大阪高等裁判所 平成10年(ネ)1916号 判決 1999年9月10日
控訴人 金徳煥 ほか九名
被控訴人 国
代理人 北佳子 村田泰穂 森本悦加 ほか四名
主文
一 本件控訴をいずれも棄却する。
二 控訴費用は控訴人らの負担とする。
事実及び理由
第一申立
一 控訴人ら
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人は、控訴人らの外国人登録原票上の指紋をすべて廃棄せよ。
3 被控訴人は、控訴人らに対し、各一〇万円を支払え。
4 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
5 第3項につき仮執行宣言
二 被控訴人
主文同旨
第二事案の概要
原判決記載のとおりであるから、これを引用する(なお、七頁二行目の「記載」を「記載欄」と、一四頁四、五行目の「これをしも」を「これをして」と、一六頁二行目の「個人の」を「個人が」と、二二頁九行目の「いるためには」を「いなければならず」と、それぞれ改める)。
第三証拠
原・当審における証拠関係目録記載のとおりであるから、これを引用する。
第四判断
一 当裁判所も、控訴人らの請求はいずれも理由がなく、これを棄却すべきものと判断する。その理由は、三九頁四行目から五〇頁九行目までを、次のとおり改めるほかは、原判決「第三 争点に対する判断」説示のとおりであるから、これを引用する(なお、二三頁一〇行目の「何人も」の次に「みだりに」を加え、二四頁九行目の「手段」を「制度」と、二六頁一一行目の「入国港」を「出入国港」と、二七頁一行目の「勤務先」を「勤務所」と、それぞれ改める)。
(一) 国や公共団体は、その行政目的を達成するため、法令の範囲内において、情報を収集する機能を有しているが、右情報の保管、利用又は廃棄については、法令の制限がない限り、国や公共団体に属する行政庁の広範な裁量に委ねられているのは当然であり、また、法令の改廃により、右情報を収集する機能に変動があったというだけでは、右情報の内容が私人のプライバシーの根幹にかかわるからといって、国や公共団体において、右情報を保管し、利用する根拠が失なわれ、当然に、その廃棄が義務づけられるというものではない。
そして国や公共団体が、法令又は慣習、条理により、一定の情報の廃棄を義務づけられた場合にあっても、情報の廃棄そのものは、事実行為にすぎないから、右情報の廃棄を怠る行政庁に対しては、義務づけ訴訟などを提起することは許されないこととなる。
したがって、私人が、国や公共団体に対し、一定の情報の廃棄を求めるには、国や公共団体との間に契約関係がある場合は格別、右情報の存在により、人格権が侵害されることを理由として、廃棄などの民事上の作為請求をするほかないというべきである(憲法の規定を直接の根拠として、右作為を求めることは許されない)。
(二) ところで、改正法は、永住者等について、外国人登録における指紋押なつ制度を廃止する一方で、改正前法により作成された押なつ指紋を含む旧登録原票については、その廃棄について、あえて明文を設けなかったのであり、また、改正法は、外国人登録における指紋押なつ制度が、違憲、違法であることを前提に施行されたものでないことは、前記説示から明らかであるから、改正前法に基づく制度のもとで作成された押なつ指紋を含む旧登録原票を、被控訴人において、引き続き保管、利用することについても、違憲、違法の問題が生ずることはなく、これにより、指紋押なつ制度が廃止された永住者等に対する人格権の侵害が生ずることもない。
控訴人らは、永住者等が、指紋押なつ制度の廃止をみたにもかかわらず、被控訴人が依然として押なつ指紋を保管、利用することにより、根幹的なプライバシー情報を握られ、権力から常に監視されている想念に駆られていることを主張するが、このような心理状態は、法的な保護に値するか否かはともかくとして、ことさら改正法のもとでの被控訴人の不作為により生じたものではなく、改正前法の時代から変りはなく、改正前法における押なつ指紋の保管や利用が違憲、違法ということができない以上、改正法のもとでの押なつ指紋の保管や利用についても、これを違憲、違法ということはできない(なお、国や公共団体が行政目的のために保管する情報については、当該目的に限らず、法令の範囲内で、他の立法、行政、司法の目的のために利用することができるのであるが、他方で、その利用の方法によっては、みだりに私人のプライバシーを侵害するおそれがあるため、その保管、利用には周到な配慮が必要であることは、旧登録原票における押なつ指紋に限られたことではない)。
また、控訴人らは、日本国民と同様に「定着性」を有する永住者等について、押なつ指紋を引き続き保管することは、指紋押なつ制度のない日本国民との間に差別を設けることであり、あるいは、永住者等の間でも、改正法に基づく新制度に移行した者については、旧登録原票の指紋を廃棄し、そうでない者については、これを廃棄しない取扱いをすることについては、合理性がないことを主張するが、外国人登録の制度において、定着性を有する永住者等に対し、指紋の押なつを義務づけることが、憲法一四条の観点からも、違憲、違法となるものではないことは、前記説示のとおりであり、被控訴人が、新制度に移行した者についてのみ、旧登録原票の押なつ指紋を廃棄する方針を立てたとしても、それは行政上の裁量の範囲に属するから、これを不合理な差別ということはできない(そもそも、憲法一四条の違反をもって、右指紋の廃棄を根拠づける理由とすることはできない)。
