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大阪高等裁判所 平成10年(ネ)2036号 判決 1999年6月25日

控訴人

四井智恵美

外二名

右三名訴訟代理人弁護士

國弘正樹

被控訴人

山治合名会社

右代表者代表社員

山中紘子

被控訴人

水谷須美子

信岡富子

右三名訴訟代理人弁護士

明尾寛

臼山正人

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

二  被控訴人山治合名会社は、控訴人ら各自に対し、七〇〇〇万円、及びこれに対する平成八年六月三〇日から支払いまで年五パーセントの割合による金員を支払え。

三  被控訴人水谷須美子と被控訴人信岡富子は連帯して、控訴人ら各自に対し、二〇〇万円、及びこれに対する被控訴人水谷須美子については平成九年五月九日から、被控訴人信岡富子については平成九年五月八日から、それぞれ支払いまで年五パーセントの割合による金員を支払え。

四  被控訴人水谷須美子と被控訴人信岡富子に対するその余の請求を棄却する。

五  訴訟費用は第一、二審を通じ、控訴人らと被控訴人山治合名会社との間で生じたものは全て同被控訴人の負担とし、控訴人らと被控訴人水谷須美子・被控訴人信岡富子との間で生じたものは七分しその五を控訴人らの連帯負担、その二を同被控訴人らの連帯負担とする。

六  この判決は二、三項に限り仮に執行することができる。

事実及び争点

第一 申立

一 控訴人ら

1 原判決主文二項を取り消す。

2 被控訴人山治合名会社(以下「被控訴人会社」という。)は、控訴人ら各自に対し、六九〇〇万円、及びこれに対する平成八年六月三〇日から支払いまで年五パーセントの割合による金員を支払え。

3 被控訴人水谷須美子(以下「被控訴人水谷」という。)と被控訴人信岡富子(以下「被控訴人信岡」という。)は、連帯して控訴人ら各自に対して、七〇〇万円、及びこれに対する被控訴人水谷については平成九年五月九日から、被控訴人信岡については平成九年五月八日から、それぞれ支払いまで年五パーセントの割合による金員を支払え。

4 仮執行宣言

第二 事案の概要

一 本件は、被控訴人らの処分禁止の仮処分の被保全権利が本案訴訟において、否定されたとして、仮処分の債務者である控訴人らが、債権者である被控訴人らに対し、仮処分の不当執行によって、控訴人らが被った損害の賠償を求めた事案である。

二 争いのない事実等

1 亡山中幾治郎(明治四五年生まれ、昭和五七年一〇月五日死亡、以下「亡幾治郎」という。)は、亡山中つるえ(大正二年生まれ、平成元年四月二七日死亡、以下「亡つるえ」という。)と婚姻し、亡山中清久(昭和六〇年三月一四日死亡、以下「亡清久」という。)、及び控訴人ら三名の子を儲けた。亡清久は、現在被控訴人会社の代表社員である山中紘子(以下「紘子」という。)と婚姻し、被控訴人水谷及び同信岡二名の子を儲けた。

2 亡つるえは、生前に原判決別紙物件目録記載の各土地(以下「本件各土地」という。)を所有していた。(甲イ二ないし四、甲ロ二、四)

3 亡つるえは、昭和六二年一一月六日公正証書により、次の遺言をした(甲ロ三)。

本件各土地を控訴人ら三名に相続させる。

亡清久には昭和二五年七月二〇日に、将来の生活の資金として、武庫郡鳴戸町鳴子字渡瀬<番地略>宅地335.97平方メートル(これはのちに西宮市鳴尾町一丁目三九番宅地335.97平方メートルとなった。以下「三九番の土地」という。)を与えてある。

4 亡つるえは平成元年四月二七日に死亡した。

5 控訴人らは右遺言に従い、本件各土地につき、持分各三分の一とする所有権移転登記をうけた(甲イ一〇ないし一二、六五、甲ロ九、一〇)。

6 被控訴人会社は、平成元年七月二九日、控訴人らを債務者として、神戸地方裁判所尼崎支部に不動産仮処分を申請し、被保全権利として、主位的には被控訴人会社が亡幾治郎から原判決別紙物件目録一ないし三の土地(以下「本件土地一ないし三」などと略す。)の贈与または現物出資を受け、その所有権を有すること、予備的には被控訴人会社は昭和二九年一一月一日から本件土地一ないし三を善意、無過失に自主占有しており、被控訴人会社がその土地の所有権を時効取得したと主張し、保全の必要性として、控訴人らが亡つるえの相続税を支払うために本件土地一ないし三を第三者に売却することを画策していると主張した(乙一)。

