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大阪高等裁判所 平成10年(行コ)67号 判決 2001年7月26日

控訴人(附帯被控訴人)(以下「控訴人」という。)

○○興産株式会社

代表者代表取締役

乙田花子

訴訟代理人弁護士

竹下重人

村松貞夫

後藤昌弘

被控訴人(附帯控訴人)(以下「被控訴人」という。)

大阪北税務署長訴訟承継人

名古屋中税務署長

榊原鐵夫

指定代理人

石垣光雄

外四名

主文

1  本件控訴を棄却する

2  本件附帯控訴に基づき原判決を以下のとおり変更する。

(1)  原判決主文一、3、4の被控訴人の各敗訴部分を取り消す。

(2)  控訴人の請求のうち、訴訟承継前の被控訴人が控訴人に対して平成六年二月二五日付けでした平成三年二月一日から平成四年一月三一日までの事業年度の法人税に係る更正のうち法人税額三億六二〇七万九五〇〇円を超える部分の取消を求める部分及び平成三年二月一日から平成四年一月三一日までの事業年度の法人臨時特別税に係る更正のうち法人臨時特別税額八五七万三五〇〇円を超える部分の取消を求める部分をいずれも棄却する。

3  控訴費用、附帯控訴費用はいずれも控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1  当事者の求めた裁判

1  控訴人

(1)  原判決中、控訴人の敗訴部分を取り消す。

(2)  訴訟承継前の被控訴人が控訴人に対して平成六年二月二五日付けでした法人税に係る次の各処分(ただし、イ及びエは原判決により一部取消後のもの)を取り消す。

ア 昭和六三年二月一日から平成元年一月三一日までの事業年度の法人税に係る更正のうち法人税額四〇八九万〇七〇〇円を超える部分及び重加算税賦課決定

イ 平成元年二月一日から平成二年一月三一日までの事業年度の法人税に係る更正のうち法人税額一億二一三六万七九〇〇円を超える部分及び重加算税賦課決定

ウ 平成二年二月一日から平成三年一月三一日までの事業年度の法人税に係る更正のうち法人税額一億二一一五万七八〇〇円を超える部分及び重加算税賦課決定

エ 平成三年二月一日から平成四年一月三一日までの事業年度の法人税に係る更正のうち法人税額三億六〇二七万九五〇〇円を超える部分及び重加算税賦課決定のうち重加算税額六〇〇〇円を超える部分

オ 平成四年二月一日から平成五年一月三一日までの事業年度の法人税に係る更正のうち法人税額一億五七九七万六七〇〇円を超える部分及び重加算税賦課決定のうち重加算税額二万二〇〇〇円を超える部分

(3)  訴訟承継前の被控訴人が控訴人に対して平成六年二月二五日付けでした平成三年二月一日から平成四年一月三一日までの事業年度の法人臨時特別税に係る更正(ただし、原判決による一部取消後のもの)のうち法人臨時特別税額八五七万三五〇〇円を超える部分及び重加算税賦課決定のうち重加算税額一〇〇〇円を超える部分を取り消す。

(4)  訴訟承継前の被控訴人が控訴人に対して平成六年二月二五日付けでした平成四年二月一日から平成五年一月三一日までの事業年度の法人臨時特別税に係る更正(ただし、原判決による一部取消後のもの)のうち法人特別税額三九〇万六〇〇〇円を超える部分及び重加算税賦課決定のうち重加算税額一〇〇〇円を超える部分を取り消す。

(5)  訴訟承継前の被控訴人が控訴人に対して平成六年二月二五日付けでした消費税に係る次の各処分(ただし、アは原判決による一部取消後のもの)を取り消す。

ア 平成元年二月一日から平成二年一月三一日までの課税期間の消費税に係る重加算税賦課決定のうち重加算税額一万二〇〇〇円を超える部分

イ 平成二年二月一日から平成三年一月三一日までの課税期間の消費税に係る重加算税賦課決定のうち重加算税額六〇〇〇円を超える部分

ウ 平成三年二月一日から平成四年一月三一日までの課税期間の消費税に係る重加算税賦課決定のうち重加算税額一万円を超える部分

エ 平成四年二月一日から平成五年一月三一日までの課税期間の消費税に係る重加算税賦課決定のうち重加算税額七五万二〇〇〇円を超える部分

(6)  訴訟費用は第一、二審を通じ被控訴人の負担とする。

2  被控訴人

主文同旨

第2  事案の概要(以下、承継前の被控訴人も含めて「被控訴人」という。)