(三) 右の次第で、被控訴人が、改正法のもとにおいて、旧登録原票の押なつ指紋を保管、利用することは、控訴人らに対する人格権の侵害となるものではないから、その廃棄を求めたり、右侵害を前提として損害賠償の支払を求める請求は、ともに理由がなく、失当である。
二 右の次第で、原判決は相当であり、本件控訴は理由がないから、これを棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判官 蒲原範明 永井ユタカ 菊池徹)
〔参考〕第一審(大阪地裁平成七年(ワ)第一六三二号平成一〇年五月二六日判決)
主文
一 原告らの請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第一請求
一 被告は、原告らの外国人登録原票上の指紋を全て廃棄せよ。
二 被告は、原告らに対し、各金一〇万円を支払え。
第二事案の概要
本件は、平成三年法律第七一号日本国との平和条約に基づき日本の国籍を離脱した者等の出入国管理に関する特例法に定める特別永住者、または、昭和二六年政令三一九号出入国管理及び難民認定法別表第二の上覧に掲げる永住者(以下両者を併せて「永住者等」という)の在留資格をもって本邦に在留する原告らが、人格権(その一内容としての情報プライバシー権)等に基づき、平成四年法律第六六号による外国人登録法の一部を改正する法律による改正前の同法一四条により押なつした外国人登録原票上の押なつ指紋の廃棄を請求し、かつ、被告の所管庁が原告らの右押なつ指紋を廃棄せずに保管していることによりプライバシーの侵害を受け、精神的苦痛を被っているとして、国家賠償法一条により損害賠償を請求する事案である。
一 争いのない事実
1 外国人登録法(昭和五七年法律第七五号による改正前のもの)一四条においては、一四歳以上の外国人(在留期間が一年未満であるものを除く)は、新規登録申請、引替交付申請、再交付申請、及び三年毎の切替交付申請(以下「登録の確認申請」という。)の際に外国人登録原票(以下、単に「登録原票」という)、指紋原紙及び外国人登録証明書に指紋の押なつが義務付けられ、昭和五七年改正法により、押なつ義務年齢は一六歳以上に引き上げられ、かつ、確認申請期間も五年毎に延長されたが、昭和六二年法律第一〇二号による同法の改正により、指紋押なつ義務は原則として初回の一回限りとされ、登録の確認申請等における指紋押なつ義務は、申請人と本人の同一人性に疑義がある場合等を除き、二回目以降の申請に際して義務規定の適用が免除されるとともに、外国人登録証明書には押なつ指紋を転写することとされた(以上の指紋押なつにかかる制度を「指紋押なつ制度」という)。
2 原告らは、指紋押なつ制度により、それぞれ、別紙記載の年月日及び押なつにかかる申請の種類のとおり、登録原票に指紋を押なつした(以下、登録原票に押なつした指紋を「登録原票上の押なつ指紋」、または、単に「押なつ指紋」という)。
3 これら登録原票は、七回分の登録の確認申請欄が設けられ、その記載がすべて使用された場合は登録原票は新たな用紙に書き換えられ、書換え済みの登録原票は所管庁である法務省が市区町村から回収して保管していた。
平成四年法律第六六号による外国人登録法の一部改正法による同法の改正(以下、これによる改正前の外国人登録法を「改正前法」、改正後の同法を「改正法」、または、「平成四年改正法」という)は、永住者等につき指紋押なつ制度を廃止し、鮮明な写真、署名及び一定の家族事項の登録をもってこれに代える制度(以下「新制度」という。)を設け、改正法は平成五年一月八日施行されたため、その後は、永住者等が登録の確認申請等にあたり、同一人性に疑義がある場合でも、指紋押なつ義務を課され、これにより登録原票上の押なつ指紋との対照により同一人性を確認することは制度として廃止され、すべて新様式による登録原票に書き換えられることとなった。
4 被告は、改正法の施行後も、所管庁である法務省において、各市町村が保管する分を除き、永住者等の押なつ指紋を抹消しないまま累次書き換えられた過去の登録原票(以下、改正前法施行時に作成された旧様式による登録原票を「旧登録原票」という。)全部をマイクロフィルム化して保管していたが、平成九年四月一日以後は、永住者等で新制度による登録の確認申請を経、新様式による登録原票が作成された者については、旧登録原票上の押なつ指紋を抹消する方針をとっている。
二 争点
1 被告による、改正前法による押なつ指紋の採取、並びに改正法の施行後における保管継続の違法性
2 原告らの被告に対する、押なつ指紋の廃棄請求権の有無
3 原告らの損害
三 当事者の主張
1 原告らの主張
(一) 指紋押なつ制度の違憲、国際人権規約B規約違反性