同支部はこれに基き各控訴人らにそれぞれ七〇〇〇万円の担保を立てさせたうえ、平成元年八月二日に処分禁止の仮処分(以下「本件仮処分甲」という。)を発令し(甲イ一)、その執行として、同月四日、本件土地一ないし三に、譲渡、質権、抵当権、賃借権の設定その他一切の処分を禁止する旨の登記(以下「本件仮処分登記甲」という。)が経由された。

7 被控訴人会社は、控訴人らに対し、神戸地方裁判所尼崎支部に、本件土地一ないし三の所有権移転登記手続等請求事件を提起した。控訴人らは弁護士を代理人に選任してこれに応訴すると共に、右土地上の建物収去土地明渡しの訴を提起した。

同支部は、平成六年九月二九日、判決を言い渡したが、その内容は、被控訴人会社の本件土地一ないし三の所有権を否定し、その移転登記請求を棄却し、被控訴人会社に本件土地二、三の上にある公衆浴場、居宅を収去し土地の明渡しを命じるものであった。平成七年九月一四日、当庁において、右判決に対する控訴を棄却する旨の判決言渡がなされ、平成八年五月二八日、最高裁判所において、右事件に関する上告が棄却され、一審判決が確定した(甲イ二ないし四)。

8 被控訴人会社は右敗訴判決確定後に、本件仮処分甲を取り下げ、平成八年六月一二日、本件仮処分登記甲は抹消された。

9 被控訴人水谷及び同信岡は、共同して弁護士を代理人として、平成元年八月二日、控訴人らを債務者として神戸地方裁判所尼崎支部に不動産仮処分を申請し、被保全権利として被控訴人水谷及び同信岡の遺留分減殺請求により、本件土地四及び五に各一六分の一の持分があると主張し、保全の必要性として、控訴人らが亡つるえの相続税を支払うために本件土地四及び五を第三者に売却することを画策し始めたと主張した(甲ロ五)。

同支部はこれに基き本件土地四及び五の各共有持分につき被控訴人水谷及び同信岡につき各自一六分の一(被控訴人水谷及び同信岡らを併せると八分の一)に処分禁止の仮処分(以下「本件仮処分乙」という。)を発令し、その執行として、同年八月八日、控訴人らの本件土地四及び五の控訴人らの各共有持分の四八分の一につき、譲渡、質権、抵当権、賃借権の設定その他一切の処分を禁止する旨の登記(以下「本件仮処分登記乙」という。)が経由された。

10 控訴人らは、平成元年一〇月二日、大蔵省に対して、相続税等の債務各一億九五四三万三五〇〇円(相続税一億三〇二三万四七〇〇円、利子税額六五一九万八八〇〇円の合計)と延滞税を各被担保債権とする本件土地四及び五の各持分に抵当権を設定して(以下「本件抵当権」という。)、同二年六月一六日、登記を済ませた(甲ロ九、一〇)。

11 被控訴人水谷及び同信岡は、平成三年三月九日、控訴人らに対し、遺留分減殺請求権を行使する意思表示をした(甲イ四)。

12 被控訴人水谷及び同信岡は、控訴人らに対し、訴えを提起し、訴えの変更後は、本件土地四、五につき、遺留分減殺により被控訴人らは各一六分の一の持分を取得したとして、一次的には控訴人ら各自に四八分の一の持分の移転登記を求め、第二次的には右10の抵当権設定がされていることを考慮して、民法一〇四〇条による価額弁償金の支払いを求めた。控訴人らは弁護士を代理人として応訴した。

控訴審である当庁において、平成九年二月一八日に言い渡された判決は、本件土地四及び五につき、亡清久(つまり被控訴人水谷及び同信岡二名分)の遺留分として、三三万六四五〇分の三五九一の持分が認められたが、前記抵当権設定がされているから、持分の移転登記は求められないとして第一次的請求を全て棄却し、右持分に相当する価額弁償金の支払を命じ、その余の請求を棄却した。この判決は確定した。

13 右判決が遺留分の割合を認定した理由は次のとおりであった。

亡つるえは生前に亡清久に三九番の土地を贈与していた。亡つるえ死亡時の評価額は、本件土地四及び五の合計が三三億六四五〇万円、三九番の土地が四億三九六〇万円で、その合計金額は三八億〇四一〇万円である。亡清久の遺留分額は、三八億〇四一〇万円に八分の一を乗じた額から右四億三九六〇万円を控除した額三五九一万円である。したがって、亡つるえの遺産に占める亡清久の具体的遺留分は、三三万六四五〇分の三五九一となる。

