大阪高等裁判所 平成11年(う)678号 判決 2004年12月20日
主文
本件控訴を棄却する。
当審における未決勾留日数中1500日を原判決の刑に算入する。
理由
本件控訴の趣意は、主任弁護人乘井弥生、弁護人竹下政行連名作成名義の控訴趣意書(平成12年1月20日付け上申書記載のとおり誤字を訂正したもの)、反論書、同年7月17日付け控訴趣意補充書、同月19日付け控訴趣意補充書(二)、主任弁護人乘井弥生、弁護人後藤貞人、同森下弘、同竹下政行連名作成名義の平成13年5月16日付け控訴趣意補充書に、これに対する答弁は、検察官望田耕作作成名義の答弁書にそれぞれ記載のとおりであるから、これらを引用する。
記録及び証拠物を調査し、当審における事実取調べの結果をも併せて検討し、以下に判断する。
なお、以下において証拠書類に付記した番号は、「原審検〇〇」とあるのは、原審記録中の検察官請求の証拠番号(原審記録中の証拠等関係カード(書)に記載の番号)を、「原審弁〇〇」とあるのは、原審記録中の弁護人請求の証拠番号(原審記録中の証拠等関係カードに記載の番号)を、「当審検〇〇」とあるのは、当審記録中の検察官請求の証拠番号(当審記録中の証拠等関係カード(書)に記載の番号)を、「当審弁〇〇」とあるのは、当審記録中の弁護人請求の証拠番号(当審記録中の証拠等関係カード(書)に記載の番号)を、示す。ただし、いずれの証拠についても、「謄本」「抄本」の別は省略する。
第1 控訴趣意第1点 訴訟手続の法令違反の主張(その1)について
1 論旨は、被告人作成の自供書(原審検173、232から239)、「A1ちゃんへ」で始まる書面(原審検229)、被告人の警察官調書(原審検153から172、174から176、196から201)、検察官調書(原審検177から195、202から208)、警察官に対する弁解録取書(原審検217)、捜査報告書(原審検227、228)に各添付の被告人作成のBことA2宛の手紙抄本部分、封書(原審検231)に在中の被告人作成のA3宛の手紙1葉、実況見分調書(原審検83、89)中の被告人の指示説明部分について(以下、これらを「被告人の自白調書等」と総称することがある。)、これらをいずれも刑訴法322条1項に該当する書面として証拠能力を認め、事実認定の用に供した(なお、被告人作成の自供書(原審検173)、被告人の警察官調書(原審検171、172)、検察官調書(原審検186)については、原判決の「証拠」に挙示されていないが、「事実認定の補足説明」の三項の1(四)(2)において、証拠能力を認め、事実認定の用に供することができると説示されている。)原審の訴訟手続には、同条項の解釈適用を誤り、かつ、憲法34条、37条3項、38条1項、2項に違反した違法があり、その違反が判決に影響を及ぼすことが明らかである、というのである。
そこで、検討すると、原判決の挙示する証拠のほか関係証拠によれば、原判決が、「事実認定の補足説明」の三項の1において、被告人の自白調書等の任意性を肯認し、これについて説示するところは、概ね正当としてこれを是認することができる。以下、所論に即して検討する。
2 本件の捜査の経緯と被告人の供述の経過等
まず、関係証拠により、本件の捜査の経緯と被告人の供述の経過等について概観しておくと、原判決が、「事実認定の補足説明」の三項の1(二)において認定しているところとほぼ同旨の事実を認めることができる。
(1) 被告人が逮捕される(平成7年9月10日)まで
本件当日の平成7年7月22日(以下の月日は、年の記載のあるものを除き、「平成7年」である。)の夜、被告人とA1は、東住吉警察署で事情聴取を受けた。7月24日、被告人は、同署において、身体検査令状により身体検査を受け、焦げのある被告人の前頭部右側の頭髪が採取された。7月30日には被告人とA1が、8月2日には被告人、A1及びA5が、同署で事情聴取を受けた。
警察官A3は、7月24日ころから被告人の取調べを担当していた。A3は、8月10日ころ、被告人に案内させて、被告人がA1と出会ったスナックに行った際、本件事件について何か思いつくことでもあればいつでも言いに来てくれと被告人に言っておいた。
8月14日、被告人は、東住吉警察署でA3から事情聴取を受けた際、
A4との性的関係や、最終の性交渉はA4の死亡前日であること等について自供書(原審検173)を自ら書いて作成した。
8月17日、被告人は、一人で大阪弁護士会の無料法律相談に行き、担当者の大槻和夫弁護士に、自分とA1は本件について警察に疑われているが、無実であると相談した。同弁護士は、逮捕・勾留手続の概略を説明し、警察から事情聴取をされても、やっていないことをやったと言ってはいけない、警察官から、暴力や無理な取調べを受けることがあるかも知れないが、万一のときには弁護士に連絡を取りたいと言えと助言し、名刺を手渡した。被告人は、自分の方から、大槻弁護士に対し、A4と性的関係があることも話したが、そのことと今疑われている本件事件とは無関係であると言った。
(2) 9月10日
同日(日曜日)午前7時ころ、警察から電話があり、被告人は、任意で事情を聞かせて欲しいと求められ、午前7時30分ころ、被告人方を出て、被告人は平野警察署へ、A1は東住吉警察署へそれぞれ任意同行された。
被告人は、平野警察署において、A3及び警察官A6から本件の被疑者として取調べを受けた。被告人は、当初本件犯行を否認していたが、その後これを自供するに至り、犯行の動機、A1との共謀状況、犯行当日におけるA1との共謀確認状況、犯行道具の準備状況、犯行状況等、本件犯行を自認する自供書8枚(原審検232から239)を自ら書いて作成した。
午後8時20分ころ、被告人は逮捕状により逮捕され、午後8時23分ころ、警察官により被告人の弁解録取がされ、被告人は、そのとおり間違いない旨述べ、本件犯行を認める旨の弁解録取書(原審検217)が作成された。
被告人は、その後は留置場(平野警察署)に入った。被告人は、午後10時20分ころから30分間、大槻弁護士と接見し、同弁護士に対しては、本件犯行を否認した。
(3) 9月11日
午前中、被告人は、A3の取調べを受けた。この際、被告人は、本件事件については黙秘したが、事件とは関係のない身上経歴については取調べに応じ、電気工事工としての職歴やA1との生活状況等を供述した警察官調書(原審検153)が作成された。なお、被告人は、同警察官調書において、昨日(9月31日)本件犯行については自供書8枚を書いたが、その後大槻弁護士に接見してから気持ちが変わった旨を述べている。
被告人は、昼ころ検察庁へ送致され、検察官による弁解録取の後、勾留質問が行われた。いずれの際にも、被告人は、本件犯行について黙秘した。
その後の夕方、平野警察署において、被告人は、大槻弁護士と接見し、同弁護士に対し、本件犯行について否認した。同日(9月11日)、被告人は、大槻弁護士を弁護人に選任した。
(4) 9月12日
午前中から被告人はA3の取調べを受けた。被告人は、当初黙秘していたが、昼すぎになって再び自白を始めた。その後、午後5時ころ、被告人は、「真実は一つだから仕方がない。自分は逮捕される前に全て正直に話している。弁護士が来て、やったと言ったら死刑になると言われた。全て本当の話をしている。」という内容の「A1ちゃんへ」で始まる書面(原審検229)を自ら書いて作成した。
その後、被告人は、自ら検察官との面談を求め、午後5時すぎころから検察庁へ行き、内田武志検察官の取調べを受け、「9月10日、警察に呼ばれて事情を聞かれた際に、色々と考えた上で真実を話すことにして事件を素直に認め、自分から自供書を書いた。9月11日、検察官の弁解録取の際には、気持ちの整理がつかず黙秘したが、それは、同日弁護士と接見し、弁護士から事件を認めたら死刑になると言われ、(弁護士に)どうしたらいいか聞いたところ、黙秘するか否認すればいいと助言を受けたからだ。しかし、その後は反省して、申し訳ないことをしたとの気持ちから正直に話をしようと決心して本日(9月12日)ここに来た。死刑になるのは嫌だし、情状酌量をしてもらいたい。現在の心境は、真実を話してA4の冥福を祈りたいし、罪は償わなければならないと思う。そして、検事さんから、この私の心境をA1に伝えてもらい、事実を正直に話すように私が話していたと伝えて欲しい。」旨述べた上で、本件犯行を認める旨の検察官調書(原審検177)が作成された。
内田検察官の取調べを終えた後の午後10時40分ころから午後11時10分ころまでの間、被告人は、検察庁において、大槻弁護士と接見し、同弁護士に対し、自分は無実であるが自白した旨言った。
(5) 9月13日
被告人は、A3の取調べを受け、本件犯行を自白した。その後、被告人は、平野警察署において、午後5時40分ころから30分間、大槻弁護士と接見し、同弁護士に対し、これからは黙秘する旨言った。同弁護士との接見後、被告人は、A3の取調べを受け、再度否認に転じ、午後10時か11時ころ取調べを終了した。
(6) 9月14日
被告人は、A3の取調べを受け、当初否認をしていたが、昼前後ころから、再び自白した。同日、被告人は、大槻弁護士を解任し、飛澤哲郎弁護士を新たに弁護人に選任した。
午後5時ころ、被告人は、飛澤弁護士と接見し、同弁護士に対しては、本件犯行を認めた。被告人は、その後に来た大槻弁護士とは接見しなかった。
(7) 9月15日以降、原判示第1の現住建造物等放火、殺人の事実の起訴(9月30日)に至るまで
その後も、被告人は、本件の自白を維持し、9月16日以降、本件犯行を認める内容の供述調書等が作成された。その内容は、自供書の内容とほぼ一致する。
9月16日には、自白をするに至った理由等について供述する警察官調書(原審検154、155)が、
9月17日には、「当初否認していたが、警察官から追及され、A4に申し訳ないという気持ちと後悔から本当のことを話して罪を償う」旨、自白をするに至った理由等について供述する検察官調書(原審検178、他に原審検179)が、
9月18日には、A4のドレス姿の写真を貼付した紙に「この写真のA4に誓って正直に事件のことを話す」と自ら書いた上、自白をするに至った理由等について供述する警察官調書(原審検156、他に原審検157)がそれぞれ作成された。
9月19日には、A1との関係、生活状況等について供述する警察官調書(原審検158)が、
9月20日には、稼働状況、生活状況等について供述する警察官調書(原審検159、160)が、
9月21日には、犯行発案に至る経緯や状況等について供述する警察官調書(原審検161、162)が、
9月22日には、A1との共謀状況等について供述する警察官調書(原審検163)がそれぞれ作成された。
9月23日には、本件当日におけるA1との共謀確認状況、犯行道具の準備状況等について供述する警察官調書(原審検164、165)が作成された。
9月24日には、犯行状況について供述する警察官調書(原審検166)が作成された。また、同日実施の各実況見分にそれぞれ立会し、犯行に使用したライター、給油ポンプ、ポリタンクの形状等について指示説明(原審検83)をし、また、前後の状況を含めて犯行状況について再現する指示説明(原審検89)をした。
9月25日には、犯行前後の状況等について供述する警察官調書(原審検167から169)が、また、身上・経歴等について供述する検察官調書(原審検180)がそれぞれ作成され、
9月26日には、犯行後の状況等について供述する警察官調書(原審検170)が、また、A1との関係、生活状況等について供述する検察官調書(原審検181から183)がそれぞれ作成された。
9月27日には、A4との性的関係について供述する警察官調書(原審検171、172)が、また、A1との生活状況等(原審検184、185)、A4との性的関係(原審検186)、A1との共謀状況、犯行状況等(原審検187から189)について供述する検察官調書がそれぞれ作成された。
9月28日には、犯行状況等について供述する警察官調書(原審検174、175)が作成され、
9月29日には、A1との共謀状況等について供述する警察官調書(原審検176)が、また、犯行発案状況等について供述する検察官調書(原審検190)が、
9月30日には、A1との共謀状況、犯行前後の状況等について供述する検察官調書(原審検191から195)がそれぞれ作成された。
(8) 9月30日以降、原判示第2の詐欺未遂の事実の起訴(10月13日)に至るまで
9月30日、被告人は、原判示第1の現住建造物等放火、殺人の事実について起訴された。被告人は、その後も、本件の自白を維持した。
10月5日には、保険金請求に至る経緯等について供述する警察官調書(原審検196)が、
10月6日には、保険金請求の状況、それに至る経緯等について供述する警察官調書(原審検197、198)が、
10月7日には、保険金請求の準備の状況等について供述する警察官調書(原審検199)が、
10月8日には、保険金請求に至る経緯等について供述する検察官調書(原審検202、203)が、
10月9日には、保険金請求に至る経緯等について供述する警察官調書(原審検200)が、また、保険金請求の状況等について供述する検察官調書(原審検204)が、
10月10日には、保険金請求に至る経緯等について供述する検察官調書(原審検205、206)が、
10月12日には、保険金請求に至る経緯等について供述する警察官調書(原審検201)が、
10月13日には、保険金請求に至る経緯等について供述する検察官調書(原審検207、208)がそれぞれ作成された。
(9) 10月13日以降、原審第1回公判期日(12月19日)に至るまで
10月13日、被告人は、原判示第2の詐欺未遂の事実についても起訴された。被告人は、その後も本件の自白を維持していた。なお、被告人は、10月18日付けで、「7月22日から9月10日までの生活は苦しくてたまらなかったが、取調べが進む中で自分の苦しみが少しずつ心の中から吐き出されるようになった。10月13日に起訴されたが、その時には全ての心のしがらみを吐いて心が清らかになっていく自分が見えた。」という内容の手紙(原審検223)を中学時代の友人であるBことA2に宛てて出している。
被告人は、10月20日、平野警察署留置場から大阪拘置所に移監された。
その後も、被告人は、「どうして、なぜと今でも思う。なぜあの時自分にストップがかからなかったのか不思議でしかたがない。」という内容の手紙(原審検227)をA2に宛てて書き、10月30日付けの消印で出した。
被告人は、「先日は大変お世話になりました。今こうして自分があるのもすべてA4のおかげです。」という内容の手紙(原審検231)をA3に宛てて書き、10月31日付けの消印で出した。
被告人は、11月6日付けで、被告人の裁判の第1回公判期日の日時を知らせ、「傍聴に来て私の姿を見てほしい。」旨の手紙(原審検228)を書き、A2に宛てて出した。
(10) 原審第1回公判期日
12月19日、原審の第1回公判期日が開かれた。被告人は、原判示第1の放火、殺人の事実は全て身に覚えがない、原判示第2の保険金詐欺未遂の事実も身に覚えがなく、保険金支払請求をしたが、正当な保険金請求としての手続をとったものである旨述べて、原判示の事実を全て否認した。
以上のとおりの事実が認められ、これを踏まえて、以下の判断をする。
3 被告人作成の8月14日付け自供書(原審検173)の証拠能力について
所論は、被告人は、8月14日、東住吉警察署に呼び出され、A3から、「A4の体内から被告人の精子が出てきた。」と虚偽の事実を告げられて追及され、偽計により、A4との性的関係を供述して自供書(原審検173)を作成したのであり、また、その際、A4との性的関係が強姦罪に該当し、その被疑者として取り調べられたのに、黙秘権及び弁護人選任権を告知されていなかったものであって、前記自供書は、このような違法な取調べによって作成されたものであるから証拠能力がないと主張する。
そこで、検討すると、被告人は、原審公判において、当日はA3から警察に呼ばれた、A3が、被告人に対し、「お前、ほんまにやってないんか。火つけてないんか。」と最初から被告人が本件の犯人であるかのように言い、被告人が、「やってない。」と言うと、A3が、「ホンダの科学者が車を調べてるから、原因が分かったらすぐ捕まえたる。」、「ほかに何かやましいことがないんか。」と言うなどし、さらに、A3が、「A4の体の中からお前の精子が出てきた。」と言ったので、被告人は、「実はそういうことがあった。」と正直に答えた、A3からA4との性的関係について事情を聞かれた後、自供書を書いた、最後の性交渉は1か月くらい前であったが、自供書を書くとき、知らんうちに大袈裟になっていって、本件の前日も性交渉があったと書いた、A3から、「これ強姦になるけど、A3の胸のうちに納めとくわ。」と言われた、A3が、自供書を上司に見せに行き、被告人をその日帰宅させるかどうか上司の判断を仰いだ後に、その日は帰宅させられた旨、所論に沿う供述をしている。
