大阪高等裁判所 平成11年(う)715号 判決 2001年12月26日
主文
原判決を破棄する。
被告人A1を懲役4年に処する。
被告人A1に対し,原審における未決勾留日数中100日を上記刑に算入する。
被告人A2を懲役3年に処する。
被告人A2に対し,この裁判確定の日から5年間上記刑の執行を猶予する。
原審における訴訟費用は被告人両名の連帯負担とする。
理由
被告人A1の控訴の趣意は主任弁護人野間禮二,弁護人坂井尚美,同折田泰宏,同阪本政敬及び同坂井慶共同作成の控訴趣意書,同(補充書)及び弁論要旨並びに主任弁護人野間禮二及び弁護人坂井慶作成の上申書及び控訴趣意書(補充書その2)に,被告人A2の控訴の趣意は弁護人後藤貞人及び同金子利夫作成の控訴趣意書,控訴趣意補充書及び弁論要旨に,各控訴趣意書に対する答弁は検察官室田源太郎作成の各答弁書にそれぞれ記載されたとおりであるから,これらを引用する。略語は原判決の例による。
第1章被告人両名の控訴趣意中,事実誤認の主張について
被告人A1の論旨は,要するに,原判決は,B1商事に対する融資(原判示第1),B2実業に対する担保預金の解放(原判示第2),B3に対する融資(原判示第3)の各事実につき背任罪の成立を,抵当証券販売(原判示第4の1及び2)の各事実につき詐欺罪の成立を認め,これらををいずれも有罪としたが,被告人A1には,原判示第1ないし第3の各事実についていずれも任務違背行為及び図利加害目的がなく,仮に各行為に背任罪として違法性が認められるとしても期待可能性がないから無罪であるし,仮に有罪であるとしても原判示第1及び第3事実については損害額の認定を誤っている,また各抵当証券販売事実について,抵当証券販売の際,買戻特約の履行をする意思も能力もあり購入者を欺罔する故意がなかったから無罪である,よって原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認がある,というのである。
被告人A2の論旨は,要するに,原判決は原判示第1ないし第3の各事実につき背任罪の成立を,第4の1及び2の各抵当証券販売事実につき詐欺罪の成立を認め,これらをいずれも有罪としたが,被告人A2には,原判示第1ないし第3の各事実についていずれも任務違背行為もその認識もなく,図利加害目的もないから無罪である,原判示第4の1及び2の各抵当証券販売事実について詐欺の犯意及び故意がないから無罪である,よって原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認がある,というのである。
そこで,所論にかんがみ,記録を調査し,当審における事実取調べの結果もあわせて検討する。
第1背景事情について
1 所論は,原判決が,当時の社会経済情勢とそこに置かれた被告人らが採り得た具体的な事情を全く無視して刑事責任を論じたと非難している。
確かに,原判決中には刑事責任の成否を検討するに当たって社会経済情勢との関係について直接的に踏み込んで説示をした部分はなく,量刑の理由中で,被告人らが業務容量(以下「業容」という。)拡大の経営方針を採ったことはそれなりに理解できる,本件各犯行の遠因となったB2実業やB4工務店の業績悪化は経済状況の変化にもその一因があり,刑事責任を考える上では,自らの力ではいかんともし難い社会経済情勢に翻弄されて道を踏み誤ったと見るべき面もないではない,などと説示しているにすぎない。
もとより,社会経済情勢一般との関係については,主として経営判断の是非という観点からの検討にならざるを得ないことはいうまでもなく,経営判断についてはその性質上かなりの裁量があると認められるから,判断を誤ったからといって直ちにそれが刑事責任に結びつくわけのものではない。したがって犯罪が成立するか否かの判断には慎重を要するとの指摘も相当であり,原判決が,この点は当裁判の射程外の問題であるとしたのも全く理解できないわけではない。しかし,企業経営も人の営みに他ならない以上,そこでの経営判断やそれに基づく個々の行為が,諸々の社会的規制を受けることは当然であり,経営判断を誤った行為が経営責任はもちろん民事責任,そして場合によっては刑事責任を問われることがあり得ることも肯定せざるを得ない。もちろん経営判断は社会経済情勢を踏まえての予測的判断であるから,結果的に誤っていたからといって,直ちに背任罪が成立するわけでないが,経営上の種々の判断及びこれに基づく行為が当該状況の下で考えられる裁量を逸脱したと認められる場合に,背任罪が成立し得るものというべきである。しかしながら,ここで誤解してはならない肝要な点は,本件において検察官が公訴事実として起訴し,審判の対象とされたものは,所論がいうように経営判断そのものではなく,特定の時点における特定の相手に対する融資等の具体的行為が刑罰法規に触れるか否かが問題とされているということである。もっとも,当該行為が経営判断と全く無縁のものとはいえないが(所論はこれも経営判断そのものに他ならないとするかのようである。),経営判断として許される裁量の範囲を逸脱した行為ととらえられていることは明白である。また,本件で問題とされている各融資等が実行されるに至った経緯,特に巨額の不良債権が集積してしまった点は,審判の対象とされた具体的行為の罪責の軽重のみならず,場合によっては罪責の有無を決定するのに影響するほどの重要な事項といえるから,過去の経営判断に誤りがなかったか否か,誤りがあったとして,それが本件行為の引き金や原因となっているか否かを検討しなければならず,その限りにおいては経営判断それ自体も検討の対象とならざるを得ないということができる。
以上の観点から考えると,原判決の上記説示は委曲を尽くしていないきらいがあるといわざるを得ない。そこで,以下,本件各行為に関係する限度において経営判断につき検討する。
2 所論は,C1信組がとった業容拡大策は大阪府も指示した方針であったこと,バブルの発生と崩壊は誰しもが予期し得なかったこと,政府のとった総量規制はいわば劇薬を投入したもので適切でなく,またD1銀行が大量の紹介預金を紹介しそれを短期間に引き上げたことなど,C1信組の経営悪化は,被告人らの責任のないこれら種々の要因によって引き起こされたものであると主張する。
そこで検討するに,まず,被告人らが採った業容拡大策は,小規模金融機関が抱える資金ショートの危険という事態を解消するための一つの有力な手段であること,監督官庁である大阪府も他の破綻した信組の救済合併を依頼するなどしてC1信組の業容拡大方針を支持していたことが明らかであることなどによれば,これ自体はいわゆる経営判断に属し,その当否は当裁判所の判断の射程外と考えるのが相当であろう。また,バブルの発生と崩壊についても,多くの者が予測できなかったというものである上,その原因として,金融当局者が採ったプラザ合意後の金融緩和策と,バブル期の総量規制という政策判断が与ったことは疑いようがなく,これが被告人らの手の及ばない事項であることは論をまたない。さらに,D1銀行が短期間に巨額の預金を紹介し,それを短期間に引き上げたことが,C1信組の預金及び貸付構造に大きな歪みをもたらしたことはいうまでもなく,そのことがバブル崩壊と地価下落の時期と一致したこともあって,C1信組に与えた影響は甚大であったと評価せざるを得ない。
しかしながら,もともと信用組合は,中小事業者を対象とした地域密着型の相互保障的金融機関であって,銀行など他の金融機関と比べて資金調達の手段が限られるという弱点があるから,運営方針の決定に当たっては,この点を考慮した慎重な舵取りが求められていたというべきである。その意味で,多くの預金を高利で集めてそれを当時旺盛な資金需要をもった不動産関連業者に貸し付けるというにとどまらず,融資規制のない系列ノンバンクを設立しそのルートも使って飛躍的に融資を拡大していくという運営方針は,本来的に信用組合の性格からの逸脱度が大きく危険度の高いものであることを自覚する必要があったというべきである。このことは,大阪府による定例検査の際,毎年のように大口信用集中の解消など法令通達等の遵守や不動産業に特化した融資の是正,関連会社の融資の適正化などについてたびたび指導を受けていた事実からみてもいえる。そうすると,バブル経済が進行し地価が高騰を続けている段階においてさえ,それが永続的に続くわけでないことは当然であることからすれば,D1銀行からの紹介預金を大規模に受け入れるという判断をしたこと自体行き過ぎであったとの批判を免れず,また不動産関連業者への融資にも自ずから限度を設けるなど節度が要求されていたと考えられる上に,バブルが崩壊して地価が急激な下落を始めた局面では,必ずしも容易なことではないがそれらを可及的速やかに整理縮小して,信用組合として適正な運営方針に立ち返ることが求められていたというべきである。現に,信用組合よりも経営基盤が充実し体力のあるはずの他の金融機関においても,その段階において不動産の売却や法的手段を断行するなどして,一定の損失を計上しても不動産業への貸付けを整理し,不良債権の拡大を止める方策をとったことが認められる(原審検508,510)。被告人らは,任意売却や競売によって大口融資先に対する債権を処理することはできなかったと述べるが,被告人ら自身,それらの手法で処理した融資先があったことは認めつつ,ただ大口融資先は本業がしっかりしているから利貸しで時間を稼ぐという判断をした旨述べているところからすれば,絶対に売却処理ができなかったとはいえない。その上,B4工務店やB2実業において一定の収益力のある本業があったとしても,もはや不動産投資の焦げ付きは規模が大きくなっていたから,その処理の緊急性を認識し得なかったはずはなく,要は,損切り覚悟で売却する決断までつかなかっただけと解される。この段階においては不良債権もさほど膨らんでいない反面,C1信組にはバブル経済状況下において蓄えた体力があったから,そのような不良債権処理を行うことによって破綻にまで至るようなことはなかったと考えられる。また,この時期は上記のD1銀行からの紹介預金が急激に引き上げられていた時点であり,この引き上げによってC1信組の財務状態が危機に至ることは明らかである点に徴しても,上記の整理縮小を行う必要性はより明確であったというべきである。
