大阪高等裁判所 平成10年(ラ)817号 決定 1998年10月21日
抗告人 石橋奈美子
相手方 石橋健一
禁治産者 石橋英樹
主文
原審判を次のとおり変更する。
1 本案審判確定に至るまで禁治産者石橋英樹の後見人石橋奈美子の職務の執行を停止する。
2 上記期間中弁護士甲(大阪市北区○○×-×-×△△ビル×階××号)を職務代行者に選任する。
理由
第1本件即時抗告の趣旨及び理由は別紙即時抗告申立書(写し)記載のとおりである。
第2当裁判所の判断
1 当裁判所も、原審判と同様、相手方の本件職務執行停止、職務代行者選任仮処分申立は理由があり、これを認容すべきものと判断する。その理由は、原審判理由説示のとおりであるから、これを引用する。
ただし、次のとおり改める。
(1) 原審判2枚目表3行目の「一件記録」を「一件記録及び禁治産宣告事件等の関連記録」と改める。
(2) 同6行目の「極めて」を削除する。
(3) 同7、8行目の「現在と変わらないものであったと認めることができる。」を「現在と変わらないものであった疑いが強い。」と改める。
(4) 同9行目の「前記婚姻が」から11行目の文末までを次のとおり改める。
「前記婚姻が禁治産者の真意に基づくものであるか否かについては疑問がある。他方、禁治産者には多額の資産があり、これを巡って、禁治産者の親族らの間において深刻な争いがある。」
(5) 同2枚目裏4行目の「職務の執行を停止し」から5行目の文末までを次のとおり改める。
「職務の報行を停止すべきである。
そして、その職務代行者として、前記弁護士甲を選任するのが相当である。
ちなみに、相手方は、職務代行者として、禁治産者の禁治産宣告前の保全処分事件(大阪家庭裁判所平成10年(家ロ)保第××号財産管理者選任申立事件)で財産管理者を務めた弁護士乙を推薦する。一件記録によれば、弁護士乙は、これまで財産管理者としての職務を的確に遂行しており、客観的には職務代行者としての適格性においても欠ける点はないものと認められる。しかし、後見人の職務代行者は、禁治産者の財産管理を行うだけでなく、その療養看護にも努める義務がある(民法858条1項)。そのため、職務代行者は、現実に療養看護に当っている抗告人を始めとする関係者全員の信頼を得なければ、その職務を適切に遂行することが困難である。とくに、当事者間に禁治産者の資産等を巡って深刻な争いがある本件においては、一方当事者の推薦する弁護士を職務代行者に選任すると、職務代行者自身に困難を強いる結果ともなり、相当でないといわなければならない。したがって、職務代行者には、第三者的な立場にあり、この種事件の経験に富み、公正な弁護士を選任すべきものである。」
2 抗告理由について
抗告人はこう主張する。抗告人は、禁治産者と25年来の内縁関係にあり、ずっと同人の面倒を見てきた。禁治産者は、抗告人に対し、先妻の「きぬ」の籍が抜けたら入籍すると言っていた。抗告人は、先妻死亡の事実を伝え、禁治産者の婚姻意思を確認したうえ、婚姻届を提出した。したがって、抗告人が禁治産者の後見人に就任したことについて、疑義を差し挟む余地はない。原審判の認定判断は誤っている、と。
しかし、一件記録及び禁治産事件等の関連記録並びに抗告人提出の証拠を精査しても、すでに原審判を引用して説示したとおり、本件婚姻が禁治産者の真意に基づくものであるか否かについては、疑問があるといわざるを得ない。抗告人の主張は採用できない。
3 以上のとおり、原審判中、主文1項は相当であるが、2項は相当でない。
第3結論
よって、本件即時抗告に基づき、原審判を上記のとおり変更して、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 小田耕治 裁判官 紙浦健二 播磨俊和)
即時抗告申立書
上記(編略)当事者間の大阪家庭裁判所平成10年(家ロ)保第62号職務執行停止、職務代行者選任の審判前の保全処分申立事件につき、同裁判所が平成10年7月28日にした下記主文記載の審判に対し即時抗告をする。
主文
1 本案審判確定に至るまで、禁治産者石橋英樹の後見人石橋奈美子の職務の執行を停止する。
2 上記期間中
事務所大阪市中央区○○町×丁目×番××号○ビル×階
弁護士 乙
を職務代行者に選任する。
抗告の趣旨
大阪家庭裁判所平成10年(家ロ)保第62号職務執行停止、職務代行者選任の審判前の保全処分(原審判)を取消す。
との裁判を求める。
抗告の理由
原審判は、下記の点につき不当でありますので、抗告の趣旨記載のとおりの裁判を求めます。
1 抗告人は平成10年7月2日禁治産宣告を受けた禁治産者石橋英樹の妻であり、平成10年7月22日禁治産宣告の裁判確定により、同日後見人に就職した者であります。
2 ところが、原審判は、抗告人と禁治産者との婚姻が禁治産者の先妻きぬが平成10年1月22日死亡した直後の同年1月30日に届出したことを「極めて不自然である」としたうえ、「そのころの禁治産者の心神の状態は、現在と変わらない」ことをもって「後見人が適法に就任したか否かにつき多大の疑問がある」と判断して原審判の主文のとおりの審判を下したものです。
3 しかし、原審判は以下のとおりの事情に鑑みて判断を誤っているので、この取消しを求めるとともに、一日も早く抗告人が後見人として堂々と安心して石橋英樹の療養看護に専念できるよう原審裁判所の再考を求めます。