およそ、指紋は万人不同、終生不変という特質を持つため、思想・信条・犯罪歴等個人の道徳的自律の存在にかかわる多くの情報を含む個人情報への道を開くインデックスの役割を果たし、しかも、物体遺留性があって、今日の指紋採取技術からすれば容易に検出が可能であるから、その性質にかんがみ極めて高度の保護が要請されるものである。そして、指紋押なつ制度は行政上必要な本人の同一人性確認の手段といわれるが、日本人が戸籍の登録事項の変更等に際して指紋等を要求されないのと同様、外国人についても同一人性確認のための他の手段をとり得るはずであり、この点を顧慮しないまま公権力が人の意思に反してこのような指紋の採取を強制する制度は憲法一三条に違反し、かつ、一六歳という若年時から指紋押なつを義務付けるという制度の継続期間、押なつ者に与える精神的打撃等の点で、品位を傷つける取り扱いを禁じた国際人権規約B規約(以下「B規約」という)七条に、さらに、私生活(プライバシー)に対する恣意的若しくは不法な干渉を禁じたB規約一七条にも違反するものである。
また、右の指紋押なつ制度は、政府の説明では、日本人とは異なり、居住関係、身分関係が不分明な外国人の同一人性の確認のために必要な制度とされてきたものであるが、原告ら永住者等は、本邦における日本人と変わらぬ生活の定着性、生活実態からして、その居住関係、身分関係は日本人と同程度に明らかであるから、少なくとも、原告ら永住者等については日本人と同様の同一人性の確認手段を講じられたはずで、これらの者に指紋押なつ制度を適用し、日本人と異なる扱いをすることは、憲法一三条、一四条、さらには国籍をはじめとするいかなる理由による差別をも禁じたB規約二六条にも違反する。平成四年改正法は、まさにこの点を確認したものである。ちなみに、B規約の解釈については、B規約二八条に規定される規約人権委員会の作成する見解及び一般的意見が唯一の有権的解釈であり、平成五年一一月四日の一般的意見では、「当委員会は、在日韓国・朝鮮人、部落民及びアイヌ少数民族のような社会集団に対する差別的な取扱が日本に存続していることについて懸念を表明するものである。永住的外国人であっても、証明書を常時携帯しなければならず、また刑罰の対象とされ、同様のことが、日本国籍を有するものには適用されないことは、規約に反するものである。」として指紋押なつ制度がB規約二六条に違反することを明言している。もっとも、右意見では直接指紋押なつ制度に言及されていないが、これはその当時は永住者等については改正法により指紋押なつ制度が廃止されていたからにすぎない。
以上のとおり、原告らの押なつ指紋は違憲、違法に採取されたものであるから直ちに廃棄されるべきものである。
(二) 平成四年改正法の施行後における押なつ指紋の保管継続の違法性
改正法は、永住者等については指紋押なつ制度を廃止し、これに代わるものとして新制度を新設したのであるから、今後、原告らが五年毎の登録の確認申請等の手続に際して指紋を押なつすることは全くなくなり、したがって、申請者本人の同一人性確認のために旧登録原票上の押なつ指紋を利用することはあり得ず、被告において押なつ指紋を保管する必要性もない。指紋情報はプライバシー固有情報であって、個人に関するプライバシー権の中でも最も重要なものの一つであるから、その制約のためには被侵害利益を上廻る強度の公共的利益の存在のみならず法律上の根拠が必要であって、仮に永住者等について指紋押なつ制度を適用してきたことが違法でなかったとしても、改正法の施行により、被告が原告らの押なつ指紋の保管を継続する正当化根拠は失われ、これを廃棄せずに保管を継続することは当然プライバシー侵害となって違法である。そして、これをしも法務大臣の裁量に含める議論は論理の逆転以外のなにものでもない。
また、被告は、永住者等のうち、新制度により登録の確認申請等を終えて新様式の登録原票が作成された者については旧登録原票上の押なつ指紋を廃棄する措置をとりながら、新制度による登録の確認申請を終えていない者については押なつ指紋を廃棄することなく保管を継続するという差別的取扱をしている。このように、新制度により登録の確認申請等の手続をとった永住者等と、その手続きをとっていない永住者等とで押なつ指紋の廃棄について取り扱いを異にするのは不合理な差別であり憲法一四条に違反する。指紋押なつ制度の廃止により過去の押なつ指紋との対照による同一人性の確認手続が一切行われなくなったのであるから、登録の確認申請等の手続を経たか否かの点で異なった措置をとることが合理的根拠のある区別とはとうていなり得ず、右は改正法施行後、登録の確認申請等をしていない者に対する一種の制裁を課すことを目的とした措置で根本的に誤っている。
(三) 押なつ指紋の廃棄請求権
原告らは、旧登録原票上の押なつ指紋が廃棄されず被告により保管され続けることにより、公権力により監視され、自らのあずかり知らぬところでそれが目的外利用されるという不安感から耐え難い人格的利益の侵害を受けている。プライバシーの権利は、個人の道徳的自律の存在として、自ら善であると判断する目的を追求して他者とコミュニケートし、自己の存在に関わる情報を開示する範囲を自ら選択できる権利、即ち、自己に関する情報をコントロールする権利として幸福追求権(憲法一三条)の一内容に含まれるものである。そして、それはその人についての情報の<1>取得採集、<2>保有及び<3>利用、伝播の各段階で問題となり、この権利の十全な実現のためには、個人情報の主体に政府諸機関の保有する記録についての具体的なアクセス権及び訂正・削除請求権を付与する必要がある。このような場合、具体的法律の規定がなくても、右のような違憲、違法な手続により採取され、またはその保管が違法である押なつ指紋の廃棄(抹消)請求権が認められるべきである。