これに対し、A3は、原審公判において、当日の日中、被告人の方から、「A3に話がある。」と言って東住吉警察署に来た、被告人は、A3に対し、「後でばれたら困るので先に言っときますが、実はA4と肉体関係がある。」と言って、話をした、被告人は、その話をするとき、表情がすごく困ったような顔になっていた、A3は、上司のA7班長の指示で、被告人に自供書を作成させた、被告人に対し、この件が今後どうなるかは、「私(A3)では判断できない。」と言っておいた、「A3の胸のうちに納めておく。」とは被告人に言っていない、被告人から話を聞き、自供書の作成も含めて1時間程度であり、被告人は、日のあるうちに帰った旨証言している。
しかるところ、鑑定書(原審検6)によれば、当時、A4の死体の解剖所見からは、「A4の膣内に精子を確認することはできなかったが、死後半日から2日前くらいの間に性交があった可能性は否定できない。」ということが判明しており、捜査機関は、所論が指摘しているとおり、A4が、被告人の内妻の連れ子で被告人と同居していることから、A4と性的関係があったのは被告人ではないかとある程度推認することができたと考えられる。しかしながら、捜査のごく初期の段階である当日の時点において、被告人が原審公判で供述するように、捜査機関の方からわざわざ手の内を明かしてきたというだけでなく、解剖所見にもない虚偽の事実を告げられて質問されたというのは、いささか不合理で不自然であること、また、被告人は、A3の質問に対し、A4との性的関係があったことを直ちに認めているだけでなく、最後の性交渉についても、1か月くらい前であったと言っていたのが、本件の前日であったことまですぐに供述しており、これは、被告人の方からA3のところに来て、「後でばれたら困るので先に言っておく。」旨言って、A4との性的関係を打ち明けたというA3の原審証言に符合すること、被告人の原審公判供述によれば、被告人のA4との性的関係については、A3が、「A3の胸の内に納めとくわ。」と言ったというが、他方で、A3が、被告人の書いた自供書を上司に見せ、被告人を帰宅させるについて上司の判断を仰いだというのであって、被告人の述べるA3の言動は、彼此矛盾していて不自然であること、その3日後の8月17日に被告人から法律相談を受けた大槻弁護士は、原審公判において、その際、被告人は、自分の方からA4との性的関係があることを認めたが、そのことと今警察から疑われている本件事件とは無関係であると言った旨証言しているだけであり、同弁護士に対しては、A3から、A4との性的関係についてはA3の胸の内に納めておくなどと言われたことは告げていないこと、これに対し、A3の前記原審証言は、前後一貫しており、特に不自然な点はないことなどに照らすと、被告人の前記原審供述は到底信用することができないのに対し、A3の前記原審証言は十分使用することができる。
そして、A3の前記原審証言によれば、被告人は、8月14日、自ら東住吉警察署に赴き、A4との性的関係について、自発的かつ任意に供述し、かつ、自供書(原審検173)を作成したことが明らかであり、所論のようにA3が虚偽の事実を告げて偽計による違法な取調べをしたことは到底認めることができない。
また、A3の前記原審証言により認められる上記のような8月14日当日の上記自供書作成に至る経緯等に照らすと、当日、被告人は強姦罪の被疑者として取り調べられたものではないというべきであるから、被告人が強姦罪の被疑者として取り調べられたことを前提とする所論は採用できないし、仮に被告人が強姦罪の被疑者として取り調べられ、黙秘権及び弁護人選任権の告知がなされなかったとしても、前記の事情、すなわち、被告人が、A4との性的関係について、自発的かつ任意に供述しており、かつ、捜査機関において、虚偽の事実を告げて偽計により取調べをしたような事情が認められないことからして、上記自供書(原審検173)の証拠能力が欠けることになるわけではないと解される。
そうすると、被告人が8月14日に作成した自供書(原審検173)は証拠能力があると認められる。
4 9月10日の取調べと被告人作成の自供書(原審検232から239)、被告人の警察官に対する弁解録取書(原審検217)の証拠能力について
所論は、9月10日のA3らの取調べにより本件を自白した被告人の前記自供書(原審検232から239)、警察官に対する弁解録取書(原審検217)は、以下に主張する理由により証拠能力がないという。すなわち、
(1) 所論は、A3は、被告人に対し、本件火災の原因について説明する義務があると繰り返し告知し、被告人に積極的に供述義務があると誤信させて本件を自白させたものであって、欺罔により黙秘権を侵害する違法な取調べをしたと主張する。
そこで、検討すると、被告人は、原審公判において、A3が、取調べの最初に、「お前を犯人として取り調べる。」と言ったので、被告人は、びっくりして、今日帰れるか聞くと、A3が、「今日帰られへんな、当分帰られへんぞ。」と言ったこと、そこで、被告人は、仕事先に電話させて欲しいと言ったが、A3に拒否されたため、「それなら、弁護士に電話してくれ。」と言って、大槻弁護士の名刺を差し出したこと、A3がA6を取調室に呼び、A3から名刺を受け取ったA6が出て行き、戻ってきたA6が、被告人に対し、「連絡したが日曜日で事務所が留守だから、留守番電話に入れておいた。今日休みやから、いつ来てくれるか分からんぞ。」と言ったこと、その後、A3から、以前に話をしていたことと食い違う点について事細かく聞かれ、午前中は押し問答が続いたこと等を供述している。
これに対し、A3及びA6は、原審公判において、当日の取調べの始めに、A3が、被告人に対し、放火殺人の被疑者として取り調べると告げて、黙秘権を告げたこと、すると、被告人は、急に表情を変え、「弁護士に連絡してください。」と言って、大槻弁護士の名刺を差し出したので、A3が、直ちに別室に行って捜査本部に電話連絡し、捜査本部から同弁護士事務所に電話連絡してもらい、折り返し、捜査本部からA3に、事務所が留守であり留守番電話に入れておいた旨の電話連絡があり、A3がその旨を被告人に伝えたこと、その後、A3が、被告人を取り調べ、それまでに被告人から聴取していたところと他の証拠との矛盾点について質問をしていった際、被告人は、「やっていない。」「やっていないので知らない。」旨言うなどし、また、「いつ帰れるのか。」と言ったが、A3が、被告人に対し、「先に説明してくれ。やっていないのなら、分かるように説明する必要がある。」旨説明したこと、その際、A3は、義務があるというような言葉を使っていないし、当分帰れないとは言っていないこと、これに対し、被告人は、「いくらでも説明する。」旨答えたことを証言している。
しかるところ、A3及びA6の前記原審証言は、具体的であり、概ね一致しており、被告人の前記原審公判供述に対比し、十分信用することができる。これによれば、A3は、被告人に対し、まず黙秘権を告知していることが認められる。しかも、A3から取調べを告げられた被告人は、直ちにA3に対し、大槻弁護士への連絡方を依頼している上、被告人自身、押し問答をしていたと述べているとおり、A3の取調べに対する被告人の応答態度に照らすと、被告人に対し「分かるように説明する必要がある。」などというA3の説明は、取調べにおける通常の説得の範囲内にあるものと認めることができるとともに、これが被告人に供述義務があると誤信させるものとは到底認められない。
そうすると、A3が、欺罔により黙秘権を侵害する違法な取調べをしたことは認められない。
(2) 次に、所論は、A3は、被告人から大槻弁護士への連絡方の要請を受けながら、これを捜査本部に取り次いではいるものの、捜査本部のA7班長において、大槻弁護士事務所には留守番電話が設置されていないのに、前記連絡方を同事務所の留守番電話に吹き込んだとして、A3を通して被告人に虚偽の返事をして前記連絡方を故意に遅らせ、被告人及びA1が本件について自白をさせられた後の当日午後3時に至って同弁護士に連絡をとったものであり、また、A3は、同弁護士から被告人との接見申出の連絡を受けながら、被告人に自供書の作成を続行させ、被告人の接見を自供書の完成及び通常逮捕後まで遅らせたものであって、このような弁護人依頼権を侵害する取調べにより被告人に本件を自白させ、前記自供書が作成されたものであると主張する。
そこで、検討すると、A3及びA6は、原審公判において、取調べの始めに、A3が被告人に黙秘権を告知するや、被告人は、弁護士へ連絡してほしいと言って大槻弁護士の名刺を差し出したので、A3が、東住吉警察署に設置されていた捜査本部に直ちに連絡を取り、捜査本部から同弁護士に連絡をしてもらうことにしたこと、折り返し捜査本部から電話があり、A3は、同弁護士事務所は留守だったので、留守番電話に入れておいた旨の報告を受け、その旨を被告人に伝えたこと、午後2時ころ、被告人やA3らは、ほかほか弁当を食べ、それが終わった後ころ、A3は、捜査本部から、大槻弁護士と何度か連絡を取ったが、いずれも不通であった旨の連絡を受けたこと、その後、被告人が自供書を作成している途中に、同弁護士から直接A3に宛てて被告人との接見を申し出る電話が入ったことから、A3は、被告人に対し、同弁護士と、今すぐに接見するか、それとも、自供書を書き終えてからにするかを尋ねたところ、被告人が自供書を書き終えてから接見すると答えたので、その旨同弁護士に伝え、同弁護士が、「できるだけ早く会いたいんですけれども。」と言い、A3も「こっちもなるべく早く終わりますので。」と言ったことを証言している。
しかるところ、大槻の原審証言によれば、所論のとおり、当時同弁護士事務所には留守番電話を設置していなかったことが認められ、このことからすると、捜査本部において、被告人の同弁護士への連絡方の要請を同弁護士事務所の留守番電話に吹き込んでおいたというのは誤っていることになるが、大槻の原審証言によれば、同人は、当日は日曜日でもあり、偶々午後から事務所に出ていたことから、午後3時ころに、東住吉警察署から、被告人とA1が同弁護士に接見を求めているという内容の電話を受けたことが認められるのであって、この事実に照らすと、捜査本部が言うとおり、同弁護士事務所が留守であったため、同弁護士が午後に事務所に出て来るまでは電話が不通であったことは間違いないと認められる。そして、大槻の原審証言によれば、同人は、東住吉警察署からの前記電話を受けた後、平野警察署に電話し、A3に対し、被告人との接見を申し出たところ、A3から、被告人は既に自白をしており、現在調書を作成中であるので、接見は調書作成終了後にしてほしいと言われたこと、そのため、同弁護士は、同日午後8時50分ころから約30分間東住吉警察署でA1に接見した後、午後10時20分ころから約30分間平野警察署で被告人と接見したことが認められる。これらの事実に、前記のA3が証言する、大槻弁護士から被告人との接見の申出があった際のA3と同弁護士とのやりとりをも併せ考えると、同弁護士としては、A3の言うところの、自供書作成終了後に被告人と接見をすることを了承していたものと解される。加えて、被告人は、原審公判において、当日、A3に対し、同弁護士への連絡方の要求を合計3回くらいし、その都度留守番電話に入れたという返事であったが、結局、警察より同弁護士への連絡はとってもらい、同弁護士と接見したことを供述しており、同弁護士と接見した際に、当日の接見に至る経過に関し、捜査機関の仕方に互いに不満があったようなことは述べてはいない。
以上のような事実を総合考慮すると、捜査本部において大槻弁護士への連絡方を故意に遅らせたとみることは到底できず、当日が日曜日であり、同弁護士事務所が休業であったことなどの事情により同弁護士への連絡が遅れたものであり、そのことはやむを得なかったものというべきであると解される。加えて、前記のとおり、被告人は、自供書作成中にあった同弁護士の接見申出に対し、自らの希望により、自供書の作成を終了した後に接見することを申し出ており、かつ、被告人の申出どおりその終了後に同弁護士と接見していることからすると、被告人の弁護人依頼権の侵害があったとは到底認めることができない。
(3) 所論は、<1>A3は、「ガソリンは抜かれている」ことを示す証拠はないことを知りながら、被告人に対し、ガソリンを抜いて放火したのは被告人であることが鑑定により判明しているなどと虚偽の事実を告げて被告人を追及し、<2>また、A3は、原判示の被告人方(以下「本件家屋」又は「被告人方」という。)の近隣住民であるA8が、本件火災当日、東住吉消防署消防司令補A9に対し、「被告人に消火器を貸した」旨を述べたという証拠があるのに、A8が「被告人に消火器を貸していない」と述べている旨虚偽の事実を告げて、A8から消火器を借りたと言っている被告人に対し、「なぜうそを言うのか。」という追及をし、<3>さらに、A3は、「A5が、被告人が車庫に降りて火をつけるのを見た」という証拠はないのに、被告人に対し、ことさらにその旨の虚偽の事実を告げて追及するなど、A3は、被告人に対し、虚偽の事実を告げて追及するという違法な取調べをなし、これによって被告人は本件を自白したと主張する。
そこで、検討すると、被告人は、原審公判において、所論に沿う供述をし、結局、当日午前中は、そういうことでA3と押し問答になったと供述している。
これに対し、A3及びA6は、原審公判において、<1>の「ガソリンは抜かれている」という点については、原判示の貨物自動車(ホンダアクティストリートバン。以下「本件自動車」という。)の実況見分の結果、ガソリンタンクが膨張しておりガソリン漏れはなく、燃料計が、実況見分時に4分の3ぐらいを指していたことやホンダの科学者から説明を聞いたA7班長から説明を聞いていたこと、また、<2>の「A8から消火器を借りていない」という点については、A8から事情聴取したところでは、被告人が消火器を借りに来たが、A8が消火器を取り出した時には被告人の姿はなく、被告人に消火器を貸していないという話が出ていたこと、さらに、<3>の「A5が、被告人が火をつけるところを見た」という点については、当日、A3が、被告人に対し、「A5が、被告人が火をつけるところを見ている」と言ったことはなく、当日より前にA3がA5を取り調べた際に、A5は、被告人が居間から車庫へいったん出て行って、居間に戻って来た直後に火事やと大騒ぎになったことを供述していたこと、そこで、以上のような捜査結果に基づいて被告人を追及した旨証言している。
しかるところ、A3及びA6の前記原審証言は、いずれも具体的で、ほぼ一致しており、被告人の前記公判供述と対比し、十分信用することができる。
そこで、これによると、前記<1>から<3>のような被告人に対するA3及びA6の取調べは、当日までの捜査の結果に基づき、これと矛盾する被告人の供述内容について追及するなどの、ごく通常ないし当然の取調べ方法によっているものであることが認められ、ことさらに虚偽の事実を告げて被告人を追及するような取調べをしたようなところは認めることができない。
(4) 所論は、A3は、被告人に対し、自白をすればA4との性的関係を公表しない、あるいはA1に言わないという利益誘導により被告人を本件の自白に追い込んだものであると主張する。
そこで、検討すると、被告人は、原審公判において、当日の取調べで、A3から、「否認してるんやったら、A4とのことを世間に公表するぞ。認めるんやったら公表はせえへんぞ。」と言われた、それで、自分も、公表されるのも嫌やったし、今から思えばそんなことでこんな大きい罪を認めてしまうなんて馬鹿らしいことやけど、そう言われて交換条件みたいな形になった旨、所論に沿う供述をしている。
これに対し、A3は、原審公判において、当日、被告人に対し、A4との性的関係を利益誘導するような形では絶対に言っていない、この関係については、A4の口封じ目的で単独犯として本件犯行に及んだのではないかということは確認したと思う旨証言している。また、A6は、原審公判において、当日の取調べの際に、自分が席を外した時以外は、被告人のA4との性的関係の話は出ていない旨、A3証言に沿う証言をしている。
しかるところ、被告人の前記原審公判供述は、A4との性的関係が強姦罪になると認識していた被告人が、証拠としては自分の供述しかない、A4との性的関係(強姦罪)を秘匿しておくために本件放火、殺人罪を認めたというものであるが、このことは、本件放火、殺人罪の真犯人であれば格別、これらの罪については無実であるという被告人にとっては、被告人自身がいうような馬鹿らしい交換条件であったなどということで済まされるものではなく、およそ常識では考えられないことというほかないことである上、上記3に説示したとおり、被告人は、A4との性的関係について、既に、8月14日に、警察に対し、自分の方から進んで正直に供述して自供書を作成して提出しており、また、8月17日には、大槻弁護士にも自分の方から話していることであって、これを世間に公表されることを恐れたという被告人の供述は、前後矛盾していると評さざるを得ず、すぐには十分に理解することができないところである。他方、A3が、単独犯か否かということでこの関係について被告人に確認したということ自体、A3の利益誘導があったことを否定するものである。加えて、被告人の前記公判供述からすれば、A3は、A4との性的関係についてはA3の胸に納めておくと約束をしたというのであるから、被告人としては、A3に対し、この約束違反を責めることができたと思われるのに、被告人は、そのようなことは述べていない。これらの事情に照らすと、被告人の前記原審公判供述は、到底信用することができず、これに対し、A3及びA6の前記原審証言は、十分信用することができる。