1(1)ア 本件は、名古屋市内でパチンコ店及びゲームセンターを経営している青色申告法人である控訴人が、被控訴人のした①平成元年一月期から平成五年一月期までの法人税、②平成四年一月期の法人臨時特別税、③平成五年一月期の法人特別税、④平成二年一月期から平成五年一月期までの消費税に関する各更正、各重加算税賦課決定の一部取消を求めた(ただし、消費税については重加算税賦課決定のみについて。)事案である。

イ  原審では以下の四点が争点であった。

(ア)  控訴人が平成二年一月期に赤池ゲームの売上除外をしたか(争点①)。

(イ)  被控訴人が「たとえ、同期に赤池ゲームの売上除外がなくても、『アキューリース○○取り分』の売上除外が存在した。」旨主張して、更正理由を差し替えることが許されるか(争点②)。

(ウ)  本件売上除外等にかかる売上金が甲野に横領されたものであっても、所得に変動を来さないか(争点③)。

(エ)  本件各重加算税賦課決定に違法はないか(争点④)。

(2) 原判決は、

ア  争点①について「赤池ゲームの売上は赤池大都会の売上の一部として申告がなされており、売上除外がなされているとはいえない。」旨判示し、

イ  争点②について「青色申告に対する更正処分の取消訴訟においても、少なくとも被処分者に格別の不利益を与えない場合には、処分理由の差し替えが許されるべきである。被控訴人の『アキューリース○○取り分』における平成二年一月期の売上除外は、控訴人が本件訴訟で提出した書証から判明したものであり、控訴人も同事実を認めているから、被控訴人に追加主張の提出を許しても、格別の不利益を与えることにはならず、処分理由の差し替えが許されるべきである。」旨判示し、

ウ  争点③について「file_6.jpg本件売上除外等にかかる売上金のすべてが甲野により横領されたとは認めがたい。file_7.jpg仮に、これらが横領されたものであっても、控訴人は損害額に相当する損害賠償請求権を取得しているので所得に変動はなく、債務者の無資力その他の事由から、同請求権が実現不可能であることが明白であるといえない限り、損金の発生を認めることはできない。ところで、甲野の不正経理は、本件各事業年度経過後の平成五年一〇月に行われた税務調査の際発覚したものであるうえ、控訴人は発覚後三年を経過した平成八年一〇月一二日になって横領による損害の賠償を求める別件民事訴訟を提起したに過ぎない。そして、甲野は、平成九年七月一七日に合計約一一二〇万円の着服横領による刑事裁判で実刑判決を受けたものである、そうすると、甲野に対する損害賠償請求権が取得当初から明白に実現不能の状態にあったとか、本件各事業年度間に実現不能が明白になったとは認められない。file_8.jpg以上によれば、仮に本件売上除外等に係る売上金がすべて甲野により横領されたものであっても、本件各事業年度に横領による損失に対応した損害賠償請求権を益金に計上すべきであるから、本件各事業年度の所得金額に変動は認められず、本件各更正は適法というべきである。」旨判示し、

エ  争点④について「国税通則法六八条に規定する重加算税は納税義務違反が課税要件事実の隠ぺい又は仮装という不正な方法により行われた場合に、違反者に対して課される行政上の措置であり、故意に納税義務違反を犯したことに対する制裁としての刑罰ではない。したがって、従業員を自己の手足として経済活動を行っている法人においては、隠ぺい・仮装行為が代表者の知らない間に従業員により行われた場合であっても、原則して、法人自身がこれらの行為をおこなったものとして重加算税を賦課することができる。甲野は、決算や確定申告に関わる帳簿・資料の作成を任された主要な経理職員であって、その隠ぺい・仮装行為は長期間にわたり行われ、これによる本件売上除外等の額も多額に上り、容易に発見できるものであったにもかかわらず、控訴人は甲野に対して経理処理を任せきり、何らの管理・監督もしないまま放置してきたのであるから、控訴人に対して重加算税を賦課することは適法である。」旨判示し、

