大阪高等裁判所 平成10年(ネ)1189号 判決 1998年9月02日
平成一〇年(ネ)第一一八八号事件控訴人(被告) 日産商事こと Y
右訴訟代理人弁護士 安若俊二
平成一〇年(ネ)第一一八九号事件控訴人(被告) 株式会社大信
右代表者代表取締役 A
右訴訟代理人支配人 B
平成一〇年(ネ)第一一八八号事件、同一一八九号事件被控訴人(原告) 破産者有限会社a破産管財人X
右訴訟代理人弁護士 奥田総子
主文
一 本件控訴を棄却する。
二 控訴費用は控訴人らの負担とする。
事実及び理由
第一当事者の求めた裁判
一 控訴人ら
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人の請求を棄却する。
3 訴訟費用は、第一、二審を通じ、被控訴人の負担とする。
二 被控訴人
主文と同旨
(以下の文中、第四を除き、控訴人を「被告」、被控訴人を「原告」という。)
第二事案の概要
本件は、集合債権譲渡担保契約により、破産者から債権譲渡された債権の帰属が問題となった事案である。
一 前提となる事実(証拠を適示しない事実は当事者間に争いがない。)
1 破産者有限会社a(以下、「破産会社」という。)は、平成九年六月一八日大阪地方裁判所において破産宣告の決定を受け、原告が破産管財人に選任され就任した。
2 破産会社は、平成六年三月二九日、被告株式会社大信(以下「大信」という。)との間で、三〇〇万円を限度として、破産会社が訴外大日本印刷株式会社(以下「大日本印刷」という。)、同株式会社ディエヌティメディアクリエイト関西、同クロスクリエイト、同藤谷プロセスに対して有する各種写真製版及び印刷の請負代金債権を含む一切の債権(平成六年二月末日から後記第二条による債権譲渡通知書到達までの間に生じたもの)を、後記第一条の債権の担保のために譲渡する継続的債権譲渡契約を締結した(以下、後記3の契約と併せて「本件各債権譲渡担保契約」という。)。
第一条 甲(破産会社)と乙(被告大信)の間における継続的手形貸付取引、手形割引取引、金銭消費貸借取引、その他一切の取引に関して生じる債務及び乙が第三者との取引により甲が振出、裏書、引受、保証を為したる手形及び小切手を取得したる事により生じる債務を含めて本日以前にすでに負担している債務及び本日以降継続的に生じる甲の乙に対する一切の債務に充てるため、後記債権表示(省略)の債権を頭書金額(三〇〇万円)を限度として乙に譲渡することを予約した。
第二条 右債権譲渡の通知は、甲において予め後記譲渡内容を記載した通知書を作成して乙に預けおき、甲に左記各号の事由に一つでも該当する場合において、右通知書を発送する事及びその発送に関する一切の権限を乙に委任した。
1 省略
2 手形、小切手の不渡処分を受けたとき
3 省略
4 省略
第三条 甲の乙に対する債務は、前条の通知書発送時において確定し、債権譲渡契約は前条の事由発生時に、直ちに効力を生じるものとする。
第四条 省略
(乙一)
3 破産会社は、平成七年七月一一日、被告Y(以下「Y」という。)との間で、前記2と同様、三〇〇万円を限度として、破産会社が訴外大日本印刷(七〇〇万円)、同サンケイ新聞(四〇〇万円)、同クロスクリエイト(二〇〇万円)、同近土写真製版株式会社(一〇〇万円)に対して有する印刷代金債権を、被告Yの破産会社に対する債権の担保のために譲渡する継続的債権譲渡契約を締結した(以下、前記2の契約と併せて「本件各債権譲渡約」)という。)。
(丙一)
4 破産会社は、平成九年五月末日支払期日の手形が不渡りとなり、同年六月三日自己破産の申立をした。
5 破産会社の大日本印刷に対する印刷代金債権
大日本印刷は、破産会社に対し、平成九年四月二六日から同年五月二五日までの印刷加工代金として一五三万〇五三三円(弁済期平成九年六月二五日)、平成九年五月二六日から同年五月三一日までの印刷加工代金として一六二万八四四五円(弁済期平成九年七月二五日)、合計三一五万八九七八円の債務を有していた。
(甲四)
6 債権譲渡の通知
(一) 被告大信は、平成九年六月四日、前記債権譲渡契約第二条に基づき、破産会社に代わり、大日本印刷に対し、破産会社の大日本印刷に対する前記5の債権の譲渡通知をした。
(二) 被告Yは、平成九年六月四日、前記債権譲渡契約第二条に基づき、破産会社に代わり、大日本印刷に対し、破産会社の大日本印刷に対する前記5の債権の譲渡通知をした。
7 平成九年六月二四日、大日本印刷は、前記5の債務について別紙供託目録<省略>の供託をなした。
二 原告の主張
1 本件債権譲渡契約が無効であるとの主張
本件各債権譲渡契約は、破産会社の真意によるものではないから無効である。
2 債権譲渡の効力が不発生であるとの主張
