大阪高等裁判所 平成元年(行コ)8号 判決 1990年10月31日
控訴人(被告) 大阪府知事
被控訴人(原告) 株式会社岩崎経営センター 外四名
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
一 当事者双方の申立
控訴人は「原判決を取り消す。被控訴人らの請求をいずれも棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、被控訴人らはいずれも主文と同旨の判決を求めた。
二 当事者双方の主張
次に付加する外は、原判決事実摘示のとおりである(但し、原判決三枚目表六行目の「大阪府の住民であり」を「大阪府に住所を有する個人又は大阪府に事務所を有する法人であり」と、同一七枚目裏九行目の「政府」を「行政府」と、それぞれ改める。)からこれを引用する。
(控訴人の主張)
1 本件条例の解釈基準について
(一) 公文書の開示請求権は、憲法第二一条に基づくいわゆる「知る権利」から直接発生するものではなく、公文書開示についての法令又は条例の制定によって初めて具体的な請求権として認められるのであるから、憲法上当然に公開されるべき公文書なるものは存在しない。
従って、府に対する公文書開示請求権は、本件条例が認めている範囲で認められるべきものであって、その成否の判断は本件条例の規定する条文の文言を尊重し、条文を素直に解釈してなすことを要し、本件条例第八条が規定する「公開しないことができる公文書」及び同第九条が規定する「公開してはならない公文書」の範囲の解釈に当たってもいたずらに条文の文言を拡張して解釈すべきものではない。
(二) ところが、原判決は、本件条例第八条第四号及び第五号の解釈適用に当たって、事務・事業の遂行に支障の生ずる危険が「具体的に存在することが客観的に明白である」ことを要求しているが、右条号は「著しい支障を及ぼすおそれ」と規定しているだけであるから、右条号が適用されるか否かは単に「おそれ」があるか否かを判断すれば足りるのであって、そこに原判決のような要件を更に加えることは右条号の文言を不当に拡張して解釈するものである。なお、「著しい」との文言は支障の程度を表現するために用いられているものであって、「著しい」の文言からは客観性や明白性の要件を導き出すことはできない。すなわち、そもそも、情報の機能は複雑微妙であって、ある情報が思わぬ使われ方をしたり、思わぬ誤解の原因になったりして、事務遂行の支障になることがあり、そのような働きを持つ情報を広く住民に提供することにより生ずる事務遂行上の支障は、必ずしも客観的明白に具体的に存在するとは限らないのであるから、原判決のような要件を加えて解釈することは右条号を骨抜きにするものであって、本件条例の意図に背馳する誤った解釈である。
また、原判決は、右条号の解釈適用に当たって、公開することにより事務遂行に支障を生ずるおそれがあったとしても、更に「非公開にすることによる弊害」と「公開することによる有用性や公益性」を総合的に検討する必要があるとするが、これも本件条例の規定を逸脱する不当な解釈である。すなわち、右条号は、事務遂行の著しい支障の生ずるおそれのある場合には、仮に非公開とすることによる弊害や公開することによる有益性・公益性があったとしても、非公開とすると規定しているのであるから、事務遂行に著しい支障を生ずるおそれがあるのに、その上に原判決の右のような評価を加えて公開すべきであるとするのは全くの独断である。
(三) 更に、本件条例の規定にある情報公開による行政上の支障についての「おそれ」との文言は本件条例の立法者が意識的に用いたものであるが、この「おそれ」とは「望ましくない事実又は関係が生ずる可能性があるとき」あるいは「危険が発生する可能性があるということ」を意味するのであるから、この言葉の通常の使用方法からして、本件条例の「支障を及ぼすおそれのあるもの」とは「支障を及ぼす可能性のあるもの」と読むべきものであって、その支障が生ずる危険性が必ずしも具体的であることを要せず、抽象的なものも当然に含まれるものと解すべきである。
2 知事交際費の特殊性について
原判決は、知事交際費というものが、その性格上、公開し難いという特殊性を有することを全く無視し、かえってこれを何かいかがわしいものであるかのような偏見を持ってみており、知事交際費についての公正な認識を欠くものである。知事交際費に関する本件文書が公開されるべきか否かは、知事交際費についての次のような正当な認識を前提として判断されるべきである。