14 被控訴人水谷及び同信岡は、右判決が確定したことにより、本件仮処分乙申請を取り下げ、同年四月二一日、本件仮処分登記乙は抹消された。

三 争点

1 本件仮処分甲の債権者の被控訴人会社には、右仮処分が違法であることにつき過失があるか。

(一) 被控訴人会社

本件土地一ないし三を第三者から取得した当時、亡幾治郎経営の山治木材商会が自己の木材置場として独占的に占有していたこと、右使用に関して亡つるえに対して対価が支払われていなかったこと、本件土地一ないし三の使用・占有は昭和二九年一一月一日被控訴人会社が設立されると同時に同被控訴人が承継したが、亡つるえから何らの異議が出ていなかったこと、昭和三六年五月、被控訴人会社が本件土地二及び三の地上にアパートを新築する際に作成・提出した建築確認申請書には、敷地である本件土地二及び三につき、自己所有と記載されていたこと(乙二の3)、さらに、昭和四二年、被控訴人会社が本件土地一の地上に倉庫兼事務所を建築する際にも、自己所有であるとして、建築確認申請をしたこと(乙二の1)など被控訴人会社の前身である山治木材商会が本件土地一ないし三の購入日から自主占有していたと考えられたこと、被控訴人会社の設立経過をみても、同社は亡幾治郎の個人企業であり、その財産関係自体が亡幾治郎及び亡つるえ夫婦、亡清久及び紘子(現被控訴人会社の代表者)夫婦、控訴人ら家族間の法律関係の一つであって、その名義では真実の所有者を判定することには困難が伴うので、本件土地一ないし三は亡つるえの所有には属さないと考えることに過失はなかった。

(二) 控訴人ら

本件仮処分甲の申請については、本件土地一ないし三が被控訴人会社の資産として計上されていなかったことから(甲イ六一、六二)、被控訴人会社の代表社員であった亡清久、その父で被控訴人会社代表社員であった亡幾治郎が死亡したのち昭和五七年一一月に賃貸借を認める旨の書面(甲イ一四)を作成しており、その際には紛争もなく、本件土地一ないし三が亡つるえに帰属していることは問題とはされていなかった。

また、被控訴人会社の本件土地一ないし三の使用権限は使用貸借であり、控訴人らが亡つるえから相続によって取得する以前から、亡つるえによってその終了が争われている状態であったから、本件土地一ないし三が被控訴人会社の所有でないことが明らかであり、被控訴人会社にも亡つるえの所有であることが明確に判っていたはずである。したがって、被控訴人会社には故意ないし少なくとも過失があった。

2 本件仮処分乙は違法か。

(一) 控訴人ら

本件仮処分乙の本案訴訟において、本件土地四及び五につき、控訴人ら各自が、被控訴人水谷及び同信岡それぞれに対して、八五万円の価額弁償の支払が命じられただけであり、僅かの具体的遺留分しかないのに法定の遺留分全部になされた本件仮処分乙は実質的に違法である。

また、遺留分減殺請求訴訟においては、最終的には価額弁償がなされるのであるから、被控訴人水谷及び同信岡らの権利は、究極的には金銭債権に過ぎず、控訴人らの資力が充分であれば、遺留分減殺請求する目的物の持分について、処分禁止の仮処分を求める必要性はなく、現に認められた価額弁償であれば、不動産を処分する必要もなく、十分支払いが可能であり、控訴人らにその程度の資力のあることは、被控訴人水谷及び同信岡らは十分知っていた。

そして、被控訴人会社により本件土地一ないし三について本件仮処分甲が申請されたのと併せて考えると、本件各仮処分により控訴人らが亡つるえから遺贈された本件各土地全ての処分が禁止され、その結果、相続税の支払いができなくなったのである。被控訴人水谷及び同信岡らは、被控訴人会社と意思を通じて、控訴人らの亡つるえから遣贈を受けた本件各土地を処分できなくするために、これを狙って、仮処分申請をしたものであって権利の濫用で違法である。

