したと主張するが、控訴人と被控訴人の間で本件不動産についての売買契約が成立したことを窺わせる当審証人黒岡泰宣の証言、当審における被控訴人代表者本人尋問の結果は、後記各証拠に照らしてたやすく信用できず、他に右事実を認めるに足る証拠はない。
二 かえって、<証拠>によると、以下の事実が認められ、ほかに右認定を左右するに足る証拠はない。
1 控訴人は、住宅を中心とする建設および不動産売買業を営む株式会社であり、大正地所は、不動産取引の仲介、斡旋を業とする株式会社であるところ、大正地所の大友は、昭和六一年二月頃、大西企画から、大西企画所有の本件不動産の売却の仲介を依頼されたので、大友は、同年六月末か七月初め頃、控訴人の代表者山本皓司に対し、控訴人方で本件不動産を買うように勧めた。
そして、その際、大友ないし大西企画が、控訴人の代表者山本に対し、本件不動産を他に転売できるまで、控訴人において、一旦本件不動産を買受けて、一時的に抱いてほしい旨の話をし、さきに被控訴人が大西企画宛てに作成交付していた(その作成経過は後記2に認定のとおりである)本件不動産のうちの土地の買付証明書を右山本に呈示した。なお、右交渉の際、大西企画は、控訴人に対し、被控訴人が右買付証明書に記載のとおり実行するかどうか不明であると述べ、かつ、本件不動産を被控訴人において買い受けることを条件として、控訴人に本件不動産の購入方を申し入れたものではなかった(乙第三号証参照)。これに対し、右山本は、大友に対し、被控訴人の作成にかかる大西企画宛の本件不動産のうち土地の買付証明書を控訴人宛に書き直すよう要請した。
2 一方、被控訴人は、鋳鉄、鋳鋼等の製造、販売、輸出入等のほか、不動産の売買、交換、賃貸借、管理およびこれらの代理、仲介等をもその営業目的とする一部上場の株式会社であるところ、昭和六二年五月ころ、本件不動産を買い受ける意思も予定も全くなかったのであるが、当時、被控訴人の建設工事事業部の課長であった安東弘敏は、大西企画から、単に銀行融資を受ける際の資料にする必要があるので、被控訴人が本件不動産のうち土地を買い受ける旨の買付証明書を発行して欲しいとの依頼を受けたので、「被控訴人には一切迷或をかけません。」という趣旨の契約書をとって、被控訴人作成名義にかかる本件不動産のうちの土地の買付証明書を発行して、これを大西企画に交付したところ、その後前記の如く、右買付証明書が、控訴人代表者の山本に呈示された。
3 ところで、大友は、前記の如く、控訴人の代表者山本から、大西企画宛の本件不動産のうちの土地の買付証明書を控訴人宛に書き直して欲しい旨の依頼を受けたので、昭和六二年七月九日、あらかじめ「被控訴人が、本件不動産のうち土地(二五一番地の一宅地一六二・九〇平方メートル)を、買付金額総額六億四〇五一万円、買付時期昭和六二年一一月末日までの条件で買い上げることを証明する」旨のことを記載した甲第一号証の買付証明書の原稿を持参して、安東課長に対し、控訴人が銀行融資を受ける資料にするためのもので、被控訴人に絶対迷惑を掛けないから、新たに控訴人宛に買付証明書の発行をして欲しいと頼んだ結果、安東課長は、真実は、被控訴人が本件不動産のうちの土地を買い受ける意思も予定も全くなかったのであるが、大友に頼まれるままに、内容虚偽の甲第一号証に被控訴人会社の記名捺印などをして、右甲第一号証を作成し、これを大友に交付した。大友は、勿論、右甲第一号証の記載内容が内容虚偽のものであることを熟知していた。
4 そして、安東課長は、甲第一号証の買付証明書を発行するに際し、控えとして、甲第一号証の買付証明書と同一内容を記載した(その内容をコピーしたもの)乙第一号証の左側部分を作成すると共に、大正地所株式会社代表者大友正太郎作成名義にかかる被控訴人宛の「本日押印頂いた買付証明書は貴社にお願いしたもので、一切迷惑をかけません。」という文言を記載したもの(乙第一号証の右側の部分、なお、乙第一号証は、もともとは、その左側の部分と右側の部分とは、別々の文書であったものを、その後一枚の文書にコピーしたものである)をさし入れさせ、さらに、右乙第一号証の本件不動産のうちの土地を買付ける旨記載した文言の下に、「上記買付証明書は貴社が買付の意思のない事を承知で売主(株サンケイハウス)の要請により貴社に一切の御迷惑をかけない事を誓約の上ご提出いただいた買付証明書で当初より無効である事を確約いたします。」との文言を、大正地所株式会社代表者の大友に記載させた。
