大阪高等裁判所 平成10年(ネ)1458号 判決
主文
一 原判決を次のとおり変更する。
1 被控訴人は、控訴人富永眞弓に対し金一六五万円及びこれに対する平成四年一二月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を、控訴人富永浩至及び控訴人富永将至に対しそれぞれ金八二万五〇〇〇円及びこれに対する平成四年一二月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 控訴人らのその余の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は、第一、二審を通じてこれを一〇分し、その九を控訴人らの負担とし、その余を被控訴人の負担とする。
三 この判決は、第一項1に限り、仮に執行することができる。ただし、被控訴人が控訴人富永眞弓のため金一六五万円、その余の控訴人らのため各金八二万五〇〇〇円の担保を供するときは、右仮執行を免れることができる。
事実及び理由
第一 当事者の求める裁判
一 控訴人ら
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人は、控訴人富永眞弓に対し、四八七四万二三五〇円及びこれに対する平成四年一二月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を、同富永浩至及び同富永将至に対し、各二四三六万六一七五円及びこれに対する平成四年一二月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を、それぞれ支払え。
3 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
4 仮執行宣言。
二 被控訴人
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。
3 仮執行宣言が付される場合、仮執行免脱宣言。
第二 当事者の主張及び証拠関係
当事者の主張は、次のとおり、付け加えるほかは、原判決の「事実」中「第二 当事者の主張」欄の記載のとおりであり(ただし、一五頁七行目の「底」を「そこ」に改める。)、証拠関係は、原審及び当審記録中の証拠関係目録に記載のとおりであるから、これらを引用する。
1 当審における控訴人らの主張
(一) 被控訴人の履行補助者である中村医師には、本件レントゲン撮影で適切かつ有効な撮影をしなかった過失及び再度の大腸レントゲン検査又は内視鏡検査をすべきであったのにこれをしなかった過失がある。もし、亡富永が異常陰影について説明を受け、継続検査の必要性を指摘されていれば、右検査後三か月ないし半年後に再検査を受け、病変を発見できたのに、異常なしとの診断を受けたため、継続的に検査を受ける機会を奪われ、その結果、癌が進行し死亡したのであるから、中村医師の過失と亡富永の死亡との間には因果関係がある。
(二) 仮に、中村医師の過失と死亡との間に因果関係がないとしても、亡富永は、右過失によって、適切な治療を受けて治癒する機会と可能性を奪われたものであるところ、適切な治療に対する右の期待は、法的に保護すべき利益である。したがって、被控訴人は、亡富永に対し、右利益を奪ったことによる損害を賠償すべきであるところ、右損害は、因果関係があることを前提として主張したところと同じである。
2 当審における主張に対する被控訴人の反論
(一) 控訴人らの主張(一)は、仮定の積み重ねであるうえ、仮に再検査を受けていても、亡富永の罹患していた低分化腺癌が発見される可能性はないから、担当医師に過失があったとしても、これと亡富永の死亡との間には因果関係はない。
(二) 控訴人らの主張(二)についても、仮に亡富永が再検査を受けていても、低分化腺癌が発見される可能性はないから、亡富永は、適切な治療を受ける期待を侵害されていない。
第三 当裁判所の判断
一 当裁判所は、控訴人らの請求は、主文一項1記載の限度で理由があり、その余は理由がないと判断する。その理由は、次のとおり改めるほかは、原判決の理由説示と同じであるから、これを引用する。
1 原判決書二二頁八行目の「によれば」の次に「次の(一)ないし(三)の事実を認めることができる。」を加える。