(一) そもそも交際費は、地方自治法施行規則第一五条において認められている費目であり、地方公共団体の長その他の執行機関が、その行政執行のために必要な外部との交際上要する経費であって、議会で承認された予算の範囲内で、当該機関の長が自己に委ねられた裁量に基づいて執行しうるものである。
(二) ところで、大阪府における知事交際費の年間予算は昭和五一年度以降一〇〇〇万円と変化がないが、控訴人は、この予算の範囲内において、その職務を行うに当たって必要とする外部との交際のために要する費用を支出しており、その内容は慶弔、見舞い、賛助、協賛、せん別及び懇談に分けられ、また交際費支出の要否及び支出する場合の金額等については、相手方の府行政への参画・貢献の程度、過去の事例等を斟酌してその都度決められているが、それも控訴人の自由な裁量に基づくものである。
(三) 交際費については、右のようにその支出の有無、内容、程度を決めるに当たって当然相手方たる団体や個人に対する評価が現れるのであるが、その評価たるや、必ずしも個々の行為や業績に対してなされるものではなく、府行政との関わりにおける全体的な評価であり、そのため見方によっては大きな相異が生ずる場合がある。そして、交際というものが情誼の面におけるものであるだけに、右評価における見方の相違や食い違いがあらわになったときの影響は決して少なくなく、交際によって培うことを意図した相手方その他の関係者との信頼関係がかえって大きく損なわれることになるのである。このような意味で、行政実務において、地方自治法第一九九条第一項による監査委員の監査の場合、その費目の性質上その内容まで監査することは適当でないとされており、また同法第九八条第二項による議会の請求による監査や同法第七五条による有権者からの請求による監査の場合、その費目の性質上監査結果の公表に当たっては格別の配慮が必要であるとされているのである。
3 本件文書の非公開規定該当性について
(一) 本件文書は、本件条例第八条第四号に該当する。
右条号にいう「調整等」とは、調整、審議、検討、協議、打合せ、相談を指すのであり、懇談の席においてこれら調整、協議、打合せ、相談などが行われることは容易に窺い知りうるところであり、従って本件文書中の懇談に関する文書が右調整等に関する情報であることは明らかである。原判決が右文書から推知される内容が限られているとか抽象的であるとかというだけの理由で、右条号の対象文書でないとするのは到底理解できない。
そして、右文書の記載からは懇談の日時、相手、場所等が知れる程度であっても、その時期の控訴人を取り巻く状況や他の情報と突き合わせることにより具体的な事項を推知することができるのであり、そのことによって府の行政施策を遂行するに当たって相手方より協力を得られなくなるおそれがあるし、また各種多様な行政事務を掌理する控訴人には、例えば意見調整等に当たって、時に秘匿してなされざるを得ない行動があり、かかる行動が懇談に関する文書から明らかにされることも予想され、それらにより生ずる障害によって行政事務の執行に著しい支障を及ぼすおそれは十分に考えられるのである。
(二) 本件文書は、本件条例第八条第五号に該当する。
右条号にいう「渉外」とは「外国、国、地方公共団体、民間団体等と行う府の行財政運営等の推進のための接遇、儀礼、交際等に係る事務」を指すから、本件文書がこれらに関する情報であることは明らかである。原判決は、右条号の規定の趣旨を解釈して、右条号により非公開されることによって保護される情報は「折衝過程意見等」、「対応策等」に関する情報であるとして、本件文書はこれら「折衝過程意見等」や「対応策等」に当たらないから右条号に該当する情報でないとするが、本件条例にない右のような独自のカテゴリーを基準とする原判決の右のような解釈は不当な独断である。
そして、本件文書に記載された情報は、単に経費の支出関係を示すだけでなく、交際の範囲、内容、程度等を明らかにし、ひいては個々の交際の重要度がそこに示されるものであるから、これが公開されれば、同種の交際の相手方との情報との突き合わせ等により自己の評価、位置付け、処遇を知ることができるのであり、それが誤解や不満を招き、行政事務執行に当たって非協力や妨害の態度に出る事態が考えられ、行政事務の円滑な執行に著しい支障となるおそれが考えられる。
(三) 本件文書は、本件条例第九条第一号に該当する。
