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大阪高等裁判所 平成11年(う)341号 判決 2001年9月27日

主文

本件各控訴を棄却する。

理由

本件各控訴の趣意は検察官辻本三代太郎作成,被告人A1作成,その弁護人岡本栄市及び同相川嘉良共同作成,被告人A2の弁護人平松光二作成,被告人A3の弁護人吉田竜一作成の各控訴趣意書に,検察官の控訴趣意に対する答弁は上記弁護人岡本栄市及び同相川嘉良共同作成,被告人A4の弁護人武村二三夫作成の各答弁書にそれぞれ記載のとおりであるから,これらを引用する。

(以下,被告人らの表記については,肩書を省略して単にその姓のみで示すこともある。)

第1検察官の控訴趣意中,訴訟手続の法令違反の主張について

論旨は,被告人4名に対する本件銃砲刀剣類所持等取締法違反及び火薬類取締法違反の各公訴事実は,「法定の除外事由がないのに,(1)被告人A1,被告人A4及び被告人A2は,Bと共謀の上,平成3年11月12日ころから同年12月18日ころまでの間,兵庫県姫路市a町b丁目c番d号eビルのC事務所前路上から同市f町gh番地のB方に至るまでの間の自動車内,上記B方及び同市i町j番k号lマンションm号室D方において,(2)被告人A1,被告人A4及び被告人A3は,共謀の上,同日ころ,上記lマンション前路上から上記C事務所に至るまでの間の自動車内及び同事務所において,(3)被告人A1は,同日ころから平成4年8月24日ころまでの間,上記C事務所,同市o番地pハイツq号室E方及び同市r町s番地F方車庫等において,それぞれ,回転弾倉式けん銃2丁及び火薬類であるけん銃用実包28発(以下,これらを『本件けん銃等』という。)を所持した」というものであるところ,原審裁判所は,「本件けん銃等については,警察官が,裁判官の発した接見等禁止決定に違反して,被告人A1と被告人A4とを面談させるとともに,被告人A1らに外部の者との電話連絡をさせるなどして,他の場所から前記F方車庫への移動工作をした上,被告人A4が本件けん銃等を同車庫内に隠匿所持していたとの被告人A4の内容虚偽の供述調書を作成し,これを利用して発付を受けた令状により押収した違法収集証拠であり,さらに,本件けん銃等の写真撮影報告書及び鑑定書並びに本件けん銃等を直接示して得た関係各供述調書の供述部分についても,違法収集証拠である本件けん銃等との関連性が密接で,実質的に同一と評価できる」として,その各証拠能力を否定するとともに,これらをいずれも証拠から排除した結果,「被告人らの自白には補強証拠がなく,犯罪の証明がない」として無罪を言い渡したが,この原審裁判所の措置は,本件けん銃等の押収経過について事実を誤認した上,違法収集証拠の証拠能力に関する判例に違反し,憲法31条,33条,35条及び刑訴法1条,218条等の解釈適用を誤り,証拠能力が認められるべき本件けん銃等について,あえてこれを否定するという訴訟手続の法令違反を犯したものであって,これが判決に影響を及ぼすことも明らかである,というのである。

そこで,所論(検察官の当審弁論を含む。)にかんがみ,記録を調査して検討する。

まず,関係証拠によると,本件けん銃等の押収経過については,ほぼ原判決がその「補足説明」第1章第1の2で認定説示するとおりの事実が認められるのであって,それを要約すると,次のとおりとなる。

(1)  被告人A1は,平成4年8月21日,共謀によるけん銃2丁及び実包20発所持の容疑で逮捕され,同月22日に飾磨警察署に勾留され,また,被告人A4も,同月21日,けん銃1丁所持の容疑で逮捕され,同月22日に加古川警察署に勾留され,それぞれ,公訴提起に至るまでの間その接見等を禁止する決定がなされた。さらに,被告人A2も,同様に逮捕,勾留された。そして,上記3名はいずれも,自己に対する被疑事実について身に覚えがない旨述べて,これを否認していた。

(2)  本件けん銃等の入ったアタッシュケースは,当時,被告人A1がその内妻Gを通じ,同女の友人Eに預けていた。

(3)  被告人A1は,同月22日,警察官Iからの取調べにおいて,「逮捕事実は間違いないが,けん銃等は現在被告人A4が隠し持っているので,自分が被告人A4と会うことが可能であれば,隠し場所について話をさせることができる。」との供述をするようになった。この供述について,Iは,被告人A1が被告人A4に自己の刑責を押しつけようとしているものであり,もし,被告人A1と被告人A4とを会わせると,暴力団の親分子分の関係から,被告人A4は被告人A1の指示に従うに違いないとの認識を持った。そして,被告人A4の取調べを担当していた警察官Jや本件の捜査主任官のKも,Iから被告人A1の供述状況を聞いて,Iと同様の認識を持った。しかし,Kは,被告人A1らからけん銃を提出させるには,いずれ何らかの形で被告人A1と被告人A4とを会わさざるを得ないだろうと考えていた。

(4)  被告人A4は,同月23日,Jの取調べを受けていたところ,その部屋に電話がかかり,受話器をJから渡されて,その電話の相手であった被告人A1と話をすることになった。そして,被告人A4は,被告人A1から「お前,道具で懲役に行くか。どこか道具を交わす所ないか。」などと言われたので,被告人A1が自分に本件けん銃等所持の責任を全て被れと言っているものと理解し,これを承諾して,本件けん銃等の移動先として知り合いのF方がある旨を告げた。その後,Jは,F方車庫にけん銃2丁と実包二十数発の入ったアタッシュケースを置いていることや,そのけん銃2丁の種類,更にはF方の電話番号等を被告人A4から聴取し,その日のうちに,被告人A4の同月24日付け供述調書の主だった部分を作成した。

(5)  同月24日付けの産経新聞の朝刊には,警察が姫路の暴力団員を有馬資産家父娘失踪事件で取り調べる予定である旨の記事が掲載された。

(6)  I及びJは,同月24日午後1時前ころにKと話し合って,被告人A1と被告人A4とを会わせることを決め,同日午後3時前ころ,飾磨警察署2階第二取調室で,両名をI及びJ在室の下に面談させた。

(7)  その際,被告人A1は,被告人A4に「銃刀法で懲役行くか。」と聞き,これを被告人A4が承諾し,両名で本件けん銃等の入ったアタッシュケースをF方車庫に置くこと及び被告人A2の妻Hに同所までアタッシュケースを運ばせることを話し合った後,Jと被告人A4は,第二取調室を出て参考人室に移動した。そして,その場に残った被告人A1は,内妻のGと上記Hにそれぞれアタッシュケースの運搬を依頼するための電話をした。

(8)  その後,被告人A1とIも,参考人室に移動し,被告人A4が,Hに電話で,F方への行き方とアタッシュケースを置く場所を指示した。また,Hから場所が分からないという電話がかかったので,被告人A4が説明し直した。さらに,被告人A4は,Fにも電話をし,荷物を置かせてくれと頼んだところ,同女から断られた。しかし,午後5時ころ,Hから,アタッシュケースを置いたという電話が入った。

(9)  そうして,警察官らは,被告人A4の同月24日付け供述調書を疎明資料として,神戸地方裁判所姫路支部にF方を捜索場所とする捜索差押許可状の請求をし,同許可状が発付されたため,同日午後6時50分ころ,F方の捜索に着手し,その車庫内から本件けん銃等の入ったアタッシュケースを発見して,これを差し押さえた。

(10)  ところで,被告人A4の上記供述調書は,「けん銃等の入ったアタッシュケースを昨年(平成3年)12月にF方車庫に隠し,その後何回もけん銃等があるか確認しており,最近では先月末に一度確認しており,けん銃があることは間違いありません。」といった内容虚偽のものである。