そうすると、前記A3及びA6の前記原審証言によれば、A3が、被告人に対し、所論のような利益誘導をしたことは到底認めることができない。
(5) 所論は、A3は、被告人に対し、真実に反して、A1も自白した旨を告げ、被告人が本件について自白をするように追い込んだものであると主張する。
そこで、検討すると、被告人は、原審公判において、午後1時から2時ころ、取調室に入ってきたA6が、A3に対し、「電話で連絡できた。向こう全部ぺらぺらしゃべってるらしいですわ。」と言い、A3が、「おお、そうか。」か「ほんまか。」と答えた、被告人は、それを聞いて大変びっくりし、A1もどうしようもなくて諦めたと思い、「え、ほんま。」と確認すると、A6が「おお、ほんまや。向こうも全部しゃべってんぞ。」と言った、被告人は、それを聞いて呆然となり、目の焦点がどこにあるか分からんような状態になり、A1も言うてもうたし、もう逃げることもできへんのかなと思うと、その一言ですべてが終わったというような感じを受けた、A1も諦めたんやったら自分も一緒に諦めようと思って、小声で「やりました。」と言うと、A3が、「なんや、もういっぺん言うてみい。」と言ったので、被告人は、A3に対し、「やりました。」と言った旨、供述している。
これに対し、A3は、原審公判において、当日の午後、A7班長からA1が自白を始めたと聞いた、A6は、捜査本部に捜査状況を報告するだけであり、(捜査本部からの)指示はA3が受けているので、A3が、捜査本部の指示をA6から受けることはない旨証言し、また、被告人A1に対する現住建造物等放火等被告事件の第1審公判記録の第21回公判調書中の証人A3の証人尋問調書謄本(当審弁3)によれば、A3は、同公判の証人尋問において、午後2時前後ころ、A7から電話でA1の方も話し出したらしいわと聞いた、A3が、A6に対し、向こうもうまいこといってるみたいやと話したが、それは被告人の前では話してはいない旨を証言している。また、A6は、原審公判において、当日、被告人の前で、A1がしゃべっているというような話はしたことがない、被告人自身が、A6に対し、A1が本当にしゃべってるんですかと確認したことはない、A6は、被告人が通常逮捕された午後8時20分前後ころに、A1が認めたというように聞いたが、それを一番最初に聞いたのはA3からではない、捜査本部との連絡は、A3が指示を受け、A6は報告をするくらいである旨を証言している。
しかるところ、A6の「向こうも全部しゃべってんぞ。」との発言を聞いて、すべてが終わったというような感じを受け、A1も諦めたんやったら自分も一緒に諦めようと思ったという、被告人の前記供述は、A6の前記発言を聞いただけで、どうしてすべてが終わったと思い、さらには虚偽の自白をすることになるのか、理解しがたいものがあり、にわかに信用できない。これに対し、捜査本部からの指示はA3が受け、A6は報告をするにすぎないという前記A3及びA6の原審証言は、特段不自然な点はなく、これによれば、A1が自白したというような捜査上の重要事項の指示(所論の主張からすれば、いわゆる切り違え尋問の指示)をA6が受けたということ自体、考え難い。しかも、原判決も指摘するとおり、当日は本格的な取調べの初日であり、その取調べは、被告人の述べるところでは、被告人とA3及びA6とが押し問答をしていたにすぎず、取調べ開始からまだ4時間程度しか経過していないのに、A3ら捜査官において、所論が主張するようないわゆる切り違え尋問の手段まで使わなければならないという事情も必要性も見出し難いといわなければならない。
そうすると、A3が、被告人に対し、真実に反して、A1も自白した旨を告げ、被告人を本件の自白に追い込むような取調べをしたとは到底認めることができない。
(6) 所論は、A3は、取調室に被告人と二人きりになったとき、被告人に対し、暴行を加えた、すなわち、疲れた被告人が右足を左足の上にのせて足を組んだ姿勢をとったところ、A3が、「なんていう態度だ。」などと言って、被告人の右足のくるぶし辺りを蹴りつけ、これが二、三回あり、その後、A3が、被告人に起立を命じ、立ち上がった被告人の首を両手でつかんで絞めてきて、後ろの壁に押し付け、そのため、被告人は意識が遠のいていくように感じたが、20分間ぐらいこれらの暴行が続いた、また、別の機会に、同様に取調室に被告人と二人きりになったとき、A3が、A55版の大きさの書類綴りで被告人の頭を2回叩くなどしたものであって、被告人は、A3のこのような暴行を伴う違法な取調べにより、本件を自白したものであると主張する。
そこで、検討すると、被告人は、原審公判において、A3から暴行を受けた旨の所論に沿う供述をし、また、当日夜、被告人に接見した大槻弁護士は、原審公判において、被告人と接見した際、被告人が、午前中の取調べの際に、A3から、首を絞められて壁に押し付けられたという暴行と調書で2回頭を殴られたという暴行を受けたと訴えた、そこで、大槻は、平野警察署長宛に、A3刑事から被告人が前記のような暴行を受け、これによって自白したと被告人から聞いた、厳重に抗議を申し入れる、という内容の抗議申入書(大阪高等裁判所平成11年押第132号符号4。原審弁5)を9月12日付け内容証明郵便で郵送した旨を証言している。
これに対し、A3及びA6は、原審公判において、当日の取調中、A3もA6も、被告人に対し、暴行を加えていない旨を供述している。そして、これに加えて、A3は、A6に席を外させ、取調室で、被告人と二人でモーニングセットを食べた際、被告人と膝を交えて真心で訴えなければいけないと思って、被告人の膝をつかんで揺すりながら、被告人に対し、「正直な話をしてくれ。仕事に関してはものすごく忠実で真面目な男という話を聞いている。お前は、お前なりに何か理由があってこんなことをした。そういうことをすべて俺が代わって書類に出してやろうやないか。今の状況からしても、お前は何も答えられないじゃないか。お前は今俺に突き詰められていってるんやぞ。この端に来てどうしようもなくなって、下が絶壁になって助けてくれと言ったんでは終わりやぞ。裁判官に対しても情状酌量の余地もなくなるぞ。俺の手を今何で握らんのや。」などと言って説得したことを証言し、また、A6は、取調べの最初のころ、被告人が、腕を組み、足を組んで話を聞いていたので、A6が、「遊びの話をしているんやないから、態度を考えたらどうや。」と注意すると、被告人は黙って腕と足を直し、その後は足を組むようなことはなかったこと、A3が「全部お前の答えはあいまいやないか。何一つ具体的に出えへんやないか。」と、A6が「分からへん分からへんじゃ全然説明になってない。具体的に説明せんか。」とそれぞれ大声を出したりして取り調べるうち、被告人は、最初は知りません、分かりませんと言っていたが、次第に前屈みになって下を向いて目を合わさない態度に変わっていったこと、A6は、被告人のこの様子を見て、自分の取調べの経験から、被告人がこれは自供すると思ったこと、その時、A3が、「この辺でモーニングでもどうや。」と言い、A6がモーニングセットを注文しに行ったこと、モーニングセットが取調室に届けられると、A3が、A6に対し、「被告人と二人で話したい。ちょっと出といてくれ。」と言い、A6は、取調室から出たこと、A6は、A3と被告人が二人だけになった取調室から、暴行を加えられた際に起こる声とか物音とかは聞いていないこと等を証言している。
しかるところ、A3及びA6は、大声を出して取り調べたとか、被告人の膝をつかんで揺すったとか自己に不利となり得るようなこともそのまま証言しており、その証言する取調べ状況に格別に不自然なところは認められない。これに対し、被告人の原審公判供述をみると、足を組んでいてA3から足を蹴られて、その印象として、被告人は、まさか刑事がそういうことをしてくると思わなかった、大槻弁護士から、刑事から暴行を振るわれると聞いていたが、現実に体験してみると非常にショックであったと供述しているのに、さらに、その後も足を組んでいて、A3から同様に足を蹴られたと供述しているのであり、その述べるその後の行動は、最初に受けたという印象とはまったくかけ離れたものであり甚だ不自然であること、被告人は、A3から暴行を受けた場面については相当詳しく供述しているものの、暴行の前後の状況については記憶がないというもので、本来一体であるはずの両者の記憶の落差が不自然に大きく、暴行を受けた理由も目的も分明でなく、唐突な暴行であるとの感が否めないこと、被告人は、A6が取調室を出て行っている間に、A3から暴行を受けたと述べる一方で、その間取調室のドアはずっと開いたままであったと述べていること、加えて、A3は、取調べ開始時から被告人の要請により、大槻弁護士に被告人との接見の連絡をとろうとしていたもので、同日同弁護士が被告人に接見することが当然予想されるのに、その被告人に暴行を加えるというのは、極めて不合理な行動であることなどに照らすと、A3から暴行を加えられたという被告人の前記原審公判供述は、到底信用することができない。また、大槻は、原審公判において、前記の抗議申入書は、その後、平野警察署長名で、開封して内容を読んだ後、受け取る筋合いのものではないので返送する旨の文書とともに大槻に返送されてきたこと、暴行を受けたという被告人の話以外には、その話が正しいことを裏付けるものはなく、大槻の抗議申入書は、被告人からそのような訴えが大槻にされたということを示すだけであることを証言していることに照らすと、大槻の前記原審証言や抗議申入書(原審弁5)により、A3が被告人に暴行を加えたと認めることはできない。
以上のとおりであって、A3が、被告人に対し、暴行を加えて違法な取調べをしたとは到底認めることができない。
(7) 所論は、A3は、被告人が自供書を作成する間、取調室から退席していたことはなく、被告人の自供書作成の場に存在し続け、被告人をして、A3またはA6が口述するとおりの内容を筆記させて前記自供書を作成させたものであると主張する。
そこで、検討すると、被告人は、原審公判において、A3から、「お前、自分でやったんちゃうやろう、A1にそそのかされてやったんしかないんやろう。」と言われて、A3に言われるがままに返事をして話した、A3が、ある程度、10行か20行分くらい聞いていったら、それを言葉にまとめ、被告人が、その後をついて書くというような状況が続いた、1枚書くのに2、30分はかかった、当日午後2時ころから午後8時ころまでかかって、8枚書いた、文章化するのもA3で、被告人は、A3に言われた言葉をひたすら後について書いていったというだけである旨、所論に沿う供述をしている。しかし、被告人の供述するところは、A3の口述するとおりを筆記したというだけのものであり、具体的な自供書の作成状況は漠然としており、到底信用し難いものである。
これに対し、A3は、原審公判において、モーニングセットを食べ終わった午前11時ころから、A3が、まず30分間程度、被告人から本件事件全体について一通り自供を聞き、その後、被告人に対し、A54の白紙1枚の上に、青色ボールペンを使って書くことや、被告人の名前、日付を書く位置等の体裁を指示した上、まず1枚目には、事件全般について、誰が見ても分かるように一通りの流れを、誰と話し合って、どんな方法で準備して、どんなやり方でやったというようなことを書いてくれと言って、自供書を書かせた、被告人が自供書を書いている間、A3は、被告人の自供内容を捜査本部に電話連絡しており、A6が、被告人の前に座って書かせていた、A3が被告人に、後でひっくり返るようなことのないように全部正直な話をしてくれと言っており、被告人も慎重によく思い出しながら書いていたので、最初の1枚目は時間がかかった、途中午後2時ころ、ほかほか弁当を食べた後、2枚目からを書いたが、A3は、具体的に、動機、共謀、準備行為、実行行為等の項目について、動機とか共謀という言葉を使うのではなく、1枚目の大まかな内容で自供していることの中から、骨子を分けて、具体的に被告人本人が使っている言葉を用いて、このように説明しているこの部分について、誰もが分かるように詳しく書いてくれと言い、その内容については、A3が示唆を与えるようなことはせず、全部被告人に任せて書かせた、被告人が、「こんなんですけれども、こんな感じでいいですか。」と言って、書いた紙を見せるので、A3が、「お前はうまいこと書くな。これやったら誰が見てもよく分かるわ。」と答えておだてると、被告人も、「僕は昔、文書を書く大会で優勝したことがあるんです。」と調子に乗って言いながら書いた、7枚を書き、午後6時ころに書き終えた旨証言し、また、当審公判でも、一番最初の自供書は、被告人にそれを書かせる前に、A3が、文書に残るので、せっかく事実を言うてるんやから、後で変わっていくようなことがないように、しっかり思い出して書いてくれと話すと、被告人は、よく思い出しながら慎重に書いていた、A3が、被告人に自供書を書くように指示し、すぐに捜査本部の方に連絡し、被告人の供述した内容と、被告人にそれをまず1枚ものとしてあらすじを書かせているということを報告し、捜査本部の方からまた指示も受けている、A3が、取調室を退室したのは、被告人の自供内容の報告と今後の指示を受けるためであり、再び取調室に戻ってきたのは、被告人がまだ1枚目の自供書を書いている途中である旨、原審公判証言と同旨の証言をしている。加えて、A6も、原審公判において、モーニングセットを食べ終わった後、A3とA6が、被告人から、三、四十分間、本件事件の流れをずっと聞き、被告人に自供書を作成してもらうことになった、A6が、被告人の前にペンと白紙を置き、被告人に対し、今30分か40分ぐらい話をしたが、その話をした事件の全体を書いてほしい、もし違うんやったら書かなくてもいい、A6が押さえ付けて書かせることはできない、書きたくなかったら書かなくていいと言って、書いてもらった、被告人から、どういうことを書いたらいいのか聞かれたが、A6は、今自分が話したことを書いたらいい、A6がどうこう書けとは言えない、被告人が思ったとおり書いたらいいと言った、被告人は、午後2時ころまでかかって、1枚目の自供書を書いた、ほかほか弁当を食べた後、午後6時すぎころまで2枚目から項目別に書いてもらった、例えば、共謀については、この事件誰か相談した者がおるんやったら、それを書いてくれ、一人でやったんやったら一人でやったと書いていいという言い方をした、この日は七、八枚の自供書を作成した、1枚目の自供書作成のときにA6と被告人の二人だけになった旨証言している。
以上のA3(原審及び当審)及びA6の各証言は、いずれも具体的詳細であり、相互にほぼ一致していることに照らし、いずれも十分信用することができる。これによれば、A3やA6が口述する内容を被告人に筆記させて、被告人の自供書を作成したということは到底認められない。
(8) まとめ
以上に検討したとおり、所論はいずれも理由がなく、A3及びA6の原審証言等によって認められるとおり、被告人作成の自供書(原審検232から239)は、被告人の自発的かつ任意の供述により作成されたものであり、証拠能力が認められることは疑いをいれず、また、同じ理由により、被告人の警察官に対する弁解録取書(原審検217)にも証拠能力を認めることができる。
5 9月11日から9月14日に至る間の取調べと被告人の警察官調書(原審検153)、検察官調書(原審検177)、被告人作成の「A1ちゃんへ」で始まる書面(原審検229)の証拠能力について
所論は、9月11日から9月14日に至る間のA3らの取調べにより作成された、被告人の9月11日付け警察官調書(原審検153)、9月12日付け検察官調書(原審検177)や、9月12日に、被告人が作成した「A1ちゃんへ」で始まる書面(原審検229)は、以下に主張する理由により証拠能力がないという。すなわち、
(1) 所論は、A3は、9月12日の取調べにおいて、9月11日から黙秘している被告人に対し、被告人が既に犯人でなければ知り得ない事項を供述しており、黙秘ないし否認を続けていると情状酌量の余地なしとして死刑になる、死刑にならないためには自白するしかない、また、同様にA1も死刑になると言って、黙秘ないし否認している被告人やA1が死刑になると不安をあおり立て、被告人を再度自白に転じさせたものであり、これが不当違法な取調べであることは明らかであると主張する。