(二) 被控訴人水谷及び同信岡

本件仮処分乙の本案訴訟において、被控訴人水谷及び同信岡の遺留分減殺によりその共有持分権は肯定されたのであり、本件仮処分乙は違法ではなかった。

3 本件仮処分乙の債権者の被控訴人水谷及び同信岡には、右仮処分が違法であることにつき過失があるか。

(一) 被控訴人水谷及び同信岡

本案訴訟において被控訴人水谷及び同信岡の遺留分減殺によりその共有持分権は肯定されたのであるから過失は推定されない。亡つるえの遺言公正証書自体が控訴人らの影響下で作成されたものであって、その文言に拘わらず、長年にわたる家族の生活歴に照らして、生前贈与の持ち戻し免除の意思表示が問題となることの事情もあったのであるから、具体的遺留分によらず法定の遺留分割合で処分禁止の仮処分を求めその執行をすることは権利の行使であり、その本案訴訟の結果、被保全権利として具体的遺留分割合が僅かであったとしても被控訴人水谷及び同信岡に過失はなかった。

(二) 控訴人ら

控訴人らは、本件仮処分乙について、被控訴人水谷及び同信岡の主張する遺留分減殺請求について具体的遺留分は抽象的遺留分額より著しく減じた額となるところ、亡つるえは、昭和二五年二月二〇日、亡幾治郎との間の長男で被控訴人水谷及び同信岡の父である亡清久に対して、三九番の土地等を生前贈与しており、亡つるえの遺言公正証書には右土地を亡清久に生前贈与した趣旨の遺言書の記載もあった(甲ロ三)。亡清久への生前贈与により本件土地四及び五については、一六分の一の具体的遺留分はないのに、本件仮処分乙を申し立て、その本案裁判の結果によっても、被控訴人水谷及び同信岡一人当たりの具体的遺留分額は二五五万余円しかならず、結局、僅かの具体的遺留分の執行確保のために本件土地四及び五の土地の一六分の一について合計して一億三九三七万五〇〇〇円相当の仮処分を執行したことになる。

このように、被控訴人水谷及び同信岡は具体的遺留分が相当程度低額であることを知っていたのに控訴人らが相続税を支払えなくするために、被控訴人会社と通謀して、本件仮処分乙を申請したのである。

4 本件各仮処分の処分制限により本件土地一ないし五を売却することができなくなったといえるか(本件各仮処分と損害との因果関係、損害の範囲)。

(一) 控訴人ら

(1) 本件土地二及び三には、被控訴人会社の所有する公衆浴場及びアパートが存在し、右アパートには第三者の賃借人が居住していた。本件土地一ないし三の所有者は亡つるえであり、被控訴人会社の本件土地一ないし三の使用権限は使用貸借であって、既に控訴人らが相続によって取得する以前から、既に亡つるえによってその終了が争われている状態であった。しかも使用貸借契約の負担のついた土地を取得した第三者は、前所有者の使用貸人としての地位を承継するものではない。不動産を売却するに当たり事実上の障害はあるにせよこのような障害は価格面で顧慮すれば足りるし、また、控訴人らが、本件各土地を相続税の支払いのために処分しようとした当時は、いわゆるバブル時代であり、本件土地一ないし三の処分は容易であった。したがって、本件各仮処分の結果、本件各土地を売却することができなくなったものであり、本件各仮処分と本件各土地の値下がりによる損害との間には因果関係がある。また、本件土地一は、本件仮処分甲申請当時、更地であって駐車場として使用していたのであり、売却に困難はなかった。

(2) そして、本件各土地の価額は大阪圏の商業地、住宅地の地価動向と平行して推移しており、平成元年から平成三年にかけて、急激な上昇をし、さらに平成三年を頂点に、その後急激な値下がりをした後、平成六年以降平成九年に至るまでなだらかな下落傾向を示している。本件各土地について、平成元年八月から平成八年六月までの地価の下落額は以下のとおりである。

① 本件土地一につき 一平方メートル当たり五五万一六七一円、総額四億二七〇〇万円以上

② 本件土地二及び三につき 一平方メートル当たり三五万二九九四円、総額五億七三〇〇万円以上

③ 本件土地四につき 一平方メートル当たり五五万一七一一円、総額五億四四〇〇万円以上

④ 本件土地五につき 一平方メートル当たり九万四五六三円、総額二六〇〇万円以上

となり、地価下落の総額は一五億七〇〇〇万円以上となる。

(3) 控訴人らは、本件仮処分甲により本件土地一ないし三の処分が不可能となったために、本件土地一ないし三を売却して相続税を支払えなくなり、相続税の納付につき延納申請をして相続税を分割して納付せざるを得なかった。その後、平成六年いわゆる特例物納(租税特別措置法七〇条の一〇)が認められた。その特例の内容は、①昭和六四年一月一日から平成三年一二月三一日までに相続または遺贈により財産を取得した個人で、相続税を延納している者、②延納税額の納期限が来ていないもののうち、延納によっても金銭で納付することを困難とする金額、等の要件を満たしたときに、延納から物納への切り替えを認めるものである。

