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大阪高等裁判所 平成元年(ネ)1347号 判決 1991年8月09日

控訴人 近藤正博

右訴訟代理人弁護士 深草徹

同 永田徹

同 宗藤泰而

同 小貴精一郎

同 豊川義明

同 大櫛和雄

被控訴人 川崎重工業株式会社

右代表者代表取締役 大庭浩

右訴訟代理人弁護士 北山六郎

同 土井憲三

同 岡田清人

同 平岩新吾

同 松崎正躬

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  当審で拡張された控訴人の本訴請求を棄却する。

三  被控訴人の反訴請求の減縮により、原判決主文第二項を、次のとおり変更する。

控訴人は、被控訴人に対し、六〇五万〇六六四円及びこれに対する昭和五八年四月二七日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

四  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一当事者の申立

一  控訴の趣旨

1  原判決を取消す。

2  控訴人が被控訴人の従業員たる地位を有することを確認する。

3  被控訴人は控訴人に対し、六三七万一四二六円及び昭和五八年七月二六日から毎月二五日限り一〇万七五二〇円の割合による金員を支払え(一部請求を拡張)。

4  被控訴人の反訴請求を棄却する。

5  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

6  右3項につき仮執行宣言

二  控訴の趣旨に対する答弁

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

第二当事者の主張

次に訂正、付加するほかは、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

一  原判決の訂正

1  原判決一四枚目裏八行目の冒頭の「画」の次に「課」を加える。

2  同一九枚目裏九行目の「電気」の前に「「」を加える。

二  控訴人の主張

1  合理化配転と人事権の濫用

いわゆる東亜ペイント事件の最高裁判決(最高裁昭和六一年七月一四日判決・判例時報一一九八号一四九頁)は、「使用者は、業務上の必要に応じ、その裁量により労働者の勤務場所を決定することができるものというべきであるが、転勤、特に転居を伴う転勤は、一般に、労働者の生活関係に少なからぬ影響を与えずにはおかないから、使用者の転勤命令権は無制約に行使することができるものではなく、これを濫用することの許されないことはいうまでもないところ、当該転勤命令につき業務上の必要性が存しない場合又は義務上の必要性が存する場合であっても、当該転勤命令が他の不当な動機・目的をもってなされたものであるとき若しくは労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとき等、特段の事情の存する場合でない限りは、当該転勤命令は権利の濫用になるものではないというべきである。」と判示している。

(一) しかし、業務上の必要性は、単にあるか、ないかの二者択一的なものではなく、必要性があるとしても、その程度が高いものから低いものまで多様である。そして、その必要性がそれほど高くない場合は、労働者の被る不利益が住居の移動そのものを苦痛と感ずる以上に相当程度のものであるときは、人事権の濫用として、当該転勤命令を無効とすることが、利益衡量論の見地から適正であるといわなければならない。

右最高裁判決の事案は、全国的に多数の営業所を有する企業において、ある営業所に勤務する大学卒の営業社員を他の営業所へ転勤させる、いわゆるローテーション人事に関するものであるところ、ローテーション人事の場合は、人事政策としてそれなりの合理性があり、その対象となり得る範囲の労働者にとっては、これを予測して生活設計をたてることができるし、また、昇進、昇格等の利益を伴うのが普通である。しかし、工場、事業所の新増設、閉鎖・縮小、企業の合併、操業度の大幅な変動等に伴う配転、すなわち合理化配転の場合は、これと異なり、企業に一方的な都合と必要性に基づき、労働者の通常の予測を超えて実施されるうえ、通常当該労働者に対し、昇進、昇格等の利益をもたらすものではなく、いわば労働者に一方的に犠牲を強いるものであるから、その実施に当たっては、ローテーション人事の場合の配転に比べて、より一層労働者の個別的事情を考慮し、慎重にされなければならない。

したがって、合理化配転については、右最高裁判決の基準は不適当であり、<1>業務上の必要性が高度であり、かつ、当該対象者が最適任者であることの証明がない場合、<2>家族関係等から見て、単身赴任を余儀なくされるなど、労働者の生活に、相当程度の不利益をもたらす場合、<3>他に不当な動機、目的がある場合、にはいずれも、その配転命令は、人事権の濫用に当たり、これを無効とすべきである。

