大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 平成11年(ネ)1955号 判決 2002年12月26日

<目次>

主文/103

事実及び理由/103

第1 申立て/103

1 平成一一年(ネ)第一九五四号事件/103

2 平成一一年(ネ)第一九五五号事件/104

3 平成一三年(ネ)第四四九号事件

/104

第2 事案の概要等/104

1 事案の概要/104

2 争いのない事実及び争点/104

3 当審における当事者の主張/105

(1) 原審の訴訟手続違反について

/105

ア 一審被告/105

(ア) 処分権主義違反について/105

(イ) 弁論主義違反について/105

(ウ) 釈明義務違反について/105

(エ) 不当な予断に基づく違法判決について/106

イ 一審原告ら/106

(ア) 処分権主義違反について<略>

a 訴訟物の同一性について<略>

b 申立ての善解について<略>

(イ) 弁論主義違反について<略>

(ウ) 釈明主義違反について<略>

(2) 一審被告又はその代表取締役若しくは被用者の過失行為について/106

ア 一審被告/106

(ア) 本件直通乗入れに際しての一審被告の立場について/106

a 行為義務(安全体制確立義務)の存否について<略>

b 行為義務の根拠について<略>

c 行為義務の要件について<略>

(a) 原判決の行為義務の要件について<略>

(b) ハンドの公式との関係について<略>

d 行為義務の要件の該当性について<略>

(a) 鉄道事業者と原判決の行為義務の要件との関係について<略>

(b) 利益侵害結果(損害)発生の蓋然性について<略>

(c) 被侵害利益の重大性について

<略>

(d) 行為者と結果発生の危険性との関係について<略>

(e) 回避行為による損失との比較考量について<略>

e 行為支配、危険の程度及び被害法益の重大性による判断について<略>

f 鉄道事業の許可との関係について<略>

(a) 鉄道事業の許可の意義について<略>

(b) 鉄道事業の許可と行為義務について<略>

(イ) 一審被告又はその代表取締役若しくは被用者の注意義務について/106

a 注意義務の程度について/106

b 予見可能性について/106

(a) 予見義務について<略>

(b) 情報収集義務について<略>

(c) 情報収集義務と予見可能性の関係について<略>

(d) 鉄道事故と情報収集義務について<略>

(e) 信楽駅出発信号機の赤固定と情報収集義務について<略>

(f) 予見の対象について<略>

(g) 閉そくの不確保及び誤出発検知機能の無効化と予見の対象について

<略>

(h) 誤出発検知機能の無効化を予見の対象としない見解に対する反論<略>

(i) 信楽駅出発信号機の赤固定と予見の対象について<略>

(j) 本件五〇一D列車の小野谷信号場の通過と予見の対象について<略>

(k) 原判決の予見の対象について

<略>

(l) 前記①の事実の予見可能性の不存在について<略>

(m) 前記②の事実の予見可能性の不存在について<略>

(n) 信楽駅出発信号機の赤固定の予見可能性について<略>

c 回避可能性について/106

d 信頼の原則について/106

(a) 信頼の原則の意義について

/106

(b) 信頼の原則の適用範囲について/106

(c) 閉そくの不確保と信頼の原則について/106

(ウ) 信号システムに関する注意義務違反について/107

a 過失について/107

(a) 情報収集義務設定の不当性について<略>

(b) 信号システムの責任者と予見義務について<略>

(c) 信楽駅出発信号機の赤固定と予見の対象について<略>

(d) 予見可能性について<略>

(e) 信頼の原則の適用について

<略>

(f) 方向優先てこの設置及び操作の目的と連絡義務について<略>

(g) 方向優先てこの機能と設置及び操作の連絡義務について<略>

b 因果関係について/107

(a) 事実的因果関係について<略>

(b) 相当因果関係について<略>

c SKRの方向優先てこに対する認識について/107

(a) 平成二年九月一三日の打合せの結果について<略>

(b) 春名から津田への方向優先てこの設置の連絡について<略>

(c) 平成二年一一月一四日のI施設課長の現地調査の立会いについて<略>

(d) 平成三年四月一日のH業務課長の要請について<略>

(e) 平成三年三月七日、八日のI施設課長の検査の立会いについて<略>

(f) 平成三年三月一一日、一五日のI施設課長の試験の立会いについて

<略>

(エ) 教育・訓練に関する注意義務違反について/107

a 一審被告のSKRとの協議義務違反について/107

(a) 代用閉そく方式の協議義務違反について<略>

(b) 酒井主席の打合せの復命方法について<略>

b 予見可能性について/107

c 教育及び訓練義務違反について/107

(a) 一審被告の教育及び訓練の適法性について<略>

(b) 本件直通列車の運転士に対する教育担当者について<略>

(c) 運心についての教育について

<略>

(d) 携帯電話の取扱いの実地訓練について<略>

(e) 回転灯の存在の教育について

<略>

(f) 小野谷信号場における行き違い列車の存在の教育について<略>

(g) 小野谷信号場における行き違いの運転取扱いについての教育及び訓練義務違反について<略>

(h) 異常時の対応の教育について

<略>

(i) 運心及び車両直通運転契約書等の現場への徹底について<略>

(j) 出発信号違反等を念頭に置いた教育及び訓練義務違反について<略>

(オ) 報告及び報告体制確立に関する注意義務について/107

a 報告体制確立義務の意義について/107

b 予見可能性について/107

c 回避可能性について/108

d 信頼の原則との関係について/108

e 報告体制確立義務違反の前提となる事実について/108

(a) 四月八日の信号トラブル①(指揮命令系統の混乱)について/108

(b) 四月八日の信号トラブル②(区間開通の確認の懈怠)について/108

(c) 四月一二日の信号トラブル①(指揮命令系統の混乱)について/108

(d) 四月一二日の信号トラブル②(区間開通の確認の懈怠)について/109

(e) 四月一二日の信号トラブル③(運転通告券の不交付等)について/109

(f) 四月一二日の信号トラブル④(進路の開通の確認)について/109

(g) 四月一二日の信号トラブル⑤(進行信号の異常現示)について/109

(h) 五月三日の信号トラブル①(岡村運転士の同乗)について/109

(i) 五月三日の信号トラブル②(B運転士の信楽駅出発信号機の赤固定に対する認識)について/109

(j) 五月三日の信号トラブル③(B運転士のSKRの代用閉そく方式の施行方法に対する感想)について/110

(k) 五月三日の信号トラブル④(閉そくの不確保)について/110

(1) 五月三日の信号トラブル⑤(A運転士の運転通告券の不受領)について/110

(カ) A運転士の本件事故当日における過失について/110

a 運転士の一般的注意義務について/110

(a) 運転士の注意義務の程度及び内容について<略>

(b) 鉄道信号における進行信号の現示と鉄道輸送における閉そくの意義について<略>

(c) 進行信号の現示と列車の出発について<略>

(d) 信号システムと行為義務の分配について<略>

(e) 信号機の誤作動の危険と運転士の運転の停止及び指令員への照会義務について<略>

(f) 異常事態の発生と運転士の運転の停止及び指令員への照会義務について<略>

(g) 係員による危険な運転取扱いと運転士の運転の停止及び指令員への照会義務について<略>

(h) 運転士の運転の停止及び指令員への照会義務が発生する例外的ケースについて<略>

(i) 「進行信号の現示」に従うべきではない事由についての予見可能性について<略>

(j) 錯誤信号の現示と運転士の運転の停止及び指令員への照会義務について<略>

(k) ARCの作用と運転士の運転の停止及び指令員への照会義務について

<略>

b A運転士の具体的な過失の不存在について/110

(a) 事前教育等による認識について<略>

(b) SKR線の信号システムのトラブル発生の危険性に関する認識について<略>

(c) 四月一二日の信号トラブルにおける経験について<略>

(d) 五月三日の信号トラブルにおける経験について<略>

(e) SKRにおける運転通告券の不交付並びに代用手信号及び出発合図の欠如について<略>

(f) 対向列車の不存在についてのA運転士の意識について<略>

(g) 誤出発検知機能の人為的無効化の予見可能性の欠如について<略>

イ 一審原告ら/110

(ア) 本件直通乗入れに際しての一審被告の立場について/110

a 行為義務(安全体制確立義務)の存否について<略>

b 行為義務の根拠について<略>

c 行為義務の要件について<略>

(a) 原判決の措定した要件について<略>

(b) ハンドの公式について<略>

(c) 付加的要件の設定について

<略>

(d) 行為支配について<略>

d 行為義務の要件の該当性について<略>

(a) 利益侵害結果(損害)発生の蓋然性について<略>

(b) 被侵害利益の重大性について

<略>

(c) 行為者と結果発生の危険性との関係について<略>

(d) 回避行為による損失との比較考量について<略>

e 鉄道事業の免許との関係について<略>

(イ) 一審被告又はその代表取締役若しくは被用者の注意義務について/110

a 注意義務の内容及び程度について/110

b 予見可能性について/110

(a) 予見義務について<略>

(b) 情報収集義務について<略>

(c) 鉄道事故と情報収集義務について<略>

(d) 信楽駅出発信号機の赤固定についての予見可能性について<略>

(e) 事前トラブルの存在と予見可能性について<略>

(f) 予見の対象について<略>

c 回避可能性について/110

d 信頼の原則について/110

(a) 信頼の原則の根拠について

<略>

(b) 信頼の原則の民事事件への適用について<略>

(c) 信頼の原則の要件について

<略>

(d) 信頼の原則の要件の該当性について<略>

(e) 組織における情報管理と信頼の原則について<略>

e 公害裁判との対比について

/110

(ウ) 信号システムに関する注意義務違反について/110

a 過失について/111

(a) 方向優先てこの設置及び操作の連絡及び協議義務の存在について<略>

(b) 情報収集義務について<略>

(c) 信号システムの責任者と予見義務について<略>

(d) 予見の対象について<略>

(e) 予見可能性について<略>

(f) 回避可能性について<略>

(g) 信頼の原則の適用について

<略>

(h) 方向優先てこの設置及び操作の目的と連絡義務について<略>

(i) 方向優先てこの機能と設置及び操作の連絡義務について<略>

b 因果関係について/111

(a) 事実的因果関係について<略>

(b) 相当因果関係について<略>

c SKRの方向優先てこの設置及び操作に対する認識について/111

(a) 平成二年九月一三日の打合せの結果について<略>

(b) 春名から津田への方向優先てこの設置の連絡について<略>

(c) 平成二年一一月一四日のI施設課長の現地調査の立会いについて<略>

(d) 平成三年四月一日のH業務課長の要請について<略>

(e) 平成三年三月七日、八日のI施設課長の検査の立会いについて<略>

(f) 平成三年三月一一日、一五日のI施設課長の試験の立会いについて

<略>

(エ) 教育及び訓練における注意義務違反について/111

a 一審被告のSKRとの協議義務違反について/111

(a) 協議の必要性について<略>

(b) 行き違いについての協議義務違反について<略>

(c) 「異常時」の協議義務について

<略>

(d) 代用閉そく方式の協議義務違反について<略>

(e) 通達及び法規と協議義務違反について<略>

b 予見可能性について/111

(a) SKRの信号システム等の知識等の不足に対する予見可能性について

<略>

(b) 本件事故に対する予見可能性について<略>

c 回避可能性について/111

d 教育及び訓練義務違反について/111

(a) 運心についての教育義務違反について<略>

(b) 携帯電話の取扱いについての訓練義務違反について<略>

(c) 小野谷信号場の回転灯についての教育義務違反について<略>

(d) 行き違いについての教育義務違反について<略>

(e) 「異常時」についての教育義務違反について<略>

(f) 運心及び車両直通運転契約書等の現場への徹底について<略>

(g) 出発信号違反等を念頭に置いた教育及び訓練義務違反について<略>

(h) 通達及び法規と教育及び訓練義務違反について<略>

(i) SKRの代用閉そく方式の違反行為と教育及び訓練義務違反について

<略>

(オ) 報告及び報告体制確立に関する注意義務違反について<略>

a 報告体制確立義務について

/111

(a) 報告体制確立義務の意義について/111

(b) 報告体制確立義務の根拠について/111

b 予見可能性について/111

c 回避可能性について/111

d 信頼の原則との関係について/111

(a) 信頼の前提の欠如について

/111

(b) 組織内部及び共同作業における信頼の原則の適用について/111

(c) 運行管理権を根拠とする信頼の原則の適用について/111

(d) 直通運転契約書九条を根拠とする信頼の原則の適用について/111

e 報告体制確立義務違反の前提となる事実について/111

(a) 四月八日の信号トラブル①(指揮命令系統の混乱)について/111

(b) 四月八日の信号トラブル②(区間開通の確認の懈怠)について/112

(c) 四月一二日の信号トラブル①(指揮命令系統の混乱)について/112

(d) 四月一二日の信号トラブル②(区間開通の確認の懈怠)について/112

(e) 四月一二日の信号トラブル③(運転通告券の不交付等)について/112

(f) 四月一二日の信号トラブル④(進路の開通の確認)について/112

(g) 四月一二日の信号トラブル⑤(進行信号の異常現示)について/113

(h) 五月三日の信号トラブル①(岡村運転士の同乗)について/113

(i) 五月三日の信号トラブル②(B運転士の信楽駅出発信号機の赤固定に対する認識)について/113

(j) 五月三日の信号トラブル③(B運転士のSKRの代用閉そく方式の施行方法に対する感想)について/113

(k) 五月三日の信号トラブル④(閉そくの不確保)について/113

(1) 五月三日の信号トラブル⑤(A運転士の運転通告券の不受領)について/113

(カ) A運転士の本件事故当日における過失について/113

a 運転士の一般的な注意義務について/113

(a) 運転士の注意義務の程度及び内容について<略>

(b) 鉄道信号における進行信号の現示に対する信頼の程度について<略>

(c) 運転士の運転の停止及び指令員への照会義務について<略>

b A運転士の過失を認定した具体的事情について/113

(a) 総合的判断による予見可能性について<略>

(b) 行き違い場所について<略>

(c) 「異常時」における信楽駅の指示について<略>

(d) 信楽駅との連絡方法が携帯電話しかなかったことなどについて<略>

(e) 行き違い列車の存在について

<略>

(f) 信号トラブル発生の予見可能性について<略>

(g) 信号の異常現示について<略>

(h) 五月三日の信楽駅出発信号機の赤固定について<略>

(i) SKRの運転通告券の不交付等について<略>

(j) A運転士が疑問を抱いたことについて<略>

(k) 回避可能性について<略>

(3) 一審被告の法人の不法行為責任について/113

ア 一審原告ら<略>

(ア) 法人の不法行為責任について

<略>

a 民法七一五条における立証の困難性について<略>

b 過失概念の主観性と法人の不法行為責任について<略>

c 中間責任における解釈との矛盾について<略>

(イ) 一審被告の法人の不法行為責任の該当性について<略>

a 一審被告の企業としての巨大性について<略>

b 鉄道に内在する危険性と鉄道組織の複雑さについて<略>

c 安全管理上の落ち度の重畳ないし競合について<略>

(ウ) 原判決の判断について<略>

a 法人の行為及び過失について

<略>

b 民法七〇九条と同法四四条、七一五条との役割分担について<略>

c 実質的な不都合について<略>

(エ) 安全論の知見とドイツにおける組織過失論について<略>

a 安全論の知見と法人の民法七〇九条の不法行為について<略>

b ドイツにおける組織過失論について<略>

イ 一審被告<略>

(4) 代表取締役の不法行為による一審被告の損害賠償責任について/113

ア 一審原告ら/113

イ 一審被告/113

(5) 使用者責任について/113

ア 一審原告ら/113

(ア) 被用者の不法行為について/114

a 信号システムに関する注意義務違反について/114

(a) 電気部長、電気部信号通信課長ないし運輸部管理課長について<略>

(b) 鉄道本部長ないし安全対策室長について<略>

b 教育及び訓練における注意義務違反について/114

(a) 運輸部運用課長について<略>

(b) 鉄道本部長ないし安全対策室長について<略>

c 報告義務違反について/114

(a) 報告義務の根拠について/114

(b) F助役の四月八日の信号トラブルに関する報告義務違反について/114

(c) J助役の四月一二日の信号トラブルに関する報告義務違反について

/114

(d) A運転士の四月一二日の信号トラブルに関する報告義務違反について/114

(e) C指導員及びD指導助役の四月一二日の信号トラブルに関する報告義務違反について/114

(f) B運転士の五月三日の信号トラブルに関する報告義務違反について

/114

(g) A運転士及びE助役の五月三日の信号トラブルに関する報告義務違反について/115

d 報告体制確立義務違反について/115

(a) 安全対策室長ないし運輸部運用課長について/115

(b) 鉄道本部長について/115

e A運転士の本件事故当日の注意義務違反について/115

(イ) 業務執行について/115

イ 一審被告/115

(ア) 被用者の不法行為について/115

a 信号システムに関する注意義務違反について/115

b 教育及び訓練における注意義務違反について/115

c 報告義務違反について/115

d 報告体制確立義務違反について/115

e A運転士の本件事故当日の注意義務違反について/116

(イ) 業務執行について/116

(ウ) 時機に遅れた攻撃防御方法(民事訴訟法一五七条一項)について/116

(エ) 消滅時効について/116

a 時効期間の経過について/116

(a) 鉄道本部長、電気部長、電気部信号通信課長ないし安全対策室長の不法行為に基づく損害賠償請求権について/116

(b) 運輸部管理課長ないし同部運用課長の不法行為に基づく損害賠償請求権について/116

b 時効の援用について/116

ウ 一審原告ら/116

(ア) 時機に遅れた攻撃防御方法(民事訴訟法一五七条一項)について/116

(イ) 消滅時効について/116

(6) 契約責任について/116

ア 一審原告ら<略>

イ 一審被告<略>

(7) 安全配慮義務違反について/116

ア 一審原告ら<略>

イ 一審被告<略>

(8) 損害について/116

ア 一審原告ら/116

(ア) 慰謝料について/116

a 本件事故において考慮すべき諸事情について<略>

(a) 本件事故が鉄道事故であることなどについて<略>

(b) 犠牲者らの苦痛及び無念の思い等について<略>

(c) 一審被告の重大な過失について<略>

(d) 一審被告の不誠実な態度について<略>

b 交通事故の賠償基準によることの不当性について<略>

(イ) 亡佐代子の損害について/117

a 逸失利益(二四七八万三三九八円)/117

(a) 国民年金受給資格喪失による逸失利益を認めるべき理由について/117

(b) 国民年金受給資格喪失による逸失利益の額(五〇四万二三一四円)/117

b 慰謝料(三〇〇〇万円)/117

c 弁護士費用(四九〇万円)/117

(ウ) 亡一男の損害について/117

a 慰謝料(三〇〇〇万円)<略>

b 弁護士費用(五四〇万円)<略>

(エ) 亡信子の損害について/117

a 逸失利益(五三五三万六〇五六円)/117

b 慰謝料(三〇〇〇万円)/118

c 弁護士費用(七五〇万円)/118

(オ) 亡てい子の損害について/118

a 慰謝料(三〇〇〇万円)<略>

b 弁護士費用(五八〇万円)<略>

(カ) 亡正利の損害について/118

a 慰謝料(三〇〇〇万円)<略>

b 弁護士費用(六五〇万円)<略>

(キ) 亡初榮の損害について/118

a 慰謝料(三〇〇〇万円)<略>

b 弁護士費用(五二〇万円)<略>

(ク) 亡晶子の損害について/118

a 慰謝料(三〇〇〇万円)<略>

b 弁護士費用(八四〇万円)<略>

(ケ) 亡花子の損害について/118

a 逸失利益(二九三四万九〇六三円)/118

(a) 国民年金受給資格喪失による逸失利益を認めるべき理由について/118

(b) 国民年金受給資格喪失による逸失利益の額(五〇四万二三一四円)/118

b 慰謝料(三〇〇〇万円)/118

c 弁護士費用(六一〇万円)/118

(コ) 亡未晴の損害について/118

a 逸失利益(三一二〇万八三九三円)/118

(a) 逸失利益の算定方法について/118

(b) 生活費控除の割合について

/119

(c) 逸失利益の額について/119

b 慰謝料(三〇〇〇万円)/119

c 弁護士費用(六一〇万円)/119

イ 一審被告/119

(ア) 慰謝料について/119

(イ) 逸失利益について/119

(9) 仮執行の原状回復の申立てについて/119

ア 一審被告/119

イ 一審原告ら/119

第3 当裁判所の判断/119

1 原審の訴訟手続違反について/119

(1) 処分権主義違反について/119

(2) 弁論主義違反について/120

(3) 釈明義務違反について/120

ア 事実認定との関係/120

イ 訴訟指揮について/120

(4) 不当な予断に基づく違法判決について/120

2 判断の前提となる事実等/120

(1) 判断の前提となる事実/120

(2) 信楽駅出発信号機22Lの赤固定の原因等について/121

3 一審被告の被用者の過失等について/121

(1) F助役らの報告義務違反の過失等について/121

ア SKRによる代用閉そく方式の違反行為及びこれに対するF助役らの認識について/121

(ア) 代用閉そく方式の違反行為等

/121

(イ) 一審被告の当審における主張に対する判断(補充)/122

a 四月八日の信号トラブル①(指揮命令系統の混乱)について/122

b 四月八日の信号トラブル②(区間開通の確認の懈怠)について/122

c 四月一二日の信号トラブル①(指揮命令系統の混乱)について/122

d 四月一二日の信号トラブル②(区間開通の確認の懈怠)について/123

e 四月一二日の信号トラブル③(運転通告券の不交付等)について/123

f 五月三日の信号トラブル①(岡村運転士の同乗)について/123

g 五月三日の信号トラブル③(B運転士のSKRの代用閉そく方式の施行方法に対する感想)について/123

h 五月三日の信号トラブル④(閉そくの不確保)について/124

i 五月三日の信号トラブル⑤(A運転士の運転通告券の不受領)について/124

イ F助役らの報告義務違反の過失について/124

(ア) 報告義務の内容について/124

a F助役の四月八日の信号トラブルの際の代用閉そく方式の違反行為についての報告義務の内容について/124

b J助役の四月一二日の信号トラブルの際の代用閉そく方式の違反行為についての報告義務の内容について/124

c A運転士、C指導員及びD指導助役の四月一二日の信号トラブルの際の代用閉そく方式の違反行為に関する報告義務の内容について/125

d B運転士の五月三日の信号トラブルの際の代用閉そく方式の違反行為についての報告義務の内容について/125

e A運転士及びE助役の五月三日の信号トラブルの際の代用閉そく方式の違反行為についての報告義務の内容について/125

(イ) 報告義務の根拠について/125

a 列車の運行関係者の事故防止措置義務について/125

b 列車の運行関係者の報告義務について/125

c 列車の直通乗入れにおける報告義務について/126

d 本件における違反行為の報告義務について/126

e 一審被告の運転事故報告手続及び一審被告とSKRが締結した車両直通運転契約書等との関係について/126

f 一審被告の運行権ないし運行管理権の不存在との関係について/126

(ウ) 本件事故についての予見可能性について/127

a 予見可能性の存在/127

b 予見可能性の対象について

/127

c 他の鉄道事業者の行為と予見可能性の関係について/127