これに対し,所論は,(1)原判決は,本件けん銃等のF方車庫への移動が完了した時刻を午後5時ころと認定し,それを前提に,午後5時ころからでは被告人A4の8月24日付け供述調書を作成する時間的余裕がないと説示しているが,J証言及びI証言からすると,本件けん銃等のF方への移動が完了した時刻は午後4時過ぎころであって,調書作成が完了し捜索差押許可状の請求準備が出来た時刻が午後5時ころと認定されなければならず,しかも,上記調書は実質6丁の短いものにすぎず,これに添付されている被告人A4作成の図面も手書きの簡単なもので,筆記のための補助者も付されていたから,経験のある捜査官においてはその作成にそれほど時間を要するものではなく,「Hから移動を完了したとの報告があった後30分ほどで調書を完成させ,それから捜索令状を取りに行った」旨のJ証言は十分信用できるし,また,本件けん銃等の捜索が開始されたのは同月24日午後6時50分ころであるから,Jが上記調書を作成するなどして,捜索差押許可状の請求準備を行った後,F方の捜索が開始されるまでには約2時間近い時間的余裕があるところ,飾磨署と神戸地方裁判所姫路支部を往復し,引き続き飾磨署からF方に行く所要時間は車で走行して合計約1時間程度であるから,これに令状発付の可否を裁判官が判断する時間を加えても,捜索差押許可状の請求準備が午後5時ころになされたとするJ証言は,実際にも極めて自然なものであり,したがって,原判決の上記認定は誤りである,(2)原判決が8月23日に被告人A4と被告人A1とが電話で話したと認定している点も,その認定に沿う内容の被告人A4の供述は,取調べ警察官はもとより,被告人A1でさえそのことを否定しているし,また,もし,同日,被告人A4が被告人A1と話をして,本件けん銃等を移動させることを承諾し,F方にこれらを隠したとの供述調書の作成にも応じることになったというのであれば,何もわざわざ翌24日に被告人A4と被告人A1とを会わせる必要などなかったはずであるから,この点でも,原判決は事実の認定を誤っているとした上,真実は,原審で検察官が主張していたように,警察官らは,8月24日の新聞記事を見て,もし,被告人A1と弁護人が接見し,被告人A1がこの記事の内容を知れば,本件けん銃等を提出しなくなるおそれがあると考え,同日急きょ被告人A1と被告人A4を面会させて,本件けん銃等を移動させた上,午後5時ころまでに同日付け警察官調書を作成し,その後捜索差押えを実施したのである,と主張する。そこで,検討するに,まず,(1)の点については,確かに,Jは原審及び当審で所論のような供述をしているが,同供述は,①被告人A4の供述調書の作成に当たり,清書等の補助をしたLが,「調書を巻くから来てくれと言われた時刻は,夕方近かったかも分からない。清書し終わるまで1時間くらいかかったと思う。清書が終わったのは,午後5時半くらいになっていたと思う。『早くせえ,早くせえ。』とせかされましたんで。」と供述しているのと,食い違っていること,②Jの供述によると,調書の作成は,HからのアタッシュケースをF方車庫に置いたという電話があり,被告人A1とIが参考人室から退出した後に,着手したとされているところ,Fは,原審及び検察官調書(原審検察官請求証拠番号773)で,「私が実家から帰ってきた午後5時前後に,自宅の車庫に車を入れようとすると,アタッシュケースを持って車庫から出てきた不審な女性と出会ったので,声を掛けると,同女は当時被告人A4が乗っていたランドクルーザーに乗り込んで立ち去った。」旨供述しており,その状況からして,この女性はHであり,同女はFに見つかったため,一度出直してからF方車庫にアタッシュケースを置いたと考えられ,Hがアタッシュケースを置いたとの連絡を入れたのは午後5時以降と認められること,③そして,Iも,「自分は,Hからの連絡があったので,帳場のKにその報告をしに行った後,午後5時過ぎくらいに被告人A1を連れて参考人室を出た。そして,同人をいったん第二取調室に連れていき,すぐそこを出て午後6時15分に入房させた。」と,その当時自分がとった行動を踏まえながら参考人室からの退出時刻について供述していること,以上①ないし③の諸点に照らすと,J供述はにわかに信用しがたい。そして,もし真実,Jが被告人A4の調書を8月24日に作成しているとすれば,午後5時過ぎころから取りかかったことになるが,所論のとおり飾磨署と神戸地方裁判所姫路支部の往復時間と飾磨署からF方への片道時間の合計は約1時間であるところ,JはKに報告し令状請求の準備をしてもらったと供述しているので,それに要する時間,更には,裁判所が令状請求を受け付けてから令状を交付するまでに要する時間を加えると,仮に,所論のいうように,上記調書の作成が30分程度で可能であるとしても,その30分を捻出することすら相当困難になると思われる(もっとも,被告人A4の8月24日付け供述調書は,実質6丁のものとはいえ,その内容が多岐にわたっているところから,到底30分程度で作成できるものとは考えられない)。したがって,所論(1)の点は採用できない。次に,(2)の点についても,被告人A4の供述は,「8月23日の昼前後,加古川署でJから取調べを受けている時に,電話がかかってきて,Jが自分と電話を代わるというので,びっくりしていると,横からLが『被告人A1や,被告人A1や。』と告げた。Jと電話を代わって挨拶をすると,被告人A1が『お前,道具で懲役に行くか。』と言ったので,前から被告人A1との間では,自分が罪を被る約束をしていたことでもあるから,『はい。』と返答した。すると,被告人A1は,前置きとして『道具は遠いやろ,大阪やからの。分かるやろう。』と,暗に,警察にはけん銃等の隠し場所につきうそをついている旨述べた上で,『警察とは,道具を大阪の金貸しから他の場所へ交わして出すようにするという話が出来ている。お前,Cの事務所の近くで,どこか交わす所ないか。』と言った。そこで,自分は,F方の車庫が思い浮んだので,Lに押収されている自分の手帳を見せてもらい,Fの名前と同女方の電話番号を被告人A1に告げた。」といった相当具体的なもので,「被告人A1の電話の後,F方にけん銃を隠したという内容の調書を作成した。」という供述と相まって,十分に信用性がある。他方,被告人A1はこの被告人A4供述を否定しているが,もともと,被告人A1は,「8月23日に被告人A4と面談して,F方に本件けん銃等の入ったアタッシュケースを置き,捜索差押えがなされた。」と,事実に反する供述を繰り返しているのであるから,その供述は信用できない。また,けん銃の移動には,第三者への指示等が必要であるが,その打合せをさせるためには,被告人A1と被告人A4とを会わせるのが手っ取り早く,確実であり,実際,両名を会わせた後,そういったことが行われており,たとえ,8月23日に被告人A4が被告人A1と電話で話しているとしても,その翌日に両名を会わせる必要がなかったとはいえない。したがって,所論(2)の点も採用できない。結局のところ,前記所論は前提を欠き,失当である。

そこで進んで,先に認定した(1)ないし(10)の事実関係を前提に,本件けん銃等の証拠能力の有無につき検討する。

所論は,接見等禁止決定に違反した前記警察官らの措置は,被告人A1が被告人A4と面談すれば本件けん銃等を提出させると供述している特殊な状況の中で,たまたま新聞記事の掲載という,被告人A1がその内容を知れば供述を翻しかねない予想外の緊急事態に遭遇したことから,やむを得ずになされたもので,また,その際,被告人A4に虚偽の供述をさせたり,同人の権利を侵害したりもしていないのであるから,その違法の程度は,本件けん銃等の証拠能力を否定しなければならないほどに重大なものではない,と主張する。しかしながら,①警察官らは,被告人A1が被告人A4に罪を押しつけようと企図して同人と会いたがっており,もし,同人が被告人A1と会えば,その指示がたとえ理不尽なものであっても,暴力団の子分として従わざるを得ないことも分かっていながら,あえて,接見等禁止決定に違反して,被告人A4に被告人A1の意向を伝え,同人に引き合わせた上,外部との電話連絡までさせて,両名がけん銃移動工作をするのに手を貸しており,また,②被告人A4が虚偽の供述をしていることを知っていながら,その内容どおりの供述調書までも作成し,そして,③その供述調書等に基づき,裁判所に真実を告げずに捜索差押許可状の発付を受け,更には,④検察官にも,被告人A4の供述内容に虚偽が含まれていることを知らせず,検察官をして,被告人A4を虚偽内容の調書等に基づき起訴までさせているのであって,これらは,単なる接見等禁止決定の違反だけでなく,被告人A1の企図した罪証隠滅工作への協力,被告人A4も加わった新たな犯罪行為の黙認,虚偽調書の作成及びその令状請求への利用といった各種の違法行為を意図的に積み重ねているとみるほかない上,被告人A4に対し誤った起訴による有罪判決の恐れの発生といった結果まで生じさせている(ちなみに,被告人A1及び被告人A4に対する平成4年9月10日付け起訴状記載の公訴事実は,原審第84回公判で一部訴因変更がなされており,その変更された部分は,当初「被告人A1及び被告人A4は,共謀の上,平成3年12月18日ころから平成4年8月24日ころまでの間,兵庫県姫路市a町b丁目c番d号eビルのC事務所,同市t町u番地所在の株式会社M作業場及び同市r町s番地F方車庫において,本件けん銃等を所持した」というものであった。)のである。そうすると,たとえ,けん銃及び実包所持という事案自体の重大性のほか,たまたまその途中からこれらを緊急に社会の中から回収する必要性も生じるに至ったという本件の特殊な事情を考慮に入れても,警察官らのとった上記一連の措置は,これを全体としてみると,その違法の程度が令状主義の精神を没却する重大なものであり,また,その令状主義潜脱の意図も明らかであって,本件けん銃等を証拠として許容することは,将来における違法捜査の抑制の見地からも相当でないというべきである。したがって,原審裁判所が,違法収集証拠である本件けん銃等及びこれらと関連性が密接で実質的に同一と評価できる写真撮影報告書,鑑定書並びに違法収集証拠物を直接示して得た関係各供述調書の供述部分を証拠から排除したのは正当であり,その措置は所論のような訴訟手続の法令違反には当たらない。論旨は理由がない。

第2被告人A1及びその弁護人らの各控訴趣意中,訴訟手続の法令違反の主張について

各論旨は,本件強盗殺人,死体損壊及び強盗予備に関する被告人A1の捜査段階の各供述調書は取調べ捜査官らの暴行及び脅迫によって作成されたものであって,自白の任意性がないか又は違法に収集された証拠として証拠能力が認められないのに,原審裁判所がこれらの調書を証拠として取り調べた上,有罪の認定に供したのは,訴訟手続の法令違反であり,この違反が判決に影響を及ぼすことも明らかである,というのである。