以上のように,被告人らとしていかんともし難い要因が多々あったことは事実としても,上記の業務運営はその中で被告人らが選択した判断であり,それを選択しないという判断ももちろんあり得たことは明らかである。とりわけ経営基盤の安定に高度の責任を有する金融機関の経営者としての責任を免れるはずがなく,被告人らが平成3,4年の段階で大口貸付先に対して積極的に債権回収策をとらなかったことは経営判断の誤りと評価すべきである。
3 さらに,C1信組においては,大口融資先に対して利貸しを続けて,不良債権額を飛躍的に増大させてきたことも極めて問題である。
(1) 所論は,利貸しは金融機関の外に財産が流出しないから,帳簿上の付け替えと同じであり,それ自体マイナスはないと主張する。しかし,原判決が説示するとおり,利貸しは本来存在しない収益を計上することになって,もともと支払うべき理由のない配当や税金の支払を免れないのであるから,それ自体金融機関本人に対して直接的な加害性(損害を与えること。以下同じ。)を有することは明らかである。さらに,利貸しは財務面の問題性だけでなく,債権管理を結果において失敗させた運営面の問題性をも覆い隠し,内外の監督,批判を逃れ,適切な対応を実施する機会を失わしめるという意味で,金融機関に計り知れないマイナスを与えることも看過することはできない。加えて,検査に対して利貸しを通常の貸付と偽らなければならないから,必然的に虚偽の書類作成が日常的になり,そのロスや業務運営全般に欺瞞性をはびこらせる点も無視し得ない。大阪府が利貸しの是正を再三にわたって指導したのも,まさに利貸しのこのような実質的な加害性の大きさに鑑みたものと認められる。なお,被告人らは,大阪府はC1信組が大口融資先に利貸しを行っていたことは知っていた旨述べる。しかし,そもそも大口融資先に対しては,大口信用集中の規制を免れるために,C1信組側及び融資先それぞれの関連会社を利用した迂回融資を実施していること,Fの供述(当審提出の陳述書)によって明らかなように,利貸しであることが一見して分からないように融資金の流れを攪乱する手法が用いられていたこと,平成5年度の検査までは関連会社の帳簿の開示に消極的であったこと(なお,被告人A1は,開示に消極的であった理由は,大阪府がそのデータを公表したことがあり,顧客のプライバシー保護のためであるなどと述べるが,その理由いかんは大阪府が利貸しの事実をどの程度知ることができたかという観点からは問題にならない。)などの事情があるから,人員や時間に限りのある検査によって,大阪府がその詳細を把握することができたとは解されず,具体的な指摘を受けなかったことで,大阪府が利貸しを許容していたなどといえないことは当然であるし,いわんや,さらなる利貸しを容認するとは考えられない。
もっとも,原判決も認めるとおり,利貸しは収益が悪化し利息が払えなくなった企業に対して収益改善の機会を与えるというプラス面もあり,短期的な応急措置として合理性が存する場合もあることは否定できないが,上記の加害性にかんがみれば,それはあくまでも収益改善の可能性が客観的に認められるような場合に例外的に認められることであって,金融機関の営業として基本的には許されないものであり,このことは,被告人A1でさえ,利貸しは短期的には許される,長期とは1年をいうと供述していること(当審第2回)によっても裏付けられる。
そこでC1信組が行っていた利貸しについて検討すると,少なくとも10社の大口融資先に対して,平成3年末ころ以降既に2年以上も利貸しを継続しているのであり,額や期間からみてその規模は巨額にのぼり,もはや緊急措置としての性格を逸脱していることは明らかであり,C1信組の財務面に対する加害性には重大なものがあるといわざるを得ない。
(2) 上記の内容面の検討に加え,C1信組のこれら経営判断に際しての手続面の問題性も無視し得ないというべきである。すなわち,上記のとおり大口融資先に対して利貸しを続けるかどうかは組織の存続に関わる重大事項であり,経済情勢を踏まえて利害得失を考慮し,慎重な意思決定が求められていたことはいうまでもない。それにもかかわらず,関係証拠を総合しても,被告人A1らが,大口融資先に対しては一定の損失を計上した上での債権の処理をしないことはもとより,利息の減免も行わず,延滞利息については利貸しで対応するという運営方針を,いついかなる過程で決定したか判然としない上に,C1信組のいかなる機関においても,それについて検討がされた形跡が全くないのは極めて異例といわなければならない。
(3) C1信組が破綻した直接かつ最大の原因は何であるかそれを厳格に分析解明することは必ずしも容易ではなく,上記のバブル崩壊による地価の下落や不良債権の増加が最大の原因であるとの所論も一つの考えとして成り立ち得ないではない。しかし,バブル崩壊後に現実に破綻に至った金融機関もあるがそうでない金融機関もある以上,破綻の原因をすべてバブルの崩壊のせいに帰することは許されず,自ずから経営者としての姿勢,見通し,経営判断の適否とそれに基づいてなされた具体的諸行動の適法性を含めた全体が問われることになる。そして,C1信組の破綻につき,上記のとおりの大規模な利貸しを継続することにより,不良債権を激増させて体力を弱めたことに加えて,不良債権の解消に向けた現実的な諸方策を採らずに地価の回復さえあれば問題はすべて片が付くとばかりの非現実的な姿勢に終始したことが与ったといわねばならない。現実に存在する多額の不良債権の存在をいつまでも隠しておけると考えること自体が甘すぎるにもかかわらず,信用不安につながる情報は何としても糊塗するという被告人らの経営姿勢が,C1信組の傷口を大きくし,最終段階の加速度的な破綻を招いたことを見過ごすわけには行かない。
確かに,C1信組の債務超過状態を認識して被告人らに救済スキームの策定を期待させながら,結局それを実現できないままに破綻に至らしめた大阪府に責任がないとはいえないことは所論指摘のとおりであるにしても,被告人らがこれによって破綻に至ったことの責任を免れることができないことは当然である。
4 以上のとおり,被告人らの経営判断は,内容面からみてもはなはだ疑問である上に,手続面からみる限り正当化できる余地はなく,信用組合の経営者としての高度の責任にかんがみてその過誤は明らかといわざるを得ない。
所論は,本件で背任罪として問擬されている融資や担保解放は経営判断に他ならず,バブルが崩壊した後の貸付先の債権の保全・回収のため最もふさわしいやり方として選択された戦術にすぎないから,刑事責任を追及されるいわれはない旨主張するが,すでに述べたように,経営判断であるからといって,一切刑事責任を負わないというわけのものとは解されず,経営判断に基づく行為であっても,具体的行為が実質的にみてもはや裁量の範囲を超えていると認められる場合には,例えば背任罪に問われることになる。そして,その場合における判断基準として,任務違背及び図利加害目的の程度・強弱並びに損害額のみならず,当該行為に出ざるを得なかった状況を作出したことにつき行為者がいかなる責任があるか,換言すれば,そのような戦術を選択せざるを得なかったことが自ら招いた危機によるか否かも重要な指標になると解するのが相当である。これを本件についていうと,本件融資や担保解放といういわば窮余の策をとらざるを得なかったことにつき,もし自らの経営判断の誤りがそれに与っているとすれば,それは自招行為として刑事責任からも解放される余地は少ないということになり,上記のような被告人らの経営判断の誤りにより不良債権が増大し,自らC1信組を窮地に追い込む結果となった事実にかんがみると,この指標からしても被告人らにとって,本件につき刑事責任を阻却せしめる事由は存しないことになる。