平成六年九月三〇日、控訴人らが本件土地一ないし三を物納するまでの間、控訴人ら各自が負担することとなった二七〇七万〇七〇〇円の利子税の負担は、本件土地一ないし三の処分がなされて相続税を一括で納付していれば、負担する必要のない税負担であり、これは被控訴人らの本件仮処分甲による損害である。そして、被控訴人会社の代表者である紘子は、控訴人らの兄である亡清久の妻であり、控訴人らの生活状況を知っており、相続した不動産の評価額が数十億円にも上るものであり、控訴人らが相続した本件各土地の一部を処分しなければ、相続税の支払いができないことも知っていた。被控訴人水谷及び同信岡はその娘であり、これらの事情を知りつつ本件土地四及び五に本件仮処分乙を申請したものである。このように、控訴人らが本件各仮処分により、本件各土地を処分できなくなったことにより生じた損害は通常損害であり、被控訴人らにおいて、予見可能であったのであるからその賠償をすべきものである。

(4) 控訴人らは、本件仮処分甲がなければ、本件土地一を第三者に貸して賃料を取得することが可能であったところ、利用できなかった平成元年一〇月一日から平成八年一二月三一日まで賃料相当損害金として一か月当たり六八万一〇〇〇円であり、その合計金は五九二四万七〇〇〇円に達する。しかるに、被控訴人会社は、訴外株式会社田口産業から本件仮処分甲の保証金二億一〇〇〇万円を借りるに当たって、本件土地一を賃貸したものである。

(二) 被控訴人ら

(1) 控訴人らが本件土地一ないし三を第三者に売却できなかったのは、本件土地二及び三の地上建物に多数の第三者が存在し、このような低額の賃料の取得を目的として本件土地一ないし三を取得しようとする者が存在しないからであり、本件土地一ないし三を売却できなかったのは本件仮処分甲によるものではなく、売却できるような権利関係ではなかったからである。

相続税を延納せざるを得なかったという点についても、少なくとも控訴人らは、その財産状態を明らかにしたうえで、他に支払うべき財産がなかったことを主張立証すべきである。

(2) 控訴人らは、本件仮処分甲により土地の所有権を喪失したわけではなく、その処分制限がなされたに過ぎない。控訴人らが利用する権限には何らの制約も加えられていない。したがって、損害の発生として考えられるのは、本件仮処分甲の対象である本件土地一ないし三を賃貸する具体的な計画があったが、これが頓挫した場合だけである。そして、このような特別損害について損害賠償を求めようとすれば、その予見可能性が必要であると解すべきであり、その点についての本件仮処分甲と本件土地一ないし三の処分可能性についての因果関係の主張立証の必要があるのである。そして、本件土地一ないし三の売却の計画と土地を賃貸する計画とは矛盾するものであり、そのような計画はなかった。

5 弁護士費用の損害の範囲

(一) 控訴人ら

被控訴人らは、共同して、控訴人らが本件各土地を処分することを妨害した。そのため、控訴人らは、本件各土地に対する本件各仮処分の取消と、本件各土地の権利を確保すべく、被控訴人会社から提起された所有権移転登記手続等請求事件、紘子、被控訴人水谷及び同信岡より提起された所有権移転登記更正登記手続請求事件、被控訴人水谷及び同信岡より提起された土地共有持分存在確認等請求事件の応訴に当たり弁護士に委任した。

右訴訟手続は、いずれも本件違法不当な仮処分の執行によって妨害された本件各土地の権利確保(処分権能の回復)の必要のために追行せざるを得なかったものであり、控訴人らとしては、権利を回復するためにこれらの事件を弁護士に依頼せざるを得なかったものであり、これらの費用は、被控訴人らの違法不当仮処分申請とその執行を排除するために必要であったから、因果関係がある。

控訴人らが依頼した弁護士からは、その費用として五七〇〇万円の報酬を請求されている。

(二) 被控訴人ら

弁護士費用は請求を受けただけであるうえ、現在まで控訴人らは、たびたび弁護士と対立し、解任を繰返してきたもので、本件の依頼を受けた弁護士とも問題を起こし、報酬を支払う意思を見せないため高額の請求を受けたものであって、本件各仮処分との因果関係はない。

