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大阪高等裁判所 平成元年(行コ)33号 判決 1991年4月24日

控訴人

右京税務署長竹下格

右指定代理人

山本恵三

外三名

被控訴人

亡山本益次郎訴訟承継人

山本紀美

亡山本益次郎訴訟承継人

山本文一

亡山本益次郎訴訟承継人

山本文子

右被控訴人三名訴訟代理人弁護士

近藤正昭

三瀬顕

野間督司

林一弘

下村泰

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  控訴の趣旨

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人らの請求を棄却する。

3  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

二  控訴の趣旨に対する答弁

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

第二  当事者双方の主張

当事者双方の主張は、後記のとおり付加するほか、原判決事実摘示のとおり(ただし、原判決四枚目表末行の「四五 万」とあるのを「四九五万」と改め、同八枚目裏一〇行目末尾の「こ」を削除する。)であるから、これを引用する。

一  控訴人の主張

1  本件においては、重加算税の課税要件である国税通則法(以下「法」という。)に定める期限内申告書の提出があり、法六八条所定の重加算税の課税要件を充足している。すなわち、

(一) 法六八条一項は、「第六五条一項(過少申告加算税)の規定に該当する場合において、納税者がその国税の課税標準等又は税額等の計算の基礎となるべき事実の全部又は一部を隠ぺいし、又は仮装し、その隠ぺいし、又は仮装したところに基づき納税申告していたとき」は、重加算税を課すると規定している。したがって、重加算税の課税要件は(1) 法六五条一項(過少申告加算税)の賦課要件と、(2) 「課税標準等又は税額等の計算の基礎となるべき事実の隠ぺい、又は仮装」により、右過少申告がもたらされているというべきである。

(二) そして、法六五条一項に規定する「期限内申告書が提出された場合」とは、過少申告加算税を課することとなる修正申告の前に提出された納税申告書が期限内申告書であるべき旨を規定したものではなく、単に、加算税を賦課すべき修正申告書に係る国税について、期限内申告書が提出されている場合には、加算税が、法六六条で規定する無申告加算税ではなく、過少申告加算税として、法六五条一項ないし三項の規定により、その額を算出すべきことを規定しているに過ぎないものと解すべきである。

(三) これを本件についてみるに、(1) 亡山本益次郎は、同人の昭和五九年分の所得税につき、昭和六〇年三月九日に、当初申告を行い(期限内申告書の提出があり)、(2) その後、昭和六〇年四月九日に、修正申告書を提出しており(第一次修正申告。本件申告)、(3) さらに、昭和六一年二月五日に、修正申告書を提出している(第二次修正申告)が、右第二次修正申告によって納付すべき税額(第一次修正申告に係る税額から増加した税額)は、法三五条二項の規定より、二六五二万八四五〇円であった。したがって、本件において、法六五条の過少申告加算税及び法六八条の重加算税を賦課する要件を充足していたものというべきである。

2  亡山本益次郎は、その所得を隠ぺい、又は仮装をするについて、当初から、未必的な認識があったものである。

仮に、そうでなく、亡山本益次郎が、笠原から、本件申告書の写しを受け取ったときに、始めてその所得を隠ぺい、又は仮装したことを知ったものであるとしても、亡山本益次郎としては、速やかに、適正な修正申告をする等の是正措置をとるべきであった。

しかるに、亡山本益次郎は、笠原の不正な申告を奇貨として、税額を少なくするために、敢えてこれを放置し、右不正な申告を自己の申告として、維持しようとしたのであるから、右亡山本益次郎の行為は、単なる不作為に止まるものではなく、むしろ、当初から不正を容認して申告を行ったと同視し得るものと解すべきである。したがって、亡山本益次郎には、法六八条所定のその所得を隠ぺいし、又は仮装しようとした行為があったものというべきである。

3  次に、法一五条二項一五号は、重加算税の賦課権の除斥期間の起算点を明らかにした規定であって、重加算制の課税要件を定めたものと解すべきものではない。重加算税の課税要件の存否については、あくまでも、法六五条、六八条の規定によってその是非を決定すべきである。

4  被控訴人の後記2の主張は争うが、3の主張事実は認める。

二  被控訴人の主張

1  控訴人の右1ないし3の主張は争う。

2  亡山本益次郎の昭和六〇年三月九日提出の確定申告書は、その当時、それ自体で完了していたものであり、本件土地の譲渡所得の申告漏れがあったとか、記載に過誤があったとかいうものではないのである。

右亡山本益次郎とすれば、右確定申告の時点において、本件土地の譲渡所得が昭和五九年分の所得として、その後、修正申告されるようになるとは夢想だにしていなかったものであるから、その後の昭和六〇年四月九日に提出の修正申告は、右確定申告とは、全く別個のものである。