さらに,所論は,本件融資等の所為はバブル崩壊のため窮地に立たされていた被告人らが経営判断に基づきぎりぎりの手段としてC1信組のためを考えて選択したものであり,この時点ではすでに他の方法を選択する余地がなく,もしそれができないというのであれば営業すること自体を放棄せよというに等しいというが,B4工務店やB2実業の当時の経営状態は後述するように破綻状況にあり,融資金等の回収見込みはないか若しくは極めて困難と判断される状況にあったから,そのような状況を招いたことについて被告人らにも責任があるとすれば,その責任を他に転嫁することは許されず,経営状態を取り繕わずに,すべてを明らかにして善後策を立てるべく努力することが経営者に求められる責務というべきであり,結局,本件のようなC1信組本人の損害を拡大し,いわば傷口をさらに大きくする危険性の高い営業行為を行うこと自体許されないといわざるを得ない。
第2原判示第1について(B4工務店事案)
1 事実関係
原判決挙示の証拠を総合すれば,本件融資に至った経緯及び状況は,概ね原判決が説示するとおりであり,これは当審における事実取調べの結果によっても左右されない。この認定に対し,所論が主張する点を検討する。
(1) 岡山県a町のゴルフ場計画について
所論は,岡山県a町のゴルフ建設事業はようやく投下資本の回収直前まできている事業で,被告人らにおいてもその動向を注視している状況にあったなどと主張する。
そこで検討するに,当該ゴルフ場開発については,aインターチェンジの新設も決定されるなど地元のa町も前向きであって,平成4年6月に開発許可を受けた後,平成6年の3月にE1建設が,同年11月にE2工事がそれぞれ防災工事を完成させたことが認められ,そうすると,法律的に会員権の募集をすることが可能な状態になったといえるし,その段階で売却するということもあり得ないではない。
しかし,バブル崩壊後のゴルフブームが去ったことについては,E3カントリークラブの会員権募集に関して,平成元年の2回の募集ではそれぞれ352名,745名の応募があったのに,平成2年3月の募集では56名しか応募がなく,その後価格を値下げした平成4年4月の募集で21名,平成5年2月の募集で40名しか応募がなかった事実(原審検680,717,741)によって,被告人ら自身においても切実な問題として直面していたことが認められる。
また,当該ゴルフ場開発の提携先であるE1建設の担当者Gの検察官調書(原審検583ないし585)によれば,同社はB4工務店と平成2年3月に基本協定を結び,その後買収資金等を融資していたが,それらがほとんど返済されない状態となったこと,そのためE1建設としても開発計画の進展に消極的な姿勢になったが,その段階で手を引くことはできないとの思いから防災工事だけは完成させたという状態であって,本体工事に着手する見込みもなく,先行きについて苦慮していたことなどが認められ,決して計画が進展しているような状態とはいえない。H監査法人の調査報告書(原審検184)に,E1建設が本体工事に着手した旨,また平成7年5月のゴルフ会員権雑誌(当審F-25,26)に同ゴルフ場が平成9年秋に開場予定と記載されており,被告人A1も同開発が頓挫したのは本件融資後に起こった阪神大震災の影響であると供述している(当審公判)が,上記Gの検察官調書は具体的で,B4工務店側のIやJの検察官調書(原審検588,594)によっても裏付けられているほか,Fも平成4年7,8月ころ,E1からの資金が止まりa町のゴルフ場開発が苦しいという話を聞いたと述べていること(原審検677),平成2年7月にB4工務店のゴルフ場開発に融資をしたD2が,その1年後には既にゴルフブームが去っていると判断して,追加融資を断ったのはもちろん,融資した資金をE1建設に肩代わりを求めるなど,資金回収に強硬な姿勢をとっていたこと(原審検580),E2工事も本体工事をする予定はなかったこと(原審検581)とも整合していて信用できる。
以上によれば,投下資本を回収する見込みがあったとは到底いえない。
(2) b村のゴルフ場計画の進行状況について
ア 所論は,B4工務店のb村のゴルフ場開発事業については,平成元年にゴルフ場開発の事前協議届出書をb村に提出した後,漁業協同組合や猟友会の許可を取り付けるなどして徐々に進んでいたと主張する。
確かに同村内にゴルフ場開発に期待する者が相当数いたことは否定できない。しかし,b村においては,ゴルフ場誘致に反対するK村長が平成3年に再選され,同村長は反対の理由として既存のゴルフ場開発によって土砂崩れ等の問題が発生したという説得的な根拠を挙げていて,少なくとも同人の任期中に事前協議が進行する可能性はなかったと認められる。さらに,本件融資の当時,既にゴルフブームが去っていて,会員権を募集してもこれを売却する見込みがなかったことは前記認定のとおりである。なお,本件融資当時発行のゴルフ会員権情報誌が会員権相場の上昇の記事を載せていること(当審F-14)は,同情報誌の性質上,悲観的な見込みは記載しにくいから,それをそのまま信用することはできないし,近隣のゴルフ場の会員権募集状況(同12,15ないし18)については,これから事前協議を行おうという段階にあるB4工務店のものと時期的に全く異なる上,実際の売却状況も不明であるから,上記認定を左右するものとはいえない。
なお,所論は,B4工務店はゴルフ場開発の実績を有していることを強調するが,関係証拠によれば,同社の実績といってもE3カントリークラブの開発段階での買収を大部分成功させたというにとどまり,そもそもそれがバブル期のゴルフブームを前提としたものである上,しかもこれを引き継いだC1信組(E4開発)において多額の追加資金を投入せざるを得なかったという事情も認められるのであるから,以上の認定を左右しないことは明らかである。
以上によれば,本件融資当時,b村におけるゴルフ場開発の見込みがあったとの所論は採用できない。
イ 次に所論は,ゴルフ場開発が無理であっても,住宅の開発などに転用する可能性は十分あったなどと主張する。
確かに,B4工務店は買収した土地の一部を平成6年から7年にかけて公共用地としてb村に売却したことのほか,ゴルフ場以外のリゾートや住宅などの開発計画に関してK村長らと面談している事実が認められる。
しかし,そもそも一般論として,ゴルフ場開発であれば会員権の募集等で投下した高額の資金を回収するという回収の道筋は比較的明らかであるが,それ以外の開発についてどのように投下資金を回収できるかは全く不明である。また,E2工事の担当者L及びB4工務店のMの各検察官調書(原審検582,590)によれば,LはMから依頼されて開発プランを作成し,Mと共にb村のK村長に面談したことなどはあったものの,同社において開発計画を推進する意図は持っていなかったこと,K村長もこれに応ずるような対応ぶりではなく,全く現実味のない話であることが認められる。また,公共用地の売却が行われた場所はJRの駅に近接した場所であって,B4工務店が買収した他の多くの土地全体について開発が行われることを示すものではない。したがって,ゴルフ場以外の開発の可能性も現実的なものではない。B4工務店が平成5年ころにb村の土地を一括処分しようとして売りに出したが,買い手がつかなかったという事実(原審検596)もこれを裏付けている。よって,所論は採用できない。
(3) 担保価値について
所論は,b村大字c小字de番の土地(以下「本件土地」という。)の価値に関して,Fから被告人らに上げられたマル秘副申はその性質上対外的に明らかにし得ないような本音を記載したものであるから,被告人らはその内容を真実と信じていたと主張する。
ア そこで検討するに,本件土地の公簿及び現況は原判決が40頁で認定するとおりであって,幅員約1.8メートルの未舗装の里道で府道に接しているにとどまること,JRの駅まで府道の走行距離として約1.6キロあることなどが認められる。確かに,関係証拠によれば,本件土地の周囲の多くはB4工務店グループの所有地となっているから,これと合わせると府道に接するといえないことはないが,大規模な開発がなされない限り価値が低いと解されるところ,前記認定のとおり,本件融資の時点においてゴルフ場開発の現実的可能性はなく,また本件土地の上記条件にかんがみれば宅地としての開発の可能性も認められないから,本件土地に相当の価値があると考えることはできない。このことは,そもそもB4工務店が平成3年末ころから借入金の利息の支払いすらできない状況にあり,それから2年以上経過した平成6年4月の段階で担保に供されていない優良土地があるということ自体が考えられないことに加えて,本件土地はE1建設が根抵当権を有していたため,4000万円を支払うことでこれを抹消してもらったというのであるから,E1建設においてその程度の価値しかないとみていたこと(原審検584。Fは当審公判でこの点につきあれこれ弁解するが,E1建設としてもB4工務店に対する債権が回収できずに苦労していたと認められるから,相応する反対給付もなしに担保を抜くなど考えられない。)によっても裏付けられている。