理由

第一  被控訴人会社に対する請求について

一  被控訴人会社の仮処分甲申請の違法性

右仮処分申請の被保全権利は本案訴訟で存在しないものと確定されたから、この仮処分を申請し、執行解放まで維持した被控訴人会社の行為は違法である。

二  被控訴人会社の無過失

1  証拠(甲イ二ないし四、七ないし九、一三の一、一四、一五、一七、二〇、二三の1ないし3、三一の1、2、四一の1、2、四二の1、2、四三の1、2、六一、六二、六三、甲ロ三、一八、二三、三二、五四、乙一、二の1及び3)及び弁論の全趣旨によると、次の事実が認められ、この認定を覆すに足る証拠はない。

(一) 亡つるえが本件土地一ないし三を第三者から取得した当時には、亡幾治郎経営の山治木材商会が自己の木材置場として独占的に使用していた。亡幾治郎は亡つるえに対し、右使用に関して対価を支払っていなかった。

(二) 本件土地一ないし三の使用・占有は昭和二九年一一月一日被控訴人会社が設立されると同時に被控訴人会社が承継した。被控訴人会社は、本件土地一に、昭和四二年に倉庫兼事務所を建築して製材業を営み、本件二、三の土地には、昭和三五年に公衆浴場用建物を建築して営業し、昭和三六年には共同住宅を建築してアパート業を営んで来た。被控訴人会社はこのような被控訴人会社の使用について、亡つるえに使用の対価を支払っていなかった。

(三) 亡つるえから右(一)(二)の使用につき異議を述べなかった。

(四) 昭和三六年五月、被控訴人会社が本件土地二及び三の地上にアパートを新築する際に作成・提出した建築確認申請書には、敷地である本件土地二及び三につき、自己所有と記載されていた。

(五) 昭和四二年、被控訴人会社が本件土地一の地上に倉庫兼事務所を建築する際にも、本件土地一を自己所有であるとして、建築確認申請をした。

(六) 被控訴人会社が所有権取得原因として主張した贈与、現物出資を裏付ける書証は、その当時も仮処分当時もなかった。

(七) 本件土地一ないし三の土地については、被控訴人会社の会社資産として計上されていなかった。

(八) 本件土地一ないし三の登記簿上の所有名儀は、亡つるえにあった。亡つるえは昭和六一年六月九日に本件土地一ないし三を控訴人らのために売買予約を原因とする仮登記を経由していた。

(九) 昭和五七年亡つるえと被控訴人会社の代表社員であった亡清久との間で、被控訴人会社が本件土地一ないし三を賃借する契約書が作成され、そのころから帳簿上は賃料が亡つるえに支払われた扱いとされていた。

(一〇) 亡つるえは本件土地二及び三を含む本件各土地を自己の所有する財産として、遺言公正証書により、控訴人らに相続させる旨の遺言をしていた。

控訴人らにおいて右土地が被控訴人会社の所有であることを認めるような言動をしたことはない。

2  以上1(一)ないし(五)の事実は被控訴人会社に有利な事情であるが、(六)以降の事実をも考慮すると、被控訴人会社が本件土地一ないし三を自己の所有と信じるのが相当であるとか、被控訴人会社が本件仮処分甲の申請・維持が違法であることにつき無過失であったとすることはできず、他にそのように判断すべき事情は認められない。

三  損害

1  証拠(甲イ六、一〇、二一、二二、二四、二八、二九、三〇、甲六七、七三ないし八一)と弁論の全趣旨によると次の事実が認められる。

(一) 地価公示法二条一項の規定により国土庁土地鑑定委員会が判定した次の標準地の正常な価格は次のとおりである。基準時期は各年一月一日、価格単位は一平方メートルあたり、千円

標準地番号「西宮五・七」(所在地…西宮市甲子園口三丁目三九三番二)平成五年まで

標準地番号「西宮五・七」(所在地…西宮市甲子園口二丁目一八九番)平成六年から

標準地番号「西宮五・九」(所在地…西宮市笠屋町二五八番)平成五年から

標準地番号「西宮二六」(所在地…西宮市小松東町三丁目一三番)平成四年まで

標準地番号「西宮二六」(所在地…西宮市小松東町三丁目一六番)平成五年から

標準地番号「尼崎三二」(所在地…尼崎市元浜町二丁目六五番五)