d 四月一二日の信号トラブルの際の違反行為の内容と予見可能性の関係について/127

e 五月三日の信号トラブルの際の違反行為の内容と予見可能性の関係について/128

f 本件事故当日の一審被告の被用者の認識と予見可能性の関係について/128

(エ) 本件事故についての回避可能性について/128

a 回避可能性の存在/128

b 一審被告の権限と回避可能性の関係について/128

c 是正申入れの内容と回避可能性の関係について/128

(オ) 一審被告の被用者の雇用関係について/129

(カ) 信頼の原則との関係について

/129

a 他の鉄道事業者に対する信頼の原則の適用について/129

b 閉そくに対する信頼の原則の適用について/129

c SKRの一次的報告責任と信頼の原則の適用について/129

(キ) 報告義務違反について/129

ウ 報告義務違反の過失と本件事故との因果関係について/130

(ア) 事実的因果関係の存在について/130

(イ) 相当因果関係の存在について

/130

(2) 一審被告鉄道本部運輸部運用課長の報告体制確立義務違反の過失等について/130

ア 報告体制確立義務違反の過失について/130

(ア) 報告体制確立義務の内容について/130

(イ) 報告体制確立義務の根拠について/130

a 運用課長の権限とその義務

/130

b 運行管理権等と報告体制確立義務違反について/130

c 教育及び訓練の責任者について/130

(ウ) 本件事故についての予見可能性について/130

a 予見可能性の存在/130

b 予見可能性の対象について

/131

c 本件事故当日の運用課長の認識と予見可能性について/131

(エ) 本件事故についての回避可能性について/131

(オ) 信頼の原則との関係について

/131

a 他の鉄道事業者に対する信頼の原則の適用について/131

b 閉そくに対する信頼の原則の適用について/132

c SKRの一次的報告責任と信頼の原則の適用について/132

(カ) 報告体制確立義務違反の内容について/132

イ 報告体制確立義務違反の過失と本件事故との因果関係について/132

(ア) 事実的因果関係の存在について/132

(イ) 相当因果関係の存在について

/132

(3) 一審被告鉄道本部安全対策室長の報告体制確立義務違反の過失等について/132

ア 報告体制確立義務違反の過失について/132

(ア) 報告体制確立義務の内容について/132

(イ) 報告体制確立義務の根拠について/132

(ウ) 本件事故についての予見可能性について/133

a 予見可能性の存在/133

b 予見可能性の対象について

/133

c 本件事故当日の安全対策室長の認識と予見可能性について/133

(エ) 本件事故についての回避可能性について/133

(オ) 信頼の原則との関係について

/133

a 他の鉄道事業者に対する信頼の原則の適用について/133

b 閉そくに対する信頼の原則の適用について/134

c SKRの一次的報告責任と信頼の原則の適用について/134

(カ) 報告体制確立義務違反の内容について/134

イ 報告体制確立義務違反の過失と本件事故との因果関係について/134

(ア) 事実的因果関係の存在について/134

(イ) 相当因果関係の存在について

/134

(4) 一審被告鉄道本部長の報告体制確立義務違反の過失等について/135

ア 報告体制確立義務違反の過失について/135

(ア) 報告体制確立義務の内容について/135

(イ) 報告体制確立義務の根拠について/135

(ウ) 本件事故についての予見可能性について/135

a 予見可能性の存在/135

b 予見可能性の対象について

/135

c 本件事故当日の鉄道本部長の認識と予見可能性について/135

(エ) 本件事故についての回避可能性について/136

(オ) 信頼の原則との関係について

/136

a 他の鉄道事業者に対する信頼の原則の適用について/136

b 閉そくに対する信頼の原則の適用について/136

c SKRの一次的報告責任と信頼の原則の適用について/136

(カ) 報告体制確立義務違反の内容について/136

イ 報告体制確立義務違反の過失と本件事故との因果関係について/136

(ア) 事実的因果関係の存在について/136

(イ) 相当因果関係の存在について

/137

(5) 本件直通乗入れに際しての一審被告の立場について/137

4 一審被告の使用者責任について

/137

(1) 一審被告の被用者の不法行為について/137

(2) 使用関係について/137

(3) 事業の執行行為性について/137

(4) 時機に遅れた攻撃防御方法(民事訴訟法一五七条一項)との主張について/138

(5) 消滅時効について/138

5 損害について/138

(1) 総論/138

ア 基本的見解/138

イ 慰謝料について/138

(2) 亡吉崎佐代子の損害について

/138

ア 損害額/138

イ 一審原告吉崎らの当審における主張に対する判断について/139

(ア) 国民年金受給資格喪失による逸失利益について/139

(イ) 慰謝料について/139

(3) 亡伊原一男の損害について/139

ア 損害額/139

イ 一審原告伊原らの当審における慰謝料の主張に対する判断について/139

(4) 亡臼井信子の損害について/139

ア 損害額/139

イ 逸失利益(四九八六万七五〇六円)について/139

ウ 一審原告臼井らの当審における慰謝料の主張に対する判断について/140

エ 弁護士費用(六三〇万円)について/140

(5) 亡木村てい子の損害について

/140

ア 損害額/140

イ 一審原告木村らの当審における慰謝料の主張に対する判断について/140

(6) 亡後藤正利の損害について/140

ア 損害額/140

イ 一審原告後藤らの当審における慰謝料の主張に対する判断について/140

(7) 亡寺川初榮の損害について/140

ア 損害額/140

イ 一審原告寺川らの当審における慰謝料の主張に対する判断について/141

(8) 亡中田晶子の損害について/141

ア 損害額/141

イ 一審原告中田らの当審における慰謝料の主張に対する判断について/141

(9) 乙川花子の損害について/141

ア 損害額/141

イ 一審原告乙川らの当審における主張に対する判断について/141

(ア) 国民年金受給資格喪失による逸失利益について/141

(イ) 慰謝料について/141

(10) 亡中島未晴の損害について/141

ア 損害額/141

イ 一審原告中島らの当審における主張に対する判断について/141

(ア) 逸失利益の基礎収入と中間利息の控除の方式について/141

(イ) 生活費の控除の割合について

/142

(ウ) 慰謝料について/142

第4 結論/142

別表1 支払金額一覧表/142

別表2 附帯控訴に基づく請求一覧表/142

平成一一年(ネ)第一九五四号事件控訴人、同年(ネ)第一九五五号事件申立人、平成一三年(ネ)第四四九号事件附帯被控訴人(以下、「一審被告」という。)

西日本旅客鉄道株式会社

同代表者代表取締役

南谷昌二郎

同訴訟代理人弁護士

高澤嘉昭

天野実

楠眞佐雄

平成一一年(ネ)第一九五四号事件被控訴人、同年(ネ)第一九五五号事件相手方、平成一三年(ネ)第四四九号事件附帯控訴人(以下、「一審原告」という。)

吉崎俊三

外二二名

右二三名訴訟代理人弁護士

国府泰道

秋田真志

井奥圭介

桂充弘

佐藤健宗

杉本吉史

田島義久

田中厚

福田健次

宮内康浩

主文

1  一審被告の本件控訴を棄却する。

2  一審原告臼井和男及び一審原告臼井泰子の附帯控訴に基づき、原判決中同一審原告らに関する部分を、次のとおり変更する。

(1)  一審被告は、一審原告臼井和男及び一審原告臼井泰子に対し、それぞれ三四九一万七九九三円及びこれに対する平成三年五月一四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(2)  一審原告臼井和男及び一審原告臼井泰子のその余の請求をいずれも棄却する。

3  その余の一審原告らの附帯控訴をいずれも棄却する。

4  一審原告臼井和男及び一審原告臼井泰子と一審被告との間に生じた訴訟費用は、一、二審を通じて、これを二分し、その一を同一審原告らの負担とし、その余を一審被告の負担とし、控訴費用(一審原告臼井和男及び一審原告臼井泰子に関する部分を除く。)は一審被告の負担とし、その余の一審原告らの附帯控訴費用は同一審原告らの負担とする。

5  この判決は、2項の(1)に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第1  申立て

1  平成一一年(ネ)第一九五四号事件

(1)  原判決中、一審被告敗訴部分を取り消す。

(2)  前項の取消部分にかかる一審原告らの請求をいずれも棄却する。

2  平成一一年(ネ)第一九五五号事件

(1)  一審原告らは、一審被告に対し、それぞれ別表1「支払金額一覧表」の「支払金額」欄記載の各金員及びこれに対する平成一一年三月三一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え(仮執行の原状回復の申立て)。

(2)  仮執行宣言

3  平成一三年(ネ)第四四九号事件

(1)  原判決主文二項のうち、一審原告らが一審被告に対しそれぞれ別表2「附帯控訴に基づく請求一覧表」の「請求金額」欄記載の各金員及びこれに対する平成三年五月一四日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払いを求める請求を棄却した部分を取り消す。

(2)  一審被告は、一審原告らに対し、それぞれ別表2「附帯控訴に基づく請求一覧表」の「請求金額」欄記載の金員及びこれに対する平成三年五月一四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(3)  (2)につき仮執行宣言

第2  事案の概要等

1  事案の概要

本件は、一審被告が自己の所有する列車を信楽高原鐵道線に直通乗入運転をしていた際に、同線路上で信楽高原鐵道株式会社(以下、「SKR」という。)が所有及び運転する列車と正面衝突する事故(いわゆる「信楽高原鐵道列車事故」)が発生し、同事故によって両列車に乗車していた乗客が死亡したことから、その相続人である一審原告らが、一審被告に対し、民法七〇九条(予備的に商法二六一条三項、同法七八条二項、民法四四条一項)、民法七一五条、旅客運送契約の債務不履行又は安全配慮義務違反に基づき、上記事故によって被った損害の賠償を求めた事案である。

原審は、一審原告らの民法七一五条に基づく請求を認め、その請求を一部認容する判決を言い渡した。

一審被告は、原審の判断を不服として、原判決のうち一審原告の請求を認容した部分を取り消し、同請求を棄却するよう求めて、本件控訴を提起するとともに、一審原告らに対し、原判決の仮執行宣言に基づき支払った金員の返還を求めている。

他方、一審原告らは、一審原告らの損害を認めなかった原審の判断のうち一部を不服として、原判決の一審原告らの請求を棄却した部分のうち一部を取り消し、同部分の請求を認容するよう求めて、附帯控訴を提起した。

なお、一審原告らは、本訴において、一審被告とともに、SKRに対しても、民法七〇九条(予備的に商法二六一条三項、同法七八条二項、民法四四条一項)、民法七一五条又は旅客運送契約の債務不履行に基づき、損害の賠償を求めたが、原審はその請求を一部認容する判決を言い渡し、同判決は確定している。

2  争いのない事実及び争点

以下のとおり付加、訂正、削除するほか、原判決の「事実及び理由」中「第二 事案の概要」のうち「一 争いのない事実」及び「二 争点」に各記載の一審被告に関する部分のとおりであるから、これらを引用する。

(1)  原判決一四頁七行目から九行目までの「昭和六二年七月一三日に旧日本国有鉄道(以下「旧国鉄」という。)の移管を受けて発足した第三セクターの株式会社であり、」を「旧日本国有鉄道(以下、「旧国鉄」という。)の民営化に伴いその営業線であった信楽線が特定地方交通線として廃線されることが決定したため、同線の確保・存続を図るため、滋賀県及び信楽町が中心となって、昭和六二年二月一〇日に設立された鉄道事業法による運送業等を目的とする第三セクターの株式会社であり、同年五月八日、旧国鉄から民営化された一審被告から、特定地方交通線信楽線に係る鉄道施設の無償譲渡を受け、同月九日、運輸大臣から、第一種鉄道事業の免許を受け、同年七月一三日SKR線を開業した。その」に改める。

(2)  原判決一六頁六行目の「法人自体の過失責任」の次に「(予備的に商法二六一条三項、同法七八条二項、民法四四条一項に基づく不法行為責任)」を加える。

(3)  原判決一七頁二行目から三行目にかけて及び同頁七行目の各「法人過失」の次にいずれも「(予備的に一審被告代表取締役の過失)」を加える。

(4)  原判決九〇頁八行目及び末行の各「上り五四六D列車」をいずれも「上り五一六D列車」に改める。

(5)  原判決一一六頁三行目の「(2)」を「(3)」に、一一八頁一〇行目の「(3)」を「(4)」にそれぞれ改める。

(6)  原判決一七五頁六行目の「五〇一」の次、同頁七行目及び一七八頁二行目の各「五三四」の次にいずれも「D」を加える。

(7)  原判決一九二頁四行目から五行目にかけての「させれば」の次の「ば」を削る。

(8)  原判決二〇二頁三行目の「法人過失責任」の次に「(予備的に商法二六一条三項、同法七八条二項、民法四四条一項に基づく不法行為責任)」を加える。

(9)  原判決二二八頁八行目の「刑事事件の被告」を「刑事事件の被告人」に改める。

(10)  原判決二二八頁一〇行目の「JRの労働組合」を「一審被告の労働組合」に改める。

(11)  原判決二三四頁九行目から二三五頁三行目までを「後記3(5)アのとおり」に、及び二三五頁五行目から二三六頁末行までを「後記3(5)イのとおり」にいずれも改める。

(12)  原判決二四八頁一行目の「無断施行」を「無断施工」に改める。

(13)  原判決二六九頁九行目の「原告」の次に「ら」を加える。

(14)  原判決三二五頁八行目の「運転取扱心得」の次の「運転」を削る。

(15)  原判決三六六頁九行目の「されなればなならない」を「されなければならない」に改める。

(16)  原判決三六八頁四行目の「形て」を「形で」に改める。

(17)  原判決三九八頁二行目の「坂本久仁」の次に「子」を加える。

(18)  原判決四〇七頁四行目の「三五五万三五五〇円」を「三五五万三五〇〇円」に改める。

(19)  原判決四〇九頁二行目の「有限会社箱為」の次に「商店」を加える。

(20)  原判決四一八頁四行目の「欲しいもの」を「欲しいまま」に改める。

(21)  原判決四二一頁一行目の「断ち切った」の次の「る」を削る。

(22)  原判決四二四頁一〇行目の「四七五五万七八五一円」を「四七五五万八三三一円」に改める。

(23)  原判決四四〇頁九行目の「二〇三〇万〇三二九円」を「二〇三〇万〇二二九円」に改める。

(24)  原判決四四五頁七行目の「一二四一万七三九八円」を「一三八〇万七七五四円」に改める。

(25)  原判決四四五頁九行目から一〇行目にかけての「一九五万七〇〇〇円」を「一九三万円」に改める。

(26)  原判決四四八頁四行目の「七六万四〇〇〇円」を「七六万四八〇〇円」に改める。

(27)  原判決四九五頁三行目の「寺川初枝」を「寺川初榮」に改める。

3  当審における当事者の主張

(1)  原審の訴訟手続違反について

ア 一審被告

原審の訴訟手続には、以下のとおり処分権主義違反、弁論主義違反、釈明義務違反又は不当な予断に基づく判断の各違法があるから、原判決を取り消すべきである。

(ア) 処分権主義違反について

原判決は、一審原告らが請求していない訴訟物について判決したものであるから、民事訴訟法二四六条に違反した違法がある。

一審原告らが本訴において過失として主張している、方向優先てこの設置及び操作に関する注意義務違反、乗務員の教育及び訓練に関する注意義務違反並びに事前トラブルを通じての注意義務違反は、一審被告の法人としての不法行為(民法七〇九条)における過失としてであり、一審被告の使用者責任における被用者の過失としては主張していない。

ところで、原判決は、一審被告の法人としての不法行為責任を否定したが、上記各注意義務違反を一審被告の被用者個人の過失と認定して、一審被告に対する使用者責任に基づく損害賠償請求を認容した。そして、一審被告の法人としての不法行為に基づく損害賠償請求と使用者責任に基づく損害賠償請求は、適用法条を異にし、訴訟物を異にする。

民法七一五条の使用者責任が成立するためには、先ず被用者について不法行為(民法七〇九条)責任が成立する必要がある。原判決は、A運転士の他に、一審被告の電気部長、電気部信号通信課長、運輸部管理課長、運輸部運用課長及び安全対策室長の五名について、信号システムに関する過失、教育及び訓練に関する過失並びに報告体制確立に関する過失に基づく不法行為責任を認定し、一審被告について民法七一五条の使用者責任を認定した。しかし、一審原告らは、上記五名についての不法行為責任を主張しておらず、A運転士、B運転士、C指導員、D助役、E助役及びF助役の六名の報告義務違反行為及びA運転士の事故当日の過失行為に基づく不法行為責任について主張したに止まる。

原判決が認定した一審被告の電気部長、電気部信号通信課長、運輸部管理課長、運輸部運用課長及び安全対策室長の信号システムに関する過失、教育及び訓練に関する過失並びに報告体制確立に関する過失は、一審原告らが主張した上記六名(A運転士、B運転士、C指導員、D助役、E助役及びF助役)の報告義務違反とは、主体はもとより、義務違反の内容も全く異にし、法的には異質のものである。同じく民法七一五条の前提である七〇九条の不法行為であるといっても、両者は、主体、時期、場所及び行為の性質(義務違反の内容)等を異にし、訴訟物としては全く別異のものである。つまり、原判決は、一審被告の電気部長、電気部信号通信課長、運輸部管理課長、運輸部運用課長及び安全対策室長の不法行為責任について、一審原告らの請求がないにもかかわらず、これを認容したものである。

なお、一審原告らが法人たる一審被告自体の過失を基礎づける事実として主張している事実中には、原判決が認定した一審被告の電気部長、電気部信号通信課長、運輸部管理課長、運輸部運用課長及び安全対策室長の各個人の注意義務である各結果回避義務の内容及び予見可能性は全く含まれていないのであるから、一審原告らの民法七〇九条に関する主張をもって、電気部長、電気部信号通信課長、運輸部管理課長、運輸部運用課長及び安全対策室長を直接の行為者とする民法七一五条の不法行為責任の損害賠償請求の申立てがあったと解することもできない。

(イ) 弁論主義違反について

仮に原判決が民事訴訟法二四六条に違反していないとしても、前記(ア)のとおり、原判決は、当事者の主張がないにもかかわらず、電気部長、電気部信号通信課長、運輸部管理課長、運輸部運用課長及び安全対策室長の各結果回避義務違反の内容及び予見可能性に関する事実を認定しているから、弁論主義に違反した違法がある。

(ウ) 釈明義務違反について

原審における訴訟手続には、釈明義務に違反した違法がある。

原判決は、一審原告らが主張していない事実を認定する場合には、釈明権(民訴法一四九条)を行使し、その点について一審原告らの主張につき釈明を求め、一審被告にも反論及び反証の機会を与え、争点につき両当事者の主張を尽くさせるべきであった。ところが、原判決は、争点になっていない事実及び法的構成について、一審被告に十分な反論及び反証の機会を与えることなく、いわゆる不意打ちを与えた。

また、原審における準備手続(平成八年九月二〇日午後四時)において、立証準備及び和解勧告の要否のための裁判所の見解が示された。その際、当時の裁判長から、「少なくとも方向優先てこの設置及び操作と本件事故との因果関係は認められない。一審被告がSKRの赤信号冒進を予見し得たか否かにかかる。」「JRの過失を前提とした和解の勧告はできない。」との見解が述べられ、同時に、今後の立証計画の中心をそれに沿って絞るよう指導(訴訟指揮)された。さらに、同裁判長は、この指導(訴訟指揮)についての一審原告らの抗議に対し、「和解を進めるには心証を開示するのは当然である。また、立証については不意打ちすべきではないと考えており、争点を明確にして争うべきであると考えている。」とまで述べられた。それゆえ、原審の上記見解及び訴訟指揮に従い、一審被告としては、その後少なくとも方向優先てこの設置及び操作の問題については、十分な主張、立証を行わず、原審においてこの問題について十分な議論や立証が尽されなかった。ところが、原判決は、上記訴訟指揮と異なり、方向優先てこの設置及び操作と本件事故との因果関係を認め、具体的には、これを一審被告の電気部長、電気部信号通信課長及び運輸部管理課長の過失の根拠とした。原審判決時において、裁判所の構成に変更があったとはいえ、あくまでも裁判所としては同一のものである。一審被告としては原審裁判所により不意打ちを受けたものであり、原審の釈明義務違反は明らかである。

(エ) 不当な予断に基づく違法判決について

原判決は、不当な予断に基づき一審被告に無過失責任を負わせようとしたものであると考えざるを得ない。

イ 一審原告ら

原審の訴訟手続には、以下のとおり処分権主義違反、弁論主義違反及び釈明義務違反の各違法はいずれもなく、原判決を取り消すべきではない。<以下、省略>

(2)  一審被告又はその代表取締役若しくは被用者の過失行為について

ア 一審被告

一審被告又はその代表取締役若しくは被用者の過失行為を認めることはできないにもかかわらず、一審被告の被用者の過失行為を認定した原判決は誤っているから、原判決を取り消すべきである。

(ア) 本件直通乗入れに際しての一審被告の立場について

原判決は、一審被告には、本件直通乗入れに際し、SKR線の利用者に対して、同線上において自社所属の施設、車両又は従業員が関係した事故が発生しないように独自に安全対策を講ずべき立場にあったとして、SKR線上における事故発生防止のための行為義務(作為義務)を負うべき立場にあったことを認めているが、以下のとおり、一審被告はSKR線においてそのような行為義務を負わない。<以下、省略>

(イ) 一審被告又はその代表取締役若しくは被用者の注意義務について

原判決は、一審被告に前記行為義務があったことを前提に、一審被告の代表取締役に安全体制確立義務があり、一審被告の被用者にその職分に応じた形で同様の義務があるとするが、この見解は誤っている。

a 注意義務の程度について<以下、省略>

b 予見可能性について<以下、省略>

c 回避可能性について<以下、省略>

d 信頼の原則について

(a) 信頼の原則の意義について

信頼の原則とは「行為者がある行為をなすにあたって、被害者又は第三者が適切な行動をすることを信頼するのが相当な場合には、たとえその被害者又は第三者の不適切な行動によって結果が発生したとしても、それに対して責任を負わない。」とする原則であり、結果回避義務、予見可能性の存否及び内容を軽減するものである。

(b) 信頼の原則の適用範囲について

「信頼の原則」は刑事法分野で形成された法理であるが、現在において民事法の分野でもこれが適用されるべきことは、確立した判例法理となっている。

また、道路交通の分野のみならず、海上及び航空交通の分野においても適用される。

さらに、被害者と加害者の間という対立関係ばかりではなく、同じ方向に向けられた企業活動やチーム医療等において、危険な作業を遂行するにあたり、その業務関与者が作業を分担し、相互に各人の適正な結果防止措置を信頼することが相当である場合にも適用されるのである。

したがって、信頼の原則の法理は、多数の従業員の業務を高度に分化及び組織化して初めてその運営が可能となる高速度鉄道輸送事業においても適用され、その各人の過失責任を検討する際には、当該業務に従事する者相互の間で、他人が適正に行動することを期待してよく、他の従事員が違法な行為に出ることまでを予見して行動することを求めるのは誤りである。また、本件直通乗入れにおける一審被告とSKRとの間にも適用される。鉄道事業者は、前記のとおり運輸大臣の免許を受けたうえで、厳格な運輸大臣の監督統制下に鉄道事業を継続しているのであるから、SKR線に直通乗入れ等をする一審被告は、SKRの事業活動たる鉄道輸送の安全性についてはこれが確保されているとの信頼を有することがむしろ当然である。

(c) 閉そくの不確保と信頼の原則について

信頼の原則からすれば、一審被告の被用者に対して、SKRが鉄道輸送の安全の根幹をなす閉そくを遵守せずして、列車を発車させることについてまで予見義務を課すことはできないというべきである。

特許企業は、その事業活動について行政庁の種々の厳格な監督統制を受けており、鉄道事業においては鉄道事業法及び運輸省令である鉄道運転規則等に基づく運輸大臣の監督を受けるのである。特に鉄道事業の安全の確保は、各鉄道事業者が鉄道運転規則等の法令を遵守することによって初めて可能になるところ、鉄道運転規則が定める鉄道輸送の安全確保の基本は「閉そく」という仕組みであり、鉄道事業者はこの「閉そく」を厳守することが何よりも強く要請されるのである。特許企業者であり、運輸大臣の監督を受けるSKRが、この「閉そく」を確保しないで列車を運行することなど、一審被告の関係者において予見の埒外の事柄である。