また、人格の平等は人格の尊厳と結びつき、人は等しく扱われるべきであるとの要請を内実とし、その要請は国政のあらゆる場面で貫徹されるべき客観的原理であり、その原理にかかわる一定のものは具体的権利として国民に保障されるべきである。そして、差別された側からいえば、憲法一四条を直接の根拠として違憲な差別状態の解消に向けて、公権力に対して必要な措置をとるように請求できるというべきである。
(四) 原告らの損害
被告は、原告金煕元、同高二三、同呉光現、同金在英、同文貞実の五名については指紋の保管の継続を明言し、新制度による登録の確認申請をとった永住者等についても押なつ指紋の抹消を行政上の方針と謳いながら、実際には抹消の具体的計画はなく、登録の確認申請した永住者等についても必ずしも抹消が完了していない状況にある。以上の事情を考慮すれば、原告らの精神的苦痛ははかりしれず、これを慰謝するに足る金額は一〇万円を上廻ることは明らかである。
2 被告の反論
(一) 我が国を含む主権国家は、自国内の外国人の入国及び在留に関し、適切な管理を行う必要があり、この行政目的を達する上で必要かつ合理的なものである限り、国民と外国人との間で異なった取り扱いがなされたとしても、それが直ちに憲法ないしB規約違反とはならない。そして、指紋押なつ制度は改正前法の下で「本法に在留する外国人の登録を実施することによって外国人の居住関係及び身分関係を明確ならしめ、もって在留外国人の公正な管理に資する」(法一条)という外国人登録法の目的を達成するため、戸籍制度のない外国人の人物特定につきもっとも確実な制度として採用されたものであり、その立法目的に十分な合理性、必要性が肯定でき、この点は永住者等についても変わるところはない。
(二) そして、改正法の施行により、永住者等については指紋押なつ制度が廃止され、これに代えて新制度による登録をなすべきこととなったが、それは指紋押なつ制度を過去にさかのぼって廃止したものではなく、適法に作成された公文書である旧登録原票の一部を構成する押なつ指紋を行政庁が引き続き保管することを否定したものではない。およそ、行政庁がその行政目的を達成するために適法に収集した情報をその目的の範囲内において保管し、かつ、これを利用することは当然のことであり、法令に特別の定めのない以上、改正法の施行により直ちに押なつ指紋の保管を否定されるものではなく、公文書である押なつ指紋を含む登録原票の保管方法や保管年限等は、これを所管する法務大臣が合目的的裁量により決すべきものであって、法的根拠もなく直ちに廃棄し、効力を失わしめまたは減じるべきものではない。
(三) 被告は、新制度による登録の確認申請等を経た永住者等については押なつ指紋を廃棄しているが、これらの者については新制度による登録の確認申請等を終えたことにより同一人性確認の手段が整っているのに対し、これを経ていない永住者等については、予定される家族事項の登録等新制度による同一人性確認手段の正確性が確保されたとはいえないから、登録原票上の指紋の抹消を行うことはできない。
ちなみに、被告が、右のように一部旧登録原票上の押なつ指紋を抹消することにしたのは行政庁における合目的的な裁量の一環として選択したもので、改正法立法当時における参議院の附帯決議に鑑み、新制度により適正に登録の確認がされた者については、旧登録原票上の押なつ指紋がなくても適切な業務の運営が確保されたとの判断に達したためである。
なお、外国人登録が同一人によって継続してなされたことを最終的に担保する資料として押なつ指紋を含めた旧登録原票は必要である。外国人の在留状況を調査確認する場合、すなわち、<1>外国人の過去の居住歴や登録年月日を登録証明書に記載して証明するとき、<2>外国人が氏名その他身分事項の訂正を申し立てている場合に同一人性が維持されているかどうかを確認するとき、<3>外国人が法令に定める特別永住者かどうかを判定する場合において、本人またはその直系尊属が終戦前から引き続き本邦に在留しているかどうかを確認するときなど、登録外国人の在留の継続性が裏付けられ登録の経緯が明確となっているためには、旧登録原票を書換え済みのものにさかのぼって調査する必要があり、これら旧登録原票の記載事項の信頼性は押なつ指紋の存在により極めて高いものとなっている。
第三争点に対する判断
一 改正前法下における指紋押なつ制度について
