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大阪高等裁判所 平成11年(ネ)1424号 判決 2002年3月19日

主文

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1  控訴の趣旨

1  原判決を取り消す。

2(1)  被控訴人の平成8年10月2日付け理事会における、控訴人につき代表理事を解任し非常勤理事とする旨の決議は存在しないことを確認する。

(2)  ((1)の予備的請求)

上記理事会における、上記決議は無効であることを確認する。

(3)  ((2)の予備的請求)

上記理事会における、上記決議を取り消す。

3(1)  被控訴人の平成8年10月21日付け総代会における、控訴人につき理事を解任する旨の決議は無効であることを確認する。

(2)  (予備的請求)

上記総代会における、上記決議を取り消す。

4(1)  被控訴人の平成8年10月21日付け総代会における、理事として山本英嗣、村井隆行、岡野健一、原田修及び増田寿幸を、監事として馬場秀晃をそれぞれ選任する旨の決議は無効であることを確認する。

(2)  (予備的請求)

上記総代会における、上記決議を取り消す。

5  被控訴人は、控訴人に対し、2457万8162円及び内金351万1166円に対する平成8年10月25日から、内金351万1166円に対する平成8年11月25日から、内金351万1166円に対する平成8年12月25日から、内金351万1166円に対する平成9年1月25日から、内金351万1166円に対する平成9年2月25日から、内金351万1166円に対する平成9年3月25日から、内金351万1166円に対する平成9年4月25日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

6  被控訴人は、控訴人に対し、2800万円及びこれに対する平成8年12月6日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2  事案の概要

事案の要旨、前提事実、争点及び争点に対する当事者の主張は、主たる補充主張及びこれに対する被控訴人の反論として次のとおり付加するほか、原判決「事実及び理由」の「第二 事案の概要」の一ないし四記載のとおりであるから、これを引用する。

なお、控訴人のその余の補充主張については、必要な範囲で後記当裁判所の判断中で要約摘示し、検討を加える。

(控訴人の補充主張)

1  平成8年10月2日被控訴人の役員らが集合した後、この集会を理事会とすることに控訴人は同意していない。このことは、本件理事会議事録に控訴人が署名・押印していないことから明らかであるし、井上理事長が集会を理事会とする旨を諮らなかったことも、理事会開催の宣言をしなかったことは、平成8年10月11日開催理事会の発言記録から認められるところである。よって、原判決の理事会の実体があって、議論もなされたとの認定が誤っていることは明らかである。

2  控訴人は、キョート・ファイナンスの債務に関し問題の本質的部分を正確に把握し、被控訴人の理事そして代表理事としての立場から問題点を検討して、当然なすべき行為をなしていたもので、控訴人がキョート・ファイナンスの債務処理に関して説明した内容は真実且つ適切な方法である。このような経営方針における意見の食い違いが、直ちに、法令・定款違反(善管注意義務違反・忠実義務違反)になるものではない。

控訴人は、キョート・ファイナンスは被控訴人と社会的に一体と見られている等の理由から、被控訴人が完全母体行責任を問われる蓋然性が高く、この点を正視したうえで、被控訴人は対策を検討する必要があると主張しているのに対して、被控訴人は、適正化処置が済まされたので、キョート・ファイナンスは単なる貸付先であって、被控訴人が完全母体行責任を問われることがあるはずはなく、何らの対策も必要でないと主張し、双方の主張が食い違っているが、被控訴人とキョート・ファイナンスとの生々しい関係は別件証拠から明らかであって、そもそも、控訴人の解任事由は存在せず、したがって、控訴人の理事解任について「已ムコトヲ得サル事由」があったとの原審の判断は誤っている。

控訴人は、社内情報を提供したことも、カーギル社の利益追求に協力したこともない。控訴人の行動は、被控訴人現役員の利益に反するものではあったが、自らの利益を図るためのものではなく、被控訴人の存続及び利益のためのものであった。

(被控訴人の反論等)

1  10月2日の急遽開催された集会を、井上理事長が、臨時理事会に切り替えたい旨諮ったこと、これに役員全員が同意し、同理事長の理事会開催の宣言があったことは明らかで、同日の理事会議事録に控訴人が署名・押印していないことは、控訴人が理事会開催に同意していないことを示すものではない。

2  控訴人は、キョート・ファイナンスの債務について被控訴人が完全母体行責任を負わねばならないとの前提に立って、種々の主張をするが、平成8年当時にあっては、関連会社であっても、母体行責任を問われることはないというのが定説であり、被控訴人がキョート・ファイナンスの債務について責任を問われる可能性はなかった。