しかしながら,記録を調査,検討しても,原審裁判所が本件強盗殺人,死体損壊及び強盗予備に関する被告人A1の捜査段階の各供述調書の証拠能力を認め,これらを証拠として取り調べた上,有罪の認定に供したことに,所論のような訴訟手続の法令違反は認められない。すなわち,関係証拠からすると,平成4年9月7日夜及びその後の取調べの際に捜査官から暴行を受けたとの被告人A1の原審供述が信用できず,同人の捜査段階の各供述調書に任意性が認められること,そして,本件銃砲刀剣類所持等取締法違反及び火薬類取締法違反事件における違法捜査によっては同供述調書の証拠能力が否定されないことについては,いずれも原判決がその「補足説明」の第2章で適切に説示しているところであって,当裁判所もこれを是認することができる。各論旨は理由がない。

第3被告人A1及びその弁護人らの各控訴趣意中,事実誤認の主張について

各論旨は,(1)原判示第1の事実について,被告人A1は,その判示日時に被告人A4らに同行してR方に赴いたことはあるが,被告人A4,被告人A2及び被告人A3と強盗の共謀などしておらず,また,強盗目的でその犯行の機会をうかがったこともないのに,これらを肯認して,被告人A1を有罪とした原判決には事実の誤認がある,(2)原判示第2の1の事実について,被告人A1は被告人A4,被告人A2及び被告人A3とN1からの強盗やN2の殺害の共謀などしておらず,また,それらの実行行為もしていないのに,被告人A4らとの共謀によるN2に対する強盗殺人の事実を肯認して,被告人A1を有罪とした原判決には事実の誤認がある,(3)原判示第2の2の事実について,被告人A1は,被告人A4及び被告人A2とN1からの強盗や同人の殺害の共謀などしておらず,また,その実行行為もしていないのに,被告人A4らとの共謀によるN1に対する強盗殺人の事実を肯認して,被告人A1を有罪とした原判決には事実の誤認がある,(4)原判示第3の事実について,被告人A1は,被告人A4及び被告人A2とN2の死体を焼却して損壊することの共謀などしていないのに,被告人A4らとの共謀によるN2の死体損壊の事実を肯認して,被告人A1を有罪とした原判決には事実の誤認がある,(5)原判示第4の事実について,被告人A1は,被告人A4及び被告人A2とN1の死体を焼却して損壊することの共謀などしていないのに,被告人A4らとの共謀によるN1の死体損壊の事実を肯認して,被告人A1を有罪とした原判決には事実の誤認がある,そして,これらの事実の誤認が判決に影響を及ぼすことも明らかである,というのである。

そこで,記録及び証拠物を調査して検討すると,原判決がその挙示する証拠により,被告人A1に対し,原判示第1の被告人A4,被告人A2及び被告人A3との共謀による強盗予備,同第2の1の被告人A4,被告人A2及び被告人A3との共謀によるN2に対する強盗殺人,同第2の2の被告人A4及び被告人A2との共謀によるN1に対する強盗殺人,同第3の被告人A4及び被告人A2との共謀によるN2の死体損壊,同第4の被告人A4及び被告人A2との共謀によるN1の死体損壊の各事実を肯認して,被告人A1を有罪としたのは正当であり,また,その「補足説明」の第3章で詳細に説示するところも概ね相当として是認できるのであって,当審における事実取調べの結果によっても,この認定,判断は動かない。

すなわち,証人として取り調べられた被告人A4,被告人A2及び被告人A3の各原審供述等関係証拠によれば,次の各事実が認められる。

(1)  被告人A1,被告人A4及び被告人A2は,平成3年5月ころから,被告人A1を首謀者として,「金持ちを襲撃し,顔を見られないようにして相手をさらい,金のある場所に案内させて金を取るか,相手の家に押し入って,妻子などがいたらその場で痛めつけて金を脅し取る。相手が金がないと言うなら,さらってきて脅し上げ,もし顔を見られたときは相手を殺し,殺したときは死体や道具を焼却炉で焼いてしまい,完全犯罪とする」といった内容の強盗ないし強盗殺人の計画について話し合い,被告人A4及び被告人A2がその実行役を担当することとした。

(2)  被告人A4及び被告人A2は,上記の計画に沿って必要な道具を準備した上,標的として浮かんだ下着会社の「O」や金融会社の「P」等の経営者の住民票を入手したり,被告人A1と共にこれら経営者方の下見をしたりしたが,いずれも,同人らを襲撃するまでには至らなかった。

(3)  その後,被告人A1がいとこのQ1からR及びN1の情報を得たことから,被告人A1らは,その両名を標的と定め,被告人A1自身も,被告人A4及び被告人A2と共に,まずR方とその会社を下見した。

(4)  その一方で,被告人A1は,被告人A4らがN方の所在調査に手間取っていたことから,自らN1に電話をかけ,不動産の取引をしたいとうそを言って,同方付近の地理を聞き出した。

(5)  平成3年7月23日,被告人A1は,被告人A4,被告人A2及び被告人A3と共に,R方付近に赴き,被告人A4及び被告人A2がけん銃等を携え,同方敷地内に侵入するなどして強盗の機会をうかがい,自らも,被告人A4らが家人を制圧したときには,家人から金のありかを聞き出すなどの行為に及ぶ意思で,被告人A3と共に,R方付近の路上で,被告人A4らの様子を見ながら待機した。

(6)  R方の強盗が失敗に終わった後,被告人A1らは,N方へ向かい,被告人A4に続いて被告人A1,被告人A2及び被告人A3も,同方やその敷地内に立ち入り,同方の様子をうかがった。

(7)  同年7月27日夜,被告人A1は,C事務所において,被告人A4及び被告人A2にN方への襲撃を促し,「同方に侵入した後は,家人をけん銃やナイフで脅迫し,隠している現金や貴金属を探索する。家人が騒いだら,その場で殺す。現金がなければ,山へ連れていって脅迫する。現金が取れなければ,事務所に連れてくる。失踪に見せかけるため,Nの車を持ち出して乗り捨てる。家人の死体は焼却炉で焼却処分する」などの指示をした。

(8)  同月29日午前2時ころ,被告人A4と被告人A2は,N方に侵入し,N1にけん銃を突きつけて現金を要求したが,同人から手持ちの現金はないと言われ,被告人A4が屋内を物色したものの,現金を発見することができず,さらに,N2に対してもけん銃を構えて現金を要求するなどしたところ,N1がきんちゃく袋を差し出したので,その中から現金約20万円を強取した。

(9)  しかし,被告人A4らは,所期の目的である多額の現金を強取できなかったことから,N親子に手錠を掛けて拉致し,同人らをN1所有の車に乗せ,被告人A4が同車を運転してN方を出発し,途中,同車を乗り捨て,被告人A2が運転していた別の車に乗り移るなどして,同日午前5時過ぎ,N親子をC事務所に連れ帰った。

(10)  一方,被告人A1は,被告人A4らがN方に出掛けた後,姫路市v町の内妻方に帰っていたが,被告人A4からの電話連絡でN親子を拉致したことを知り,被告人A4らと相前後してC事務所に戻った。

(11)  被告人A4,被告人A2及び被告人A3は,同事務所社長室で,N1に現金を要求し,被告人A1も,いきり立つ3名をなだめながら,土地登記簿謄本を手にして,N親子に「土地を持ってはるんですね。金どないかして出す方法はないんですか。」などと言った。

(12)  これに対し,N1は,「お金はほんまにないんですわ。」と,また,N2も,「土地には抵当権が付いていて,借金まみれということが分かるでしょう。誰に頼まれたんですか。何で,こんなとこに連れてこられなあかんのですか。薬を飲む時間だから早く帰してください。」などと言った。

(13)  被告人A1は,被告人A4及び被告人A2と共に,社長室を出て,事務室において,同人らに対し,「向こうにシートを敷いて寝袋を用意しとけ。」と言って,親指を立てて首を切る仕草をし,まずN2を殺害することを指示した。

(14)  被告人A4らが第一従業員室にシートと寝袋を敷いたことを報告すると,被告人A1は,「娘を連れて帰ってやらんかい。」と言い,また,被告人A4らがN2を社長室から連れ出した時にも,被告人A4を呼び止め,再度,手で首を切る仕草や刃物で刺す仕草をした。

(15)  被告人A4,被告人A2及び被告人A3は,第一従業員室で,N2の目などにガムテープを巻いた上,同女を寝袋の中に入れた。また,そのころ,被告人A1は,事務室に被告人A4を呼んで,「被告人A3にやらせろ。」と言って,刃物で刺す仕草をした。

(16)  被告人A3は,何度かアイスピックでN2の上半身を刺そうとしたが,刺すことができなかった。また,これを見ていた被告人A4が「首を絞めたらええやんか。」と言ったので,被告人A3は,素手でN2の頸部等を押さえたが,それでも殺害はできなかった。そこで,被告人A4の発案で,ロープをN2の首に掛けてその両端を被告人A3と被告人A2が引っ張り,被告人A4も同女の足を押さえたり,被告人A2と一緒にロープを引っ張ったりして,結局,同女を窒息死するに至らせた。

(17)  被告人A3と被告人A4が被告人A1にN2を殺害したことを報告すると,被告人A1も第一従業員室に入り,同女の死体を焼却炉で焼くよう指示した。

(18)  被告人A4と被告人A2は,N2の死体をトラックに乗せて焼却炉まで運び,これを炉に入れ,灯油や廃材等で約3時間半かけて焼却した。

(19)  その間,被告人A1は,社長室で,N1に対し,「娘さん亡くなってしまったんやけど,どない思うてます。」などと言い,金を作るよう要求したところ,N1は消沈し,「助けてください。銀行で2000万円貸してもらえます。1週間待ってください。警察や身内の者にもしゃべりません。」と答えた。