本件配転も合理化配転であるから、右基準に従うべきである。

(二) のみならず、被控訴人においては、ローテーション人事の場合の配転と異なり、合理化配転の場合は、その実施にあたって、組合との協議を前提とし、個人の意思を尊重するという慣行が存在した。その「個人の意思を尊重する」ということは、言葉の字義からも、また、これまで、被控訴人における合理化配転実施の段階で、本人の意思を尊重して配転命令を出さず、取り止めになった例が多数あるということからも、「本人の同意を要する」という意味に解すべきであり、したがって、本件配転は、控訴人の意思に反してなされたことになるから、それだけでも無効である。

(三) 仮に、右慣行を、「合理的な事情がある場合には、個人の意思を尊重する」という意味に解するとしても、合理化配転についての人事権濫用に関する前記基準に照らし、本件配転当時、控訴人に存在した事情、すなわち、その直前に婚約し、その年の一一月に挙式の予定であったこと、結婚後は、神戸を生活の本拠とし、夫婦共働きをすることにしていたこと、将来は徳島の母を引き取り、扶養する生活設計を立てていたことからすれば、本件配転は、人事権の濫用として無効とすべきである。

2  また、以下の点からも、本件配転は人事権の濫用である。

(一) 被控訴人は、本件配転につき、船舶事業本部の人員削減の必要性、航空機事業部における人員増強の必要性、人選の合理性による業務上の必要性を主張するが、以下のとおり、その主張は、事実に反するものである。

(1)  船舶事業本部の人員削減の必要性

昭和四九年以降の造船業の景気後退は、その直前のブーム期における被控訴人を含む造船大手会社の無秩序な設備拡張、超大型ドック建造競争によってもたらされた設備過剰によるものであり、被控訴人は、その設備過剰をもたらした責任を棚にあげて、不況が到来すると、今後は人員削減の必要が不可抗力によるかのように主張する。

しかし、このような態度は、景気変動のあることを前提にして安定した要員計画をたてるべき経営者の社会的責務を自覚しないその場限りの主張である。仮に造船不況による人員削減の必要があるとして、それに基づく具体的な配転の業務上の必要性を認めるためには、造船各部門の具体的な人員削減計画とその合理性が明らかにされなければならない。

被控訴人は、昭和五三年三月、川崎重工労働組合に対し、「経営危機乗り切りのための緊急対策」(<書証番号略>。以下「緊急対策」という)を提案し、船舶事業本部の昭和五三年三月末の在籍人員八四五八名を五〇〇〇名に圧縮する要員計画を示した。本件配転も、この緊急対策に基づく大量配転の一環であるが、この緊急対策によっても、五〇〇〇名という人員を割り出すに至った具体的な過程は、一切明らかではない。

しかし、人員削減を業務上の必要性というなら、その必要性の判断にあたっては、人員削減の必要性があったかどうか、あったとしても、どの程度のものかを判断しなければならないところ、被控訴人は、何ら論証なしに、ただ、一般的な造船不況だから人員を五〇〇〇名に圧縮する必要があったというに過ぎない。

更に、緊急対策は、船舶事業本部の人員削減だけを掲げているのではなく、昭和五二年度末の会社在籍人員三万一二六二名を二万九五〇〇名に減員することを基本方針の第一に挙げているのであり、低成長時代に対応する全社的な人員減量対策がたてられているのである。

緊急対策に基づき、被控訴人は、昭和五三年三月から四月にかけて、特別退職優遇制度による希望退職募集を行った結果、三七七六名が退職し、昭和五四年一〇月末には、船舶事業本部の在籍人員は、緊急対策の目標を超えて、四七一五名になった。このことから明らかなように、緊急対策に基づく要員計画は、過去最高の設備水準から見ての操業度の低下から生じた余剰人員の解消だけではなく、低成長時代にも耐え得る少数精鋭主義の操業を目指して行った人減らし計画であった。

(2)  航空機事業部における増員の必要性

被控訴人は、控訴人に対応する配転予定対象者が、電気、電子系技術者のうちの「電気・電子装置の部品工作に関するNCプログラムを担当する技術者(NCプログラマー)」であり、その「電気・電子装置の部品工作」とは、「ワイヤリング・ハーネス用NC工作機械」であったが、それは本件配転実施後に計画段階で廃案になったと主張するが、右主張が事実に反することは、既述のとおり(原判決一九枚目裏六行目から二〇枚目裏五行目まで)である。