5 大友は、同年七月九日に、安東課長から交付を受けた被控訴人作成名義の甲第一号証の買付証明書を控訴人に交付したところ、控訴人は、同日付で甲第一号証の本件買付証明書を受領した旨記載した被控訴人宛の受領証(乙第二号証)を作成してこれを大友に交付したが、右受領証には、控訴人(ないしその担当者)の意思に基づいて記載された「本受領証を発行いたしますと同時に上記買付証明書が無効であることを確認し、貴社へ一切ご迷惑をかけない事を誓約いたします。」という文言が附記されている。このように、控訴人は、当初から甲第一号証の本件買付証明書は、内容虚偽で無効なものであることを知っていたので、当時、被控訴人に対し、本件買付証明書に記載のとおり、真実、被控訴人において、本件不動産のうち土地を買受ける意思があるか否かの確認をするようなことは一切しなかった。
大友は、右受領証を、同月二〇日前後に被控訴人の安東課長に届けたが、その際、同課長の指示により、大友は、その下部欄外に「上記買付証明書が無効である旨記入したものをお渡しした事を確認いたします」と記載して署名した。
6 その頃、控訴人においては、本件不動産の買受資金を当時の滋賀相互銀行(現在のびわこ銀行)大阪支店から借り受けるため、同銀行に融資の申込手続をしていたこともあって、同月一〇日ころ、同銀行大阪支店の渉外課長松村友和が、被控訴人の安東課長に対し被控訴人において甲第一号証の買付証明書を発行したことがあるかどうかという問い合わせをしたところ、安東課長は、本件買付証明書を発行したことはある旨答え、さらに、被控訴人が本件買付証明書を発行したから融資をするのではなく、本件不動産の価値を見て融資の決定をするようにとの助言をした。
7 その後、控訴人は、大西企画から、同年七月一五日に、本件不動産を代金五億四一九七万円で買受ける契約を締結して、その旨の売買契約書(甲第一二号証)を作成し、同年七月二〇日に、本件不動産につき、控訴人名義に所有権移転登記を経由した。
8 次に、同年七月末頃から同年八月初めになってから、控訴人の代表者あるいは担当者の黒岡から、被控訴人の安東課長に対し、本件買付証明書のとおり売買を実行して欲しい旨の電話を数回したところ、安東課長は、その都度、本件買付証明書は、控訴人が銀行融資を受ける便宜のために作成したに過ぎないものであり、被控訴人は、本件不動産を買い受けるつもりはないと回答していたが、さらに、同年八月八日頃になって、安東課長は、大友とともに控訴人の会社へ行き、担当者の黒岡と面談し、本件買付証明書について、右と同趣旨の説明をし、被控訴人としては、本件不動産を買受ける意思のないことを述べた。
9 控訴人は、同年八月一一日付で、被控訴人に対し、本件買付証明書の条件により、本件不動産を被控訴人に売却することを承諾する旨の売渡承諾書(甲第二号証)を送付した(このように買付証明書に対し、売渡承諾書を出すようなことは、不動産取引業界では、全く前例がない。真実、売渡すのであれば、改めて売買の交渉をするのが通例である)。これに対し、被控訴人方では、控訴人に、被控訴人には本件不動産を買い受ける意思はなく、本件買付証明書は、控訴人の依頼を受けた大正地所から、控訴人が銀行融資を受けるために必要なので便宜上買付証明書の名義人になるように要請されたので、好意的に発行したものにすぎない旨の同年九月二五日付の内容証明郵便を送付した。
10 その後、控訴人は、昭和六三年七月八日に、株式会社ヤマゼンに対して本件不動産を、名目上の代金を五億円として売り渡し、同月一九日付で同会社名義に所有権移転登記を経由した。
