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大阪高等裁判所 平成10年(ネ)1678号 判決 1999年3月18日

控訴人(原告) X

右訴訟代理人弁護士 須田政勝

被控訴人(被告) 国

右代表者法務大臣 陣内孝雄

右指定代理人 松原住男

同 杉田隆夫

同 石堂昌彦

同 木村匡俊

同 小林誠

主文

一  原判決を取り消す。

二  控訴人が、当審において追加した主位的請求に基づき、被控訴人は、控訴人に対し、次の各金員を支払え。

1  五〇〇万円

2  内金五〇万円に対する平成三年三月四日から支払済みまで年六・三三パーセントの割合による金員(ただし、平成一一年一月一日から同月二一日までの分を除く)

3  内金五〇万円に対する平成四年三月一〇日から支払済みまで年五パーセントの割合による金員(ただし、2に同じ)

4  内金三〇万円に対する平成四年七月二三日から支払済みまで年四・四パーセントの割合による金員(ただし、2に同じ)

5  内金五〇万円に対する平成四年一二月一七日から支払済みまで年四・〇七パーセントの割合による金員(ただし、2に同じ)

6  内金一五〇万円に対する平成五年七月一日から支払済みまで年三・七パーセントの割合による金員(ただし、2に同じ)

7  内金一二〇万円に対する平成六年六月一日から支払済みまで年三・一パーセントの割合による金員(ただし、2に同じ)

8  内金五〇万円に対する平成六年二月九日から支払済みまで年二パーセントの割合による金員(ただし、2に同じ)

三  控訴人のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は第一、第二審を通じて被控訴人の負担とする。

五  この判決は、控訴人勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。ただし、被控訴人が三〇〇万円の担保を供するときは、右仮執行を免れることができる。

事実及び理由

第一申立て

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  主位的請求

被控訴人は、控訴人に対し、五〇〇万円及び内金五〇万円に対する平成三年三月四日から支払済みまで年六・三三パーセントの割合による、内金五〇万円に対する平成四年三月一〇日から支払済みまで年五パーセントの割合による、内金三〇万円に対する平成四年七月二三日から支払済みまで年四・四パーセントの割合による、内金五〇万円に対する平成四年一二月一七日から支払済みまで年四・〇七パーセントの割合による、内金一五〇万円に対する平成五年七月一日から支払済みまで年三・七パーセントの割合による、内金一二〇万円に対する平成五年九月一六日から支払済みまで年三・一パーセントの割合による、内金五〇万円に対する平成六年二月九日から支払済みまで年二パーセントの割合による各金員を支払え。(控訴人は、当審において右主位的請求を追加し、従前の請求を予備的請求と改めた。)

3  予備的請求

被控訴人は、控訴人に対し、五六二万〇二〇〇円及びこれに対する平成八年八月一七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

4  訴訟費用は第一、第二審を通じて被控訴人の負担とする。

5  仮執行宣言

二  被控訴人

1  本件控訴及び当審において追加された主位的請求をいずれも棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

3  仮執行免脱宣言

第二主張

当審における当事者の主張を次に付加するほかは、原判決「事実及び理由」欄第二に記載のとおりであるから、これを引用する。

一  控訴人

1  本件定額郵便貯金の払渡し(以下「本件払渡し」という。)金額はかなり高額なものであり、しかも、印章の変更と同時に全額を引き出すという、浜寺郵便局では一日に一件もないような特異なものであったから、窓口係員としては、正当な権利者かどうかの確認に当たっては、上司と相談して複数の職員で審査したり、直ちに払渡しに応じるのでなく、相当期間を置き、又は保証人を求める、さらには写真付きの身分証明書の提示を求める等の慎重な対応をすべきであった。本件払渡しで使用された控訴人の厚生年金手帳(以下「本件年金手帳」という。)の改ざん部分(以下「本件改ざん部分」という。)は鉛筆でなぞられており、光っていて、一見して変造されていることが明らかであった。