オ  さらに「①平成二年一月期の法人税に係る本件更正は赤池ゲーム分として『アキューリース○○取り分』の売上除外金額を超えて所得金額に加算している限度で違法である。そうすると、同期の所得金額が一五九万三三〇一円減少し、これに応じて同期の法人税額や重加算税額がいずれも一部違法になるばかりでなく、同期に納付を要する消費税額やこれに対する重加算税も一部違法となる。②このように平成二年一月期の所得金額が減少して平成三年一月期の未納事業税額が減少するため同期の所得金額が増加し、その結果、平成四年一月期の未納事業税額が増加することとなり、同期の所得金額の減少を招き、同期の法人税額や法人臨時特別税が減少することになる。」旨判示し、平成二年一月期に関しては収入除外の過大額につき法人税・消費税の各更正処分、重加算税の各一部取消を行うとともに、平成四年一月期の法人税及び法人臨時特別税について一部取消をした。

(3) 控訴人が原判決を不服として本件控訴に及び、被控訴人も本件附帯控訴に及んだ。

2 前提事実、争点等は原判決の事実及び理由、第二記載のとおりであるからこれを引用する。

3 控訴人の控訴理由

(1)  原判決が、甲野が捜査段階で自白している一億九五八九万四五一五円の横領さえ認めず、横領金額を不明としたことが不当であること。

ア(ア)  原判決は「①甲野の前任者には現金を持ち出している旨の風評があり、甲野が経理事務一切を引き継いだ平成二年一月時点で帳簿上の現金額と残金残高との間には五ないし六〇〇〇万円の齟齬があったこと、②甲野は平成四年一一月二日ごろ、現金管理を河野に引き継いでおり、その後は現金持ち出しの機会がなかったと考えられるのに、同月五日から一八日までの間に合計金一八八万八五〇〇円の使途不明金が発生していることなどを理由に、甲野が売上金の一部を横領したことが明らかではあるものの、その全額を横領したものとまで推認することは困難である。」旨判示する。

(イ)  しかし、民事裁判で使途不明金全額(二億九一〇五万七四九五円)の支払いを認める判決が出ているほか、甲野自身、警察・検察の取り調べにおいて一億九五八九万四五一五円を横領したことを自白しており、自白に至る経緯や供述内容には不自然・不合理な点がなく、十分信用できるものであるから、少なくとも甲野が捜査段階で自白している一億九五八九万四五一五円について横領していることが明らかである。

(ウ)  また、平成四年一一月二日以降に発生した一八八万八五〇〇円の使途不明金についても、証人河野の証言等から甲野がこのころ帳簿を管理していたことが明らかであり、甲野の手により帳簿の改ざん等がなされ、河野に帳簿が引き継がれた平成五年二月一六日以降には使途不明金が発生していない点等からすれば、これらを甲野が横領したことが明らかであり、原判決の前記ア(ア)②の判示は誤りである。

(エ)  控訴人は、昭和六二年二月以降平成二年五月までの間に一億一六五一万五一一五円の使途不明金が存在する。甲野の捜査段階における自白調書では自らが横領をするまで四〇〇〇万円の使途不明金しかなかったというのであるから、七〇〇〇万円を超える差額が発生しており、この間横領できたのは甲野のみであるから、同金額も甲野が横領したとみて間違いない。河野の証言からも明らかなとおり、甲野は丙山が控訴人を退職するに当たり上司から不足金を問われて極めて少額の不明金しか報告していない。仮に、同時点で甲野が横領に全く関与していなかったのであれば丙山を庇う必要はなく、甲野自身も横領していたため、このような言動に出たと見るのが相当である。そうすると、少なくとも、丙山が退社した平成二年二月から同年五月までの使途不明金一二二八万四五八五円は甲野が横領したものである。

(オ)  以上(イ)ないし(エ)によると、本件各事業年度中に甲野が少なくとも二億一〇〇六万七六〇〇円の横領をしたことが明らかである。

イ  原判決は上記のとおり、横領金額が不明だとするが、控訴人は原審で民事判決書(甲4)を提出していたのであり、通常の実務の取り扱いからみて、これと異なる認定がなされることなどあり得ないものと考えていた。仮に、民事判決と異なる認定がなされるのなら、刑事記録の提出を促す等釈明権を行使すべきであり、釈明権を行使せず横領金額を不明としたことは違法である。