ここで簡単に「閉そく」を説明すれば、線路を一定の区間に区切り、同一区間には複数の列車の進入を禁止することにより、正面衝突及び追突等の列車衝突事故の発生を防止する仕組みのことである。鉄道における運転の安全を図ること等を目的として制定された鉄道運転規則は、特に「閉そく」の定義規定をおき、閉そくとは「一定の区間に同時に二以上の列車を運転させないために、その区間を一列車の運転に占用させることをいう。」と定めたうえ(同規則二条一項三号)、第五章「閉そく等」で九四条から一六三条の二までを費やして「閉そく」に関する詳細な規定をおいている。このように、鉄道事業者にとって「閉そく」は重要な意味を持つものであるが、「閉そく」の確保は現在ではほとんど信号によって行われている。その信号の進行現示は、進路の開通を示すとともに、当該信号によって保障された前方(内方)の閉そく区間において、「閉そく」が確保されており、当該列車しか閉そく区間に進入できないことを示すものである。このように鉄道運転規則において、「閉そく」は、次章の「鉄道信号」とともに、鉄道輸送の安全確保の基本的仕組みとして位置付けられているのである。

なお、SKRは規則に定められた数々の代用閉そく方式に違反して列車を運行していたが、これは形式的な手続の不履行にすぎず、実質的な安全は確保されていたから、代用閉そく方式の一部不履行と閉そくを確保しない運転の間に深い断絶がある。具体的に本件に即して観察すれば、貴生川駅と小野谷信号場との間又は小野谷信号場と信楽駅との間において代用閉そく方式を施行するにつき、閉そくを確保するために絶対に必要なことは、小野谷信号場を通過する列車に対し、停車すべきか発車すべきかの指示を与えるために、無人の同信号場に人を派遣して、信楽駅長と連絡打合せをさせることである。それがなされている限り閉そくは確保される。運転通告券の不交付や、指示者が駅長ではない者であることなど形式的な違反行為が行われた平成三年四月八日及び同月一二日においても、小野谷信号場にH業務課長以下のSKR社員が派遣されており、閉そくが確保された運転がなされていたのであるから、形式的手続違反と閉そくの不確保との間では、質的に相違が存することは明らかである。それ故、前記信頼の原則の法理に基づけば、かかる形式的手続違反を見聞した一審被告の被用者に対し、SKRが閉そくを確保しない運転をする会社であるとの予見義務を課すことは不可能である。

(ウ) 信号システムに関する注意義務違反について

一審被告らには信号システムに関する注意義務違反はなく、仮にこれがあったとしてもその注意義務違反と本件事故との因果関係がないから、原判決が、一審被告の電気部長、電気部信号通信課長及び運輸部管理課長に信号システムに関する注意義務違反の過失があり、これによって本件事故が惹き起こされたとするのは、誤っている。

a 過失について<以下、省略>

b 因果関係について<以下、省略>

c SKRの方向優先てこに対する認識について<以下、省略>

(エ) 教育・訓練に関する注意義務違反について

一審被告の被用者は、本件直通列車の乗務員等に対する教育及び訓練を適法に行っていたから、原判決が、一審被告の被用者において本件直通列車の乗務員に対する教育及び訓練義務違反があるとしたことは、誤っている。

a 一審被告のSKRとの協議義務違反について<以下、省略>

b 予見可能性について<以下、省略>

c 教育及び訓練義務違反について<以下、省略>

(オ) 報告及び報告体制確立に関する注意義務について

一審被告は、報告体制を確立しているから、報告体制確立に関する注意義務に違反した過失はなく、また、SKRに対する申入れによって本件事故の発生を防止することができたことの立証はないから、一審被告に安全体制確立に関する注意義務に違反した過失を認めた原判決は、誤っている。

a 報告体制確立義務の意義について

一審被告は、組織内の情報伝達体制を確立しており、新たに報告体制を確立すべき注意義務はない。

なお、一審被告には、情報の伝達不全によって、SKR線上における事故発生が予見できないというような事態が生じないように組織内の情報伝達体制を確立すべき注意義務があったとはいえず、一審被告にこれを怠った注意義務違反があったとはいえない。前記情報伝達体制確立義務は、その具体的内容が不明確で、その程度・範囲が無限定であり、そのため、結果回避義務なしに、一審被告に過失を認めることになり、不当である。

また、一審被告がSKRに対し代用閉そく方式の適正な実施等につき善処方を申し入れるべきであったとするのは、一審被告らに要求される具体的注意義務の内容が不明である。

b 予見可能性について

一審被告の被用者には、指揮命令系統の混乱や区間開通確認の懈怠の認識は全くない。加えて、前記各トラブル時にSKRの形式的代用閉そく違反は経験したものの、いずれも前途区間の閉そくは確保されており、一審被告の被用者が実質的危険を体験することもなかったのである。それゆえ、一審被告の被用者は、本件事故結果の発生または結果発生に至る因果経過の重要部分(①SKRが本件五三四D列車を閉そくを確保せずに信楽駅を出発させたこと、②SKRが小野谷信号場下り出発信号機13Rに進行信号を誤表示させたこと)を現実に予見しなかったし、予見可能性すらなかった。そこに報告体制の不備や報告についての具体的注意義務違反は見出せず、過失責任は存在しないものである。

c 回避可能性について

一審被告が、SKRに対し、代用閉そく方式の適正な実施等につき善処方を申し入れたとしても、これによって本件事故の発生を防止し得たことは立証されていない。

d 信頼の原則との関係について

前記情報伝達体制確立義務違反は、その程度・範囲が無限定であり、信頼の原則に対する配慮がなされていない。

SKRがSKR線の運行管理権を有していたこと、一審被告とSKRとの間で締結された車両直通運転契約書九条によれば、SKR線内で発生した直通運転列車の鉄道運転事故及び運転阻害の報告は、一審被告が定める運転事故報告手続に準じて、SKRが対処する旨の取決めがなされており、上記運転事故報告手続一五条には、他会社に関係がある鉄道運転事故及び運転阻害事故の概要を他会社の指令員に通報することが、同九条には、鉄道運転事故及び運転阻害事故の報告の基準がそれぞれ定められているところ、その報告は事故の発生地の線区を管理する輸送指令員にするものとされており、まさにSKRで発生したものについては、SKR線内で処理すべきものとなっていたことから、情報を収集し、報告体制を含めた安全対策を積極的に講ずる義務は一次的にはSKRにあり、一審被告はこれを信頼することが許されている。

e 報告体制確立義務違反の前提となる事実について

(a) 四月八日の信号トラブル①(指揮命令系統の混乱)について

一審被告の貴生川駅のF助役が、平成三年四月八日の信号トラブルの際、信楽駅に電話をして、信楽駅の当務駅長を確かめることなく、SKRのH業務課長を呼び出したことには何ら問題がなく、SKRの指揮命令系統の混乱も知り得なかったものである。

SKRは、平成三年四月八日の信号トラブルの際、H業務課長を中心として統一された業務体制の下に、代用閉そく方式を施行していたのであり、指揮命令系統の混乱は存在しなかった。

平成三年四月八日の信号トラブルの際、H業務課長が貴生川駅長との打合せを行ったり、要員派遣を指示したりしたことをもって、SKRの指揮系統の混乱であるということはできない。なぜならば、H業務課長は、一審被告との本件直通乗入れに関する折衝の実質的な責任者であり、運転関係の法規・車両及び列車乗務員の運用についてはSKRの第一人者であり、経歴、実力から見ても、SKRの鉄道輸送業務において包括的かつ全般的な指揮監督権を有していたというべきであるし、現にSKR内での認識も同様であった。また、信楽駅は運転主任が一名であり、同人が当務駅長を務める停車場であるので、経験豊富な上位職のH業務課長が実質的な指揮命令をしたとしても、運転主任(当務駅長)がその権限をH業務課長に授与していることが明らかであるから、それをもって指揮命令系統の混乱があることにはならない。

(b) 四月八日の信号トラブル②(区間開通の確認の懈怠)について

一審被告の貴生川駅のF助役は、平成三年四月八日の信号トラブルの際、SKRが実質的に区間開通の確認を行わなかったことを認識し得なかった。なぜならば、同助役は、徒歩以外でも区間開通確認は可能と考えているから、区間開通確認が短時間に実施された場合でも特に疑問に思わなかったからである(常用閉そく方式で小野谷信号場と貴生川駅との間を最終的に運転された上り五四六D列車が貴生川駅に到着したことで確認できる。)。

なお、区間開通の確認は、それまでの列車の運行状況、当時運行されていた各列車の所在位置、SKR保有の車両数及び代用閉そく開始までの時間などによって貴生川駅と小野谷信号場との間に列車がいないことが何らかの方法で確認されれば足りる。要は実質的に「一閉そく区間一列車」の原則が守られていることの確認がなされればよいのである。必ずしも、区間の全路線上に列車ないし車両がないことを人の目によって確認しなければならないものではない。一審被告の運転作業要領には、常用閉そく方式で最後に運転した列車の運転士に連絡して位置を確かめれば足りるという規定になっているところ、この作業要領は運輸省令である鉄道運転規則に基づいて作成されたものであり、その考え方は、各鉄道会社に普遍的なものであって、SKR線においても当然適用され得る。少なくとも、SKRにおいてこれと異なる特別規定がない限り、適用して差し支えないというべきである。

(c) 四月一二日の信号トラブル①(指揮命令系統の混乱)について

一審被告の被用者は、平成三年四月一二日の信号トラブルの際、代用閉そく方式の施行についてSKRの指揮命令系統が混乱しているとの認識はなかった。

SKRは、平成三年四月一二日の信号トラブルの際、H業務課長の下に統一されていた実質的な指揮命令系統によって代用閉そく方式を施行していた。仮に、法規上は同課長にその権限がなかったとしても、信楽駅の当務駅長であった岩佐運転主任が同課長に判断を委ねるなど、同課長に権限を授与していたことは明らかである。したがって、実質的には指揮命令系統の混乱はない。

一審被告の運転士は、代用閉そく方式を施行する旨の指示を受けた際、その指示者に対していかなる権限で指示を出しているかを詮索することなどしないし、またその必要はない。五五〇八D列車の小野谷信号場出発に際して、A運転士が渕本運転士の指示を受けたのは、当時小野谷信号場の当務駅長の任務を遂行していたH業務課長の指示を渕本運転士が伝達したものと理解したからである。乗務員にとって、駅の係員が駅長か否か確認することはない。ただ、当該駅の社員であること(本件ではSKRの社員であること)を確認できれば、その指示に従うのは当然である。

H業務課長は、小野谷信号場の運転係としての職務を行う際、信楽駅当務駅長の指示を受ける必要はない。SKRの運心の第四編第三章の代用閉そく方式(一一六条以下)にいう「駅長」とは「信楽駅の運転主任」を指すものではなく、貴生川駅、小野谷信号場又は信楽駅の三駅の「駅長」を指すことは明らかである。したがって、上記各駅長がそれぞれ独自の権限と責任において代用閉そく方式を施行するのであって、その際、小野谷信号場の駅長が信楽駅の駅長の指示を受けるとは到底解釈しえない。

(d) 四月一二日の信号トラブル②(区間開通の確認の懈怠)について

一審被告の貴生川駅のJ助役は、平成三年四月一二日の信号トラブルの際、SKRの服部運転士の指示で再度SKRのK施設整備主任が区間開通の確認を実施したことから、SKRが区間開通の確認の手続を遵守することの認識を新たにしたものであって、SKRが区間開通の確認を疎かにしていることを容易に知り得なかった。

SKR線の安全確保義務は、一次的にはSKRにあり、会議でも代用閉そく方式施行時の区間開通の確認をSKRが実施するとの合意もあり、一審被告がSKRの措置を信頼することは許される。そして、平成三年四月一二日の信号トラブルの際、K施設整備主任が区間開通の再確認をしたのであるから、SKRに区間開通の確認に懈怠はないとの一審被告の信頼は保護されるべきである。

(e) 四月一二日の信号トラブル③(運転通告券の不交付等)について

一審被告は、SKRが平成三年四月一二日の信号トラブルの際に施行した代用閉そく方式において行った運転通告券の不交付等の手続違反から、SKRが閉そくを無視して列車を運行することを予見することはできなかった。

前記の手続違反は、形式上の違反ではあるものの、実質的違反ではなく、ましてや「赤信号無視の冒進」に対しての予見に結びつかせるような可能性は一切ない。運転通告券交付などの各手続は他の方法により代用可能な手続であったし、実質的な閉そくの確保は行われていたところであって、列車の安全運転には何ら支障はなかったのである。そして、本件事故発生の原因は、SKRにおいて閉そくを確保せずに列車を発車させたことであって、運転通告券などの代用閉そく方式所定の手続を遵守しなかったことではなく、手続の不遵守の経験が直ちに閉そくを無視した列車運転の予見を可能にするものではない。

(f) 四月一二日の信号トラブル④(進路の開通の確認)について

一審被告のA運転士は、平成三年四月一二日の信号トラブルの際、五五〇四D列車を小野谷信号場から出発させるときに、同信号場上り出発信号機12Lが進行信号を現示していたのを現認したので、上り方向の進路を構成しているポイントが開通していると確認できたことになる。なぜならば、代用閉そくを実施する区間は、信号システムの一部分(本件の場合は貴生川駅方)が使用できないため、全体の信号システムを使用しないことにしているのであり、故障していない信号機に進行信号が現示されているときには、それなりの条件(ポイント開通、信号内方の列車の不存在など)が整っていることに変わりはないからである。

(g) 四月一二日の信号トラブル⑤(進行信号の異常現示)について

一審被告のA運転士は、平成三年四月一二日の信号トラブルの際、五五〇四D列車を小野谷信号場に停車させていたときに、同信号場上り出発信号機12Lに進行信号が一瞬現示され、同列車の発車時にも前記12Lに進行信号が現示されたことを目撃したが、これをもってSKRの信号機が異常な進行信号を現示するおそれがあると認識することはできない。

当時、SKRによる信号システムの修理が行われており、SKRの神山運転主任が信号てこを操作したために、上記12Lに進行信号が現示されたものであるから、上記進行信号の現示は異常現示ではない。故障していた貴生川駅の信号機と異なり、小野谷信号場の信号機が手動操作で進行信号を現示しても何ら異とするに足らない。

また、A運転士は、前記12Lの進行信号の現示を一瞬目撃したにすぎず、そのときは信号機が直ったと思っただけであり、信号機が異常な進行信号を現示するおそれがあるという認識をしていない。

なお、五五〇四D列車に指導添乗していた一審被告のC指導員及びD指導助役は、前記12Lの進行信号の現示を目撃していない。

(h) 五月三日の信号トラブル①(岡村運転士の同乗)について

SKRの岡村運転士は、平成三年五月三日の信号トラブルの際、五〇一D列車に指導者として乗車していなかった。その旨を供述するBの証言及び検面調書(甲A55号証)は信用できるのに対し、これに反する岡村の証言は虚偽である。

(i) 五月三日の信号トラブル②(B運転士の信楽駅出発信号機の赤固定に対する認識)について

一審被告のB運転士は、平成三年五月三日の信号トラブルの際、信楽駅出発信号機22Lが赤固定していたとの事実を認識していない。

運転士は、列車を操縦することを職責としているので、信号故障の原因及び場所などの詳細を確認する必要はなく、駅係員から信号故障を告げられた場合であっても、当該駅係員がその信号故障を認識した時期及び方法について、運転士が知ることは困難であるし、関心も抱かないのが普通である。信号係員でさえも故障原因を特定することは難しいので、通常、故障状況が乗務員に告げられることはない。

なお、SKRの岡村運転士は五〇一D列車に同乗していないので、B運転士が岡村運転士から前記22Lの赤固定の告知を受けたことはない。SKRのH業務課長の平成三年五月三日の信号トラブルの際の小野谷信号場での一連の行動状況から、B運転士が前記22Lの赤固定を認識することはできない。B運転士は、信楽駅においても、前記22Lの赤固定を認識することはできなかった。

(j) 五月三日の信号トラブル③(B運転士のSKRの代用閉そく方式の施行方法に対する感想)について

一審被告のB運転士は、SKRの代用閉そく方式の施行が杜撰であるとの感想を抱いていない。B運転士が平成三年五月三日の信号トラブルの際に五〇一D列車を小野谷信号場から出発させたのは、同信号場と信楽駅との間の安全の確保がなされていたからである。その意味で、SKRの指示に基づく代用閉そく方式に従ったものである。

(k) 五月三日の信号トラブル④(閉そくの不確保)について

B運転士が、平成三年五月三日の信号トラブルの際、小野谷信号場と信楽駅との間を運転したときに、運転通告券の交付を受けておらず、また、指導者の同乗はなかったが、同区間の閉そくは確保されていた。B運転士が、五〇一D列車を小野谷信号場から発車させる際、SKRの運転関係業務の責任者であるH業務課長が同運転士に対し閉そくの確保について責任をもって保証を与えたのであり、また、B運転士が小野谷信号場で行き違った五三四D列車はSKRの手持ち車両のすべてである四両で編成されており、終着駅である信楽駅と小野谷信号場との間には他の列車が存在しなかったからである。したがって、B運転士としては、閉そくが確保され、前途の区間の安全は確保されていると認識していた。

B運転士は、事前教育において「異常時の対応はすべてSKRとする」との指導を受けていたから、閉そくが確保されていた場合に、SKRの責任者で小野谷信号場の駅長役であったH業務課長の指示に従うことは、やむを得なかった。

(1) 五月三日の信号トラブル⑤(A運転士の運転通告券の不受領)について

A運転士は、平成三年五月三日の信号トラブルの際、H業務課長に対し、運転通告券の交付を要求した。

(カ) A運転士の本件事故当日における過失について

一審被告のA運転士には、本件事故当日、小野谷信号場において本件五〇一D列車を停車させる義務及び携帯電話で信楽駅に連絡をとって同駅の指示を仰ぐべき義務のいずれも認められないので、これらの義務があるとして、これらの義務を怠ったA運転士に過失があり、これによって本件事故が惹き起こされたとする原判決は、誤っている。

A運転士が小野谷信号場の信号機の青現示にかかわらず、本件五三四D列車が代用閉そく方式の手続を踏まないで信楽駅を出発し、これが対向していることを予見して停車すべきであったとするのは、信号機が青信号を現示している場合にも、運転士について常に停止するか否かの判断をすべきことを要求するものであって、鉄道事業者としては到底受け入れられないものである。

a 運転士の一般的注意義務について<以下、省略>

b A運転士の具体的な過失の不存在について<以下、省略>

イ 一審原告ら

一審被告又はその代表取締役若しくは被用者には本件事故について過失行為が認められるから、一審被告の被用者に本件事故について過失行為を認めた原判決は正当である。

(ア) 本件直通乗入れに際しての一審被告の立場について

一審被告が本件直通乗入れにおいてSKR線上においても行為義務があることを認めた原判決は正当である。<以下、省略>

(イ) 一審被告又はその代表取締役若しくは被用者の注意義務について

原判決が、一審被告に前記行為義務があったことを前提に、一審被告の代表取締役に安全体制確立義務があり、一審被告の被用者にその職分に応じた形で同義務があるとしたことは、正当である。

a 注意義務の内容及び程度について<以下、省略>

b 予見可能性について<以下、省略>

c 回避可能性について<以下、省略>

d 信頼の原則について

本件事故前には、信号故障が頻発し、その際に施行された代用閉そく方式において手続に違反する行為が繰り返されていたのであるから、信頼の原則の前提が崩れていた。<以下、省略>

e 公害裁判との対比について<以下、省略>

(ウ) 信号システムに関する注意義務違反について

一審被告は、方向優先てこ65Rを設置するに当たって、SKRと連動会議及び結線会議を開催するなどして、信号システムに設計上の欠陥が生じないようにすべき注意義務を負っていたにもかかわらず、これを怠り、また、前記65Rを操作するに当たって、SKRに対し、これを連絡すべき義務を負っていたにもかかわらず、これを怠った過失により、信楽駅出発信号機22Lに赤固定を生じさせ、これによりパニックに陥ったSKRに代用閉そく方式に違反した列車の運行及びG信号技士に誤出発検知機能を無効化する回路の短絡を行わせ、本件事故を発生させたのであるから、一審被告の被用者の信号システム違反に関する過失を認め、これによって本件事故が惹き起こされたと認定した原判決は、正当である。

a 過失について<以下、省略>

b 因果関係について<以下、省略>

c SKRの方向優先てこの設置及び操作に対する認識について<以下、省略>

(エ) 教育及び訓練における注意義務違反について

一審被告は、SKRと本件直通乗入れについて十分な協議をせず、この不十分な協議に基づいて行われた本件直通列車の乗務員等に対する教育及び訓練も不十分なものであったから、一審被告には本件直通列車の乗務員等に対する教育及び訓練義務違反の過失があり、これを認めた原判決は、正当である。

a 一審被告のSKRとの協議義務違反について<以下、省略>

b 予見可能性について<以下、省略>

c 回避可能性について<以下、省略>

d 教育及び訓練義務違反について<以下、省略>

a 報告体制確立義務について

(a) 報告体制確立義務の意義について

一審被告には、情報の伝達不全によってSKR線上における事故発生が予見できないような事態を生じないようにするため、本件直通列車の乗務員及びSKRと接触している駅員に対し、SKR線の情報を的確に報告させ、これを集約し、組織内において情報を共有化する組織内の情報伝達体制を確立するべき注意義務があった。

なお、一審被告に対する報告体制確立義務は、前記のとおり限定されたものであって、無内容なものでも、広汎なものでもない。

(b) 報告体制確立義務の根拠について

一審被告のような巨大かつ複雑な人的組織において、従業員一人が知り得た事故発生に結びつく情報を組織全体に伝達する体制がなければ、その情報は生かされず、様々な事故の発生に繋がるおそれがある。しかも、これらのいくつかの情報が総合的に分析されて初めて事故発生が予見できるような場合には、情報伝達体制がなければ、個々の従業員が知り得た事実だけでは、いずれの過失も認められないことになり、不合理な結論になる。

b 予見可能性について

一審被告の被用者は、SKRが信号トラブルの際に施行した代用閉そく方式には違反行為があったから、本件事故を予見することは可能であった。また、一審被告の被用者は、上記事実から、SKRが一閉そく区間に一列車の原則を遵守していないことを認識することができた。

なお、SKRが信号トラブルの際に施行した代用閉そく方式の違反行為と本件事故の原因となった赤信号冒進との間には質的相違は存しない。なぜなら、代用閉そく方式による運行は、形式的な手続の積み重ねによって実質的な安全を確保しているからである。

c 回避可能性について

一審被告は、本件直通列車の乗務員等から、平成三年四月八日、同月一二日及び同年五月三日の信号トラブル並びにその際にSKRが施行した代用閉そく方式に違反があることの連絡を受けていれば、SKRに対し代用閉そく方式を規則に従って正しく行うように要求することができ、本件事故を防止することができた。

d 信頼の原則との関係について

(a) 信頼の前提の欠如について

一審被告は、SKRの代用閉そく方式の手続違反を繰り返し現認し、これに加担していたことから、信頼の原則を適用すべきではない。

(b) 組織内部及び共同作業における信頼の原則の適用について

一審被告の組織内部及びSKRとの共同作業などに対して信頼の原則を適用することについては、未だ確定した判例及び学説があるわけではないから、本件においても安易な適用は慎むべきである。

(c) 運行管理権を根拠とする信頼の原則の適用について

一審被告が主張する運行管理権の内容は漠然かつ不明確なものであって、そのような運行管理権を根拠に報告体制確立義務について信頼の原則を適用することには疑問がある。

また、一審被告が、SKR線の運行管理権を有しないことをもって、SKR線における安全確保のための方策に困難があるわけではないから、SKRが提供した情報を信用すれば足りるというものではない。