2 同二六頁一行目の次に改行して次のとおり加える。
「 右にいう「本件部位に癌ないし癌と疑われるような陰影が認められるとはいえない」という意味は、本件写真の本件部位には前記のとおり何らかの病変の可能性のある異常陰影があり、そのような可能性のある病変のうちには癌が含まれるが、本件写真には前記のとおり撮影上の難点があり、そのため質的診断ができないから、それだけでは癌と診断したりその疑いがあると診断したりすることはできないという意味である。したがって、本件写真により本件部位に癌あるいは癌の可能性がある病変はないと診断できるという意味ではない。」
3 同二六頁二行目から五行目までを次のとおり改める。
「(三) 右のように本件部位には詳細不明の正常構造とは異なる陰影が存在し、これが癌である可能性を否定できないのであるから、便潜血反応検査陽性者に対する精密検査として注腸造影検査を担当する医師としては、右陰影が癌であるかそうでないかを確定するため、再度の注腸造影検査か大腸内視鏡検査を行う必要がある。」
4 同二七頁二行目から同三〇頁四行目までを次のとおり改める。
「 そして、証人中村の証言中には、右主張に沿う部分がある。すなわち、検乙六号証の写真については、本件部位に正常でない何かがあり、有茎性の病変の一部である可能性は否定できないかもしれないこと、検乙七号証の写真については、本件部位に異常陰影があるかどうか判断は難しく正常か正常でないかは簡単には言えないということの限りは承認しながらも、透視診断で糞便、腸のねじれ、粘液等の影響との区別をしているから、そのほかの知見とも合わせて、異常なしと診断できたというのである。しかし、右証言中、透視診断で鑑別可能であったという部分は、具体的に本件の検査について何らかの裏付けを提示してされているものではないから、実際に撮影された本件写真に前記のような難点があり満足できるものでない以上、右証言だけでは、これを補う資料として十分の透視がされたと認めることは相当でないというほかはない。更に、鑑定人本田豊彦の鑑定の結果及び同人の証言によると、大腸癌の有無を検査するための大腸注腸検査では、検査担当医師の透視による診断は、その信頼性に限界があり、注腸検査による診断資料として中村医師が証言するほどの有意義性が承認されているものではないことがうかがわれるから、この点からも、前記証言は採用しがたいといわざるを得ない。そして、そのほかには、被控訴人の前記主張を認めるに足りる証拠はないから、右主張は採用することができない。」
5 同三一頁一〇行目の「②」の次に「適切な注意義務を尽くせば」を、同三二頁一行目の「命」の次に「又は延命」をそれぞれ加える。
6 同三二頁九行目の「本件部位」から同頁一一行目の「いえず、」までを「平成三年三月一九日に行われた本件レントゲン検査で撮影された写真には、本件部位に癌の可能性があるとも疑われる異常陰影が認められるのである。」に改める。
7 同三三頁四行目の「一日目」の次に「(平成三年三月二日採便分。甲一)」を加える。
8 同三三頁五行目の「感じていたこと」の次に(平成四年一月一五日には下腹部痛等により近医で診察を受け、同年一月三一日には同月二五日から下腹部痛があるという症状を訴えて泉尾病院内科で診察を受けている。)」を加える。
9 同三四頁一一行目から同四一頁九行目までを次のとおり改める。
「3(一) 右認定によると、亡富永に関する主な経過は次のとおりである。
① 平成三年初めから時々腹痛があったところ、同年三月二日に採った便により大腸癌便潜血反応検査がされたが、これに潜血反応があった。
② 平成三年三月一九日に精密検査として本件レントゲン検査(注腸検査)がされたが、そこで撮影された本件写真には、上行結腸肝湾曲付近に癌とも疑われ得る異常陰影が認められた。③ 右写真では右異常陰影の質的判断ができないが、その理由は撮影された写真に診断に適する満足できるものがないためである。④ しかし、右検査担当医師は、異常は認められないと判断し、主治医はそのとおり亡富永に告げた。⑤ 亡富永にはその後時々腹痛があり、遅くとも平成四年一月一五日には腹痛で近医の診察を受けた。⑥ 平成四年二月一四日には腹痛を訴えて泉尾病院内科の診断を受け、そのまま入院し、同月二八日(甲一三)手術を受けた。⑦ 右手術前の臨床診断は、上行結腸癌の疑い並びにイレウス及び肝移転の疑いであり、⑧ 手術所見は、上行結腸肝湾曲付近に可動性なく硬い腫瘤が触知され、ここから中結腸動脈、更にトライツ周囲までリンパ節の硬化腫大があり、リンパ節は一かたまりとなり、肝には多発移転が認められ、一部は壊死かとも考えられる色調変化があるというものであった。⑨ 右手術の診断は、上行結腸癌の疑い、肝移転、イレウス及び癌性腹膜炎であるが、⑩ 要するに右手術当時救命及び延命は不可能な程度に癌は進行しており、⑪ 同年三月一八日、大腸癌・多発性肝転移に基づく肝不全により死亡した。
