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大阪高等裁判所 平成10年(行コ)27号 判決 1999年1月14日

大阪府枚方市香里園東之町一三番一四号

控訴人

福田廣儀

右訴訟代理人弁護士

末澤誠之

大阪府枚方市大垣内町二丁目九番九号

被控訴人

枚方税務署長 右原正卓

右指定代理人

岩松浩之

長田義博

木本正行

浅野由佳

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決主文二項を取り消す。

被控訴人が平成八年六月五日付けでした控訴人の平成七年分の所得税の更正処分のうち、課税総所得金額一八八〇万円を超える部分及び過少申告加算税の賦課決定処分を取り消す。

2  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

主文と同旨

第二当事者の主張

一  原判決の引用

当事者双方の主張は、以下のとおり訂正し、次の二、三項のとおり付加するほか、原判決事実摘示のうち控訴人の平成七年分の所得税の更正処分等に関する部分のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決一〇頁五行目の「しなければ」を「しないとすれば」と改める。

2  同一七頁末行の「原告は」から同一八頁五行目までを次のとおり改める。

「右支払は控訴人が支払ったものではなく、また、医療のために必要な費用ということができないものも含まれている。したがって、右の支払は、医療費控除の実体的要件を欠く。」

二  控訴人の主張

1  控訴人が、本訴で主張する措置費徴収金(以下「本件徴収金」という。)は、以下の理由により、実質的には医療費であり、仮にそうでないとしても、老人保健施設に関する利用料について医療費控除が認められていることとの均衡上、後記(三)のとおり利用料と実際上同一内容の本件徴収金について医療費に準じて医療費控除が認められるべきである。

(一) 喜美は、多発性脳梗塞(老人痴呆)、糖尿病、慢性肝炎のため、入院が必要な病人であり、そのため、るうてるホームに入院し、治療を受けている。るうてるホームには、診療所が備わっており、医師の常駐が前提とされているから、病院と同一であるし、制度の経緯からしても、特別養護老人ホームは、もともと医療的処遇の必要性が予定されていたから、医療行為ができるよう万全の体制を整えており、病院と実態は同じである。

したがって、本件徴収金は、医療費である。

(二) 所得税法七三条二項の医療費控除の対象は、同法施行令二〇七条に規定されているが、右は、所得税法基本通達七三―三によって、実情にあわせ拡張されているから実質は医療費やその関連費用である本件徴収金についても右利用料と同様に扱うべきである。

(三) 老人保健施設と特別養護老人ホームとでは入所対象者及び入所者が受けるサービスは殆ど同じである。控訴人は、喜美を入所させるにあたり、老人保健施設にするか、特別養護老人ホームにするかの選択権はなかった。老人保健施設へ支払った利用料は医療費控除の対象になるのであるから、特別養護老人ホームの措置費である本件徴収金も同様の扱いにすべきである。

(四) 介護を要する老人のなかで特別養護老人ホームに入所しているものには、医療費控除を認めるべきであり、これを認めないことは、老人保健施設に入所している老人と比較し平等原則に反し、憲法一四条に違反する。

2  本件徴収金が措置費であり、医療費控除の対象とはならないとしても、次の各金員については、医療費控除を認めるべきである。

(一) 患者一部負担金 一万〇〇七〇円

喜美は、平成七年一月から一二月にかけて、るうてるホーム診療所で診察治療を受け、その患者一部負担金は、合計一万〇〇七〇円であり、控訴人は、喜美に代わり右金員を支払った。

(二) サナトリウム一部負担金等 三万三九〇四円

控訴人は、平成七年中にサナトリウム一部負担金、飲料水代、診断書料、入院時必要なものの代金、野崎病院へ渡した金員など合計三万三九〇四円を支払った。

(三) 診療報酬 三五万三七二〇円

四条畷市は、るうてるホーム診療所に対し、喜美に関し、平成七年分の老人保険負担金として、三五万三七二〇円を支払っている。控訴人は、喜美のるうてるホーム入所に関し本件徴収金として、守口市長に対し、平成七年中は二二一万九四〇〇円を支払ったのであるから、少なくとも右三五万三七二〇円は右措置費のうち医療費相当分として医療費控除の対象とすべきである。

三  被控訴人の主張(反論)