(d) 直通運転契約書九条を根拠とする信頼の原則の適用について

一審被告は、直通運転契約書九条を根拠に、SKRから提供される情報を信用すれば足りると考えることはできない。なぜならば、一審被告の義務はSKR線の利用者との関係で積極的に運行の安全にかかわる情報を集めるべきことが求められているのであるから、一審被告とSKRとの関係を規定している直通運転契約書九条が一審被告の前記義務に影響するものではなく、一審被告は、SKRから報告を受けることとは別に、乗客に対する関係で自社の車両の乗客の安全を確保するために独自に情報を収集する義務がある。

e 報告体制確立義務違反の前提となる事実について

(a) 四月八日の信号トラブル①(指揮命令系統の混乱)について

SKRの運心には、代用閉そく方式の施行についての指揮及び命令は、信楽駅の当務駅長が行うこととされており、それ以外の者が行うことは許されない。ところが、平成三年四月八日の信号トラブルの際、SKRの信楽駅の当務駅長ではないH業務課長が代用閉そく方式の施行について指揮及び命令を行っていた。したがって、平成三年四月八日の信号トラブルの際の代用閉そく方式の施行において、SKRの指揮及び命令系統には混乱があったといわざるを得ない。

そして、一審被告のF助役は、平成三年四月八日の信号トラブルの際、信楽駅の当務駅長ではないH業務課長が代用閉そく方式の施行についての指揮及び命令を行っていたことを知っていたから、SKRの指揮及び命令系統の混乱を認識していたことになる。

なお、H業務課長が、SKRの鉄道輸送業務において包括的及び全般的な指揮及び監督権を有しており、信楽駅の当務駅長である運転主任の上位職であって、運転主任を指揮及び命令並びに指導する関係にあったとしても、代用閉そく方式の施行について指揮及び命令を行うことは許されない。なぜならば、異常時における運転取扱いの場合にこそ、指揮及び命令系統の確立が重要であり、運心は、安全の確保を図るため、異常時に施行される代用閉そく方式の手続を詳細かつ厳格に定めており、SKRの社内の実態といった個別事情が実質的に考慮されることはないからである。

また、信楽駅の当務駅長が、H業務課長に対し、権限を委譲したことを示す証拠はない。

(b) 四月八日の信号トラブル②(区間開通の確認の懈怠)について

SKRのI施設課長は、平成三年四月八日の信号トラブルの際、実質的な区間開通の確認を行わなかった。ところが、I施設課長は、一審被告のF助役に対し、徒歩で区間開通の確認をしたとの虚偽の報告をした。F助役は、前後の状況から、I施設課長の報告が虚偽であることを知り得たにもかかわらず、区間開通の確認が正しく行われているか否かを確認しなかった。

一審被告の運転作業要領において、区間開通の確認が常用閉そく方式で最後に運転した列車の運転士に連絡して位置を確かめれば足りるものとされていたとしても、これがSKR線に適用されるものではない。なぜならば、前記運転作業要領は一審被告の運心の細則であり、これをSKR線に適用するとの取決めもなされていないからである。

また、実質的な閉そくの確保も、鉄道運転規則に定められた代用閉そく方式の手続によって行われるべきものである。

(c) 四月一二日の信号トラブル①(指揮命令系統の混乱)について

SKRの運心には、代用閉そく方式の施行についての指揮及び命令は、信楽駅の当務駅長が行うこととされており、それ以外の者が行うことは許されない。ところが、平成三年四月一二日の信号トラブルの際、SKRの信楽駅の当務駅長ではないH業務課長が代用閉そく方式の施行について指揮及び命令を行っていた。したがって、平成三年四月一二日の信号トラブルの際の代用閉そく方式の施行において、SKRの指揮及び命令系統には混乱があったといわざるを得ない。

そして、一審被告のA運転士、C指導員、D指導助役及びJ助役は、平成三年四月一二日の信号トラブルの際、信楽駅の当務駅長ではないH業務課長が代用閉そく方式の施行についての指揮及び命令を行っていたことを知っていたから、SKRの指揮及び命令系統の混乱を認識していたことになる。

なお、H業務課長のSKRにおける立場を考慮しても、代用閉そく方式の施行の際に指揮及び命令を行うことができないことは、前記(a)のとおりである。

A運転士は、誰が小野谷信号場の駅長役を務めているかを確認するべきであり、当該駅の社員であることが確認できれば、その指示に従うことが当然であるとはいえない。なぜならば、異常時の運転取扱いにおいては指揮及び命令系統の確立が重要だからである。また、小野谷信号場にはSKRの従業員がいなかったのであるから、誰がどのような指示を与えていたかをA運転士が理解していたとは考えられない。

SKRの運心によれば、代用閉そくを施行した際の小野谷信号場の運転係は、信楽駅の当務駅長の指示を受けることになっている。したがって、平成三年四月一二日の信号トラブルの際の代用閉そくを施行したときに、H業務課長が小野谷信号場の運転係であったとすれば、信楽駅の駅長の指示を受ける必要があり、独自の権限と責任において代用閉そく方式を施行してはならない。

(d) 四月一二日の信号トラブル②(区間開通の確認の懈怠)について

一審被告のJ助役は、平成三年四月一二日の信号トラブルの際のSKRのK施設整備主任が行った区間開通の確認が杜撰であることを認識していた。なぜならば、K施設整備主任は、指示する立場にないSKRの服部運転士から区間開通の確認のやり直しを指示され、これをやり直しているからである。

なお、K施設整備主任が区間開通の確認をやり直したことは、SKRの区間開通の確認が杜撰であることを示すのであって、これを現認したJ助役が、SKRが区間開通の確認を守ることの認識を新たにしたものとすることはできない。

また、SKRの被用者が代用閉そく方式の手続に違反する行為を行っているのであるから、信頼の原則を適用することはできず、SKRの被用者が行うことを信頼するだけでは足りない。

(e) 四月一二日の信号トラブル③(運転通告券の不交付等)について

一審被告の本件直通列車の乗務員は、平成三年四月一二日の信号トラブルの際に施行された代用閉そく方式において、SKRから交付を受けるべき運転通告券の交付を受けずに運転を行うなどの代用閉そく方式の手続に違反する行為をしていた。

なお、代用閉そく方式を施行した際には、その手続を遵守することが列車の安全な運行にとって重要な意味を有するのであるから、前記手続の違反によって列車の安全な運行に支障がなかったとはいえない。

(f) 四月一二日の信号トラブル④(進路の開通の確認)について

一審被告の本件直通列車の乗務員は、平成三年四月一二日の信号トラブルの際、代用閉そく方式が施行されているのであるから、信号機の現示に従って運転してはならないにもかかわらず、信号機の進行信号に従って列車を出発させた。

(g) 四月一二日の信号トラブル⑤(進行信号の異常現示)について

平成一二年四月一二日の信号トラブルの際、小野谷信号場上り出発信号機12Lが一時的に進行信号を現示しているところ、一審被告のA運転士は、上記異常現示を現認している。

なお、上記異常現示が信号てこを操作したことによるものであり、A運転士は信号トラブルが直ったと思ったことを裏付ける証拠はない。

(h) 五月三日の信号トラブル①(岡村運転士の同乗)について

SKRの岡村運転士は、平成三年五月三日の信号トラブルの際、五〇一D列車に指導者として乗車していた。

なお、岡村運転士が前記五〇一D列車に指導者として乗車していたとの岡村運転士の供述調書の記載及び原審における証言は信用できるものであり、一審被告が指摘する岡村運転士の前記供述調書の記載及び原審における証言に対する信用性を弾劾する事情を考慮するまでもない。

岡村運転士が前記五〇一D列車に乗車していないとのB運転士の供述調書の記載は、あいまいなものであって、信用できない。また、B運転士の原審における証言も、その内容が変遷しており、信用できない。

岡村運転士が乗客の案内ないし整理のためなどの理由により信楽駅に残っていたことを裏付ける証拠はない。

(i) 五月三日の信号トラブル②(B運転士の信楽駅出発信号機の赤固定に対する認識)について

一審被告のB運転士は、平成三年五月三日の信号トラブルの際、五〇一D列車に指導者として乗車したSKRの岡村運転士からの告知、小野谷信号場でのSKRのH業務課長の一連の言動及び信楽駅での体験から、信楽駅出発信号機22Lが赤固定していたことを認識し、又は認識することができた。

岡村運転士が前記五〇一D列車に乗車した際にB運転士に対し前記22Lが赤固定していたことを告知したとの原審における証言は信用することができる。

B運転士は、小野谷信号場において、手回しハンドルでポイントを切り替えるH業務課長を現認した後、同業務課長と会話をしていること及び小野谷信号場を出発する直前にも同業務課長と会話をしていることから、H業務課長から前記22Lが赤固定していたことを告知された可能性がある。

B運転士は、前記五〇一D列車の信楽駅からの折り返し列車である五〇四D列車を運転するために信楽駅で約四〇分間待機しており、その間に、小野谷信号場の転てつ器及び信号機が正常に作動していなかった原因について関心を抱いたはずであり、また、前記22Lが赤固定のまま信楽駅から列車が出発するのを現認していた。

(j) 五月三日の信号トラブル③(B運転士のSKRの代用閉そく方式の施行方法に対する感想)について

一審被告のB運転士は、SKRのH業務課長が小野谷信号場と信楽駅間に列車が存在しないことを確認せずに列車を出発させたことをもって、SKRの代用閉そく方式の施行が杜撰であると感じたものである。

したがって、SKRの代用閉そく方式には実質的具体的危険があり、B運転士はこれを認識していた。

(k) 五月三日の信号トラブル④(閉そくの不確保)について

SKRのH業務課長は、小野谷信号場と信楽駅との間の閉そく区間に列車が存在しないことを確認せずに列車を運行(無閉そく運転)を行ったものである。なぜならば、H業務課長は、信楽駅に対する連絡を一切せずに、列車を運行させているので、小野谷信号場と信楽駅との間に他の列車の存在しないことの確認もなされずに、列車を出発させたことになるからである。

(1) 五月三日の信号トラブル⑤(A運転士の運転通告券の不受領)について

一審被告のA運転士は、平成三年五月三日の信号トラブルの際、運転通告券を要求しなかった。

(カ) A運転士の本件事故当日における過失について

一審被告のA運転士には、本件事故当日、小野谷信号場において本件五〇一D列車を停車させた上、携帯電話で信楽駅に連絡をとって同駅の指示を仰ぐべきであったにもかかわらず、これらを怠った過失があり、これによって本件事故を惹き起こしたのであるから、原判決は正当である。

a 運転士の一般的な注意義務について<以下、省略>

b A運転士の過失を認定した具体的事情について<以下、省略>

(3)  一審被告の法人の不法行為責任について<以下、省略>

(4)  代表取締役の不法行為による一審被告の損害賠償責任について

ア 一審原告ら

仮に法人の民法七〇九条の不法行為責任が認められないとしても、一審被告の代表取締役には本件事故について信号システムに関する過失、教育及び訓練における過失並びに報告体制確立に関する過失が認められ、一審被告の職務を行うについて犠牲者に対し損害を加えたから、一審被告は商法二六一条三項、七八条二項、民法四四条一項によりその損害の賠償責任を負う。

なお、原判決がこの点について判断していないので、当審でも改めて主張するものである。

イ 一審被告

一審被告の代表取締役には本件事故についての過失はなく、代表取締役について民法七〇九条の不法行為は成立しないから、一審被告が商法二六一条三項、七八条二項、民法四四条一項に基づいて損害賠償責任を負うことはない。

(5)  使用者責任について

ア 一審原告ら

(ア) 被用者の不法行為について

原判決は、一審被告の被用者の過失を認定し、不法行為の成立を認めたが、一審被告の主張に鑑み、改めて被用者の過失について主張する。

a 信号システムに関する注意義務違反について<以下、省略>

b 教育及び訓練における注意義務違反について<以下、省略>

c 報告義務違反について

(a) 報告義務の根拠について

報告義務は事故を防止するために重要なものであり、一審被告の社内においても動力車乗務員作業標準及び運転事故報告手続などの規定が一審被告の被用者に対し報告義務を課している。

(b) F助役の四月八日の信号トラブルに関する報告義務違反について

一審被告のF助役は、平成三年四月八日の信号トラブルの際に施行された代用閉そく方式において、SKRの指揮命令系統が混乱しており、また、区間開通の確認が厳格に実施されていないことを知ったのであるから、これらを運転事故報告手続等に基づいて報告すべき義務があったにもかかわらず、これらの報告を怠った。

F助役は、SKRが区間開通の確認を厳格に実施せずに代用閉そく方式による列車の運行をしていることを知ったのであるから、SKRが代用閉そく方式に違反して列車を運行させたことによる本件事故の発生を予見することができたのである。

F助役が前記報告義務を尽くしていれば、一審被告がSKRに対し代用閉そく方式の違反について是正を申し入れ、本件事故を防ぐことができた。しかるに、F助役が前記報告義務に違反し、前記違反を報告しなかったため、本件事故を防止することができなかった。

したがって、F助役には、前記報告義務に違反した過失がある。

(c) J助役の四月一二日の信号トラブルに関する報告義務違反について

一審被告のJ助役は、平成三年四月一二日の信号トラブルの際に施行された代用閉そく方式において、SKRの指揮命令系統が混乱しており、また、区間開通の確認が厳格に実施されていないことを知ったのであるから、これらを運転事故報告手続等に基づいて報告すべき義務があったにもかかわらず、これらの報告を怠った。

J助役は、SKRが区間開通の確認を厳格に実施せずに代用閉そく方式による列車の運行をしていることを知ったのであるから、SKRが代用閉そく方式に違反して列車を運行させたことによる本件事故の発生を予見することができたのである。

J助役が前記報告義務を尽くしていれば、一審被告がSKRに対し代用閉そく方式の違反について是正を申し入れ、本件事故を防ぐことができた。しかるに、J助役が前記報告義務に違反し、前記違反を報告しなかったため、本件事故を防止することができなかった。

したがって、J助役には、前記報告義務に違反した過失がある。

(d) A運転士の四月一二日の信号トラブルに関する報告義務違反について

一審被告のA運転士は、平成三年四月一二日の信号トラブルの際に施行された代用閉そく方式において、小野谷信号場上り出発信号機12Lの異常現示及び信号停止措置のとられていない信号機への進行信号の現示といった信号異常の発生並びに運転通告券の不交付及び代用手信号の不実施などの手続違反があったことを知ったのであるから、これらを運転事故報告手続ないし点呼等によって報告すべき義務があったにもかかわらず、これらの報告を怠った。

A運転士は、SKRが代用閉そく方式の手続を履践せずに列車の運行をしていることを知ったのであるから、SKRが代用閉そく方式に違反して列車を運行させたことによる本件事故の発生を予見することができたのである。

A運転士が前記報告義務を尽くしていれば、一審被告がSKRに対し代用閉そく方式の違反について是正を申し入れ、本件事故を防ぐことができた。しかるに、A運転士が前記報告義務に違反し、前記違反を報告しなかったため、本件事故を防止することができなかった。

したがって、A運転士には、前記報告義務に違反した過失がある。

(e) C指導員及びD指導助役の四月一二日の信号トラブルに関する報告義務違反について

一審被告のC指導員及びD指導助役は、平成三年四月一二日の信号トラブルの際に施行された代用閉そく方式において、小野谷信号場上り出発信号機12Lの異常現示及び信号停止措置のとられていない信号機への進行信号の現示といった信号異常の発生並びに運転通告券の不交付及び代用手信号の不実施などの手続違反があったことを知ったのであるから、これらを運転事故報告手続等に基づいて報告すべき義務があったにもかかわらず、これらの報告を怠った。

C指導員及びD指導助役は、SKRが代用閉そく方式の手続を履践せずに列車の運行をしていることを知ったのであるから、SKRが代用閉そく方式に違反して列車を運行させたことによる本件事故の発生を予見することができたのである。

C指導員及びD指導助役が前記報告義務を尽くしていれば、一審被告がSKRに対し代用閉そく方式の違反について是正を申し入れ、本件事故を防ぐことができた。しかるに、C指導員及びD指導助役が前記報告義務に違反し、前記違反を報告しなかったため、本件事故を防止することができなかった。

したがって、C指導員及びD指導助役には、前記報告義務に違反した過失がある。

(f) B運転士の五月三日の信号トラブルに関する報告義務違反について

一審被告のB運転士は、平成三年五月三日の信号トラブルの際に施行された代用閉そく方式において、区間開通の確認がなされていないこと及び運転通告券が交付されなかったことを知ったのであるから、これらを運転事故報告手続ないし点呼等によって報告すべき義務があったにもかかわらず、これらの報告を怠った。

B運転士は、SKRが代用閉そく方式の手続を履践せずに列車の運行をしていることを知ったのであるから、SKRが代用閉そく方式に違反して列車を運行させたことによる本件事故の発生を予見することができたのである。

B運転士が前記報告義務を尽くしていれば、一審被告がSKRに対し代用閉そく方式の違反について是正を申し入れ、本件事故を防ぐことができた。しかるに、B運転士が前記報告義務に違反し、前記違反を報告しなかったため、本件事故を防止することができなかった。

したがって、B運転士には、前記報告義務に違反した過失がある。

(g) A運転士及びE助役の五月三日の信号トラブルに関する報告義務違反について

一審被告のA運転士及びE助役は、平成三年五月三日の信号トラブルの際に施行された代用閉そく方式において、運転通告券が交付されなかったことを知ったのであるから、これらを運転事故報告手続ないし点呼等によって報告すべき義務があったにもかかわらず、これらの報告を怠った。

A運転士及びE助役は、SKRが代用閉そく方式の手続を履践せずに列車の運行をしていることを知ったのであるから、SKRが代用閉そく方式に違反して列車を運行させたことによる本件事故の発生を予見することができたのである。

A運転士及びE助役が前記報告義務を尽くしていれば、一審被告がSKRに対し代用閉そく方式の違反について是正を申し入れ、本件事故を防ぐことができた。しかるに、A運転士及びE助役が前記報告義務に違反し、前記違反を報告しなかったため、本件事故を防止することができなかった。

したがって、A運転士及びE助役には、前記報告義務に違反した過失がある。

d 報告体制確立義務違反について

(a) 安全対策室長ないし運輸部運用課長について

一審被告の安全対策室長ないし運輸部運用課長は、本件直通列車の乗務員及び駅員が運行の安全にかかわる情報を確実に認識できるように、本件直通乗入れに当たって必要な知識を教育し、同人らが認識し得た情報を運転事故報告手続ないし点呼によって確実に報告させ、部課内においてその情報を集約し、関係部課と相互に連絡協議をして、情報を共有化できる体制を構築すべき義務があったにもかかわらず、これを怠った。

安全対策室長ないし運輸部運用課長は、遅くとも平成三年五月三日の信号トラブルの後には、SKRが区間開通の確認を厳格に実施せずに代用閉そく方式による列車の運行をしていることを知ることができたのであるから、SKRが代用閉そく方式に違反して列車を運行させたことによる本件事故の発生を予見することができたのである。

安全対策室長ないし運輸部運用課長が前記注意義務を尽くしていれば、同人らがSKRの代用閉そく方式の違反についての報告を受けることができ、一審被告がSKRに対し代用閉そく方式の違反について是正を申し入れ、本件事故を防ぐことができた。しかるに、安全対策室長ないし運輸部運用課長が前記情報収集及び報告体制を確立するという義務に違反したため、本件直通列車の乗務員及び駅員等が認識した運行の安全性にかかわる情報が運転事故報告手続ないし点呼により報告されず、一審被告が本件事故の発生を回避する措置をとることができず、本件事故を防止することができなかった。

したがって、安全対策室長ないし運輸部運用課長には、前記注意義務に違反した過失がある。

(b) 鉄道本部長について

一審被告の鉄道本部長は、前記a(b)と同じ理由により、安全対策室長及び運輸部運用課長と同じく前記報告体制確立義務を負う。

そして、鉄道本部長は前記注意義務を怠り、これによって本件事故が発生したから、鉄道本部長には前記注意義務に違反した過失がある。

e A運転士の本件事故当日の注意義務違反について<以下、省略>

(イ) 業務執行について

一審被告の被用者らの前記(ア)の不法行為は、一審被告がSKRから本件直通乗入れの要請を受け、本件直通乗入れ業務に携わった際に行われたものであるから、一審被告の業務の執行について行われたものである。

なお、一審被告がSKR線内において鉄道事業免許を有しないことは、一審被告がSKR線内において鉄道事業を行うことができないことを意味するにすぎず、本件直通乗入れが一審被告の業務の執行として行われたことを否定するものではない。

イ 一審被告

(ア) 被用者の不法行為について

一審被告の被用者には本件事故についての過失はなく、被用者について民法七〇九条の不法行為は成立しないから、一審被告が民法七一五条一項に基づいて損害賠償責任を負うことはない。

a 信号システムに関する注意義務違反について<以下、省略>

b 教育及び訓練における注意義務違反について<以下、省略>

c 報告義務違反について

一審被告のF助役、J助役、A運転士、C指導員、D指導助役、B運転士ないしE助役には本件事故前の信号トラブル等についての報告義務違反はなく、前記被用者らに過失がないから、前記被用者について民法七〇九条の不法行為は成立しない。

d 報告体制確立義務違反について

一審被告の鉄道本部長、安全対策室長ないし運輸部運用課長には本件事故前の信号トラブル等について情報収集及び報告体制を確立することについての義務違反はなく、前記被用者らに過失がないから、前記被用者について民法七〇九条の不法行為は成立しない。

前記被用者が、前記義務を尽くして得た情報に基づいてSKRに対し代用閉そく方式の施行方法について善処方を申し入れたとしても、SKRがこれに従った保証はない。

前記被用者について報告体制確立義務違反の過失があったとすることは、実質的には、特定個人の過失ではなく、法人ないしその一部の組織として観察した場合の過失であり、法人である一審被告に過失があったとすることと同じである。

e A運転士の本件事故当日の注意義務違反について<以下、省略>

(イ) 業務執行について

本件直通乗入れは一審被告の業務として行われたものではなく、本件事故において一審被告の被用者は、一審被告の業務に従事していたのではないから、一審被告は民法七一五条の責任を負う余地はない。

民法七一五条による使用者責任は、被用者の行為が使用者の「事業」の執行についてなされたことを要する。しかし、一審被告は、SKR線内について事業免許を有していないのであるから、法律上SKR線内において鉄道運送事業を営むことができない。一審被告は、本件直通乗入れによりSKRに対し車両と乗務員を提供したに過ぎず、これら車両及び乗務員はSKRの運送事業の用に供され、乗務員はSKRの指揮監督に服し、一審被告の指揮監督から離れるのであるから、SKR線内における運送事業中、一審被告所有車両及び乗務員が関与した運行があったとしても、それは一審被告の事業たりえない。

また、SKR線の鉄道事業免許を持たない一審被告の従業員は、SKR線で列車の操縦行為をしたとしても、それは、一審被告の業務執行でない。一審被告の従業員の結果予見可能性及び結果回避義務の存否を判断するについても、事業免許を持たず、SKRの運行管理下におかれた一審被告の従業員としては、極めて限定されたものである。

(ウ) 時機に遅れた攻撃防御方法(民事訴訟法一五七条一項)について

一審原告らが主張する、一審被告の鉄道本部長、電気部長、電気部信号通信課長、運輸部管理課長、同部運用課長ないし安全対策室長の信号システムに関する注意義務違反、教育及び訓練における注意義務違反ないし報告体制確立義務違反については、本件事故後九年半近く経過した段階において新たに提出された攻撃の方法であるから、時機に遅れたものとして却下すべきである。

(エ) 消滅時効について

a 時効期間の経過について

(a) 鉄道本部長、電気部長、電気部信号通信課長ないし安全対策室長の不法行為に基づく損害賠償請求権について

一審原告らは、一審被告の被用者である鉄道本部長、電気部長、電気部信号通信課長ないし安全対策室長の信号システムに関する注意義務違反、教育及び訓練における注意義務違反ないし報告体制確立義務違反の各過失による不法行為を理由とする使用者責任に基づく損害賠償請求権についての損害及び加害者を、一審原告らが前記被用者らを告訴ないし告発した平成四年一二月七日までには知った。