いわゆるプライバシーの権利の概念は多義的に用いられているのであるから、具体的な法令がどのようなプライバシーの保護を目的としたものであるかは当該法令の解釈によらざるを得ないところ、本件条例が右条号によって保護しようとしているプライバシーは、原判決が判示しているような、その侵害に対して法的な救済が求められるようないわゆる「プライバシーの権利」だけを保護の対象とするものではなく、より広い概念のプライバシーに係る情報を非公開として保護しようとしたものであり、このことは右条号に「家族構成、職業、学歴、住所」など必ずしもいわゆる「プライバシーの権利」として保護されないような事項について非公開を義務付けていることからも明らかであるから、本件文書がプライバシーに係る情報を記載した文書であることも明らかである。原判決が、右に関して、本件条例によって保護されるプライバシーについて判示のような三要件を設定し、その要件を前提にして、本件文書の右条号の該当性を判断するのは誤った解釈である。
そして、右のような観点からすると、右条号の該当性は、情報が私生活上の事実であるかどうかとか、一般の人に未だ知られていない事項であるかどうかとかの要件よりも、個人情報に関し「一般に他人に知られたくないと望むことが正当と認められる」かどうかが判断基準とされるべきであり、右判断基準からすると、慶弔、見舞い、賛助等を貰ったかどうか、あるいは幾ら貰ったかどうかという事実は一般に他人に知られたくないと望まれていることであり、そのようにみるのが一般社会通念上常識的であるし、そのように望むことが不当であるといえない。
(四) 本件文書は、本件条例第八条第一号に該当する。
接客業者にとっては多くの場合、特定の取引内容そのものが営業上の秘密なのであり、どのようなものをどのような金額で提供しているかが知られることがその事業者の信用、社会的評価に重大な影響を及ぼすことがあるのであるから、そのような接客業について請求書等の公開により大阪府がどのように利用しているかを明らかにされることは、右条号の「競争上の地位その他正当な利益を害する。」と認められる場合が少なくないのである。
(五) そして、以上の見解が控訴人の主観的な独断ではないことは、公正な第三者機関である大阪府公文書公開審査会が、被控訴人らの本件各処分に対する異議申立を受けて、本件文書を具体的に精査した上で出した答申に一致するとともに、多くの地方公共団体が知事の交際費に関する文書の公開に否定的な見解を示していることからも明らかである。
(被控訴人らの答弁)
控訴人の主張はすべて争う。
原判決の認定判断はすべて正当であるが、控訴人の主張に対する反論として次のとおり主張する。
1 本件条例制定の趣旨について
新憲法により国民が主権者となり、その信託によって行政が遂行されることとなったが、国民が主権者であることの担保方法として、国民に参政権があり、知る権利が保障されているのである。そして、本件条例が、憲法上認められた知る権利を実定法上の権利として具体化したものであることは、府における本件条例の制定過程を示す「大阪府の情報公開制度の実態に向けて」と題する冊子にも明記されているし、本件条例の前文からも明らかである。
このように、国民が主権者であり、自らの権利として情報公開を求めることができるとするのが本件条例の基本精神であり、出発点である。
2 本件条例の解釈の基本原則について
(一) 本件条例による情報公開請求権は憲法上認められている知る権利を実定法化したものであるから、憲法的立場からも公開が原則であり、非公開は例外的でなければならない。そして、このことは本件条例の制定過程における府の見解からも明らかであるから、本件条例の非公開規定は、憲法上の公開原則を制約するものとしても、また本件条例の立法者意思からしても、限定的に厳格に解釈されなければならない。
(二) そして、府の情報が非公開とされる場合は、非公開によって保護される利益は真に保護に値するものでなければならず、行政の一方的な都合や利害関係人の違法又は不当な利益を守るために非公開とされるべきではない。換言すると、全体の利益に反する一部の者にとっての利益保護の観点からの支障は、非公開の理由としての支障とはなり得ないのである。
(三) ところで、控訴人は、公開によって生ずる支障のおそれについて、他の状況を含めて起こり得るあらゆる場合を考えて、抽象的な危険があれば「おそれ」があるとして非公開とすべきであると主張する。
しかしながら、「おそれ」とは、一定以上の蓋然性のあることをいうのであるから、偶発的な、万一の可能性にとどまる程度のものは含まれないのであって、我が国における各種法令の解釈においてもそのように解されているのである。控訴人のような解釈を基にして本件条例の非公開規定を解釈するのでは、本件条例の制度趣旨及び憲法の精神に著しく反する結果となる。