「西宮五・七」「西宮五・九」「西宮二六」「尼崎三二」

平成元年 一七四〇     五六三  三五〇

平成二年 二三三〇     七四〇  四八五

平成三年 二六〇〇     八〇四  五二〇

平成四年 一九七〇     六二四  三九五

平成五年 一四五〇 七一〇  四五三  三〇五

平成六年 一一三〇 五八〇  三七六  二八二

平成七年 九六〇 五一五  三六三  二七七

平成八年 七八〇 四五八  三四四  二七三

平成九年 六八〇 四二〇  三二九  二七〇

(二) 右基準地価格のうち、本件各土地と位置、現況、周辺、土地使用状況、前面道路、都市計画法ほかの制限などの点で類似し、本件各土地の評価に大いに参考となる土地はつぎのとおりである。

本件土地一につき、「西宮五・九」

本件土地二、三につき、「西宮二六」

本件土地四につき、「西宮五・七」と「西宮五・九」

本件土地五につき、「尼崎三二」

(三) 本件土地一の一平方メートルあたりの完全所有権価格は次のとおりである。

平成元年四月二七日、

九九万九九四八円

平成二年一二月一日、

一二九万九九四五円

平成七年一〇月一日、

五〇万六〇〇〇円

(四) 本件土地二及び三を一体として評価したときの、一平方メートルあたりの完全所有権価格は次のとおりである。

平成元年四月二七日、

九〇万七六七五円

平成二年一二月一日、 一一八万円

(五) 本件土地一ないし三の上の建物の価格は、平成元年四月二七日、平成二年一二月一日、それ以降のどの時点でも、〇円である。

(六) 本件土地二及び三の使用借権割合は完全所有権価格の二〇パーセント、借地権割合は完全所有権価格の五五パーセントである。

(七) 控訴人らは、亡つるえからの相続につき一億三〇〇〇万円余の相続税を納付せねばならなかった。これを延納すると利子税の負担もせねばならないので、本件土地一ないし三を売却してその代金をこの納付に充てようと考え、買受け希望者と交渉をしようとしたが、本件仮処分甲があったためにこれを売却することができなくなった。被控訴人らも控訴人らが本件土地一ないし三を売却したがっていることを知っていた。

2  右認定事実によると、控訴人らは本件仮処分甲があったために、本件土地一ないし三を売却することができず、そのために地価値下がり分に相当する損害を受けたことになる。

3  都市部における地価は昭和二〇年ころ以降続いて上昇してきたが、平成三年初めころを頂上に下落を始めて、現在まで下落傾向にあることは当裁判所に顕著であり、このことは右1(一)認定の事実によっても裏付けられる。右1(一)認定の事実によれば、平成五年初めの時点では、地価はすでに下落傾向にあり、地価は常に上昇するものではないことが一般に理解されていたものと認めることができる。

これによると、平成五年初めの時点では、将来の地価下落による損害は、民法四一六条二項にいう特別の事情により生じた損害とはいえなかったと考えられるし、この時点では将来の下落を予測することができたとさえ認められる。

そうすると、被控訴人らは平成五年初め以降は、本件仮処分甲を維持して執行を解放しなかった不法行為によって生じた控訴人らに生じた地価下落による損害を賠償する義務がある。

4  前記1認定の事実によると、本件土地一の現状のままで売却するときの価格は、平成五年一月一日の時点で一平方メートルあたり三八万円、平成八年五月末日の時点で一平方メートルあたり二四万円であって、この間に一平方メートルあたり一四万円、全体で一億〇八四〇万円の価格の下落があったものと認められる。

右価格は、平成七年一〇月一日、平成八年五月末日時点における「西宮五・九」の地価公示価格を前後の時点の価格から算出したうえ、平成七年一〇月一日時点の完全所有権価格(前記1(三))に右地価公示価格変動率を乗じて平成五年一月一日と平成八年五月末日時点の完全所有権価格を推定し、更に同地上には建物があることを考慮して右価格からやや多めに五〇パーセントを控除して算定した。本件土地一は右のように地上建物が存するが、そのために価値が全くなくなるものではないから、価格を低くすれば売却は可能と考えられる。

5  前記1認定の事実によると、本件土地二、三の現況のままで売却するときの価格は、平成五年一月一日から平成八年五月末日までの間に、一平方メートルあたり八万五〇〇〇円、全体で一億三八一四万円の下落があったものと認められる。右価格はこの土地の上に公衆浴場用建物、共同住宅があることを考慮している。

