大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 平成10年(う)143号 判決 1998年6月24日

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役三年に処する。

原審における未決勾留日数中二〇〇日を右刑に算入する。

理由

本件各控訴の趣意は、大阪地方検察庁検察官中尾巧及び弁護人岩谷基作成の各控訴趣意書に、検察官の控訴趣意に対する答弁は、同弁護人作成の答弁書にそれぞれ記載されたとおりであるから、これらを引用する。

第一  検察官の控訴趣意中事実誤認の主張について

所論は、原判決は、被告人は、甲野興業事務所(以下、「組事務所」ともいう。)等で暴力団組長の甲野こと甲○○(以下、「甲野」という。)らに監禁され、連日、甲野から頭部をガラス製の卓上ライターで殴打されたり、骨折で傷めた左足首を蹴りつけられるなどの暴行を受け、その状況から逃れる手段として本件放火を行った旨認定し、行動の自由及び身体の安全に対する「現在の危難」を避けるため「避難の意思」をもって本件放火行為に及んだとして過剰避難の成立を肯定したが、右の認定は、信用性のない被告人の供述に依拠するものであり、原判決がいうような監禁や暴行(頭部の殴打を除く)の事実はなく、本件放火は専ら甲野に対する腹いせとして敢行されたと認められるから、原判決が「現在の危難」及び「避難の意思」を認定したことには判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認がある。」というのである。

一  そこで、原審記録を調査し、当審における事実取調べの結果も併せて検討するに、原判決が本件放火の経緯として認定するところは概ね正当として是認できる。その要点を改めて摘示すると、次のとおりである。

即ち、

1  被告人は、親しく交際していた暴力団組長の甲野を頼って平成八年六月韓国から来日し、同人から紹介された三重県内の土木工事会社で働いていたが、同年七月就労中に左足首を骨折したため、同年八月以降は甲野に引き取られ、甲野興業事務所や右事務所近くの甲野が管理するマンションの一室で寝泊まりし、甲野やその配下組員らの世話を受けながら、大阪市内の病院で他人名義の健康保険証を用いて治療を受けていたところ、帰国の念が募り、平成九年一月一一日、甲野に帰国する旨告げて組事務所を出た。

2  被告人は、その直後、いわゆる韓国民団関係者である乙□□(以下、「乙」という。)を知り、同人から足の怪我について労災請求の手続をとることを勧められ、同月一三日に同人とともに前記就労先に赴いて労災認定の手続をとるように要求し、さらに、同月二〇日には退去強制の手続により出国するため大阪入国管理局(以下、「入管局」という。)に出頭したが、在宅調査に付され、次回出頭日を二月三日とする呼出し状を交付されたため、その後も引き続き大阪市内にある簡易宿泊所で滞在していた。

3  一方、甲野は自己が紹介した前記就労先に被告人が労災認定手続を要求したことを知って面子を潰されたとして激昂し、右労災請求を阻止するため、同年一月二一日入管局に赴いて、被告人が不法残留者であることを告げて、その身柄を拘束したうえ、韓国へ強制送還するように依頼した。被告人は、同月二四日、乙とともに労災請求に必要な診断書を入手するために野田記念病院を訪れたところ、そこには、甲野から情報提供を受けた入国警備官が待機していて、被告人の取調べがなされたが、前記呼出し状を被告人が呈示したため、後日在宅での違反調査に委ねられることとなった。しかし、その直後、被告人は付近に待機していた甲野配下の組員のうちの一名から指示されて車に乗り込み、組事務所まで連行された。

4  被告人は、組事務所に到着後、甲野から、労災請求の件で罵られたうえ、ガラス製の卓上ライターで頭部を殴打されて頭部裂傷の傷害を負わされたほか、小刀で左頬をつつかれたり、手錠を掛けられて手の甲を踏みつけられ、さらには左足首を蹴りつけられるなどの暴行を受け、その途中、一旦病院で頭部の傷の治療を受けたが、再び組事務所に連れ戻され、甲野からさらに左足首を蹴られるなどの暴行を受けた。被告人は、その間に入管局の指示により一月二七日に出頭することとなったことを甲野から告げられた。