(2) 仮に甲野の横領が本件各事業年度の損金に当たらない場合でも、横領金額が明示されるべきこと

ア  原判決は、甲野が一定金額を横領した可能性があると認めながら、当該年度に損金処理することを認めないとの理由から具体的な横領金額を判示しなかった。

イ  しかし、税務上、横領の場合には、その年度はともかく損金扱いが認められるのに対し、使途不明金のままでは損金処理が認められず、納税者にとって、それが単なる使途不明金なのか、損金処理の許される横領金額であるのか、その差は重大である。

ウ  原処分で使途不明金とされ、本件訴訟においても、被控訴人が横領の事実やその金額を争っている以上、本件訴訟後、控訴人が損金処理をしようとしても税務当局がこれを認めないことが明らかである。そして、その段階になって行政訴訟を再提起するよう要求することは国民の負担を考えない非常識極まりない対応である。

エ  そうすると、理由中の判断であっても、横領の事実さらには金額について判示されることが必要である。

(3) 甲野の横領金額について、いずれも本件各事業年度において損金として扱われるべきこと

ア  原判決は甲野の横領のため損害を受けても、それと同時に損害賠償請求権を取得するので所得金額に増減を生じず、損害賠償請求権が実現不可能となった時点で初めて損金とされるべきであるとの考えをとっている。

イ  しかし、このような考えは、不法行為等の被害者が損害発生により直ちに損害賠償請求権の存在を認識できるとは限らない点や、仮にこれを認識していてもその存否や範囲に争いのあることが多く実際には権利行使できない点、さらには、加害者は概ね無資力であって損害賠償請求権が履行されることは稀である点等を無視した、実体とかけ離れた取り扱いであるといわざるを得ない。

ウ  そのため、国税庁長官は、昭和五五年五月一五日付通達(法基通二―一―三七)において「他の者から支払いを受ける損害賠償金(債務の履行遅滞を含む。)の額は、その支払いを受けるべきことが確定した日の属する事業年度の益金の額に算入するのであるが、法人がその損害賠償金の額について実際に支払いを受けた日の属する事業年度の益金に算入している場合には、これを認める。(注)当該損害賠償金の請求の基因となった損害にかかる損失の額については、保険金又は共済金により補填される部分の金額を除き、その損害の発生した日が属する事業年度の損金の額に算入することができる。」こととした(以下「基本通達」という。)。

エ  基本通達では「他の者」と限定し、会社の役員及び幹部職員が不法行為者である場合にはケースバイケースで判断することとされているが、会社役員等の場合には責任の有無、損害賠償能力、支払い方法等について複雑な問題が含まれる場合が多いことに配慮したものであって、役員や幹部職員とはいえない純然たる従業員が「他の者」に該当することは明らかである。

オ  甲野は単なる事務員に過ぎず、上記「他の者」に他ならないから、ウの通達が該当する場合であり、控訴人が甲野に対する損害賠償金について現実に支払いを受けた時点で収益計上することにしている以上、このような取り扱いは税務上是認された扱いであるから、損害賠償の基因となった本件横領行為に係る損失について、その損害が発生した時点で損金算入することに何ら問題はない。

カ  したがって、本件各事業年度で損金処理を認めなかった原判決には誤りがある。

(4) 控訴人に対し重加算税の賦課を認めたことが誤りであること

ア  原判決は「従業員を自己の手足として経済活動を行っている法人においては、隠ぺい・仮装行為が代表者の知らない間に従業員によって行われた場合であっても、原則として法人自身がこれらの行為を行ったものとして重加算税を賦課することができる。」旨判示したうえ、「甲野は決算や確定申告に関わる帳簿・資料の作成を任されていた主要な経理職員であった。」旨認定している。

イ  しかし、隠ぺい・仮装が重加算税の要件とされている点からすると、少なくとも、行為者が行為時に法人にとって、国税の課税標準等・税額等の計算の基礎となるべき事項であることを認識し、自己の隠ぺい・仮装行為によって、法人の負担すべき国税の額を減少させることになるとの認識を持っている場合、即ち、隠ぺい・仮装行為が代表者の行為と同一視できる場合でなければならない。