(20)  被告人A4と被告人A2は,死体焼却を終えてC事務所に戻り,その旨を被告人A1に報告した後,第一従業員室にシートと寝袋を敷いて,その旨も被告人A1に報告した。

(21)  そして,社長室で,N1が「N2を殺したやろ。」となじったことに対し,被告人A4が「おっさんが金出さへんから,そないなるんや。」と言い,被告人A1が「何とか金出せませんか。2000万円本当に出せるのか。どうやって作りますの。娘さん亡くなっているのに,警察に言わないという保証がどこにありますの。」などと言い,被告人A4と被告人A2が「金出さへんかったら,死んでもらわなしょうがないで。」などと言ってN1を脅迫した。これに対して,N1は,「3000万円作るので帰してくれ,3日間待ってくれ。」などと懇願していた。

(22)  被告人A1,被告人A4及び被告人A2が事務室で相談し,その際,被告人A1は,被告人A4と被告人A2に「N1が帰してくれたら3000万円出すと言っているが,どない思う。」と尋ね,これに対し,被告人A4と被告人A2は,「金を取りに行ったら,絶対に捕まる。まずいでっせ。」と答えた。

(23)  被告人A1らは,コーヒーを飲むなどして,しばらく中断した後,再び社長室でN1に現金を要求したが,N1は,「信用してくれ。警察には言わない。」と言うばかりで,直ちに現金を用意するとの返答はしなかった。

(24)  被告人A1は,被告人A2にN1のカッターシャツを買いに行かせ,N1に血の付いたカッターシャツを着替えさせた後,被告人A4らに両手でロープを引っ張って首を絞めるような仕草をし,N1殺害の指示をした。

(25)  被告人A4と被告人A2は,N1を第一従業員室に連れていき,N1の顔にガムテープを巻き,暴れ始めたN1に被告人A4が足払いを掛けて倒し,両名でN1を寝袋に入れた後,その首にロープを巻いて引っ張り,N1を窒息死させた。

(26)  そして,被告人A1は,被告人A4らにN1の死体も焼却するよう指示し,被告人A4と被告人A2は,N2に対するのと同様に,同死体をトラックに乗せて焼却炉まで運び,これを炉に入れ,約5時間かけて焼却した。

以上認定の事実からすると,原判示の各犯行に対する被告人A1の関与は優に認められるところである。なお,所論(被告人A1の弁護人らの当審弁論を含む。)にかんがみ,付言する。

所論は,そもそもS組T組内U組の下にはCという暴力団組織は存在せず,被告人A1と被告人A4,被告人A2及び被告人A3との間には,単に被告人A1が被告人A4らの生活の面倒を見ていることから,同人らが被告人A1の日常生活上の指示に従う関係にあったにすぎず,暴力団の組長と組員(親分と子分)の関係などなかった,と主張する。しかしながら,関係証拠によれば,①被告人A1はU組の相談役,被告人A4及び被告人A3は同組組員,被告人A2は暴力団V組等の元組員であり,いずれも暴力団としての考え方や行動様式を身につけた者らの集まりであること,②被告人A4,被告人A2及び被告人A3はこれといった職にも就かず,被告人A1から食住を与えられ,小遣いをもらう生活をしていたこと,③被告人A4は平成2年に借金の相談に被告人A1を訪ね,若い衆になるのであれば金を出すと言われ,これを了承して,350万円を借り受け,被告人A1の許に身を寄せるようになり,全身の入れ墨代金も被告人A1に出してもらっていること,また,④被告人A2は,大阪のV組や岐阜のS組に所属していたところ,そこを逃げ出し,追い込みを掛けられたため,平成2年に被告人A1に相談して同組と話をつけてもらい,被告人A1の許に身を寄せるようになったこと,⑤被告人A4は,過去において,警察署から釈放されてきた被告人A1の出迎えを怠ったとして,同人から木刀で激しく殴打され,被告人A3も,被告人A1と飲みに行った際,理由もないのに同人からたびたびたばこの火を左手の甲に押しつけられ,更には,被告人A2も,自分の目の前で,被告人A1に妻のHの体を触りまくられるといったことがあるなど,いずれも,被告人A1からの理不尽と思われる仕打ちを受けながら,これを忍従させられてきたこと,⑥被告人A2と被告人A3は,被告人A1から「自分の許を逃げ出すと,ヤキを入れる。」などと言われ,脅されてもいたことがそれぞれ認められ,これらの諸点に照らすと,たとえ,所論のいうようにU組の下にCという組織が正式には存在しないとしても,実質的には,被告人A1と被告人A4,被告人A2及び被告人A3との間に,被告人A4らの供述するような暴力団の組長とその配下組員としての支配服従関係が存在していたとみることができる。したがって,この所論は採用できない。

所論はまた,被告人A4及び被告人A2は自分たちの刑責を転嫁,軽減するため,犯行に無関係の被告人A1を首謀者としてでっち上げる虚偽の供述をしている,と主張する。しかしながら,被告人A4及び被告人A2は,前記一連の犯行経緯をほぼ一致して供述しており,その内容は,具体的かつ詳細で,被告人A1が,①被告人A4らと共に強盗計画の標的として浮かんだ「O」や「P」の各経営者方,R方,N方の各下見に赴いていること,②RやNの情報を最初に入手し,被告人A4らに教えていること,③N1に電話をしてN方の所在地を聞き出していること,④R方へ強盗に赴く被告人A4らに同行していること,⑤拉致されてきたN親子と対面してN1に現金の交付を求め,同人らが殺害され,その死体が焼却される間も,殺害現場のC事務所内にいたことなど,関係証拠により確かに認められる事実関係を合理的かつ矛盾なく説明するものであること,そして,被告人A1の金融業の経理業務をしていたUも,「平成3年4月ころから自分が被告人A1のところを辞めた7月までの間に,被告人A1が『資産家を襲って金にし,焼却炉で人を焼く。』などと言い出し,被告人A4や被告人A2に強盗の方法について細かく教示していた。被告人A1から『どこか金持ちを知らんか。』と何度か言われ,『P』の社長等二,三の金持ちを教えてやったところ,それらの調査を命じられ,被告人A2と一緒にその自宅を探る等の下調べをした。」旨,被告人A1らの強盗計画の事前共謀の存在を裏付ける供述をしていることに照らすと,被告人A4及び被告人A2の各供述は基本的に信用性が高いというべきであって,この所論も採用できない。

次に,所論は,(1)もし,事前共謀が存在したのであれば,被告人A1らが平成3年7月23日にN方に赴いた際,その共謀に沿った強盗を実行し得たはずであるのに,実際は,被告人A4及び被告人A2が同方に侵入しただけで,それ以上の行為には及んでおらず,このように強盗の実行をしなかったのは,もともと事前共謀など存在しなかったことを示している,(2)被告人A4及び被告人A2が供述する事前共謀の内容と同人らがN事件で実際にとった行動とが合致しておらず,このことも事前共謀など存在しなかったことを示している,と主張する。しかしながら,(1)の点については,まず,被告人A1,被告人A4,被告人A2及び被告人A3の捜査段階の各供述調書(原審検察官請求証拠番号420,450,617,不同意部分を除く471,501,520,566,590)等関係証拠によると,①被告人A1らはN方の駐車場にベンツを停車させたこと,そして,②被告人A1が被告人A4に「『車故障したから電話貸してくれ。』と言って中の様子を探れ。中をよう見て金庫あるか確かめ,いけたら行く。」と指示したこと,③被告人A4に続いて,被告人A1,被告人A2及び被告人A3もN方勝手口内まで侵入したこと,④被告人A4が更に台所から奥の部屋に入ったところ,家人のN3に見つけられたこと,⑤被告人A4は,その場を取り繕うために「車が故障したので,電話を貸してもらえませんか。」と言って,電話を借りてかけるふりをしたこと,⑥その間に,被告人A1,被告人A2及び被告人A3はN方を出てベンツの所まで引き揚げたこと,⑦被告人A4がベンツの所に戻ってくると,N3が跡を追いかけてきて,「お宅ら,車屋さんですか。」などと声を掛けたこと,⑧これに対し,被告人A1と被告人A4が応対していたが,そのうち被告人A1が「帰るど。」と言って,4人はベンツに乗り込み同所を引き揚げたこと,⑨その車中で,被告人A1は,「その場,その場の状況判断ができなあかん。今度はお前らで行け。」などと被告人A2に言ったことがそれぞれ認められる。そして,被告人A1が捜査段階で供述しているように,被告人A1は自ら家の中に押し入るようなことはしたくなかったことや,事前共謀では押し込み強盗の実行役は被告人A4らが担当することになっていたことをも併せて,上記の経緯についてみると,被告人A1は,被告人A4がN3に見つけられた際,その場を取り繕うような行動に出たのを見て,被告人A4が直ちに強盗に及ぶ意思でないことが分かり,また,自らも直接手を下したくなかったので,強盗の実行は別の日に被告人A4らにさせることとし,その日は下見をするに止めたと考えることができるから,その機会に被告人A1らが強盗の実行に及ばなかったことが事前共謀の存在と矛盾するものではない。次に,(2)の点についても,確かに,被告人A4及び被告人A2の供述する事前共謀は,押し込み強盗に関していえば,「ターゲットの自宅に押し入り,その家族も緊縛し,けん銃等で脅迫して現金のありかを聞き出す。その際,家族らをナイフで刺したり痛めつけたりして金のありかを言わせる。そして,ターゲットや家族を殺害し,死体を寝袋に入れるなどして持ち帰り,焼却炉で焼却する。ターゲットを拉致したときは,車中か,事務所に連行して脅迫し,金を取って殺害する。それとともに,ターゲットの失踪を装うため,その車を持ち出して,空港等に乗り捨てる」といった内容のものであるが,実際には,被告人A4らは,N方でN1やN2にけん銃を突きつけて金のありかを尋ねたり,室内を物色したりしているものの,十分探索しないままN1とN2を拉致してC事務所に引き揚げていること,同事務所でも,N2を痛めつけてN1に金のありかを言わせようとしないまま,N2を殺害していることなど,事前共謀の内容と被告人A4らの実際の行動とは,必ずしも一致していない点が存する。しかし,「N方に侵入して,N1とN2にけん銃を突きつけて脅迫し金を要求する。同人らを拉致して事務所で脅迫する,拉致の際,N1の車を持ち出して乗り捨てる。N1とN2を殺害し,焼却炉で焼却する」といった大筋では,N事件は事前共謀の内容に沿う経過をたどっていること,先にN2を殺害し,殺害したことをN1に告げた上で,さらに,同人に金を要求しており,N2の殺害はN1を恐怖に陥れる手段とみることができるから,「家族を痛めつけて金のありかを言わせる」といった事前共謀の内容からも,それほど外れたものとはいえないこと,更には,事前共謀は机上の計画であり,実際の犯行に際しては必ずしも実行が容易でない事柄も含まれていたし,また,犯行の際には緊張したり慌てたりしてそのとおりにはならないこともあると思われることからすると,事前共謀の内容と被告人A4らの実際の行動との間に一致しない点が見られるからといって,事前共謀が存在しなかったなどとはいえない。したがって,この所論も採用できない。