(3)  人選の合理性

被控訴人は、控訴人の前に藤原正を配転予定者に人選した理由とその配転取り止めの経緯について、控訴人よりプログラマーとしての経験が豊富であり、航空機事業部からの要請に、より適合していると判断されたからで、五月八日に内示を行ったところ、同人は、家業を継ぐために退職すると申し出たため、その後数次にわたり説得が行われたが、翻意が得られず、已むなく退職を認めたと主張する。しかし、実際は、五月八日の一週間前に「岐阜工場か兵庫工場に移る気はないか。」と話があり、同人が「岐阜工場に行く気はない。兵庫工場ならいい。」と答えたところ、五月八日になって「岐阜へ行ってくれ。いやなら辞めてもらうことになる。」という形で、一方的に、配転か、退職かを迫るものであって、到底説得と言えるようなものではなく、NCプログラムの話などまったく出ていない。

また、被控訴人は、藤原の代わりに控訴人を人選した理由を、控訴人が岐阜工場の要請するNCプログラマーとしての要件を備えている、入社以来一貫して電算機のプログラミングの担当を希望している、電算企画課内でもっとも若く、かつ、唯一の独身者で身軽であり、藤原に代わる候補者は、控訴人のみであったと主張する。

しかし、藤原及び控訴人に対し、あらかじめNCプログラミング担当の職が予定されていた事実がないことは前述のとおりであり、また、被控訴人は、本件配転の人選は、岐阜工場の要請する要件に合致する者を個別具体的に選抜したように言うが、実際には、控訴人にわかっているだけでも、藤原のほか、垣内、森松、田井、常山らが岐阜工場への配転の説得を受けているのであり、実際には、そのほかにも多数の者が同様な説得を受けているものと考えられる。このことから見て、本件配転が、岐阜工場からの具体的な要請に対応する人選などというものではなく、要するに、船舶部門の余剰人員削減のための人減らし配転であったことを示している。

(二) 控訴人の被る不利益について

本件配転の内示があったのは、控訴人が岸本尚子と婚約をした直後であり、結婚までの期間、互いに往来するのが困難な遠隔地に配転されることは、結婚を間近に控えた青年である控訴人にも、婚約相手の尚子にも、過酷な苦痛を与えるものである。また、新婚当初から別居を余儀なくされることの苦痛や犠牲も大きいことは明らかであって、これを控訴人において甘受すべきものとすることはできない。しかし、仮に、控訴人の被る右不利益が「受忍限度を著しく越えるものでない」としても、本件配転が合理化配転であり、しかも前述のような配転慣行のもとでは、本件配転は、人事権の濫用というべきである。

(三) 以上、要するに、本件配転について、被控訴人の主張する船舶事業本部の人員削減の必要性、航空機事業部における人員増強の必要性、控訴人についての人選の合理性はいずれも認められず、合理化配転を実施すべき業務上の必要性は存しないうえ、右のような控訴人の被る不利益を考えれば、本件配転は、人事権の濫用というべきである。

3  解雇権の濫用

仮に本件配転命令が有効であるとしても、本件解雇は、解雇権の濫用として無効である。

その理由は、既に述べたこと(原判決六枚目裏二行目から七枚目裏一行目まで)のほか、右2で述べたように、被控訴人の主張する業務上の必要性が、一般的なもので、具体性、緊急性に乏しいこと、及び、控訴人の被る不利益が無視できないものであることと、更に、以下に述べるとおり、控訴人に対する被控訴人の説得が威迫的で、しかも虚言を弄してまでなされたうえ、被控訴人が控訴人の努力を全く考慮しなかったことが一層事態を悪化させたことからも、本件解雇は、行き過ぎであるというべきである。

(一) 昭和五三年五月一八日午前一〇時頃、窪田電算企画課長と木下係長が、控訴人に対し、「岐阜へ行ってもらいたい。」と、本件配転の内示をしたが、その際、岐阜工場で予定されている職務について、「生産技術のプロジェクト計画課に配属され、一か月間の教育期間のあと、電気関係の仕事につくだろう。」と説明しただけで、被控訴人の主張するような「NCプログラマー」ということは、全く話に出なかった。

(二) 翌五月一九日には、窪田課長が、控訴人が「考えて見たが、やはり行けません。」と答えたのに対し、「君は何を言っているのか。」と怒鳴りつけた。

その後、配転内示後五日目の五月二三日には、窪田課長は、控訴人に対し、就業規則の懲戒解雇条項を読み上げ、「君はこういうことを知っているのか。会社にたてつくとよくないぞ。もし行かないのなら会社を辞めるべきだ。」と脅し、配転か、解雇かの二者択一を迫り、六月八日には、宮道勤労課長が「今日、明日中に辞令を出す。辞令が出たら行ってもらわないかん。行かなければ仕事がなくなる。」などと言い、同月一二日にも、阪本神戸事務所長、宮道課長、大池係員の三名で説得し、その際、宮道課長は、「もう辞令を出すことに決まっている。業務命令だ。もし断れば、仕事はなくなる。もう会社には来れなくなるぞ。」と言うなど、高圧的、欺瞞的説得を続けた。