そこで、検討すると、被告人は、原審公判において、A3から、「否認しとったら死刑になるぞ。調書書くのは俺やねんぞ。否認しとったら、悪く書こう思ったらなんぼでも書けれるんやぞ。お前を死刑にすることも簡単にできるんやぞ。今認めるんやったら、情状酌量で訴えたら15年くらいで判決になって、仮釈放もらったら七、八年で出てこれるぞ。A1は血がつながってるだけ罪重たいから、否認しとったら間違いなく死刑になるぞ。」と言われた、そこで、被告人は、A3に対し、「どうすればええんや。」と問うと、A3は、「お前から自供するようにすすめたらどうや。手紙書いて、俺が渡してやるから。」と言い、被告人がA1宛の手紙を書こうとすると、A3は、「俺が言うとおりに書いたらええから。」と言うので、A3が言った言葉をそのとおりに自分が書かざるを得なかった、その後、A3の提案で、指揮を執っている内田検察官にお願いに行くことになった旨、所論に沿う供述をしている。
これに対し、A3は、原審公判において、9月12日は、被告人は、最初は、「事件については黙秘します。」と言っていた、A3が、被告人に対し、「黙秘するというならそう言い通せばいい。お前は犯人しか分からないことを次々供述書に書いている。我々は供述書があれば十分だ。」と言って突き放していた、時間が経つにつれ、被告人が「僕はどうなるんですか。」と話しかけてくるため、A3が、「黙秘しろ否認しろということやけれども、お前が事細かく書いた自供書があることを弁護士に言うたのか。」と言うと、被告人は、「それは言うてない。弁護士から、やったと言ったら死刑になると言われた。」と言った、A3が、「うその否認をさせるのは弁護士の仕事と違う。」と言うと、被告人が、「本当の弁護士というのはどんなんですか。」と聞くので、「お前がやったことはやったことで、それを情状面でとらえてお前を救うというのが本当の弁護士である。」と言った、最終的に、被告人は、A3に対し、「助けてください。」と言って、再び自白を始めた、被告人は、「弁護士に踊らされてるんや。A1も弁護士からそう言われたから大変な過ちを犯してるんや。A1も助けてください。A1に今の状況を説明するために手紙を書きたい。」と言うので、手紙を書かせた、被告人が、手紙をA1に渡して欲しいと言うので、A3が、接見禁止がついていることを説明し、双方のやりとりができるとすれば、捜査を総合的に担当している検察官しかいないと言うと、被告人は、「検察官のところへ連れて行って欲しい。」と言い、すぐに検察官のところへ行くことになった、検察庁へ行く前に、平野警察署に大槻弁護士が接見に来たが、被告人は、同弁護士との接見を断って、先に検察官のところに連れて行って欲しいと言い、そのため、被告人は、接見をせずに検察庁へ行って、内田検察官の取調べを受け、その取調べ終了後、検察庁内で、同弁護士と接見した旨を証言している。
しかるところ、大槻の原審証言によれば、大槻は、当日午後10時40分ころから、検察庁において、被告人と接見したが、その前にA3から話しかけられ、「被告人が、大槻弁護人から死刑になると言われたから否認したけれども、自分はだまされていることが分かった、と言っている。」と言われたこと、その後、被告人と接見した際、被告人に対し、まず、先程A3から聞いた否認の理由の点を確認すると、被告人は、大槻弁護士から死刑になると言われたから否認したというように言ったと説明したこと、また、再度自白を始めた理由については、やっていないけれども、情状酌量の余地を求めて、すなわち、無罪を争っても10年ぐらいかかるので、そうであれば認めて15年の刑に服しても同じことであるので自白に応じたという説明をしたこと、大槻は、被告人から、当日は捜査官から暴行や圧力を加えられたという訴えは受けなかったこと、前日の9月11日に大槻が被告人に接見した際に、被告人から「本件を認めたら10年くらいで出られるでしょうか。」という趣旨の質問があり、大槻が、「10年では済まないんじゃないか。」と答えたこと、当日(9月12日)の接見の際には、被告人からA1への手紙の話は出なかったことが認められることに照らし合わせると、被告人が前記原審公判供述で述べるような取調べ状況が大槻の前記原審証言中にはまったく出てこないのに対し、A3の前記原審証言中には、例えば被告人が否認をした理由など、大槻の前記原審証言と符合する部分があること、被告人は、原審公判において、他方では、大槻弁護士に対しては、A3から否認していたら死刑になるぞと脅された旨の話はしていないと供述していること、加えて、上記2(4)に記載のとおりの、被告人の検察官調書(原審検177)、被告人作成の「A1ちゃんへ」で始まる書面(原審検229)の記載内容などを総合すると、所論に沿う被告人の前記原審公判供述はすぐには信用することができず、これに対し、A3の前記原審証言は信用することができる。
そして、A3の前記原審証言によれば、A3が、被告人に対し、所論が主張する、被告人やA1が黙秘ないし否認をしておれば死刑になるなどと不安をあおり立てるような取調べをしたとは認められない。
(2) 所論は、A3や捜査本部のA7班長は、被告人の黙秘ないし否認を撤回させるため、被告人に対し、A1が死刑になるという、まったく根拠のない話を信じさせて被告人の不安と恐怖をあおり立て、被告人にA1に宛てて手紙(前記の被告人作成の「A1ちゃんへ」で始まる書面(原審検229))を書かせ、これを接見禁止なので検察官を通じてA1に渡すという筋書きを考案し、9月12日、A3は、予め当日接見指定を受けていた大槻弁護士と被告人との接見をさせず、被告人を検察庁に護送し、被告人の検察官調書(原審検177)を作成させ、検察庁での大槻弁護士の被告人との接見申出をうそまで言って反対するなどしたものであり、被告人がその弁護人である大槻弁護士と接見することを違法不当に干渉、妨害したと主張する。
そこで、検討すると、この点に関しても、上記5(1)に記載したとおり、所論に沿う被告人の原審公判供述があり、これに対しA3の原審証言があるところ、上記5(1)で説示したところに加え、この点について、被告人が、原審公判において、A3に9月10日に自供させられたというにも拘わらず、なおかつ、A3に頼ってしまったとか、手紙の内容を自分で書こうとしたが、A3の言うとおりに書いたらええからと言われて、そうせざるを得なかったとか、甚だ不自然な供述をしていることなどからすると、この点に関しても、上記5(1)に説示したとおり、所論に沿う被告人の原審公判供述は直ちに信用することができず、これに対し、A3の原審証言は信用することができる。
そして、A3の前記原審証言によれば、被告人は、正直に事実を述べるという考えから、A1に宛てた手紙(原審検229)を自ら書き、また、被告人自身の考えから、平野警察署における大槻弁護士との接見を断り、検察庁へ行き、内田検察官の取調べを受け、検察官調書(原審検177)が作成されたことが認められるのであって、所論がいうように、A3らが、殊更に被告人と大槻弁護士との接見を違法、不当に干渉、妨害したとは認めることができない。
(3) 所論は、9月14日、被告人が、大槻弁護士を解任し、飛澤弁護士を新たに弁護人に選任しているところ、A3は、同日午前中に、大槻弁護士を解任する策動をなし、被告人に同弁護士の解任届を提出するように圧力をかけた可能性が高く、これは被告人の弁護人依頼権を侵害する違法なものであると主張する。
そこで、検討すると、被告人は、原審公判において、9月14日は、被告人は、朝から黙秘していたが、当日の昼ころには大槻弁護士が共同記者会見(被告人の弁護人である同弁護士とA1の弁護人である弁護士が、共同で、被告人とA1の無実を訴えるためにする記者会見)をする打ち合わせのために接見に来てくれるものと待っていたところ、何時になっても大槻弁護士が接見に来てくれなかったことから、同弁護士に見捨てられたと考えるようになった上に、A3から、「来る言うて来えへんやないか。約束守れへん弁護士はお前のこと全然考えてくれてないんやぞ。」と言われたため、大槻弁護士が信用できなくなり、自白に転じた、そして、A3から、「そんな弁護士を解任してしまえ。今すぐ解任届を書いてしもうたらええ。」と言われ、その際、親戚の人が飛澤弁護士を付けてくれるということも聞かされ、A3に言われるままに、大槻弁護士の解任届を書いた、当日は飛澤弁護士に接見し、同弁護士に対し、自白したが、捜査官から暴力を振るわれたとか、自分はやっていないけれども自供しているという話はしておらず、大槻弁護士から死刑になると言われたので同弁護士を解任したと言った、その後、同弁護士が、夕方になって接見に来たが会わなかった旨供述している。
これに対し、A3は、原審公判において、当日、被告人は、朝から否認していた、A3が、「お前は実際やったもんでないと言われへんような話を言うてるんや。今更どうやってつじつまの合うこと作って言うんや。」などと話していたところ、被告人は、黙って聞いていたが、その後、「弁護士に踊らされています。誰か良い弁護士を探してくれ。今の大槻弁護士を解任したい。」と言い出した、被告人は、昼ころ、留置場内で大槻弁護士の解任届を書いた、午後から同弁護士が接見に来たが、被告人は、会いたくないと言って接見を拒否した旨証言している。また、大槻は、原審公判において、当日の夕方以降、平野警察署に行って被告人に接見しようとしたが、留置係員から被告人からの解任届を手渡され、被告人にその真意を確認しようとしたが、本人が会いたくないと言っているという理由で接見を拒絶された、その際、警察は、被告人には既に別の弁護人がついており、大槻が接見に行く前にその別の弁護人が接見に来たという説明をした、9月16日、大槻が飛澤弁護士に会って事情を聞いた際、飛澤弁護士は、9月14日午後5時ころに被告人に最初の接見をしたこと、その際、被告人が、飛澤弁護士に対し、本件については自分がやりましたと説明し、大槻弁護士の解任については自分自身の意思で解任した、大槻弁護士から死刑になると脅されたので、こういう弁護士に任しておくことはできないと思って解任したとその理由を説明したこと等を話した旨証言している。
しかるところ、大槻弁護士の解任理由について、被告人が前記原審公判で述べる所論に沿う理由は、当日約束の時刻に接見に来ないという程度で弁護人不信を来したというのは大袈裟で子供じみており不自然にすぎるし、被告人自身が飛澤弁護士に告げたと述べ、かつ、大槻弁護士が飛澤弁護士から告げられたと証言するところの一致した理由、すなわち大槻弁護士から死刑になると脅されたという理由とは異なっている上、被告人自身が新たに選任した飛澤弁護士に対して、大槻弁護士の解任は被告人自身の意思によるものであると説明するとともに本件を自白していること、加えて、捜査官から暴力を振るわれて自白したとか、本件をやっていないけれども自白しているとか話していないこと、当日夕方、被告人は、平野警察署に接見に来た大槻弁護士に対し、接見を拒否していることに照らすと、被告人が大槻弁護士を解任するについて、所論のように、A3が被告人に対し策動をなし、圧力をかけて被告人の弁護人依頼権を侵害したなどとは到底認められず、所論に沿う被告人の原審公判供述は到底信用することができない。
(4) まとめ
以上に検討したとおり、所論はいずれも理由がなく、A3の原審証言等によれば、被告人の警察官調書(原審検153)及び検察官調書(原審検177)や「A1ちゃんへ」で始まる書面(原審検229)は、いずれも被告人が任意に供述し、あるいは作成したものであるから、これらが証拠能力を有することに疑いはない。
6 9月15日以降の取調べと被告人の検察官調書(原審検178から195、202から208)、警察官調書(原審検154から172、174から176、196から201)、実況見分調書(原審検83、89)中の被告人の指示説明部分、被告人作成のBことA2宛の手紙抄本部分(原審検227、228)、A3宛の手紙(原審検231)の証拠能力について
所論は、この時期においては、A3は、警察における取調べ過程を完全に掌握し、また、検察庁での検察官による被告人の取調べ状況も完全に把握し、さらには直ちに検察庁内で警察の取調官が被告人の取調べができる態勢を組織的に講じ、被告人の供述を統御し続け、被告人をしてA3にすがるしかないように追い込み、屈服せしめて、A3が構想した筋書、すなわち、被告人に自白を維持させ、情状弁護しかしないという弁護人への選任に誘ったことを徹底させていたものであって、その一環として、A3やBことA2に宛てた手紙を、A3から看守されていると信じた被告人が、拘置所へ移監になった後になっても作成するなどしたものであり、このような状況下において作成された前記の被告人の検察官調書、警察官調書等は、いずれも証拠能力がないと主張する。
そこで、検討すると、被告人は、原審公判において、9月13日以降、検察官や警察官から脅されたり、暴行を受けたりすることなく供述調書が作成されたこと、拘置所に移監後、BことA2に宛てた手紙を書いたのは、面会に来てくれたお礼に被告人が自分から書いたこと、また、A3に宛てた手紙は、A3から拘置所の様子を知らせてくれと言われていたことから情状で訴えるという気持ちで書いたことを供述している。また、A3は、原審公判において、被告人は、9月14日以降も、本件犯行を一貫して認め、9月10日に最初にしたのと同じ供述を、A1との関係、生活状況、犯行に至る経緯、犯行状況等についてまざまざと供述して供述調書を作成したこと、被告人は、顔色もきれいになり、「今後絶対立ち直るんや。A4をこれから弔っていく。これからの自分の人生は償いの人生なんや。」と言って、決意を表明していたこと、被告人が起訴された後、A3は、拘置所の被告人に1度面会したことや拘置所の被告人からA3に宛てて、取調べ中のお礼を述べ、立ち直って帰って来るとの決意を書いた手紙を受け取ったこと、被告人の学生時代の友人であるBという人が、被告人が裁判の第1回公判で事件について否認したというニュースを聞いて、被告人からもらった手紙には、警察の取調べの中で自分の気持ちがきれいになっていく、自分の悪いものが吐き出されていく、ちゃんとなって帰ってくると書いてあるのに、このような手紙を書く被告人が、なぜ裁判で否認するんですかと言って、警察にその手紙を持って来たことを証言している。これらに加え、上記3から5において検討してきたところを総合すると、所論のいうような、A3が、警察及び検察の全ての取調べ過程を完全に掌握し、被告人をしてA3にすがりつかせ、A3が構想した筋書を徹底させたなどとは到底認めることができない。所論は、独自の見解であり、到底採用の限りではない。
以上のとおり、所論は理由がなく、前記の検察官調書(原審検178から195、202から208)、警察官調書(原審検154から172、174から176、196から201)等は、いずれも被告人が任意に供述し、あるいは作成したことが認められ、証拠能力があることに疑いはない。
7 小括
以上に検討してきたとおり、被告人の取調べについて、所論の違法な取調べがあったことは認めることができず、上記1に記載した所論主張の被告人の自白調書等は、刑訴法322条1項に該当する書面として証拠能力が認められるから、これらを事実認定の用に供した原審の訴訟手続に、法令違反があるとは認められない。論旨は理由がない。
第2 訴訟趣意第2点 訴訟手続の法令違反の主張(その2)について
論旨は、A1の9月26日付け警察官調書(原審検103)に添付されているA1作成の自供書8通(9月10日付け5通、9月14日付け3通)は、A1が、A10及びA11両警察官から、<1>令状なくして実質的に逮捕された状態で、<2>黙秘権や弁護人選任権を告知されず、<3>健康状態に対する配慮もされないで、<4>大声で長時間にわたり自白を強要され、かつ、<5>虚偽の事実を告げられて追及されるという違法な取調べを受けたことにより作成されたものであるから証拠能力がないのに、添付の自供書8通を含む前記警察官調書全体を証拠に採用して事実認定の用に供した原審の訴訟手続には、法令違反があり、これが判決に影響を及ぼすことは明らかである、というのである。
そこで、検討すると、原審記録によれば、A1作成の自供書8通を添付した前記A1の警察官調書(原審検103)は、原審第2回公判において、「A1、A4の身上、被告人とA1が交際を始めた経緯等」の立証趣旨により、同意書証として、添付の自供書8通を含む警察官調書全体が取り調べられたものであるが、それとは別に、前記自供書8通が、それぞれ「共謀状況等」「共同犯行状況等」などの立証趣旨により、各別に独立の書証(原審検92から99)として原審検察官から取調べ請求がなされており、原審弁護人が、同じ原審第2回公判において、いずれも不同意の意見を述べ、原審検察官によりいずれも取調べ請求が撤回されていることが認められるところ、同一期日にした同じ自供書についての証拠調べ請求に対する証拠認否の意見として、一方では同意し、他方では不同意とした原審弁護人の意思を合理的に解釈すると、原審弁護人においては、同意した添付の自供書8通を含む前記警察官調書(原審検103)は、前記の立証趣旨の限度で証拠として使用するものとして同意したとみるべきであり、したがって、原審裁判所としても、添付の自供書8通を含む前記警察官調書(原審検103)は、原審弁護人が同意した限度で証拠として使用し、かつ、不同意とした立証趣旨に関する証拠としては使用しないこととして、その限度で証拠とすることに相当性が認められ、証拠能力があるとして、これを取り調べたものと認めるのが相当である。そして、原判決が、添付の自供書8通を含むA1の前記警察官調書(原審検103)を、これと同様に、「A1、A4の身上」、「被告人とA1が交際を始めた経歴等」、「被告人とA1の交際状況、生活状況」等の立証趣旨により、同意書証として取り調べられているA1の検察官調書(原審検107)及び警察官調書(原審検102、104から106)と並べて挙示しているから、添付の自供書8通を含む上記警察官調書(原審検103)も上記取調べにかかる立証趣旨「A1、A4の身上、被告人とA1が交際を始めた経緯等」の限度で認定の用に供しているものと推認することができる。