イ 次に被告人らの認識を検討する。まず,被告人らにおいても,B4工務店においては利息の支払いすらできない窮状が2年以上も継続しており,優良な担保が存在するということ自体が不自然であること,b村におけるゴルフ場開発計画が進展していない事実を熟知していたと認められるから,基本的に本件土地にまともな担保価値がないことは認識していたと認められる。
確かに,一般論でいえば,マル秘副申というものの性質上,虚偽を記載する必要はないから,それが真実記載者の認識を示したものと解することもできないわけではない。しかし,本件のマル秘副申には,22億円全体に関する担保価値の検討をしたり(4項),E2が中心となり行政との話し合いが順調に進んでいるなどと明らかに虚偽ないし誇張にわたる記載(5項)があり,F自身本音そのものでない部分もあることを認めている(F原審第51回証言)ことをみると,Fとしては,過去からB4工務店に対する融資につき慎重な意見を述べていた審査部や,将来行われるであろう府の検査に対して,このように説明したら反論されないという筋書きを予め示しておくことで,被告人A1及びA2の決裁を通りやすくするために作成したと解するのが合理的である。そして,被告人A1及びA2にとっても,Fが従来から異例なほど積極的にB4工務店に対する融資の具申をする姿勢であったことは熟知していたのであるから,本件のマル秘副申についてもそのような意味合いのものにすぎないことは優に認識していたと認められ(原審検721,746),本件土地の価値に関する上記の基本的な認識が覆るとまでは認められない。
ウ なお,被告人A1及びFは,本件融資が平成6年度の大阪府の検査によっても「保全可」と評価されていた(原審検354)などと述べるが,検査に人的及び時間的な制約があることは当然である上に,本件融資においても稟議書に全く内容虚偽の事業計画書や表向きの副申を添付するなど種々の偽装工作を行っているのであるから,検査によって是認されたとからといって,その評価が適正であるとは到底いえない。また,Fは,その後にb村全体の土地を共同抵当にすることによって担保の増額を図る予定であったなどと述べるが,それらもb村におけるゴルフ場その他の開発を前提とする議論であるから,これによっても担保徴求の不十分さを解消するには到底足りないというべきである。
(4) 損害額について
所論は,原判決は,融資した22億円全額を損害と認定したが,B4工務店グループの運転資金として使用した約5億8000万円を除く部分についてはC1信組グループへ還流しているから,その分については損害が発生していないと主張する。
そこで検討する。証拠(原審検483)によれば,利息分を除いてB1商事の当座預金に入金された本件融資金は,同日N名義の定期預金口座に6口に分割して入金された後,同年(平成6年)5月から8月にかけて様々な額に分けて出金され,B4工務店のD3銀行f支店などの他行口座などを経るなどして,約5億8000万円を除きC1信組グループに対する返済に充てられたことが認められる。
そうすると,まず,融資当日,B1商事の口座に入金されたのであるから,その法律上の処分権限がB4工務店グループに移転したことは否定できず,これはFらにおいて預金を事実上管理していたことによっても左右されない。さらにその後にC1信組グループに還流した事実が認められるにしても,それは後日に他の口座を介してのものである上に,それぞれ各社からの貸付金の利息の返済という別個の法律行為に基づき入金されたものであるから,これら還流の存在によっても本件融資の時点において反対給付があったとみる余地はない。よって所論は採用できない。
以上のとおり,事実の誤認はない。
2 任務違背性について
(1) 上記1の事実を前提として検討するに,本件融資の任務違背性を基礎づける事情を次のとおり整理することができる。
まず,前記認定のとおり,破綻に瀕していたB4工務店に対し,ほとんど価値のない本件土地を担保に徴求しただけで,所論を前提としても回収の見込みのない約5億8000万円もの資金をC1信組から流出させた点は,直接的な加害性として最も重要な点である。
次に,本件融資が貸付限度を定める法令通達に違反していることは明らかである。同規制は信用組合の信用及びその経営基盤を保持するためのものであって単なる形式的な規制とは解されない上,本件融資が,大阪府の平成5年度検査によって大口信用集中の是正を強く指導された直後にそれに真っ向から反して,しかもB4工務店とは関係のない企業に見せかけたB1商事との正常な取引を装って行われたという点も任務違背性を基礎づける重要な事情というべきである。
さらに,平成3年末から2年以上にもわたって継続して実施された利貸しは全体として正当化できないものであり,実質的にC1信組にとって損失をもたらすことが認められ,本件の利貸し部分もその一環として行われたものであるから,その意味で任務違背性の基礎となる事情というべきである。
(2) これに対し所論は,①B4工務店のゴルフ場開発が進展する可能性があった上に,当時の景気回復基調傾向からみて,とりあえず利貸しをしてB4工務店を延命させ,将来の地価の回復を待って債権を回収するという判断をすることに合理性があった,②本件融資を行わなかった場合,B4工務店は倒産することになるが,そうなるとC1信組自体の信用不安が生じて取り付け騒ぎが起こることは必至であるから,本件融資はC1信組にとって決定的なマイナスを避けるというプラスがある,などと主張する。
ア まず,①の点を検討すると,前記認定のとおり,本件融資当時においてB4工務店のゴルフ場開発の見込みは現実的になかったと認められるから,この点は立論の前提を欠く。
次に,本件融資当時である平成6年4月頃の景気動向につき検討する。確かに,証拠によれば,政府や日銀から景気回復を示す見通しが種々出されたことが認められる。その上,経済の一般理論として景気循環論が存在することや,我が国においては土地の値段は下がらないといういわゆる土地神話が存在したことも否定し得ない。
しかし,景気回復の見通しを述べる当審各弁号証にしても,「中小企業の現場では依然として厳しさが続いており,景気回復の実感はないという声が大勢を占めていた」(当審A1-1),「設備投資回復なお鈍く」(同-2)などと反対の指標ないし懸念材料も合わせて記載されているものも多く,当局の景気見通しが性質上楽観的な意見を表明する傾向にあることをあわせ考えると,金融機関の責任ある現場の経営者においてそのまま鵜呑みにすべきほどのものとは解されない。また,景気循環論や土地神話もあくまで一般論にすぎず,平成3年以降の景気低迷や地価下落傾向は過去の石油ショック時のそれを超えたかなり長期に及んでいることなど,それまでの観念が通用しない要素は十分に感じられたというべきである。さらに,仮に景気が回復傾向を辿るとしても,その回復のペースや程度は全く未確定であり,むしろバブル期のような景気加熱や地価高騰は過去からの流れをみても異常な事態であったといえるから,バブルが再現してゴルフブームが再燃したり,地価が劇的に向上するといった見込みまであったわけではなく,もしそのような幻想を抱いていたとしたら余りにも楽観的にすぎるといわざるを得ない。以上のとおり,これらはあくまで期待,願望という域を出ないものと認められる。よって,①の所論は採用できない。
イ 次に,②の点を検討する。確かに大口融資先が倒産した場合にメインバンクの信用不安が生ずる懸念は十分考えられ,特に当時は債務の付け替え問題が新聞報道されてC1信組の信用が悪化していたから,このようなC1信組のマイナスを未然に防止するという意味でプラスの意味がなかったとはいえない。しかし,そもそも原判決が説示するように,B4工務店は平成3年には利息の支払いもなし得ない状態となり,その後2年以上にわたって利貸し等を受けることによって事業収益の回復を図っていたものの,既にb村のゴルフ場開発も見通しがつかず,結局収益改善の見込みは全然なかったと認められ,本件融資の時点においては,以後のB4工務店に対する融資は全て回収が不可能ないしは非常に困難になることが明らかであったというべき状況であった以上,これら取引先の破綻状態や自らの経営状態が逼迫していることを糊塗し,一時しのぎに延命を図ることはさらに傷を深くするものといわざるを得ない。
(3) 以上を総合すると,全体として著しい加害性があると評価せざるを得ないから,任務違背性を肯認するのが相当である。
3 故意について
背任罪の故意の内容は,任務違背及び損害発生についての認識・認容であるところ,被告人らは任務違背を基礎づける上記事実関係を認識していたと認められるから,任務違背性の認識・認容に欠けることはない。また,上記認定の事実関係からすれば,被告人らに損害発生についての認識・認容があったことは優に認められる。