1  控訴人の主張1は争う。

2  控訴人の主張2について

所得税法七三条規定の医療費控除の実体要件は、<1>その支払が同法施行令二〇七条に規定する医療費に該当すること、<2>居住者が自己又は自己と生計を一にする配偶者その他の親族に係る医療費を支払った事実があることであるが、控訴人の主張2項(一)、(二)は控訴人が支払ったものではなく、(三)は、四条畷市がるうてるホームに直接支払ったものである上、本件徴収金と関係がないからいずれも右実体要件の<2>を欠き、医療費控除の対象とならない。

理由

一  原判決の引用

原判決理由一項中平成七年分の所得税の更正処分等に関する部分のとおりであるから、これを引用する。

二  控訴人の主張について

1  主張1(一)ないし(四)について

(一)  医療費控除の対象となる医療費について、所得税法七三条二項は、医師又は歯科医師による診療又は治療、治療又は療養に必要な医薬品の購入その他医療又はこれに関連する人的役務の提供の対価のうち、通常必要であると認められるものとして、政令で定めるものをいうと定めており、これを受けて所得税法施行令二〇七条は、右の対価とは、<1>医師又は歯科医師による診察又は治療、<2>治療又は療養に必要な医薬品の購入、<3>病院、診療所又は助産所へ収容されるための人的役務の提供、<4>あん摩マッサージ指圧師、はり師、きゅう師、柔道整復師による施術、<5>保健婦、看護婦又は准看護婦による療養上の世話、助産婦による分べんの介助の対価のうち、その病状に応じて一般的に支出される水準を著しくこえない部分の金額とする旨を定めている。

右によれば、実質的にみて医療費に当たるものであれば、全て医療費控除の対象になるのではなく、医療の対価と評価できるものでなければ、医療費控除の対象とはならない。

(二)  ところで、特別養護老人ホームは、家庭での介護が困難なため、介護を要する老人等を養護することを目的とした施設であり(老人福祉法《以下「福祉法」という。》二〇条の五、一一条一項二号)、老人福祉施設であって、入所者に対し医療行為を行うことを目的とする病院又は診療所ではない。このことは、特別養護老人ホームが医師の常駐を前提としていること、診療所が併設されていることによっても変わるものではない。

特別養護老人ホームに老人の入所を委託する措置をとった市町村は、右措置に要する費用(以下「措置費」という。)を特別養護老人ホームに支弁しなければならない(福祉法二一条二号、一一条)。右の措置費は、「老人保護措置費の国庫負担について」(昭和四七年六月一日厚生省社第四五一号・厚生事務次官通知。乙第五号証)の定める基準により算定され、事務費(事務費中には医師人件費の費目がある。)、生活費、移送費及び葬祭費から構成されているが、医療費の項目はない。右の措置費は、当該措置にかかる者(以下「被措置者」という。)又はその扶養義務者からその負担能力に応じてその全部又は一部を徴収(以下この徴収金を「措置費徴収金」という。)することができる(福祉法二八条一項)。るうてるホーム所在地である守口市も同旨の規定を定めている(守口市老人福祉法施行細則。乙第六号証)。控訴人が本訴で主張する本件徴収金は、守口市がるうてるホームに支弁した措置費の一部について、喜美及び控訴人から徴収した措置費徴収金である。

(三)  本件徴収金は福祉法に基づく特別徴収金であり、医療費との関連性が不明確で、その全額が医療の対価として支払われたものとはいい難い。その理由は次のとおりである。

(1) 措置費徴収金は、原則として月二四万円(平成七年七月現在)を上限とし、被措置者にかかる措置費を限度に措置者又はその扶養義務者から徴収するものである(乙第五号証)。

(2) 措置費は、前記のとおり、医療費という費用項目がないから、たとえその中に医療費が混在していたとしても、措置費徴収金のうち、どの部分が医療費にあたるか不明確であり、これを割合で示すこともできない。

(3) 特別養護老人ホーム医務室において、診療を受けたときは、被措置者が措置費徴収金とは別途に、医療費(自己負担金)を負担支払うことになっており、喜美がるうてるホーム診療所において受けた診療費についても、患者自己負担分は、措置費徴収金とは別個に喜美が負担すべきものとされていることが認められる(甲第一三号証、一七号証、三〇号証の一、二)。

(4) 措置費徴収金の負担は、被措置者については、その収入により、扶養義務者についてはその所得税額等によりそれぞれ定められた階層区分による基準が定められ、いわゆる応能原則がとられている(乙第六号証)。

(5) 措置費徴収金の徴収対象者には、扶養義務者という直接の受益者以外の者が含まれる。措置費徴収金は特別養護老人ホーム利用の対価として支払うものではなく、扶養義務者も扶養義務の一環として徴収されるものとされている。