三 右認定の事実によれば、被控訴人は、控訴人宛に甲第一号証の本件買付証明書を発行したものというべきである。ところで、<証拠>によれば、(1)いわゆる買付証明書は、不動産の買主と売主とが全く会わず、不動産売買について何らの交渉もしないで発行されることもあること、(2)したがって、一般に、不動産を一定の条件で買い受ける旨記載した買付証明書は、これにより、当該不動産を右買付証明書に記載の条件で確定的に買い受ける旨の申込みの意思表示をしたものではなく、単に、当該不動産を将来買い受ける希望がある旨を表示するものにすぎないこと、(3)そして、買付証明書が発行されている場合でも、現実には、その後、買付証明書を発行した者と不動産の売主とが具体的に売買の交渉をし、売買についての合意が成立して、始めて売買契約が成立するものであって、不動産の売主が買付証明書を発行した者に対して、不動産売渡の承諾を一方的にすることによって、直ちに売買契約が成立するものではないこと、(4)このことは、不動産取引業界では、一般的に知られ、かつ、了解されていること、以上の事実が認められ、右認定に反する当審証人黒岡泰宣の証言、当審における控訴人代表者本人尋問の結果は信用できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
のみならず、甲第一号証の本件買付証明書により、外形的に、被控訴人が本件不動産のうちの土地を買い受ける申込みの意思表示をしたものであると解したとしても、前記認定のとおり、本件買付証明書は、被控訴人において、真実本件不動産のうちの土地を買い受ける意思がなかったのに、大友から、単に、控訴人が銀行融資を受ける資料にするための必要があるからといわれて、発行をしたもので、その内容が虚偽のものであり、控訴人においても、被控訴人が真実本件不動産のうちの土地を買い受ける意思のないのに本件買付証明書を発行したものであることを知りながら、これを手に入れたものであるから、控訴人が前記の如く、本件不動産につき、被控訴人宛に売渡承諾書を送付したとしても、これにより、本件不動産について、控訴人と被控訴人との間に、有効に売買契約が成立するものではないというべきである。
したがって、被控訴人が甲第一号証の本件買付証明書を発行し、これに対し、その後控訴人がその主張の売渡承諾書を被控訴人に送付したことにより、被控訴人と控訴人との間において、本件不動産の売買契約が有効に成立するものではないというべきである。
四 なお、控訴人は、被控訴人の安東課長は、昭和六二年八月二〇日頃、控訴人の担当者である黒岡泰宣に対し、本件買付証明書のとおりの条件で本件不動産を買い受ける旨の意思表示をし、また、これによりさきの昭和六二年六月末ころにも、滋賀相互銀行大阪支店長の松村課長に対して、本件買付証明書のとおり、本件不動産を買い受ける旨の確答をしているから、これにより、被控訴人は、本件買付証明書により本件不動産を買い受ける旨の法的拘束力のある売買契約の意思表示をしたと主張しているが、被控訴人の安東課長が、前記黒岡や松村課長らに村し、右控訴人主張のようなことを述べたことのないことは、前記二に認定の事実及び当審証人安東弘敏の証言から明らかである。
したがって、右控訴人の主張は、失当である。
五 そうすると、控訴人と被控訴人の間に、本件不動産についての売買契約が適法有効に成立したものとは認められないから、控訴人の被控訴人に対する売買契約不履行に基づく損害賠償の請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。
第二 不法行為による損害賠償請求について
一 被控訴人が、実際には、本件不動産を買い受ける意思がないのに、控訴人に宛てて、甲第一号証の本件買付証明書を発行したことは右認定のとおりである。
