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大阪高等裁判所 平成10年(ネ)3675号 判決 1999年6月08日

控訴人

吉川純弘

右訴訟代理人弁護士

宗藤泰而

被控訴人

吉川利和

右訴訟代理人弁護士

都竹順一

被控訴人

吉川澄

右訴訟代理人弁護士

中嶋徹

被控訴人

吉川潤

右訴訟代理人弁護士

竹本昌弘

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  控訴人

1  原判決中、控訴人敗訴部分を取り消す。

2  被控訴人らの請求をいずれも棄却する。

3  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

二  被控訴人ら

主文と同旨。

第二  当事者の主張

一  原判決の引用、補正

1  当事者双方の主張は、次の二、三のとおり附加するほかは、原判決の「第二事案の概要」欄(七頁九行目から二二頁一行目まで)に記載のとおりであるから、これを引用する。

2  ただし、次のとおり補正する。

(一) 原判決八頁一一行目の次に行を改め、次のとおり加える。

「以上の贈与はいずれも、伴治が子供達に生計の資本として贈与したものであり、民法九〇三条一項所定の特別受益に当たる。」

(二) 同九頁一行目の「預金」を「同Ⅲ記載の預金」と改める。

(三) 同頁四ないし六行目を次のとおり改める。

「原判決添付の別紙生前贈与目録Ⅰ記載1ないし23の農地の相続開始時の評価額は、同農地の該当評価額欄記載のとおりである。」

(四) 同末尾添付の別紙生前贈与目録Ⅱ「吉川澄」欄記載1の土地評価額を、本判決添付の別紙生前贈与目録Ⅱ「吉川澄」欄記載1の土地評価額に改める。

(五) 同九頁一一行目の「原告純」を「被控訴人潤」と改める。

(六) 同一七頁一〇、一一行目の「(ただし、原告澄の家屋は一〇〇万円と評価する。)」を削る。

(七) 同一八頁五、六行目の「別紙記載のとおりである」の次に「(ただし、被控訴人澄の家屋は一〇〇万円と評価する。)」を加える。

(八) 同二〇頁九行目の次に行を改め、次のとおり加える。

「(当事者双方の主張の対比)

当事者間で争いがある評価額は、本判決添付の別紙遺産目録、同生前贈与目録記載の①ないし⑪である。その主張の相違点は、本判決添付の別紙『争いある評価額の主張、認定の対比』記載の①ないし⑪のとおりである。」

二  控訴人の当審補充主張

1  遺留分の算定と特別受益、持戻免除の意思表示(争点1)。

被相続人が、生前、共同相続人の一人に対してなした贈与(特別受益)について、持戻免除の意思表示がある場合には、第三者に対する一般贈与と同様に、相続開始前一年間に行われたとき、及び当事者双方に遺留分侵害の意思があるときにのみ、右贈与を遺留分算定の基礎財産に加算すべきである(民法一〇三〇条)。

もし、持戻免除の意思表示がある場合にも、生前贈与財産を遺留分算定の基礎財産に算入するとなると、持戻が行われない他の場合、すなわち特別受益を受けた相続人が相続を放棄した場合、相続欠格事由が発見され、あるいは廃除の審判が確定した場合にも同様に扱わなければならない。ところが、これらの者は共同相続人ではないから、この種の贈与を当然に遺留分算定の基礎財産に加算する条文上の根拠がなく、均衡を失する。

伴治は、控訴人に対する贈与の際、あるいは本件遺言において、控訴人に対する特別受益の持戻免除の意思表示をしている。しかも、控訴人の受けた生前贈与は、相続開始の一年以上前にされたものであるから、遺留分算定の基礎財産に算入すべきではない。

2  高校進学の特別受益(争点2)

原判決が、被控訴人らの特別受益額を、高校教育に必要であった費用に限定したのは不当である。被控訴人らは、高校卒業の資格を得て就職することが可能になったのであり、高校進学の利益は教育費用だけにとどまらない。被控訴人らの進学による特別受益額は、原判決の認定額一〇〇万円をはるかに超える金額である。

3  生前贈与財産の評価額(争点3)

原判決は、本件遺産や生前贈与財産の評価額を、相続開始時の松井鑑定の評価額によっている。ところが、別紙生前贈与目録Ⅰ記載番号26、27の小作権(以下、26、27の小作権という)のみ、相続開始後に道路拡幅のために買収された価額によっている。これは整合性を欠き、根拠のないもので不当である。