そして、本件解任原因は、被控訴人の経営に根幹に関わる重大問題について、職務分掌を逸脱し、独断で且つ極めて不適切・常軌を逸脱した方法により、被控訴人に不利益な行為を行ったことであって、解任事由が存在し、控訴人に報酬請求権あるいは損害賠償請求権等がないことは明らかである。

3  なお、仮に、理事の解任は、信金法38条によらなければならないとしても、当該理事に善管注意義務違反・忠実義務違反があり、解任に正当な理由があり、現実に職務を遂行させることが全体に重大な損害を与えるときには、同法38条の手続によらないことを自ら無効を主張することは権利の濫用として許されないところである。

第3  当裁判所の判断

1  当裁判所も、控訴人の本件各請求はいずれも理由がないものと判断する。

その理由は、原判決「事実及び理由」の「第三 当裁判所の判断」記載のとおりであるから、これを引用する(ただし、原判決39頁7行目の「そして」を「確かに」に改める。)。

以下、当審での審理にかんがみ、必要な範囲で本件訴訟の争点につき当裁判所の判断を付加する。

2  本件紛争の経緯等

原判決引用の証拠及び弁論の全趣旨によれば、本件紛争の経緯等について、少なくとも次の事実が優に認められる。

(1)  佐藤弁護士は、平成8年3月ころから、被控訴人の役員の中で最もキョート・ファイナンスとの関わりが薄いと考えられた控訴人と接触し、頻繁に面会した上、キョート・ファイナンスの不良債権問題が被控訴人にとって破綻に繋がるおそれのある重大な問題であること、そして、その責任は井上理事長ら3役員にあるとの説明を繰り返した。

その経緯について、佐藤弁護士は、次のとおり述べる。すなわち、アメリカの穀物会社で、世界各国で投資を行っているカーギル社は、平成8年ころ、日本国内において、不良債権を一括して時価で買い取り、これを証券化し分割して売却する方針の下にプロジェクトを結成し、破綻のおそれのある会社を物色し内情調査を行っていたところ、被控訴人と社会的に一体の関係にあるキョート・ファイナンスが、1500億円近い貸付金のうち、1000億円以上の貸付先が問題のある暴力団関係者等であって不良債権となっているとの情報を入手し、そのことが表沙汰になると自己資本1000億円以下の被控訴人がその母体行として責任を問われることが予想され、その場合、被控訴人に破綻のおそれが生じることから、被控訴人にアプローチの余地があるとの判断の下、上記プロジェクトの一員として佐藤弁護士がその任に当たることになり、控訴人と接触、面会したと述べるのである。

(2)  佐藤弁護士の説明を受けて、控訴人はしだいに同弁護士に同調するようになり、同年夏ころまでには、佐藤弁護士が述べるプロジェクトに協力することを決意し、被控訴人の社内情報を提供するようになったところ、佐藤弁護士は、キョート・ファイナンスの不良債権問題を認識しながらこれを放置してきた井上理事長ら3役員は、上記不良債権買取プロジェクトの障碍になるものとして、この3役員を執行部から排除する必要があるとの認識を示し、これをカーギル社の不良債権買取の条件だと控訴人に提示した。

なお、佐藤弁護士らプロジェクト関係者は、キョート・ファイナンスの不良債権の買取を企図していながら、肝心のキョート・ファイナンス側の関係者とは誰とも折衝していないばかりか、キョート・ファイナンスに対し債権を有する被控訴人以外の金融機関に対しても、働きかけを検討したとはいいながら、具体的には接触を図った形跡はなく、また、井上理事長ら被控訴人の中枢にいる人物に直接会った経緯もない。

(3)  控訴人は、被控訴人理事会での多数派工作として、同年8月ころから9月にかけ、勝山、松井の各理事を佐藤弁護士と面談させたり、榊田、青木の各理事と接触して、キョート・ファイナンスの不良債権買収計画への理解と協力を求めたが、いずれの理事も被控訴人に母体行責任があるということに疑問を呈した。もっとも、榊田理事は、創業者の孫ということで現執行部に批判的であるように見受けられたことから、同年10月2日、控訴人は、再度、同理事と面会し、井上理事長ら経営責任や解任の必要性等に言及する本件決意書(乙2)を示した上、理事の一部(勝山・松井・成川理事ら)からは、既に同書面に署名をもらっており、理事会決議に必要な9票が確保されているとの虚偽の説明をなし、同書面への署名・押印を求めた。榊田理事は、同書面を入手するため、控訴人の求めに応じ、署名だけをして、その控えをもらい受け、これを井上理事長に提出して、ことの経緯を報告した。