次に,所論は,(1)被告人A1が平成3年7月10日の夜R方付近に被告人A4や被告人A2と一緒に行ったのは,同日大阪へQ1やZという女性と飲みに行く約束をしており,そのついでに,被告人A2がR方の近くには「α女子大があって,そこには女子大生がミニスカートはいてうようよしてますわ。ごっつい家ですわ。」と言っていたので,興味をひかれ,「ピチピチギャルでも見に行くわ。」と言って,同行することになったもので,決して強盗の下見に行ったのではない,また,(2)同年7月23日午前零時ころに,R方の前まで被告人A4らと一緒に行ったのも,C事務所で被告人A4と被告人A2が「ごっついシノギや。ええ金もうけや。」と言いながら出掛ける準備をしている時,被告人A3が帰ってきてうらやましそうにしていたので,同人がかわいそうになって「被告人A3よ,お前も大阪に行くか。」と声を掛けた手前,自分の車を提供して同行することになったもので,R方への強盗に加担する意思などなかった,(3)被告人A1は,被告人A4らがR方で窃盗くらいはやるかもしれないと思っていたが,実際には実行しないとみていたところ,予期に反して被告人A4や被告人A2が裏口から入っていき,犬も大きな声で吠えており,電灯もついていて近所の家の窓からも見えるような状況であったため,被告人A4らに声を掛けて同人らを連れ戻したものである,と主張し,被告人A1自身も,原審でこれに沿う供述をしている。しかしながら,まず,(1)の点については,女子大生や大きな屋敷など何も珍しいことではなく,わざわざR方まで赴いた理由としては薄弱で,被告人A1の上記供述はそれ自体信用性が乏しい。また,(2)の点についても,被告人A4,被告人A2及び被告人A3の供述によれば,被告人A1は,①被告人A3に「タタキに一緒についてこい。」と言っていること,②被告人A4や被告人A2がけん銃を身につけ,つなぎの服に着替えている時,その場にいて,被告人A3にもつなぎの服を着させるよう指示し,被告人A4から折りたたみナイフを受け取っていること,③R方へ向かう車中で,被告人A4らに,けん銃に弾を込めているかを確認していること,④被告人A4らがR方裏口の鉄の門扉を乗り越えて敷地内に入った時,門扉の錠は中から開かないのかと尋ねていることなどがそれぞれ認められ,これらの事実に照らすと,被告人A1の上記供述は信用できない。さらに,(3)の点についても,被告人A1が被告人A4らを連れ戻したとしても,その時は,被告人A4らが家屋の中に入ることができず,犬も吠え立てているような状態で,もはや強盗の実行が困難と判断したにすぎないと考えられるから,強盗目的の認定を左右するものではない。したがって,この所論も採用できない。

次に,所論は,被告人A1は,平成3年7月26日午後からU組の事務所に詰め,翌27日昼ころw(姫路市v町)の内妻方に戻り,午後3時ころC事務所に出勤し,その日の夕方には兵庫県赤穂郡x町の実家に戻り,29日午前4時ころまで同所に滞在していたから,27日夜及び28日夜にC事務所で被告人A4らとN方襲撃の共謀などしていない,と主張し,被告人A1自身も,原審でこれに沿う供述をしている。しかしながら,被告人A1の供述のうち,27日,28日にxで出会った近隣の人らに会釈等の挨拶をしたとの点は,その性質上裏付けが困難な内容であり,墓参りの際いとこの義理の姉Q2に会ったという点も,同女は記憶がない旨供述しているが,27日夕刻実家に戻る途中にx橋付近でパトカーに停止させられ,前部のナンバープレートを装着してなく,警察官と言い合いになったため,警告を受けたという点は,そのころパトカーでx周辺を警らしていた警察官らがこれを否定する供述をしていること,そして,27日夕刻にx警部派出所の所長と挨拶をしたという点は,同所長は同日が閉庁のため明石の自宅に帰っていたと供述していることのほか,28日に行われた川祭りの消防団のパレード,放水式,花火大会について被告人A1の供述する時刻が,実際のそれと異なっていることにも照らすと,xで体験したことに関する被告人A1の供述は信用性が乏しい。また,被告人A3は,29日午前零時ころ,U組長付きの仕事が終わってCに帰った時,被告人A1が事務所に一人でおり,挨拶をすると,「わしは今からwの方に帰るから,あと,どこも行かんと留守番しとけ。電話があったら,xの方におると言っとけ。今日は女は呼ぶな。」と言って,5分もしないうちに出ていった旨供述しており,その内容は具体的で信用性が認められる(なお,所論は,この被告人A3供述について,もし,被告人A1との共謀に基づき被告人A4らがN方に強盗に赴いている状況の下で,被告人A1が被告人A3と会っているのであれば,被告人A3に対して被告人A4らが戻ってきた時には手伝いをするよう指示したり,また,被告人A4らがN親子を連れ帰るかもしれないので,今どんな状況であるかを説明した上で,被告人A3が間違っても女を呼ばないように指示したりするはずであるのに,被告人A3は,被告人A1から被告人A4らがどこに行っているのか聞いていないし,女を呼ぶなという注意も普段の注意と変わらず,特別なことは感じなかったと供述しており,不自然である,と主張するが,被告人A1が「被告人A3も,被告人A4らが強盗に出掛けていることは予想している,被告人A3が被告人A4らの要請を拒否して手伝わないことはない,被告人A3が自分の注意を無視して女を呼ぶことはない」と思っていたとすれば,所論のような細かい指示をしなかったことも,格別不自然とまではいえない。)。したがって,被告人A1が27日,28日にxの実家に帰っていたという事実はなく,この所論も採用できない。