なお、本件払渡しは満期前の払戻しであるから、窓口係員の注意義務は一層加重されるというべきである。

2  したがって、本件払渡しは被控訴人の窓口係員の過失によるものであって無効であり、いまだ有効に存在しているから、主位的にその元金及び利子(その利率は第一の一の2のとおり)ないし遅延損害金の支払を求め、仮にこれが認められないとしても、原審で主張したとおりの損害賠償を求める。

二  被控訴人

1  本件払渡しについては、窓口係員は郵便貯金法、同規則及び同取扱規定、さらに同取扱手続(乙二)(以下「法」「規定」「取扱手続」等という。)の定めるところに従い、所定の手続きを経た上で払戻し請求に応じているのであるから、何らの過失はない。

そもそも不特定多数の利用者を対象とする郵便貯金制度においては、大量かつ迅速な処理の要請を無視できない上、印章変更を伴う本件のような払渡しも日常よくあることであるから、不特定多数の郵便貯金利用者の便宜と預金者の安全の調和の見地から定められた取扱手続は特段の事情のない限り合理性があるというべきであり、これに従って郵便貯金を払渡したときには、通常郵便局職員には正当な権利者の確認に過失はないというべきである。

厚生年金手帳は本来被保険者本人が保管するものであり、これを所持している者は右被保険者本人であるとの推定が働くというべきであるうえ、本件改ざん部分の形状、改ざん方法等に照らし、担当職員は相当な注意を払っても右改ざんを発見することはできず、ほかに正当な権利者であることを疑うに足りる特段の事情もなかったから、これ以上に控訴人が主張するような措置を採る必要はなかった。ちなみに、控訴代理人ですら、原審第一回弁論期日において、本件改ざん部分を正確に指摘することができなかったのであって、これからみても右改ざんを見抜くことが困難であることは明らかである。

なお、本件定額郵便貯金においては、既に据置期間を経過しており、自由に払戻ができたのであるから、担当職員の注意義務につき満期前の払戻しの場合と同じように考えることはできない。

2  控訴人主張の利率は認める。ただし、正確には、半年毎の複利となっている。

第三判断

以下に付加等するほかは、原判決事実及び理由欄第三を引用する。

一  原判決中「利息」とあるのを「利子」と、同一三頁八行目「疑念を抱くべき事情はなかった。」を「特に疑念を抱かなかった。」とそれぞれ改め、同一四頁末行から同一五頁二行目までを削除する。

二  原判決一五頁六行目「二」の次に「1」を加え、同一六頁以下を次のとおりに改める。

「 右改ざん部分については、光線の当たり具合により、なぞられた鉛筆の線に光が反射するため、右数字に人の手が加えられていることを認識することはそれほど困難ではなく、また、右改ざん部分の数字についても、同じ紙面に表示されているほかの数字に比べると、字体が太く、特に「4」については、他の二カ所に表示されている字体とは異なったものであることが少し注意すれば比較的容易に判別できる状態にある。

2 不特定多数の利用者を対象とする郵便貯金制度においては、大量かつ迅速な処理の要請があるため、右利用者の便宜と預金者の安全の調和の見地から取扱手続が定められており、これに従って払渡した場合には、特段の事情のない限り、正当な権利者の確認につき、担当職員に過失はないというべきこと、また、厚生年金手帳は本来被保険者本人が保管するものであり、これを所持している者は右被保険者本人であるとの推定が働くというべきことは被控訴人の主張するとおりであり、本件においては、窓口係員は取扱手続に定められた手続をとって払渡しをしたことは前記認定のとおりである。

3 しかしながら、本件においては、以下の事情からして、窓口係員に過失がなかったということはできない。

(一)  法二五条一項や取扱手続において、請求者が正当な権利者であることを確認するための証明書類の提示を求めることができるとしているのは、いうまでもなく、払戻請求者が正当な権利者であること、すなわち、本件においては、請求者が本件定額郵便貯金の預金者と同一人物であることを確認するためのものである。もとより、厚生年金手帳を所持する者は、当該厚生年金手帳に記載された本人であることが普通であるが、厚生年金手帳が盗用、偽造又は変造されることがあることも希有なことではなく、特に、写真の貼付されていない厚生年金手帳は、これを所持しているからといって当然に右所持人が当該厚生年金手帳に記載された本人であると即断することは危険である。したがって、そのような厚生年金手帳を提示されたならば、その性状を確認し、所持人が本人であるかどうかを吟味する必要があり、取扱手続においてもそのような慎重な確認手続を行うことは当然の前提としているというべきである。