指紋は、指先の紋様であり、それ自体では個人の私生活や人格、思想、信条、良心等個人の内心に関する情報となるものではないが、性質上万人不同性、終生不変性をもつので、採取された指紋の利用方法次第では個人の私生活上の自由あるいはプライバシーが侵害される危険性がある。このような意味で、指紋押なつ制度は、国民の私生活上の自由と密接な関係を有するところ、憲法一三条は、国民の私生活上の自由が国家権力の行使に対して保護されるべきことを規定していると解されるので、個人の私生活上の自由のひとつとして、何人も指紋の押なつを強制されない自由を有するものというべきであり、国家機関が正当な理由もなく指紋の押なつを強制することは、同条の趣旨に反して許されず、また、右の自由の保障は我が国に在留する外国人にも等しく及ぶと解される。
しかし、右の自由も国家権力の行使に対して無制限に保護されるものではなく、公共の福祉のために必要がある場合は相当の制限を受けることは憲法一三条に定められているところ、指紋押なつ制度は、外国人登録法一条の「本邦に在留する外国人の登録を実施することによって外国人の居住関係及び身分関係を明確ならしめ、もって在留外国人の公正な管理に資する」という目的を達成するため、戸籍制度のない外国人の人物特定につき最も確実な手段として制定されたもので、その立法目的の合理性、必要性を肯定でき、また、昭和二七年の外国人登録法の制定により指紋押なつ制度を採用し、昭和三〇年四月の施行以来、累次の改正立法により、制度内容も社会情勢の変容に応じた相当なものに変更されていて、右のような指紋押なつ制度を設け、これを永住者等にも適用したことが憲法一三条、一四条、B規約七条、一七条、二六条に違反するものとは考え難い(最高裁判所平成七年一二月一五日第三小法廷判決・判例時報一五五五号・四九頁参照)。
二 そこで、改正法施行後における指紋押なつの保管について検討する。
1 <証拠略>によれば、以下の事実が認められる。
(一) 指紋押なつ制度の下では、指紋は登録原票と指紋原紙に採取され、登録原票は市区町村において保管され、指紋原紙は直ちに法務省に送付されて同省が保管していた。このうち指紋原紙は、登録番号順に整理されて市区町村からの写し等の送付依頼に応じているが、五年後の通常の登録の確認申請等が済めばその都度廃棄されていた。また、市区町村に保管された登録原票は逐次累年式になっていて、七回分の登録の確認申請等により記載欄が満たされれば新たな登録原票用紙に書換が始まり、押なつ指紋の押された登録原票は法務省で回収し、それ以前の回収済み登録原票とともに昭和三四年からマイクロフィルム化が開始されて保管され、登録原票の原本は廃棄されている。
登録原票には、氏名、生年月日、国籍、登録番号、登録年月日、職業、旅券番号、上陸した入国港、旅券発行年月日、上陸許可年月日、在留資格、在留期間、出生地、国籍の属する国における住所又は居所、居住地の地番、世帯主の氏名、続柄、勤務先又は事務所の名称及び所在地の各欄のほか、変更登録欄、写真貼付欄、指紋押なつ欄等が設けられ、累次の書換や訂正等により、その記載内容は当該外国人の新規登録時から現在までの経時的、系統的な唯一の在留状況の確認資料になっており、例えば、ある外国人の過去の居住歴や登録年月日を登録済証明書に記載して証明するとき(帰化申請の場合等)、ある外国人が氏名その他の身分事項の訂正を申し立てた場合において登録外国人の同一人性が維持されているかどうかを確認する場合、ある外国人が法令に定める特別永住者か否かを判定する場合において本人又はその直系尊属が終戦前から引き続き本邦に在留しているか否かを確認するときなどは、過去にさかのぼる登録原票の記載内容が確認されている。ちなみに、平成八年度は、各市区町村の登録事務窓口から法務省に対する登録原票の記載内容についての照会は八〇〇〇件、身分事項に関する訂正件数は一万件に上っている。
(二) 昭和六二年の外国人登録法の改正により、指紋押なつ義務は原則として最初の一回限りとされ(なお、昭和四六年政令一四四号、昭和六〇年政令一二五号による指紋政令の改正により、一指の平面指紋を採取することとされている)、その後の登録の確認申請等の際における指紋押なつ義務は、同一人性に疑義がある場合等を除き義務規定の適用が免除されたため、五年毎の登録の確認申請等に際し、原則として指紋の対照により同一人性を確認することはなくなった。
(三) 平成四年改正法は、永住者等については同一人性確認の手段としての指紋押なつ制度を廃止し、一六歳以上の永住者等は、新制度による登録、すなわち、新規登録申請や登録の確認申請等の際に登録原票及び署名原紙に署名し、当該署名を登録証明書に転写することとし、さらに、登録事項として家族事項、すなわち、本邦にある父母及び配偶者の氏名・生年月日及び国籍、世帯主にあっては、これに加えて、世帯の構成員の氏名・生年月日・国籍及び世帯主との続柄を追加して登録することとなった。右のような新制度が永住者等についてのみ採用されたのは、期限の制限なく本邦に在留することのできる法的地位を有する永住者等は、生活の本拠が本邦内にあり、その家族、親族、知人等の人的情報が豊富であって、押なつ指紋による同一人性確認を求めなくとも新制度による同一人性確認が類型的に可能かつ有効であるとの趣旨によるものである。したがって、右改正前は、永住者等にあっても、登録の確認申請等に際して同一人性に疑義がある等の場合は指紋押なつを義務付け、最終的には当該指紋と登録原票上の押なつ指紋との対照により同一人性の確認を担保する制度が維持されていたが、改正後の新制度の下では、永住者等についてはすべて新制度による登録の確認申請等の際、およそ指紋を押なつすることはなく、登録申請の内容、記載事項を旧登録原票の記載と比較対照して新制度による登録を行ない、旧登録原票上の押なつ指紋を同一人性確認のために使用することは制度的に撤廃された。