次に,所論は,被告人A1がN2を殺害するよう指示したとの被告人A4,被告人A2及び被告人A3の各供述は,(1)それ自体からしても,どのような切っ掛けでN2を殺害することになったのか分からないし,事前共謀では家族を目の前で痛めつけて金を出させることになっていたのに,いまだ金を得ていない段階で,被告人A1がN2の殺害を指示する理由が分からない,(2)いつ,どこで,誰に対して指示したのか,何度指示を出したのか,「被告人A3に実行させろ」という指示はいつ,どこで,誰に対してなされたのかにつき,互いに一致するところがない,(3)各供述とも,被告人A1が数回指示したかのようになっているが,自由を奪われているN2を殺害するのに,何度も指示する必要がないとした上,このように,3名の各供述は,被告人A1に責任を転嫁しようとしてその指示を強調する余り,不自然なものとなっており,信用できない,と主張する。しかしながら,(1)の点については,被告人A2の供述によると,被告人A1らが口々にN1に金を要求したが,N1は金を渡すとは言わなかった,そのうち,N2が「私は心臓が弱い。心臓の薬を飲む時間だから,帰してくれますか。」と言い出した,それに対し,被告人A1が「薬飲まんのやったら,死んでまわなしゃあない。」と言って,被告人A4らに「向こうにシート敷いて寝袋用意しとけ。」と指示し,被告人A4らがその準備が出来たことを被告人A1に報告したところ,被告人A1は「連れて帰ってやらんかい。」と言い,被告人A4らも同女を帰宅させるふりをして,社長室から連れ出し,その後,被告人A1の指示で同女を殺害したというのであり,被告人A4及び被告人A3も,被告人A1ほか3名がN1に金を要求していた時,被告人A1がシートを敷いて寝袋を用意するよう指示し,同女を帰宅させるふりをして社長室から連れ出した旨供述している。そして,N2が全く抵抗することなく,N1を残して一人だけ社長室から連れ出され,目隠しをされて寝袋に入っていることは,被告人A1らの供述の一致するところであるが,被告人A2の供述する前記経緯は,そのようなN2の様子に合致していて,信用性が高い。これに対し,被告人A1は,「登記簿謄本を見るふりをしてN1と話をしている時,N2が興奮して『そんな謄本まで上げて調べたんやったら,抵当権が付いていて借金まみれということが分かるでしょう。』とか『心臓が悪いから,もう薬を飲む時間ですから早く帰らせてください。』『誰に頼まれたんですか。』などと言ってくってかかってきた。それで,被告人A2が『やかましいわ。黙っとれ,この女。』などと言って詰め寄り,ものすごい勢いで殴りかかろうとするので,やめさせたところ,それを聞いていた被告人A4が『このおばはん,うるさいでんな。向こうへ連れていきましょうか。』と言って,同女を社長室から連れ出した。自分は社長室に残り,N1と雑談して仲良くなろうとしていたところ,N2殺害の報告を聞いた。」というのであるが,その供述する経緯は,N2が何の抵抗もせず,それまで暴言を吐いていた被告人A4らにおとなしく一人だけ連れて行かれたこととそぐわず,信用性が乏しい。また,既に述べたように,N2の殺害がN1を恐怖に陥れるための手段となることからすると,被告人A1がN2の殺害を指示したことに,理由がないとはいえない。(2)の点については,確かに,被告人A4は,「被告人A1は,社長室にシートを敷いた時に,事務室で,自分や被告人A2に,『娘からやれ。』と言って,親指を立てて首のところを横に切るような仕草をした。被告人A1に自分と被告人A2が呼ばれて,事務所に出た時には,『西側の部屋にシートを敷け,用意せい。』と言い,『これや,刺してまえ。』と言って,刃物で突き刺すような仕草をした。シート等の準備が出来たことを報告した時には,『被告人A3がやると言うとる。』と言った。N2を連れていく時にも,自分を呼び止めて,刃物で刺すような仕草をした。」と供述し,また,被告人A2は,「被告人A1は,N2が『薬を飲む時間だから,帰してくれますか。』と言ってきた後,自分らに,『向こうの部屋にシートを敷いて寝袋を用意しとかんかい。』と言った。N2を連れていく時,事務室で「おい。」と呼び止め,「これや。」と言って,右手人さし指を立てて,首の前で左右に動かす動作をした。従業員室でN2にガムテープを巻いている時,『被告人A3にさせ。』という被告人A1の声が聞こえた。」と供述し,さらに,被告人A3は,「自分が社長室に残っている時,被告人A1が隣の事務室で『寝袋とシートを敷いとけ。』と被告人A2に言うのが聞こえた。そのころ,被告人A1は,右手の親指を立てて,左肩から右肩へ振るような首を切る動作をした。N2を寝袋に入れた時,被告人A4らを事務室に呼んで,『被告人A3にやらせろ。』と言って,刺すような動作をした。」と供述しており,これら3名が供述するところの被告人A1のN2殺害を指示した場面や様子は,必ずしも一致していない。しかし,被告人A1が,第一従業員室にシートを敷いて寝袋を用意するよう指示した,手指を立てて首の前で振り,首を切るような仕草をした,実行者として被告人A3を指名したという内容や,また,被告人A1が指示した時期についても,被告人A4の供述のうち一部を除けば,被告人A1,被告人A4及び被告人A2が共に社長室の隣の事務室に行った時,被告人A4,被告人A2及び被告人A3がN2を社長室から連れ出した時,被告人A4らが第一従業員室にN2を連れ込んだ時のことである点では,ほぼ一致しているのであり,また,被告人A4らの各供述が一致しない点は,N2の殺害という緊迫した状況を迎え,当時,同人らにかなりの緊張感が高まっていたことや,供述時までに年月が経過していることから,同人らの記憶の中で,見聞きした被告人A1の指示の様子がどの場面でのことであったかにつき混同が生じたり曖昧になっていたりすることもあると思われ,一致しない点が生ずることも特に不自然とまではいえないから,被告人A1がN2殺害の指示をしたという被告人A4らの供述の信用性を大きく左右するものではない。そして,(3)の点については,上記の被告人A4らの各供述を対比しながら総合すると,被告人A1は,①社長室から事務室に被告人A4及び被告人A2を呼び出して,「向こうにシートを敷いて寝袋を用意しとけ。」と言った後,右手の親指を立てて首の前で振り,首を切るような仕草をしたこと,②被告人A4らがN2を第一従業員室へ連れていく途中,事務室で,被告人A4を呼び止め,同様の首を切る仕草をした上,刃物で刺す仕草をしたこと,③被告人A4らが第一従業員室にN2を連れ込んだ後,被告人A4を事務室に呼んで,刃物で刺す仕草をして「被告人A3にやらせろ。」と言ったことがそれぞれ認められるのであって,被告人A1は,被告人A4らに繰り返しN2殺害の指示をしているけれども,その各指示には,シートの準備,殺害方法,実行者の指示といったその時その時の各目的があったとみることができるから,何ら不自然なこととはいえない。したがって,この所論も採用できない。

所論はさらに,(1)N1を帰せば一番困るのはN2を殺害した被告人A4と被告人A2であり,被告人A1はN1を帰そうと思っていたのに,被告人A4らが反対したため帰すことができなくなった,(2)被告人A4はN2の死体を焼却していた時点でN1の殺害を決意し,N1を帰すことにも反対していたのであり,そのような被告人A4に被告人A1がN1の殺害を指示する必要はなかったし,被告人A4も指示がなくとも殺害をしたはずである,と主張する。しかしながら,(1)の点については,被告人A4らがN2を殺害してその死体を焼却したのは被告人A1の指示によるものと認められるから,被告人A1もN1を帰して警察に通報されることを恐れる立場にあったのであり,また,確かに,被告人A4の供述によると,被告人A1が被告人A4及び被告人A2に「N1が帰してくれたら3000万円出すと言っているが,これを取りに行くのがええか,それとも帰さん方がええか,行かん方がええか,どない思う。」と尋ね,被告人A4及び被告人A2が「金を取りに行ったら,絶対に捕まる。まずいでっせ。」と答え,被告人A1が「もうちょっと聞いてみようか。」と言ったことが認められるが,そのようなやりとりは,被告人A1がN1を帰すことを提案して,被告人A4らに反対されたというものではない。なお,被告人A1は,「お父さんに帰ってもらえ。お父さんは(N2殺害の件を)なかったことにすると言っているから。」などと言って被告人A4らを説得したが聞き入れてもらえなかった旨供述するが,被告人A1の置かれていた立場を考えると,信用できない。(2)の点については,確かに,被告人A4はN2の死体を焼却している時点でN1の殺害を決意していたこと,被告人A1から意見を求められ,N1を帰すことに難色を示したことが認められるが,しかし,N1を拉致した目的は金を出させることにあったから,殺害するのは金を出させるのを断念したときになるところ,その決断は被告人A4限りでできることではない。したがって,被告人A1が被告人A4にN1の殺害を指示する必要がなかったとはいえないし,ましてや,被告人A4が被告人A1の指示がなくともN1を殺害したはずであるなどとは到底いえない。この所論も採用できない。

その他所論にかんがみ,更に記録を調査,検討しても,原判決には所論のような事実の誤認はない。各論旨は理由がない。

第4被告人A3の弁護人の控訴趣意中,法令の解釈適用の誤りの主張について論旨は,被告人A3は,R方襲撃には同行したものの,自ら凶器を携行するでもなく,現場においても路上に佇立していただけにすぎないのに,刑法237条所定の「強盗の目的」は条件付あるいは未必的な目的を否定するものではないとして,被告人A1の指示があれば何らかの行為に及んだ可能性が高かったことをとらえて,被告人A3に強盗予備の成立を認めた原判決は,同条の解釈適用を誤っており,これが判決に影響を及ぼすことも明らかである,というのである。

そこで,記録を調査して検討するに,原判決挙示の関係証拠によれば,被告人A3は,平成3年7月22日夜,U組の当番が終わりC事務所に戻ったところ,被告人A4と被告人A2がつなぎの服を着用し,それぞれホルスターに収めてけん銃を肩から吊るしており,被告人A1から「お前も一緒についてこい。」と言われ,同人らが前から話し合っていた強盗に出掛けようとしていることを知り,同人の指示に従って被告人A3もつなぎの服を着用したこと,そして,被告人A4らと共に被告人A1の運転する自動車に乗り込んで,N方の裏口付近に至ったこと,同所に到着後間もなく,被告人A4及び被告人A2がけん銃を手にして鉄製の門扉を乗り越え,同方敷地内に入ったが,家人から誰何されて表に回るよう言われ,表に回ってNの在宅を尋ねるなどしたものの,結局,家の中には入れず,犬に吠えられたこともあって,引き返したこと,他方,被告人A3と被告人A1は,その間,N方付近の路上で被告人A4らの様子をうかがいながら待機していたが,被告人A3は,もし被告人A1から指示があれば,自分も被告人A4らと一緒にN方に入り,押し込み強盗をしようと思っていたことがそれぞれ認められる。そうすると,被告人A3は,確かに,自らは凶器等を携行していなかったものの,被告人A1らと強盗の共謀をした上,その目的でN方付近に赴き,先発の被告人A4らが強盗をするため門扉を乗り越えて敷地内に入り込むなどする間,外でこれをうかがいながら,被告人A1からの指示があれば直ちに自らも強盗の実行に及ぶ意思で待機していたのであって,このような被告人A3の行為は,客観的にみると,強盗実行の危険性の高い準備行為と解され,強盗の予備に当たるというべきである。