(二)  しかも、本件払渡しは、平成三年以降平成六年までの間に預け入れられた、元利合計五六二万余円というかなり高額の定額郵便貯金全額の払渡し請求を、印章の変更とともにする(浜寺郵便局では一日に一件程度しかない)ものであったから、窓口係員としては、通常以上に念を入れて請求者が正当な権利者であるかどうかを確認すべきであったというべきである。

(三)  しかるに、前記判示のとおり、本件年金手帳にはわずかな注意を払えば発見可能であったというべき生年月日の改ざんが存在しており、しかも、窓口係員は受領書の裏面にその生年月日を写し取ったのであるから、なおさら右改ざんに気付くことは容易であった。また、右改ざんされた生年月日によれば、本件定額貯金は貯金者が一九歳から二二歳までの間に五〇〇万円もの金額を貯金したことになり、いささか不自然でもある。そして、窓口係員がAに対し同人が控訴人であることを確認するために何らかの質問をしたことを認めるべき証拠もない。

(四)  以上のほか、郵便貯金制度に対する国民の信頼をも勘案するならば、本件における窓口係員の本人確認手続については、過失があったというべきである。

(五)  なお、甲一一の1、2によれば、本件払渡し請求のような場合には、銀行では、即時に払渡しをせずに相当な期間を置くとか、保証人を求めることにより過誤の防止に努めているもののあることが認められるほか、現在では写真付きの身分証明書や運転免許証により本人かどうかをより具体的、直接的に確認する方法もあり得るのであるから、本件払渡しのように印章の変更と同時に高額な預金払戻を請求してきた場合には、現行の取扱手続規定ではなく、右銀行の取扱いのように、より慎重な方法によることを検討すべきであるということもできる。したがって、いずれにしても被控訴人には、本件払渡し手続において、正当な権利者の確認に落ち度があるといわなければならない。

三  以上によれば、本件払渡しは、法二六条の「正当の払渡」と認めることができないから、控訴人はなお被控訴人に対して本件定額郵便貯金債権を有しており、その利子及び遅延損害金の支払を請求することができる。そこで、右利子及び遅延損害金の内容を検討しておく。

まず、利子の利率は控訴人の主張するとおりであり(ただし、被控訴人は正確には半年毎の複利であると答弁しているが、控訴人は単利で請求しているから、その限度で認める。)、遅延損害金の利率もこれによるべきである。

次に、利子の始期については、法一三条一項によれば、定額貯金の利子は預入の月から付けることとされているから、預入の日を起算点とする控訴人の主張の範囲でこれを認めることができる。ただし、本件定額貯金のうち、平成五年九月一六日預入の一二〇万円については、平成六年六月二九日に利子の払渡しを受けていることは当事者間に争いがないから、後記利子の終期の定めからすれば、その利子の起算点は同月一日となる。

利子の終期については、法一三条二項によれば、払渡しの月の利子は付けないとされている。そして、控訴人は、平成一〇年一一月二五日付準備書面により本件定額貯金全額の払渡し請求をしているというべきであり、遅くとも、それが陳述された平成一一年一月二一日の口頭弁論期日までには、右意思表示は到達したものと認められるから、控訴人は平成一〇年一二月三一日までの分しか利子の請求はできない。

また、遅延損害金は右請求の日の翌日(平成一一年一月二二日)から発生するものというべきであるから、結局、同月一日から同月二一日までの間については、利子及び遅延損害金の請求はできず、この部分について予備的請求が成立する余地もない。

以上によれば、控訴人の請求は、本判決主文第二項に記載の限度で理由がある。」

よって、原判決を取り消し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 井筒宏成 裁判官 古川正孝 塩川茂)

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