そうすると、添付の自供書8通を含むA1の前記警察官調書(原審検103)は、犯罪事実認定の証拠に供されたとは認められないから、これに上記立証趣旨の限度で同意証拠として証拠能力を認めた原審の訴訟手続に、法令違反はない。論旨は理由がない。
第3 控訴趣意第3点 訴訟手続の法令違反の主張(その3)について
論旨は、原審弁護人が、A9作成の7月22日付け聞き込み状況書(原審弁22)を、原審証人A8の証言の証明力を争う刑訴法328条の証拠としてなした取調べ請求を、同書面が刑訴法328条に該当するのに、同条に該当しないとして却下した原審の訴訟手続には、同条の解釈適用を誤り、ひいて採証法則を誤った違法があり、その訴訟手続の法令違反が判決に影響を及ぼすことは明らかである、というのである。
そこで、検討すると、刑訴法328条により許容される証拠は、現に証明力を争おうとする供述をした者の当該供述とは矛盾する供述又はこれを記載した書面に限られると解すべきところ、前記のA9作成の聞き込み状況書は、A9の供述を記載した書面(A9の供述書)であるから、同条により許容される証拠には該当しないことは明らかである。
そうすると、原審が、原審弁護人から取調べ請求のあった前記A9作成の聞き込み状況書(原審弁22)を刑訴法328条にいう弾劾証拠に該当しないとして、その取調べ請求を却下したことに違法はなく、論旨は理由がない。
第4 控訴趣意第4点 事実誤認の主張について
1 論旨は、原判決は、被告人が、A1と共謀の上、原判示第1の現住建造物等放火、殺人及び同第2の詐欺未遂の各事実をしたとして、被告人を有罪と認定したが、被告人は、いずれの事実についても身に覚えがなく、無罪であるから、原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認がある、というのである。
そこで、検討すると、原判決が挙示する証拠を総合すると、原判示第1及び同第2の各事実を優に認めることができ、原判決が「事実認定の補足説明」の一項、二項、三項の2、3において認定、説示するところは概ね相当としてこれを是認することができる。当審における事実取調べの結果も上記認定・判断を左右するものではない。以下、所論に即して検討する。
2 被告人の自白調書等の信用性について
所論は、まず、原判決は、原判示第1及び同第2の事実に沿う上記第1記載の被告人の自白調書等の信用性を肯認したが、これら被告人の自白調書等は、以下の理由により、信用性がないと主張する。すなわち、
(1) 所論は、原判決は、本件犯行の動機について、「被告人らが借金返済やマンション購入のための資金に窮していた」と認定説示しているが、被告人らにおいて、<1>9月までに購入マンションの諸費用170万円の現金を用意する必要が差し迫っていた事実も、<2>借金返済に窮していた事実もなかったから、これら<1>、<2>の事実があった旨を供述している被告人の警察官調書(原審検162、163)や検察官調書(原審検183、192)は、事実に反しているという。
そこで、検討すると、<1>の購入マンションの諸費用170万円の関係については、被告人は、原審公判において、諸費用170万円が本契約までに用意できなかったら、五十鈴のローンで出すという話だった旨、所論に沿う供述をしている。しかし、当時、五十鈴建設株式会社の営業社員で被告人らに対するマンション販売を担当していたA12の検察官調書(原審検119)によれば、五十鈴建設が、被告人に対し、200万円の利子補給を一括して支払う明確な約束はなかったこと、また、6月中旬ころ、被告人らから、購入マンションの諸費用170万円についてもイスズバックアップローンにして欲しい旨の申し入れがあったが、契約までには至らず、ローンが組まれなかったことが認められ、また、A1も、原審公判において、170万円の諸費用について、A12から、最終的に170万円が貯まらなかったときには相談に乗ると言われた旨証言するにすぎない。前記A12が虚偽の供述をする理由はまったくなく、また、A1でさえ、前記限度の証言に止まっていることからすると、これらに反する被告人の前記原審公判供述は信用することができない。そうすると、被告人らには、購入マンションの諸費用170万円の現金を本契約が成立する9月までに用意する必要があったものと認められる。
次に、<2>の被告人らの収支の状況については、A1が記載していた家計簿に基づく捜査報告書(原審検110、112、113)により、本件に近接した時期をみると、被告人らの収入は、月により一定しておらず、4月は、収入が、被告人の給料及びA1のアルバイト賃金で合計69万円余り、支出が、被告人及びA1のローン会社等への借入金の返済17万円余りを含め、合計73万円余りであり、5月は、収入が、被告人の給料及びA1のアルバイト賃金で合計28万円、支出が、被告人及びA1の借入金の返済合計19万円余りを含め、合計75万円余り(税金約30万円を含む。)であり、6月は、収入が、被告人の給料及びA1のアルバイト賃金で合計44万円余り、支出が、被告人及びA1の借入金の返済合計19万円余りを含め、合計66万円余りであり、本件の直前の3か月は、いずれの月も支出が収入を上回り、カードローンや生命保険による貸付けなどで新規借り入れをしていることが認められ、家計のやりくりに窮していた状況が認められる。
以上の事実によれば、所論指摘の前記被告人の警察官調書(原審検162、163)及び検察官調書(原審検183、192)には、本件犯行の動機に関し、客観的な事実に反する供述がなされているとは認められず、各供述は十分信用できるというべきである。
(2) 次に、所論は、原判決は、被告人が本件自動車に放火するという犯行を着想するきっかけとなったと述べている西名阪自動車道におけるトラック炎上事故につき、これと相違しない事故が現に発生していたことを認定説示しているが、上記事故は、道路とその事故現場の高低差により、これを目撃することが不可能であるから、上記事故を目撃したと供述している被告人の警察官調書(原審検163)や検察官調書(原審検179、187、191)は、捜査官の誘導による作文であり、客観的事実に反していて信用性がないと主張する。
そこで、検討すると、被告人が警察官調書(原審検163)や検察官調書(原審検179、187、191)において供述している、西名阪自動車道付近で見たという自動車火災が実際にあったことは、平成元年5月1日午後3時23分ころ西名阪自動車道柏原インターチェンジ出口付近で発生した車両火災について、その出火原因等を調査した報告書である火災関係書類(原審検90)により裏付けられている。確かに、当審で取り調べた報告書(当審弁9)によれば、西名阪自動車道出口の上記車両火災の現場付近から被告人が目撃当時走行していたという同自動車道の道路は、その路肩部分までが、高さにして約11.72メートル高く、水平距離にして約23.12メートル離れた位置にあって、側端に高さ約1.35メートルのガードレールが設置された幅員約3メートルの路肩部分があり、これに続いて幅員各約3.5メートルの2車線(走行車線と追越し車線)の道路となっているものであることが認められ、所論が指摘するように、被告人が走行していたという道路と車両火災現場とは、幅員のある路肩部分や道路と高低差があることにより、走行中の被告人が、車両火災現場を見下ろして燃えている車両を直接目撃するということは不可能なように思われる。しかし、被告人は、前記警察官調書、検察官調書のいずれにおいても、真っ黒い煙がもくもくと天まで届くような勢いで上がっていたことを一貫して印象的に供述していること、当初の警察官調書(原審検163)では、普通車が燃えていたと供述していたが、その後記憶を喚起して、検察官調書(原審検191)において、火災場所はすぐそばではなく離れていた、車両そのものを見た記憶はない旨の供述をしていることに照らすと、道路を走行中の被告人が、勢いよく高く上がる黒煙を目撃したことは間違いないと認められ、車両火災を目撃したと述べる被告人の前記供述が客観的事実に反する作り話とまではいうことができず、この供述を信用することができるというべきである。
(3) 次に、所論は、被告人が本件犯行をA1と共謀した状況に関する被告人の捜査段階の供述は、次の理由により信用性がないという。すなわち、
<1> 所論は、被告人とA1の謀議の回数が、当初の9月10日付け自供書(原審検232、234)では、6月22日ころと7月5日ころの2回であったのが、その後の9月17日付け検察官調書(原審検179)では、さらに7月15日ころの謀議が加えられて3回に変遷しているのであり、これは、被告人が7月5日当時地下街の現場での仕事をしていたため、雨の日に早く帰ることが不可能であるのに、雨の日に早く帰って犯行を実行するという計画を立てていたのは不自然であることから、このことに後で気付いた捜査官が、被告人が7月16日から雨の日に早く帰ることが可能な建設現場での仕事に変わったことを受けて、7月15日ころ以降に再度雨の日に犯行を決行するという謀議をしたことを付け加えることにより、前記の不自然さを解消しようとして誘導により供述させたものであると主張する。
そこで、検討すると、被告人は、9月17日付け(原審検179)、9月27日付け(原審検187)、9月30日付け(原審検193)各検察官調書において、記憶を詳細に喚起したところ思い出したと前置きした上で、7月中旬ころ、あるいは、7月13日ころから19日ころの間に、A1との間で、7月5日ころに決めた本件犯行計画を再確認したことを供述しており、また、9月30日付け検察官調書(原審検193)において、再確認をした理由として、被告人が7月15日までは地下街の現場に地下鉄を利用して仕事に行っていたが、7月17日からは建設現場での仕事に本件自動車で通勤しており、仕事現場をかわる前後ころに、本件犯行計画を実行するには、本件自動車で仕事から帰った直後でなければうまくいかないから、A1との間でA4を殺す役割について再確認したような気がする旨を供述している。加えて、被告人は、9月30日付け検察官調書(原審検193)において、仕事先について、7月15日までは地下街の現場に行っていたが、それまでの間に、いわゆる助っ人として、7月3日には前記建設現場の仕事に、7月11日には和歌山県橋本市の建設現場の仕事に、いずれも本件自動車で行っていたことを供述している。以上のような事実に照らすと、被告人は、7月15日までの間でも、前記地下街の現場の仕事のほかに、いわゆる助っ人として他の仕事先にも行っていたのであるし、そもそもすぐにでも犯行を決行するという話ではなかったのであるから、雨の日に早く帰って犯行を実行することを計画しても特に不自然というわけではない上、被告人の供述が上記のとおり極めて具体的であることから、上記の供述の変遷は、被告人が供述しているとおり、記憶を喚起した結果であるとみるのが自然である。
<2> 所論は、雨の日に犯行を決行する理由が、当初、9月10日付け自供書(原審検234)、9月17日付け検察官調書(原審検179)では、雨であれば被告人が仕事から早く帰ることが可能であるからという理由であったのが、9月22日付け警察官調書(原審検163)では、それに加えて、雨であればA4を風呂に入れる口実となるからという理由が追加されたが、その追加の理由は、前同様に捜査官の誘導によるものであると主張する。
しかしながら、被告人の自白内容は、雨の日に被告人が早く帰り、A1がA4を風呂に入れ、その間に被告人が車に火をつけるという、大筋においては、所論のいう9月22日の前後を通じて首尾一貫している上、9月22日以降の自白内容をみても、極めて詳細かつ具体的に犯行計画を供述していることからすると、当初の自白に、雨であればA4を風呂に入れる口実を作りやすいとの点が漏れていることに被告人が気付いて、9月22日以降この点を補充したものとみるのが自然である。所論は採用できない。
所論は、また、A4とA5の学校への送り迎えは、A1が車で毎日欠かさず行っていたから、雨の日でもA4の体が濡れることはあり得ず、昼間にA4を風呂に入れる口実とはなり得ないというが、被告人が、検察官調書(原審検179、188)及び警察官調書(原審検164)において、本件当日のことについて、A1の車の駐車場と被告人方との間を往復して少しは雨に濡れるので、A4を風呂に入れさせる口実になると供述していることからすると、A1の車による送迎が、所論のいうように、A4を風呂に入れる口実となることの妨げとなるとみることはできない。
さらに、所論は、本件当日、A1が昼間に風呂を沸かしたのは、A1自身が午前中配達のアルバイトで全身濡れ、しかも、午後から来客予定であったためであって、A4を風呂に入れる目的の行動とはまったく関係のない事情によるとも主張する。しかし、被告人が、検察官調書(原審検179、188)及び警察官調書(原審検164)において、この点について、当日午後1時前ころ、A1から被告人の携帯電話に電話があり、その電話で、被告人がA1に対し、A4殺害計画を実行する合い言葉を言うのを逡巡していると、被告人の用件を察したA1の方から、「今日配達中に雨でびしょ濡れになったから、風呂沸かしとくわ。」などと言ったので、それを聞いた被告人は、当日は土曜日でA1がチラシ配りのアルバイトをする日であり、午後9時すぎころから2時間くらいかけて被告人も手伝ってチラシ配りをし、夏場の本件当日などは汗だくになるので、それが終わってから家族4人で風呂に入るはずであるのに、風呂は1日に1回しか沸かさず、たき直しなどもしないようにしてガス代を節約しており、また、今までに雨でびしょ濡れになっても風呂を沸かすなどしたこともないA1がそのように言ったことから、A1がA4殺害を実行する気になっていることが分かり、被告人もその旨覚悟を決め、「今日雨降っとるから早よ帰るわ。4時ころここを出るわ。」とA4殺害を実行する合い言葉を言うと、A1が、「A13さんが今来てるから、帰ってくる前に車で家に送るわ。帰ってきたらA4を風呂に入れるから。」などと言った旨詳細な供述をしていること、捜査報告書(原審検39)によれば、A1と被告人との間に前記電話があったことは、A1の電話(被告人方の設置電話)の料金明細内訳表により裏付けられていることに照らし、本件当日A1が風呂を沸かしたのは、本件犯行とは無関係であるという所論は採用できない。
以上のような事実を総合すれば、雨の日に犯行を決行する理由について、所論のいう捜査官の誘導があったことも、被告人の仕事や家族らの生活実態とかけ離れていることも認めることはできない。
<3> 所論は、1回目の謀議時にA1が保険金目的殺人を切り出したときの状況について、被告人は、9月10日付け自供書(原審検232)では、A1は、気を取り乱して泣きながら、「生命保険で何とかしたらいいやん。」と言ったと述べながら、9月21日付け警察官調書(原審検162)では、A1は、横になって上を向いたまま、「生命保険があるやん。」と言ったと述べ、9月22日付け警察官調書(原審検163)では、A1は、冷たく小さな声で「生命保険があるやん。」と言ったと述べており、1回目の謀議の際の唯一の言葉が発された状況について被告人の供述内容が一貫せず、矛盾していると主張する。
しかし、A1が「生命保険がある。」と言ったという被告人の前記供述の核心部分は一貫しており、その際のA1の声の調子等に多少の供述の相違があるにしても、それが被告人の前記供述の信用性に疑いを生じさせるものではない。
また、所論は、原判決は、被告人が、A1の「生命保険があるやん。」という一言だけで、一緒にA4を殺して、その保険金をとろうという意味と理解し、A1との間で、本件放火殺人、詐欺未遂の共謀を遂げたと認定しているが、被告人とA1との間には、A1のその一言で、そのような共謀を遂げることができるだけの意思疎通が可能な人間関係や状況があることを示す証拠は存しないと主張する。
そこで、検討すると、被告人は、9月10日付け自供書(原審検232、234)、警察官調書(原審検163)及び検察官調書(原審検179、187)において、6月22日ころ、被告人は、A1の「生命保険があるやん。」という一言が、A4を殺害してその死亡保険金をとる意味であることを了知、了解したことについて、解約や貸付けでは、多額の解約金、貸付金が得られず、また、A1は、日頃からA5をかわいがっていたのに対し、A4とは親子の情愛が薄く、互いに嫌い合っているような様子であったことから、A4の死亡保険金と分かったことを詳細に供述し、さらに、被告人は、A4を殺害したことが発覚しないようにするため、事故を装ってA4を殺害する方法について思案を巡らしてA4の殺害計画を立てた上、その後の7月5日ころ、A1に対し、前記A4の殺害計画を説明して相談をし、被告人とA1との間において、A4を殺害してその死亡保険金をとることを謀議して本件犯行に及んだことを供述しているところ、被告人の本件犯行の共謀についての一連の経過に関する供述は一貫している上、その供述内容は極めて具体的かつ詳細で、話の経過、流れも自然であって、警察官の作文というにはいささか出来過ぎの感があること、他の関係証拠との食い違いはみられないことなどに照らし、十分に信用することができる。