(二) 右の経緯によると、②と⑤の両時期の間には一〇か月しかなく、②と⑦ないし⑨の各部位の間には同一性があり、⑥のころには⑦ないし⑩の程度に進行し、しかも②のあと⑥までの間にも⑤のとおり症状があり、②で癌と診断できないのは③の理由に基づくものであるから、これらによると、②の時期には、既に亡富永の上行結腸肝湾曲付近には癌が存在したと推認するのが相当である。
(三) もっとも、原判決書三五頁三行目の「他方」から同三七頁三行目の末尾までに記載された事実を認定することもできる(右部分を引用する。ただし、同三六頁七行目の「角」を「核」に改める。)。
しかし、亡富永が以前から痔を患っていたことは前記推認についてそれほど大きな消極的事実になるものとは認められない。血中腫瘍マーカー検査及び肝機能血液検査の結果についても同様である(双方とも、癌が存在するとしても異常値を示すものとは限らないし、亡富永の場合、前者については前記一月三一日の検査でもこれといった異常値はなく、後者は前記入院中異常値を示していない。)。なお、鑑定人富永の鑑定結果のうち本件レントゲン検査で本件部位に癌ないし癌と疑われるような病変がないとされていることの意味は先に説示したとおりであり、右鑑定も前記推認を覆すに足りるものではなく、かえって、右鑑定は、前記推認を補強するに足りるものである。また、泉尾病院で認められた原発癌の正確な部位は厳密には確認しがたいが、上行結腸肝湾曲付近であることは明らかであるから、本件写真の本件部位と異なるものではない。
(四)(1) 次に、亡富永の原発癌である上行結腸癌が低分化腺癌であったことが問題になる。この関係の事実認定は、原判決書三八頁八行目から同四〇頁一行目までと同じであるから、これを引用する。
なお、本件証拠中の文献のうち、大腸低分化腺癌について触れられているものとその記載の要旨は、次のとおりである。
甲三一号証
大腸低分化腺癌は極めて希で、予後不良といわれているが、予後良好な症例の報告もあり、不明な点が多い。報告者の症例では、早期癌はなく、pm癌が一例だけある。治癒切除術を行い得たのは一四例中一二例ある。術後一〇年以上生存した例はない。大腸低分化腺癌切除例(ただしDukes B、C)全体の累積五年、九年生存率で見るといずれも51.3パーセントであり、治癒切除例についてはいずれも67.5パーセントであり、他の腺癌と予後にほとんど差はない。大腸低分化腺癌は他の腺癌に比べると手術時既に病期の進んだ癌腫であることが多いと考えられ、大腸低分化腺癌の生物学的悪性度がより強いことが示唆されている。
甲三二号証
単発大腸癌切除例九三九例中大腸低分化腺癌は七三例であった。大腸低分化腺癌、印環細胞癌を間質結合織の多寡により分類すると、medは五年生存率88.9パーセントと良好であるが、scは極めて悪性度が高く、三年生存を認めない。
甲三七号証
大腸低分化腺癌の頻度は7.1パーセントであった。深く浸潤した症例が多い。大腸低分化腺癌にはステージⅠはなかった。治癒切除例の予後は高・中分化腺癌に比較して有意に不良であるが、高・中分化腺癌中ステージⅠを除いた治癒切除例だけを比較すると、大腸低分化腺癌の予後は若干不良であるが明らかな有意差はない。大腸低分化腺癌は進行例が多いものの、治癒切除により高・中分化腺癌と同等の予後が期待できると思われるから、早期発見が重要である。大腸低分化腺癌は診断時既に進行した症例が多いため、増殖の速度が速く、生物学的悪性度の高い予後不良な腫瘍であることが推測される。
甲三八号証