三  被控訴人らの主張

1  遺留分の算定と特別受益、持戻免除の意思表示(争点1)。

(一) 伴治が控訴人に法定相続分をはるかに超える農地を贈与したのは、農業を承継させようとしたのではなく、あくまで親として何らかの生活の糧を残してやりたいとの意図からにすぎない。かかる事実関係下において、伴治の生前贈与又は本件遺言に持戻免除の意思表示があったとする原判決の認定は誤りである。

(二) 民法一〇四四条が九〇三条三項を準用したのは、遺留分権利者の最低限度の生活を保護し、共同相続人間の公平を図る趣旨からである。民法九〇三条三項は、明文で「遺留分に関する規定に反しない範囲内で」と規定しており、共同相続人間の公平を図ろうとする本条項の趣旨から、容易に原判決の結論を導きうるものである。

2  高校進学の特別受益(争点2)

(一) 被控訴人利和

被控訴人利和が高校に在学した昭和三四年から昭和三七年当時、既に高校への進学は珍しいことではなく、高校教育は義務教育に準じたものになっていた。高校進学に要する学資は、「生計の資本」に該当しない。かかる学費を特別受益と認めた原判決の判断は不当である。

(二) 被控訴人澄

被控訴人澄が高校に入学した昭和三〇年頃は、授業料のみならず、生活費も今よりはるかに低額であったから、一〇〇万円の原審認定は何ら不当なものではない。

(三) 被控訴人潤

原判決が高校教育に必要であった費用一〇〇万円を特別受益と認定しているが、被控訴人潤は不服である。被控訴人潤が高校に進学した昭和二五年頃は、高校進学率も高くなっており、高校へ行くことが珍しくなくなっていた。被控訴人潤は、高校在学中も農作業や牛の世話をしており、一家の労働を担っていた。特に利益を得たものではない。

3  遺産、生前贈与財産の評価額(争点3)

被控訴人利和は、原判決の遺産、生前贈与財産の評価額中、次の諸点に不服がある。

(一) 原判決は、別紙遺産目録Ⅰ記載5の建物(以下、控訴人の旧自宅建物という)の評価額を零としている。しかし、控訴人は現在も右建物の一部を倉庫として使用しており、右建物は現在も家屋としての機能を果たしている。したがって、少なくとも固定資産税の課税評価額二五万三三〇〇円で評価すべきである。

(二) 原判決は、別紙生前贈与目録Ⅱ記載「吉川利和」欄1の土地(以下、被控訴人利和の土地という)の評価額について、前田鑑定(一〇八七万円)を排斥し、松井鑑定どおりの認定(一四四七万一〇〇〇円)をしている。

しかし、被控訴人利和の土地は、建築基準法上の接道要件を充たしておらず、建物の再築ができない土地である。ところが、松井鑑定は、接面街路条件を標準よりわずか0.04ポイント減じた評価にとどまっており、現況を無視した鑑定である。

原判決は、被控訴人利和の土地の評価に当たり、被控訴人利和が行った盛り土工事費用、ブロック工事費用、上水道敷設工事費用合計一三七万五二六四円を控除しておらず、不当である。

理由

第一  認定、判断の大要

当裁判所の認定、判断の大要は、原判決と同様であり、次のとおりである。

一  伴治は、平成元年二月伴治の全財産を控訴人に贈与する旨の自筆証書遺言をし、平成四年八月死亡した。伴治の相続人は、伴治の子である控訴人及び被控訴人らである。そこで、被控訴人らは控訴人に対し、遺留分減殺の意思表示をした上、本訴で遺留分減殺を請求した。

二  伴治の遺産は、別紙遺産目録Ⅰ記載の不動産、同Ⅱ記載の債権、同Ⅲ記載の預金である。伴治は、生前、いずれも生計の資本として、控訴人、被控訴人らに対し、次のとおり贈与していた。