所論は,刑法237条所定の「強盗の目的」は確定的ものでなければならず,たとえ,被告人A3が被告人A1の指示があればN方に入ろうと思っていたとしても,そのような目的は未必的,条件的な目的に止まるから,同条所定の「強盗の目的」には当たらない,と主張する。しかし,所論は,強盗の目的と強盗の実行とを混同しているというべきである。すなわち,後者については,予備の段階に止まる限り,その目的とする犯罪の実行は多かれ少なかれ条件にかかっていて,不確実なものなのであり,法がそのような場合を除く趣旨とは解されない。そして,本件の場合,前記のとおり,強盗の目的自体は確定していたとみられるから,その実行が被告人A1の指示という客観的条件にかかっていたことをもって,強盗の予備罪が成立しないとすることはできない。したがって,所論は採用できない。

論旨は理由がない。

第5検察官並びに被告人A1の弁護人ら,同被告人A2の弁護人及び同被告人A3の弁護人の各控訴趣意中,量刑不当の主張について

検察官の論旨は,被告人A4に対しては死刑をもって臨むのが相当であるのに,無期懲役に処した原判決の量刑は著しく軽過ぎる,被告人A1の弁護人らの論旨は,仮に,被告人A1が有罪であったとしても,同人を死刑に処した原判決の量刑は極めて酷に過ぎる,被告人A2の弁護人の論旨は,被告人A2を無期懲役に処した原判決の量刑は重過ぎる,被告人A3の弁護人の論旨は,被告人A3を懲役13年に処した原判決の量刑は重過ぎる,というのである。

そこで,記録を調査し,当審における事実取調べの結果をも併せて検討する。

1  本件は,被告人4名の共謀による強盗予備と強盗殺人各1件,被告人A1,被告人A4及び被告人A2の共謀による強盗殺人1件と死体損壊2件並びに被告人A3の普通貨物自動車による無免許運転と覚せい剤の自己使用各1件からなる事案である。

2  被告人らの量刑を検討するに当たって,最も重視されるのは,N親子に対する各強盗殺人及び死体損壊である。この犯行は,被告人A1,被告人A4及び被告人A2が,一かく千金を狙って,資産家といわれている者から大金を強取した上同人やその家族を殺害し,その死体を焼却炉で焼却して証拠をなくするという完全犯罪を計画し,同計画に基づき,共謀の上,資産家と目されたN1(当時75歳)方に押し入り,同人及びその娘N2(当時42歳)にけん銃を突きつけるなどして反抗を抑圧し,N1から現金約20万円を強取し,さらに大金を強取するため,同人らを拉致して被告人らの暴力団事務所に連行し,その際,同人らに現金を要求したが同人らがこれに応じなかったため,まず,N2を殺害してその死体を焼却炉で焼却し,なおも,N1に現金を要求したものの,同人に直ちに用意できる金のないことが分かったため,同人を殺害してその死体を焼却炉で焼却した(なお,被告人A3は,N1及びN2が暴力団事務所に連行された時点からN2が殺害された時点までの間の同女に対する強盗殺人に共同正犯として加わった。)というものである。

その動機は,身勝手な金銭欲から,被告人らとは何の関わりもなく平穏に暮らしていた一般市民の財産を狙い,完全犯罪を期するため,その被害者らを殺害しているもので,全く酌量の余地がない。また,それは,事前に死体の焼却方法,被害者の家族や住居の状況等を入念に調査するとともに,焼却炉,けん銃,ナイフ,ロープ,手錠等多様な犯行用具を準備した上で敢行した,極めて計画性,組織性の高い犯行である。そして,実際に行われた犯行の態様も,被害者らの目と口をガムテープで塞ぎ,寝袋に押し込んで身動きできないようにして,その首にロープを巻きつけ,二人ないし三人がかりで,ロープの両端を引っ張って絞殺したという甚だ冷酷かつ残忍なもので,さらに,死体を焼却して,遺骨を海に捨てるなどの非道な行為にも及んでいる。その結果,被害者らの受けた苦痛,恐怖,絶望感は想像を絶し,その無念さは察するに余りある。また,父や姉が惨殺され,死体も残っていないことを知った遺族の衝撃と悲憤の大きさも計り知れず,その処罰感情は峻烈で,遺族は被告人ら全員の死刑を望み,特に,被告人A1と被告人A4については必ず死刑にしてほしいと嘆願している。さらに,本件は有馬資産家失踪事件として新聞等で報道され,社会的な影響も大きかったものである。

3  被告人A1について

被告人A1は,上記の強盗殺人計画を立案して,暴力団関係や日常の生活関係から自分に逆らえない立場の被告人A4らにその実行役を命じ,自らも同人らと共に本件強盗予備に及ぶとともに,同人らに対して本件各強盗殺人及び死体損壊を決意させ,これを促し,指示し,かつ実行させた首謀者である。原判決も説示するように,本件は被告人A1なしにはあり得ない犯罪であると言っても過言ではなく,前記2で述べた本件各強盗殺人及び死体損壊に関する動機,計画性,態様,被害状況及び遺族の感情等の諸点は,全て被告人A1に当てはまる。その上,被告人A1は自己が責任を逃れられるように,もし発覚した場合は被告人A4に罪の全部を被るよう指示するなどしており,狡猾でもある。そして,捜査段階で一応事実を認めていたものの,公判段階に至って,本件各犯行は被告人A4らが勝手にやったもので,自分は被告人A4らを止めようとしていたなどと弁解し,そこには罪の深さを反省する態度が全く見られない。これらの諸点に照らすと,被告人A1の罪責は極めて重大であって,他方で,身勝手なやり方ではあるが,被告人A4らに持ち帰らせた遺骨を拝むなど一時は被害者らを供養しようとの現れと見られる行動もあったこと,罰金刑以外の前科がないことなどの斟酌すべき事情に加えて,原判決が認定説示している被告人A1の身上,経歴,年齢等を十分考慮し,併せて死刑の持つ意味の重大性に思いをいたしてみても,被告人A1に対しては,罪刑の均衡の見地からも,一般予防の見地からも,極刑をもって臨むほかはないと認められるから,原判決の量刑は相当であって,これが重過ぎて不当であるとはいえない。

4  被告人A4について

被告人A4は,強盗殺人計画の実行役として,被告人A2らと共に,本件強盗予備に及ぶとともに,本件各強盗殺人及び死体損壊を実行したものである。前記2で述べた動機等の諸点は,全て被告人A4にも当てはまるのであって,大金を手に入れて贅沢がしたいという思惑から,積極的に本件各強盗殺人及び死体損壊に及んでおり,その罪責の重大性に照らすと,被告人A4に対しては極刑をもって臨むことも考えられるところである。