ウ  甲野の控訴人内での役割は、集金された現金とその種別を記載した金種票を照合して上司に報告し、その指示のもと銀行に預託し、その結果を帳簿に記載することであり、組織上何らの決裁権限もなく、補助職員として機械的な伝票・入出金事務等を行っていたに過ぎない。したがって、原判決が甲野を主要な経理職員としたことには重大な事実誤認がある。

エ(ア)  ところで、被控訴人は「甲野が多額の現金を事実上保管して、出納簿等の帳簿を作成し、決済の原資料を作成していたことから、甲野が控訴人の現金管理や、帳簿の作成などの経理処理において、極めて重要な職務を果たしており、控訴人の主要な経理職員である。」旨主張する。

(イ)  しかし、多額の現金を事実上保管し、これを記帳する作業は銀行等の多数の事務職員が日常的に行っているところであり、このような事務を担当しているからといって、主要な経理職員であるなどとは到底いえない。

(ウ)  そして、経理上の権限が堀田課長にあり、甲野が一介の事務職員に過ぎないことは証拠上明らかであり、被控訴人も認めているところである。控訴人の経営者と特段の親族関係もなく、上司の指示に従って事務手続きを処理するのみの甲野の行為を控訴人の経理処理・帳簿処理そのものであるとする被控訴人の主張は暴論といわざるを得ない。

オ(ア)  甲野が帳簿の改ざん等に及んだのは、横領という犯罪行為を行いこれを隠ぺいするためであって、これを納税者である控訴人が隠ぺい・仮装行為に及んだと評価することが相当でないことはいうまでもない。

(イ)  実質的にみても、横領者が当該納税者本人の場合には兎も角、使用人の横領のため被害を被っている納税者に対し、さらに、重加算税を課してその被害を拡大することが社会通念に反する著しく不当な結論であることは明らかであって、国民の納税感情を著しく阻害するものである。

(ウ)a  被控訴人は「①納税者が法人の場合には自己の手足として従業員を使用して経済的利益を享受している以上、これに伴う不利益も甘受すべきである。②このような場合、重加算税を賦課しなければまじめな納税者の不公平感を助長する。」旨主張する。

b  しかし、本件は、不法行為等のように被害者の救済が問題となる事案ではなく、重加算税という行政罰が問題となっているのであるから、上記①のような立論をして重加算税を課することが衡平・妥当とはいえない。

c  また、上記②の主張についても客観的資料に基づかない単なる決めつけであるというほかない。

カ(ア)  そもそも、課税実務において、一事務員が横領行為に及んだ場合に重加算税まで賦課される扱いがなされることは通常あり得ない。

(イ)  本件で重加算税が賦課されたのは、原処分の段階では甲野の横領が明らかになっておらず、使途不明金として処理されたことにある。仮に、税務調査の段階で正しく事実関係が把握され、横領の事実が認定されていたなら、他の税務実務との均衡上も、控訴人に対して重加算税が賦課されることはなかったはずである。

(ウ)  現時点では甲野の横領が明らかになっているのであるから、重加算税の賦課決定は取り消されるべきである。

4 被控訴人の附帯控訴の理由

(1) 原判決は、控訴人の平成四年一月期の所得金額を認定するに当たり、未納事業税として一五万七〇〇〇円を認め、これを同期の損金として所得金額から控除したうえ、法人税及び法人臨時特別税の一部取消をした。しかし、以下のとおり、未納事業税の認定には誤りがあるから、これを前提とした原判決の判断部分は取り消されなければならない。

(2)ア 法人税法で各事業年度の損金として認められるのは原則として、当該期末までに債務の確定しているものに限られる。

イ  事業税については、申告に伴うそれは申告時に、更正または決定があった場合には当該時点で債務が確定することになる。

ウ  もっとも、課税実務においては、事業税の額は原則として法人税法上の所得金額を基に計算されることになっているから、連続する複数の事業年度の法人税の更正等がなされる場合には、例外的に、更正等に伴い納付すべき事業税額を見積もり、これを損金に算入する扱いがされている。

(3)ア 本件では、平成元年一月期から平成五年一月期までの連続した五期分の法人税の更正がなされたことから、平成二年一月期から平成五年一月期の各期において、直前期の所得金額を基に見積もった各期の未納事業税の金額を更正の際に認容しているのである。