(イ) 抗告人と禁治産者は、昭和47年7月以来、以下に述べるとおり重婚的内縁関係にあったものです。
(1) 抗告人は喫茶店を経営していた昭和46年頃、客として来た石橋英樹と知り合った。
(2) 昭和47年2月頃、○○病院に風邪と栄養失調で入院していると本人からの知らせがあり、手料理の弁当を作って見舞いに通ったことから石橋英樹から信頼されるようになった。
(3) 石橋英樹が退院後抗告人の家に度々来るようになり、本妻石橋きぬとの関係がすでに破綻していることを聞いた。
聞けば、本妻きぬは○△の遊廓で知り合ったが、後に石橋英樹を頼って大阪に来た人で、生い立ちが気の毒で世話をすることになったが、学校にも行かなかったので読み書きが出来ないし、掃除、料理、洗濯など家事をしないので、外食の生活をしていたとのことであった。
(4) 更に、抗告人は当時石橋英樹から、本妻きぬとの入籍はしているもののすでに夫婦関係は破綻しており、別れるためには多額の金を要求されているのでそのままにしていると聞いた。
抗告人はきぬ氏にも会い、夫婦関係が破綻していることや金銭を払うとなると石橋英樹が出ししぶるので入籍のままにしていることの事情を確かめた。
その後、昭和47年7月、抗告人は石橋英樹と吹田市○○町に文化住宅を借りて住み、内縁関係に入った。
(5) 本妻きぬから聞いていたとおり、石橋英樹は金銭に細かく、当時△△電気を経営していたものの、給与のすべてはきぬに渡すことにしたので生活費はすべて抗告人が負担する生活であった。
△△電気は昭和50年休業となり、石橋英樹の収入は不動産からの家賃収入となった。
そこで、本妻と三人で協議の上、家賃収入(約120万円)から1ケ月30万円をきぬ氏の生活費(婚費)として渡し、その余は石橋英樹と抗告人が受取ることとした。
なお、きぬ氏は振込みにすると入金されない危険があると主張し、自分が家賃を英樹に手渡し、そこから30万円を受領する方法にしてほしいと言うので、亡くなるまでこれが続いた(家賃はその後一度も値上げしていない)。
(ロ) 石橋英樹の財産管理
(1) 石橋英樹は不動産を多数所有しているところ、他に賃貸してその賃貸料収入が主なる所得である。
しかし、昭和60年頃、石橋英樹の体調が悪くなったことをきっかけにして、石橋英樹の身内が同人の財産を本人の承諾なしに勝手に契約するようになっていった。
(2) それまで石橋英樹は自分で財産のすべてを管理しており、抗告人は家賃収入に関しては管理のすべてをまかされ、そのうちから固定資産税、所得税、税理士費用、本人の病院代、きぬ氏の病院代等の支払いのすべてをまかなってきた。
(3) その他の不動産の所有関係については、石橋英樹は誰にもまかせることなく今日に至っており、抗告人は石橋英樹が任意に他に財産の管理や処分を委ねる性質の人でないことは百も承知しているものである。
(ハ) 石橋英樹との婚姻
(1) 石橋英樹は内縁関係に入ったときから、きぬとの籍がぬけたら入籍すると常に約束していた。
抗告人は石橋英樹の人柄に好意をもっており、この人のために尽くしてあげたいとの気持ちできており、いつもその言葉や気持ちを嬉しく受けとめていたし、それが心の支えでもあった。
一方、抗告人はきぬ氏の境遇が可哀相なことも知っているので、石橋英樹が金を払わない限り籍がぬけられないことも了解していた事情にあった。
(2) 平成10年1月22日きぬ氏が死去した際、病室に電話がかかり、葬儀のことで抗告人がやりとりをしているのをじっと聞いていたが、石橋英樹は何も言わなかった。
3日目に抗告人と付添いとの二人できぬ氏の死去を正式に伝えると、石橋英樹はほっとするように大きな息を吐いた。
そして、抗告人が「お父さん、これから誰にも遠慮いらないからね、私が責任もって面倒みますから心配しないで頑張ろうね。」と言うと、二人が互いに夫婦で呼びあっている「お母さん」という言葉を出して「頼む」という気持ちを表すとともに泣いて喜んだのであり、抗告人はこれまで何度となく石橋英樹から「きぬと別れたら母さん入籍しよう」と言っていたことが確認できたので、婚姻届を提出したのである。
(ニ) 石橋英樹の身上監護並びに必要経費の支出
(1) 申立人代理人丙弁護士は石橋英樹を老人ホーム等の施設に入所させる意向を持っていると聞いた。
しかし、これまでの経過で述べるとおり、昭和47年から今日まで夫婦として身上監護してきた抗告人を排除しなければならない理由は全くないし、石橋英樹のためにも抗告人の存在及び身上監護は不可欠である。
(2) 石橋英樹は多額の不動産を所有しているが、それを無断で他と契約(賃借権の設定など)しているのは養子であって、抗告人は全く知らないことである。
(3) 抗告人は石橋英樹のために誠実に家賃収入を管理し預金しており(各銀行への預金はすべて抗告人がしてきたもの)、病院代、付添費、生活費、転地療養費、諸税等、石橋英樹のために必要とするものだけを支出しているにすぎない。
なお、転地療養が病状回復に最適の治療であること、本人もこれを楽しみにしていることに鑑み、本人が幸せに楽しく老後を送るため、自分の資産を自分のために使用できるよう配慮されるよう裁判所の再考を求めるため本申立てをする。