大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 平成元年(ラ)128号 決定 1990年6月11日

抗告人 甲野花子

右代理人弁護士 宮崎定邦

主文

原決定を取り消す。

本件免責を許可する。

理由

一  抗告の趣旨及び理由

別紙抗告状及び抗告理由補充書に記載のとおり。

二  抗告人に関する破産手続の経過

抗告人は昭和六二年四月三日神戸地方裁判所に自己破産の申立をしたところ、同裁判所は同年五月二五日午前一〇時、抗告人は債権者山陰信販株式会社外二三名に対し合計約一二一二万円の債務を負担し、その支払が不能の状態にあり、かつ破産財団をもって破産手続の費用を償うに足りないとの理由で、抗告人につき破産を宣告するとともに破産廃止の決定をしたことは記録上明らかである。

三  免責不許可事由の存否

1  記録によると、抗告人が破産申立をするまでの経緯は次のとおりであったものと認められる。

(一)  抗告人は主婦としてカメラ店に勤務する夫の給料で生活していたが、昭和五二年四月から家計の一助にと化粧品の訪問販売、ついで健康食品の訪問販売に従事したものの、いずれも予め数十万円で一括購入した商品を高値で販売して利益を上げ、売れ残りによる損失は販売従事者が負担するという仕組みによるものであったため、商品の売れ残りによって損失が生じて、信販会社から商品の購入代金資金として借り入れた約八〇万円が債務として残った。

(二)  そこで、抗告人は昭和五七年六月からは右債務返済のために高収入の見込まれる宝石の訪問販売に従事するとともに生命保険外交員として稼働したが、顧客に宝石を持ち逃げされたり、保険料の立替払いをしたことによって更に債務を増加させ、夫の給料によっても返済することができないようになったことから、夫に内緒で、右債務の返済や生活費支弁のために知人や信販会社、サラ金業者等から借入をし、更にその返済のために別のサラ金業者等から借入することが重なるうち、抗告人の債務は雪だるま式に増加して、昭和六一年一一月ころからは新規の借入金では分割して支払うべき債務の全部の返済ができないような状態に陥り、信販会社等から債務の返済を督促されるようになった。

(三)  抗告人はそのような経済状態になったにもかかわらず、その後も督促を受けた債務の返済のために新規の借入をする(原決定添付の負債一覧表のうち番号13から23までの借入は、抗告人が右のような経済状態になってからの後に自己の名で借入れたものである。以下これを「本件借入」という。)一方、宝石販売等を続け、その収益によってなんとか債務の返済をしようと努力したものの、昭和六二年二月になって、多額の債務を負担していることを夫に知られるに及び、仕事を止めるとともに夫や子供と別居して親許に単身で身を寄せ、同年三月には子供の親権者を夫と定めて協議離婚するに至った。

2  右認定事実によると、抗告人は遅くとも破産宣告前一年内である昭和六一年一一月ころから支払不能の財産状態に陥っていたのであり、その後の借入である本件借入は、少なくとも抗告人において右のような財産状態にあることを告げれば、相手方が貸付をしないであろうことを知りつつ、これを秘して借入申込みをした結果なされたものと推認されるから、本件借入は破産法第三六六条ノ九第二号所定の「破産者ガ破産宣告前一年内ニ破産ノ原因タル事実アルニ拘ラズ其ノ事実ナキコトヲ信ゼシムル為詐術ヲ用ヒテ信用取引ニ因リ財産ヲ取得シタルコトアルトキ」に該当するのではないかとの疑いを生ずる。

しかしながら、右に「詐術ヲ用ヒ」たとは、破産者が信用取引の相手方に対し自己が支払不能等の破産原因事実のないことを信じさせ、あるいは相手方がそのように誤信しているのを強めるために、資産もしくは収入があることを仮装するなどの積極的な欺罔手段を取った場合もしくはこれと同視すべき場合を指すのであって、破産者が単に支払不能等の破産原因事実があることを黙秘して相手方に進んで告知しなかったことのみでは「詐術ヲ用ヒ」た場合にあたらないものと解するのが相当である(民法第二〇条所定の「詐術」に関する最高裁判所昭和四四年二月一三日第一小法廷判決・民集二三巻二九一頁参照)ところ、記録を精査しても、抗告人が本件借入をするに当たって自己に資産もしくは収入のあることを仮装するなどの積極的な欺罔手段を取ったこと、あるいは抗告人の本件借入がこれと同視すべき状況のもとでなされたことを認めるに足りる資料は見当たらないから、抗告人の本件借入は破産法第三六六条ノ九第二号には該当しないものというべきである。

3  右の外、他に抗告人につき破産法第三六六条ノ九各号所定の免責不許可事由に該当する事実を認めるべき資料はない。

四  結び

よって、本件免責を許可しなかった原決定を取り消し、本件免責を許可することとして、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 中川臣朗 裁判官 緒賀恒雄 長門栄吉)

<以下省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例