(三) 被控訴人は、同月二四日、控訴人と同じ課の女子従業員である小川章子(旧姓)をして、控訴人の婚約者であった岸本尚子に対し、「控訴人が岐阜への配転を言われているのを知っていますか。控訴人は断っているが、このままだと業務命令により退職させられそうなので、何とかあなたと会ってお話がしたい。」という電話をかけさせ、当日、控訴人が会社を休んでいるのを奇貨とし、右小川章子を使い、控訴人の婚約者を説得させ、控訴人説得の突破口にしようとした。

(四) 同月二五日午後四時頃、控訴人は、会議室に呼び出され、窪田課長、木下係長、松田係長及び配転を承諾していた川上が同席するところで、窪田課長が、控訴人に対し、「五月二八日に岐阜工場の見学会があるのでその打ち合わせをしたい。」と言ったので、控訴人が、まだ配転を承諾したわけではないと言って退席しようとしたところ、松田係長が「君は会社の秩序を乱すのか。」と怒鳴り、窪田課長が「君は何を言っているのか。君の婚約者は喜んで岐阜へ行くと言っているじゃないか。」などと虚偽の事実を告げ、控訴人に配転を承諾させようとした。

(五) 被控訴人は、他の団体(川崎重工業健康保険組合)に勤務する控訴人の婚約者の岸本尚子の再就職の斡旋をしているが、同女自身はそのことを全く聞いておらず、本人の知らないところで、他の団体の従業員もろとも配転させようとするもので、明らかに労働者の人権無視、女性蔑視である。

(六) 控訴人は、同年六月一三日に、松田係長から、「考え直す気はないか。神戸周辺なら行く気はあるのか。」と言われたので、「神戸周辺なら考えます。」と答え、同月二八日には、組合の武貞委員長を通じて、神戸周辺への配転なら応ずる意向を伝えたが、被控訴人は、控訴人の右意向を全く顧慮しなかった。

4  なお、控訴人は、当審で請求を一部拡張し、「被控訴人は、控訴人に対し、六三七万一四二六円及び昭和五八年七月二六日から毎月二五日限り一〇万七五二〇円の割合による金員を支払え。」と改める。

三  控訴人の主張に対する認否と反論等

1  控訴人の主張1項は、争う。

2  同2については、被控訴人が、従来から、転勤、配置転換を大量、集団的に行う場合、労働組合との協議をもち、転勤者個人の意思を尊重してきたことは認めるが、その余は争う。

転勤者個人の意思を尊重するというのは、それに客観的に相当な理由がある場合でなければならないことは当然である。

3  同3は争う。

4  控訴人の主張するローテーション人事は、控訴人の属する事務・技術職群の従業員について、頻繁に行われていたものであるから、控訴人も、当然に配転のあることを予想して生活設計を立てるべきであった。

本件配転は、単に船舶事業本部から航空機事業部への大量配転の一環であるばかりでなく、控訴人が電算技術者として大成する好機であり、控訴人の希望にも適うもので、控訴人のいうローテーション人事の面も併せ持っていた。したがって、本件配転は、対象労働者に、昇進、昇格等の利益をもたらすことなく、一方的に犠牲を強いるというものではない。

そのうえ、被控訴人は、控訴人の新婚生活が岐阜で成り立つように、社宅入居の便宜や、婚約者の岐阜における就職斡旋の措置まで図っていたのであり、控訴人としても、転勤を機に、岐阜で新家庭を築くことを考えてしかるべきである。

このように、控訴人は、事務・技術職群に属するものとして、配転の可能性を予測して生活設計を立てるべきで、控訴人が、その認識をもっていなかったとすれば、それは控訴人の責任であり、また、婚約者に、結婚後神戸で共働きをすることが半永久的に可能であるかのように思わせたのであれば、それも控訴人の責任であり、もし、婚約者が、結婚後神戸で共働きをすることができないということで婚約を解消すると言ったとしても、婚約者を説得して岐阜に行くようにするか、結婚後別居するかは、控訴人自身の責任において決めるべきことであり、万一そのために結婚を断念しなければならなくなったとしても、それは控訴人の責めに帰すべき事情というほかはない。