そして、そもそも、法一九条所定の修正申告は、税額の増額変更による増額修正の場合のみなされるべきものであるところ、本件において、昭和六〇年四月九日提出の修正申告は、「分離長期譲渡所得 〇円」という項目が加わっただけで、申告税額は、いずれも「一六万八七〇〇円」となっていて、納税額に全く変更がないのであるから、右昭和六〇年四月九日提出の修正申告は、法一九条に定める修正申告の要件を欠く申告である。

3  亡山本益次郎は、平成元年七月一〇日に死亡し、妻の被控訴人山本紀美、養子の被控訴人山本文一及び被控訴人山本文子が、共同相続をして亡山本益次郎の権利、義務を承継した。

第三  証拠関係<省略>

理由

一被控訴人らの先代亡山本益次郎が、昭和五九年一一月二七日、その所有にかかる原判決添付別紙物件目録記載一、二の土地(本件土地)を、笠原正継及び同人が主宰する有限会社カサハラ商事にそれぞれ売却し、売買代金の決済を受けた昭和六〇年四月二日、笠原から本件土地売却にかかる譲渡所得税の申告を有利にしてあげるとの申出を受けてこれを信用し、申告手続の一切を同人に一任したところ、同月九日、笠原は、中京税務署長に対し、亡山本益次郎が同年三月九日に同税務署長に対して提出した当初申告の修正申告として、本件土地の譲渡代金一億一一五三万円に対する経費としての「永代管理小作料」一億〇四九五万三五〇〇円を、全国同和対策促進協議会に支払った旨の架空の経費を含む必要経費の額を一億一〇五三万円と計上し、分離譲渡所得金額を零円と追加記入しただけで税額には変更のない申告書を提出して、本件申告をしたこと、同日、山本益次郎は、笠原から税額が決まったので一八〇〇万円を持って来てもらいたいとの連絡を受け、笠原のいうままに本件土地の譲渡所得税として一八〇〇万円を同人に交付し、笠原がどのように申告をし、税金が右一八〇〇万円に決定された理由については、同人に尋ねることもなく、本件土地売却による譲渡所得にかかる税金の問題は、右一八〇〇万円を同人を介して支払うことにより一切が終了したと思っていたこと、ところが、その後、笠原正継は、全日本同和会の脱税指南事件の被告人として刑事訴追を受けて有罪となり、一方、山本益次郎は、昭和六一年二月五日、国税局査察官の取調を受け、昭和五九年分の所得税の過少申告を認め、改めて、昭和五九年分の所得税の修正申告を提出したが、控訴人右京税務署長は、山本益次郎に対し、昭和六一年六月一一日付けをもって、修正申告により納付すべき所得税額に対する重加算税七九五万六〇〇〇円の賦課決定処分(本件処分)をしたこと、これら重加算税賦課決定処分に至るまでの一連の事実の経過に関する当裁判所の認定は、原判決の理由説示(原判決九枚目裏二行目冒頭から一四枚目裏五行目まで)のとおりであるから、これを引用する。

そして、亡山本益次郎が平成元年七月一〇日に死亡し、妻の被控訴人山本紀美、養子の被控訴人山本文一及び被控訴人山本文子が、共同相続をして亡山本益次郎の権利義務を承継したことは当事者間に争いがない。

二ところで、

1 重加算税は、過少申告加算税、無申告加算税及び不納付加算税が賦課されるべき場合に、納税義務者がその国税の計算の基礎となるべき事実の全部又は一部を隠ぺいし、もしくは仮装し、これらの行為に基づいて申告をし、又は、申告をせず、あるいは税金の納付をしなかったときに、これらの加算税に代えて、一定の過重された負担を課する租税である。ところで、法六八条一項に定める重加算税の課税要件である「隠ぺい・仮装」とは、租税を脱税する目的をもって、故意に納税義務の発生原因である計算の基礎となる事実を隠匿し、又は、作為的に虚偽の事実を付加して、調査を妨げるなど納税義務の全部または一部を免れる行為をいい、このような見地からは、重加算税の実質は、行政秩序罰であり、その性質上、型式犯ではあるが、不正行為者を制裁するため、著しく重い税率を定めた立法趣旨及び「隠ぺい、仮装」といった文理に照らし、納税者が、故意に脱税のための積極的行為をすることが必要であると解するのが相当である。

そして、隠ぺい、又は仮装行為が、申告者本人ないし申告法人の代表者が知らない間に、その家族、従業員等によって行われた場合であっても、特段の事情のないかぎり、原則として、右重加算税を課することができるものと解すべきである。