(b) 運輸部管理課長ないし同部運用課長の不法行為に基づく損害賠償請求権について

一審原告らは、一審被告の被用者である運輸部管理課長ないし同部運用課長の信号システムに関する注意義務違反、教育及び訓練における注意義務違反ないし報告体制確立義務違反の各過失による不法行為を理由とする使用者責任に基づく損害賠償請求権についての損害及び加害者を、一審原告らが信号システムに関する注意義務違反ないし教育及び訓練における注意義務違反の過失を主張した準備書面を提出した平成八年一二月二七日までには知った。

b 時効の援用について

一審被告は、平成一三年二月二八日の当審における口頭弁論期日において、一審原告らに対し、一審被告の被用者である鉄道本部長、電気部長、電気部信号通信課長、運輸部管理課長、同部運用課長ないし安全対策室長の信号システムに関する注意義務違反、教育及び訓練における注意義務違反ないし報告体制確立義務違反の各過失による不法行為を理由とする使用者責任に基づく損害賠償請求権について、消滅時効を援用するとの意思表示をした。

ウ 一審原告ら

(ア) 時機に遅れた攻撃防御方法(民事訴訟法一五七条一項)について

一審原告らの主張は、これによって、新たな争点が生じることはなく、また、その審理のために訴訟の完結が遅延するものではないから、時機に遅れた攻撃防御方法ではない。

(イ) 消滅時効について

一審原告らは、原審において、民法七一五条に基づく請求を行っていたから、消滅時効にかからない。

なお、訴えの変更がなされた場合に、変更された請求が変更前の請求と基本的な請求原因事実を同じくし、経済的に同一の給付を目的とする関係にあるときは、変更前の請求の訴え提起により変更後の請求の権利行使の意思が継続的に表示されているということができ、変更後の請求について催告が継続していたことになるところ、本件においても同一の事故から生じる請求であるから、従前の請求により催告が継続していたということができる。

(6)  契約責任について<以下、省略>

(7)  安全配慮義務違反について<以下、省略>

(8)  損害について

ア 一審原告ら

(ア) 慰謝料について

慰謝料の金額は、裁判所がそれぞれの場合における事情を斟酌し、自由な心証をもって量定すべきものとされているところ、本件事故における諸事情を考慮すれば、各犠牲者について少なくとも三〇〇〇万円を下らない。<以下、省略>

(イ) 亡佐代子の損害について

亡佐代子が本件事故によって被った損害額は、原判決が認定した葬祭関係費一三〇万円に、後記aの逸失利益二四七八万三三九八円、後記bの慰謝料三〇〇〇万円及び後記cの弁護士費用四九〇万円を加えた上、原判決が認定した損害のてん補六八五万九六九二円を控除した五四一二万三七〇六円となる。

したがって、一審原告吉崎俊三は、前記損害額の二分の一を相続したので、二七〇六万一八五三円に、一審原告溝口恵美子及び一審原告坂本久仁子は、それぞれ前記損害額の四分の一を相続したので、一三五三万〇九二六円(一円未満切捨)に、それぞれ遅延損害金を付加して一審被告に対して請求する。

a 逸失利益(二四七八万三三九八円)

逸失利益は、原判決が認定した家事労働所得喪失による逸失利益一九七四万一〇八四円に、後記の国民年金受給資格喪失による逸失利益五〇四万二三一四円を加えた二四七八万三三九八円である。

(a) 国民年金受給資格喪失による逸失利益を認めるべき理由について

国民年金は、亡佐代子が六五歳になったときに、同女に支給されるであろうことは疑いのない事実であり、亡佐代子が本件事故により死亡していなければ、国民年金の給付を受けることは確実であるということができる。亡佐代子は、本件事故により死亡していなければ、平成一三年二月五日の時点において六三歳であるが、すでに国民年金の繰り上げ支給も認められる年齢であり、国民年金は現実に支給されている。確かに亡佐代子が支給を受けることができる国民年金の支給額は明確ではないが、国民年金の支給を受けることは確実であるにもかかわらず、その支給額が明確ではないという一事をもって、国民年金受給資格喪失による逸失利益を否定することは妥当ではない。少なくとも現時点において予想される国民年金の支給額の最下限としても、逸失利益性を認めるべきである。

また、国民年金受給資格喪失による逸失利益を認めない場合には、本件事故当時五三歳で健康な主婦であった亡佐代子の逸失利益が、現に年金を受給していた六〇歳以上の主婦よりも逸失利益が大幅に下回ることになり、不均衡である。かかる不均衡を是正する観点からも、国民年金受給資格喪失による逸失利益を認めるべきである。

(b) 国民年金受給資格喪失による逸失利益の額(五〇四万二三一四円)

平成一二年度の国民年金の支給額は、年額八〇万四二〇〇円であり、その金額は本件事故時である平成三年度の年額及び最近一〇年間の年額に比較しても上昇している。そして、現在の経済情勢からして、亡佐代子が生きていたならば、六五歳に達していた平成一四年一〇月七日時点における国民年金の支給額が現在の支給額を大幅に下回ることは考えられない。したがって、亡佐代子に支給される国民年金の支給額が、一審原告吉崎らが原審において主張していた年額五三万四二〇〇円を下回ることはない。

亡佐代子が本件事故に遭遇しなければ、六五歳から平均余命までの約一九年間少なくとも年額五三万四二〇〇円の国民年金を得ることができたから、これからホフマン方式による年五分の割合による中間利息を控除すると、その現価は以下のとおり五〇四万二三一四円(一円未満四捨五入。以下、特に断らない限り、同様である。)になる。

534,200×(18.029−8.590)=5,042,314

b 慰謝料(三〇〇〇万円)

慰謝料は、前記(ア)のとおり少なくとも三〇〇〇万円を下らない。

c 弁護士費用(四九〇万円)

前記aの逸失利益及び前記bの慰謝料が増額する結果、弁護士費用も原判決の認定額から増額し、四九〇万円を下らない。

(ウ) 亡一男の損害について<以下、省略>

(エ) 亡信子の損害について

亡信子が本件事故によって被った損害額は、原判決が認定した葬祭関係費一二〇万円に、後記aの逸失利益五三五三万六〇五六円、後記bの慰謝料三〇〇〇万円及び後記cの弁護士費用七五〇万円を加えた上、原判決が認定した損害のてん補九五三万一五二〇円を控除した八二七〇万四五三六円となる。

したがって、一審原告臼井和男及び一審原告臼井泰子は、それぞれ前記損害額の二分の一を相続したので、それぞれ四一三五万二二六八円に遅延損害金を付加して一審被告に対して請求する。

a 逸失利益(五三五三万六〇五六円)

亡信子の死亡による逸失利益は、亡信子の死亡当時の勤務状態が通常と異なり、かつ将来陶芸家としての道を歩もうとする不確定事情があった以上、少なくとも賃金センサスによる平均給与の収入は将来もあったとして算定するのが最も蓋然がある。したがって、亡信子は、少なくとも大卒女子二六歳の平均給年四〇六万一三〇〇円(平成九年賃金センサス)にホフマン係数を乗じることとすべきであり、これを前提に就労可能年数を六七歳まで、生活費控除を四〇パーセントとして算定すると、逸失利益は以下のとおり五三五三万六〇五六円(一円未満切捨)になる。

4,061,300×(1−0.4)×21.970=53,536,056

なお、亡信子の将来の収入に不明確な面があるとしても、亡信子が本件事故後四一年間にわたり本件事故当時と同じ年間三〇〇万円の収入しか上げられないということは到底あり得ない。特に亡信子は、本件事故当時研究員というポストにあり、しかも亡信子の年俸三〇〇万円は、週休二日制度に加えて週一日の在宅研修日のある勤務体制を前提とした報酬であり、通常勤務に移っただけでも年収が増加したことは容易に推測できる。したがって、年収三〇〇万円の収入を将来の逸失利益の算定の基礎とするのであれば、少なくとも通常の勤務に従って修正がなされなければ、正確な収入になっていない。

b 慰謝料(三〇〇〇万円)

慰謝料は、前記(ア)のとおり少なくとも三〇〇〇万円を下らない。

c 弁護士費用(七五〇万円)

前記aの逸失利益及び前記bの慰謝料が増額する結果、弁護士費用も原判決の認定額から増額し、七五〇万円を下らない。

(オ) 亡てい子の損害について<以下、省略>

(カ) 亡正利の損害について<以下、省略>

(キ) 亡初榮の損害について<以下、省略>

(ク) 亡晶子の損害について<以下、省略>

(ケ) 亡花子の損害について

亡花子が本件事故によって被った損害額は、原判決が認定した葬祭関係費一三〇万円に、後記aの逸失利益二九三四万九〇六三円、後記bの慰謝料三〇〇〇万円及び後記cの弁護士費用六一〇万円を加えた六六七四万九〇六三円となる。

したがって、一審原告乙川春夫及び一審原告乙川夏夫は、それぞれ前記損害額の二分の一を相続したので、それぞれ三三三七万四五三一円(一円未満切捨)に遅延損害金を付加して一審被告に対して請求する。

a 逸失利益(二九三四万九〇六三円)

逸失利益は、原判決が認定した家事労働所得喪失による逸失利益二五六三万五五八三円に、後記の国民年金受給資格喪失による逸失利益三七一万三四八〇円を加えた二九三四万九〇六三円である。

(a) 国民年金受給資格喪失による逸失利益を認めるべき理由について

国民年金は、亡花子が六五歳になったときに、同女に支給されるであろうことは疑いのない事実であり、亡花子が本件事故により死亡していなければ、国民年金の給付を受けることは確実であるということができる。亡花子は、本件事故により死亡していなければ、平成一三年二月五日の時点において六二歳であるが、前記(イ)a(a)と同様の理由で、少なくとも現時点において予想される国民年金の支給額の最下限としても、逸失利益性を認めるべきである。

(b) 国民年金受給資格喪失による逸失利益の額(五〇四万二三一四円)

前記(イ)a(b)と同様の理由で、亡花子が生きていたならば、六五歳に達していた平成一五年五月二七日時点における国民年金の支給額が現在の支給額を大幅に下回ることは考えられない。したがって、亡花子に支給される国民年金の支給額が、一審原告乙川らが原審において主張していた年額四三万一八〇〇円を下回ることはない。

亡花子が本件事故に遭遇しなければ、六五歳から平均余命までの約一八年間少なくとも年額四三万一八〇〇円の国民年金を得ることができたから、これからホフマン方式による年五分の割合による中間利息を控除すると、その現価は以下のとおり三七一万三四八〇円になる。

43,1800×(18.421−9.821)=3,713,480

b 慰謝料(三〇〇〇万円)

慰謝料は、前記(ア)のとおり少なくとも三〇〇〇万円を下らない。

c 弁護士費用(六一〇万円)

前記aの逸失利益及び前記bの慰謝料が増額する結果、弁護士費用も原判決の認定額から増額し、六一〇万円を下らない。

(コ) 亡未晴の損害について

亡未晴が本件事故によって被った損害額は、原判決が認定した葬祭関係費一二〇万円に、後記aの逸失利益三一二〇万八三九三円、後記bの慰謝料三〇〇〇万円及び後記cの弁護士費用六一〇万円を加えた上、原判決が認定した損害のてん補一五〇万円を控除した六七〇〇万八三九三円となる。

したがって、一審原告中島三木男及び一審原告中島育子は、それぞれ前記損害額の二分の一を相続したので、それぞれ三三五〇万四一九六円(一円未満切捨)に遅延損害金を付加して一審被告に対して請求する。

a 逸失利益(三一二〇万八三九三円)

(a) 逸失利益の算定方法について

亡未晴の逸失利益を算定するに当たっては、少なくとも全学歴男子労働者全年齢平均にライプニッツ係数を乗じる方法を採用すべきである。

幼児の逸失利益の算定方法として、初任給にホフマン係数を乗じる方式も不合理ではないとされている。しかし、この方式では就職してから六七歳で退職するまで初任給と同額の金額を受け取り続けるということを前提とすることになるが、このような労働者は現実には存在しないから、基礎となる収入を初任給の金額に抑える点で被害者を不当に扱うものである。被害者が生きているとしてその収入から生活費を控除しながら、被害者の成長を認めないのは矛盾している。また、一方では将来の所得を五パーセントの利子率で差し引きながら、他方で所得を就業時の初任給に固定しておくというのも論理的ではない。五パーセントの利子率による控除が認められるのは、ある程度の経済成長が予定されているからであり、経済成長により賃金の上昇もまた当然予定されるべきものだからである。このような算定方法は、幼児のような未就労者の逸失利益の額をあまりにも低額に算定するものであり、極めて不合理である。

それにもかかわらず、上記のような方式が長年にわたって維持されてきたのは、自動車事故の場合には、多発する交通事故について保険料の高額化を避けるという政策的判断から、賠償額を低額にするためである。しかし、本件事故のような絶対的な安全性を要求される鉄道事故においては、このような合理性を欠く方式を採用すべきではなく、より合理性及び蓋然性の高い方式で逸失利益を算定すべきである。

(b) 生活費控除の割合について

未成年者の場合には、生活費控除の割合を五〇パーセントとされる事が多いが、亡未晴の場合には、将来結婚して家庭をもち、一家の大黒柱として家族及び一審原告中島らの生計を支える蓋然性が高いから、一八歳から六七歳までの全期間にわたって生活費控除の割合を五〇パーセントで固定するのは蓋然性を欠いている。そこで、婚姻が予想される年齢三〇歳以前(一八歳から二九歳まで)の生活費控除の割合を五〇パーセントとし、三〇歳以降(三〇歳から六七歳まで)の生活費控除の割合を、一家の大黒柱としての生活費控除の割合である三〇パーセントが適用される可能性が高いものとして、生活費控除の割合を試算すれば、以下のとおり34.8パーセントになる。

0.5×12/50+0.3×38/50=0.348

(c) 逸失利益の額について

亡未晴の逸失利益は、平成九年度の賃金センサスの企業規模計、産業計、全学歴男子労働者の全年齢平均年収五七五万〇八〇〇円から生活費控除の割合として前記(b)の34.8パーセントを控除した上、一八歳から就労可能年数である六七歳までのライプニッツ係数を乗じれば、以下のとおり三一二〇万八三九三円になる。

5,750,800×(1−0.348)×8.3233=31,208,393

b 慰謝料(三〇〇〇万円)

慰謝料は、前記(ア)のとおり少なくとも三〇〇〇万円を下らない。

c 弁護士費用(六一〇万円)

前記aの逸失利益及び前記bの慰謝料が増額する結果、弁護士費用も増額し、六一〇万円を下らない。

イ  一審被告

(ア) 慰謝料について<以下、省略>

(イ) 逸失利益について<以下、省略>

(9) 仮執行の原状回復の申立てについて

ア  一審被告

一審被告は、平成一一年三月三一日、一審原告らに対し、原判決の仮執行宣言に基づき、それぞれ別表1「支払金額一覧表」の「支払金額」欄記載の各金員を支払った。

しかし、原判決中、一審原告らの請求を認容した部分は、取り消されるべきである。

よって、一審被告は、一審原告らに対し、民事訴訟法二六〇条二項に基づき、それぞれ別表1「支払金額一覧表」の「支払金額」欄記載の各金員及びこれに対する平成一一年三月三一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による金員の支払いを求める。

イ  一審原告ら

一審被告が、平成一一年三月三一日、一審原告らに対し、原判決の仮執行宣言に基づき、それぞれ別表1「支払金額一覧表」の「支払金額」欄記載の各金員を支払ったことは認めるが、その余は争う。

第3  当裁判所の判断

1  原審の訴訟手続違反について

原審の訴訟手続に、処分権主義違反、釈明義務違反又は不当な予断に基づく判断はいずれも認められず、また、弁論主義違反を論じる余地がないではないが、弁論主義違反と断じることはできず、少なくともこれを理由に原判決を取り消すべきであるとまで解することはできない。

(1)  処分権主義違反について

原審が、一審原告らが申し立てていない事項について判決をしたと認めることはできないから、民事訴訟法二四六条に違反しているとはいえない。

原審は一審原告らの一審被告に対する、民法七一五条に基づく、本件事故による損害賠償請求を認容した。ところで、原審が認定した一審被告の被用者の過失は、一審被告鉄道本部電気部長、電気部信号通信課長及び運輸部管理課長にいずれも信号システムに関する注意義務に違反した過失があり、一審被告鉄道本部運輸部運用課長に教育及び訓練に関する注意義務に違反した過失があり、一審被告鉄道本部安全対策室長及び運輸部運用課長にいずれも報告体制確立に関する注意義務に違反した過失があり、一審被告のA運転士に本件事故当日小野谷信号場で本件五〇一D列車を停車させた上、信楽駅に携帯電話で連絡をとり、その指示を仰ぐべき義務に違反した過失があるというものであった。

一審原告らは、原審において、一審被告に対し不法行為による損害賠償請求を求める根拠として、民法七〇九条に基づく一審被告自身の法人としての不法行為責任、商法二六一条三項、七八条二項、民法四四条一項に基づく一審被告の代表取締役の不法行為による責任及び民法七一五条に基づく一審被告の被用者の不法行為による使用者責任を主張していた。そして、一審原告らは、原審において、民法七〇九条に基づく一審被告自身の法人としての不法行為責任における過失としては、方向優先てこの設置及び操作に関する注意義務違反、乗務員の教育及び訓練に関する注意義務違反、是正勧告等義務違反などの事前トラブルを通じての注意義務違反並びに一審被告A運転士の本件事故当日の前記義務違反を主張していた。ところが、一審原告らは、原審において、民法七一五条に基づく一審被告の被用者の不法行為による使用者責任における過失としては、一審被告のA運転士、B運転士、C指導員、D助役、E助役及びF助役らの報告義務違反並びにA運転士の本件事故当日の前記注意義務違反を主張するにすぎなかった。

前記事実を勘案すれば、原審は、一審被告鉄道本部電気部長、電気部信号通信課長及び運輸部管理課長の信号システムに関する注意義務違反、一審被告鉄道本部運輸部運用課長の教育及び訓練に関する注意義務、一審被告鉄道本部安全対策室長及び運輸部運用課長の報告体制確立に関する注意義務の各過失については、一審原告らが民法七一五条に基づく一審被告の被用者の不法行為による使用者責任における過失として明示的に主張していなかったにもかかわらず、上記各過失を認定して、一審原告らの請求を認容したことになる。

しかし、原審が、一審原告らが民法七一五条に基づく請求において明示的に主張していなかった前記各過失を認定して一審原告らの請求を認容したことをもって、一審原告らが申し立てていない事項について判決したということはできない。なぜならば、前記のとおり、一審原告らは、民法七一五条に基づく一審被告の被用者の不法行為による使用者責任を理由に、本件事故によって被った損害賠償請求を求めているところ、原審は、同条に基づき本件事故によって被った損害賠償請求を認容したものであるので、一審原告らが申し立てた請求の基礎となる実体法上の権利関係は同一であると認められるから、その被用者及び過失の内容が一審原告らが明示的に主張していたものと原審が認定したものと異なっていたとしても、原審は、一審原告らが申し立てている事項について判決をしたといって差し支えないからである。

(2)  弁論主義違反について

原審の訴訟手続には、弁論主義違反を論ずる余地がないではないが、弁論主義違反と断じることはできず、少なくともこれを理由に原判決を取り消すべきであるということはできない。

前記で認定したとおり、原審は、一審原告らが民法七一五条に基づく一審被告の被用者の不法行為による使用者責任を理由とする請求においては明示的に主張していない一審被告鉄道本部電気部長、電気部信号通信課長及び運輸部管理課長の信号システムに関する注意義務違反、一審被告鉄道本部運輸部運用課長の教育及び訓練に関する注意義務、一審被告鉄道本部安全対策室長及び運輸部運用課長の報告体制確立に関する注意義務の各過失を、民法七一五条に基づく一審被告の被用者の不法行為による使用者責任を理由とする請求に対する判断を行うに当たり認定した。

しかし、一審原告らは、原審において、前記各過失を、民法七一五条に基づく一審被告の被用者の不法行為による使用者責任を理由とする請求の原因として明示的には主張していなかったものの、民法七〇九条に基づく一審被告自身の法人としての不法行為責任及び商法二六一条三項、七八条二項、民法四四条一項に基づく一審被告の代表取締役の不法行為による責任を理由とする請求においては主張しており、一審被告はこれに対して事実上及び法律上の認否・反論をした。

また、一審原告らは、当審において、民法七一五条に基づく一審被告の被用者の不法行為による使用者責任における過失として、一審被告鉄道本部電気部長、電気部信号通信課長及び運輸部管理課長の信号システムに関する注意義務違反、一審被告鉄道本部運輸部運用課長の教育及び訓練に関する注意義務、一審被告鉄道本部安全対策室長及び運輸部運用課長の報告体制確立に関する注意義務をいずれも主張している。

主張・立証された事実について法規を適用するのは裁判所の専権に属する事項であることを考えると、原審に弁論主義違反があったと断じることはできず、少なくともこれを理由に原判決を取り消すまでのものであるということはできない。

(3)  釈明義務違反について

原審の訴訟手続に、釈明義務違反は認められない。

ア 事実認定との関係

一審被告の釈明義務違反の主張のうち、一審原告らが主張していない事実を原審が認定する場合には、原審は釈明権を行使すべきであったにもかかわらず、これを行わなかったとの部分は、実質的には前記(2)の弁論主義違反の主張であって、これについての当裁判所の判断は、前記(2)で判示したとおりである。

イ 訴訟指揮について

原審が、方向優先てこの問題に関して、一審被告が主張するような訴訟指揮を行ったことを認めるに足りる証拠はない。また、一審被告は、原審において、方向優先てこに関する主張及び立証を行っていた。したがって、いずれにしても、原審が、一審被告に対し、方向優先てこに関する主張及び立証を促すように釈明すべき義務があったと解することはできない。

(4)  不当な予断に基づく違法判決について

原審が、不当な予断に基づき一審被告に無過失責任を負わせようとしたことを窺わせる証拠はない。

2  判断の前提となる事実等

(1)  判断の前提となる事実

以下のとおり付加、訂正、削除するほか、原判決の「事実及び理由」中「第三 当裁判所の判断」のうち「一 判断の前提となる事実」に記載のとおりであるから、これを引用する。

ア 原判決五〇三頁三行目の「二〇の3」の次に「、5」を、同行の「6」の次に「、8」を、同行の「二七」の次に「、三二の9、12、14、15、18」を、同頁4行目の「五四」の次に「、九八の3ないし7、九九の4ないし7」を、同頁5行目の「乙A」の次に「四、五、」を、同行の「一八」の次に「、一九」をそれぞれ加える。

イ 原判決五〇六頁九行目の「玉桂寺」の次に「前」を加える。

ウ 原判決五〇七頁一行目の「当時」を「小野谷信号場が新設される以前の」に改める。

エ 原判決五一一頁三行目の末尾を改行した上、以下のとおり加える。

「3 SKR線の列車の行き違い設備の新設工事について」

オ 原判決五一一頁五行目の「信楽町」から同頁七行目の「決定し」までを「信楽町に対し、信楽高原鐵道列車対向施設整備に関する資料を提出し、同月一一日、SKRの取締役会において、列車行き違い設備の新設を決定し、平成二年三月一三日、その設備として単線特殊自動閉そく方式(第一種継電連動装置)の導入を採用し、」に改める。