5  なお、被控訴人は、当審で反訴請求を一部減縮し、「控訴人は、被控訴人に対し、六〇五万六六四円及びこれに対する大阪高等裁判所昭和五五年(ネ)第一二六六号地位保全等仮処分申請控訴事件につき、仮処分却下の判決がなされた日の翌日である昭和五八年四月二八日から右支払い済に至るまで民法所定の年五分の割合による利息金を支払え。」と改める。

第三証拠<省略>

理由

一  当裁判所も、控訴人の本訴請求(当審で拡張された部分を含む)を棄却し、被控訴人の反訴請求を認容(但し、当審で被控訴人が請求を減縮した限度で)すべきものと認定、判断するが、その理由は以下に訂正、付加するほかは、原判決の理由の記載のとおりであるから、これを引用する。以上に反する<書証番号略>の記載内容、原審証人三木米造の証言、原審における控訴人本人尋問の結果、当審証人小川善作及び同近藤尚子の各証言はいずれも採用できず、ほかに右認定を左右するに足りる証拠はない。

1  原判決二八枚目裏一二行目の「管理部門」を「管理間接部門」と改める。

2  同三一枚目表七、八行目の「できる者」を「知識のある者」と改める。

3  同三三枚目表四行目の「電算課」を「電算企画課」と改める。

4  同三五枚目裏八行目の「たしかに、」の次に「前掲乙第五五号証の一ないし四、第五七号証の一ないし三」を加える。

5  同三五枚目裏一三行目の「昭和五七年」の前に「昭和五六年一二月一五日及び」を加える。

二1  控訴人は、種々の事情をあげ、最高裁昭和六一年七月一四日判決(判例時報一一九八号一四九頁)(いわゆる東亜ペイント事件)にかかわらず、工場・事業所の新増設、閉鎖・縮小、企業の合併、操業度の大幅な変動等に伴ういわゆる合理化配転の場合には、<1>業務上の必要性が高度であり、かつ、当該対象者が最適任者であることの証明がない場合、<2>家族関係等から見て、単身赴任を余儀なくされるなど、労働者の生活に、相当程度の不利益をもたらす場合、<3>他に不当な動機、目的がある場合、には、いずれも、その配転命令は、人事権の濫用に当たり、これを無効とすべきであると主張する。

しかしながら、いわゆるローテーション配転とは異なる合理化配転の場合でも、使用者は、業務上の必要に応じ、その裁量により労働者の勤務場所を決定することができるものと解すべきであり、当該転勤命令につき業務上の必要性がない場合又は業務上の必要性が存する場合であっても、当該転勤命令が他の不当な動機・目的をもってなされたものであるとき、若くは、労働者に対し、通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるべきものであるとき等、特段の事情の存する場合でない限りは、当該配転命令は、権利の濫用となるものではないと解すべきであって(前掲最高裁判決参照)、控訴人主張の諸事情を考慮しても、これを別異に解すべき合理性はない。

右の点に関する控訴人の主張は、独自の見解であって、採用し難い。

2  控訴人は、被控訴人の経営上の都合による合理化配転の場合は、その実施にあたって、組合との協議を前提とし、個人の意思を尊重するという慣行が存在し、その「個人の意思を尊重する」ということは、「本人の同意を要する」という意味に解すべきであり、仮に、右慣行を、「合理的な事情がある場合には、個人の意思を尊重する」という意味に解するとしても、控訴人主張の前記合理化配転についての基準に照らし、本件配転当時控訴人に存在した事情、すなわち、その直前に婚約し、その年の一一月に挙式の予定であったこと、結婚後は神戸を生活の本拠とし、夫婦共働きをすることにしていたこと、将来は徳島の母を引き取り、扶養する生活設計を立てていたことからすれば、本件配転は、人事権の濫用として無効とすべきであると主張する。

しかし、被控訴人が、これまで大量配転の際にとってきた方針である「個人の意思を尊重する」という意味は、必ずしも「本人の同意」がなければ配転を実施することができないことを意味するものではなく、右配転に当っては、本人の個人的事情を十分に考慮するという意味であることは前記認定のとおりである(原判決三八枚目裏五行目から四〇枚目裏一〇行目まで)。そして、前記に認定の事実(原判決二二枚目裏六行目から同二三枚目裏一二行目まで)に、<書証番号略>、原審証人永安広吉の証言等によれば、控訴人主張のいわゆる合理化配転の場合であっても、被控訴人において当該配転する業務上の必要性があり、かつ、配転を命ぜられた本人において、これを受忍すべき事情のあるときは、被控訴人が配転を命ずるにつき、本人の同意を必要とするものではないと認めるのが相当である。以上に反する<書証番号略>の記載内容及び当審証人小川善作の証言は採用できない。