2 本件においては、前記認定にかかる事実関係によれば、亡山本益次郎は、本件土地の売買にあたって初めて知った笠原正継から、所轄税務署である中京税務署には知り合いも多く、多少の便宜ならはかってもらえるので、本件土地の譲渡所得を含む昭和五九年分の申告納税の手続を自分に任したらどうかと持ちかけられて、笠原正継が前記認定のような架空の経費を計上して脱税を計り、さらに、自分から、税金名下に一八〇〇万円を詐取しようと企画しているとは全く思いもしないで、笠原正継に本件土地の譲渡所得税の申告手続を依頼したところ、同人は、前記のとおり、亡山本益次郎の本件土地の譲渡所得は、一億一一五三万円であるとし、これに対する「永代管理小作料」として、一億〇四九五万三五〇〇円を全国同和対策促進協議会に支払った旨の架空の経費を含む必要経費の額を一億一〇五三万円と計上し、亡山本益次郎の譲渡所得を零円として、所轄税務署長に申告をしておきながら、亡山本益次郎に対しては、本件土地の譲渡所得による所得税は、一八〇〇万円であるとして、その支払いを要求したので、亡山本益次郎は、右譲渡所得による所得税は一八〇〇万円であると考え、右所得税として支払うものとして、笠原に一八〇〇万円を交付したものというべきである。

そうとすれば、亡山本益次郎は、本件土地の譲渡所得税として一八〇〇万円を支払う意思で、右一八〇〇万円を笠原に交付したのに、笠原が不法に右一八〇〇万円を税務署に納めなかったのであるから、このような場合には、亡山本益次郎としては、本件土地の譲渡所得について、故意に、その全部又は一部を隠ぺいし、又は仮装をしたものではなく、したがって、法六八条により、重加算税を賦課することはできないと解するのが相当である。

3  なお、控訴人は、(1) 亡山本益次郎は、その所得を隠ぺい、又は仮装をするについて、当初から、未必的な認識があったものであるとか、(2)亡山本益次郎は、笠原の不正な申告を奇貨として、税額を少なくするために、敢えてこれを放置し、右不正な申告を自己の申告として、維持しようとしたのであるから、右亡山本益次郎の行為は、単なる不作為に止まるものではなく、むしろ、当初から不正を容認して申告を行ったと同視し得るものと解すべきであると主張するが、前記に認定の事実からすれば、亡山本益次郎は、笠原に対し、前記一八〇〇万円を支払った際、及び、その後も、本件の過少申告について、国税局査察官の取り調べを受けるまで、笠原が前記のような不正な申告をしたことを知らなかったものというべきであるから、控訴人の右主張は採用できない。

4  次に、過少申告加算税を賦課するについて、法六五条四項の正当理由の不存在についての主張・立証がない。却って、(1) 弁論の全趣旨によれば、亡山本益次郎が、昭和六〇年三月九日に行った昭和五九年分の所得税の確定申告は、右三月九日現在を基準とすれば、適正なものであって、右申告の内容自体に虚偽ないし不正はなかったことが認められること、(2) 前記認定の如く、本件土地の売買による現実の取引は、昭和六〇年四月二日に行われ、亡山本益次郎は、右同日、本件土地の売買代金を受け取ったのであるから、右譲渡所得による所得税の確定申告の期限は、昭和六一年三月一五日であって、亡山本益次郎としては、右昭和六一年三月一五日までに、右譲渡所得税の確定申告をすれば足りたこと、(3) さらに、前記認定の事実関係に、原本の存在及び<証拠>等によれば、亡山本益次郎は、笠原の欺罔行為により、本件土地の譲渡所得税については、笠原に対して前記一八〇〇万円を交付したことにより、全部納付されて終了したものと考えていたことが認められること等、以上(1)ないし(3)の諸事情からすれば、亡山本益次郎の納付すべき昭和五九年度の税額の基礎となった事実のうちに、昭和六一年二月五日にした修正申告前の税額の計算の基礎とされていなかったこと(すなわち、本件土地の譲渡所得を右税額の計算の基礎としなかったこと)について、亡山本益次郎には、法六五条四項所定の正当の理由があるものと認めるのが相当である。

5  そうだとすれば、控訴人右京税務署長が、亡山本益次郎に対し、昭和六一年六月一一日付けでした昭和五九年分の所得税の重加算税賦課決定処分は違法であるから、取消を免れない。(そして、法六五条の過少申告加算税を賦課する要件にも欠けるものというべきである。)