5  被告人は、一月二四日以降、日中は組事務所内で組員らから監視され、その間甲野から何回か左足首を蹴られたり、ガラス製の灰皿で軽く左肘を殴打されるなどの暴行を受け、夜間は、前記マンションの一室で組員とともに寝泊まりさせられるなどし、同月二六日朝も右マンションから組事務所へ連れて行かれ、事務所内で甲野から左足首を蹴られたり、顔面を膝蹴りされるなどの暴行を受けた。被告人は、このような度重なる甲野からの暴行に腹を立てる一方、甲野らによる監視及び暴行から逃れるためには、組員による見張りが手薄になったときを狙って事務所に放火し、その騒ぎの隙を突いて逃げるしかないと考え、甲野及び組員二名が所用で外出し事務所内に組員が二名になった機会を捉え、本件放火に及んだ。

以上のとおりである(なお、原判決は、「犯行の経緯」あるいは「弁護人の主張に対する判断」の項において、被告人の原審公判廷における供述に依拠して、<1>被告人が野田記念病院から組事務所に連行される際に甲野配下の組員らから背中を押すようにして車両に乗せられたこと、<2>一月二四日夜、被告人が前記マンションの一室で寝た位置は被告人が部屋の奥で組員が入口付近であったこと、<3>同夜、被告人は当日甲野から受けた暴行により身体の各部が痛く、右マンションから逃走することができなかったことなどを認定しているが、被告人の原審公判廷における供述は監禁状態にあったことを強調しようとする余り自己に有利に誇張して弁解した疑いが強く、右の各点については被告人の捜査段階での供述によるべきであって、<1>の点は、組員から手真似で促されて車に乗り込んだ、<2>の点は、被告人が入口に近いところで組員が部屋の奥であった、<3>の点は、逃走することは可能であった、とそれぞれ認定するのが相当である。)。

ところで、所論は、甲野が被告人の頭部を卓上ライターで殴打したのは、被告人が甲野との口論に激昂して同人につかみかかってきたためであり、その後は、甲野は一切被告人に暴行を加えていないとし、これに反する内容の被告人の供述は、原審証人甲野の供述及び現場に居合わせた丙山花子こと丙△△(以下、「丙山」という。)、丁川太郎の司法警察員に対する各供述調書、甲野が被告人からつかみかかられた際に負った左手打撲の診断書(甲九一)等に照らして信用できない、という。

しかしながら、本件後、甲野は被告人に対し頭部を負傷させたことで取調べを受けることが見込まれる状況にあったのであり(現に、当審で取り調べた略式命令謄本一通によれば、甲野は被告人に対する右傷害により平成一〇年一月罰金刑に処せられたことが認められる。)、同人としては、客観的に明白な傷害の点はともかく、その経緯やその余の暴行について自己の刑責に有利になるように弁解したことも十分に考えられ、所論指摘の診断書についても同様の理由から別の機会での負傷を被告人からの暴行に起因するものと置き換えて説明している可能性も否定できない。また、丙山は甲野が親しく交際している女性であり、丁川太郎は甲野の配下組員であるから、甲野に有利な供述こそすれ不利な供述をするとは考えがたいところ、丙山は、「甲野がガラス製ライターを被告人に投げつけ、それが被告人の頭頂部に当たった後に、被告人が怒って甲野に殴りかかろうとしてテーブルの端に出てきた」と被告人が甲野に向かっていった状況を説明しており、その内容は甲野の原審供述とは微妙な食い違いを見せている。これに対し、被告人のこの点の供述は、原審公判廷における供述には誇張が窺われるとはいえ、捜査段階でのそれをみる限り犯行直後の取調べからその内容はほぼ一貫しており、暴行を受けた前後の経過について創作とは思えない具体的で迫真性、臨場感に富む供述をし、そこに不自然、不合理な点はみられず、小刀による受傷については、これを裏付ける逮捕直後の写真(写真撮影報告書(謄本)、甲九〇)も存するところである。さらに、乙は、警察官に対し、被告人が甲野事務所に連れていかれた後、甲野が野田記念病院に来て、「ワシは×<被告人>に色々面倒を見てやっていたんや。金をやったり、病院に連れて行ってやったりしていた。そやのに出来が悪いんや。今も出来が悪いから灰皿を頭に投げつけてやった。血が出ていた。」などと述べるのを聞いた旨明確に供述しているのであり(司法警察員に対する供述調書)、右供述も甲野の殴打行為が同人の述べるような防御的な態様のものではなかったことを強く窺わせるものといえる。そして、これに加え、前示の経緯からは、暴力団組長の甲野が被告人の労災請求の件で激昂し、それまでの被告人に対する態度を一変させて右のような暴行に出たとしても、事の流れとして不自然ではないことなどを考えると、被告人の捜査段階での供述内容は十分に信用できるというべきである。