本件各債権譲渡契約は、債権譲渡の予約を内容とするものであるところ、各被告とも、破産会社に対し、予約完結の意思表示をしていないから、債権譲渡の効力は生じておらず、譲渡の対象となるべき債権も特定されていない。
3 対抗要件の否認の主張
仮に、本件債権譲渡契約が停止条件付債権譲渡を内容とするものであっても、単なる停止条件付債権譲渡ではなく、被告らと破産会社との間における手形貸付取引等により発生する一切の債務を担保することを目的とする集合債権譲渡担保というべきであって、担保権設定契約の一類型にあたる。
そして、右担保権設定の対抗要件としては、担保権設定時において包括的な債権譲渡(条件付)の通知を第三債務者に対して行うことにより具備される。
本件各債権譲渡契約は、被告大信との間では平成六年三月二九日、被告Yとの間では平成七年七月一一日に締結されたものであるところ、対抗要件たる債権譲渡の通知は、支払停止後の平成九年六月四日、破産会社の支払停止を認識したうえでなされたものであり、かつ、本件各債権譲渡契約から一五日を経過した後になされたものであるから、破産法七四条一項の要件を充たすことは明らかである。
原告は右債権譲渡通知の各対抗要件取得行為につき否認権を行使する。
4 危機否認の主張
(一) 予約完結権の行使の否認
仮に、被告らが第三債務者に対してなした債権譲渡通知書発送の日をもって、予約完結権を行使したものとみるとしても、右は破産会社の不渡りがあった後、これを知ったうえでなしたものであるから、右予約完結権の行使が破産法七二条二号の要件を充たすことは明らかである。
原告は、右予約完結権の行使につき否認権を行使する。
(二) 債権譲渡行為の否認
仮に、本件各債権譲渡契約が停止条件付債権譲渡契約を内容とするものであるとしても、以下のとおり否認権の要件を充たしている。
本件各債権譲渡契約の締結時(大信については平成六年三月二九日、Yについては平成七年七月一一日)においては、原因行為としての債権契約のみが行われたものと解すべきである。そして、停止条件が成就し、第三債務者数名に対する各債権の内から選択して譲渡債権を特定させた平成九年六月三日の時点で初めて準物権行為としての債権譲渡行為がなされたというべきである。
したがって、右債権譲渡行為は、破産会社が支払停止の状態に陥った後において、右支払停止について認識したうえでなされたものであるから、破産法七二条二号の要件を充たすことは明らかである。
原告は、右債権譲渡行為につき否認権を行使する。
5 故意否認の主張
本件各債権譲渡契約は、将来債務者が破産に至った場合に破産債権者を害することが当然予想されているものであって、債務者(破産会社)自身、破産債権者を害することを認識しており、かつ、受益者である被告らも行為時に破産債権者を害すべき事実を当然認識していたことになる。
よって、本件各債権譲渡契約締結行為は破産法七二条一号によって否認されるべきである。
原告は、右行為につき否認権を行使する。
三 被告らの反論
1 本件各債権譲渡契約が無効であるとの主張は否認する。
2 債権譲渡の効力が不発生であるとの主張について
(一) 被告らの主張
本件各債権譲渡契約は、債権譲渡の予約ではなく、停止条件付債権譲渡契約を内容とするものであると解される。したがって、被告Yによる予約完結権の行使がないのは当然である。
(二) 被告大信の主張
本件各債権譲渡契約はいわゆる集合債権譲渡担保契約である。したがって、第三債務者及び債権が複数存在する場合は、その全部につき譲受人が取り立て得るものである。そして、その取立額が被担保債権額を超える場合には清算をすれば足りると解されるから、右のように解しても格別不都合はないものである。右のとおり、本件各債権譲渡契約については債権の充当をするにつき、どの債権の効力を生じさせるのかの特定作業は不要なものであり、また、それを含む予約完結の意思表示を必要とするものではないというべきである。
3 対抗要件の否認の主張について
破産法七四条一項による一五日間の起算日は契約日ではなく、その効力が発生した日というべきであるところ、本件各債権譲渡契約において、債権譲渡の効力が発生するのは、契約締結日ではなく、条件成就時であるというべきであるから、原告の主張は失当である。
4 危機否認の主張について
(一) 予約完結権行使に対する否認について
本件各債権譲渡契約は、停止条件付債権譲渡を内容とするものであるから、予約完結権の行使を前提とする危機否認の主張には理由がない。
(二) 債権譲渡行為について
争う。
5 故意否認の主張について
争う。
第三当裁判所の判断
一 本件各債権譲渡契約で定める債権譲渡が、債権譲渡の予約であるか停止条件付債権譲渡契約であるかを問わず、次のとおり、対抗要件を否認することができると解するべきである。