(6) 右(1)ないし(5)によると、措置費は、そのすべてが医療費ということはできないし、たとえ、措置費に前記所得税法七三条に定める医療費に該当するものが混在しているとしても、それが、措置費徴収金のどの部分か明確に区分することはできないから医療費のみを取り出すことができない。

そうすると、医療費以外の費目の混在する措置費に対する措置費徴収金全体を医療費の対価ということはできない。

(四)  控訴人は、老人保健施設の利用料が医療費控除の対象とされていることから、右利用料と実際上同一といえる本件徴収金についても利用料と同様に扱うべきであると主張するが、本件徴収金と右利用料が同一の性格を有するものとはいい難い。

その理由は、以下のとおりである。

(1) 老人保健施設は、疾病、負傷等による寝たきり老人等に対し、看護、医学的管理の下における介護、機能訓練その他必要な医療を行うとともにその日常生活上の世話を行うことを目的とする施設であるところ(老人保健法《以下「保健法」という。》六条四項)、「老人保健施設の施設及び設備、人員並びに運営に関する基準」(昭和六三年一月四日、厚生省令第一号。乙第七号証)によるとその入所基準としては、入所申込者の身体の状況及び病状に照らし、施設療養が必要と認められることと定めている。

(2) さらに、右施設療養とは、「看護、医学的管理の下における介護及び機能訓練その他必要な医療」と規定されている(保健法四六条の二第一項)。

(3) 以上のような老人保健施設の機能にかんがみ、医療法等以外の法令においては、老人保健施設は、「病院」又は「診療所」に含まれる旨規定されている(保健法四六条の一七)。

(4) そして、老人保健施設の入所者が老人保健施設から受けるサービスの対価のうち、食費及び特別な療養室の提供により必要となる費用、おむつ代、理美容代、日常生活費を入所者が直接同施設に支払い、その余の費用は、市町村長が支払うと定められている(昭和六三年厚生省令二五条及び保健法施行規則二三条の二の二)。

右利用料は、特別養護老人ホームの措置費徴収金と比較して、右以外に次の特色がある。

(ア) 市町村が支弁する費用(措置費など)を介入することなく、直接、老人保健施設と入所者との間で、サービスとその対価が授受される。

(イ) 老人保健施設が入所者から徴収する費用は、サービスに要した実費であり、収入による負担区分がないなど、応能原則がとられていない。

(ウ) 老人保健施設利用料の直接の負担者は入所者であり、扶養義務者が右施設に対し、直接利用料の支払義務を負うものではない。

以上によると、老人保健施設の利用料のうち、一定範囲のものは、所得税法七三条二項所定の医療の対価に該当するというべきであり、税務当局も、医療費控除の対象となることを認めている(乙第八号証)。

(5) したがって、前記認定の特別養護老人ホームの設置目的、費用負担の仕組みなどを併せ考えると措置費徴収金と、老人保健施設利用料とを実質上も同一視することはできないから、老人保健施設の利用料のうち、一定範囲のものが医療費控除の対象になるのに、特別養護老人ホーム入所に伴う措置費徴収金が医療費控除の対象とならないことは、所得税法七三条に従った適法な取り扱いであって違法性はない。

控訴人は、所得税法七三条二項及び同法施行令二〇七条は所得税法基本通達七三―三によって実情にあわせ法令の改正を回避して拡張されているから、本件徴収金についても老人保健施設の利用料と同一に扱うべきである旨主張するが、同通達は右法令の範囲内で規定されているものであり、また、控訴人が主張するような取扱いを法令の改正なしにすることができないことは明らかであるから右主張は失当であって採用できない。

(五)  控訴人は、特別養護老人ホームの措置費徴収金を医療費控除の対象としないことは、老人保健施設利用料が、その対象とされていることに比し、法の下の平等原則に反し、憲法一四条に違反すると主張するが、右控訴人の主張は採用できない。その理由は、以下のとおりである。

(1) 控訴人は、所得税法(平成八年六月一四日法律第八二号による改正前のもの)等の適用が、憲法一四条に違反すると主張する。

しかし、医療費控除の対象となるか否かは、医療費控除の要件を定めた所得税法七三条二項にいう医療の対価に該当するか否かによるものであるところ、前記(三)、(四)で判示したとおり、利用料のうち一定範囲のものは医療の対価に該当するが措置費徴収金は医療の対価に該当しない。そして、右所得税法七三条二項適用の結果生ずる右差異が不合理な差別とまでいうことはできないから、憲法一四条違反にはならない。