4 図利加害目的について
(1) 背任罪の成立が認められるためには,主観的要件として上記3の背任罪の故意の他にさらにいわゆる図利加害目的が必要である。
被告人らは,原審及び当審公判で,本件融資は専らC1信組の破綻を回避するために実行したものであり,本人図利が決定的動機であると供述する。確かに,前記2で検討したとおり,本件融資にはC1信組にとってある意味でプラスと評価され得る面がないわけではないから,上記公判供述も全面的に信用性を欠くわけのものではなく,専ら自己の保身を図る目的であったと述べる被告人らの検察官調書が余りに物事を単純化しすぎて信用性に欠ける面があることは,所論が指摘するとおりである。
(2) ところで,本人図利が主たる目的であると認められる場合には,結局図利加害目的が否定されると解されるので,その点をさらに検討する必要がある。
まず,すでに見たように,本件融資は,さしあたりB4工務店の破綻を回避するためになされたもので,第三者である同社に対する図利目的があることは明白であるが,それは同時にC1信組の破綻を回避するために実行したという側面があることは否定できない。しかし問題はそれが客観的にもC1信組のためになされたといえるか否かにある。所論は,本件融資は結果としてC1信組に損害を与えることになったが,それは経営判断の誤りであって,背任罪の成否とは別であるという。しかし,前述したように,当時融資金の返済はおろか利息すら払えず客観的にはすでに破綻状態にあったB4工務店に対して,景気の回復だけを頼みに,正常な取引を装ってまでして融資することによって同社の一時的な延命を図る行為が,実質的にC1信組本人のためになるといえるかはなはだ疑問とされねばならない。なるほど取り付け騒ぎや破綻を回避するためという動機があって融資がなされたといえば,一見本人のために本件融資が実行されたかのように受け取られかねない一面があることは否定できないが,融資をするに当たって重要な視点は収益回復の見込みがどの程度あるか,その結果融資金の回収がどの程度見込めるかなど客観的状況であって,そのような客観的状況が極めて悪く融資が単なる一時しのぎの延命策と評価されるような場合には,主観的には本人のためとの意図があったとしても,もはや本人図利の側面を重視することはできないというべきである。
また,利息の回収をしないという意味合いは同じであるにもかかわらず,被告人らが利息の減免を認めずに利貸しを続けたという判断をしたことが,被告人らにおいて自己の責任追及を免れようという意思があったことを窺わせることは否定できない。すなわち,B4工務店が再三にわたり利息の減免を求めたにもかかわらずこれを認めないという判断において,これを認めて収支の悪化が表面化すると自己らに対する責任追及が必至であるのに対して,利貸しの場合には当面経営責任を追及されないで済むという違いがあることを,金融機関の経営責任者である被告人らが認識できなかったはずはない。
この点に関連して,被告人らは,C1信組の経営に当たって私利私欲を図ったことなどなく,自己の保身を考えたこともない旨供述している。しかし,被告人A1についてみると,昭和59年以来の長期にわたり理事長の地位にあって,理事の任免も含めて人事権を完全に掌握し,組合の運営全般にわたっても自己の決定したことに異を差し挟ませない体制を続ける(この被告人A1の権限の絶大性については,被告人A2を含む関係者全員がほぼ一致して述べており,これを否定する被告人A1の供述は信用できない。)中で,被告人A1個人の所有にかかる関連会社をC1信組の関連会社として運営していること(原審検512,514。733,749。なお,そのような会社によって被告人A1が個人的な利得を得ていた具体的証拠まではないにしても,そのような個人に属する会社を,C1信組の関連会社として何の疑問もなく運営していること自体が通常ではないというべきである。),被告人A1の娘婿であるOが金融機関での勤務経験が全くなかったにもかかわらず入組してわずか1年で支店長になったことなどの明らかな公私混同ぶりもあり,さらに,破綻直前に預金の解約等の財産隠しをした事実(原審検753)が認められる。被告人A2についてみても,上記の被告人A1の異例なワンマン経営に対して何ら諫言の姿勢を示した形跡がないどころか,自ら理事長の片腕として実務能力を発揮していたのは一面自己保身の現れといわれてもいたしかたなく,破綻直前に孫名義の抵当証券を継続しなかった事実も認められ,私利私欲がないとの被告人らの供述をそのまま信用することはできない。なお被告人A1と被告人A2は,当審公判において,それぞれ辞意を示したことがあったと述べているが,その前後を通じて運営方針についての特段の変更を行った形跡がなく,前記のとおり明らかな自己の経営責任を認めた上でのものとも解されないから,上記認定を左右するものとはいえない。さらに,被告人A1は平成7年3月に大阪府のP管理監に対して進退を一任する旨述べているが,同年7月14日に,Pから自己の処遇を含み総てを金融当局に委ねる旨の書面に署名押印を求められた際にはこれを拒否しているところ,被告人その理由として述べる点や,その後に大阪府から署名押印はもういいと言われたと述べる点(当審第3回)は曖昧ないし不自然であり,むしろ,Pが署名を求めた理由として原審で述べるとおり,口頭の辞意はえてして翻されることがまま見受けられるという懸念が妥当し,上記破綻前の財産隠匿行為をあわせると,自己の保身の気持ちがなかったことを示すものとはいえない。
以上を総合すると,本人の利益を図る目的が主たる地位を占めていたと認めることはできず,第三者(B4工務店)図利及び自己図利(自己保身)が主たる目的であったと認定できるから,図利加害目的を認めた原判決の結論に事実誤認はない。
5 期待可能性について
以上の認定を総合すると,被告人らにおいて,本件融資を実行する点で,他の適法行為を行う期待可能性がなかったとは到底いえないことは明らかである。
第3原判示第2及び第3について(B2実業事案)
1 事実関係
(1) 原判決挙示の証拠を総合すれば,本件担保解放及び融資に至った状況は,概ね原判決が説示するとおりであり,当審における事実取調べの結果によってもこの認定は左右されない。
(2) 所論は,原判決は原判示第3につきB3に融資した52億円全額を損害と認定したが,5億2000万円(被告人A1の所論)ないし9億円(被告人A2の所論)を除く部分はC1信組グループへ還流しているから,その部分は損害ではないと主張する。
そこで検討する。原審検428によれば,平成7年5月29日,C1信組から同g支店のB3の預金口座に52億円が入金され,同日,そのうち48億円がC1信組h支店のB2実業の預金口座に入金され,うち約34億円がC2抵当証券への返済に,合計約10億円がB2実業グループ各社からC1信組グループ各社への返済に充てられたことなどが認められる。そうすると,本件融資時点において,融資全額についての法律上の処分権限がB3に移転したことは否定しようがなく,同日中に相当額がC1信組グループ各社に還流したとしても,それは別個の法律行為に基づくものであるから,本件融資の時点で反対給付があったとみることはできない。
よって,所論は採用できない。
2 任務違背性について
(1) 上記1の事実を前提として検討するに,原判決が説示するとおり,本件担保解放は,確実に担保されていた被担保債権を,事実上無担保の状態におくのであるから,それが端的に加害性を有することはいうまでもない。
また,本件融資についても大口信用集中を規制する法令通達に違反し,それが形式的な違反というにとどまらず,実質的な加害性があることも前同様である。特に,本件融資の時点においては,平成7年3月から大阪府の破綻処理が既に動き出し,しかも同月16日の検査結果の示達において,大口融資先に対する更なる融資は背任罪に該当しかねないとの警告をもって厳しく戒められたにもかかわらず,売買手数料の支払を仮装して額を増額させるなどの手口も用い,指導を全く無視する形で実行したものであり,背信性が甚だしい。その結果,被告人らの主張によっても少なくとも5億2000万円が不良債権に積み重ねられたことになり,その点を過小評価することは相当でない。
(2) これに対し,所論は,①B2実業は収益物件を多数所有していたから,街金融に振り出した手形を整理し,収益物件を整理すれば,月額約5000万円の回収が見込めたのであり,本件担保解放及び融資はB2実業の整理解体の一環として行われたものであって,いわゆる銀行管理として合理性を有する,②本件担保解放及び融資を行わないとB2実業は倒産することになるが,そのような事態が発生すると,C1信組自体の信用不安が生じて,取付騒ぎが起こることは必至であるから,本件担保解放及び本件融資はC1信組にとって決定的に利益である,③C2抵当証券において,D4農協に対する30億円の償還金を準備する必要に迫られていたなどと主張する。