しかし、前記認定のとおり、不動産を買受ける旨記載した買付証明書は、右買付証明書を発行した者において、確定的にその不動産を買受ける申込みの意思を表明するものではなく、ただ単に、その不動産を買受ける意向のあることを表明するものに過ぎないのみならず、本件においては、被控訴人の安東課長は、大友から、控訴人の銀行融資の便宜のために甲第一号証の本件買付証明書の発行を要請され、好意的にこれを承諾して、本件買付証明書を発行したものであるところ、控訴人も、特に「本受領証を発行いたしますと同時に上記買付証明書が無効である事を確認し、貴社へ一切ご迷惑をかけない事を誓約致します。」と付記した本件買付証明書の受領証を被控訴人に宛てて発行しており、被控訴人が真実本件不動産を買い受ける意思がないのに、銀行融資の便宜等のために、便宜、本件買付証明書を発行したものであることを知りながら、本件買付証明書を取得したものであるから、控訴人が大西企画から本件不動産を買受け、そのために、その主張の損害を被ったとしても、控訴人の被った右損害は、被控訴人が本件買付証明書を発行したために被った損害ではないというべきである(控訴人主張の損害と本件買付証明書の発生とは相当因果関係がない)。
また、前記認定のとおり、控訴人が融資申込手続をしていた滋賀相互銀行大阪支店から被控訴人に対し問い合わせの電話があり、安東課長が本件買付証明書を発行したことがある旨返答した事実があるが、それ以上に、被控訴人において、真実本件不動産を買い受ける意思がある旨の回答をしたことを認めるに足る証拠はない(この点に関する当審証人黒岡泰宣の証言、当審における被控訴人代表者本人尋問の結果は信用できない)から、安東課長が滋賀相互銀行大阪支店からの問い合わせに対し、被控訴人が本件買付証明書に記載のとおり、本件不動産を買受ける旨の回答を前提とした不法行為に関する控訴人の主張も理由がない。
そのほか、控訴人は、安東課長が、控訴人に対し、本件不動産の売買の交渉をしたり、被控訴人において本件不動産を買い受ける旨の意思表示をしたと主張するが、そのような事実を認めるに足る証拠はなく(この点に関する当審証人黒岡泰宣の証言、当審における控訴人代表者本人尋問の結果は信用できない)、むしろ、前記認定のとおり、同課長は、控訴人から本件売買の実行を求めてきたのに対し、終始これを否定していたことが認められる。
また、控訴人は、控訴人が被控訴人に売渡承諾書(甲第二号証)を送付したのに対し、被控訴人は何ら異議を述べなかったと主張するが、右のように、安東課長が、それまでに再々控訴人側に対し、本件不動産の売買に応じられない旨返答しており、更に、前記認定のとおり、被控訴人は、同年九月二五日付の内容証明郵便で、本件不動産を買い受ける意思のないことを通告しているのであるから、控訴人の右主張は理由がない。
そのほかには、被控訴人が控訴人に対し、本件不動産を買い受けるかのような言動をしたものと認めるべき証拠はない。
さらに、本件買付証明書がもともと被控訴人において本件不動産を確定的に買受ける申込みをしたものではないことや、その他、前記第一の二に認定の被控訴人の安東課長が本件買付証明書を発行した前後の事情に照らして考えれば、控訴人が、本件不動産を買受けたために、その主張の損害を被ったとしても、控訴人が右損害を被ったこと(いわゆる権利侵害)につき、安東課長ないし被控訴人に、故意は勿論過失もなかったというべきである。
二 したがって、いずれにしても、被控訴人が本件買付証明書を発行したことについて、控訴人に対する不法行為が成立するものとは認められないから、控訴人の被控訴人に対する不法行為による損害賠償を求める予備的請求も、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。
第三 結語
以上のとおり、控訴人の主位的請求は失当であり、これを棄却した原判決は相当であって、本件控訴は理由がないからこれを棄却し、当審で追加された控訴人の予備的請求も理由がないからこれを棄却し、控訴費用の負担につき民訴法九五条、八九条に従い、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 後藤 勇 裁判官 高橋史朗 裁判官 横山秀憲は転補のため署名押印できない。裁判長裁判官 後藤 勇)