次に、控訴人の主張する、婚約者と結婚して神戸で共働きするとか、徳島の母を引き取り扶養するとかいう事情を考慮しても、本件配転を人事権の濫用すべき特別の事情があるとするに足りないことも前記説示(原判決三六枚目裏一三行目から三八枚目裏四行目まで)のとおりであって、控訴人の主張は理由がない。

三  控訴人は、本件配転につき、被控訴人が主張する、船舶事業本部の人員削減の必要性、航空機事業部の人員増強の必要性はなく、かつ、控訴人の被る不利益を考えれば、本件配転は、人事権の濫用として無効とすべきであると主張する。

しかし、被控訴人が控訴人に本件配転を命じた当時、被控訴人の船舶事業本部の人員を削減する必要性があり、一方、航空機事業部の人員を増強する必要性のあったことは、前記説示(原判決二六枚目表七行目から三六枚目裏一二行目まで)のとおりである。

1  なお、控訴人は、昭和四九年以降の造船業の景気後退は、それまでの被控訴人の設備過剰をもたらした責任によるものであるから、景気変動のあることを前提とした安定した要員計画をたてるべき経営者の社会的責任を自覚しないものであると主張するが、右のような事実を認めるに足りる的確な証拠がないのみならず、仮に、右のような事実があったにしても、当時における被控訴人の船舶事業本部における前記認定の人員削減の必要性が否定されるものではないし、また、人員削減をすることを違法とするものでもないというべきである。

2  また、控訴人は、仮に、造船不況による人員削減の必要性を認めるにしても、造船各部門の具体的な人員計画とその合理性が明らかにされなければならないと主張するが、前記認定の船舶事業本部の人員削減の必要性の事実と、<書証番号略>に照らしてみれば、当時における被控訴人の造船各部門の具体的な人員計画とその合理性は明らかであるというべきであるから、控訴人の右主張は採用できない。

3  控訴人は、「緊急対策」(<書証番号略>)の人員削減計画は、単に一般的造船不況を理由とするだけで、具体的な合理性を欠き、少数精鋭主義の操業を目指した人減らし計画であったと主張するが、右は、独自の見解に過ぎず、右控訴人の主張に副う<書証番号略>の記載内容、当審証人小川善作の証言は採用できない。

4  その他、控訴人が種々主張する事情を考慮しても、前記認定の当時における被控訴人の造船事業本部の人員削減の必要性を否定し、または、右人員削減を違法ならしめるものとは認め難い。

5  控訴人は、被控訴人が、控訴人を航空機事業部から要請のあった「電気・電子装置の部品工作に関するNCプログラムの作成を担当する技術者(NCプログラマー)」として人選したとし、その「電気・電子装置の部品工作」とは「ワイヤリング・ハーネス用NC工作機械」であると主張したことについて、本件配転当時、ワイヤリング・ハーネス用NC工作機械は、そのアイデアだけで、実在せず、控訴人も、控訴人の前の配転予定者である藤原正も、配転交渉に際し、ワイヤリング・ハーネス用NC工作機械ということは全く聞いていないし、被控訴人がそのことを主張したのも、本件の仮処分事件の控訴審の最終段階になってからである、など種々の理由を挙げて、被控訴人の前記主張は信用できず、したがって、本件配転の人選は、航空機事業部の具体的な要請に基づくものではなかったと主張するが、その理由のないことは前記認定のとおり(原判決三五枚目裏八行目から三六枚目裏一二行目まで)であり、また、航空機事業部からの配転要請と控訴人が人選されるまでの経緯は前記認定(原判決三〇枚目表一〇行目から三三枚目裏二行目まで)のとおりである。そして、右控訴人の主張の諸事情があったとしても、それによって右認定を左右するに足りるものではない。

四1  更に、控訴人は、控訴人及び控訴人の前に同じ配転予定者であった藤原正についても、前記のとおりNCプログラマー担当の職務が用意されていた事実がないうえ、岐阜工場の要請する要件に合致する者を個別具体的に選抜したわけではなく、実際には、右藤原のほか、垣内、森松、田井、常山ら多数の者が岐阜工場への配転の説得を受けており、本件配転は、岐阜工場からの具体的な要請に対応する人選などというものではなく、要するに、船舶部門の余剰人員削減のための人減らし配転であった等、種々の事情をあげ、控訴人を本件配転予定者とした人選に合理性がないと主張する。