カ 原判決五一二頁一行目の「送付」を「提出」に改める。

キ 原判決五三一頁六行目から七行目にかけての「連絡旅客運賃料金清算事務基準規程(昭和六二年」を「連絡旅客運賃料金精算事務基準規程(昭和六二年四月一日」に改める。

ク 原判決五三一頁九行目の「延滞料金」を「延滞償金」に改める。

ケ 原判決五四〇頁二行目の「強調」を「協調」に改める。

コ 原判決五四三頁三行目の「規定」を「規程」に改める。

サ 原判決五五三頁八行目の「敷設」を「附設」に改める。

シ 原判決五五三頁八行目の「特殊自動」の次に「閉そく」を加える。

ス 原判決五五七頁二行目の「C」を「B」に改める。

セ 原判決五六四頁三行目の「制御盤」から同頁六行目の「そこでさらに」までを削る。

ソ 原判決五六七頁九行目の「後記」を「前記」に改める。

(2)  信楽駅出発信号機22Lの赤固定の原因等について

本件事故の発生原因の一つとされる信楽駅出発信号機22Lの赤固定の原因、信号システムについての協議及び施工経過は、以下のとおり付加、訂正、削除するほか、原判決の「事実及び理由」中「第三 当裁判所の判断」のうち「四1(一) 信楽駅出発信号機22Lの赤固定の原因について」及び「四1(二) 信号システムについての協議及び施工経過」に各記載のとおりであるから、これらを引用する。

ア 原判決六二〇頁四行目の「ことが不可欠になる」から八行目の「得ないからである」までを削る。

イ 原判決六四九頁九行目の「草津通信信号区の内林助役、」を削る。

ウ 原判決六六四頁八行目の次に改行し、「上記認定に反する当審における証人奥永長寛の証言及び丙A第47号証(同人の陳述書)の記載は、にわかに信用することができない。」を加える。

エ 原判決六六六頁四行目の「張本人」を「当の本人」に改める。

オ 原判決六七五頁三行目の次に改行し、「当審で提出された丙A第46号証(内林俊夫の陳述書)は、上記認定を左右しない。」を加える。

カ 原判決六七五頁六行目の次に改行し、「一審被告の上記主張に沿う当審における証人奥永長寛の証言及び丙A第47号証(同人の陳述書)の記載は、にわかに信用することができない。」を加える。

3  一審被告の被用者の過失等について

一審被告の被用者には、以下のとおり報告義務違反及び報告体制確立義務違反の各過失があり、これによって本件事故が発生したと認めることができる。

(1)  F助役らの報告義務違反の過失等について

一審被告のF助役、J助役、C指導員、D指導助役、E助役、A運転士及びB運転士(以下、「F助役ら」という。)には、以下のとおり報告義務違反の過失が認められ、これによって本件事故が発生したと認めることができる。

ア SKRによる代用閉そく方式の違反行為及びこれに対するF助役らの認識について

SKRは事前トラブルの際に施行した代用閉そく方式において違反行為を行い、一審被告のF助役らはこれを認識していた。

(ア) 代用閉そく方式の違反行為等

以下のとおり付加、訂正、削除するほか、原判決七三八頁八行目から八二二頁一行目までの記載を引用し(但し、七四一頁末行から七四六頁八行目までを除く。)、七三八頁八行目の「(二)」、七四六頁九行目の「(四)」、七六三頁一行目の「(五)」、七八九頁末行の「(六)」を、順次、「(一)」、「(二)」、「(三)」、「(四)」に改める。

a 原判決七三八頁九行目の「丙A五、六」の次に「、四九」を加える。

b 原判決七三八頁一〇行目の「弁論の全趣旨によれば、」の次に「SKR線において施行されることになっていた」を加える。

c 原判決七四一頁三行目の末尾に「両端の駅は、関係転てつ機の鎖錠を行う。」を加える。

d 原判決七四一頁五行目の「現示する」を「現示し、出発合図を行う」に改める。

e 原判決七四七頁一行目の「五一の1ないし3」の次に「、九九の3」を加える。

f 原判決七五一頁一行目の「区間が開通」を「区間の開通を確認」に改める。

g 原判決七五三頁一〇行目の「本件の全証拠を検討しても右事実を認めることはできないから」を「甲A第99号証の3(I施設課長の被告人質問調書)には、その旨の記載があるが、これと異なる甲A第32号証の15(F助役の供述調書)の記載及びこれに添付の閉そく方式変更記録簿の記載等に照らして、甲A第99号証の3の前記記載を採用することはできず、他に一審原告らの主張を認めるに足りる証拠はなく」に改める。

h 原判決七六〇頁四行目の「見落とすこともあり」から七六一頁八行目の「そうすると」までを「見落とすこともあるから(原審における証人神山昇の証言)、車を利用して閉そくの開通を確認する場合には、見通しの利く場所ごとに停車して、線路上の列車の有無を確認する必要がある。また、列車の運転状況を表示する装置によりその状況を確かめた上で、常用閉そく方式を施行してその区間を最後に運転した列車の運転士に連絡して、その列車の位置を確かめる方法(甲A第38号証)など、それまでの列車の運行状況、当時運行されていた各列車の所在位置、SKR保有の車両数及び代用閉そく開始までの時間等によって、閉そく区間に列車が存在しないことが確実に確認できるのであれば、このような方法により閉そくの開通を確認することも許されないわけではない。しかしながら、前記(1)で認定したとおり、I施設課長は、車を利用して閉そくの開通を確認しており、しかも、小野谷信号場から約一〇分で貴生川駅に到着していることから、その確認方法は不十分であったといわざるを得ない。そして、I施設課長は、F助役に対し、車を利用して閉そくの開通を確認していたにもかかわらず、徒歩でこれを行ったとして、虚偽の事実を述べている。他方」に改める。

i 原判決七六三頁三行目の「甲A三二の」の次に「3、」を加える。

j 原判決七七七頁七行目の「その後」から七八一頁五行目の「さらに、」までを「自らを小野谷信号場の運転係に決定した。」に改める。

k 原判決七八三頁四行目の「容易に知り得」を「知っ」に改める。

l 原判決七八三頁末行の「ることは前述したとおりであ」を削る。

m 原判決七八五頁五行目の「及び信号の異常現示」を削る。

n 原判決七八七頁一行目から七八九頁一〇行目までを削る。

o 原判決七九一頁一行目の「神山運転主任は」から同頁四行目の「そこでさらに」までを削る。

p 原判決八〇六頁一行目の「こらら」を「これら」に改める。

q 原判決八〇六頁六行目、八一三頁七行目の各「任意性」をいずれも「B運転士の供述の信用性」に改める。

r 原判決八一八頁五行目の「(二)」を「(一)」に改める。

(イ) 一審被告の当審における主張に対する判断(補充)

一審被告の当審における主張に鑑み、これに対する判断を以下のとおり示す。

a 四月八日の信号トラブル①(指揮命令系統の混乱)について

一審被告は、平成三年四月八日の信号トラブルの際に、一審被告の貴生川駅のF助役が、信楽駅に電話をして、信楽駅の当務駅長を確かめることなく、SKRのH業務課長を呼び出したことには何ら問題はないのであって、SKRの指揮命令系統に混乱はないし、仮にこれがあったとしても、F助役はこれを知り得なかったものであると主張する。

しかし、前記認定のとおり、F助役が代用閉そく方式の施行等について打合せをすべき相手は、信楽駅の当務駅長である岩佐運転主任であり、小野谷信号場への運転係の派遣を指示するのも岩佐運転主任であったにもかかわらず、F助役はH業務課長と代用閉そく方式の施行の指令及び常用閉そく方式の施行等について打合せを行い、また、H業務課長が小野谷信号場の運転係の派遣を指示していたのであるから、SKRの指揮命令系統に混乱があり、F助役はこれを知っていたと認めることができる。

H業務課長が一審被告との本件直通乗入れに関する折衝の実質的な責任者であり、運転関係の法規並びに車両及び列車乗務員の運用についてはSKRの第一人者であり、経歴及び実力からみても、SKRの鉄道輸送業務において包括的かつ全般的な指揮監督権を有していたとしても、SKRの運心において、代用閉そく方式の施行の指令、小野谷信号場への運転係の派遣及び常用閉そく方式の施行の指令を信楽駅の当務駅長が行うものと規定されているのであるから、これらを信楽駅の当務駅長ではないH業務課長が行うことは、代用閉そく方式の施行における指揮命令系統に混乱を生じさせることになり、許されない。また、岩佐運転主任が、H業務課長に対し、代用閉そく方式に関する権限を授与したことを窺わせる証拠はない。

代用閉そく方式の施行の指令、小野谷信号場への運転係の派遣及び常用閉そく方式の施行の指令などの権限を有しないH業務課長が、これらの行為を行ったこと自体が既に指揮命令系統の混乱であるから、SKRの指揮命令系統に混乱は存在しなかったとはいえない。

b 四月八日の信号トラブル②(区間開通の確認の懈怠)について

一審被告は、一審被告の貴生川駅のF助役が、平成三年四月八日の信号トラブルの際、SKRが実質的に区間開通の確認を行わなかったことを認識し得なかったと主張する。

しかし、前記認定のとおり、F助役は、SKRのI施設課長から、徒歩で小野谷信号場と貴生川駅の閉そく区間の開通を確認したと報告を受けているが、上記報告を受けた時刻までに徒歩によって上記区間の開通を確認することは不可能であった。したがって、F助役は、I施設課長の上記報告が虚偽であることを容易に知ることができたのであり、I施設課長に対し、上記矛盾を問い質すことにより、I施設課長の行った上記区間の開通の確認が不十分なものであることが判明したのであるから、I施設課長の行った上記区間の開通の確認が不十分なものであることを容易に知ることができたというべきである。

徒歩以外の方法によっても、閉そく区間の開通を確認することが許されるとしても、F助役は、I施設課長から、徒歩によって前記区間の開通を確認したとの報告を受けている以上、I施設課長にその方法を再度確認することなく、I施設課長が他の方法により上記確認をした可能性を考慮することは許されない。

c 四月一二日の信号トラブル①(指揮命令系統の混乱)について

一審被告は、平成三年四月一二日の信号トラブルの際に施行されたSKRの代用閉そく方式において、指揮命令系統の混乱はなく、また、一審被告の被用者に、SKRの指揮命令系統が混乱しているとの認識はなかったと主張する。

しかし、前記認定のとおり、J助役が代用閉そく方式の施行について打合せをすべき相手は、信楽駅の当務駅長である岩佐運転主任であり、小野谷信号場の駅係員等の派遣を指示するのも岩佐運転主任であったにもかかわらず、J助役はH業務課長と代用閉そく方式の施行について打合せを行い、また、H業務課長が自らを小野谷信号場の運転係に決定していたのであるから、SKRの指揮命令系統に混乱があり、J助役はこれを知っていたと認めることができる。

岩佐運転主任が、H業務課長に対し、代用閉そく方式に関する権限を授与したことを窺わせる証拠はない。

代用閉そく方式の施行の指令及び小野谷信号場への運転係の派遣などの権限を有しないH業務課長が、これらの行為を行ったこと自体が既に指揮命令系統の混乱であるから、SKRの指揮命令系統に混乱は存在しなかったとはいえない。

H業務課長が小野谷信号場の運転係であり、小野谷信号場における駅長の権限を行使することができるとしても、信楽駅長の指示を受けずに、運転通告券の交付場所を変更することや代用手信号を現示せずに出発合図をすることまで、その権限に含まれていると解することはできない。

列車の運行に関与する者は、権限を有する者が発する指揮命令にのみ従うべきであって、権限を有しない者が発する指揮命令に従うことは許されないから、指揮命令を受けるに当たっては、その指揮命令を発した者がその権限を有するか否かを常に念頭に置いておくべきであって、これに疑問があれば、確認をすべきである。

d 四月一二日の信号トラブル②(区間開通の確認の懈怠)について

一審被告は、一審被告の貴生川駅のJ助役が、平成三年四月一二日の信号トラブルの際、SKRの服部運転士の指示で再度SKRのK施設整備主任が区間開通の確認を実施したことから、SKRが区間開通の確認の手続を遵守することの認識を新たにしたものであって、SKRが区間開通の確認を疎かにしていることを容易に知り得なかったと主張する。

しかし、前記認定のとおり、J助役は、K施設整備主任が小野谷信号場と貴生川駅の閉そく区間の開通を十分に確認していなかったにもかかわらず、これを確認したと虚偽の報告を受けて、これを現認したのであり、服部運転士の指示によりK施設整備主任が上記区間の開通の確認を再度行ったとしても、K施設整備主任が閉そく区間の開通を十分に確認しなかったにもかかわらず、これを確認したとの虚偽の報告をした事実自体が消滅するものではない。したがって、J助役は、SKRが閉そく区間の開通の確認を疎かにしていることを知っていたのであり、これを知ることができなかったとはいえない。

J助役は、K施設整備主任が閉そく区間の開通の確認を疎かにしたことを知った以上、K施設整備主任が閉そく区間の開通を再度確認したとしても、SKRによる閉そく区間の開通の確認に懈怠はないと信頼することが相当であるとはいえない。

e 四月一二日の信号トラブル③(運転通告券の不交付等)について

一審被告は、SKRが平成三年四月一二日の信号トラブルの際に施行した代用閉そく方式において行った運転通告券の不交付等の手続違反から、SKRが閉そくを無視して列車を運行することを予見することはできなかったと主張する。

しかし、代用閉そく方式の手続は、信号機による列車の運行に代えて、人による閉そくの確認及びその情報の伝達によって列車の運行を行うものであって、その個々の手続は、その重要性の程度に差異があるとしても、いずれも閉そくを確認及び確保して列車を運行するために不可欠なものであると考えられる。したがって、運転通告券の不交付等の手続違反であっても、列車を運行するために必要とされる閉そくの確認及び確保のために必要な手続であるから、これらを懈怠するSKRの態度から、SKRが閉そくを確保せずに列車を運行することも予見することができる。

f 五月三日の信号トラブル①(岡村運転士の同乗)について

一審被告は、SKRの岡村運転士が、平成三年五月三日の信号トラブルの際、五〇一D列車に指導者として乗車していなかったと主張する。

しかし、前記認定のとおり、岡村運転士が前記五〇一D列車に指導者として乗車していたとの岡村運転士の検察官に対する供述調書(甲A第32号証の5、6)及び陳述書(乙A第6号証)の各記載並びに原審における証人尋問中の供述は、その主要部分において一貫しており、また、その内容も他の証拠により認めることができる岡村運転士のその前後の行動と矛盾なく、合理的に説明することができるから、いずれも信用できる。また、SKRの神山運転主任の陳述書(乙A第5号証)にも同旨の記載がある。

他方、前記五〇一D列車を運転していた一審被告のB運転士の検察官に対する供述調書(甲A第55号証)及び原審における証人尋問中並びに前記五〇一D列車に指導添乗していた一審被告京都車掌区主任車掌であった梅田晴三郎の陳述書(丙A第44号証)には、岡村運転士が前記五〇一D列車に乗車していなかったとの記載及び供述がある。しかし、B運転士は、前記供述調書において、自らその記憶があいまいであることを自認しており、また、前記証人尋問においては、明確な証言をしているものの、前記供述調書のあいまいな記憶から明確な証言になった理由が合理的なものであるとは言い難く、B運転士の前記供述調書の記載及び証人尋問中の供述はいずれも信用できない。また、梅田晴三郎の前記陳述書の記載内容が、岡村運転士の前記供述調書及び前記陳述書の各記載及び前記証人尋問中の供述並びに神山運転主任の前記陳述書の記載よりも信用できるものであるとも認め難い。

したがって、甲A第32号証の5、6、乙A第5、第6号証、原審における証人岡村孝常の証言によれば、岡村運転士が前記五〇一D列車に指導者として乗車していたと認めることができる。

なお、一審被告は、岡村運転士の前記供述調書及び前記陳述書の各記載及び前記証人尋問中の供述を信用できないと主張する。しかし、一審被告が信用できない理由として指摘する事項は、誤解に基づくもの又は瑣末な齟齬などであって、岡村運転士の前記供述調書及び前記陳述書の各記載及び前記証人尋問中の供述の信用性を失わせるものではない。

g 五月三日の信号トラブル③(B運転士のSKRの代用閉そく方式の施行方法に対する感想)について

一審被告は、一審被告のB運転士は、SKRの代用閉そく方式の施行が杜撰であるとの感想を抱いていないと主張する。

しかし、前記認定のとおり、SKRの代用閉そく方式の施行が杜撰であるとの感想を抱いたとのB運転士の検察官に対する供述調書(甲A第55、第56号証)の記載は、その供述調書の記載方法及びSKRの代用閉そく方式の違反行為の内容に照らして十分に信用することができる。

他方、B運転士の原審における証人尋問中には、前記供述調書の内容を否定する供述部分がある。しかし、その供述は、B運転士の前記供述調書の記載に対する弁解の内容が合理的ではなく、信用できない。

B運転士が、平成三年五月三日の信号トラブルの際に五〇一D列車を小野谷信号場から出発させたときに、同信号場と信楽駅との間の安全の確保がなされていたと考えており、SKRの指示に従ったものであったとしても、SKRの代用閉そく方式が違反行為を含んだものである以上、B運転士がこれに対し杜撰であるとの感想を抱いたとの認定を妨げるものではない。

h 五月三日の信号トラブル④(閉そくの不確保)について

一審被告は、一審被告のB運転士が、平成三年五月三日の信号トラブルの際、小野谷信号場と信楽駅との間を運転したときに、同区間の閉そくは確保されていたと主張する。

確かに、前記認定事実によれば、B運転士が、平成三年五月三日の信号トラブルの際に五〇一D列車を小野谷信号場から発車させるときには、中島運転士が五三四D列車を信楽駅から小野谷信号場まで運転してきており、また、信楽駅では信楽駅出発信号機22Lが進行信号を現示しないという故障が生じており、前記五〇一D列車が信楽駅に到着するまで他の列車を出発させていないから、信楽駅と小野谷信号場との間の閉そく区間の開通がなされていたということができる。

しかし、前記認定のとおり、前記五三四D列車が信楽駅を出発するに当たっては、信楽駅と小野谷信号場との間の閉そく区間の開通の確認及び確保が行われていなかった。そして、B運転士は、前記五三四D列車が小野谷信号場に到着するまでは、小野谷信号場にSKRの職員がいたことを現認しておらず、また、岡村運転士から前記22Lが進行信号を現示しなかったことを聞いたのであるから、これらの事実を考え併せれば、SKRが前記閉そく区間の開通の確認及び確保をせずに前記五三四D列車を運行したことは容易に知ることができたものである。また、B運転士は、前記五〇一D列車を小野谷信号場から発車させる際、H業務課長らSKRの職員が信楽駅と連絡をとっている状況を現認していないから、小野谷信号場と信楽駅との間の閉そく区間の開通を確認及び確保する手続が行われていることを認識できなかったというべきである。

B運転士が、H業務課長から閉そくの確保の保証を得たとしても、これによって閉そく区間の開通及び確保が行われるものではない。

当時、信楽駅に列車が存在しなかったとしても、これを信楽駅に確認していない以上、閉そく区間の開通及び確保が行われているということはできない。

i 五月三日の信号トラブル⑤(A運転士の運転通告券の不受領)について

一審被告は、一審被告のA運転士は、平成三年五月三日の信号トラブルの際、H業務課長に対し、運転通告券の交付を要求したと主張する。

しかし、前記認定のとおり、A運転士がSKRのH業務課長に対し運転通告券の交付を要求しなかったとのA運転士の検察官に対する供述調書(甲A第53号証)記載は、A運転士のそれ以前の経験に照らして自然なものであって、信用することができる。

他方、A運転士の原審における証人尋問中には、前記供述調書の内容を否定する供述部分がある。しかし、その供述は、A運転士の前記供述調書の記載に対する合理的な弁解がなされておらず、また、関連する供述内容が変遷しているなど、信用できない。

イ F助役らの報告義務違反の過失について

F助役らには、以下のとおり報告義務を怠った過失があると認めることができる。

(ア) 報告義務の内容について

一審被告のF助役らには、前記アのSKRによる代用閉そく方式の違反行為について、自己が所属する一審被告の部ないし課の上司に報告すべき義務があった。

a F助役の四月八日の信号トラブルの際の代用閉そく方式の違反行為についての報告義務の内容について

前記2(1)及び3(1)アの事実を総合すれば、一審被告の貴生川駅のF助役は、自己が所属する部ないし課の上司に対し、平成三年四月八日の信号トラブルの際にSKRが施行した代用閉そく方式において、信楽駅の当務駅長である岩佐運転主任とではなく、SKRのH業務課長との間で、代用閉そく方式の施行の指令、小野谷信号場への運転係の派遣及び常用閉そく方式の施行の指令についての打合せを行ったこと、並びにSKRのI施設課長が上記区間の開通について車による不十分な確認しかしていなかったにもかかわらず、これを徒歩で確認したとの虚偽の報告をしたことを報告すべき義務があったと認めるのが相当である。

b J助役の四月一二日の信号トラブルの際の代用閉そく方式の違反行為についての報告義務の内容について

前記2(1)及び3(1)アの事実を総合すれば、一審被告の貴生川駅のJ助役は、自己が所属する部ないし課の上司に対し、平成三年四月一二日の信号トラブルの際にSKRが施行した代用閉そく方式において、信楽駅の当務駅長である岩佐運転主任とではなく、SKRのH業務課長との間で、代用閉そく方式の施行の指令及び小野谷信号場への運転係の派遣についての打合せを行ったこと、並びにSKRのK施設整備主任が上記区間の開通を確認していなかったにもかかわらず、これを確認したとの虚偽の報告をしたことを報告すべき義務があったと認めるのが相当である。

c A運転士、C指導員及びD指導助役の四月一二日の信号トラブルの際の代用閉そく方式の違反行為に関する報告義務の内容について

前記2(1)及び3(1)アの事実を総合すれば、一審被告の上りJR五五〇四D試運転列車を運転していたA運転士並びにこれに添乗していたC指導員及びD指導助役は、自己が所属する部ないし課の上司に対し、平成三年四月一二日の信号トラブルの際にSKRが施行した代用閉そく方式において、小野谷信号場において前記JR五五〇四D試運転列車の運転について運転通告券が交付されなかったことを報告すべき義務があったと認めるのが相当である。

また、上りJR五五〇八D試運転列車を運転していたA運転士は、自己が所属する部ないし課の上司に対し、平成三年四月一二日の信号トラブルの際にSKRが施行した代用閉そく方式において、信楽駅において運転通告券が交付されたこと、同列車が小野谷信号場に到着した際、小野谷信号場の運転係がいなかったことを報告すべき義務があったと認めるのが相当である。

d B運転士の五月三日の信号トラブルの際の代用閉そく方式の違反行為についての報告義務の内容について

前記2(1)及び3(1)アの事実を総合すれば、一審被告の下りJR五〇一D列車を運転していたB運転士並びにこれに添乗していた西田車掌及び梅田車掌は、自己が所属する部ないし課の上司に対し、平成三年五月三日の信号トラブルの際にSKRが施行した代用閉そく方式において、代用閉そく方式による運転前に小野谷信号場に運転係が派遣されていなかったこと、同運転係と信楽駅長とが連絡を取り合っていないこと、小野谷信号場において運転通告券が交付されなかったこと及び信楽駅と小野谷信号場間の閉そくの確認がなされていなかった可能性があることを報告すべき義務があったと認めるのが相当である。

e A運転士及びE助役の五月三日の信号トラブルの際の代用閉そく方式の違反行為についての報告義務の内容について

前記2(1)及び3(1)アの事実を総合すれば、一審被告の下りJR五〇三D列車を運転していたA運転士及びこれに添乗していたE助役は、自己が所属する部ないし課の上司に対し、平成三年五月三日の信号トラブルの際にSKRが施行した代用閉そく方式において、小野谷信号場において運転通告券が交付されなかったことを報告すべき義務があったと認めるのが相当である。