三のみならず、

1  本件においては、これを形式的にみた場合にも、重加算税の課税の要件である法六五条所定の期限内申告書の提出の要件が欠けていることは、原判決一五枚目裏一一行目から一八枚目裏八行目までに記載のとおりであるからこれを引用する。

控訴人は、法六五条一項に規定する「期限内申告書が提出された場合」とは、過少申告加算税を課することとなる修正申告の前に提出された納税申告書が期限内申告書であるべき旨を規定したものではなく、加算税を賦課すべき修正申告書に係る国税について、期限内申告書が提出されている場合には、過少申告加算税として、法六五条一項ないし三項の規定により、その額を算出すべきことを規定したものに過ぎないと主張するが、前記説示に照らし、控訴人の右主張は採用できない。

2  また、

(一)  前記認定の事実関係からすれば、笠原は、亡山本益次郎に代わって、昭和六〇年四月九日に、所轄税務署長に対し、亡山本益次郎の昭和五九年分の所得の修正申告をしたところ、当時、既に亡山本益次郎の昭和五九年分の確定申告は、昭和六〇年三月一五日までに適法になされ、かつ、受理をされて確定していたから、現実に、右昭和六〇年三月一五日より後に発生した本件土地の譲渡所得につき、本件土地の売買代金の授受のあった日である昭和六〇年四月二日ではなく、右売買契約の締結された昭和五九年一一月二七日を所得の発生した基準日として選択し、右譲渡所得を昭和五九年分の所得として申告することは、本来、不適法か、少なくとも不相当であったというべきである。

(二)  その上、そもそも、法一九条所定の修正申告は、税額の増額変更による増額修正の場合にのみなされるべきものであるところ、本件においては、<証拠>によれば、昭和六〇年四月九日提出の修正申告は、先きに同年三月九日になされた確定申告に、「分離長期譲渡所得 〇円」という項目が加わっただけで、右昭和六〇年三月九日の確定申告も、同年四月九日の修正申告も、その申告税額は、いずれも「一六万八七〇〇円」となっていて、納税額にまったく変更がないことが認められるのであるから、右昭和六〇年四月九日提出の修正申告は、法一九条に定める修正申告の要件を欠く違法な申告というべきである。

そして、前記の如く、本件土地の売買につき、現実に取引が行われ、かつ、代金の授受のあったのは、昭和六〇年四月二日であったから、その譲渡所得の法定の申告期限は、前記のとおり、もともと昭和六一年三月一五日であるというべきであるところ、法一五条二項一五号によれば、重加算税は、法定申告期限の経過のときに発生するとしている。ところで、亡山本益次郎が本件土地の譲渡所得税を二六五二万八四五〇円とする修正申告をしたのは、前記のとおり、昭和六一年二月五日であって、本件土地の譲渡所得の法定の申告期限である昭和六一年三月一五日以前であるから、この点からしても、亡山本益次郎に対し、本件土地の譲渡所得税に関して、重加算税ないし過少申告加算税を課することはできないものというべきである。

(三)  もっとも、亡山本益次郎は、本件土地の譲渡所得税に関し、笠原を通じて、昭和六〇年四月九日に、同年三月九日にした先の確定申告の修正申告をしているが、これにより、本件土地の譲渡所得税の申告期限が、右譲渡所得が現実に発生した同年四月二日よりも以前の同年三月一五日になるものとは到底解しがたい。けだし、譲渡所得の発生以前に、その税額の確定申告期限が到来するというような解釈は、論理的に矛盾し、現実に不可能を強いる結果になるからである。

したがって、亡山本益次郎としては、昭和六〇年四月九日に、前記修正申告をしたにしても、その後、昭和六一年三月一五日までに、正しい修正申告をすれば、前記のとおり、重加算税ないし過少申告加算税を課せられることはないというべきである。

(四)  控訴人は、法一五条二項一五号は、重加算税の賦課権の除斥期間の起算日を明らかにした規定であって、重加算税課税の要件を定めたものではないと主張するが、右法一五条二項は、「納税義務は、次の各号に定める国税については、当該各号に掲げる時に成立する。」と定めている右規定の文言に照らし、控訴人の右主張は採用できない。

(五)  したがって、以上の点からも、本件重加算税の賦課決定処分は違法であって、取消を免れない。

四よって、本件重加算税賦課決定処分の取消を求める被控訴人ら(亡山本益次郎は、原審の弁論終結後で原判決言渡前に死亡したので、原判決の実質的な名宛人は被控訴人らである。)の請求を認容した原判決は、結局、相当であって、本件控訴は理由がないから、これを棄却し、控訴費用につき、行訴法七条、民訴法九五条、八九条に従い、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官後藤勇 裁判官東條敬 裁判官小原卓雄)

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