右認定は、本件土地一の同期間の値下がり単価(一平方メートルあたり一四万円)に、前記1(三)(四)認定の本件土地一と本件土地二、三の価格の違いを修正し、更にこれら土地に類似した「西宮五・九」と「西宮二六」と地価下落率の差異を修正して、算出した。

6  右によると、被控訴人らは連帯して、右4、5の地価値下がり額に相当する二億四六五四万円の損害を控訴人らに賠償する義務があり、控訴人らの請求(併せて二億一〇〇〇万円)はこの範囲内であるから、全て理由がある。

第二  被控訴人水谷、信岡に対する請求について

一  本件仮処分乙の適法・無過失の部分

前記争いのない事実等9の事実によると、被控訴人水谷及び同信岡の亡つるえの相続にかかる遺留分は、あわせて三三万六四五〇分の三五九一であると認められるから、本件仮処分乙のうち右遺留分にかかる部分は適法である。

遺留分減殺請求があったとき受遺者受贈者は価額を弁償して返還の義務を免れることができるが、控訴人らにおいては訴訟の終了まで右土地につき価額を弁償したことがなかったのであるから、被控訴人水谷及び同信岡は遺留分減殺により本件土地四、五の右割合の持分を有していたのであって、その持分の限度では保全の方法を取ったことに違法性はない。また、右部分についての仮処分申請が権利の濫用とも認められない。

前記の訴訟では被控訴人水谷及び同信岡の移転登記請求は棄却されているが、それは本件抵当権設定があったとの理由によるものであって、本件抵当権設定登記が本件仮処分乙に遅れるときに民法一〇四〇条が適用されるかについては別の見解も考えられるから、本件抵当権設定登記以降も本件仮処分乙を維持したことに過失があるとすることはできない。

二  本件仮処分乙の違法・過失の部分

前記のとおり被控訴人水谷及び同信岡の遺留分は、併せて三三万六四五〇分の三五九一であるから本件仮処分乙のうち右を超える部分は違法である。

前記のとおりの判決があったことからすると、被控訴人水谷及び同信岡は右正当な遺留分をこえる部分の仮処分の申請・維持につき過失があったと推定される。

前記本案判決が被控訴人水谷及び同信岡の主張よりも少ない遺留分しか認めなかった主な理由は、亡つるえが生前に亡清久に三九番の土地を贈与していたというにあり、その事実認定の大きな理由として亡つるえの遺言書にその旨の記載があったことを挙げている(甲ロ四)。ところが被控訴人水谷及び同信岡は本件仮処分乙申請の前に右遺言書の内容を知っていた(乙一八)のである。

被控訴人らは右本案訴訟で持ち戻し分免除の意思表示の存在を主張したが、取るに足る証拠は提出しなかったことも、甲ロ二、四により認められるところである。

他に被控訴人水谷及び同信岡が無過失であったとの立証はないから、控訴人らがこれにより受けた損害を賠償する義務がある。

三  損害

1  右のとおり本件仮処分乙には僅かであるが適法な部分があり、被控訴人は本件土地四及び五つき僅かながら持分権を有していた。

ところで、土地の持分の取引は殆ど行われていないことは当裁判所に顕著であり、控訴人らも仮処分を受けていない部分(持分計八分の七)を売却していないことはその売却が困難であったことを示している。

そうすると、控訴人らは本件仮処分乙の違法な部分があったために、本件土地四及び五を売却できず損害を受けたとすることはできない。土地値下損、利子税相当の損害の主張は理由がない。

2  本件仮処分乙のうち僅かは適法であるが、大部分は違法であるから、違法な部分を排除するための弁護士費用の損害は、賠償されるべきである。

右違法部分の排除は本案判決の応訴によりされたものであるが、右違法部分の土地の価格を考慮すると、本案応訴の弁護士費用のうち控訴人ら各自につき、二〇〇万円に限っては、本件仮処分乙のうち違法部分と因果関係があるものとして、被控訴人水谷及び同信岡が連帯して賠償すべきである。

第三  結論

よって、控訴人らの被控訴人会社に対する請求は、その余の点について判断するまでもなく理由があり、被控訴人水谷及び同信岡に対する請求は一部理由があるから、これと異なる原判決を以上の判断に従って変更することとする。

(裁判長裁判官井関正裕 裁判官前坂光雄 裁判官矢田廣髙)

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