イ  ところが、原判決は、前記1(2)オのとおり、平成二年一月期の法人税の一部取消により翌期の未納事業税が減少するとして、平成三年一月期に更正処分を超える所得金額を認定したうえ、これを基に平成四年一月期の未納事業税が増加し、その結果、同期の所得金額が減少するとしている。

ウ  しかし、原判決が認定した平成三年一月期の所得金額は、同期の更正処分が適法であるとの根拠を示すものであるに過ぎず、更正処分の所得金額そのものを変動させるものではない。したがって、平成四年一月期の未納事業税額を増加させることもあり得ない。

エ  そうすると、平成四年一月期の所得金額は更正処分どおりで変動はなく、更正処分にかかる法人税や法人臨時特別税にも誤りはないので、これらを一部取り消した原判決には明らかな誤りがあるから是正されなければならない。

第3  当裁判所の判断

1  平成二年一月期に赤池ゲームの収入除外が認められない点、本件訴訟の経緯等に照らすと処分理由の差替えが認められるべきである点等は原判決の事実及び理由、第三、一、二(五九頁三行目冒頭から同六六頁七行目文末まで)に記載されているとおりであるからこれを引用する。

2(1)  本件では、上記赤池ゲームの収入除外以外に金額面の争いはなく、収入除外や架空仕入れは甲野が横領行為を隠ぺいするため行われたものか、あるいは、これに重加算税を課することが相当かという点が争点であるので、甲野の控訴人での職務内容等が検討されなければならない。

(2)  そして、証拠によれば以下の事実が認められる。

ア 甲野は他の会社で経理課職員として稼働した後、昭和五一年一〇月××産業株式会社(以下「××産業」という。)に入社し、子会社である控訴人の経理を担当するようになった(甲3、24の1、乙16)。

イ 昭和六三年五月に河野(旧姓青木)直子(以下「河野」という。)が採用され、控訴人の経理を担当するようになった時点で、上司として丁野二郎(以下「丁野課長」という。)や丙山一郎(以下「丙山係長」)という。)が存在したものの、現実には甲野一人で控訴人の帳簿類を作成し、これをチェックする者がいないという状況になった(甲24の1、証人河野)。

ウ 河野が控訴人の経理に関わるようになり、甲野がゲームセンター部門の、河野がパチンコ部門の各経理担当者となったが、河野に経理の知識がなかったため、甲野がパチンコ部門の経理も指導していた(証人河野)。

エ その後、丙山係長が平成二年一月に退職し、それまで同人が担当していた職務まで甲野が行うこととなり、甲野は出納簿や当座預金調整表、科目別明細表等の控訴人の重要な会計帳簿を作成するだけでなく、八億七一一〇万二五三五円(ただし、平成二年六月以降平成五年一月までの分)を超えるゲームセンター(主としてモンテカルロ、オリンピア、ヒルトン分)からの集金の確認作業を一人で行うようになった(甲7の25ないし27、同24、25、乙17、18、23、証人河野)。

オ そして、丁野課長等は甲野を信頼していたため、同人が作成した帳簿等について、現金と照合する等、その正確性の検討をすることはなかった。

3  使途不明のほとんどを甲野が横領したとみるべきこと

(1)  上記2でみたとおり、甲野は控訴人の会計帳簿を事実上一人で作成するとともに、巨額の現金を扱っていた。

(2)  しかも、甲野は刑事事件で横領罪により実刑判決を受け、その際の起訴金額は一一二〇万円に止まったものの、捜査段階等では一億九〇〇〇万円を超える横領を自白している。

(3)ア  ところで、控訴人が甲野の横領による旨主張しているのは、①平成元年一月期のゲームセンターの売上除外一四八四万二二〇〇円。②平成二年一月期の売上除外四三五万四二〇〇円(なお、前記処分理由の差替後のもの。)。③平成三年一月期のゲームセンター収入の除外額一五三万四七〇〇円(ただし、所得金額に算入されるのは消費税を控除した後の一四九万円)。④平成四年一月期のゲームセンター収入の除外額三四九万三六八○円(ただし、所得金額に算入されるのは消費税を控除した後の三三九万一九二三円)。⑤平成五年一月期のfile_9.jpgゲームセンターの売上除外四〇〇四万四六〇〇円(ただし、所得金額に算入されるのは消費税を控除した後の三八八七万八二五三円)。file_10.jpgパチンコ収入の除外額六四〇〇円(ただし、所得金額に算入されるのは消費税を控除した後の六二一三万五九二三円)。file_11.jpg仕入れの架空計上額一億五四〇〇万円(ただし、所得金額に算入されるのは消費税を控除した後の一億四九五一万四五六四円)である。