<4> 所論は、被告人の捜査段階の供述では、被告人とA1は、6月22日ころと7月5日ころのたった2回しか謀議をしなかったというのであり、しかも、謀議をした内容も、通常、謀議の内容となっているようなこまごまとした具体的な事柄についてはまったく話をしておらず空虚であり、このことは、被告人らの謀議が実際に存在しなかったことを意味していると主張する。
そこで、検討すると、被告人は、A1との間の本件犯行に関する共謀状況について、検察官調書(原審検179、187、188、193)及び警察官調書(原審検162から164、169)において、具体的かつ詳細に供述しており、殊に9月30日付け検察官調書(原審検193)では、「今まで供述してきた以上にもっと細かな打ち合わせをしたことを思い出してきたので付け加えてお話しします。」とした上で、7月5日ころに謀議をした際に、さらに、A1に対し、放火の方法について、余り詳しくならない程度に、A1に理解ができるように話したこと、A5に放火したことが発覚しないようにするため、A5の注意をA1の方に引きつけておくことについて話したことなどを詳細に供述していることが認められる。被告人が供述している謀議の内容は、被告人とA1との関係、生活状況、本件犯行の性質、内容、方法等に照らし、極めて詳細な内容であって、これが空虚であるとは到底いえない。
<5> 所論は、被告人の捜査段階の供述では、被告人とA1は、A4殺害の謀議をA4が寝ているそばでしたとしながら、他方では、犯行実行の合い言葉、合図を決めたというもので、不自然極まりないと主張する。
しかし、被告人の前記検察官調書(原審検179、187、188、193)及び警察官調書(原審検162から164、169)によれば、被告人とA1は、深夜12時ころ小声で話して謀議をしていたというのであり、A5やA4は、まだ子供で、隣の布団で熟睡していたとみられることから、これが格別不自然とは考えられない。また、被告人の前記検察官調書(原審検179、188)及び警察官調書(原審検164)によれば、本件当日の午後1時前ころ、仕事現場の仮設小屋内にいた被告人は、A1から被告人の携帯電話に電話がかかってきた際、その電話の内容を周囲にいた者に聞かれないようにするため、仮設小屋から出てA1の電話を受けたと供述しており、周囲の者に怪しまれないように電話連絡をする際などのために合い言葉を決めても、これまた格別不自然とはいえない。
<6> 所論は、被告人は、原審公判において、本件当日、被告人が、何度か自宅に電話を入れたのは、A1が配達のアルバイトのため外出しており、子供らだけで留守番をしているA4とA5の様子を案じたからであると供述しているところ、これに対し、捜査段階では、被告人が、A1に当日本件犯行を決行することを伝えるために自宅に何度も電話し、子供に、外出から帰宅したA1へ被告人に電話するように伝言を頼んだと供述しているが、本件犯行の実行の謀議をするためということであれば、自宅に電話をするのはいかにも不自然であり、当時A1はポケットベルを持って外出していたから、A1のポケットベルに連絡を入れて謀議をするのが自然であって、被告人の捜査段階の供述は、被告人が、当日自宅に数回電話をしたことを、捜査官が無理矢理本件犯行に結び付けようとした結果であると主張する。
そこで、検討すると、被告人は、原審公判において、所論のように供述しているが、他方で、子供に、帰宅したA1へ被告人に電話するように伝言を依頼した理由について、家の状態がどうやったというのを直接A1の口から聞きたかった、A1の目から見た感じというのを聞きたかった旨、被告人自身が電話で子供から直接聞いて済んだと供述している家の状態について、さらにA1から聞きたかったなどと極めてあいまいで、不自然な供述をしていることに照らし、所論に沿う被告人の原審公判供述は、到底信用できない。
これに対し、被告人は、検察官調書(原審検188)及び警察官調書(原審検164)において、本件当日、被告人が午前中から自宅に数回電話をしたのは、配達のアルバイトに出ているA1の仕事が何時に終わるか分からないので、A1の帰宅を確認した上、当日本件犯行を実行することをA1に伝えるためであったと供述しているところ、本件犯行を実行するにおいて、A1のなすべき役割は、A4を風呂に入れる口実を作ること、風呂を沸かしておいて、被告人の帰宅直後に A4を風呂に入れることであり、これはA1が自宅に在宅していてこそできる役割であるから、まずA1の在宅を確認する必要があり、アルバイト仕事で外出先にいるA1のポケットベルに連絡を取ってみても、本件犯行の実行には何ら役に立たないことを考慮すると、被告人の前記検察官調書(原審検188)及び警察官調書(原審検164)における供述は、十分信用することができる。
(4) 次に、所論は、犯行状況に関する被告人の捜査段階の供述は、以下の理由により信用性がないという。すなわち、
<1> 所論は、被告人は、本件犯行の点火道具であるターボライターを、点火した後に置いた場所について、9月10日付け自供書(原審検238)では「部屋の中に置いた」、9月12日付け検察官調書(原審検177)では「和室のテーブルの上に置いた」と供述していたのが、9月24日付け警察官調書(原審検166)では「先日検事にテーブルの上に置いたと思うと話したが、自信がない。表に飛び出し、表に捨てたかも知れない。」と述べ、供述を変遷させているところ、この供述の変遷に合理的な理由はない上、表に捨てたというターボライターが本件家屋付近で発見されていないと主張する。
そこで、検討すると、被告人は、9月10日付け自供書(原審検238)、警察官調書(原審検166)、検察官調書(原審検177、189、190)において、終始一貫して、被告人が本件犯行に使用した点火道具は、A1からプレゼントにもらったターボライターであることを供述しており、被告人の使用した点火道具が特定していることで、供述の核心部分に変遷はなく、十分信用することができる。そして、所論のとおり、被告人が、点火直後にそのターボライターを置いた場所については、被告人の供述が変遷しているが、その理由として、被告人は、警察官調書(原審検166)において、点火直後であり最高に興奮していたことを述べているところ、その述べる理由は不自然とはいえず、首肯することができる。
所論は、被告人が、前記自供書(原審検238)では、後に捜査官から追及されることがあっても弁解が可能であることを意識的に考え、考えた結果火をつけたあと部屋の中に置いた、と明確に述べた形となっているのであり、そのように明確な意思をもって行なったと述べている行為について、後に記憶に変遷が生じるはずはないとも主張する。
しかし、被告人は、本件犯行計画を確定するまでの経過を極めて具体的詳細に述べた前記検察官調書(原審検190)において、本件犯行の点火道具として前記ターボライターを使用することを決めたが、その際に、いつも自分の使っているライターなら、火事のあと家の中にあっても弁解できるから、点火後どこかに置いといたらよいと考えた旨を供述していることとも照らし合わせると、被告人は、点火道具であるターボライターの処置の仕方を別段決めていた訳ではないと認められる上、さらには、前記警察官調書(原審検166)のとおり、点火直後のライターを置く際には興奮していたことなどをも考え合わせると、点火直後のターボライターの置き場所について記憶が不確かなため、供述が変遷しても格別不自然とはいえないというべきである。そして、前記ターボライターが本件家屋付近から発見されなくても、そのことだけで被告人の捜査段階の供述の信用性が左右されることにはならない。
そうすると、被告人が、本件犯行の点火道具として前記ターボライターを使用したという被告人の前記捜査段階の供述は、十分信用することができるというべきである。
<2> 所論は、被告人は、本件犯行に不可欠であった手押しポンプを購入したことについて、9月10日付け自供書(原審検235)、9月23日付け警察官調書(原審検165)、9月27日付け検察官調書(原審検188)において供述しているが、それを購入した店舗や価格等その供述内容はあいまいであり、価格等が次第に具体化していくのは、被告人の記憶喚起によるのではなく、捜査官の知った情報により特定されていくにすぎないし、また、被告人の前記供述によれば当然発見されるべきポンプの残渣がまったく存在しないと主張する。
そこで、検討すると、被告人は、手押しポンプの価格等について記憶がない理由として、前記自供書(原審検235)、警察官調書(原審165。添付の被告人作成の9月13日付け自供書)、検察官調書(原審検188)において、一貫して、「A4を殺す直前であり大変興奮していた」、ないしは、「A4を殺すというやましい気持ちであった」と述べているのであり、その価格等が本件において格別に意味を有する事柄ではないことをも併せ考えると、被告人が手押しポンプの価格等について記憶がないことが、取り立てていうほど不自然なことであるとは思われない。そして、捜査の進展に基づき、被告人の記憶が喚起されて、供述が変遷しても不自然とはいえないというべきである。
加えて、被告人は、警察官調書(原審検166)及び検察官調書(原審検189)において、被告人が、車庫内で本件自動車のガソリンタンクから手押しポンプを使用してポリタンクにガソリンを抜いた後、手押しポンプを本件自動車の車体の真ん中辺りの下に押し込んだことを供述しているところ、実況見分調書(原審検51、7、83)、原審証人A14の証言によれば、原判示被告人方1階の土間兼車庫(以下「車庫」という。)のコンクリート床面に前記手押しポンプに形状、長さ等がよく類似している溶融物の残渣が付着していたこと、この残渣の付着箇所は、車庫内の本件自動車が駐車されていた位置のほぼ中央付近であり、被告人が前記手押しポンプを押し込んだと供述している位置に符合していることが認められることに照らすと、前記残渣は、被告人が使用した手押しポンプの溶融残渣と断定はできないものの、ほぼ間違いはないと認められる。
そうすると、被告人が手押しポンプについて述べる捜査段階の供述は、十分信用することができる。
<3> 所論は、被告人は、本件犯行時、本件自動車のガソリンタンクの給油口の内蓋及び外蓋を閉めたかどうかという点について、9月24日付け警察官調書(原審検166)では内蓋及び外蓋を閉めたと供述していたが、9月27日付け検察官調書(原審検189)では内蓋は閉めたが、外蓋は少し開いたままにしたと供述し、さらに10月10日付け検察官調書(原審検206)では外蓋も内蓋も開けておいたという趣旨(その後内蓋が閉まった状態になっていると聞いた)を供述しているところ、その供述の変遷や供述間の矛盾を合理的に説明することはできないと主張する。
そこで、検討すると、まず、所論が外蓋も内蓋も開けておいたという趣旨を供述しているとする10月10日付け検察官調書(原審検206)を検討すると、被告人は、同調書では、外蓋を開けておいたと明確に供述しているが、その理由を、ガソリンが漏れたことにするためと述べているところ、その理由からすれば、内蓋も開けていたと述べてもよさそうに思われるのに、そのことは供述をせず、「その後内蓋が閉まっていたと聞いた」と供述しているだけであることや、9月27日付け検察官調書(原審検189)では、内蓋を開けたままにしておくとA4にガソリンのにおいを感知されるおそれがあったので内蓋は閉めておいた旨を供述していることや、10月10日付け検察官調書における供述内容の流れを考え併せると、10月10日付け検察官調書(原審検206)では、内蓋は閉めておいた(しかし、ガソリンスタンドの店員のせいにしてガソリン漏れの話を作ろうとして、外蓋は開けておいた。)旨を供述しているものと解するのが相当である。そうすると、9月27日付け(原審検189)と10月10日付け(原審検206)の各検察官調書は、いずれも、内蓋は閉めた、外蓋は開けておいたとする一致した供述をしており、両調書の間に供述の矛盾はない。これに対し、9月24日付け警察官調書(原審検166)では、内蓋も外蓋も閉めたと供述しているから、これと前記各検察官調書との間では、内蓋は閉めたという点では供述は一貫しているが、外蓋を閉めたかどうかの点では供述の変遷があることになる。しかし、実況見分調書(原審検7)によれば、本件火災直後、外蓋が少し開いた状態であったことが見分されていることからすると、この変遷は、実況見分の結果に基づく記憶喚起等によるものと推認され、特に不自然、不合理であるとまではいうことはできない。
<4> 所論は、被告人は、ガソリンを撒いた場所について、9月10日付け自供書(原審検237)では「車の後部のガレージの角の<13>の位置」(本件自動車の後方の助手席側寄りの場所)と述べていたが、9月24日付け警察官調書(原審検166)では「自供書で書いた<13>の位置には材木が置いてあったことから、ガソリンを撒くことができない。車の真後ろの<14>の位置」(本件自動車の後方の中央付近の場所)と供述を変えているところ、<13>の位置に材木があることや中央付近か助手席側寄りかの二者択一の場所の選択などは間違えようがないのに、供述が変遷するのは、後に証拠に符合するように作文した結果であるとしか説明できないし、また、物が置かれた狭小な場所から撒いたガソリンは被告人の足元に付着しているはずであるのに、当然供述されるべき点火の際に身に及んだ危険性について一切供述されていないのであって、それは体験に基づかないからであり、さらに、被告人は、9月24日付け警察官調書(原審検166)では「車の下に流し込んだガソリン(約10リットルないし約7.3リットル)は、車の側面からじわっとはみ出して流れていた」旨供述しているところ、車庫の床面の北西角には排水口があり、これに向かって緩やかな傾斜がつけてある土間の構造や燃焼再現実験の結果(原審検28)からして、撒いたガソリンが、被告人の供述しているような形の広がり方になるのか甚だ疑問があると主張する。
そこで、検討すると、被告人がガソリンを撒いた場所について、被告人の捜査段階における供述は、本件自動車の後方であることは一貫している上、なるほど、所論がいうように、その助手席側寄りか中央付近かで異なってはいるが、その間は僅か70センチメートルほどの間隔であって、例えば、被告人が犯行状況を再現した実況見分調書(原審検89)に添付の写真87号でみると、立っている被告人の左側で撒くか、右側で撒くかという程度の差異であり、その位置により撒いたガソリンの広がり具合や放火及び焼燬の状況に特段の差異が生じるようには考えられない。
また、実況見分調書(原審検26)によれば、傾斜のあるコンクリート床面を使った燃焼再現実験において、1升瓶に入れた約1リットルのガソリンを傾斜のあるコンクリート床面に徐々に流した状況からは、ガソリンがこれを撒いた者の足元にまで広がってはいないことが認められる。加えて、被告人は、検察官調書(原審検189)及び警察官調書(原審検166)において、ガソリンにライターで点火した際、危険と恐ろしさから左方に顔をそむけていたことから、ボワッと引火した火により頭の右側部分付近を熱く感じ、右側の頭髪が焼けたことを供述しており(特に前記警察官調書(原審検166)では、被告人が点火状況を取調べ中に再現し、これを写真撮影して同調書に添付されている。)、この点は、身体検査調書(原審検23)、鑑定嘱託書(原審検24)、鑑定書(原審検25)によって、被告人の前頭部右側の頭髪に相当高温の熱が作用し、焦げがあることが認められることにより、裏付けられている。そして、被告人は、前記検察官調書(原審検189)及び警察官調書(原審検166)において、被告人が、仕事でガソリントーチを使用することから、ガソリンの燃え方やその危険性についてある程度の知識を持っていることも供述している。さらに、撒いたガソリンの広がり方について、被告人は、9月10日付け自供書(原審検237)、検察官調書(原審検189)及び警察官調書(原審検166)において、ガソリンは本件自動車の車体の下を流れ、車体の中央付近で右側面(北側)に少しの幅でじわっとはみ出して流れていたと一貫して供述し、図面を書いて図示までしている。