二 すなわち、破産法七四条一項は、支払の停止又は破産の申立の後、対抗要件具備行為を行った場合、その権利の設定、移転又は変更の日から一五日を経過した後にされたものであるときには、破産管財人においてこれを否認することができる旨規定しているが、右一五日の期間は、権利移転等の原因たる行為のあった日ではなく、当事者間における権利移転等の効果を生じた日から起算すべきものである(最高裁判所昭和四八年四月六日判決民集七巻三号四八三頁参照)。
三 ところで、本件各債権譲渡契約の内容が、前記争いのない事実等2、3のとおりであることに照らすと、右契約は、単なる債権譲渡の予約もしくは停止条件付債権譲渡契約を内容とするものではなく、被告両名と破産会社における手形貸付などにより発生する一切の債務を担保することを目的とする担保権設定契約であり、その担保の内容としては、破産会社が不渡処分を受けたときなどに、特定の第三者に対する特定の期間における債務者の譲渡対象債権から予め定めておいた特定額三〇〇万円の範囲内において、優先的に取り立て、自己の債権にこれを充当する優先弁済権を付与するものと解せられる。
四 そうすると、被告大信との関係においては平成六年三月二九日、被告Yとの関係においては平成七年七月一一日の本件各債権譲渡契約締結の時点で、当事者間に前記3の内容の担保権が現実に発生したと解するのが相当である。
一方、本件においては、被告らが破産会社に代わって債権譲渡の通知を大日本印刷に対してなした平成九年六月四日に、右担保権設定の対抗要件と、担保権の実行としての債権譲渡の対抗要件を併せて具備したことになり、担保権設定の対抗要件は、権利設定の効力が生じた日から既に一五日を経過した後に具備されたというべきである。
五 被告大信は、本件において債権譲渡の効果が発生したのは、本件債権譲渡契約締結時ではなく、同契約二条の事由が発生した平成九年六月二日であり、大日本印刷に対して債権譲渡の通知がなされた平成九年六月四日までに一五日の期間は経過しておらず、前記最高裁判所判決の趣旨からすると、右対抗要件を否認することはできないと主張する。
しかし、右通知は、本件債権譲渡契約に基づく担保権の設定に関する対抗要件であると共に、その担保権の実行に伴う債権譲渡の対抗要件と解せられるところ、原告が否認した対抗要件は、前者である担保権設定の対抗要件としての通知である。したがって、債権譲渡の効果が、被告大信の主張するとおり平成九年六月二日に発生したとしても、前記4の結論は変わらないというべきである。
六 また、被告大信は、本件債権譲渡契約締結時には、未だ債権譲渡の効果は発生していないのであるから、その時点で対抗要件を具備することはできないと主張するが、本件のような担保目的の集合債権譲渡契約においては、前記のとおり、契約時に担保権は発生したものと解すべきであるから、譲渡対象債権の債務者が特定されている限り、契約締結後直ちに包括的な債権譲渡(停止条件付債権譲渡もしくは債権譲渡の予約による将来債権の譲渡である。)の通知を各債務者に対して発することにより、担保権設定の対抗要件を具備することができると解するべきである。
さらに、被告大信は、本件債権譲渡契約締結時に債権譲渡の通知を行うと、債務者(破産者)の与信の喪失等を引き起こすこととなり、商取引の実情を無視したものであるとも主張するが、そのような事情は、他の担保の設定においても多かれ少なかれ生じる事情であり、本件担保権設定の対抗要件の具備の成否に影響を与えるものではないと考えられる。
七 右のとおり、本件において、被告らの本件各債権譲渡契約に基づく担保権設定の対抗要件具備のための行為は、破産法七四条一項による否認の対象となるというべきであり、被告らは破産会社が不渡手形を出した直後にこれを知り、右対抗要件の具備を計ったものであるから、これは悪意にてなしたものということができる。
したがって、原告による右否認の結果、被告らは、本件各債権譲渡契約に基づく債権譲渡(予約もしくは停止条件付)を内容とする担保権の設定を原告に対抗することができず、その結果、大日本印刷に対する債権の移転の効果も主張できなくなる。
第四結論
以上によると、被控訴人の本訴請求はいずれも認容すべきであって、これと同旨の原判決は結論において相当である。したがって、本件控訴はいずれも理由がなく、これを棄却することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法六七条、六一条、六五条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 小林茂雄 裁判官 小原卓雄 山田陽三)