大阪高等裁判所 平成10年(う)753号 1998年10月28日
本籍
和歌山市禰宜一四〇番地
住居
右同
会社役員
朝野聖旺
昭和二二年一〇月一九日生
右の者に対する所得税法違反被告事件について、平成一〇年六月五日和歌山地方裁判所が言い渡した判決に対し、被告人から控訴の申立てがあったので、当裁判所は、次のとおり判決する。
検察官 岩橋廣明 出席
主文
本件控訴を棄却する。
理由
本件控訴の趣意は、弁護人木村義人作成の控訴趣意書に記載されたとおりであるから、これを引用する。
論旨は、原判決の量刑不当を主張し、罰金額の軽減を求めるというので、所論にかんがみ、記録を調査し、当審における事実取調べの結果をもあわせて検討する。本件は、消費者金融業等を営んでいた被告人が、所得税を脱税した事案である。原判決が「量刑の理由」の項で詳細に説示するところは相当として是認することができる。すなわち、脱税の動機は、将来の事業拡大や損失に備えた蓄財目的等であって、格別斟酌すべき点はなく、脱税年度は三か年にわたり、脱税総額も約七八〇〇万円余と少なくない上、いわゆる逋脱率は平均で約九三パーセントと高率であることなどに照らすと、被告人の刑事責任は軽く見ることはできない。そうすると、所得の秘匿方法がさして巧妙なものではないこと、被告人が事実関係を素直に認め、原審段階でも、所得税本税は完納するとともに、延滞税や重加算税等の一部も納付し、残る未納額も分割納付予定の意思を示していたこと、また、被告人が二度と脱税を行わない旨誓い、個人経営であった事業を法人化した上、税理士と顧問契約を締結して経理の明瞭化も図る再発防止措置を講じ、更に、反省の意を表明するため一五〇万円を財団法人法律扶助協会に贖罪寄付していること、被告人には交通事故による罰金刑前科しかないことなどの酌むべき事情を十分考慮しても、被告人を懲役一年(三年間執行猶予)及び罰金一八〇〇万円に処した原判決の量刑が、刑期及び執行猶予期間の点はもとより、罰金額の点においても、不当に重いとは考えられない(なお、当審における事実取調べの結果によれば、原判決後、被告人が、更に延滞税及び重加算税の一部を納付し、残る未納額は約五〇〇万円余となったことが認められるが、この点は、原判決においても、被告人が未納額の分割納付予定の意思を示していたことを酌むべき事情として考慮していたことなど徴し、原判決を破棄する情状とは認め難い。)。
所論は、原判決は、被告人が、社会に悪影響を及ぼしたことを真摯に反省し、その証として財団法人法律扶助協会に一五〇万円もの大金を贖罪寄付したことを量刑判断に当たって考慮せず、罰金額の算定において、検察官の求刑の一割という通常行われる範囲での減刑しか行っていないのは、明かに経験則に違反して不当である旨主張する。しかし、量刑は、諸般の事情を総合して決定されるものであって、検察官の求刑も量刑を決めるに当たっての一の参考とされるべき事情に止まることはいうまでもないから、量刑が求刑の一定割合であることが通常であるとの前提に立つ所論は、この点において既に失当である。のみならず、原判決が、所論の贖罪寄附の点について、反省の意を表明するための行為として評価した上で酌むべき事情として考慮していることは、判文上明らかであるところ、もともと、脱税事犯における罰金刑併科の趣旨は、単に犯罪によって得た不正の利益を剥奪することにあるのではなく、脱税が経済的に引き合わないことを強く感銘させることにあることにも照らせば、所論も認めるようにあくまでも反省の内容を示す一事情にとどまる贖罪寄付の点を、罰金額の算定に当たって考慮するにしても自ずから限界があることは当然であって、本件における原判決の考慮の程度が不当とも考えられない。したがって、所論は採用できず、論旨は理由がない。
よって、刑訴法三九六条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 河上元康 裁判官 瀧川義道 裁判官 飯渕進)
控訴趣意書
被告人 朝野聖旺
右の者に対する所得税法違反被告事件についての控訴の趣意は次の通りである。
平成一〇年八月二六日
右弁護人 木村義人
大阪高等裁判所第三刑事部 御中
第一 量刑不当
一 原判決の唯一の不当性は量刑を誤った点である。
1 原判決は、被告人が、本件犯行を十分に反省し、国税局の調査にも協力し、所得税の本税納付はもちろんのこと、延滞税・重加算税についても一部を残すものの、残りについて分割ではあるが、毎月支払っていることを認める。
しかし、被告人が敢えて反省の意を表明するために法律扶助協会に金一五〇万円もの大金を贖罪寄付したにもかかわらず、その罰金刑について、一割の減刑しか認めなかったのは明らかに不当である。
2 本件のような犯行はその被害者が特定の個人等でないことから、被害弁償ということは有りえない。
そこで、通常、被告人は、被害弁償等を行うことはない。
しかし、本件被告人は、自分が社会に対してどれだけの悪影響を及ぼしたかとうことについて、真摯に反省し、その現われとして本件贖罪寄付を行っている。
にも拘らず、原判決は、その点を考慮せず、通常行われる範囲での減刑しか行っていない。
3 これは明らかに経験則に反する不当なものであるから、控訴に及んだ次第である。