イ これらはいずれも総勘定元帳における収入の圧縮や架空計上によりなされたもので、総勘定元帳の作成自体は外注されていたものの、その基礎となるべき出納簿の記帳をしていたのは甲野であり、これを実質的にチェックする者もいなかったから、これら収入の圧縮を行ったのが甲野であることは明らかである。

ウ しかも、甲野は民事裁判で、横領による損害賠償として二億九一〇五万七四九五円の支払いを命じられている(甲4)ほか、前記のとおり刑事事件においても一億九〇〇〇万円余の横領を認めている。甲野が実刑の危険を冒して偽りの自白をするとは通常考えられないから、その犯行が継続的かつ長期にわたっているため、横領金額や期間等の正確性には疑問があるが、同自白は大筋において信用できるものと解され、甲野は継続的に横領を行いその金額は巨額なものとなっていたものと認められる。

エ そうすると、甲野が収入の圧縮等を行ったのは、証人河野の証言等から、当時、現金の管理をしていた丙山係長の依頼により同人の横領行為を隠ぺいするため収入の圧縮等がなされた疑いの強い前記ア①・②の売上除外分を除き、自己の横領行為の発覚を妨げるためであったと認められる。

4  本件各更正に違法がないこと

(1)  上記3のとおり、甲野の収入の圧縮等は、自己もしくは丙山係長の横領行為を隠ぺいするため行われたものと認められる。

(2)ア  控訴人は「このような場合、損失と同時に損害賠償請求権が発生しており、所得に変動を生じないものとして扱うことは実体とかけ離れており、許されない。」旨主張する。

イ しかし、法人税法二二条四項は「当該事業年度の収益及び費用は一般に公正妥当と認められる会計処理の基準に従って計算するものとする。」旨規定しているから、法人税法は、原則として発生主義のうち権利確定主義を採っているものと解される。そうすると、横領により損失が発生したとしてもこれと同額の損害賠償請求権を取得することになるため、原則として所得額に変動を生じないことになる。

ウ 法人税法が上記のように権利確定主義を採用しているのは、主として、企業会計の原則と整合性を保つことにあるものと解される。また、課税当局が損害賠償債権の存否や、その回収の有無を個別に確定することなど困難であるから、当該債権が該当事業年度に回収不能であることが確定していない限り、これを所得に含めるという権利確定主義は、徴税技術という観点からも優れている。

エ 甲野の不正経理が発覚したのは、平成五年一〇月に行われた被控訴人の税務調査の結果であり、横領金を高級商品の購入等に費消し、その回収が困難であることが客観的に明らかになったのは、その後の民事裁判や警察・検察の捜査の結果等からである。そうすると、甲野に対する損害賠償請求権が本件各事業年度において回収不能であることが明らかであったとはいえないから、甲野に対する損害賠償請求権は所得に加算されなければならない。

(3)ア  ところで、控訴人は「権利確定主義は著しく実態から遊離しており、この基準によることが妥当でない場合も多いため基本通達が設けられたのであり、本件においても基本通達の適用が認められるべきである。」旨主張する。

イ 確かに、基本通達は権利確定主義によることが妥当でない場合も多く、このような場合に会計原則や徴税の便宜のみを強調することは相当でないため、その例外を認めたものである。

ウ しかし、基本通達には例外を認める前提として「他の者から支払いを受ける損害賠償請求権」という限定が付されている。このような限定を付したのは、たとえば、本件のような横領行為の隠ぺい等のために収入の圧縮や架空計上等が行われた場合、外形的には法人自身がなした脱税行為と識別がつかないため、このような場合に例外的扱いを認めると徴税事務に著しい支障を生じるためであると解される。