(イ) 報告義務の根拠について

a 列車の運行関係者の事故防止措置義務について

列車は大量の人を高速で運送するものであるから、列車の運行は事故を発生する危険性が高い上、事故が発生した場合には多数の人の生命及び身体を侵害するものである。そこで、列車の運行に当たっては安全が重視されるべきであり、列車の運行に関係する者は事故が発生しないように適切かつ必要な措置をとるべき義務があるというべきである。

b 列車の運行関係者の報告義務について

列車の運行に関係する者は、前記aの事故防止措置義務を尽くすため、事故の発生の原因となりうる事実を発見したときには、これを自己が所属する部ないし課の上司に報告すべき義務があるというべきである。なぜならば、前記aの事故防止措置義務の趣旨から、列車の運行に関係する者は、自己の担当する職務を遂行する際に、事故を発生させないようにすることは当然であるが、前記のとおり多数の人の生命及び身体を侵害するおそれのある職務に関係しているので、運行に関係する他の者の違法な行為、第三者の行為又は偶然の事情などによって生じる事故の発生を防止するため、そのような事故の発生の原因となりうる事実を、その職務の遂行過程において発見したときには、その事実を上司に報告することによって事故の発生を防止させることが相当だからである。鉄道事業法(昭和六一年一二月四日号外法律第九二号)及びこれに基づいて定められた鉄道事故等報告規則(昭和六二年二月二〇日号外運輸省令第八号)並びにこれらに基づいて一審被告が定めている運転事故報告手続(甲A第42号証)も、このような趣旨を含めて規定されているものと解される。

また、列車の運行に関係する者は、事故の発生の原因となりうる事実を発見したときに限らず、これを容易に発見することができたときにも、これを発見した上で、自己が所属する部ないし課の上司に報告すべき義務があるというべきである。なぜならば、そのように解すれば、列車の運行に関係する者は、事故の発生の原因となりうる事実の発見に努めることになるので、事故の発生の防止につながることになるからである。そして、列車の運行に関係する者の職務が多数の人の生命及び身体を害するおそれがあるものであることを考慮すれば、そのような場合にも報告義務を負わせても不当とはいえない。他方、そのように解しなければ、事故の発生を防止することに真摯に職務を遂行しているとはいえない者が、その努力を怠ったことにより、事故の発生の原因となりうる事実を見過ごした場合には、前記事実について報告義務を負わないことになるのに対し、事故の発生を防止することに真摯に職務を遂行する者は、真摯に職務を遂行したことによって、事故の発生の原因となりうる事実を発見したため、前記事実について報告義務を負うことになり、不合理な結果を生じることになる。

c 列車の直通乗入れにおける報告義務について

他社線に乗り入れた列車の運行に関与する者は、前記aの趣旨から、当該列車の運行に関し事故が発生しないように適切かつ必要な措置をとるべき義務があるというべきである。そして、他社線に乗り入れた列車の運行に関与する者は、前記事故防止措置義務を尽くすため、他社線において事故の発生の原因となりうる事実を発見したときには、それが他社線におけるものであることから、まず前記事実を当該他社の関係部署に報告すべき義務があると解すべきであるが、前記事実が他社の違反行為である場合には、自己が所属する自社の部ないし課の上司に報告すべき義務があるというべきである。なぜならば、このような事実について他社に報告したとしても、他社は、自ら違反行為をしていることから、上記報告に基づいて事故防止のための措置をとることを必ずしも期待し得ないこともあるので、他社が事故防止のための措置をとらない場合には、自社から他社に対し事故防止のための措置をとるように働きかけるために、自社にも報告させるのが相当だからである。そして、自社は、自己所有の列車を他社線に直通乗入れしているのであるから、自社所有の列車が関係する事故を防止するために他社に事故防止のための措置をとるよう働きかける義務があると認めても不当とはいえない。

なお、一審被告は、自社が他社に対し是正勧告義務を有するとして事故について責任を負うことはあり得ないと主張する。しかし、列車の運行に関与する者は、前記aのとおり事故防止措置義務があると解されるところ、他社線であっても、自社所有の車両又は乗務員を乗り入れさせているときには、その限りで他社線での運行に関与しているのであるから、その運行に関与している限度で事故防止措置義務があり、その一内容として、他社線において事故の発生の原因となる事実を発見したときは、他社に対しその事故の発生原因となる事実を是正するように申し入れるべき義務があると解するのが相当である。

d 本件における違反行為の報告義務について

前記(ア)のとおり、一審被告のF助役らは、一審被告所有の列車のSKR線への直通乗入れにおいて、SKRによる代用閉そく方式の違反行為を現認し、又は容易に知ることができたのであるから、自己が所属する部ないし課の上司に報告すべき義務があるというべきである。なぜならば、代用閉そく方式は、列車の衝突又は追突を防止するためのシステムである閉そくの確保を図るための常用の設備である信号機の故障等により、信号機の代わりに人による閉そくの確認及び確保並びに情報及び指示の伝達を行うものであるから、これらが遺漏なく行われるように厳格な手続が定められており、これに違反することは閉そくのシステムを危うくし、列車の衝突又は追突の危険を発生させるものだからである。

e 一審被告の運転事故報告手続及び一審被告とSKRが締結した車両直通運転契約書等との関係について

一審被告は、SKRとの間で締結した車両直通運転契約書九条で、SKR線内で発生した直通列車の鉄道運転事故及び運転阻害事故の報告については、一審被告が定めている運転事故報告手続に準じて、速やかにSKRが一審被告に対し報告すると規定しており、一審被告が定めている運転事故報告手続及びSKRが定めている運転事故・運転阻害報告規定では、停車場外で発生した事故に限り、信楽駅に報告することが義務づけられているにすぎないところ、SKRによる代用閉そく方式の違反行為は小野谷信号場で発生している上、SKRのH業務課長が知っているものであるから、一審被告のF助役らに前記違反行為の報告義務はないなどと主張する。

しかし、前記cのとおり、他社線に乗り入れた列車の運行に関与する者が、他社線において事故の発生の原因となりうる事実を発見したときには、まず前記事実を当該他社の関係部署に報告すべき義務があると解すべきであるが、前記事実が他社の違反行為である場合には、自己が所属する自社の部ないし課の上司に報告すべき義務があるというべきである。一審被告とSKRとの間で締結した車両直通運転契約書及び一審被告の運転事故報告手続等にこれと異なる定めをしており、一審被告のF助役らの行為がその定めに違反していないとしても、これらの規定は一審被告とSKRとの関係及び一審被告内部の関係を規定しているものにすぎないから、これらの規定に違反していないことをもって被害者に対する関係で認められる前記報告義務違反の責任を免れるものではない。

f 一審被告の運行権ないし運行管理権の不存在との関係について

一審被告は、SKR線内の報告手続は、運行権及び運行管理権を有するSKRが対処することであるから、一審被告にそのような義務はなく、本件直通列車の乗務員は、異常時の対応は信楽駅に連絡するものと教育を受けていたので、SKRの代用閉そく方式の違反行為を一審被告に報告する必要はなかったと主張する。

しかし、前記cのとおり、一審被告の被用者に前記(ア)の報告義務が認められる理由は、一審被告の本件直通乗入れによって、一審被告の被用者が本件直通乗入れの運行に関与することになったことから、その運行によって事故が発生しないようにすべき義務を負うことにある。したがって、一審被告がSKR線において運行権又は運行管理権を有しないとしても、これが一審被告の被用者に前記(ア)の報告義務を認めることの妨げとなるものではない。また、本件直通列車の乗務員が異常時の対応は信楽駅に連絡するものと教育を受けていたとしても、これは一審被告内部ないしSKRとの合意に基づく指示にすぎないから、これによって被害者に対する関係で認められる前記報告義務違反の過失による責任を免れるものではない。

(ウ) 本件事故についての予見可能性について

a 予見可能性の存在

前記(ア)のとおり、一審被告のF助役らは、一審被告所有の列車のSKR線への直通乗入れにおいて、SKRによる代用閉そく方式の違反行為を現認し、又は容易に知ることができたのであるから、SKRの閉そくの確保を違反した行為によって発生した本件事故を予見することは可能であったと認めるのが相当である。

なぜならば、前記(イ)dのとおり、代用閉そく方式の手続に違反する行為は、閉そくのシステムを危うくし、列車の衝突の危険を発生させるものであるから、代用閉そく方式の手続に違反する行為を現認し、又は容易に知ることができたときには、列車の衝突による事故の発生を予見することが可能であると認めることができるというべきである。特に、F助役、J助役、A運転士及びB運転士は、SKRの閉そくの確認又は確保が十分でないことを現認し、又は容易に認識することができたのであり、C指導員、D指導助役及びE助役も、SKRの閉そくの確認又は確保が十分でない事態に直面したわけではないものの、代用閉そく方式の手続に違反する行為を現認し、又は容易に知ることができ、そのような行為が閉そくの確認又は確保を危うくするものであることを知ることができたというべきである。

b 予見可能性の対象について

前記2のとおり、本件事故は、信楽駅出発信号機22Lの赤固定に端を発し、SKRによる閉そくの確認及び確保をしないままの本件五三四D列車の信楽駅の出発、G信号技師による誤出発検知機能を無効化する回路の短絡及びA運転士による本件五〇一D列車の小野谷信号場の通過が重なって発生したものであるが、閉そくの確認又は確保を怠る行為は、それ自体が列車の衝突又は追突の危険を発生させるものであるから、一審被告の被用者がSKRによる代用閉そく方式に違反する行為を現認し、又は容易に知ることができたことをもって、SKRによる閉そくの確認及び確保をしないままの本件五三四D列車の信楽駅の出発、ひいては本件事故の発生を予見することが可能であったというべきである。

なお、一審被告は、本件事故発生の予見可能性の予見の対象は、①SKR関係者が閉そくを確保せずに本件五三四D列車を信楽駅から出発させたこと及び②G信号技士が誤出発検知機能を無効化する回路の短絡を行ったことというべきであり、その場合に、一審被告の被用者に本件事故についての予見可能性を認め得ないと主張する。

しかし、前記(イ)dのとおり、閉そくを確保せずに列車を運行させることは、列車の衝突又は追突の危険を生じさせるものであり、F助役らが、一審被告所有の列車のSKR線への直通乗入れにおいて、SKRによる代用閉そく方式の違反行為を現認し、又は容易に知ることができたのであるから、SKRによる閉そくの確保に違反した行為によって発生した本件事故を予見することは可能であったといってよく、G信号技士による誤出発検知機能を無効化する回路の短絡行為を予見することができたか否かを問題とする必要はない。

また、一審被告は、前記②の行為は本件事故の必要条件であり、過失判断の前提たる因果関係の存否ないしその重要性は、現実に生起した因果の流れに沿って判断すべきであるから、前記②が予見可能性の対象となる事実であるなどと主張する。しかし、予見可能性の対象となる事実は、過失の内容である注意義務違反の内容に基づいて定まると解されるところ、F助役らの注意義務違反はSKRの代用閉そく方式の違反行為の報告義務違反であるところ、代用閉そく方式の違反行為は閉そくの確認及び確保を危うくするものであり、閉そくの確認及び確保が行われずに列車が運行されれば、それだけで列車の衝突又は追突の危険が生じるのであるから、F助役らの前記報告義務違反の過失の予見可能性の対象としては、SKRが閉そくを確保せずに列車を運行させて本件事故を発生させたことで足り、G信号技士による誤出発検知機能を無効化する回路の短絡行為まで予見する必要はないと解するのが相当である。

c 他の鉄道事業者の行為と予見可能性の関係について

一審被告は、鉄道事業者は、鉄道運転規則に規定されている閉そくを厳守することが要求されているから、鉄道事業に従事する者が敢えて閉そくを遵守しないで列車を運転することがあることを、他の鉄道事業者の従事員が予測することは不可能であると主張する。

しかし、法令によって鉄道事業者に対し閉そくの遵守が厳しく要求されていることから、直ちに他の鉄道事業者が閉そくを遵守しない列車の運転をすることがあることを予測することができないということはできない。甲A第77、第78号証によれば、旧国鉄においては、昭和三八年から昭和五五年までの間に、三三件の列車衝突事故が発生しているところ、そのうち一件は閉そくの取扱い不良であり、四件は閉そく方式変更の取扱い不良であることが認められ、本件事故当時までにこのような列車事故の状況が大きく改善したことを窺わせる証拠はない。したがって、列車衝突事故の一割以上が閉そくを遵守しない列車の運行によるものであるから、列車の運行に関与する者が、鉄道事業者が閉そくを遵守しない列車の運行を行うことを予測することができないとはいえない。

d 四月一二日の信号トラブルの際の違反行為の内容と予見可能性の関係について

一審被告は、平成三年四月一二日の信号トラブルの際には、運転通告券の交付及び代用手信号の現示を除けば、区間開通の確認及び指導者の同乗等の代用閉そく方式の手続はほぼ完全に履行されており、閉そくを確保した上で列車の運行が行われていたから、SKRの閉そくを確保しない列車の運行を予見することができなかったと主張する。

しかし、前記認定のとおり、平成三年四月一二日の信号トラブルの際にSKRが施行した代用閉そく方式において、一審被告のJ助役が、信楽駅の当務駅長である岩佐運転主任とではなく、SKRのH業務課長との間で、代用閉そく方式の施行の指令及び小野谷信号場への運転係の派遣等についての打合せを行ったこと、並びにSKRのK施設整備主任が上記区間の開通を確認していなかったにもかかわらず、これを確認したとの虚偽の報告をしたことなど指揮命令系統の混乱及び閉そく区間開通の確認の懈怠が認められ、J助役、A運転士、C指導員及びD指導助役はこれらの事実を現認し、又は容易に知ることができたのであるから、SKRの閉そくを確保しない列車の運行による本件事故の発生を予見することは可能であったということができる。

e 五月三日の信号トラブルの際の違反行為の内容と予見可能性の関係について

一審被告は、平成三年五月三日の信号トラブルの際には、指導者の同乗及び運転通告券の交付はなかったものの、閉そくは厳として確保されていたから、SKRの閉そくを確保しない列車の運行を予見することができなかったと主張する。

しかし、前記認定のとおり、平成三年五月三日の信号トラブルの際にSKRが施行した代用閉そく方式において、代用閉そく方式による運転前に小野谷信号場に運転係が派遣されていなかったこと、同運転係と信楽駅長とが連絡を取り合っていないこと、小野谷信号場において運転通告券が交付されなかったこと及び信楽駅と小野谷信号場間の閉そくの確認がなされていなかった可能性があることなど指揮命令系統の混乱及び閉そく区間開通の確認の懈怠等が認められ、B運転士、A運転士及びE助役はこれらの事実を現認し、又は容易に知ることができたのであるから、SKRの閉そくを確保しない列車の運行による本件事故の発生を予見することは可能であったということができる。

f 本件事故当日の一審被告の被用者の認識と予見可能性の関係について

一審被告は、一審被告の被用者が、本件事故当日、信楽駅出発信号機22Lが赤固定したため、SKRが代用閉そく方式により列車を運行しようとしたことを知らなかったから、SKRが本件五三四D列車を閉そくを確保せずに信楽駅から出発させたとの事実を予見することは不可能であったと主張する。

しかし、前記bで判示したとおり、F助役らの前記報告義務違反の過失の予見可能性の対象としては、SKRが閉そくを確保せずに列車を運行させて本件事故を発生させたことで足りるから、SKRが本件事故当日、信楽駅出発信号機22Lが赤固定したため、本件五三四D列車を閉そくを確保せずに信楽駅から出発させたとの具体的な事実まで予見する必要はないと解するのが相当である。

(エ) 本件事故についての回避可能性について

a 回避可能性の存在

一審被告のF助役らが自己が所属する部ないし課の上司に対しSKRによる代用閉そく方式の違反行為を報告していれば、安全に関する事項を統括する一審被告鉄道本部安全対策室を通じるなどしてSKRに対しその違反行為の是正を申し入れ、SKRもその申入れを受けて代用閉そく方式の違反行為を是正し、本件事故の発生を防ぐことができたと認めるのが相当である。

甲A第33号証の6、8によれば、一審被告鉄道本部安全対策室は、安全に関する事項を総括する部署であり、運転事故の防止及び処理に関すること、運転取扱いに係わる事項の会社間調整に関すること、安全にかかわる部外との調整に関すること並びにその他安全に係わる事項を分掌している。したがって、事故の発生原因となりうる事実であるSKRによる代用閉そく方式の違反行為についての報告は、安全対策室に集められ、同室などを通じて、SKRに対しその是正の申入れが行われることになる。

他方、SKRは、前記2(1)のとおり、本件直通乗入れがSKRからの要請に基づいて行われたものであること、一審被告が本件直通乗入れを拒絶すれば、SKRは世界陶芸祭期間中の乗客の輸送に支障を来すことなどから、一審被告から代用閉そく方式の違反行為の是正を求められれば、これに応じざるを得ない状況にあったということができる。

b 一審被告の権限と回避可能性の関係について

一審被告は、一審被告がSKRに対し代用閉そく方式の違反行為の是正を勧告したとしても、権限に裏打ちされたものではないから、SKRがこれに従ったかどうか疑問があり、本件事故の発生の回避を保証できないので、一審被告の結果回避義務として定立することができないと主張する。

しかし、一審被告のSKRに対する代用閉そく方式の違反行為の是正の申入れに権限の裏打ちがないとしても、前記aで判示したとおりの本件直通乗入れに関する一審被告とSKRとの立場を考慮すれば、SKRは前記是正の申入れに従わざるを得ないと認められるから、一審被告の前記是正の申入れによって本件事故の発生を回避することができたと認めるのが相当である。

c 是正申入れの内容と回避可能性の関係について

一審被告は、本件事故がSKRによる単なる代用閉そく方式の手続違反ではなく、閉そくの遵守を怠ったために発生したものであるから、一審被告がSKRに対し代用閉そく方式の違反行為の是正を申し入れたとしても、これによって本件事故の発生を回避できたと推定することはできないと主張する。

しかし、前記アで認定したとおり、SKRによる代用閉そく方式の違反行為には閉そくの確認及び確保を怠ったものがあり、一審被告がSKRに対しこの是正を申し入れることによって、SKRによる閉そくを確保しない列車の運行によって発生した本件事故を防ぐことができたものである。また、代用閉そく方式の手続は、信号機による列車の運行に代えて、人による閉そくの確認及びその情報の伝達によって列車の運行を行うものであって、その個々の手続は、その重要性の程度に差異があるとしても、いずれも閉そくを確認及び確保して列車を運行するために不可欠なものであると考えられるから、一審被告がSKRに対し代用閉そく方式の手続の違反行為の是正を申し入れることによって、本件事故の発生を防ぐことができたということができる。

(オ) 一審被告の被用者の雇用関係について

一審被告は、一審被告の乗務員は、本件直通列車に乗務してSKR線を運行する際には、一審被告の従業員の身分のまま、SKRに出向していたものであるなどと主張する。

しかし、一審被告の乗務員が本件直通列車に乗務してSKR線を運行する際の雇用関係を、一審被告からSKRへの出向であると解し難い。

また、前記(イ)のとおり、一審被告の被用者に前記(ア)の報告義務が認められる理由は、一審被告の本件直通乗入れによって、一審被告の被用者がその運行に関与することになったことから、その運行によって事故が発生しないようにすべき義務を負うことにある。したがって、前記雇用関係が出向であるとしても、一審被告の乗務員に前記(ア)の報告義務を認めることの妨げとなるものではない。

(カ) 信頼の原則との関係について

a 他の鉄道事業者に対する信頼の原則の適用について

一審被告は、本件直通乗入れにおける一審被告とSKRとの間にも信頼の原則が適用されるところ、鉄道事業者が運輸大臣の免許を受けたうえで、厳格な運輸大臣の監督統制下に鉄道事業を継続しているのであるから、SKR線に直通乗入れ等をする一審被告は、SKRの事業活動たる鉄道輸送の安全性についてはこれが確保されているとの信頼を有することが当然であると主張する。

しかし、本件直通乗入れにおける一審被告とSKRとの間にも信頼の原則が適用される余地があるとしても、前記アで認定した事実によれば、F助役らは、SKRの代用閉そく方式の違反行為を現認し、また、その違反行為が疑われる状況にあったから、SKRの鉄道輸送の安全性が確保されていると信頼することが相当であったとは認め難い。

b 閉そくに対する信頼の原則の適用について

一審被告は、信頼の原則からすれば、一審被告の被用者に対して、SKRが鉄道輸送の安全の根幹をなす閉そくを遵守せずして、列車を発車させることについてまで予見義務を課すことはできないと主張する。

しかし、前記アで認定した事実によれば、一審被告のF助役らは、SKRの代用閉そく方式の違反行為を現認し、また、その違反行為が疑われる状況にあったから、信頼の原則を適用して、F助役らがSKRが閉そくを確保せずに列車を運行させることまで予見することができなかったということはできない。

なお、一審被告は、SKRの代用閉そく方式の違反行為が形式的な手続の不履行にすぎず、実質的な安全は確保されていたから、前記違反行為と閉そくを確保せずに列車を運行することとの間に深い断絶があると主張する。しかし、前記アで認定した事実によれば、SKRの代用閉そく違反行為には、閉そくの確認及び確保が十分でなかったものが含まれている。また、代用閉そく方式の手続がいずれも閉そくを確認及び確保して列車を運行するために不可欠なものであると考えられるから、代用閉そく方式の違反行為は閉そくの確認及び確保を危うくするものである。したがって、SKRの代用閉そく方式の違反行為からSKRが閉そくを確保せずに列車を運行するのを予見することができるのであり、そのような列車の運行が行われないと信頼することが相当であるとはいえない。

c SKRの一次的報告責任と信頼の原則の適用について

一審被告は、SKRがSKR線の運行管理権を有していたこと並びに一審被告とSKRとの間で締結された車両直通運転契約書及び一審被告の運転事故報告手続の各規定によれば、SKR線内で発生した事項について情報を収集し、報告体制を含めた安全対策を積極的に講ずる義務は一次的にはSKRにあるから、一審被告はこれを信頼することが許されていると主張する。

しかし、一審被告とSKRとの間において、SKR線内で発生した事故の発生の原因となりうる事実についての情報の収集及び報告体制を含めた安全対策を講ずる義務が一次的にはSKRにあるとしても、これは一審被告とSKRとの関係において主張することができるものにすぎず、第三者である犠牲者との関係において主張することができるものではない。そして、前記(イ)のとおり、SKR線において発生した事故の発生の原因となりうるSKRの違反行為については、SKRが自らこれを是正し、また、一審被告に対し報告することは必ずしも期待することができないから、前記違反行為についても、SKRに情報収集及び安全対策の一次的義務があり、一審被告はこれを信頼することが許されていると解することはできない。

(キ) 報告義務違反について

前記アの事実によれば、一審被告のF助役らは、前記アのSKRによる代用閉そく方式の違反行為について、自己が所属する一審被告の部ないし課の長に報告していないから、前記(ア)の報告義務を怠った過失があるといわざるを得ない。

ウ 報告義務違反の過失と本件事故との因果関係について

一審被告のF助役らが自己が所属する部ないし課の上司に対しSKRによる代用閉そく方式の違反行為を報告することを怠った過失と本件事故の発生との間に因果関係を認めることができる。

(ア) 事実的因果関係の存在について

前記イ(エ)のとおり、F助役らが自己が所属する部ないし課の上司に対しSKRによる代用閉そく方式の違反行為を報告していれば、すなわち報告義務違反の過失がなければ、本件事故の発生を防ぐことができたと認めることができるから、F助役らの報告義務違反の過失と本件事故の発生との間に、事実的因果関係を認めるのが相当である。

(イ) 相当因果関係の存在について

前記イ(ウ)のとおり、SKRによる代用閉そく方式の違反行為は、閉そくのシステムを危うくするものであり、これを放置すれば、SKRの閉そくを確認又は確保しない列車の運行による列車の衝突又は追突事故に繋がるおそれがあるものであるから、F助役らが自己が所属する部ないし課の上司に対しSKRによる代用閉そく方式の違反行為を報告することを怠った過失とSKRによる閉そくの確認及び確保をしないままの本件五三四D列車の信楽駅の出発によって発生した本件事故との間には、相当因果関係を認めることができる。