1  伴治は昭和六三年五月控訴人に対し、別紙生前贈与目録Ⅰ記載の農地(以下、本件農地という)の所有権及び小作権を贈与した。

2  伴治は昭和四三年頃被控訴人利和に対し、同目録Ⅱ記載の「吉川利和」欄の土地建物(被控訴人利和の土地建物)を贈与した。

3  伴治は、昭和四三年から昭和四五年にかけて、被控訴人澄に対し、同目録Ⅱ記載の「吉川澄」欄の土地建物(以下、被控訴人澄の土地建物という)を贈与した。

4  伴治は昭和五〇年頃被控訴人潤に対し、同目録Ⅱ記載の「吉川潤」欄の川崎製鉄の株式二万株を贈与した。

三  伴治は、控訴人に対する本件農地の生前贈与について、持戻免除の意思表示をしていた。しかし、伴治の右意思表示は、遺留分に関する規定に反しない範囲で効力を有するにすぎないので、控訴人の受けた生前贈与(本件農地)も含めて遺留分算定の基礎財産を算出すべきである。

四  被控訴人らが高校教育を受け、高校卒業の資格を得て就職することが可能となったことを、特別受益と評価できる。その相続開始時の評価額は、各一〇〇万円と認めるのが相当である。

五  伴治の遺産及び生前贈与財産の評価額は、別紙遺産目録のⅠⅡⅢ、別紙生前贈与目録のⅠⅡの各評価額欄(ただし、①ないし⑪については、別紙「争いある評価額の主張、認定の対比」①ないし⑪の裁判所認定額)記載のとおりである。

六  被控訴人らの侵害された遺留分額及び控訴人に対する遺贈財産額に対する割合は、次のとおりである。

1  被控訴人利和の侵害された遺留分額は二〇一五万七九五五円であり、控訴人に対する遺贈財産額に対する割合は一万分の一四二一である。

2  被控訴人澄の侵害された遺留分額は一九九八万三七五五円であり、控訴人に対する遺贈財産額に対する割合は一万分の一四〇九である。

3  被控訴人潤の侵害された遺留分額は三一六六万一九五五円であり、控訴人に対する遺贈財産額に対する割合は一万分の二二三二である。

第二  原判決の引用、補正

一  前示第一の認定、判断の理由は、次の第三ないし第五のとおり附加する外は、原判決の「第二の二 当事者間に争いのない事実」(八頁三行目から九頁末行目まで、ただし前示補正後のもの)、同「第四 判断」(二二頁五行目から三九頁五行目まで)に記載のとおりであるから、これを引用する。

二  ただし、次のとおり補正する。

1  原判決二三頁二行目の「原告らは」を「被控訴人らを」と改める。

2  同二八頁末行目の次に行を改め、次のとおり加える。

「証拠(甲A一一)によると、別紙生前贈与目録Ⅱ記載24、25の土地の小作権の評価額は、三六八万二〇〇〇円、三四五万四〇〇〇円であることが認められる。」

3  同三七頁一〇行目の一億四一八〇万〇四三八円の次に、「(本判決添付の別紙遺産目録Ⅱ末尾の③、同「争いある評価額の主張、認定の対比」③の裁判所の認定額)」を加える。

4  同頁一一行目の一億一八〇一万三〇〇〇円の次に、「(本判決添付の別紙生前贈与目録Ⅰ末尾の⑤、同「争いある評価額の主張、認定の対比」⑤の裁判所の認定額)」を加える。

5  同頁末行目の一六四四万四〇〇〇円の次に、「(別紙生前贈与目録Ⅱ記載『吉川利和』欄末尾の⑧、同「争いある評価額の主張、認定の対比」⑧の裁判所の認定額)」を加える。

6  同頁同行目の一六六一万八二〇〇円の次に、「(別紙生前贈与目録Ⅱ記載『吉川澄』欄末尾の⑩、同「争いある評価額の主張、認定の対比」⑩の裁判所の認定額」を加える。

7  同三八頁一行目の四九四万円の次に、「(別紙生前贈与目録Ⅱ記載『吉川潤』欄の⑪、同「争いある評価額の主張、認定の対比」⑪の裁判所の認定額」を加える。

第三  遺留分の算定と特別受益、持戻免除の意思表示(争点1)の検討

一  遺留分算定の基礎財産

法は、遺留分算定の基礎となる財産は、相続開始時の被相続人の財産と贈与した財産であるとし、その合計価額から債務の全額を控除して算定する旨を定めている(民法一〇二九条)。そして、右の贈与につき、その範囲、要件を民法一〇三〇条が規定する。そのほかに、民法一〇四四条は、九〇三条の共同相続人の特別受益者の持戻し規定を準用しており(この場合、同条の相続分は遺留分と読み替えられる)、これにより特別受益の持戻しを行い、遺留分算定の基礎財産とすることになる。