しかし、配転先の岐阜工場において控訴人らにNCプログラマー担当の職務が用意されていた事実がないとはいえないことは前記認定のとおりであり、控訴人を被控訴人の岐阜工場に配転するよう選んだ右人選につき合理的な理由があったことも、前記認定のとおりであるから、控訴人の右主張は採用できない。

なお、垣内、常山らに対しては、配転の内示がなかったこと、森松、田井らに対しては配転の内示が撤回された事情は前記のとおりである(原判決四〇枚目裏一一行目から同四一枚目表五行目までと、同三九枚目裏二行目から同四〇枚目裏一行目まで参照)。

2  本件配転によって控訴人が被る不利益について、控訴人は、本件配転の内示があったのは、控訴人が岸本尚子と婚約した直後であり、結婚までの期間、互いに往来するのが困難な遠隔地に配転されることは、結婚を間近に控えた青年である控訴人にも、その婚約相手にも、過酷な苦痛を与えるものであり、また、新婚当初から別居を余儀なくされることの苦痛と犠牲は大なるものがあると主張する。

たしかに、控訴人が岐阜に赴任すれば、婚約期間中の交際に不便を来すことは避けられないが、神戸と岐阜は、その距離や交通事情から見て、それほど往来困難な遠隔地でないことは公知の事実であり、この程度の不便をもって、控訴人及びその婚約者に過酷な苦痛を与えるものとはいえない。また、結婚後のことについては、前記認定のとおり、被控訴人において、社宅の提供や、婚約者の就職斡旋などの配慮をして、控訴人らが、新婚当初から別居生活をしなくて済むように、世間一般の新婚夫婦の実情からすれば、むしろ恵まれた条件を与えられていたともいえるのである。

もとより、婚約者である岸本尚子が、控訴人と結婚後、神戸に止まるか、或いは、控訴人と一緒に岐阜に行くかは、右同女の自由であり、そのいずれをとった場合でも、控訴人が、従前通り、被控訴人の船舶事業本部企画室管理部電算企画課に勤務する場合に比べれば、控訴人にとって不利益とはなるが、前記認定の如く、控訴人は、被控訴人に雇用されるに際し、その勤務場所の指定変更について被控訴人に委ねる合意をしたことや、前記認定の被控訴人の業務上の必要性等の諸事情を総合して考えれば、本件配転によって被る控訴人の右の程度の不利益は、控訴人において受忍すべき限度内のものというべきである。

なお、以上のほか、控訴人及びその家族、婚約者についての諸事情を考慮しても、本件配転によって控訴人の被る不利益が、控訴人の受忍限度を著しく超えるものとは認められないことは前記説示(原判決三七枚目表二行目から三九枚目裏四行目まで)のとおりであり、当審証人近藤尚子の証言も右認定を覆すに足りず、ほかに右認定を左右するに足りる証拠はない。

3  以上のとおり、本件配転については、業務上の必要が存し、控訴人を配転予定者とした人選に不合理な点はなく、他の不当な動機・目的をもってなされたものとも認められず、控訴人が被る不利益も通常甘受すべき程度を著しく超えるものとは認められないので、これを人事権の濫用として無効とすることはできない。

五  控訴人は、仮に本件配転命令が有効であるとしても、被控訴人の主張する業務上の必要性が、一般的なもので、具体性、緊急性に乏しいこと、及び控訴人の被る不利益が無視できないものであること、控訴人に対する被控訴人の説得が威迫的で、しかも虚言を弄してまでなされたうえ、被控訴人が控訴人の努力を全く考慮しなかったことが一層事態を悪化させたことからも、本件解雇は行き過ぎであり、本件解雇は解雇権の濫用として無効であると主張する。

1  しかし、本件配転については、業務上の必要が存し、控訴人が被る不利益も通常甘受すべき程度を著しく超えるとは認められないことは、前記認定のとおりである。

なお、控訴人は、控訴人に対する被控訴人の説得が威迫的で、しかも虚言を弄してなされたと主張するが、控訴人の右主張事実に添う<書証番号略>の各記載内容、原審における控訴人本人尋問の結果は、にわかに信用できず、ほかにこれを認めるに足りる証拠はない。