そこで,所論にかんがみ,原判決が,「本件各強盗殺人の結果を生じたのは共謀によるものとはいえ,上の立場にある被告人A1あってのものであって,その責任においては被告人A4と被告人A1との間には重大な質的相違がある。本件強盗予備,各強盗殺人及び死体損壊において果たした役割を検討すると,被告人A4と被告人A2の地位に特に上下があるものとは認められない。犯行発覚後から全ての事実を認めて供述するのは,客観的にみれば,被告人A4の良心の表現であると評価するのが相当であって,その良心は結局のところ,更生可能性の客観的な現れともいい得る」と説示して,これらを酌むべき事情とみている点について検討するところ,所論は,(1)本件各強盗殺人等は,被告人A1が計画立案の中心,被告人A4がその実行の中心となり,車の両輪として実現されたもので,被告人A4の役割は被告人A1に並び,その間に径庭はない,(2)被告人A4と被告人A2との間には,本件各強盗殺人等で果たした役割や犯罪実現に向けた積極性において質的な相違がある,(3)被告人A4には,真しな反省悔悟の情など認められず,その冷酷非情な反社会的性格と相まって,もはや矯正が不可能というべきである,したがって,上記の原判決の評価は誤っている,と主張する。まず,(1)の点については,確かに,実行役の被告人A4らがいなければ,被告人A1だけでは本件各強盗殺人等は実現しなかったといえる。しかしながら,①被告人A4は,塗装店の経営に失敗して出来た借金の返済のため,やくざとなるのと引き換えに被告人A1から350万円を借り,以後,被告人A1の許に身を寄せて,さながら部屋住みの若い衆のようにその生活のほとんどを被告人A1に支配され,時には,同人から手拳や木刀で殴られるなどの暴力を振るわれ,同人に服従するようになったこと,②そして,被告人A1らの強盗殺人計画が企てられた後は,被告人A1から被告人A4らに対し,その計画実現に向けた講習で,強盗の方法等の教示が繰り返されたこと,③その中で,被告人A4は,被告人A1から,もし犯行が発覚したときは罪を一人だけで被るよう命じられていたこと,④そして,襲撃の対象となる複数の標的が浮かび,被告人A4及び被告人A2は,その下調べをしていたものの,一向に実行に移そうとしなかったこと,⑤そのため,被告人A1は,自らも襲撃に同行して,被告人A4らをN方の敷地内に入り込ませるなどして本件強盗予備に及ばせ,さらに,N方の下見をして同方への侵入の容易なことも判明したため,被告人A4らに同方への襲撃を促し,本件各強盗殺人の実行に至らせたことがそれぞれ認められる。このように,被告人A1は,暴力団関係や日常の生活関係,更には金銭関係により被告人A4に服従を強いていたばかりか,強盗殺人計画を実行に移すための教育を施した上,同人にその実行を促していたもので,被告人A4と被告人A1との間には,その立場や果たした役割に明確な差異があるといわざるを得ないから,責任において重大な質的相違があるとした原判決の評価が誤りとはいえない。次に,(2)の点については,むしろ,本件各強盗殺人等に見られるN方襲撃の準備,同方への侵入,同方でのN1からの現金の強取,同人らの拉致,暴力団事務所での同人らに対する脅迫,同人らの殺害,更には,焼却炉での同人らの死体の焼却等の各場面において,被告人A2は被告人A4とほぼ同等の行為をしているのである。確かに,被告人A4は,N方へ向かう際,「今日こそやるぞ,5億取ったる。」などと発言したり,先頭を切ってN方に侵入したり,N2を殺害しきれない被告人A3に「首絞めい。」とか「ロープで絞めい。」と指示したり,更には,N1に足払いを掛けて寝袋に押し込んだりしているのであって,これらの諸点からすると,犯行への積極性において被告人A2を上回るものがあるようにも見える。しかし,被告人A2は,N方侵入の際,「兄貴,先に入りなはれ。」と言って被告人A4を促していること,N1から奪った現金を自ら保管して持ち帰り,被告人A1に手渡していること,被告人A4をN方へ先に入らせたことの面目を回復するため,六甲山中では,自ら率先し,N1を手錠で殴打してその頭部に怪我をさせ,「ほんまに銭ないんか。」などと脅し上げていること,N2殺害の際には,被告人A4の提案を聞くや,直ちにロープを取り出し,その一端を被告人A3に手渡して,二人でロープをN2の首に巻き,自らも力一杯引っ張っていること,また,N1殺害の際にも,被告人A4がN1を寝袋に入れると,直ちにそのチャックを引き上げ,同様にしてロープを力一杯引っ張っていることなどからすると,必ずしも被告人A2が犯行に消極的であったとはいえないし,また,同人が被告人A4の指示を仰ぎながら行動するような上下関係があったともみられない。したがって,本件各強盗殺人及び死体損壊において,被告人A4と被告人A2の役割や地位に特に上下があるとはいえないとした原判決の評価が誤りであるとはいえない。さらに,(3)の点についても,確かに,被告人A4は,公判の初めころは贅沢をしたいという気持ちがあった旨の供述をしていたのに,後には,被告人A1に対する恐怖をことさら強調する供述をするなど,自己の刑責を軽減しようとする意思を有することは否定できない。しかし,捜査,公判を通じ一貫して事実を認めていることには,反省悔悟の念も含まれていると評価するのが相当であり,被告人A4が毎日長時間お題目を唱えて被害者らの冥福を祈っていると供述しているところも,うそとは思えず,この点の原判決の評価も誤りとはいえない。所論は採用できない。

以上検討した諸点をみるとき,被告人A4には矯正の可能性等酌むべき情状も存するのであり,同人を無期懲役に処した原判決をあえて破棄して同人を極刑に処することには,なお躊躇を覚えざるを得ないから,原判決の量刑が軽過ぎて不当であるとまではいえない。

5  被告人A2について

被告人A2は,強盗殺人計画の実行役として,被告人A4らと共に,本件強盗予備に及ぶとともに,本件各強盗殺人及び死体損壊を実行したものである。前記2で述べた諸点は全て被告人A2にも当てはまるのであって,その罪責は重大である。

所論は,(1)被告人A2に被告人A1の強盗殺人計画から離脱し,特に本件各強盗殺人に加わらないことを期待するのは,絶対に不可能とまではいえないものの,著しく困難であり,適法行為の期待可能性が極めて乏しかった,(2)被告人A2と被告人A4との地位や役割には歴然とした差異がある,と主張する。しかしながら,(1)の点については,確かに,被告人A2は,幼い時から家庭に恵まれず,施設を出た後,16歳のころ加入した暴力団を逃亡して,18歳の時,その追い込みから逃れるために被告人A1の許に身を寄せるようになって以来,同人に生活面で支配され,同人が他の者に暴力を振るうのを見聞きし,自らも,被告人A1から,「逃げたらおられんようになるぞ。」とか「警察に言ったら妻子を片づける。」などと言われていたことなど,被告人A2が強盗殺人計画から離脱する上で困難な事情があったことは認められる。しかし,その困難さも,程度の問題であり,本件各強盗殺人のようにおよそ人道に反する凶悪犯罪に加担することと比べると,これを過大に評価することはできない。また,(2)の点については,既に述べたように,被告人A2と被告人A4との地位や役割にそれほど大きな差異があるとは認められない。所論は採用できない。

したがって,他方で,本件各犯行はいずれも被告人A1の強い指示によること,捜査段階から一貫して罪を認め反省の意を表していること,被害者らの冥福を祈り,せめてもの詫びとして遺族に手紙を出していること,犯時19歳の少年であったことなどの酌むべき事情に加えて,原判決が認定説示している被告人A2の身上,経歴等を十分考慮するとともに,更には,被告人A4に対する刑との均衡を検討してみても,被告人A2に酌量減軽をすべき情状があるとまではいい難く,同人を無期懲役に処した原判決の量刑が破棄しなければならないほど重過ぎて不当であるとはいえない。

6  被告人A3について

被告人A3は,当初被告人A1らの強盗殺人計画に加わってはいなかったものの,被告人A1らが同計画に基づき強盗に出掛ける準備をしていた時や被告人A4らがN親子を暴力団事務所に拉致してきた時に,たまたまこれに出くわして,本件強盗予備及びN2に対する強盗殺人に加担したものである。加えて,単独での覚せい剤の自己使用と普通貨物自動車による無免許運転にも及んでおり,少なからぬ非行歴も有している。そして,特に,N2に対する強盗殺人では,被告人A1らの上記冷酷非道な企てを知りながら,他の3名に追随して,自らもN親子に現金の要求をするなどして加担した上,被告人A4らと共にN2殺害の実行に及んでいるのであって,罪質が重く,犯行態様が残忍であり,遺族感情も峻烈であることに照らすと,被告人A3の罪責もやはり重いといわざるを得ない。

所論は,被告人A1が被告人A3にN2殺害を指示したのは,事件を知った被告人A3に何もさせないでおけば,いつ事件をばらしてしまうかもしれないとの思いから,被告人A3を共犯者に巻き込むことによって口封じをもくろんだからにほかならず,被告人A3も,被告人A1の命令に逆らえば,どのような危害を加えられるかもしれないと考えた結果,自らの生命身体の安全を確保するために,N2殺害を敢行せざるを得なかったもので,N2殺害の場面に限定するならば,被告人A3は財物奪取の手段としてN2を殺害したのではなく,この点は量刑上特に考慮されるべきである,と主張する。しかしながら,暴力団事務所にN1及びN2を連れてきたのは,同人らを脅し上げて金を奪うためであること,N1はなおも金を要求するためにその場に残し,まず,N2から殺害していることからすると,N2殺害はN1を畏怖させ,金を交付させる手段とみ得るのであり,たとえ,所論のいうように被告人A1が被告人A3を殺害の実行者として指名したことが被告人A3の口封じをもくろんでのことであるとしても,その目的だけのためにN2殺害を指示したものとはみられない。そして,被告人A3も,被告人A1らと共に明らに金の要求をしていたのであるから,上記のようなN2を殺害する理由は理解していたものと思われる。なお,被告人A3は,被告人A1と飲みに行った時に,同人からたびたびたばこの火を手の甲に押しつけられ,また,N方襲撃の時にはナイフで肩を刺されるなどの理不尽な仕打ちを受け,更には,他の者が被告人A1から木刀で殴打されるなどの暴行を受けたことを見聞きしたり,顔写真を撮られて「逃げたらヤキを入れる。」などと告げられたりもして,被告人A1への服従を強いられていたことが認められるが,前記被告人A2について述べたのと同様,そのことを過大に評価することは相当でない。所論は採用できない。

したがって,他方で,その強盗予備及び強盗殺人は被告人A1の指示によること,強盗殺人の際,N2をアイスピックで刺そうとしてできなかったのは良心の呵責もあったためとみられること,強盗予備では明確な役割がなかったこと,罪を認め反省の意を表していること,生育歴に同情の余地があること,被告人A4らの逮捕を知り逃亡していたものの,姉らの説得もあって自ら警察に出頭していること,姉や兄が更生への協力を約束していることなど,被告人A3のために酌むべき事情を十分考慮するとともに,更には,被告人A2らに対する刑との均衡を検討してみても,酌量減軽の上被告人A3を懲役13年に処した原判決の量刑が重過ぎて不当であるとはいえない。

以上の次第であって,各論旨はいずれも理由がない。

(なお,原判決の「罪となるべき事実」第2の1は,被告人A1,同被告人A4及び同被告人A2の犯罪事実だけでなく,被告人A3の犯罪事実をも摘示するものであるから,「さらに被告人A3と共謀の上」とあるのは,「さらに,被告人A3ともその旨意思相通じ,ここに同被告人を含む被告人4名は共謀の上」とすべきである。)

よって,刑訴法396条により本件各控訴を棄却することとし,当審における訴訟費用を負担させないことにつき,被告人A1,同被告人A2及び同被告人A3に対し同法181条1項ただし書を,被告人A4に対し同条3項本文を各適用して,主文のとおり判決する。

(第4刑事部 裁判長裁判官 白井万久 裁判官 東尾龍一 裁判官 増田耕兒 )

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