このようにして、一〇三〇条の他に九〇三条の準用規定により、右遺留分算定の基礎財産の算入、遺贈・贈与の範囲が定められているのである。それ故、遺留分の基礎財産として相続開始時の相続財産に加算されるのは、一〇三〇条の贈与の他に、民法九〇三条の特別受益(遺贈、生計の資本としての贈与)があるといえる。

二  特別受益と持戻免除

1  被相続人が特別受益の持戻規定(民法九〇三条一、二項)と異なる意思表示(持戻免除)をしたときは、遺留分規定に反しない範囲内でその効力を有する、と定められている(民法九〇三条三項)。これが遺留分の基礎財産算入に準用される場合、どのように考えるべきかが問題となる。

すなわち、被控訴人ら主張のように、共同相続人に対する贈与(特別受益)について、被相続人の持戻免除の意思表示がある場合にも、これを考慮することなく、無制限に遺留分算定の基礎財産に算入すべきかである。控訴人は、被相続人の持戻免除の意思表示がある場合には、第三者に対する贈与(民法一〇三〇条)と同じく、相続開始前一年内になされた贈与、もしくは当事者双方に加害の認識のある贈与に限り、遺留分算定の基礎財産に算入すべきであるという。

2  これは、民法九〇三条が遺留分に準用されたとき、同条三項をどう解すべきかにかかっている。この問題について、持戻免除は遺留分算定の基礎財産の算入には効力を有する余地はないと考える。その理由はこうである。

民法九〇三条三項は、持戻免除の意思表示が遺留分規定に反しない範囲内でその効力を有する旨を規定している。しかし、これを準用し遺留分算定の基礎財産の算出を行う場合に、贈与の価額の持戻しをした場合の遺留分と、持戻免除を認め持戻しをしない場合の遺留分とを比較すれば、必ず前者が後者を上回り、遺留分の額を定める民法一〇二八条に反することは明らかである。また、そもそも、遺留分の規定は被相続人の処分の自由を制限するものであるし、遺留分算定のために持戻しを行うのに、これを行わない場合の遺留分に反しないかを問うのは、同義反覆的な矛盾である。それ故、民法九〇三条三項の遺留分規定の範囲内で、遺留分の基礎財産を算定するための持戻しを免除することはできないから、持戻免除の意思表示には同条三項によりその効力を有することはない。

したがって、被相続人が持戻免除の意思表示をした場合に、その意思に従い持戻を免除すべきことを民法九〇三条三項が規定しているが、それは相続分に関する問題で、遺留分の基礎財産の算定には影響しないといえる。また、このように解しないと、遺留分への準用でなく相続分を計算するうえでの本来の民法九〇三条三項が無意味となる。そうであるから、被相続人が民法九〇三条一項所定の贈与について持戻免除の意思表示をしていても、被相続人の意思には関係なく、右贈与を遺留分算定の基礎財産に算入すべきことになる。

このように考えられるから、遺留分の基礎財産の算定の場合は、持戻免除の意思表示は無効としてこれを考慮することなく持戻しを行い、民法九〇三条一項所定の贈与の価額を加算すべきである。したがって、持戻免除の意思表示がある場合にも、それは同条三項に照らし無効で、民法九〇三条の準用がその効力を失わないから、同法一〇三〇条のみの贈与の加算に限定される理由はない。

なお、民法九〇三条所定の婚姻、養子縁組、生計の資本のための贈与でない共同相続人の受けた贈与の場合には、同法一〇三〇条による加算を行うべきであると考える。

3  控訴人は、これに対し、相続放棄、相続欠格事由の存在、相続人廃除の審判確定の場合との不均衡を指摘する。

しかし、これらの者は共同相続人ではないから、そもそも民法九〇三条の準用による持戻し規定の適用がないので、遺留分算定の基礎財産の計算上は、民法一〇三〇条の贈与の加算規定によるほかない。遺留分制度は、被相続人の恣意から相続人を守る制度であるから、被相続人のなす持戻免除の意思表示と、相続放棄、相続欠格事由の存在、相続人廃除の審判確定との間に差異が生じても、やむを得ないところがあるし、もともと、これらの場合に、持戻しを認めるか否かは立法政策の問題といえる。

4  以上のとおりであるから、被相続人が、共同相続人に対する贈与(特別受益)につき、持戻免除の意思表示をしている場合であっても、これを無視し、民法九〇三条一項に定める贈与の価額は民法一〇三〇条に定める制限なしに遺留分算定の基礎財産に算入すべきである。