(四) また、公開により著しい支障が生ずることによって情報が非公開とされるのは、公務の公正かつ適切な執行に対する著しい支障が生ずる場合に限られるのであるから、その情報を公開した場合と非公開とした場合とどちらがより一層公務の公正適切さが保たれるかということが検討されなければならない。すなわち、情報が非公開にされることのメリットと情報が公開されることのメリットとを比較検討し、総合的にどちらがより公務の公正適切な遂行に合致するかを検討する必要があるのである。そして、右検討に当たっては、文書公開は国民が主権者として行政を監視するためのものであることに留意されなければならない。
さらに控訴人の任務が重要であり、自由裁量性が大きく、秘密性が要求されることが多いとの理由で主権者である府民の手の届かぬ聖域を作ることは、憲法及び本件条例の理念、民主主義の精神に反する公私を混同した封建領主思想そのものであって、民主主義の活性化及び情報の公開の方向に向かっている世界の潮流にも反する到底受け入れられない考えである。
三 証拠関係<省略>
理由
一 当裁判所も、本件文書を非公開とした本件各処分は取り消すべきものと考える。その理由は、次に訂正・付加する外は、原判決の理由説示(原判決一八枚目表四行目から同四三枚目裏三行目までと同一であるからこれを引用する。
1 原判決一九枚目裏一〇行目の「金額」を「料理等の単価及びその合計額」と、同二〇枚目表二行目の「備考欄」を「摘要欄」と、同八行目の「支出の内訳、明細」を「支出年月日、支出金額、支出先、支出の目的」とそれぞれ改める。
2 原判決二一枚目裏末行から同二二枚目表初行の「宣言しており、基本的に」を「宣言しているところ、本件条例の右のような内容に成立に争いのない甲第六、第七号証及び乙第一六、第一七号証によれば、本件条例は、」と、同二二枚目裏初行の「ことに」から同二三枚目裏四行目末尾までを「このことは、本件条例がその第三条において、情報を開示する知事等の実施機関に対し、公文書の公開を求める権利が十分に保障されるように、本件条例を解釈し運用すべき責務を課するとともに、第五条において、実施機関に対し、本件条例の解釈及び運用に当たっては、個人に関する情報であって、特定の個人が識別され得るもののうち、一般に他人に知られたくないと望むことが正当であると認められるものをみだりに公にすることのないように最大限の配慮をすべき旨を命じていることからも明らかである。そして、本件条例の右のような趣旨・目的及び構成からして、実施機関が本件条例に基づく適式な公文書公開請求を拒絶できるのは本件条例第八条及び第九条の各号所定の事由(非公開事由)の存する場合に限られるとともに、右非公開事由の存在は実施機関において主張立証しなければならないこともまた明らかであるというべきである。」と、同裏六行目の「本件条例」を「控訴人主張の」とそれぞれ改める。
3 原判決二四枚目表八行目の「成立」から同一一行目の「という。)」までを「前掲乙第一六号証(大阪府情報公開府民会議作成の『情報公開の制度化への提言』)及び成立に争いのない乙第二号証(府作成の『大阪府公文書公開等条例の解釈運用基準』。以下これらを一括して『運用基準等』という。)」と改める。
4 原判決二五枚目表一二行目から同末行にかけての「右にいうような調査、研究、企画、調整等に関する情報では」を「本条号にいう府の機関又は国等の機関が行う調査研究、企画、調整等(以下『調整等事務』という。)に関する情報(以下『調整等情報』という。)で」と、同裏二行目の「本件文書は」から同七行目の「明白である。」までを「原審証人森繁の証言によれば、右文書は民間団体等又はその主催する行事等に対する補助あるいは援助を目的としてなされる金員の供与に関するものであることが認められるから、調整等情報には当たらないものというべきである。」とそれぞれ改めた上改行し、同七行目の「さらに」から同二九枚目表六行目末尾までを次のとおり改める。
「 次に本件文書のうち同Dの支出内容、すなわち懇談に係る文書について考えるに、原審証人森繁の証言及び弁論の全趣旨によれば、控訴人が国、地方公共団体あるいは民間の諸団体等となす懇談には儀礼的な交際を目的とするもの(以下『儀礼的懇談』という。)と前記のような企画、協議、調整、相談等を目的とするもの(以下『調整的懇談』という。)とがあることが認められるところ、右のうち、儀礼的懇談は調整等事務に該当しないから、これに関する情報は調整等情報に当たらないけれども、調整的懇談は調整等事務に該当し、それに関する情報は調整等情報に当るものと解される。