ア まず①の点を検討する。確かに収益物件と非収益物件を分けて回収を図るという手法それ自体はそれなりに合理的であり,支店長経験者であるQ及びRの2名をB2実業に派遣して金の流れをすべて管理させたのであるから,いわゆる銀行管理として一つの考えられる手法であることも否定することはできない。
しかし,本件担保解放についてみると,最初の担保解放については,B2実業が振り出して街金融に渡ったとされる手形については,その振出経過の疑問点(原審検540)や,利息制限法を超える部分がないかどうかなどを検討し,支払義務の存否やその範囲につき慎重に考慮すべきであるのに,特にこれらの検討をした形跡が認められないし,その後の担保解放においても,手形決済資金や運転資金などとして必要であるとのSの言に対して十分な調査もせずに預金を解放したことが認められ(原審検518,532),前記のようにC1信組に端的に加害性を有する行為を行うにしては慎重さを欠いているといわれてもいたしかたがない。
また,本件融資についてみると,まず,Tの担保価値については,平成7年1月時点の不動産鑑定により28億円と評価されているところ,鑑定の過程に特に不合理な点はなく(原審検543),これがE5組とC1信組の交渉の基礎とされていることからも信用でき,少なくともC1信組内部で評価されていた43億円を超えるものとは考えられず,そうすると,これを唯一の担保とした52億円の融資は相当といえない。しかも,4パーセントという貸付金利及び大部分が20年後の元本一括返済という条件も異例なほど借り手に有利であり,融資額に比して余りに緩慢な返済計画といわなければならない。さらに,登記費用のほか,E6商事への手数料支払いという架空の経費分の流出も多額である。したがって,融資金のうち約43億円がC1信組グループに還流したとしても,全体としてはなはだ合理性を欠くものである。
さらに,銀行管理といっても,特に経験やノウハウがあるとは思われないC1信組の職員において適正な管理ができる保証はなく,現にSはQ及びRが派遣された後も,内緒で独自の資金繰りや支払を行っており(原審検630ないし632),どこまで実効的であるかには疑問の余地がある。
以上によれば,プラスの面があるといっても,到底それが大きいということはできない。
イ 次に②及び③の点を検討する。確かに,一般論として最大の融資先が倒産した場合にC1信組に招来する信用不安は否定することができない上,本件当時は,いわゆる東京2信組問題で信用組合に対する深刻な信用不安が生じて,C1信組においても預金が大量に流出していたことをも考慮すると,その懸念が小さいとはいえない。
しかし,まずC2抵当において償還金を準備する必要があったことは事実としても,それが明らかな法令通達違反行為を正当化するとまではいえない。
さらに,本件担保解放及び融資が,前記第1で検討したとおり,被告人らがB2実業を筆頭とする大口融資先に利貸しを続けて不良債権額を増大させてきたという経営判断の過誤のもとに行われたという側面,すなわちいわば自ら招来した危機の後始末に他ならない側面を看過することはできない。特に,同社グループに対する融資については,石垣島におけるリゾート開発に関して農地振興地域の指定解除の点すら確認せずに55億円もの融資をするという明らかな過誤が認められ,その後,同島リゾート開発に関する融資は中止したものの,利貸しを繰り返して不良債権を増大させた結果,その総額は平成6年末の段階で900億円を超える巨額に及び,C1信組の屋台骨を揺るがす結果となっており,本件はいわばそのつけの穴埋めに他ならず,その加害性には顕著なものがあるといわなければならない。そしてT等優良な収益物件があったことは以前から明らかなのであるから,ここまで不良債権が膨らむ前になぜ適切な処理ができなかったのかむしろ疑問というべきである。また,上記のとおり本件融資は極めて長期の回収を予定するものであるが,C1信組は既に破綻に瀕した状態といって差し支えない状況であるから,そのような段階の計画として現実的ということはできず,単に回収不能な債権を増やし傷を広げただけといわざるを得ない。なお,景気判断に関しては前記第2と同様のことがいえる上に,もはやC1信組が破綻に瀕していたとの状態から考えても,上記の認定を左右するような事情といえないことは明らかである。さらに,大阪府による救済の可能性があったにせよ,それが確実なものとはいえないことはもちろんのこと,そのような救済を受ける立場にありながらその大阪府の指導を無視し,ある意味で救済スキームの策定に対する重大な妨害行為ともいえる本件のような迂回融資が是認されないことは明らかである。
(3) 以上を総合すると,プラス面もないではないが,全体としてのマイナス面は余りに大きいといわざるを得ないから,被告人らが本件担保解放及び融資を実行したことは任務違背と認められる。
3 故意について
上記のように背任罪の故意の内容は任務違背及び損害発生についての認識・認容であるから,ここでもその内容について検討する。被告人らには任務違背を基礎づける事情を認識していたと認められるから,任務違背性の認識・認容にも欠けるところはなく,また,以上の事実関係に徴すれば,本件各実行に際し,C1信組に損害が発生することについての認識・認容があったことは優に認められる。
4 図利加害目的について
(1) 上記のように背任の故意が認められるとしても,背任罪が成立するためにはさらに図利加害目的が必要であること前同様である。
被告人らは,原審及び当審公判で,本件融資は専らC1信組の破綻を回避するために実行したものであり,本人図利が決定的動機であると供述する。確かに,前記2で検討したとおり,本件融資にはC1信組にとってプラスの面がないわけではないから,上記公判供述も全く信用できないわけではなく,専ら自己の保身を図る目的であったと述べる被告人らの検察官調書が余りに物事を単純化しすぎて信用性に欠ける面があることは,前同様である。
(2) そこで,本人図利が主たる目的であったかどうかを,さらに検討する必要があることも前同様である。
すでに見たように本件融資行為等はC1信組の早期崩壊を免れるといった本人のためとの目的があったことは否定できない。しかし,前述したように融資や担保解放をするについて最も大事な視点は,収益改善や融資金回収の可能性など客観状況である。これを本件についてみるに,平成7年当時,B2実業はすでに破綻状態に陥っており,街金から金を借りて借金の利息を支払うほどの状況にあり,経営が逼迫していたことはB4工務店以上であったといえるから,そのようなB2実業の倒産を免れるために本件担保解放や融資を行うことは,一時しのぎの延命策にすぎず,本人のためとの側面を重視することは許されないこと前同様である。そして,本件融資等がB2実業に対する図利目的の下に行われたことは明白である上,前同様被告人らに自己保身のためとの動機があったことも動かし難い。前記認定を総合すれば,被告人らにおいてB2実業を筆頭とする大口融資先に対して利貸しを継続した点は,内容及び手続両面において問題性が大きく是認できない上に,被告人らが自己の責任を追及されることを回避しようとしたものであることが窺われる。その一連の経営判断の過誤をいわば補うことになる本件担保解放及び融資についても,同様の心情があったことは優に推認できるというべきである。
所論は,平成6年12月2日以降,不良債権の存在は大阪府に発覚しているから,その発覚を恐れることはあり得ないと主張する。しかし,大阪府が多額の不良債権の存在を概括的な意味で把握しているからといって,それを是認しているわけでなく,いわんやそれ以上の貸付けを認めて不良債権が増大することを容認するはずもない。不良債権の全体像,その具体的金額,総額,回収の見込みの程度いかんなどさらに詳細を知られることにより,具体的には業務停止や責任追及が現実化したり,その時期が早まったりすることは十分予測できるから,不良債権の具体的内容を隠す意味は大きかったと考えられる上,また,そのように主張するならば,むしろ,被告人らが大阪府に秘匿して本件担保解放及び融資を行ったことが背理となるから,大阪府がある程度知っていたことと被告人らに保身目的があったことは矛盾しないと考えられる。所論は採用できない。
以上を総合すると,本人の利益を図る目的が主たる地位を占めていたと認めることはできず,B2実業の利益と自己保身が主たる目的と認められるから,結局図利加害目的を認めた原判決の結論に事実誤認はない。
5 期待可能性について
以上の認定を総合すると,被告人らにおいて,本件担保解放及び融資を実行する点で,他の適法行為を行う期待可能性がなかったとは到底いえないことは明らかである。
第4原判示第4について(詐欺事案)