三  本件の検討

1  結論

控訴人及び被控訴人らは、吉川伴治の子であり、伴治の共同相続人である。伴治が生前、生計の資本として、控訴人に対し、本件農地の所有権及び小作権を贈与していた。右贈与は、民法九〇三条所定の特別受益に当たる(当事者間に争いがない事実)。

伴治は、控訴人に対する贈与の際、あるいは本件遺言において、控訴人に対する特別受益の持戻免除の意思表示をしている(前示第二で原判決の引用により認定した事実)。しかし、伴治が持戻免除の意思表示をしていることと無関係に、特別受益の贈与(本件農地の所有権及び小作権の贈与)も無条件で遺留分算定の基礎財産に算入すべきである。

2  具体的妥当性の検証

以下、前示1の結論が、本件の具体的妥当性を損なわないことについて、検証する。

(一) 本件では、前示第二で原判決の引用により認定したとおり、伴治の遺産が一億四一八〇万〇四三八円、特別受益たる生前贈与が一億五九〇一万五二〇〇円、これらの総合計は三億〇〇八一万五六八三円である。

(二) 被控訴人らが遺留分権を行使しなければ、前示三億〇〇八一万五六八三円の内訳は、次のとおりとなる。

(1) 控訴人の取得額は、生前贈与額一億一八〇一万三〇〇〇円と遺贈額一億四一八〇万〇四三八円の合計二億五九八一万三四三八円である。

(2) 被控訴人利和の取得額は、生前贈与額一七四四万四〇〇〇円である。

(3) 被控訴人澄の取得額は、生前贈与額一七六一万八二〇〇円である。

(4) 被控訴人潤の取得額は、生前贈与額五九四万円である。

(三) 控訴人の主張を認め、控訴人に対する生前贈与を持戻の対象としなければ、遺留分侵害額は別紙遺留分の計算記載のとおりとなる。その結果、前示総合計約三億〇〇八〇万円の内訳は、次のとおりとなる。

(1) 控訴人の取得額は、生前贈与額と遺留分減殺後の遺贈額の合計約二億三二二五万円となる。

(2) 被控訴人らの取得額は、一人当たり、生前贈与額と遺留分額の合計が約二二八五万円となる。

(四) 他方、原判決及び本判決の結論によると、前示総合計約三億〇〇八〇万円の内訳は、次の通りとなる。

(1) 控訴人の取得額は、生前贈与額と遺留分減殺後の遺贈額の合計約一億八八〇〇万円となる。

(2) 被控訴人らの取得額は、一人当たり、生前贈与額と遺留分額の合計約三七六〇万円となる。

(五) 前示第二で原判決の引用により認定したとおり、控訴人は、昭和一八年に尋常高等小学校を卒業した後、伴治の農業を手伝い、昭和三〇年に結婚した後も伴治夫婦と同居を続け農業を営んでいた。他方、被控訴人らは、昭和二八年、三三年、三七年に高校を卒業し、被控訴人潤は川崎製鉄に、被控訴人澄及び同利和は神戸市役所に就職し、結婚して伴治夫婦とは世帯も別にした。

(六) しかし、右(五)の事実を考慮しても、控訴人に対する生前贈与を持戻の対象と認めなければ、控訴人の取得額(生前贈与額と遺留分減殺後の遺贈合計)は約二億三二〇〇万円となり、被控訴人らの一人当たりの取得額(生前贈与額と遺留分額の合計額)は約二二八〇万円となる。これでは、控訴人の取得額は被控訴人らの取得額の約一〇倍にも達し、伴治と本件当事者ら子供の前示生活経過に照らしても相当な均衡を失する。

原判決及び本判決の認定では、控訴人の取得額が約一億八八〇〇万円、被控訴人らの一人当たりの取得額が三七六〇万円となり、これが妥当な金額であると考える。

第四  高校進学の特別受益(争点2)の検討

一  控訴人は、尋常高等小学校を卒業しただけであるのに、被控訴人らは、いずれも高校を卒業している。原判決は、被控訴人らが高校卒業の資格を得て、川崎製鉄や神戸市役所に就職することができたことから、右高校教育に必要であった費用を特別受益と認め、右費用をいずれも一〇〇万円と認定している。