所論は、排水口に向けて傾斜の設けられた車庫の土間の構造からしてガソリンは排水口まで達したとみるのが自然であるというが、実況見分調書(原審検12や、原審検7に添付の写真96号から99号)によれば、車庫の北西角にある排水口付近は焼けていないことが認められることに照らし、ガソリンが排水口まで達していないことは明らかである。また、所論は、燃焼再現実験に基づく鑑定書(原審検28)からガソリンの広がり方に疑問を呈するが、前記鑑定書(原審検28)によれば、前記燃焼再現実験においては、車庫のコンクリート土間に当たる床面が、スラグ石こうボード(厚さ約5ミリメートル)を敷き詰められて再現されている上、傾斜はつけられていないこと、しかも、ガソリンは、被告人の供述とは異なって、土間の右後方部の床面上に約4リットルと車の右側面中央部付近の床面上に約2リットルが撒かれていることからすると、そもそも車庫の土間が忠実に再現されていないだけではなく、ガソリンの撒き方も被告人の供述どおりに忠実に再現されているとはいえないのであるから、前記燃焼再現実験の石こうボード上におけるガソリンの広がり方をもって、被告人が供述するコンクリート土間のガソリンの広がり方に疑問を呈することはできないというべきである。
もっとも、技術士意見書(原審弁23)や当審で取り調べた鑑定人A15及び同A16共同作成の鑑定書(当審弁116)によれば、被告人が7リットルもの大量のガソリンを撒いて、これに点火すれば、爆発的な燃焼(爆発音、衝撃等の発生を含む。)が起こり、点火した被告人が相当の火傷を負うことは不可避であるとして、疑問を呈している。しかし、当審証人A17の証言(第28回公判)によれば、ガソリン蒸気の爆発的な燃焼は、撒いたガソリンの蒸発時間や可燃混合領域にあるガソリン蒸気の量にもかかっていることが認められるところ、被告人の前記検察官調書(原審検189)及び警察官調書(原審検166)によれば、被告人は、じわっとはみ出して流れてきたガソリンの量につき、撒いた量の割には少ししか流れてきていないと感じたことや、ガソリンを撒いて直ぐに点火したことを供述していることが認められる。また、実況見分調書(原審検7、12)等によって認められる車庫の焼燬状況等からは爆発的な燃焼があったことをうかがうことはできないこと、殊に、車庫の東南隅部分付近において最も強い焼燬状況が認められることや、同部分に引き続く車庫奥(東)6畳和室の南側壁際に、東向きに2階へ上がる階段があり、同階段も黒こげに焼け、また、この階段側の2階奥(東)6畳間南側の床が1階に抜け落ちている状況にあることが認められることなどに照らすと、上記A15及びA16鑑定人共同作成の鑑定書が指摘している、被告人の点火位置(車庫北西位置)から反対側(車庫東南位置)の2階へ筒抜け状態の空気の流通があったことを推認することができる。これらの事情に照らすと、爆発的な燃焼が起こるとか、点火した被告人が相当の火傷を負うことは不可避であるなどという上記の疑問は理由がないというべきである。
<5> 所論は、被告人が本件自動車のガソリンタンクから抜いたガソリンの量について、被告人が、自供書(原審検236、237)では「ポリタンクの底から20センチぐらい」と供述し、9月12日付け検察官調書(原審検177)でも同じ供述を繰り返していたが、9月24日付け警察官調書(原審検166)では「この20センチというのは手ごたえで、目で確認したものではない」と述べ、さらに、同日(9月24日)実施の被告人立会による犯行状況の再現の実況見分(原審検89)では「ポリタンクの底から15センチ(7.3リットル)」と述べ、さらに9月27日付け検察官調書(原審検189)では「先日実験して重さを確認したところ13センチくらいの深さ」と供述して、次第に修正した供述をしているところ、これは、捜査官において、当初の20センチの自白に基づく9月25日実施の燃焼実験(原審検28)をする前に、20センチ(約10リットル)について疑問が生じ、9月25日にガソリン合計6リットルを用いただけの恣意的な燃焼実験(原審検28)が実施されていることからも明らかなように、抜いたガソリンの量を減らす方向で被告人の供述を修正、誘導したものであると主張する。
そこで、検討すると、なるほど、被告人が本件自動車のガソリンタンクから抜いたガソリンの量についての被告人の捜査段階の供述が変遷していることは所論のとおりであるが、被告人の警察官調書(原審検166)、検察官調書(原審検189)によれば、被告人が供述しているガソリンの量自体が、抜いたガソリンの入ったポリタンクを手で持って揺すった際の手応えや重さの感覚による不確かなものであるところ、被告人が前記検察官調書(原審検189)で供述しているように、実況見分の立会等による記憶の喚起で供述が修正されたものと認められ、捜査官の誘導などによる不自然、不合理な供述の変遷ということはできない。
<6> 所論は、被告人が抜いたガソリンを入れたポリタンクを置いた場所について、自供書(原審検236、237)では「車の中に入れたか、車の後ろに隠したかした。余りの興奮状態だったので、はっきり覚えていない。」と述べたが、9月12日付け検察官調書(原審検177)では「もと置いてあった車庫の奥に置いた。」と供述しているところ、その供述は極めてあいまいである上、ポリタンクの焼燬残渣(原審検242。大阪高等裁判所平成11年押第132号符号12)に電気コードやタップの焼燬残渣が密着している状況からして、ガソリンを撒いた後、点火する前に、電気コードやタップをポリタンクに絡ませて元の状態に戻しているのに、そのことが被告人の自白調書には一切供述されていないのであって、被告人の捜査段階の供述が現実の体験に根差していないことは明らかであると主張する。
そこで、検討すると、抜いたガソリンを入れたポリタンクの置き場所について、被告人が、非常に興奮状態であったため記憶がはっきりしないと供述しているとしても、犯行直前のことであることからして、さして不自然とはいえないし、被告人は、9月24日付け警察官調書(原審検166)及び9月27日付け検察官調書(原審検189)においては、ポリタンクの置いてあった元の位置に戻したことを一貫して供述しており、その供述があいまいとはいえない。また、前記ポリタンクの焼燬残渣(原審検242。当庁平成11年押第132号符号12)、捜査報告書(原審検87)、実況見分調書(原審検83)及び原審証人A14の証言、さらに被告人の原審公判供述によれば、溶解したポリタンクの上にへばりつくように焼けた電気の線等が付着していることが認められるところ、被告人は、前記警察官調書及び検察官調書において、ポリタンクを移動させる際の電気コード等については一切述べていないことは所論のとおりであるが、ポリタンクの焼燬残渣が実際に存在し、しかも、それに焼けた電気の線やコンセント等が付着しており、被告人が説明しているような元の使用状態に回復された形で存在していた以上、特に電気コード等の点について供述していないからといって、被告人がポリタンクを移動させるなどした放火行為が実際になかったとまでいうことはできない。
<7> 所論は、被告人の捜査段階の供述による家屋の燃焼再現実験に関する鑑定書(原審検28)及び添付の写真第33図から第37図によって認められる実験結果は、ガソリンに着火直後から40秒後まで炎が大きく立ち上がるとともに多量の黒煙が発生した状態となっているところ、被告人は、捜査段階の供述では、着火後居間に戻り、約10秒後に火事に気付いた振りをして、車庫を通り、表戸の鍵を開けて外へ出たという行動や、黒煙が余り出ていないという状況を供述しているのであり、前記実験結果とは一致していないが、このことは、被告人の捜査段階の供述が、現実の体験に基づくものではなく、観念的なものであることを示していると主張する。
そこで、検討すると、被告人は、検察官調書(原審検189)及び警察官調書(原審検166)において、ガソリンに点火すると、ガソリンを撒いた本件自動車の左後方付近が大きく炎が上がり、一旦6畳間に戻った後、火事に気付いた振りをして車庫との間の戸を開けた旨供述し、これに引き続く場面として、同車の右下付近は40センチメートルくらいの高さの火であったが、同車の左後方付近は天井の方まで大きく燃え上がっており、同車の右側を通って外に出ることができると判断した旨や、そんなに煙たくはなく、目が痛いということはなかった旨の供述をしているのに対し、前記鑑定書(原審検28)の再現実験の結果によれば、着火後直ちに土間の後方を中心にガソリンの燃焼による炎が立ち上がり、同時に黒煙が多量に発生したが、1分後ころには、火勢が弱まり、黒煙の量も減少したことが認められる。しかるところ、被告人の前記検察官調書(原審検189)及び警察官調書(原審検166)によれば、被告人は、本件自動車の後部中央付近から、前方の車庫北西角にある排水口に向けて傾斜しているコンクリートの床面上に、車体の下に向けてガソリン約7.3リットルを流したところ、ガソリンは同車の前輪と後輪の間の右側面部分へじわっとわずかにはみ出す状態に流れてきており、撒いた量の割には少ししか流れてきていないと感じた旨を供述しているのに対し、前記実験においては、土間は、床面全体にスラグ石こうボード(厚さ約5ミリメートル)が敷き詰められて作られており、土間の右後方床面上にガソリン約4リットルを撒き、その上に自動車を停め、同車の右側面中央部付近の床面上にガソリン約2リットルを撒いて(ガソリンの広がり方は、添付写真32図では同車の右側面部分へかなり大幅にはみ出している。)点火したものであって、ガソリンを流した床面の材質、ガソリンの量、撒き方、広がり方、その範囲、さらにはガソリンに点火した仕方が異なっている。もちろん、本件当日と再現実験の際の天候、気温、湿度、風速等が異なっているばかりか、再現実験は燃焼実験室内において実施されたものであり、また、再現実験用に作られた模擬室では本件車庫等の忠実な再現はもとより不可能であり、特に、空気の流通具合やガソリンの蒸発具合等の微妙ではあるが重要な燃焼条件に差異が生じてくることは当然である。このように、再現実験では、本件車庫はもとより、被告人の供述どおりの忠実な再現が不可能である以上、燃焼状況等に関し、被告人の供述と再現結果に差異が生じるのはやむを得ないところというべきである。
しかして、被告人の前記供述によっても、量の多少は別にして、煙が発生していたことは間違いない。しかも、被告人が前記のとおり供述している、本件自動車の右下付近に40センチメートルくらいの高さの火があり、同車の左後方付近は天井の方まで大きく燃え上がっていたという火災の状況は、本件火災の初期段階で消火に当たったA8が、検察官調書(原審検61)及び原審証言において、車庫内の車の運転席側前輪と後輪の間あたりの、車の下側で、高さ30センチくらい幅が50センチくらいの炎が出ており、黒い煙も少し上がっていた旨、また、同じくA18が検察官調書(原審検63)において、車庫内の車の運転席側の前輪と後輪の間の辺りの車体の底の部分か、その下の床が燃えており、炎が30センチから40センチくらいの高さに上がっていた、車の後ろの車庫の奥の方からも黒煙が出ていた旨それぞれ供述している状況に符合していること、及び、実況見分調書(原審検7、12)によれば、車庫東南角部分の、東側面の柱2本(うち1本は車庫中で最も焼燬が激しい。)や上がり框の敷居等が強く焼燬している状況が認められることにも符合しているほか、原審証人A1が、車庫の、本件自動車の運転席側の前輪の後ろ右側辺りの床面上に、直径24センチメートルほどの水たまりのようなものがあり、その真ん中部分から火が出ていた旨証言していることとも符合している。
以上のような諸事情を総合すると、被告人が捜査段階において供述している燃焼状況が、再現実験による燃焼状況と差異が生じたとしても、それだけで直ちに被告人の供述する火災の状況が現実のものではなく、観念的なものであるなどということはできない。
(5) まとめ
以上に検討してきたとおり、被告人の自白調書等は十分信用に値するものと認めることができる。所論は理由がない。
3 本件自動車からの自然発火による可能性について
所論は、本件火災は、本件自動車からの自然発火による可能性が高いのに、これと同旨の原審弁護人の主張を排斥した原判決には事実の誤認があると主張し、以下のような理由を挙げる。すなわち、
(1) まず、所論は、「火災原因調査資料の送付について」と題する書面(原審弁20)中の大阪市消防署消防指令補A19作成の火災原因判定書(その2項の出火原因の検討の(2)車両からの出火)においては、<1>密封された燃料キャップからのガソリンの漏洩は考えられないこと、<2>エンジンキーをオフにした後の火災は考えられないことを根拠にして、本件自動車自体からの出火の可能性を否定しているところ、同判定書の挙げる根拠は、<1>の点については、捜査報告書(原審検17)、回答書(原審弁21)、技術士意見書(原審弁23)により明らかなように、ガソリンタンクの内蓋が閉まっていても、ガソリンタンクが下から熱せられてガソリンタンクの内圧が上昇すれば、内蓋からガソリンが漏洩することから、<2>の点については、書籍「火災から学ぶ」(原審弁25)に挙げられている多くの実例に照らして、エンジンキーをオフにした後にも車両火災が発生することから、いずれも誤っていると主張する。
そこで、検討すると、前記火災原因判定書(原審弁20の大阪市東住吉消防署の火災原因調査資料1綴り中の書面)は、所論のとおり、<1>、<2>を理由にして車両からの出火を否定しているところ、まず、<1>の理由について、捜査報告書(原審検17)、回答書(原審弁21)によれば、ガソリンタンクが加熱されて極端に内圧が上昇した場合には、内蓋からガソリン蒸気が漏洩することがあると認められることからして、同判定書では、所論指摘のとおり、この点が考慮されておらず、誤っていることになる。しかし、この点については、技術士意見書(原審弁23)でも指摘されているように、内蓋からガソリン蒸気が漏洩しても、他に火種がなければガソリン蒸気は出火しないから、内蓋からのガソリン蒸気の漏洩は、それだけでは出火原因とはならない。次に、<2>の理由については、前記書籍「火災から学ぶ」(原審弁25)を詳しく見ても、エンジンキーを切った後の車両火災についての実例はほとんどなく、エンジンのスイッチを切ってもエンジンが回り続ける状態になるラン・オン現象によって過熱して出火したとか、屋外駐車場内の車体の下部にあった枯れ草等に排気管が触れており、排気管の熱で枯れ草等が発火し出火したという実例が挙げられている程度であり、また、原審証人A20も、一般的に、エンジンキーをオフにすれば、前記の枯れ草等の例のように外的要因が重なった場合のほかは、車両が内部からの原因で発火することはあり得ないと証言していることに照らすと、同判定書は、この点に誤りはないというべきである。
そうすると、以上の検討からは、同判定書の「車両自体からの出火は否定できる」としている結論自体には誤りはないということができる。
(2) 次に、所論は、本件自動車が出火原因となったかどうかを調査した捜査報告書(原審検15、17)、鑑定書(原審検28)、原審証人A17の証言からは、本件自動車の出火原因の有無に関する具体的調査は、燃料系、排気系、電気系その他について焼損により調査不能ということであり、結論としても火災原因は判断がつかない、不明ということであって、「車両が出火原因ではない」ということではないから、これらの証拠を根拠としては、本件自動車から出火した可能性がないと結論することはできないと主張する。
そこで、検討すると、前記捜査報告書(原審検15)、A17の原審証言によれば、本件自動車の燃料系では、燃料タンクとエンジンを接続している燃料配管系統のうち、ツーウエイバルブ、フューエルストレーナ、キャニスター、フューエルポンプ、ベーパーセパレータ、キャブレターの機能の適否や、これらの部品を接続しているフューエルフィードパイプ、フューエルリターンパイプ、フューエルベントパイプ間を接続するチューブやホース類の損傷の有無については、これら部品の焼失により調査できなかったこと、しかし、同部分は、ガソリンないしガソリン蒸気が単に通るだけであるから、それ自体で発火することはあり得ず、同部分が火種になった可能性はないこと、排気系では、特異な過熱痕跡や異常発熱による溶損状態など異常過熱があった状況は認められず、同部分が火種となった可能性は否定されること、電気系では、メインヒューズ及びヒューズボックスのコンデンサファン回路、エアコン回路、インテリアライト回路のヒューズが短絡により溶断しているが、前記3回路の配線がシャシワイヤハーネスに含まれているところ、車体床下面の車体中央部を通っているワイヤハーネス部が焼損し、これにより露出した導体が短絡したと考えられ、また、メインヒューズも配線が焼損し、導体が露出して短絡したと考えられること、したがって、シャシワイヤハーネスはメインヒューズが溶断する前に焼損したものと判断され、また、これら電気系統のヒューズの溶断を生じさせた短絡は、焼損によって二次的に発生したものとみるのが妥当であること、エンジンキーがオフの状態で通電状態になっているのは時計とラジオ(メモリバックアップ用)だけであるところ、これらが設置されている運転席前方部は、加熱による樹脂類の変形がみられるだけであり、出火原因になったような状態は認められないこと、エンジン及びその周辺部では、エンジン自体には出火原因になったような異常な状況は認められなかったこと、エンジン周辺部では、エンジンの回転を動力源として伝達するエアコンコンプレッサベルト、タイミングベルト、A4CG(発電機)ベルトは火災によって焼損したものと考えられることが認められる。以上の事実に、前記捜査報告書(原審検15)及びA17の原審証言や、前記鑑定書(原審検28)、前記捜査報告書(原審検17)を総合すると、本件自動車の燃料系、排気系、電気系、エンジン本体のいずれにおいても出火原因になったような状況があったことは認めることができないというべきであり、所論は到底採用することができない。