1 原判示挙示の証拠を総合すれば,本件抵当証券を販売した状況については概ね原判決が認定するとおりの事実を認めることができ,それらの事実を総合すれば,本件抵当証券の販売時点である平成7年8月22日及び23日において,C2抵当証券が間もなく破綻に至ることは確実であったから,買戻特約を実行できる見込みは失われていたと解するのが相当であり,それを認識していた被告人らにおいて,その事実を秘して抵当証券を販売したのであるから,詐欺罪が成立することは明らかである。
2 所論は,原判決が,同年8月中旬にE7興産の定期預金が継続されないことについて確定していたと認定したことは誤りであると主張する。
そこで検討すると,被告人A1の検察官調書(原審検326)によれば,同年8月中ころに,被告人A1は被告人A2から,E7興産から同月末に期限が到来する170億円の定期預金を継続しないと言ってきたとの報告を受けたことが認められ,被告人A2の検察官調書(原審検342)も,被告人A1から指示を受けてE7興産側に継続を依頼したが社長とは会えずはっきりとした返事をもらえなかったと述べて,これを裏付けている。これに対して,当審公判において,被告人A1は上記を否定する趣旨の供述をし,被告人A2も同時期にはU副社長から同預金を継続するとの返事をもらっていたと述べるが,なぜ検察官調書において上記のような供述をしたのか説得的な理由を述べていないこと,被告人A2自身,預金が継続されるような状態ならばあえて被告人A1に報告までしないと述べているところ,上記のように被告人A2が被告人A1にこのことを報告したと認められること自体,預金継続についての懸念があったことを示すから,被告人らの当審公判供述は信用できない。Vの検察官調書(原審検307)を含めて他にこれを左右する証拠はない。そうすると,被告人A2がE7興産側に再考を求めていたとしても,継続されないおそれは十分にあったと考えるのが相当である。
そうすると,原判決も説示する当時の状況,すなわち,C1信組においては小口預金の流出までもが増大して余裕資金が激減し,もはや業務停止命令の発出が早晩避けられない逼迫した段階にあったことにかんがみると,上記E7興産の大口預金の流出が確定していたとまでいえないにしても,さほど遠くない時期に業務停止命令が発出される極めて高い蓋然性を認識していたというべきであるから,全体としての趣旨において事実認定に誤りはないと認められる。
3 所論は,本件抵当証券販売当時,被告人らは大阪府が策定を急いでいた救済スキームによって,C1信組及びC2抵当証券の事業が存続する形での救済策が策定されて抵当証券についても救済される,仮にそうでなくとも何らかの救済がなされると信じていたから,詐欺の故意はなかったと主張する。
原判決は,この点に関して,同年7月14日に被告人A1が署名を求められた誓約書の趣旨や,被告人らが本件抵当証券の販売を中止した以後に買戻資金の手当をしようとしたことを,被告人らが救済スキームによって救済されることを信じていなかった間接事実として説示する。しかし,所論が指摘するとおり,「本組合及び関連・関与会社の処理」という文言は,C2抵当証券も含まれると解するのが自然であること,現に大阪府の担当者も抵当証券も同時に処理する救済スキームを策定しようとしていたと認められること,大蔵省がC1信組グループの破綻において抵当証券の処理を切り離す方針を決めたのは同年8月10日前後と認められること(原審W証言)などによれば,被告人らにおいて,抵当証券についても救済される旨の期待を抱いていたこと自体は否定し得ない。また,被告人らが同年8月23日遅くに抵当証券の販売を中止し,既に販売手続をとった分についてもできる限り取り消そうとした事実や,翌24日以後に抵当証券の買戻資金の手当てをしようと努力した事実も,それ以前の段階においては被告人らが抵当証券が保護されると期待していたことを裏付ける事情であることは間違いなく,このような期待自体を否定する原判決の説示は是認できない。
また,過去に金融機関が破綻したケースにかんがみて顧客が救済されないようなことが考えにくかったことも所論指摘のとおりである。さらに,大阪府は,同年3月から救済スキームの策定に取りかかったものの,D1銀行の対応を読み違えるなど甘い対応を続け,特に同年7月末にはD5信組と同時に業務停止命令を発出したらどうかとの大蔵省の打診を拒否し,以後C1信組の余裕資金の激減振りをリアルタイムで把握していながら,結局,取り付け騒ぎを回避できなかったものであり,監督官庁としての職責を果たしたとはいえない。また,大蔵省ないし近畿財務局にしても,抵当証券の処理を切り離す方針を決定した同年8月10日ころ以降も,C2抵当が抵当証券の販売を継続していることを当然知り得たのに,これに対する措置を全くとっておらず,抵当証券購入者の保護につき余りに無策であったことは,抵当証券に関する監督官庁として無責任といわなければならない。このような監督官庁の不適切な対応が,被告人らに抵当証券購入者が保護されるという期待を助長させたことは否定できない。
しかし,大阪府が救済スキームができる時期を具体的に確約したことはなく,その内容がC1信組の巨額に及ぶ不良債権を処理しなければならないものであること,被告人らにおいてもD1銀行の拒否的態度を知ったことなどにかんがみると,被告人らにおいて救済スキームが早期に策定されると確信していたとは思えないのであって,このことは,被告人ら自身が,同年8月17日ころに大阪府へ救済を求める要望書を作成していること,救済スキームの作られる時期につき,被告人A1においても秋ぐらい,被告人A2においても1年ぐらいと当審公判で述べていることによっても裏付けられる。そうすると,C1信組においては懸命に預金獲得をしていたにもかかわらず余裕資金の激減が止まらなかった状況を考えると,本件販売時点においては,救済策が間に合わないままに破綻に至るという事態,その場合抵当証券については制度や所管の違いから預金と同様の保護がされないという事態があり得ることについては,金融機関の幹部として当然に認識していたと認められる。まして,本件においては,同年6月末の時点で,抵当証券を含めた救済スキーム策定に努力していた大阪府の担当者から,抵当証券販売の自粛を勧告されていたのであるから,上記のような事態発生の懸念がなかったということはできない。
以上によれば,被告人らにおいて抵当証券につき保護を期待する気持ちがあったことは否定できないにしても,そのことは,同時に保護がされない懸念の存在を否定するものではなく,これらを合わせると救済スキームによって救済されるのではないかとの願望ないし期待という限度にとどまるものと解するのが相当であり,それを確信していたとまでは到底いえない。
なお,大阪府から資金ショートを起こさないように指示されていたとしても,余裕資金の確保という面における抵当証券の比重が小さかったことは被告人ら自身が認めていること,上記のとおり被告人ら自身が同年8月17日ころに大阪府宛ての要望書への署名を取引先に求めるなど,C1信組の窮状を表面化する行為を行っており,信用状態の悪化につながる行為が一切取れないというものではないことによれば,原判決が説示するとおり,販売完了などの理由をつけて販売を中止することも十分可能であったと認められるから,販売中止は不可能であったという所論が採用できないことは明らかである。
4 所論は,抵当証券はその性質上,証券に表象された原債権の行使ないし抵当権の実行によって満足を受けることができるものであり,現に,後日抵当権実行によってほぼ返済がなされたと主張する。
しかし,本件抵当証券の販売の実情をみると,安全確実,高利回り,元利保証などという文言と共に「C1しん」という表示があり,C1信組が販売して保証するかのような体裁のチラシを作り,しかもC1信組の店頭でC1信組職員が上記チラシに沿った勧誘文言で勧誘販売していたことが認められ,販売側も購入側も,原債権の行使や抵当権の実行などというものを全く意識せずに,買戻し特約の年限での定期預金と同様の金融商品として販売していることが明らかである。また,証拠(原審検153,184,308)によれば,本件抵当証券販売当時,E8ハウジングが破綻に瀕していたことや,本件物件の価値も相当に下落していたことが認められ,特にこれを否定する証拠はないから,原債権の行使や抵当権の実行が到底期待できなかったことも明らかである。なお,後に本件抵当物件が処分された結果,本件抵当証券の購入者に対して元本及び利息全額の弁済がなされた事実が認められる(原審弁115)が,これは上記認定を直接左右するものとはいえない。
したがって,この点も詐欺の故意を否定する事情とはいえない。
5 所論は,被告人らの本件抵当証券販売行為は,刑事学的にみていわゆる取り込み詐欺の分類に類似するが,犯意の欠如や領得金の使途からみて同分類の詐欺とも決定的に異なるなどと主張する。