なお、所論は、被告人は警察官による取調べでは頭部の負傷の治療を終えて病院から事務所に連れ戻された後に再び甲野から暴行を受けた旨供述していながら、検察官による取調べでは右の点に触れていないことを指摘し、頭部の治療後にも事務所内で暴行を受けたとの被告人の供述部分は信用できない、ともいう。たしかに、被告人の司法警察員に対する平成九年二月八日付け供述調書と検察官に対する同月一一日付け供述調書とを対比すると、後者では右の点が録取されていないことが認められるが、その理由は供述調書上必ずしも明らかにされていない。したがって、検察官に対する右供述調書の内容から直ちに前記暴行の存在を否定するのは相当とはいえない。所論は採用できない。

そうすると、原判決が被告人が組事務所内で甲野から左足首を蹴られるなどの暴行を繰り返し受けた旨を認定したことに事実の誤認はなく、この点の所論は採用できない。

二  次に、「現在の危難」及び「避難の意思」について検討する。

前記一の認定事実によれば、甲野は、被告人が乙の支援を受けて労災請求手続を進めることを阻止するために入管局に働きかけて被告人を退去強制手続によって帰国させようと図ったが、案に相違して入国警備官が身柄の拘束を差し控えたことから、新たに入管局が指示した出頭期日(一月二七日)までは被告人の身柄を何としても確保しなければならないと考え、被告人を事務所等に留め置いて配下組員らに指示してその支配下から逃げ出さないように監視する体制をとっていたことが明らかであり、客観的には被告人は監禁状態に置かれていたと認められる。

所論は、組事務所等での組員らの見張りの態様が暴力的なものではなかったことなどから、被告人は監禁状態にはなかった、という。

たしかに、事務所の施錠の状況、組員らの監視体制等それ自体は、穏やかな態様のものではあったとは認められるが、これはかつて被告人が骨折の治療中に組事務所に身を寄せていた際に組員らが被告人を客人として扱っていた経緯や、被告人自身も当初一月二七日の入管局への出頭までは事務所に留め置かれることもやむを得ないものと受忍して逃走する素振りを見せなかったことなどの事情により、表面的には緩やかな監視にとどめられていたに過ぎないのであり、所論の点は、被告人が監禁状態に置かれていたことを左右するものではないというべきである。所論は採用できない。

そうすると、被告人には、行動の自由に対する「現在の危難」が存したものと認められる。また、身体の安全の点についても、連日甲野が被告人に暴行を加えていたことなどからすると、原判決がこれを肯定したことが不合理とはいえない。

次に、「避難の意思」の点は、本件放火の態様に加え、被告人自身も動機に甲野の仕打ちに対する腹いせの気持ちがあったことを捜査段階において認めていることからすると、本件放火が避難行為といえるか疑問の余地もないではない。しかし、一方、被告人は一貫して監禁から脱する手段でもあったとも供述しているのであり、現に本件放火の直後には組員らの隙を突いて現場から逃走を図っていることなどからすると、避難行為に籍口してことさら過剰な結果を意図して放火したとまでは認めがたく、本件放火が避難の意思をもって行われたとする原判決の説示が誤りであるとはいえない。