大腸低分化腺癌の頻度は極めて低い。大腸低分化腺癌の症例二一例中早期癌は一例であった。大腸低分化腺癌の早期癌の報告はほとんど認められず、その頻度から見て、増殖の速度が非常に速いものと想像される。予後は有意に不良であったが(累積五年生存率39.1パーセント)、治癒切除例のみで検討すると、生存率に有意差は認められなかった。したがって、大腸低分化腺癌も早期発見により治癒切除されれば、術後の生存率は十分期待できると思われる。
甲四五号証
大腸低分化腺癌は大腸高分化腺癌と比較して手術時既に病期の進んだ癌腫であることが多いと考えられ、大腸低分化腺癌の悪性度がより強いことが考えられる。Dukes B及びC症例だけで検討すると、大腸低分化腺癌が大腸高分化腺癌に比べて必ずしも予後不良とはいいがたい。
乙三号証
大腸低分化腺癌の頻度は低く、診断時既に進行した症例が多く、全例が進行癌であった。腫瘍の増大速度が早いと考える。ステージⅢ以上が八五パーセントあり、そのうちステージⅤが四一パーセントも占めていた。しかし、五年以上の長期生存者が四例あり、大腸低分化腺癌といえども早期に発見し、治癒切除に務めれば良好な予後が期待できると思われる。
乙四号証
大腸低分化腺癌は頻度が低く、高度に進行した症例が多かった。治癒切除が可能であった症例は五二パーセントにすぎず、著しく低率である。そのうちの術後五年生存率は18.6パーセントで大腸高分化腺癌に比較して有意に低い。比較的病期の早いステージⅡ、Ⅲの治癒切除例中でも五年生存率は22.6パーセントと極めて予後不良であり、大腸低分化腺癌は生物学的悪性度が高いと考えられる。
乙一〇号証
大腸低分化腺癌の頻度は5.8パーセントにすぎない。ステージⅣ、Ⅴの高度進行例が多かった。大腸低分化腺癌の切除全例の累積五年生存率は38.4パーセントと低かったが、治癒切除例の予後は59.6パーセントと比較的良好であり、大腸高分化腺癌の予後と有意差はなかった。
乙一一号証
大腸低分化腺癌の頻度は2.4パーセントであった。手術時に病期の進んだ癌腫が多く、生物学的悪性度がより高いことが示唆される。大腸低分化腺癌の累積五年生存率は三〇パーセントであり、大腸高分化腺癌に比較して有意に低値で予後は不良であるが、治癒切除術を行い得た九例中では五年以上生存例が二例見られる。大腸低分化腺癌といえども、早期に発見できれば良好な予後は期待できると考える。
(2) 右認定によると、大腸低分化腺癌は、非常にまれな癌であり、通常の大腸癌(大腸高分化腺癌及び大腸中分化腺癌)と比較すると進行が早く、初期像も未だ十分に解明されていないし、早期癌で発見されることがほとんどない。しかし、大腸低分化腺癌にこのような特質があることは、亡富永の原発癌が本件レントゲン検査がされたとき以後に発生し、前記平成四年一月までの一〇か月間という短期間に前記のとおり進行し延命さえ不可能な高度進行癌になったことまでを具体的に推認させるに足りるものではなく、そのほかに、大腸低分化腺癌がそのように短期間に発生から延命不可能になるまで進行することを特徴とする癌であることまでを認めるに足りる証拠はない。したがって、右原発癌が低分化腺癌であったことは、前記推認を覆すに足りるものということはできないと考えられる。
(五) 次に、本件レントゲン検査の時点で本件部位に癌が存在していたものとして、これが再度のレントゲン検査又は大腸内視鏡検査により発見できたかどうかについて検討すべきところ、前記(一)の①から⑪までの事実と、本件レントゲン検査のときすでに本件写真の本件部位に癌とも疑われる異常陰影が認められることに照らすと、再検査により発見できた可能性は少なくなかったと認めるのが相当である。そして、ここでも原発癌が低分化腺癌であったことが問題となり、大腸低分化腺癌は早期癌の状態で発見することが極めて困難であることは前記認定のとおりである。しかし、このことは、もとより、およそその発見が不可能であるということを意味するのではなく、かえって、ステージⅡの段階で発見される例があることは前記認定のとおりである。したがって、低分化腺癌であることは、再度の検査による発見可能性に関する前記推認を覆すに足りるものということはできない。