(4)  これを受けて、井上理事長は、同日午後4時ころ、控訴人にその真意を糺すべく役員大会議室に、控訴人を含む理事及び監事全員を呼び出したところ、全員がこれに応じ集合した。

井上理事長が、冒頭、本会議には全役員が出席しているので、一部の役員の言動に関して真意を糺すことを議題として本会議を緊急理事会に切り替えたいと宣言したか、そして、それに、控訴人を含め誰からも異議は出されなかったかについては、ともかく、この集会は、井上理事長から、まず控訴人が先刻、他の役員も既に署名しているなどと偽って、榊田理事に対し、決意書なる書面への署名を求めたことが報告され、本件決意書を全員に配布し、次いで榊田理事からは本件決意書を控訴人から入手するに至った経緯等につき事情説明があり、また、勝山、松井、成川の各理事も本件決意書に署名した事実がないことを明らかにした。

そして、井上理事長の議事のもとに質疑がなされ、控訴人は、被控訴人とキョート・ファイナンスは社会的には一体のものとみなされており、このままだと被控訴人がキョート・ファイナンスの不良債権につき責任を負わされるおそれがあるとして、これを回避するためには、キョート・ファイナンスの不良債権問題に関与した役員に退陣してもらい、他方で、その不良債権を第三者に買い取って貰う必要がある旨自説を述べたが、他の各役員たちからは、大蔵省の適正化指導を受けている以上、キョート・ファイナンスの不良債権につき被控訴人が責任を負わされる理由はないとの一致した認識が示された。控訴人は、これに反論したが、被控訴人の母体行責任につき他の役員を納得させるに足る根拠を示すことができなかったばかりか、不良債権の買取先を明らかにできないことや、それとの関連で井上理事長ら役員の退陣が必要となる理由につき的確な返答をすることができなかった。そのため、ますます他の役員たちの不信を買い、ついには他の役員らから辞任を求める意見が出されるに至ったが、控訴人はこれを拒絶した。

(5)  そして、出席した一理事から控訴人の代表権を剥奪し、非常勤理事とするとの緊急動議が提出され、採決の結果、この緊急動議が可決され、そして、本件理事会は同日午後6時5分終了したとする議長井上達也理事長(代表理事、以下「井上理事長」という)名義で同月2日付け本件理事会議事録が作成されている。

同議事録には、「寺岡専務理事は、代表理事としての忠実義務や、経営者としての善管注意を怠り、代表理事として妥当でない言動があったので、寺岡専務理事の代表理事を解任し、非常勤理事とすることについての緊急動議が提出され、採決の結果、賛成14名、保留1名、反対1名となり、本動議が賛成多数で可決承認された。」との記載があり、被控訴人は、同議事録に基づいて、同月14日、控訴人を被控訴人の代表理事から解任する内容の代表理事の変更登記手続をした。

(6)  一方、被控訴人理事会は、同月11日、控訴人の理事解任(第一号議案)及び新役員の選任(第二号議案)を議題として、同月21日に被控訴人総代会を開催することを決議し、同日、上記理事会決議に基づいて招集された被控訴人臨時総代会(本件総代会)が開催された。そして、第一号議案につき、控訴人を理事から解任する決議(本件総代会決議1)がなされ、第二号議案につき、新たに理事として5名を、監事として1名をそれぞれ選任する旨の決議(本件総代会決議2)がなされた。

3  争点1-本件理事会決議(代表理事解任決議)の存否、無効・取消事由について

(1)  本件理事会の招集手続に、本件理事会決議を不存在とするような重大な瑕疵が存在するか否かが問題となるところ、原判決「事実及び理由」の「第三 当裁判所の判断」の一、1、(一)(28頁)で詳述されているとおり、信金法39条、商法259条ノ3、被控訴人の定款19条6項によれば、本件理事会は理事及び監事全員の同意に基づき、招集手続を経ずにこれを開くことができ、しかも、その省略される招集手続の中には「招集通知」も含まれるものと解される。