(3) さらに、所論は、技術士意見書(原審弁23)及びその作成者である原審証人A21の証言を根拠にして、本件火災は、本件自動車から自然発火した可能性が高いと主張し、原判決が、A21の原審証言との対比において、原審証人A20の証言を採用し、前記の技術士意見書及びA21の原審証言が示す出火機序による本件自動車の火災の可能性は、皆無ではないにしても相当稀有なことであるとして、所論の主張を排斥したのは誤りであるという。
そこで、検討すると、前記の技術士意見書(原審弁23)及びA21の原審証言、さらに当審において取り調べた技術士補充意見書(当審弁66)及び当審証人A22の証言によれば、本件火災の出火原因として最も可能性が高いと考えられるのは、本件自動車から漏洩したガソリン蒸気に、本件自動車床下の過熱した部品が火種となって発火した自然発火であるとし、本件火災の機序として、<1>本件自動車は、燃料タンク内のガソリンが規定容量を超えて過量的満杯状態にあったところ、<2>入庫後に高温の密閉空間に置かれ、燃料タンクの温度が上昇したので、キャニスターから少量のガソリン蒸気が漏洩し、車体床下付近に滞留し、<3>本件自動車を入庫直後、停車位置を再調整するためエンジンを再始動させたので、車体床下各部には余熱に加えて過熱部が生じ、エアコンコンプレッサー付近に火種が発生し、<4>本件自動車の車体床下付近に滞留している少量のガソリン蒸気に火種が引火して、本件火災に至ったと考えられるというものである。
しかし、まず、前記技術士意見書が前提とする<1>の本件自動車のガソリンタンクが過量的満杯状態にあったとする点は、満タンの給油を注文した際の通例として、スタンド店員が自動給油機により、タンクの規定容量37リットルまで注入した後、さらに手動により2、3リットルを追加注入したとするものであるところ、本件直前、被告人が、本件自動車に給油をした際、タンクの規定容量を超えて、手動による追加注入がされたことを裏付けるに足りる証拠はない。次に、<2>のガソリン蒸気がキャニスターから漏洩したという点について、A20の原審証言、回答書(原審弁21)によれば、燃料タンク内に発生したガソリン蒸気は、ベントパイプからツーウエイバルブを通り、キャニスターに至り、ここから大気内に漏洩(放出)されるが、キャニスター内では、ガソリン蒸気が活性炭により吸着されるため、その吸着容量を超えた場合には、ガソリン蒸気がキャニスターから漏洩されることになること、活性炭の吸着容量は、液体ガソリンで6グラムであること、活性炭に吸着されたガソリン蒸気は、構造上、通常走行時に発生するキャブレターの負圧により、外気と共にキャブレターからエンジン燃焼室に吸引されるため(パージ)、通常走行している限りは、ガソリン蒸気が活性炭の吸着容量の限界を超えてキャニスター内に溜まることはあり得ないこと、ガソリン蒸気が燃焼するためには、ガソリン蒸気が可燃混合領域、すなわち空気とガソリン蒸気との混合割合が1万5000ppmから7万ppm(ガソリン蒸気濃度1.5パーセント以上7パーセント)であることが必要であること、本件自動車と同じホンダアクティについて、市場において、実際に、キャニスターからガソリン蒸気が漏洩したことが原因で発火したような事例は生じていないことが認められる。加えて、当審で取り調べた捜査関係事項照会回答書(当審検28)及び同補充書(当審検32)、当審証人A23の証言によれば、本件自動車と同じ型式のホンダアクティストリートに新品を劣化させたキャニスターを装着して、エンジン始動時にキャニスターのガソリン蒸気吸着量を限界量一杯にした上、車速時速40キロメートルで走行25分、エンジン停止5分、車速時速40キロメートルで走行5分、エンジン停止1分、エンジン再始動(アイドリング)5分、エンジン停止10分後にキャニスターの状態を確認することを、外気温を30度と35度の場合で実施するという試験条件に基づき、各外気温下で前記条件による走行等をそれぞれ3回ずつ繰り返し、その都度キャニスターの重量変化を測定して、キャニスターからのガソリン蒸気漏出の有無を測定する実験をした結果、キャニスターからガソリン蒸気の漏出はなかったことが認められる。
次に、<3>のエアコンコンプレッサーが過熱したという点について、A20の原審証言、回答書(原審弁21)によれば、本件自動車に搭載されているエアコンコンプレッサーはスクロールタイプの構造であるところ、スクロールタイプでは、潤滑油が軸封装置から漏れても、フェルトで吸収され、さらに漏れても、オイル落とし穴から外部へ流れるようになっているので、プーリーとクラッチとの間にまで潤滑油が漏れてこない構造になっており、プーリーとクラッチの間に漏れた潤滑油が入り込んでクラッチが滑り、高回転により発熱、発火することがなくなったこと、さらに、エアコンコンプレッサーの最も高温になる部分である冷媒を圧縮するスクロール部分に、潤滑不良による発熱を感知するサーマルセンサーを取り付け、摂氏135度(誤差上下3度)を超える温度になるとクラッチが切れる仕組みになっており、プーリーの高回転による発熱、発火をすることがなくなったこと、本件自動車と同じホンダアクティに搭載されているスクロールタイプのエアコンコンプレッサーについて、市場において、発火等不具合が発生した事例はないことが認められ、これらの事実によれば、本件自動車において、エアコンコンプレッサーが過熱したという可能性は極めて考え難いことである。なお、技術士意見書(原審弁23)及びA21の原審証言では、本件自動車のエアコンコンプレッサーの過熱の可能性について、本件自動車に搭載されているスクロールタイプとは構造が異なるR4型コンプレッサーを前提にして検討されているもので、既にこの点からして採用することはできない。
また、本件自動車のエキゾーストマニホールドやキャタライザーが火種になった可能性について、前記捜査関係事項照会回答書(当審検28)、A23の当審証言によれば、本件自動車のフィードパイプ、リターンパイプ、さらにはベント(エバポ)パイプから液状ガソリンが漏洩したとしても、エキゾーストマニホールドやキャタライザーの近傍にはこれらの燃料配管が設置されていないことから、エキゾーストマニホールドやキャタライザーが火種となる可能性はないこと(なお、エキゾーストマニホールドとフィードパイプ等の最も近い距離は約10センチメートルであるが、最至近距離部分にあるフィードパイプ等は金属配管となっている。)、室温30度、ガソリン温度30度のガソリン液面からの高さにおけるガソリン濃度を測定した結果、ガソリン濃度が可燃混合領域にあるのは、ガソリン液面から約2センチメートル以内の距離の範囲内であることが認められるところ、エキゾーストマニホールドやキャタライザーと床面との距離は約25センチメートルであることが認められる。
なお、車庫北西側に設置されていたガス風呂釜の種火が火種になった可能性がないことは、原判決が「事実認定の補足説明」の二項の2において正当に認定、説示するとおりである。
以上のような事実に上記A20の原審証言及びA23の当審証言等関係証拠を総合すれば、上記技術士意見書及び技術士補充意見書がいう、本件自動車から漏洩したガソリン蒸気に本件自動車床下の過熱した部品が火種となるなどして本件自動車が発火した可能性は抽象的な可能性に止まるというべきである。
(4) まとめ
以上に検討してきたところによれば、所論はいずれも理由がなく、本件火災の原因が、本件自動車からの自然発火による可能性は、原判決が判示するとおり、極めて低いというべきであるから、所論は到底採用することができず、所論を排斥した原判決に事実の誤認はない。
4 被告人の原審公判供述の信用性等について
所論は、原判決は、被告人の原審公判供述を信用できないとして排斥したが、被告人の原審公判供述は信用性があると主張し、以下のような理由を挙げる。すなわち、
(1) 所論は、被告人が、原審公判において、本件当日、帰宅途中ガソリンスタンドに立ち寄り給油をした後はそのまま帰宅しており、手押しポンプは購入していないと供述しているところ、原判決は、ガソリンスタンドと被告人宅との間の距離は約2.4キロメートルであり、雨で傘をさした歩行者が本件自動車の走行の障害となったとしても、それほどの時間がかかるとは考え難いとして、被告人の前記原審公判供述を排斥したが、ガソリンスタンドから被告人宅への所要時間が6分10秒であったという実況見分調書(原審検46)は、実際に雨天の際に計測されたものではないし、また、被告人がガソリンスタンドを出たのが午後4時28分というのも正確ではない上に、被告人が帰宅した時刻を正確に示す証拠もなく、結局、ガソリンスタンドから被告人宅までの所要時間は明らかではないから、原判決は誤っており、帰宅途中に手押しポンプを購入していないという被告人の原審公判供述は信用できると主張する。
そこで、検討すると、被告人は、手押しポンプを購入していないという原審公判において、午後4時40分ころ帰宅したと供述しているところ、9月10日付け自供書(原審検235)、警察官調書(原審検165)、検察官調書(原審検188)においても、一貫して、手押しポンプを購入して、午後4時40分ころ帰宅したと供述していること、前記警察官調書及び検察官調書では、手押しポンプを購入し、その直後、携帯電話で自宅に電話をかけると、話し中ではなく、留守番電話になっていたと供述しているところ、自宅に携帯電話をかけた点は、被告人の携帯電話の通話明細記録(CDR)(原審検36)により裏付けられており、その時刻は午後4時36分であることに照らすと、ガソリンスタンドから被告人宅までの所要時間が約6分10秒とする前記実況見分調書(原審検46)は信用することができるのに対し、途中手押しポンプを購入していないという被告人の前記公判供述は信用できないというべきである。
(2) 所論は、被告人が、原審公判において、本件当日、A4の次に風呂に入るためパンツ1丁になったが、その時、プラスドライバーを本件自動車に戻していないことに気付き、一度車庫に降りてドライバーを車に戻したと供述しているところ、原判決は、この点に関する被告人の供述経過について、被告人が、捜査段階で追及されたにも拘わらず言及せず、原審第25回公判の被告人質問で急に供述したもので不自然であるとして、被告人の前記原審公判供述を排斥したが、原判決は、被告人の供述経過の把握を誤っており、そもそも、被告人は、居間から車庫に降りたことがあったことについてまったく記憶しておらず、9月10日の取調べを受けてから記憶喚起を始めていたものであり、その後原審第25回公判に至るまでの公判期日においては、本件火災当日の状況以外の事柄に関し被告人質問されていたのであるから、ドライバーを本件自動車に戻したという被告人の前記原審公判供述は信用できると主張する。
そこで、検討すると、被告人は、原審第25回、第26回公判において、居間から車庫に降り、まず、本件自動車の運転席の開いた窓から腕を入れて、ボタンを押して後部ハッチの鍵をあけたこと、次に、同車の右側の後ろの角に立って、後部ハッチを開けてプラスドライバーをしまってハッチを閉め、車庫から居間に上がったこと、この間1分もかからない程であったこと、ハッチを開ける時に足下が温かく感じ、足下を見たが何もなく、土間の雰囲気にもおかしいことがなく、エンジンの余熱かなと思い、また、そこまで温かいのが伝わってくるかなという感じもあったこと、車庫の電気を消していたので、煙もにおいも分からなかったこと等、極めて詳細かつ具体的な供述をしている。そして、被告人は、この点の供述の経過について、9月10日にA3刑事の取調べを受けた際、車庫に降りた記憶もなかったが、A3から、A5が、お前が火をつけてるのを見てたと言われて追及されて、車庫に降りてハッチを開けたことまでは思い出し、それで、ハッチを開けて後ろに何かをしに行ったと述べたが、A3に信用してもらえず、その後、今(平成10年6月25日の原審第26回公判)から1年くらい前に、たまたまプラスドライバーをしまいに降りたことを思い出したのであり、取調べの時に忘れとっただけの話やと思う旨供述している。
しかし、本件当日、被告人が車を車庫に停めた後、車庫から出火するまでの間における被告人の行動は、捜査段階の当初から、本件の最重要解明事項とされていたのに、自らの具体的な行動経過を起訴後まで失念していたなどという被告人の上記公判供述は、極めて不自然であり、到底信用することができない。すなわち、平成7年9月10日に取調べを受けて追及され、目的や理由は分からないが車庫に降りたことだけを思い出したというのは不自然であり、それから1年半程経過した後になって、たまたま、プラスドライバーをしまうためという、まったくありふれた理由ないし目的を思い出したというのも、これまた不自然極まりないものである。加えて、被告人が、思い出した話として、原審公判で供述するところは、前記のとおり、極めて詳細かつ具体的なものであり、特に異状はなかったというのに、足下が温かかった感覚まで述べているのであって、不自然に過ぎる上、被告人がこのように極めて詳細かつ具体的に記憶喚起ができるのであれば、そもそも、当初からなぜ忘れてしまっていたのか不思議であり、およそ理解し難いことである。
そうすると、ドライバーを本件自動車に戻したという被告人の前記原審公判の供述は信用することができない。
(3) 所論は、被告人は、原審公判において、<1>本件火災に気付いた後、A8方に行って、消火器を借りて消火活動をしたこと、また、<2>タオルを口に当てて本件家屋に飛び込み、A4を救助しようとしたことを供述しているところ、被告人が自ら消火活動や救助活動をしていることは、取りも直さず、本件火災が放火ではないことの証左であると主張する。また、所論は、<3>A1が本件火災の119番通報の第一報者であり、このことは本件火災が被告人とA1の共謀による放火でないことを示していると主張する。
そこで、検討すると、<1>の点については、A8の原審証言及び検察官調書(原審検61)によれば、A8は、被告人に消火器を貸していないし、被告人がA8の消火器で消火活動をしているのは見ていないと供述していることに照らし、被告人の前記原審公判供述は信用することができない。また、<2>の点については、被告人方の近隣者で、本件火災の状況を目撃し、初期消火に当たるなどしたA8(原審検61)、A24(原審検62)、A18(原審検63)、A25(原審検64)、A26(原審検65)、A27(原審検66)、A28(原審検67)、A29(原審検68)、A30(原審検69)の各検察官調書によれば、いずれも被告人が消火活動や救助活動をしたのは見ていないと供述していることに照らし、被告人の前記原審公判供述は信用することができない。さらに、<3>の点については、馬場学の警察官調書(原審検78)によれば、A1が、本件当日午後4時52分に、本件火災について119番通報をしていることが認められるが、本件火災は、被告人らが在室していたすぐ横の車庫から出火したものであるから、被告人らの共謀による放火であったとしても、自分たちに放火の疑いがかけられるのを防ぐために、119番通報をすることは通常考えられるところであり、現に、被告人も、警察官調書(原審検167)及び検察官調書(原審検194)において、被告人がA1に「119して。」と言ったのは、放火と疑われないように、本当の火事を装うためであったこと、当夜、被告人がA1に対し、本当の火事を装ってうまく119番通報したか確認したところ、A1が、「119したけど、うまいこと言えたか分からん。」と答え、本当の火事のようにうまいこと言えたか分からない旨答えたことを供述しているのであって、この供述は、前記<2>でみた近隣者らの各供述によっても、その信用性が裏付けられている。
そうすると、被告人の前記原審公判供述は信用することができず、また、A1がした本件火災の119番通報を、本件火災が被告人とA1との共謀による放火でないことの根拠とすることはできない。
(4) まとめ
以上に検討したとおりであって、所論はいずれも理由がなく、被告人の原審公判供述は到底信用することができない。
5 小括
以上のほか、記録を精査し、当審における事実取調べの結果を併せて子細に検討しても、原判決に所論の事実誤認はない。論旨は理由がない。
第5 結論
以上の次第で、論旨は全て理由がないから、刑訴法396条により本件控訴を棄却し、刑法21条を適用して、当審における未決勾留日数中1500日を原判決の刑に算入し、当審における訴訟費用は、刑訴法181条1項ただし書により被告人には負担させないこととし、主文のとおり判決する。