(六) そこで、進んで、救命可能性について検討する。亡富永に関する経過は前記のとおりである。すなわち、同人は、既に本件レントゲン検査を受ける数か月前の平成三年初めころから、時々腹痛を訴えていたのであるところ、亡富永の大腸原発癌は低分化腺癌であったから、この種の癌で早期癌の段階で発見される例は極めてまれである。しかし、前記認定によると、本件レントゲン検査から同人が死亡するまで一一か月の期間があるところ、前記文献によると、亡富永の大腸低分化腺癌がステージⅠを過ぎた後に発見されても、適切な治療を行えば、意義のある程度に長時間の延命をもたらすことは不可能ではなく、これを期待することができたと推認するのが相当である。そうすると、仮に被控訴人の履行補助者たる医師が本件診療契約に沿う適切な再検査をしていたとすれば、亡富永は、前記平成四年三月一八日においてなお生存していたであろうと推認できるというべきであるから、亡富永には、本件レントゲン検査の時点で右の程度の延命可能性は存在したというべきであり、右認定を覆すに足りる証拠はない。
4 以上によると、被控訴人の履行補助者たる前記医師には、本件写真における本件部位の異常陰影について、行うべき再検査をしないまま癌の疑いがないものとして異常がないと判断し、再検査をしなかった点で、本件診療契約上の義務に違反する不適切な診療行為があり、これと亡富永の前記時点における死亡との間には相当因果関係があると認めるべきであるから、被控訴人は、亡富永及び控訴人らに対し、右債務不履行の結果同人らが被った損害を賠償する義務がある(使用者責任と競合する。)。
四1 そこで、損害について検討すべきところ、控訴人らの主張する損害は、亡富永の逸失利益及び慰謝料(そのほかに控訴人らの負担すべき本件訴訟の弁護士費用)であり、前記債務不履行がなければ亡富永がいつまで生存し得たかに係るものである。ところで、前記認定によると、大腸低分化腺癌は、発見されるとき早期癌であることはほとんどなく、予後も不良であるところ、その不良の程度は前記各種の文献にあるとおりである。そうすると、亡富永についても、被控訴人の履行補助者の前記不適切な診断行為がなく、より早く原発癌を発見することができたとしても、例えば治療の結果完治し、あるいは一〇年間は生存し得たであろうとは到底推認しがたいのであり、延命の期間自体は、これを高度の蓋然性をもって推認するに足りる証拠はないのであって、意義のある程度に長期間の延命が可能であったという程度の認定ができるにとどまるといわざるを得ない。また、事柄の性質上、延命期間中の生活の質についても、これが通常程度のものであり得たことを前記の蓋然性の程度に認定することは困難である。これらの認定に照らすと、亡富永の逸失利益は、結局これを認めるべき十分な資料がないといわざるを得ない。
2 そして、慰謝料については、被控訴人側の前記過失内容と亡富永に生じた結果その他前記認定の諸般の事情を総合すると、三〇〇万円と認めるのが相当である。
そうすると、控訴人眞弓はその二分の一である一五〇万円、その余の控訴人らはいずれも四分の一である七五万円について、相続により損害賠償債権を承継取得したことになる。
控訴人らの弁護士費用については、控訴人眞弓について一五万円、その余の控訴人らについて各七万五〇〇〇円が被控訴人の債務不履行と相当因果関係のある損害に当たると認めるのが相当である。」
二 以上によると、控訴人らの本件請求は、それぞれ右の損害の賠償を求める限度で理由があるから認容すべきであり、その余は理由がないから棄却すべきである。なお、控訴人らは、当審において新しい主張をしているが、そのうち(一)は、病変発見可能な時期を前記認定より遅い時期と想定しているものであるところ、前記認定によると、その場合にも同様に問題となる因果関係を前記認定以上に肯定することができないことが明らかであるから、採用することができない。また、(二)の主張は、因果関係がない場合の仮定主張であるから、当裁判所の前記認定によると前提を欠くものである。なお、控訴人らが期待利益の侵害として主張するところは、前記慰謝料額を定める際に斟酌すべき事由であり、そのような事由があるからといって、逸失利益の損害まで発生する性質のものではない。
よって、控訴人らの請求を全部棄却した原判決は相当でないから、これを右のとおり変更することとし、訴訟費用の負担について民訴法六七条、六一条、六四条、六五条、仮執行の宣言について同法三一〇条、仮執行免脱宣言について同法二五九条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官加藤英継 裁判官伊東正彦 裁判官大塚正之)