しかしながら、前記のとおり本件文書のうち調整的懇談に関する支出に対応する債権者請求書等及び現金出納簿には懇談の内容は全く記載されず、ただ支払の年月日又は懇談の日時、請求又は支出の金額、懇談の場所、懇談の相手方、懇談の名称が記載されているにすぎないから、その記載から推知される懇談内容に関する事項は限定的であるとともに、抽象的なものでしかないと認められるところ、当該懇談が現に企画又は遂行中の府の行政事務・行政事業に関するもので、当該懇談自体が更に継続を予定されているなどのため、そのような限定的かつ抽象的な懇談内容に関する事項でも公になることにより当該懇談の意義あるいは目的を失わせ、あるいは相手方との信頼関係を損なって、公正かつ適切になされるべき右行政事務あるいは行政事業の企画又は遂行に著しい支障を来すおそれがある等の特段の事情のある場合は格別、右特段の事情について具体的な主張立証のない本件においては、そのような限定的かつ抽象的な懇談に関する情報が当該懇談の済んだ後に開示されることによって、本条号が調整等情報の公開によって生ずるおそれがあるとする前記(1)記載のような支障が生ずるおそれがあるものと一般的に推断することはできず、従って本件文書のうち調整的懇談に関する情報の記載された文書が公開されても、そのことによって現在又は将来において本条号の調整等事務を公正かつ適切に行うことに著しい支障を及ぼすおそれがあるということはできない。
(3) 控訴人は、本件文書に記載されている懇談に関する情報自体は限定的であっても、その時期の控訴人を取り巻く状況や他の情報とを突き合わせることによって懇談に関するより具体的情報となり、そのことによって控訴人の交際の範囲、内容、程度等が知れ、府の行政施策の遂行に当たって必要とされる懇談の相手方との信頼関係を損ない、その協力が得られなくなるという支障が生ずるおそれがあると主張する。
しかし、限定的・抽象的な情報が他の情報と結合することによってより広範囲で具体的な情報となることの一般的あるいは観念的な可能性の存在を否定することはできないけれども、そのようなことが一般的あるいは観念的にはありうるというだけのことから、どのような内容の情報とどのように結合すればどの程度広範囲なあるいは具体的な情報となるのかも不明である(本件においてはそのような主張立証はない。)のに、単にそのような可能性がないわけではないことを理由にして、前記のような限定的かつ抽象的な懇談に関する情報が記載されているに過ぎない本件文書が公開されることによって公正かつ適切な調整等の事務の遂行に著しい支障を及ぼすおそれがあるとの推量をすることなどできるものではない。
また、懇談の事実等が知れることによって懇談の相手方との信頼関係を損ない、その協力を得られなくなって府の行政事務の遂行に支障を生ずるとの控訴人の主張については、なるほど控訴人との懇談の相手方によっては、右懇談及びそれに伴う飲食等の事実が公開されることによる種々の社会的影響を懸念し、またそれによる煩わしさを厭い、控訴人との調整的な懇談を回避あるいは拒絶するようになる事態が生ずることが全く考えられないではないけれども、大阪府知事である控訴人と懇談して飲食を共にすることは社会通念上名誉でこそあれ、何ら不名誉若しくは嫌悪すべき事柄ではないのであるから、このような社会通念に照らすと、懇談の済んだ後になってその事実が公開されることがあることだけを理由にして、大阪府知事である控訴人との調整的な懇談を回避あるいは拒絶する団体あるいは個人が出現し、そのために府の調整等事務の公正かつ適切な遂行に著しい支障を及ぼすような事態になるとは容易に推断し難いところである。
更に控訴人は、控訴人の行動には時に秘匿してなされざるを得ない行動があるが、これが懇談に関する本件文書の公開によって明らかになることが予想され、そのために府の行政事務の遂行に著しい支障を及ぼすおそれがあると主張する。なるほど控訴人は大阪府の行政の最高責任者として種々の行政事務を掌理してその遂行に当たっているのであるから、時には行政事務の遂行上、関係者との意見の交換、調整等のため懇談したこと自体を当面は秘匿して置くことを必要とすることもないわけではないと考えられるが、しかし、そのように秘匿してなされた懇談の事実(その具体的な内容ではない。)であっても、当該行政事務が遂行され終わった後においては、これを秘匿して非公開にして置かなければ同種の行政事務の公正かつ適切な遂行に著しい支障を生ずるということはないのが通常であると考えられるから、それにもかかわらずその後においても非公開としておかなければならない特段の事情のない限りは、前認定程度の懇談に関する記載しかない債権者請求書等及び現金出納簿を公開することによって調整等事務の公正かつ適切な遂行に著しい支障を及ぼすことはないものというべきであるところ、本件においては右特段の事情を認めるべき証拠はない。」
5 原判決二九枚目表七行目の「(7)」を「(4)」と改める。