(四) ところで、平成四年改正法は、平成四年二月七日、内閣提出法案として国会に提出されたが、衆参両院法務委員会における審議の中で政府委員等は次のとおり説明・答弁している。
(1) 同年三月二七日 衆議院法務委員会における提案理由説明及び第一回質疑において政府委員は「改正法が施行された後も特別永住者等が新制度に移行するまでに五年ぐらいかかりますけれども、この間は押なつ指紋と指紋原紙は保存が必要と考えております。完全に移行した後どうするかということについては、目下検討中でございます」、「指紋原紙というのは、同一人性確認の最終的チェックのためにあるわけでございまして、新しい制度に移行しますとそれは必要なくなるわけですので、五年たってしまえばそういう意味では必要なくなると思います。」と答弁している。
(2) 同年四月一〇日 衆議院法務委員会における第二回質疑において、政府委員は「永住者等について仮に新制度の方に移行した場合におきましては、完全にもはや指紋というものが使用されないという状態になりましたときは、指紋原紙についてはやはり廃棄する方向で検討しなきゃいかぬというふうに考えているところでございます」、「登録原票中の指紋というのは登録原票と一体となっておるという関係がございまして、これは登録原票の保管という中に含まれて指紋も保管されるということが一応考えられるわけでございますけれども、指紋制度が廃止されるということになりますと、その取り扱いということについてやはり何らかの措置が必要ではないかということは、我々も問題意識を持って今検討しているところでございます。」、「先ほど登録原票の今後の取り扱いについて慎重に検討していると申し上げた趣旨は、(中略)既にマイクロフィルム化した中に入っているものを果たして抹消できるのか、その措置にどういう手段が必要なのか、そしてまた、そもそも登録原票の一部になっているものを抹消することでこの制度の維持のために何らかの支障がないのだろうか、そういう点の慎重な検討が必要ということで、今後検討してまいりたいということでございます」「今回廃止するといいますか、やめるのは指紋の押なつをやめるのでございまして、過去集めた例えば指紋とかそういうもの(中略)、過去の歴史の一部として一体となっているもの、それを破棄することがいいのかどうかということも含めましてこれから検討していきたいということでございます。やめたのは指紋を押なつさせる、そういうことをやめたわけでございまして、とっているものを、とった昔のものを破棄するということ等を決めたというわけでございません」と答弁し、政府説明員は「マイクロフィルムと呼ばれているごとく、二五センチ平方のものが一センチ少し欠けるくらいのものに縮小されるわけですから、指紋部分のところを抹消するということになりますとまさしくマイクロ的な技術を要するわけでございます。少しの数ですとやってやれないことはないのですが、多数になりますと結局修正液を使いまして抹消する。また除光液をやりまして保存する。水洗いをするというような作業をするわけでございまして、指紋部分のみならずほかの身分関係、居住関係等の部分も損傷されるおそれが非常に多いわけでございます。制度の面はともかく、技術的に見ましても極めて困難といいますか、ほとんど不可能でございます」と説明している。
(3) 同年五月一四日 参議院法務委員会第二回質疑において、政府委員は「用済みのものはこれは要らないのでございますから廃棄ということになります。ただ、この指紋原票と一体となっているものでございますので、すべてこれを、一部といえども廃棄するというのがいいのかという問題もございますけれども、特にその部分を容易に廃棄できるんであれば廃棄してもいいではないかという感じもしますので、そこらあたりは検討してみたいということでございます」、「登録原票の一部となっている指紋でございますので、まとまった一つの記録の一部の廃棄という形となりますので、若干先ほどの独立した指紋原紙の廃棄とちょっと違う面がございます。ただ、いずれにしましても、もう当該部分の指紋部分というものは現実的には利用価値がないというものでございますから、もし容易に廃棄できるというのであれば、それはできないわけではございませんけれども(中略)マイクロフィルムの中の極めてミクロの世界でございますので、その部分だけ削除するといいますか、技術的な問題というものがございますので、そこで、前にも御答弁申し上げましたとおり、ちょっと検討させていただくことにしているというふうにお答え申し上げたということでございます」と答弁している。
(4) そして、参議院の法務委員会は改正法の採決に際して、「改正法により指紋押なつを必要としなくなった者の指紋原紙については、これを速やかに廃棄すること。また、それらの者の外国人登録原票の指紋部分については、今回の法改正の趣旨をふまえ、今後の措置をすみやかに検討すること。」との附帯決議をした。