エ 前記のとおり、甲野は控訴人の重要な経理帳簿の作成をほぼ全てを任され、これをチェックする者はおらず、法人内部での権限とは別に、その経理処理が法人の処理と受け取られても致し方のない状況にあった。したがって、甲野が「他の者」に該当するとみることは困難であり、法人税法の原則が権利確定主義である以上、このような場合は埒外であるとして基本通達の適用を認めなかったことが不当であるとはいえない。

(4)  そうすると、ゲームセンターの売上除外、パチンコ収入の除外、架空仕入れの計上等はいずれも甲野もしくは丙山係長の横領行為を隠ぺいするため行われたものであるが、法人税法の原則である権利確定主義に従い、本件各事業年度に横領に伴う損害に対応した損害賠償請求権を益金に計上すべきことになり、所得金額に変動をきたさないから本件各更正は適法である。

5  本件各重加算税賦課決定が適法であること

(1)  国税通則法六八条一項は「納税者がその国税の課税標準等又は税額等の計算の基礎となるべき事実の全部又は一部を隠ぺいし、又は仮装し、その隠ぺい又は仮装したところに基づき納税申告書を提出していたときは、当該納税者に対し、過少申告加算税の額の計算の基礎となるべき税額に係る過少申告加算税に加え、重加算税を課する。」旨規定している。

(2)  同条の趣旨は、加算税を課すべき過少申告行為が課税要件事実の隠ぺい・仮装という手段で行われた場合に、違反者に行政上の制裁として重加算税を賦課することにより、申告納税制度の適正円滑な運営を図ろうとする法技術上の制度であるから、納税者において仮装・隠ぺいした事実に基づき申告するという認識を要さず、結果として過少申告の事実があれば足りるものと解される(最高裁昭和六二年五月八日税務訴訟資料一五八号五九二頁等参照)。

(3)  控訴人は上記4(3)エで述べたとおり、甲野に重要な経理帳簿の作成等を任せきり、納税の際にも甲野が作成した経理帳簿等に基づき作成された総勘定元帳や決算書類等で申告を行ったところ、これら経理帳簿等に虚偽の記載が存在したため、客観的にみて、控訴人が仮装・隠ぺいの事実に基づく申告をなしたことになったのであるから、重加算税賦課の要件を満たしており、本件各重加算税賦課決定に違法はない。

(4)ア  控訴人は「甲野が横領行為の発覚を妨げるため行った経理操作を理由に、犯罪被害者である控訴人に対し、重加算税賦課決定をするのは実質的にみて不当であり、憲法にも違反する。」旨主張する。

イ 重加算税賦課の目的は上記(2)で述べたところにあり、控訴人の内部的な問題から、結果的に控訴人が仮装・隠ぺいを手段とした過少申告を犯して適正な徴税を妨げている以上、これに重加算税を課して申告納税制度の円滑・適正な運営を図ることにも合理性があり、このような立法政策を採ることが、憲法に違反するとはいえないし、また、実質的にも不当であるとはいえない。

6  本件附帯控訴に理由があること

(1)  原判決は、赤池ゲームの収入除外は認められず、アキューリース○○関係で理由の差し替えを認めても、なお原処分より所得の減少を生じるとして平成二年一月期の法人税の一部取消を行い、これにより翌期の未納事業税が減少するとして、平成三年一月期に更正処分を超える所得金額を認定したうえ、これを前提に平成四年一月期の未納事業税が増加するため同期の所得金額が減少するとして、同期の法人税、法人臨時特別税に係る更正のうちいずれも差引納付すべき税額の一部を取り消した。

(2)  しかし、平成三年一月期の所得金額が更正処分を超える金額と認定されたからといって、更正処分が理由のあるものとなるだけで、所得金額そのものが増加するわけではないので、これと連動して決められる平成四年一月期の未納事業税額が増加することはない。

(3)  そうすると、平成四年一月期の所得金額にも変動はなく、同期についてなされた更正処分にも誤りはない。したがって、同期の法人税及び法人臨時特別税の一部取り消しをした原判決の当該部分の判断には誤りがあり、本件附帯控訴には理由があることになる。

7  結論

以上のとおり、本件控訴には理由がないが本件附帯控訴には理由があり、これと一部異なる原判決を変更することとする。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官・井筒宏成、裁判官・古川正孝、裁判官・和田真)

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