上記認定事実によれば、確かに、井上理事長は、控訴人を含め理事及び監事の全員を本会議に呼び出すに当たって、その目的が緊急理事会の開催にあることを明らかにしていない。しかし、本会議が理事会であることにつき疑義が出された形跡はなく、且つ控訴人において本件理事会決議を棄権することなく、その採決に加わり反対票を投じていることなどに鑑みると、上記理事会議事録記載のとおり、本件理事会は控訴人を含め理事及び監事の全員が同意して開かれたものと認めるよりほかない。よって、本件理事会の招集手続には何ら瑕疵はなく、本件理事会は適式に開催されたものというべきである。

控訴人は、平成8年10月11日作成の理事会発言記録(甲26の2)の控訴人発言部分を捉えて、控訴人は本件理事会の開催に同意していなかった旨主張する。しかし、この理事会発言記録においても、井上理事長が一部の役員の言動に関して真意を糺すことを議題として本会議を緊急理事会に切り替えたいとの意向を示したことはもとより、控訴人を含め、いずれの役員も異議を述べなかったという具体的な事実について何ら争われておらず、専ら控訴人の弁明ないしは言い分のほか本件理事会議事録(甲6)における要約の当否に関する議論が記録されているにすぎない。そうすると、理事会発言記録(甲26の2)は、上記認定、判断を覆すに足る的確な証拠とは到底認められず、その他、本件全証拠を子細にみても、これを左右するほどの主張、立証は存在しない。

(2)  次に本件理事会の実態について、本件理事会決議を不存在とするほどの重大な瑕疵が存在するか、言い換えるならば、本件理事会決議が何ら審議を経ずに行われたものであるか否かが問題となる。

審議の経過は原判決認定事実のとおりであって、本件理事会決議において、2時間余りにわたって、控訴人に対して、井上理事長から本件決意書の趣旨と、榊田理事に対し虚言を弄してまで同決意書へ賛同を求めた理由を糺されたのに対し、控訴人は、社会的には被控訴人はキョート・ファイナンスと一体のものとみなされておりキョート・ファイナンスの不良債権につき母体行責任を負わされるおそれがあり、これを回避するためには、キョート・ファイナンスの不良債権問題に関与した役員に退陣してもらい、他方で、その不良債権を第三者に買い取って貰う必要がある旨の自説を開陳し、他の役員からは、被控訴人が母体行責任を負う根拠、不良債権の買取先、それとの関連で井上理事長らの解任の必要性等、数々の質問ないし疑問の声が挙がり、これらに対し、控訴人において、疑問等を払拭することができなかったばかりか、他の役員らの不信感を深める結果となり、結局、控訴人の辞任要求、さらには本件理事会決議へと発展したことが認められる。

これらの事情によれば、本件理事会決議が何らの審議を経ずに行われたものであるとは到底認められず、むしろ、本件決意書等に示された控訴人の一連の言動が代表理事ないし経営者として忠実・善管注意義務に違反し、解任に値するか否かを判断するに当たって、最低限必要な審理は行われていたものというべきである。

控訴人は、本件理事会議事録(甲6)は、被控訴人が控訴人の署名・押印を求めることなく一方的に作成した事実に反する議事録である旨主張するが、平成8年10月11日作成の理事会発言記録(甲26の2)のうち控訴人の発言中には、「2時間の内容がこれだけになるのですか。あまり忠実じゃないと思います。」と、控訴人は本件理事会では2時間余りにわたって、かなりの内容の審議が行われたことを暗に認める発言をしていたことが記載されていることのほか、木村彰男作成の陳述書(乙21)の記載内容等に照らすと、本件理事会議事録に控訴人の署名・押印がないのは、控訴人が代表理事を解任されることに納得できず、本件理事会議事録への署名・押印を拒否したからにすぎないものとみるのが自然である。

したがって、控訴人の上記主張に理由がないことは明らかで、その他、本件全証拠を子細にみても、上記認定、判断を左右するほどの主張、立証は存在しない。

(3)  よって、本件理事会決議は存在するものと認められる。

なお、控訴人は、本件理事会決議が仮に存在したとしても、理事会における議案の明示・開催まで3日の余裕を設定し、理事会を構成する各理事に解任の可否につき十分な審議を尽くさせて解任に関する被控訴人の意思表示の内容を適正妥当なものとする手続は何ら践まれておらず、十分な審議と決議に支障を及ぼす重大な瑕疵があるというべきで、本件理事会決議には無効事由がある旨主張するが、上記のとおり、本件理事会の招集手続には何ら定款違反を認めることができず、緊急理事会を開催するのに必要な手続は践まれていたのであるから、本件理事会決議には重大な瑕疵があったとまでは認められず無効事由は存在しない。