(五) 法務省(入国管理局長)は、改正法施行後において、新制度に移行した永住者等の指紋原紙は一定部分をとりまとめて廃棄したものの、当初は旧登録原票上の押なつ指紋は廃棄せず、また、平成五年一二月二七日、書替え済旧原票の回収についてと題する通達(法務省管登三二七二号法務省入国管理局長の都道府県知事宛通達)を発出し、改正法施行後から平成五年一二月末日までに新制度による登録の確認申請等を経た者の旧登録原票を回収しマイクロフィルム化していたが、その後、永住者等について改正法に基づく新制度による登録の確認申請等への移行状況が順調で登録行政に支障がないとの行政判断から、新制度に移行して新様式の登録原票に書き換えられた者の旧登録原票上の押なつ指紋を廃棄する方針をとり、平成九年四月一日以降、マイクロフィルム化した旧登録原票を一度印字して押なつ指紋を抹消した上、さらにマイクロフィルム化する方法で抹消を開始し、その結果、永住者等のうち、新制度による登録の確認申請等の未了者と登録の確認申請等を終えて新制度による登録原票に書き換えられた者の間に押なつ指紋の抹消の取り扱いに差異が生じることとなっている(なお、改正法附則一〇条によれば、永住者等は改正法施行後は、登録の確認申請期間が到来する前であっても、いつでも右申請をして新制度に移行できることになっている)。
2 右認定事実に基づき判断する。
(一) 改正法施行後における押なつ指紋利用目的の存否
元来、公権力の行使に対して保護されるべき個人の私生活上の自由あるいはプライバシーに関わる情報が、公共の福祉のため必要があるとして、これを許容する一定の法律に基づき刑罰を背景にその意を問わずに収集される場合、その収集は当該合理的な目的と関係づけられて収集が許容されているのであるから、このようにして収集された情報の公権力による利用は、適法に収集・獲得されたとの理由をもって自由な利用が許されるものではなく、当該根拠法律が示した目的、またはその目的と両立するこれに準じた目的のために限定されるべきであり、法制度の改変により右のような目的が失われた場合は、以後、公権力が当該私生活上の情報を利用する根拠も失われるというのが相当である。
そして、指紋は、その利用方法次第では個人の私生活上の自由あるいはプライバシーが侵害される危険性がある情報であるにもかかわらず、指紋押なつ制度により押なつ者の意に反してその採取を制度として許容したのは、我が国民と異なり戸籍制度や住民基本台帳制度のない外国人の公正な管理を行うため、登録外国人の特定、登録された外国人の登録上の同一人性、登録上の外国人と当該在留外国人の同一人性を指紋の特性を利用して識別するという技術的要請からやむなく設けられたものであることは前判示のとおりであるから、改正法により永住者等についての代替制度が考案されて指紋押なつ制度が廃せられ、以後の登録行政において旧登録原票上の押なつ指紋を右のような同一人性の識別に利用することがなくなったからには、押なつ指紋を利用する目的は失われたというのが相当である(被告は、押なつ指紋が存在することが公文書としての旧登録原票の証明力を高めているから、これを廃棄せずに保持する必要性がある旨主張し、片山証人はこれに副う証言をするが、旧登録原票の証明力を維持すること自体は外国人登録法の制定目的に合致するにせよ、押なつ指紋を右のような登録原票の証明力維持の目的に利用することは、指紋押なつ制度の制定目的からすれば第二義的・間接的であって同制度の予定する目的に適うか否かははなはだ疑問であり、この点をさて措いても、旧登録原票の記載は累次の登録の確認申請等の際、その都度出頭者と登録外国人の同一人性が確認され、その記載自体がすでに系統性、連続性を累積確保しているとみられ、事柄の性質上、押なつ指紋の有無によりその証明力が増減するものとは容易に考え難く、この点は、前記国会審議における政府委員の答弁から窺われる所管行政庁の認識に照らしても疑いの余地がないといわねばならない)。
(二) 指紋押なつ制度の廃止と押なつ指紋の廃棄義務
そこで、原告らは、永住者等についての指紋押なつ制度が廃止されたからには、被告がこれを廃棄せずに保管を継続する行為は直ちに違法となる旨主張するが、被告による押なつ指紋の保管は、少なくとも、改正前法施行時までは適法になされていた保管の継続状態であって、改正法施行後新たに保管行為を開始したのではないから、右は押なつ指紋を廃棄しないという不作為を指すものといわねばならず、このような被告の不作為を捉えて国家賠償法一条にいう違法な公権力の行使に当たるというためには、改正法施行後に被告が押なつ指紋を廃棄すべき法律上の作為義務を負担していることを要し、指紋押なつ制度が廃止されたとの一事をもって、押なつ指紋を廃棄しないという不作為が違法行為を構成するとは解し難い。けだし、永住者等についての指紋押なつ制度の廃止は、過去にさかのぼって制度を廃止したものではないから、右は改正法施行後における指紋の収集、利用を制度として廃止したものにすぎず、当然には廃棄を義務づける根拠とはならないからである。原告らが強調する、法律上の授権により押なつ指紋が強制的に収集されたとの収集経過や、現在では利用目的を欠いているとの事情は、次に検討される作為義務の有無の判断において考慮されるべき一事情にすぎないというべきである。