以上によると、原判決には所論がいうような事実の誤認はなく、論旨は理由がない。

第二  検察官の控訴趣意中法令の解釈適用の誤りについて

所論は、原判決は、本件放火は避難行為として補充性の原則(危難を避けるための唯一の方法であって、他にとるべき途がなかったこと)を充たすものではないとの判断を示しながら、過剰避難の成立を認めているが、その法解釈は過剰避難の要件を不当に緩和するものであって、原判決には判決に影響を及ぼすべき法令解釈適用の誤りがある、というのである。

そこで、検討するに、原判決が本件放火行為が補充性の原則を充たさず、かつ、法益の権衡を欠くとした点は、結論において是認できる。

まず、刑法三七条一項に規定する「やむを得ずにした行為」とは「当該避難行為をする以外には他に方法がなく、かかる行動に出たことが条理上肯定し得る場合を意味する」(最高裁昭和二四年五月一八日大法廷判決・刑集三巻六号七七二頁参照)と解するのが相当である。

原審記録によると、被告人は平成八年七月に左足首を骨折したが、その後の治療により本件当時は歩行に支障がないほどに回復しており、現に、本件放火の前後に被告人が機敏に行動している事実からすると、甲野から左足首に暴行を受けていたとはいえ、当時逃走が困難となるほど歩行能力が低下していたとは認めがたいところ、組員らによる監視の程度は前示のとおり厳しいものではなく、その隙を突いて被告人がほぼ終日座っていたソファー近くの組事務所表出入口の閂錠を外して逃走し、あるいは、原判決が説示するとおり裏口からの逃走によることも不可能ではなかったと認められるのであり、本件において、逃走の手段として放火する以外に他にとるべき方法がなかったとはいえない。さらに、被告人は、翌日には入管局に出頭することが予定されており、甲野の支配下から解放される見込みがあったうえ、その監視の態様も緩やかで、行動の自由の侵害の程度は甚だしいものではなく、身体の安全についても、甲野から暴行を受ける可能性は否定できないとしても、せいぜい左足首を蹴られるといった程度の比較的軽い暴行が想定されていたのであって、右のような程度の害を避けるために本件のごとき灯油の火力を利用した危険な態様の放火行為により不特定多数の生命、身体、財産の安全、すなわち公共の安全を現実に犠牲にすることは、法益の均衡を著しく失するものといわざるを得ず、条理上も是認し得るものではない。したがって、本件放火は補充性及び条理のいずれの観点からしても「やむを得ずにした行為」であったとは認められない。

ところで、原判決は、本件放火について補充性の原則を充たさないとしながらも、その一方で、「補充性の原則に反する場合においても、当該行為が危難を避けるための一つの方法であるとみられる場合は、過剰避難の成立を肯定し得るものである。本件においては、前記認定のとおり、本件放火行為が危難を避けるための一つの方法であること自体は認められるから、過剰避難が成立するものと解する。」旨を判示している。しかしながら、緊急避難では、避難行為によって生じた害と避けようとした害とはいわば正対正の関係にあり、原判決のいう補充性の原則は厳格に解すべきであるところ、過剰避難の規定における「その程度を超えた行為」(刑法三七条一項ただし書)とは、「やむを得ずにした行為」としての要件を備えながらも、その行為により生じた害が避けようとした害を超えた場合をいうものと解するのが緊急避難の趣旨及び文理に照らして自然な解釈であって、当該避難行為が「やむを得ずにした行為」に該当することが過剰避難の規定の適用の前提であると解すべきである(最高裁昭和三五年二月四日第一小法廷判決・刑集一四巻一号六一頁参照。もっとも、「やむを得ずにした行為」としての実質を有しながら、行為の際に適正さを欠いたために、害を避けるのに必要な限度を超える害を生ぜしめた場合にも過剰避難の成立を認める余地はあると考えられる。)。