また、控訴人は、当審でも代表理事を解任するには信用金庫との信頼関係の喪失等の正当な事由が必要である旨主張するが、原判決「事実及び理由」の「第三 当裁判所の判断」の三記載(41頁)のとおり、信用金庫は、理事会の決議をもって、いつでも代表理事を解任することができるものと解され、本件理事会決議には上記取消事由も存在しない。

4  争点2及び3一本件総代会決議1(理事解任決議)及び同2(新理事選任決議)の無効・取消事由の有無について

(1)  本件総代会決議1は、理事会の発議により総代会で行われたものであるところ、信金法39条は商法257条を準用していないばかりか、同法38条所定の少数会員からの役員解任請求権以外に理事の解任につき何ら規定していないことから、本件総代会決議1は、本来、理事会の発議によっては決議することができない事項に関して決議したものとして無効ではないかが問題となる。

確かに、信金法39条は商法257条を準用していないが、その一方で、商法254条3項を準用していることから、被控訴人(信用金庫)とその理事との間の関係は委任に関する規定によって規律されると解され、そうすると、原判決「事実及び理由」の「第三 当裁判所の判断」の四記載(43頁)のとおり、被控訴人は委任に関する一般的規定である民法651条1項に基づき、原則として何時でも理事である控訴人を解任することができるものというべきである。

控訴人は、信金法38条(少数会員の解任請求権)は、会員の個性と自主性が重視される信用金庫の特質に由来する規定であるとした上、同法39条が商法257条を準用していないのは、信用金庫の上記特質にかんがみてのことであるから、理事の解任は同法38条所定の手続による以外には許されない旨主張する。しかし、信用金庫の場合、株式会社と比較して、各会員の個性なり自主性が重視される面があるとしても、実際の業態、会員数、社会的な地位・役割等に照らすならば、理事の解任が同法38条所定の手続に限定されるほど、株式会社との間に性質上の差異があるものとは解されない。そして、このことは同法39条が取締役と会社の関係に関する一般的規定である商法254条3項を準用し、その一方で同法257条の準用を明確に排除する規定は存置せず、かえって、信金法32条2項によれば、理事の解任と表裏一体の関係にあるはずの選任について総会又は総代会の決議事項とされていることからもうかがい知ることができるのである。

いずれにしても、一般的に信金法38条所定の解任手続のほかに理事会の発議による理事の解任を必要とする場合が存することは否定できないのであって、同条は、ともすると無視され困難を伴いがちな少数会員からの役員解任請求の行使方法を特に明文をもって手続的に保障したものにすぎず、それ以外の解任手続を否定する趣旨まで含むものとは解されない。

なお、中小企業等協同組合に関する最高裁昭和41年1月28日判決(民集20巻1号145頁)は、組合員の「選挙」によって選任された理事を「改選」によることなく、総会等の「決議」によって解任できるかが問題とされた事案について、中企法41条所定の「改選」手続による罷免しか許されないものとした判決であって、その射程は総会等の「決議」によって選任された理事の「解任」が問われている本件の場合には及ばないことは明らかである。

そして、その他、原判決「事実及び理由」の「第三 当裁判所の判断」の四で詳述されているところを勘案するならば、控訴人の上記主張は理由がないものというほかはない。

なお、理事会の発議に基づき総代会の決議で理事の解任を行うことができるとしても、原判決「事実及び理由」の「第三 当裁判所の判断」の四で指摘されているとおり、同法38条4項所定の手続保障との均衡から、当該理事に総代会での弁明の機会を付与する必要があり、これを欠く場合には総代会による理事解任手続は取り消されるべきであるが、原判決の上記指摘にあるとおり、控訴人に本件総代会で弁明の機会等が与えられていなかったといえるような事情は認められない。このことは乙15(理事総代会発言録、特に4頁)から明らかであって、この認定、判断を覆すに足る主張・立証は存在しない。