6 原判決二九枚目裏四行目から同五行目にかけての「運用基準を一つの参考としつつ、」を「運用基準等を参考として」と、同三一枚目表六行目から同七行目にかけての「『渉外等の事務に関する情報』」を「交渉等の事務に関する情報」と、同八行目冒頭から同裏四行目末尾までを「ものと解される。」と、同五行目の「しかし」から同三二枚目表五行目の「あるところ」までを「そこで、右交渉等の事務に関する情報の記載されている本件文書が公開されることによって右交渉等の事務の公正かつ適切な執行に支障が生ずるか否かを考えるに」とそれぞれ改め、同裏五行目の「できない。」の次に「従って、本件文書を公開しても、本条号が交渉等の事務に関する情報の記録された文書を公開することによって生ずるおそれがあると予想した前記(1)記載の支障を生ずることはないものといわなければならない。」を加える。
7 原判決三二枚目裏一二行目から同末行にかけての「含まれるとみる余地もないでもないうえ」を「含まれるものというべきところ」と、同三三枚目表九行目の「ないではなく」から同一二行目末尾までを「ないではないとしても、府の政治的・経済的・社会的な地位を考慮すると、そのような事態が本条号にいう交渉等の事務の公正かつ適切な執行に著しい支障となる程度までに出現するものとは到底考えることができない。」とそれぞれ改め、同末行から同三六枚目表九行目までを次のとおり改める。
「 また、前記のとおり本件文書のうち懇談に関する支出に対応する債権者請求書等及び現金出納簿には懇談の具体的な内容は全く記載されず、懇談の日時・場所・相手方・名称、請求または支出の金額及びその年月日が記載されるにすぎないから、その記載から推知される交渉等の事務の内容に関する事項は限定的であるとともに抽象的なものでしかないので、前記調整的懇談に関する本件文書について説示したと同様の理由により、特段の事情のない限りは、右債権者請求書等及び現金出納簿を通じて、そのような限定的かつ抽象的な交渉等の事務の内容に関する情報が事後に開示されることによって本条号にいう交渉等の事務を公正かつ適切に行うことに著しい支障を及ぼすおそれがあるものと一般的に推断することはできないというべきところ、本件においては右特段の事情を認めるべき証拠はない。」
8 原判決三六枚目表一〇行目の「(7)」を「(5)」と改める。
9 原判決三七枚目表一〇行目の「運用基準を参考としつつ、」を「運用基準等を参考として」と改め、同裏一〇行目から同三八枚目裏四行目までを削除し、同五行目の「(3)」を「(2)」と改め、同三九枚目表二行目の「当該団体」から同六行目の「事柄であり」までを「相手方である団体あるいは個人の純粋に私生活上の事柄を記載したものということはできないばかりでなく、知事である控訴人との交際の事実が社会通念上当該団体あるいは個人にとって公開を欲しない事柄であるとは認められず」とそれぞれ改め、同一一行目の「として」から同末行の「情報」までを削除し、同裏初行の「(4)」を「(3)」と改め、同五行目の「1」を削除し、同七行目の「私生活上の事実」を「純粋な私生活上の事実」と改め、同四〇枚目表初行の「なお」から同裏六行目末尾までを削除し、同七行目の「(5)」を「(4)」と改める。
10 原判決四一枚目表八行目から同九行目にかけての「運用基準を参考としつつ、」を「運用基準等を参考として」と改める。
11 原判決四二枚目裏六行目の「認めがたい。」を「認め難く、原本の存在と成立に争いのない乙第二一号証(別件訴訟における今和泉明の証言調書)の供述記載中右に反する部分は容易に信用できない。」と改める。
12 なお、控訴人は、知事交際費がその性質上公開し難い特殊性を有すると主張し、その理由の一つとして、知事交際費の支出の要否及び支出の金額が議会で承認された予算の範囲内で控訴人の自由な裁量に基づいて執行されていることを挙げる。しかしながら、知事交際費の支出に関する情報も本件条例の適用を受けるべき府の保有する情報であることはいうまでもないから、本件条例の定める前記非公開事由に該当しない限りは、これを公開しなければならないところ、被控訴人らが本件請求で公開を請求している知事交際費に関する情報が控訴人の主張する非公開事由のいずれにも該当するものとは認められないことは既に説示したとおりであり、知事交際費の支出の要否及び支出金額の多寡が控訴人の自由な裁量判断に基づくことも、そのような自由な裁量の結果としての知事交際費の支出状況という公金の使途に関する情報に、当然に公開に親しまない情報としての一般的な性格を帯びさせるものとまでは考えられない。
二 よって、原判決は相当であって、本件控訴は理由がないのでこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 中川臣朗 緒賀恒雄 長門栄吉)