そうすると、本件においては、他に害の少ない、より平穏な態様での逃走手段が存在し、かつ、本件放火行為が条理上も是認し得るものとはいえない以上、過剰避難が成立する余地はなく、これを肯定した原判決の前記法解釈は過剰避難の要件を過度に緩めるものとして採用できない。

以上によると、過剰避難を肯定した原判決は、刑法三七条の解釈を誤っており、その誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかである。論旨は理由がある。

第三  弁護人の控訴趣意中事実誤認の主張について

所論は、本件放火行為は緊急避難に該当するから、原判決が過剰避難の成立を認めるにとどめたことには判決に影響を及ぼすことの明らかな事実誤認がある、というのである。

しかしながら、所論は、既に説示したところにより採用できず、論旨は理由がない。

そこで、検察官の控訴趣意中量刑不当の主張についての判断を省略し、刑訴法三九七条一項、三八〇条により原判決を破棄し、同法四〇〇条ただし書に従って自判することとする。

第四  自判

(罪となるべき事実)

被告人は、平成九年一月二六日午前一一時二五分ころ、甲野こと甲○○ら七名が現に住居に使用し、現に五名がいる大阪市西成区<以下住所略>所在の木造瓦葺二階五戸一棟の建物(床面積合計約二二〇平方メートル)に放火しようと企て、同建物東端から三軒目の甲野興業事務所一階北側出入口付近の通路において、脱ぎ捨てた自己の綿製着衣にその場にあったポリタンク内の灯油を染み込ませて簡易ライターで点火し、付近にあった長さ約一・二メートルの木札で火の付いた右衣類をすくい上げ、これを右事務所一階室内に持ち込んだうえ、同室内のテーブル付近に投げつけ、その火を同室の壁、天井板等に燃え移らせて放火し、よって同室の一部約一八平方メートルを焼損したものである。

(証拠の標目)

原判決掲記の証拠と同一である。

(法令の適用)

被告人の判示所為は刑法一〇八条に該当するところ、所定刑中有期懲役を選択し、なお、犯情を考慮し、同法六六条、七一条、六八条三号を適用して酌量減軽をした刑期の範囲内で被告人を懲役三年に処し、同法二一条により原審における未決勾留日数中二〇〇日を右刑に算入し、原審及び当審における各訴訟費用は刑訴法一八一条一項ただし書を適用して被告人に負担させないこととする。

(量刑の理由)

本件は、四世帯が現に住居に使用している五戸一棟の木造住宅(そのうち一世帯は二戸を専有)の一室に放火してその一部を焼損させたという現住建造物等放火の事案であるところ、その態様は、あらかじめ衣類に相当量の灯油を染み込ませて点火したうえ、これを木札ですくい上げて室内に持ち込み、それを取り押さえようとする者らに火を振り回しながら、その火を室内の整理棚に向けて投げつけて放火するという危険極まりないものであり、現に短時間に手が付けられないほどに火が回っていること、本件建物はアパート、商店等の密集する市街地にあり、幸いにして早期の消火活動により前示の程度の被害に食い止められたものの、結果的に被害の及ばなかった近隣の者らに対し延焼するのではないかという多大の恐怖を与えたこと、本件による被害額は約四〇〇万円にも達するが、被告人は全く弁償をなし得ない状況にあることなどを考えると、被告人の刑責は重い。

しかしながら、一方、幸いにして焼損は右の程度にとどまったこと、被告人は、暴力団組員らにより監禁状態に置かれ、その間、暴行を受けるなどされたため、これに耐えきれずにその場から脱出することをも目的として本件犯行に及んだものであって、犯行の経緯、動機に酌むべき点もあること、被告人は我が国において前科前歴がないことなどの被告人に有利な事情もあるので、実刑は免れないものの、酌量減軽したうえ、主文掲記の刑にとどめた次第である。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 谷村允裕 裁判官 田中正人 裁判官 多和田隆史)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例