また、上記総代会での解任決議は、理由の如何に関わらないのであって、本件総代会決議1には正当理由がないとする控訴人の主張はその前提に誤りがあり失当である。

(2)  よって、本件総代会決議1には無効・取消事由は認められない。

また、本件総代会決議1が有効である以上、これを前提とする同決議2が有効であることはいうまでもない。

5  争点4及び5-理事ないし報酬相当賠償額の請求の可否等について

(1)  本件理事会決議及び本件総代会決議1(以下「本件総代会決議1等」という。)はともに有効であるから、平成8年10月以降の控訴人の理事(代表理事)としての報酬請求権は発生しないが、解任は、信金法39条及び商法254条3項によって準用される民法651条1項を根拠とするものであるから、本件総代会決議1等による解任つき、同法651条2項但書の「已ムコトヲ得サル事由」が存在しなければ、同条2項による損害賠償の問題が生じることは、原判決「事実及び理由」の「第三 当裁判所の判断」の七記載(49頁)のとおりである。

(2)  控訴人は、自己の行動は正当性があり、解任事由はなく、原審の判断は誤っている旨主張する。上記認定事実によれば、控訴人の一連の行動は、専ら被控訴人がキョート・ファイナンスの完全母体行責任を問われる蓋然性が高いとの危惧感に触発されたものであると窺われ、また、原判決「事実及び理由」の「第三 当裁判所の判断」の七、1(49頁)及び3(68頁)で指摘されているとおり、被控訴人とキョート・ファイナンスとの関係が完全に適正化していたとまではいえず社会的一体性を指摘される可能性が存したことは否定できないし、その意味で、控訴人が上記危惧感に触発され、何らかの解決策を模索しようとしたこと自体は非難される筋合いのものではない。しかし、被控訴人とキョート・ファイナンスの社会的一体性が問題とされる可能性があるとしても、そのことから直ちに被控訴人が完全母体行責任まで問われる社会的・政治的状況が客観的に存在していたものとは到底いえず、結局、控訴人は確たる根拠に基づかないまま、上記一連の行動に及んだとしかいえない。そして、解決策の模索に関しても、多くの理事が被控訴人の母体行責任の存在につき疑問を呈しているにも関わらず、公然の議論を避け、カーギル社のプロジェクト関係者と密かに接触し社内情報を提供したほか(控訴人は、社内情報提供を否認するが、採用できない。証人佐藤・尋問調書44頁参照)、その言い分を無批判に受け入れ、同社から条件として提示された井上理事長ら三役員の解任要求についても難なくこれを受け入れ、被控訴人の母体行責任に関する自己の主張を曖昧にしたまま、不良債権の買取先を明かさないなど徒に不安を募らせる方法で、しかも賛同者の有無につき虚言を弄するなどして、秘密裏に、個々の理事を相手に上記井上理事長等の解任に賛同するよう働きかけ多数派工作に及んだものであり、これら一連の控訴人の行動は余りに性急かつ独善的である上、謀略的な性格さえ備えたものであるということができ、理事または代表理事の行動として、理事ら役員間及び会員との間の信頼関係を著しく損なうに余りあることは明かである。

(3)  控訴人は、原審及び当審において、控訴人が解任された平成8年当時においても、被控訴人がキョート・ファイナンスの完全母体行責任を問われる蓋然性が高く、控訴人は、この点を正視した上でその対策等を被控訴人として検討する必要性を認識し、現在はどこの金融機関も行っている不良債権の被担保不動産の証券化による処理を検討したものであり、理事または代表理事として当然のことをしたまでで忠実・善管注意義務違反を問われる筋合いのものではない旨主張する。しかし、本件全証拠を子細に検討しても、控訴人が解任された平成8年当時、被控訴人がキョート・ファイナンスの完全母体行責任まで問われる高度の蓋然性があったことを認めるに足る的確な証拠は見当たらない。また、この点は措くとしても、控訴人の上記一連の行動は上記のような性格を備えたものであるから、仮に上記の蓋然性が存在したとしても、理事または代表理事の行動として、理事ら役員間及び会員との間の信頼関係を著しく損なうものであることに何ら変わりはない。控訴人の上記主張は理由がないものというべきである。

よって、本件総代会決議1等による控訴人の理事解任には、民法651条2項但書の「已ムコトヲ得サル事由」が存したものと認められ、控訴人の報酬相当額の賠償請求は理由がないことに帰着する。

(4)  なお、控訴人は、被控訴人の違法な解任行為その他を理由とする不法行為に基づく損害賠償を請求しているが、この請求に理由がないことは、原判決「事実及び理由」の「第三 当裁判所の判断」の八記載(71頁)のとおりである。

第4  結語

以上のとおり、控訴人の本件各請求はいずれも理由がなく、これと結論を同じくする原判決は相当であるから、本件控訴を棄却することとし、よって、主文のとおり判決する。

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