進んで、改正法施行後、被告に押なつ指紋の廃棄を義務づける法律上の作為義務の有無を検討するに、このような作為義務を発生させる法源は、法令、契約、慣習ないし条理に求められるべきであるところ、その廃棄を命ずる法令、契約、慣習の存しない本件にあっては、被告に、条理上の作為義務が課せられているか否かについての検討を要し、右のような作為義務の存否は、不作為を放置することにより生ずる加害の態様、程度、原告らが被る不利益の性質、態様、程度等諸般の事情を綜合考察し、そのような不作為を放置することが法秩序ないし法体系のなかで許容されない程度に達しているか否かにより決するのが相当である。
これを本件についてみるに、指紋は、形状それ自体では個人の私生活や人格、思想等個人の内心に関する人格的価値を直接表象するものではなく、むしろ、これを識別項目とする別途の情報と結びつけられた使用がなされることによりはじめて個人の私生活あるいはプライバシーを侵害するという性格を帯有するにすぎないものであって、その意味において、憲法一三条により保障される私生活上の自由ないしプライバシー固有情報とはいい難いこと、また、原告らの強調する指紋の採取と保管の継続状態では、採取して保管を継続するとの事実の連続性があり、採取における押なつ者の心理的負担は改正法において配慮されたとおり強いものではあるが、廃棄しないという不作為は、指紋の採取のように新たに個人の私生活上の自由権との関係で問題となることはなく、その心理的負担は、これを萎縮的効果と呼ぶかどうかはともかく、指紋の採取の側面と比較して考えると大きいものではないといえること、そして、押なつ指紋は、先のように本来的に行政の内部で同一人性の確認資料として使用されて公表は予定されず、改正法の施行前後を通じて法務省においてマイクロフィルム化されて厳格に保管されていること(なお<証拠略>によれば、被告は、旧登録原票を非公開とし、押なつ指紋については、所管事務の遂行に必要な限度を超えないものとして、登録外国人の同一人性が問題となる外国人登録法違反、入管法違反被疑事件に限定して刑事手続に則る指紋照会に応じているが、それ以外の他目的利用は、一般刑法犯の捜査照会を含めて厳に排している旨を国会答弁で明確にしていることが認められる)を指摘できる。これに加え、改正法は、永住者等については指紋押なつ制度を廃し、代替制度として新制度を設けたのであるが、改正前後を通ずる右両制度は、いずれも、外国人登録法に基く在留外国人の公正な管理という行政目的を達するため、同一人性の識別に必要な資料を制度的に確保するという同一の目的・趣意に出たものであることは改正の経過から明らかであり、同時に、改正法施行後、法定の五年間の登録の確認申請期間内にすべての永住者等が改正法の趣旨に従い新制度による手続きを了し、旧登録原票が新制度による新たな様式の登録原票に書き換えられ、永住外国人等については指紋押なつ制度による同一人性確認の手段から新制度による同一人性確認の手段に円滑に移行し、もって登録行政の連続的な遂行が確保されることを制度として予定していると考えられるところ、被告は新制度に基く新様式の登録原票が備えられた永住者等については旧登録原票から押なつ指紋を分離して廃棄し、いまだ新たな登録登録原票が備えられていない永住者等に限定して右の措置をとらないことを方針としていることは前記認定事実のとおりである。
そして、以上のような押なつ指紋の特質、これを廃棄しないことにより押なつ者に与える心理的影響の程度、現在までの押なつ指紋の保管方法・期間、今後の保管予定期間等を総合考察すれば、押なつ指紋の収集経過並びに原告ら永住者等について指紋押なつ制度が廃止された点を十分に勘案しても、新制度に移行するまでの過渡期にある現在、いまだ新制度による同一人性確認の手段が確保されていない永住者等について前の確認手段の一部であった押なつ指紋を廃棄させる法的な作為義務までは肯認し難く、したがって、被告の前記取扱方針は行政裁量としての当否は別論として、違法な措置とはいい難い。
(三) また、以上の経過で、改正法に基づく新制度に移行した者と移行していない者との間で、被告による押なつ指紋の廃棄の取り扱いの差異を生む結果となっているが、右は前示経過により生じた取扱上の差異にすぎず、不合理な差別扱いとすることはできない。
(四) 原告らは、いわゆる自己情報コントロール権に基き、押なつ指紋の廃棄請求権が認められるべきであると主張するが、仮に原告ら主張のごとく、憲法上、自己情報コントロール権が保障されているとしても、原則として実体法規による立法をまたなければ、その請求権者、範囲、手続等の範囲が明確とならず、権利としての具体性を認めることは困難である。そして、本件では、前述のとおり、被告による押なつ指紋の保管継続状態を違法とは認め難い以上、廃棄請求権を認める余地も存せず、この点の原告らの請求も失当である。
三 以上のとおりであってみれば、原告らの請求は失当としていずれも棄却を免れない。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判官 渡邉安一 今井攻 武田正)
指紋押捺目録<略>