(2) 控訴人の冒頭の主張を、「所得税法七三条二項が、老人保健施設利用料については、医療費控除の対象となり、特別養護老人ホームの措置費徴収金については対象とならない旨定めているとしたら、老人保健施設と特別養護老人ホームは実際上、その機能及び運営上区別し難い状況であること、両者におけるサービスの内容にもその差異はほとんどなく、いずれに入所するかは入所側に選択権がないこと等からして、右規定は、憲法一四条に違反する」との主張と解しても、この主張は以下のとおり採用できない。

控訴人が本訴で主張する医療費控除の根拠は、所得税法七三条二項に基づくものであって、これを離れて一般的に右控除を主張しうる法理上の根拠はない。そうすると、控訴人が所得税法七三条二項の規定そのものの違憲を主張することはその主張の根拠を失うこととなり、主張自体失当というべきである。

なお、医療費控除における取り扱いの区別は、その立法目的が正当なものであり、かつ、当該立法において具体的に採用された区別の態様が右目的との関連で著しく不合理であることが明らかでない限り、その合理性を否定することはできず、これを憲法一四条の規定に違反するものということはできない。

所得税法七三条における医療費控除の趣旨は、医療費の特別出費による租税負担能力の減少を考慮し、医療費負担者の納税額を軽減しようとするものであって、立法目的は正当なものであり、かつ同条は、医療費控除の対象を医療の対価に限定しているが、その限定の仕方が、その目的に照らし著しく不合理ということはできない。

したがって、同条が憲法一四条に違反しているとはいえない。

2  主張2(一)ないし(三)について

医療費控除を受けようとする者は、確定申告書に医療費控除に関する事項を記載し(所得税法一二〇条一項一号)、また、所定の書類を添付又は提示しなければならない(所得税法一二〇条三項一号、同法施行令二六二条一項二号)が、納税者がこれを欠く確定申告書を提出した場合であっても、納税者が所定期間内に更正の請求をする場合等は、納税者が医療費控除を何らかの方法で立証して、所得控除を受けることができる(争いがない。)。しかし、控訴人が、本件の患者一部負担金一万〇〇七〇円を支払った事実を認めることはできない。控訴人は、右支払の事実を立証するため、甲第二〇号証の二(四条畷市が喜美の保険医療費に関し保険医療機関から発行された診療報酬明細書を集計して作成した書面)を提出するが、そこに記載された患者一部負担金は、診療報酬額から老人保険額を算出するための計数上の法定控除額であり、患者等から医療機関に対し、現実に支払われた金額を示すものではない。他にこれを認めるに足りる証拠はない。また、サナトリウム一部負担金、飲料水代、入院時必要費、診断書料、野崎病院へ渡した金員についても控訴人が支払ったことを認めることはできない。すなわち、控訴人は、右支払の事実を立証するため、甲第一七号証(るうてるホームにおいて預り金使途明細を記載したもの)を提出するが、同書証によると、その預り金の原資としては、喜美に対する守口市等からの歳末及び夏期一時見舞金、四条畷市からの敬老祝い金などが主たるもので、控訴人からの入金はなく、平成七年五月一一日に「ご家族よりお預り金二万円」とあるのは、大阪銀行守口支店福田喜美名義普通預金から同日引き出された一〇万円の一部と推認され(乙第一六号証の一、二)、したがって控訴人が前記サナトリウム一部負担金、飲料水代、入院時必要費、診断書料、野崎病院へ渡した金員を支払ったとの主張事実を認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。よって、右主張にかかわる医療費控除を認めることはできない。

また、四条畷市が支払った老人保健負担金については、控訴人が支払ったものではないのみならず、措置費とは別個のるうてるホームの医療費について支払われたものであるから(乙第一三号証の一、二、第二二号証の一ないし三)、右支払を措置費に対する支払とも同視することはできない。

三  右のとおりであるから、本件徴収金は医療費控除の対象とはならないし、他にも平成七年分の所得税について総所得金額から控除される医療費の額が三三万五三六八円を超えて存在することを認むべき事情はない。

そうすると、被控訴人主張の前記医療費控除の金額以外、すなわち他の課税要件については前記のとおり争いがないから、平成七年分の所得税に係る更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分は適法である。

四  結論

以上により、控訴人の前記本訴請求は理由がないから棄却すべきである。よって、控訴人の本件訴訟は理由がないからこれを棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 武田多喜子 裁判官 正木きよみ 裁判官 礒尾正)

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