二  控訴人は、高校進学の利益は教育費用だけにとどまらない、被控訴人らの進学による特別受益額は、原判決認定額一〇〇万円ではあまりにも少なすぎると主張する。

しかし、控訴人が高等小学校を卒業したのは昭和一八年である。それに対し、被控訴人潤は昭和二五年から昭和二八年にかけて、被控訴人澄は昭和三〇年から三三年にかけて、被控訴人利和は昭和三四年から昭和三七年にかけて、高校に在学していた。我が国では、戦前、旧制中学に進学する者は非常に少なかったが、戦後は、高校進学率が年を追うに従って上昇していった。昭和三〇年代以降は大半の者が高校に進学している。

原判決は、控訴人は高等小学校を卒業して直ちに家業の農業を手伝っているのに、被控訴人ら弟三人が高校に進学し、安定的な職業に就くことができたことを特に考慮して、一人当たり一〇〇万円の特別受益を認めたものである。

ところで、被控訴人らは全て地元の公立高校に進学している。したがって、高校進学に伴う授業料や生活費も安くてすんだ。しかも、被控訴人らも、高校在学中、全員が家業の農業の手伝いをしている(甲A一三、甲C二、被控訴人澄本人)。平成九年当時でも、被控訴人らが進学した公立高校の授業料は年間一八万円にも満たなかった(弁論の全趣旨)。原判決が認定した高校進学に伴う特別受益額各一〇〇万円は、被控訴人らの高校進学に要した一切の費用を考慮した金額である。

三  以上の諸点を総合すると、原判決が認定した一人当たり一〇〇万円の特別受益額が、少なすぎて不当とは認められない。控訴人の前示主張は採用できない。

第五  遺産、生前贈与財産の評価額(争点3)の検討

控訴人は、原判決が認定した26、27の小作権価額が不満であるという。他方、被控訴人利和は、原判決が認定した控訴人の旧自宅の評価額、被控訴人利和の土地の評価額が不満であるという。以下、この点につき検討する。

1  26、27の小作権価額二〇〇〇万円が、高すぎて不当であるとは認められない。その理由は、原判決が二七頁末行目から二八頁末行目にかけて詳細に説示するとおりである。控訴人の主張は、原判決を正解しないものであり、採用できない。

2  控訴人の旧自宅の写真(検乙一の4、5)を一見するだけで明らかなように、控訴人の旧自宅建物は朽廃寸前の建物であり、到底人が住めるような建物ではない。原判決が同建物の客観的な評価額を零と認定したことが、不当であるとは認められない。

3  被控訴人利和の土地は、北側が幅員約1.8メートルの里道と接する。現況は有効幅員約三メートルの未舗装通路である。右土地は、建築基準法上の接道要件を充たしていない。そこで、松井鑑定(甲A一〇)は、被控訴人利和土地の接道状況も十分に斟酌した上で、右土地の平成四年八月二三日時点での評価額を、一平方メートル当たり七万三一〇〇円と認定している。

被控訴人利和土地の西側と、被控訴人澄土地の東側が接している。被控訴人澄の土地の西側は国道一七五号線に接している(甲A一〇)。松井鑑定(甲A一〇)は、被控訴人澄の土地について、被控訴人利和の土地の西隣ではあるが、接道状況が良好なので、平成四年八月二三日時点での評価額を、一平方メートル当たり九万一二〇〇円と評価している。

被控訴人利和土地と同澄土地とは、互いに隣接する土地であるが、その接、道条件の違いから、松井鑑定は右のとおり差を設けているのである。松井鑑定の被控訴人利和土地の評価額が、高すぎて不当であるとは認められない。

4  原判決が被控訴人利和土地の評価額を認定するに当たり、盛り土工事費用、ブロック工事費用、上水道敷設工事費用を控除していないことが不当であるとは認められない。その理由は、原判決が三三頁三行目から九行目にかけて詳細に説示するとおりである。被控訴人利和の主張は、原判決を正解しないものであり、採用できない。

第六  結論

一  以上によると、被控訴人らの本件各遺留分減殺請求は、原判決主文一項ないし三項記載の限度で理由があるので、これを認容し、その余は理由がないので棄却すべきである。

二  よって、これと同旨の原判決(更正決定後のもの)は相当であり、本件控訴は理由がないのでこれを棄却し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官吉川義春 裁判官小田耕治 裁判官紙浦健二)

別紙<省略>

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