そこで検討するに,いわゆる取り込み詐欺の成否を決する上で重要といわれている上記各要素は,事業者相互間で行われる一般的な取引を想定し,自己責任の原則のもと,取引をしようとする場合には相手方の信用調査をすることなどを前提としたものと解される。ところが,本件抵当証券の販売は,金融機関と一般消費者との間の取引であって,一般消費者においては販売者の信用状態を知ることができないなど,対等な当事者間の取引として自己責任を負わせる基礎を欠いたものであって,販売者において高度の告知義務が存する類型の取引といえる。換言すれば,抵当証券の販売の如きは,一般消費者に損害を与えることがないとの確信がなければ販売してはならない性質のものというべく,その意味で高い告知義務が課されており,C2抵当証券の主要資金調達先であるC1信組の経営が破綻している事実があるのであれば,抵当証券を販売するに当たり購入者にその旨を告知する義務があるというべきである。そして,本件においてそのような事実は全く告げられておらず,もとより本件詐欺罪の訴因は告知義務違反という不作為をもって欺罔行為と構成しているわけではないが,もし本件購入者においてそのような事実を知らされていたら買わなかったものと認められる。それにもかかわらず,本件販売の実情は上記3で認定したとおり,安全確実,高利回り,元利保証などという文言のチラシを作り,同様の勧誘文言を用いて勧誘したものであって,顧客にとっては預金と同様の金融商品であると誤信したことはやむを得ない。
以上によれば,所論はその前提において失当であって,本件詐欺の成否を左右するものではない。
よって,原判決に事実誤認はない。論旨は理由がない。
第2章被告人両名の控訴趣意中,量刑不当の主張について
1 被告人両名の論旨は,原判決の量刑不当を主張し,被告人両名には執行猶予を付するのが相当であるというのであるので,所論にかんがみ,記録を調査し,当審における事実取調べの結果もあわせて検討する。
2 本件は,原判示のとおり,信用組合の理事長であった被告人A1と専務理事であった被告人A2が,その任務に違背して回収の見込みのない多額の融資や担保預金の解放を行い信用組合に損害を与えた背任の事案と,信用組合の破綻直前に買い戻せる見込みのない抵当証券を買い戻特約付きで販売した詐欺の事案である。
(1) まず各背任事案についてみると,被害総額が90億円を超える巨額に及んでいること,各行為が法令通達や監督官庁の指導を真っ向から無視した逸脱度の大きいものであり,金融機関の経営者としての高度の責任に反した悪質な犯行である。
確かに,本件各融資金の一部はその後C1信組グループに利息等の返済などとして還流しており,本件各背任事案での実質的な損害を約29億円と見る余地がないではないが,そうであっても被害の巨額さは否定しようもなく,職員らに厳しいノルマを課して顧客から集めた預金を,自らの経営の誤りによって生じた損害を糊塗するために,いわば湯水のように流出させた点は甚だ遺憾といわなければならない。
また,被告人らがC1信組の早期破綻を回避しようとのC1信組本人のために本件各行為を実行したという面も全くないわけではないが,各行為は,バブル経済崩壊後の状況を直視せずに,長期間にわたり経営判断の誤りを続けC1信組を破綻に至らせた放漫経営の一環といわざるを得ず,経営の危機状態は自らの判断の誤りに基づくものであり,本人のためとはいっても結局一時の延命策にすぎず,かえって損失を拡大する結果になることが十二分に予測されるのであるから,そこに酌むべき余地は乏しい。また本件以前から現在に至るまで少なからぬ金融機関が破綻しているとしても,そのことが被告人らの責任をいささかも減殺するものではない。むしろ,金融機関経営者のモラルハザードが我が国社会に及ぼした深刻な悪影響を考えるとき,その非難可能性は高まるとさえ考えられる。
(2) 詐欺事案も,被害人数69名,被害総額約1億7000万円と規模が大きいこと,実現見込みのない買戻特約を積極的に広言して,一般の顧客から貴重な財産を騙し取った結果が及ぼした諸々の影響にも深刻なものがある。
3 被告人A1につき個別的にみると,同被告人は代表者理事長としてC1信組の名実共にトップの地位にあり,本件各行為を最終責任者として実行したものである。しかも,本件各行為の背景となった放漫経営についてもその責任の大半を一身に負わなければならない立場にあるというべきである。
所論は,被告人A1が私利私欲を働いたようなことはなく,独善的な経営者でなかったなどと主張するが,前記認定のとおり,その経営ぶりはいわゆるワンマンで異見を許すようなものであったとは認められず,また明らかな公私混同行為があるほか,破綻直前の財産隠し,原審弁90などから認められる蓄財にも相当なものがあることなどを総合すれば,必ずしも被告人A1が清廉潔白であるなどといえないことは明らかである。
それにもかかわらず,被告人A1は公判で自己の経営責任や民事責任は認めるが,刑事責任は認めないとの態度を一貫してとっており,反省の態度も十分とはいえない。
以上を総合すると被告人A1の刑事責任は重いといわなければならない。
そうすると,経営判断に明らかな過誤を犯した背景には経済社会状況の激変があり,この点は被告人らの力の及ばない事情であること,詐欺事案の直接の被害については抵当物件の処分により元本及び利息のほぼ全額が弁済され,また抵当証券にかかるその余の被害についても被告人A1が1億8000万円,被告人A2が2000万円を支払う旨の和解が成立していること,C1信組及びそれを引き継いだ整理回収機構はB3から毎月相当額を回収できており,その総額もかなりの額に達していること,最終的に破綻で幕を閉じたとはいえ,C1信組存続の歴史において業務運営を通して同組合及び社会に貢献したことも否定できないことのほか,本件による社会的制裁にも大きなものがあること,健康を害していること,みるべき前科がないことなどの事情を総合考慮したとしても,被告人A1を懲役5年(求刑懲役7年)に処した原判決の量刑は相当であって,これが不当に重いとはいえない。
しかし,当審における事実取調べの結果によれば,C1信組を引き継いだ整理回収機構から損害賠償を求められている民事訴訟において,被告人A1は責任を認め,上記のとおり相当額にのぼる私財を提供する旨述べ,和解成立に向かって手続が進行していることが認められる。この原判決後の事情と前記の酌むべき事情をあわせた場合,被告人A1の刑事責任の大きさにかんがみて執行猶予を付することは相当でないものの,刑期をそのまま維持することはいささか酷に過ぎるというべきである。
4 次に被告人A2につき個別にみると,同人は専務理事としてナンバー2の地位にあったものであって,本件各行為を被告人A1と共に実行したものである。被告人A1の地位とは比較できないものの,他の幹部と比べてもその地位は高かったと認められ,特にB2実業事案については実行担当者としての責任も大きい。
確かに,本件を含めて被告人A2が私腹を肥やしたとの要素は特に認められないものの,前記のとおり明らかに不適切な被告人A1の業務運営に対し唯々諾々と従ってこれを実行したのは,同人の自己保身の心情が働いたといわざるを得ず,専務理事としての高度の責任を放棄したと非難されることは当然である。また被告人A2も公判での供述も自己の責任に対する自覚が十分とはいえない。
以上を総合すると,被告人A2の刑事責任も大きいといわなければならない。
そうすると,経済社会状況の激変という背景が認められること,ワンマン体制が顕著なC1信組にあって被告人A1の業務運営に異見を差し挟むのは実際上困難であったと認められること,詐欺事案について相当程度被害回復がなされていること,B3からの回収も相当額に達していること,C1信組や地域社会への貢献があったこと,本件による社会的制裁にも大きなものがあること,本人と妻が健康を害していること,前科前歴が全くないことなどの酌むべき事情を考慮しても,原判決の宣告時点を基準とする限り,被告人A2を懲役3年6月(求刑懲役5年)に処した原判決の量刑が不当に重いとまではいえない。
しかし,当審における事実取調べの結果によれば,被告人A2は,整理回収機構から本件各行為の民事責任を追及された損害賠償請求に対し,その責任を全部認めた上で私財のほぼすべてを提供することで,和解が成立していることが認められる。この原判決後の事情と前記の酌むべき事情をあわせ検討すると,現時点においては,原判決の量刑をそのまま維持することは被告人A2にとって酷に過ぎ,被告人A2に対しては刑期を減じて執行猶予を付するのが相当である。
5 よって,刑訴法397条2項により原判決を破棄し,なお同法400条ただし書を適用して更に自判することとし,原判決の認定した事実に同様の法令を適用し,平成7年法律第91号附則2条3項により,被告人A1に関する原審未決勾留日数の算入につき刑法21条,被告人A2に関する刑の執行猶予につき刑法25条1項,被告人両名の原審訴訟費用の負担につき刑訴法181条1項本文,182条を各適用して,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 河上元康 裁判官 細井正弘 裁判官 水野智幸)