かえって、<書証番号略>によれば、被控訴人の担当者らの控訴人に対する本件配転についての説得は、控訴人主張のような常軌を逸したものではなく、むしろ穏当なものであったことが認められる。そして、右説得の過程で、被控訴人の担当者が、控訴人に対し、本件配転命令に応じなければ、解雇になるとの趣旨のことを述べて、本件配転命令に応ずるよう説得したとしても、右は、就業規則に定められている当然のことを述べたに過ぎないのであって、何ら脅迫行為になるものではない。

また、<書証番号略>によれば、当時、控訴人と同じ職場で勤務していた小川章子は、自らの判断で、全く好意的に、控訴人が配転を断り続けると、被控訴人会社を辞めなければならなくなると心配し、控訴人の婚約者の岸本尚子と話しをして打開の道を探ろうとしたもので、被控訴人の担当者から依頼を受けて、右岸本尚子と話をしようとしたものでないことが認められる。したがって、控訴人主張の如く、被控訴人が、女子従業員を使い、控訴人の婚約者を説得させ、控訴人説得の突破口にしようとしたことはない。

よって、被控訴人が、控訴人に対し、威迫的で、虚言を弄するなど、不当な方法で説得を行った事実はない。

2  また、被控訴人において、控訴人の婚約者の就職斡旋の配慮をしたことが、控訴人の主張するように、労働者の人権無視、女性蔑視であるとはいえないし、控訴人が、神戸周辺への配転なら応ずる旨の申し出をした事実があったとしても、前記認定の、控訴人が岐阜工場に配転される対象に至った本件配転の理由と経緯に照らせば、控訴人に対する本件配転を、神戸周辺への配転に変更することがたやすくできるものでないことは明らかである。控訴人の神戸周辺への配転なら応ずる旨の申し出も、結局は、あくまで自己の都合に固執し、本件配転を拒否する態度に変わりはないから、被控訴人において、控訴人の右申し出を受け入れなかったからといって、これを非難することはできない。

3  前記認定のとおり、本件配転は、造船不況による造船需要の大幅な低落と操業度の低下によって生じた大量の余剰人員を解消すると共に、航空機事業部における人員を増強する必要等、被控訴人の業務上の必要性のために行われたものである。その上、<書証番号略>、原審証人永安広吉の証言、並びに、弁論の全趣旨によれば、控訴人と同様、右造船不況等の緊急対策による配転の対象となった多数の従業員は、病気の家族を抱え、その看護のため転勤できないなど特別の事情のあるものは別として、事務技術系職であると、現業職であるとを問わず、被控訴人の造船部門が直面する厳しい情勢を認識し、自己の持ち家を処分し、あるいは子供を転校、転園させるなど、それぞれに個人的に大きな犠牲と不便を忍びつつ、配転に努力したこと、本件配転について、控訴人から苦情処理の申立を受けた組合では、控訴人本人から事情聴取するなど調査したうえ、結婚を間近に控え、夫婦共働きの必要があるとか、将来郷里の母を引き取り扶養しなければならなという控訴人主張の理由では、被控訴人に配転撤回を求めるには不十分であり、その程度の事情ではむしろ配転に応ずるべきであるとの判断のもとに、控訴人に対し、配転に協力するように説得したこと、以上のような事実が認められる。

そして、これらの事実に、前記認定の諸事情に照らして考えれば、本件解雇が解雇権の濫用であるとは到底認められない。

したがって、本件解雇が解雇権の濫用として無効であるとする控訴人の主張は理由がない。

六  以上認定したところからすれば、控訴人は、被控訴人に対し、被控訴人が控訴人に支払った仮払金六〇五万〇六六四円及びこれに対する大阪高等裁判所昭和五五年(ネ)第一二六六号地位保全等仮処分申請控訴事件につき、仮処分却下の判決がなされた日の翌日である昭和五八年四月二七日から(右判決のあったことは当事者間に争いがない)右支払済に至るまで民法所定の年五分の割合による利息金(民法七〇四条所定の利息金)を支払う義務がある。

七  以上の理由により、控訴人の本訴請求(当審における請求拡張部分を除く)を棄却し、被控訴人の反訴請求を認容した原判決は相当であって、本件控訴は理由がないからこれを棄却し、当審で拡張された控訴人の本訴請求部分も理由がないから棄却することとし、被控訴人の反訴請求の減縮により原判決主文第二項を本判決主文第二項のとおり変更し、控訴費用の負担につき民訴法九五条、八九条に従い、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 後藤勇 裁判官 高橋史朗 裁判官 小原卓雄)

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