(2)  一審被告鉄道本部運輸部運用課長の報告体制確立義務違反の過失等について

一審被告鉄道本部運輸部運用課長には、以下のとおり報告体制確立義務違反の過失があり、これによって本件事故が発生したと認めることができる。

ア 報告体制確立義務違反の過失について

一審被告鉄道本部運輸部運用課長には、以下のとおり報告体制確立義務を怠った過失があると認めることができる。

(ア) 報告体制確立義務の内容について

前記2(1)及び3(1)アの事実を総合すれば、一審被告鉄道本部運輸部運用課長には、本件直通列車の一審被告の乗務員に対し、上記乗務員がSKRの代用閉そく方式の違反行為を現認したとき、又は、上記違反行為が疑われる場合に、これを調査した上、違反行為が行われたと知ったときには、自己が所属する一審被告の部ないし課の長に上記違反行為を報告するように教育及び訓練が行われるような体制を確立すべき義務があったと認めるのが相当である。

(イ) 報告体制確立義務の根拠について

a 運用課長の権限とその義務

前記(1)イ(イ)cのとおり、他社線に乗り入れた列車の運行に関与する者は、事故防止措置義務を尽くすため、他社線において事故の発生の原因となりうる他社の違反行為を発見したとき、又はこれを容易に知ることができたときには、これを発見した上で、自己が所属する自社の部ないし課の上司に報告すべき義務がある。ところで、甲A第33号証の12によれば、一審被告鉄道本部運輸部運用課は、本件直通列車の乗務員に対し、教育及び訓練の立案を分掌していたことが認められる。したがって、運用課が本件直通列車の乗務員に対し本件直通乗入れについての教育及び訓練をする際には、上記報告義務についても教育すべきであり、その教育及び訓練の立案を分掌する前記運用課を統括する運用課長には、上記報告義務の教育及び訓練が行われるような体制を確立すべき義務があったというべきである。

b 運行管理権等と報告体制確立義務違反について

一審被告は、SKR線内の報告手続は、運行権及び運行管理権を有するSKRが対処することであるから、一審被告にそのような義務はないと主張する。

しかし、前記(1)イ(イ)cのとおり、一審被告の被用者に前記(1)イ(ア)の報告義務が認められる理由は、一審被告の本件直通乗入れによって、一審被告の被用者がその運行に関与することになったことから、その運行によって事故が発生しないようにすべき義務を負うことにある。したがって、一審被告がSKR線において運行権又は運行管理権を有しないとしても、これが一審被告の被用者に前記(1)イ(ア)の報告義務、ひいては運用課長の前記報告体制確立義務を認めることの妨げとなるものではない。

c 教育及び訓練の責任者について

一審被告は、乗務員に対する教育及び訓練は、SKRが行うべきものであるが、その内部事情からやむを得ず、SKRが一審被告に委託して行ったものであると主張する。

しかし、前記(1)イ(イ)cのとおり、他社線に乗り入れた列車の運行に関与する者には前記報告義務が認められるべきであるから、他社線に乗り入れる際にはその運行に関与する者に対する前記報告義務の教育及び訓練をすべき必要があり、また、一審被告鉄道本部運輸部運用課の分掌事務には、本件直通列車の乗務員に対する教育及び訓練の立案が含まれていたのである。したがって、仮にSKRが本件直通乗入れのための一審被告の乗務員に対する教育及び訓練をすべきであり、これを一審被告に対し委託したとしても、SKRの教育及び訓練とは別に、一審被告自身も乗務員に対する教育及び訓練をすべき必要があるから、一審被告が主張する事情は、前記報告体制確立義務を認めることの妨げとなるものではない。

(ウ) 本件事故についての予見可能性について

a 予見可能性の存在

一審被告鉄道本部運輸部運用課長は、SKRが閉そくを確保せずに列車を運行するという違反行為によって発生した本件事故を予見することは可能であったと認めるのが相当である。すなわち、前記(1)イ(イ)cで判示したとおり、本件直通列車の乗務員には、SKR線において事故の発生の原因となりうるSKRの違反行為を発見したときには、自己が所属する自社の部ないし課の上司に報告すべき義務があるので、本件直通乗入れのために上記乗務員に対する教育及び訓練を行う運用課は、上記乗務員が上記報告義務を尽くすことができるようにするため、本件直通乗入れにおいてSKRが行うおそれのある事故の発生原因となりうる違反行為を予測した上、これについて上記報告義務があることを教育及び訓練すべきことになる。そして、本件事故の発生原因となったSKRによる閉そくを確認及び確保せずに列車を運行させる行為は、列車の衝突又は追突事故を発生させる危険性の高い行為であるから、運用課が予測すべき違反行為に含まれるというべきである。したがって、運用課を統括する運用課長は、前記教育及び訓練の際には、SKRによる閉そくを確保せずに列車を運行させる違反行為を予測すべきであり、閉そくを確保しないで列車を運行したことによって発生した本件事故は、当然、その予測の範囲内にあったというべきである。

なお、運用課長が、SKRが事前トラブルにおける代用閉そく方式において違反行為をしたことを知っていたとまで認めるに足りる証拠はない。しかし、前記のとおり、運用課長は、本件直通乗入れによる事故の発生を防止するために、SKRが閉そくの確認及び確保をせずに列車を運行させる行為をも予測して、本件直通列車の乗務員に対する教育及び訓練を行う必要があったのであるから、SKRによる上記違反行為を知らなかったとしても、SKRが閉そくを確保せずに列車を運行したことによって発生した本件事故を予見することは可能であったというべきである。

b 予見可能性の対象について

一審被告は、本件事故発生の予見可能性の予見の対象は、①SKR関係者が閉そくを確保せずに本件五三四D列車を信楽駅から出発させたこと及び②G信号技士が誤出発検知機能を無効化する回路の短絡を行ったことというべきであり、その場合に、一審被告の被用者に本件事故についての予見可能性を認め得ないと主張する。

しかし、前記(1)イ(ウ)bで判示したとおり、閉そくを確保せずに列車を運行させることは、列車の衝突又は追突の危険を生じさせるものであるから、運用課長が、SKRによる閉そくの確保に違反した行為によって発生した本件事故を予見することは可能であったといってよく、G信号技士による誤出発検知機能を無効化する回路の短絡行為を予見することができたか否かを問題とする必要はない。

なお、一審被告は、前記②の行為は本件事故の必要条件であり、過失判断の前提たる因果関係の存否ないしその重要性は、現実に生起した因果の流れに沿って判断すべきであるから、前記②が予見可能性の対象となる事実であるなどと主張する。しかし、前記(1)イ(ウ)bで判示したのと同様の理由により、運用課長の前記報告体制確立義務違反の過失の予見可能性の対象としては、SKRが閉そくを確保せずに列車を運行させて本件事故を発生させることで足り、G信号技士による誤出発検知機能を無効化する回路の短絡行為まで予見する必要はないと解するのが相当である。

c 本件事故当日の運用課長の認識と予見可能性について

一審被告は、一審被告の被用者が、本件事故当日、信楽駅出発信号機22Lが赤固定したため、SKRが代用閉そく方式により列車を運行しようとしたことを知らなかったから、SKRが本件五三四D列車を閉そくを確保せずに信楽駅から出発させたとの事実を予見することは不可能であったと主張する。

しかし、前記bで判示したとおり、運用課長の前記報告体制確立義務違反の過失の予見可能性の対象としては、SKRが閉そくを確保せずに列車を運行させて本件事故を発生させたことで足りるから、SKRが本件事故当日、信楽駅出発信号機22Lが赤固定したため、本件五三四D列車を閉そくを確保せずに信楽駅から出発させたとの具体的な事実まで予見する必要はないと解するのが相当である。

(エ) 本件事故についての回避可能性について

一審被告鉄道本部運輸部運用課長が前記報告体制を確立し、本件直通列車の乗務員に対する上記報告義務について教育及び訓練が行われていれば、上記乗務員が自己が所属する部ないし課の上司に対しSKRによる代用閉そく方式の違反行為を報告し、安全に関する事項を統括する一審被告の安全対策室を通じるなどしてSKRに対しその違反行為の是正を申し入れ、SKRもその申入れを受けて代用閉そく方式の違反行為を是正し、本件事故の発生を防ぐことができたと認めるのが相当である。

(オ) 信頼の原則との関係について

a 他の鉄道事業者に対する信頼の原則の適用について

一審被告は、本件直通乗入れにおける一審被告とSKRとの間にも信頼の原則が適用されるところ、鉄道事業者が運輸大臣の免許を受けたうえで、厳格な運輸大臣の監督統制下に鉄道事業を継続しているのであるから、SKR線に直通乗入れ等をする一審被告は、SKRの事業活動たる鉄道輸送の安全性についてはこれが確保されているとの信頼を有することが当然であると主張する。

しかし、甲第77、第78号証によれば、旧国鉄においては、昭和三八年から昭和五五年までの間に、三三件の列車衝突事故及び九一件の列車脱線事故などの多数の重大事故が発生しているところ、前記列車衝突事故及び列車脱線事故の多くは列車の運行に従事する者に原因があるものと認められる。そして、本件事故当時までにこのような事故の状況が大きく改善したことを窺わせる証拠はなく、また、SKRの列車の運行に関する事故の状況が旧国鉄のそれと大きく異なるものであることを窺わせる証拠もない。したがって、このような事故の状況を前提とすれば、一審被告鉄道本部運輸部運用課長が、SKRの鉄道輸送の安全性が確保されていると信頼することが相当であったとは認め難い。

b 閉そくに対する信頼の原則の適用について

一審被告は、信頼の原則からすれば、一審被告の被用者に対して、SKRが鉄道輸送の安全の根幹をなす閉そくを遵守せずして、列車を発車させることについてまで予見義務を課すことはできないと主張する。

しかし、前記(1)イ(ウ)cで認定したとおり、旧国鉄において昭和三八年から昭和五五年までの間に発生した列車衝突事故三三件の一割以上に当たる五件が閉そくを遵守しない列車の運行によるものであるから、一審被告鉄道本部運輸部運用課長は、鉄道事業者が閉そくを遵守しない列車の運行を行うことを予見することは可能であって、これを予測することはできないとはいえない。

c SKRの一次的報告責任と信頼の原則の適用について

一審被告は、SKR線内で発生した事項について情報を収集し、報告体制を含めた安全対策を積極的に講ずる義務は一次的にはSKRにあるから、一審被告はこれを信頼することが許されていると主張する。

しかし、前記(1)イ(カ)cのとおり、SKR線内で発生した事故の発生の原因となりうる事実についての情報の収集及び報告体制を含めた安全対策を講ずる義務が一次的にはSKRにあるとの事情を、被害者との関係において主張することができるものではなく、SKR線において発生した事故の発生の原因となりうるSKRの違反行為についても、SKRに情報収集及び安全対策の一次的義務があり、一審被告はこれを信頼することが許されていると解することができない。

(カ) 報告体制確立義務違反の内容について

甲A第33号証の10ないし13、丙A第48号証、原審における証人畠中達の証言によっても、本件直通列車の乗務員に対する本件直通乗入れのための教育及び訓練の際に、前記報告義務について教育及び訓練を行ったことを認めることはできず、一審被告鉄道本部運輸部運用課長が上記報告義務の教育及び訓練が行われるような体制を確立すべき義務を尽くしたことを認めることもできない。したがって、運用課長は、前記(ア)の報告体制確立義務を怠った過失があるといわざるを得ない。

イ 報告体制確立義務違反の過失と本件事故との因果関係について

一審被告鉄道本部運輸部運用課長が前記ア(ア)の報告体制確立義務を怠った過失と本件事故の発生との間に因果関係を認めることができる。

(ア) 事実的因果関係の存在について

前記ア(エ)のとおり、運用課長が前記報告体制を確立し、本件直通列車の乗務員に対する上記報告義務について教育及び訓練が行われていれば、すなわち前記報告体制確立義務違反の過失がなければ、本件事故の発生を防ぐことができたと認めることができるから、運用課長の報告体制確立義務違反の過失と本件事故の発生との間に、事実的因果関係を認めるのが相当である。

(イ) 相当因果関係の存在について

前記ア(ウ)のとおり、本件直通列車の乗務員が自己が所属する部ないし課の上司に対しSKRの閉そくを確保しない列車の運行を含む事故の発生の原因となりうるSKRの違反行為の報告義務について教育及び訓練を受けないことによって、本件直通列車の乗務員がSKRの閉そくを確認又は確保しない列車の運行を発見したにもかかわらず、これを自己が所属する部ないし課の上司に報告しないため、一審被告鉄道本部安全対策室等を通じての是正の申入れがなされず、SKRの閉そくを確認又は確保しない列車の運行が放置され、SKRの閉そくを確認又は確保しない列車の運行による列車の衝突又は追突事故に繋がるおそれがあるものであるから、運用課長の前記報告体制確立義務を怠った過失とSKRによる閉そくの確認及び確保をしないままの本件五三四D列車の信楽駅の出発によって発生した本件事故との間には、相当因果関係を認めることができる。

(3)  一審被告鉄道本部安全対策室長の報告体制確立義務違反の過失等について

一審被告鉄道本部安全対策室長には、以下のとおり報告体制確立義務違反の過失があり、これによって本件事故が発生したと認めることができる。

ア 報告体制確立義務違反の過失について

一審被告鉄道本部安全対策室長には、以下のとおり報告体制確立義務を怠った過失があると認めることができる。

(ア) 報告体制確立義務の内容について

前記2(1)及び3(1)アの事実を総合すれば、一審被告鉄道本部安全対策室長には、本件直通列車の運行に関与する者に対し、これらの者がSKRの代用閉そく方式の違反行為を現認したとき、又は、上記違反行為が疑われる場合に、これを調査した上、違反行為が行われたと知ったときには、自己が所属する一審被告の部ないし課の長に上記違反行為を報告し、さらに上記長から安全対策室に上記違反行為を報告する体制を確立すべき義務があったと認めるのが相当である。

(イ) 報告体制確立義務の根拠について

前記(1)イ(イ)cのとおり、他社線に乗り入れた列車の運行に関与する者は、事故防止措置義務を尽くすため、他社線において事故の発生の原因となりうる他社の違反行為を発見したとき、又はこれを容易に知ることができたときには、自己が所属する自社の部ないし課の上司に報告すべき義務がある。ところで、前記(1)イ(エ)aのとおり、一審被告鉄道本部安全対策室は、安全に関する事項を総括する部署であり、運転事故の防止及び処理に関すること、安全にかかわる部外との調整に関すること並びにその他安全に係わる事項を分掌している。したがって、安全対策室は、本件直通列車の運行に関与する者が上記報告義務を尽くすことができる体制を確立すべきであり、安全対策室を統括する安全対策室長には、上記報告義務が尽くされるように体制を確立すべき義務があったというべきである。

(ウ) 本件事故についての予見可能性について

a 予見可能性の存在

一審被告鉄道本部安全対策室長は、SKRが閉そくを確保せずに列車を運行するという違反行為によって発生した本件事故を予見することは可能であったと認めるのが相当である。すなわち、前記(1)イ(イ)cのとおり、本件直通乗入れの運行に関与する者は、SKR線において事故の発生の原因となりうるSKRの違反行為を発見したときには、自己が所属する自社の部ないし課の上司に報告すべき義務があるので、安全に関する事項を総括する部署である安全対策室は、本件直通乗入れの運行に関与する一審被告の被用者が上記報告義務を尽くすことができるようにするため、本件直通乗入れにおいてSKRが行うおそれのある事故の発生の原因となりうる違反行為を予測した上、これについて上記報告義務を尽くすことができるような体制を確立すべきことになる。そして、本件事故の発生原因となったSKRによる閉そくを確認及び確保せずに列車を運行させる行為は、列車の衝突又は追突事故を発生させる危険性の高い行為であるから、安全対策室が予測すべき違反行為に含まれるというべきである。したがって、安全対策室を統括する安全対策室長は、本件直通乗入れの際に、SKRによる閉そくを確保せずに列車を運行させる違反行為を予測すべきであり、閉そくを確保しないで列車を運行したことによって発生した本件事故は、当然、その予測の範囲内にあったというべきである。

なお、安全対策室長が、SKRが事前トラブルにおける代用閉そく方式において違反行為をしたことを知っていたとまで認めるに足りる証拠はない。しかし、前記のとおり、安全対策室長は、本件直通乗入れによる事故の発生を防止するために、SKRが閉そくの確認及び確保をせずに列車を運行させる行為をも予測して、本件直通乗入れの運行に関与する一審被告の被用者が前記報告義務を尽くすことができるような体制を確立する必要があったのであるから、SKRによる上記違反行為を知らなかったとしても、SKRが閉そくを確保せずに列車を運行したことによって発生した本件事故を予見することは可能であったというべきである。

b 予見可能性の対象について

一審被告は、本件事故発生の予見可能性の予見の対象は、①SKR関係者が閉そくを確保せずに本件五三四D列車を信楽駅から出発させたこと及び②G信号技士が誤出発検知機能を無効化する回路の短絡を行ったことというべきであり、その場合に、一審被告の被用者に本件事故についての予見可能性を認め得ないと主張する。

しかし、前記(1)イ(ウ)bで判示したとおり、閉そくを確保せずに列車を運行させることは、列車の衝突又は追突の危険を生じさせるものであるから、安全対策室長が、SKRによる閉そくの確保に違反した行為によって発生する本件事故を予見することは可能であったといってよく、G信号技士による誤出発検知機能を無効化する回路の短絡行為を予見することができたか否かを問題とする必要はない。

なお、一審被告は、前記②の行為は本件事故の必要条件であり、過失判断の前提たる因果関係の存否ないしその重要性は、現実に生起した因果の流れに沿って判断すべきであるから、前記②が予見可能性の対象となる事実であるなどと主張する。しかし、前記(1)イ(ウ)bで判示したのと同様の理由により、安全対策室長の前記報告体制確立義務違反の過失の予見可能性の対象としては、SKRが閉そくを確保せずに列車を運行させて本件事故を発生させたことで足り、G信号技士による誤出発検知機能を無効化する回路の短絡行為まで予見する必要はないと解するのが相当である。

c 本件事故当日の安全対策室長の認識と予見可能性について

一審被告は、一審被告の被用者が、本件事故当日、信楽駅出発信号機22Lが赤固定したため、SKRが代用閉そく方式により列車を運行しようとしたことを知らなかったから、SKRが本件五三四D列車を閉そくを確保せずに信楽駅から出発させたとの事実を予見することは不可能であったと主張する。

しかし、前記bで判示したとおり、安全対策室長の前記報告体制確立義務違反の過失の予見可能性の対象としては、SKRが閉そくを確保せずに列車を運行させて本件事故を発生させたことで足りるから、SKRが本件事故当日本件五三四D列車を閉そくを確保せずに信楽駅から出発させたとの具体的な事実まで予見する必要はないと解するのが相当である。

(エ) 本件事故についての回避可能性について

一審被告鉄道本部安全対策室長が、本件直通乗入れの運行に関与する一審被告の被用者が前記報告義務を尽くすことができる体制を確立していれば、一審被告の被用者が自己が所属する部ないし課の上司に対しSKRによる代用閉そく方式の違反行為を報告し、安全対策室を通じるなどしてSKRに対しその違反行為の是正を申し入れ、SKRもその申入れを受けて代用閉そく方式の違反行為を是正し、本件事故の発生を防ぐことができたと認めるのが相当である。

(オ) 信頼の原則との関係について

a 他の鉄道事業者に対する信頼の原則の適用について

一審被告は、本件直通乗入れにおける一審被告とSKRとの間にも信頼の原則が適用されるところ、鉄道事業者が運輸大臣の免許を受けたうえで、厳格な運輸大臣の監督統制下に鉄道事業を継続しているのであるから、SKR線に直通乗入れ等をする一審被告は、SKRの事業活動たる鉄道輸送の安全性についてはこれが確保されているとの信頼を有することが当然であると主張する。

しかし、前記(2)ア(オ)aで認定したとおり、旧国鉄において昭和三八年から昭和五五年までの間に発生した多数の重大事故の多くは列車の運行に従事する者に原因があるところ、本件事故当時までにこのような事故の状況が大きく改善したこと、また、SKRの列車の運行に関する事故の状況が旧国鉄のそれと大きく異なるものであることを窺わせる証拠もない。したがって、このような事故の状況を前提とすれば、一審被告鉄道本部安全対策室長が、SKRの鉄道輸送の安全性が確保されていると信頼することが相当であったとは認め難い。

b 閉そくに対する信頼の原則の適用について

一審被告は、信頼の原則からすれば、一審被告の被用者に対して、SKRが鉄道輸送の安全の根幹をなす閉そくを遵守せずして、列車を発車させることについてまで予見義務を課すことはできないと主張する。

しかし、前記(1)イ(ウ)cで認定したとおり、旧国鉄において昭和三八年から昭和五五年までの間に発生した列車衝突事故三三件の一割以上に当たる五件が閉そくを遵守しない列車の運行によるものであるから、一審被告鉄道本部安全対策室長は、鉄道事業者が閉そくを遵守しない列車の運行を行うことを予見することは可能であって、これを予測することができないとはいえない。

c SKRの一次的報告責任と信頼の原則の適用について

一審被告は、SKR線内で発生した事項について情報を収集し、報告体制を含めた安全対策を積極的に講ずる義務は一次的にはSKRにあるから、一審被告はこれを信頼することが許されていると主張する。

しかし、前記(1)イ(カ)cのとおり、SKR線内で発生した事故の発生の原因となりうる事実についての情報の収集及び報告体制を含めた安全対策を講ずる義務が一次的にはSKRにあるとの事情を、被害者との関係において主張することができるものではなく、SKR線において発生した事故の発生の原因となりうるSKRの違反行為についても、SKRに情報収集及び安全対策の一次的義務があり、一審被告はこれを信頼することが許されていると解することはできない。

(カ) 報告体制確立義務違反の内容について

甲A第33号証の6ないし8、第71ないし74号証によっても、本件直通乗入れの運行に関与する一審被告の被用者が前記報告義務を尽くすことができる体制が確立されたと認めることはできない。したがって、一審被告鉄道本部安全対策室長は、前記(ア)の報告体制確立義務に違反した過失があるといわざるを得ない。

なお、一審被告は、SKRとの間で締結した車両直通運転契約書九条で、SKR線内で発生した直通列車の鉄道運転事故及び運転阻害事故の報告については、一審被告が定めている運転事故報告手続に準じて、速やかにSKRが一審被告に対し報告すると規定しており、一審被告が定めている運転事故報告手続及びSKRが定めている運転事故・運転阻害報告規定では、停車場外で発生した事故に限り、信楽駅に報告することが義務づけられているから、安全対策室長は、前記報告体制確立義務を尽くしており、その義務違反の過失はないなどと主張する。しかし、前記(1)イ(イ)cのとおり、他社線に乗り入れた列車の運行に関与する者が、他社線において事故の発生の原因となりうる他社の違反行為を発見したときには、自己が所属する自社の部ないし課の上司に報告すべき義務があるというべきであるから、これと異なる定めをしている一審被告とSKRとの間で締結した車両直通運転契約書及び一審被告の運転事故報告手続等の存在をもって、安全対策室長が前記報告体制確立義務を尽くしたとはいえず、その義務違反の過失がないとはいえない。

イ 報告体制確立義務違反の過失と本件事故との因果関係について

一審被告鉄道本部安全対策室長が前記ア(ア)の報告体制確立義務を怠った過失と本件事故の発生との間に因果関係を認めることができる。

(ア) 事実的因果関係の存在について

前記ア(エ)のとおり、安全対策室長が前記報告体制を確立し、本件直通乗入れの運行に関与する一審被告の被用者が前記報告義務を尽くすことができる体制が確立されていれば、すなわち前記報告体制確立義務違反の過失がなければ、本件事故の発生を防ぐことができたと認めることができるから、安全対策室長の報告体制確立義務違反の過失と本件事故の発生との間に、事実的因果関係を認めるのが相当である。

(イ) 相当因果関係の存在について

前記ア(ウ)のとおり、本件直通乗入れの運行に関与する一審被告の被用者が自己の所属する部ないし課の上司に対しSKRの閉そくを確保しない列車の運行を含む事故の発生の原因となりうるSKRの違反行為について報告義務を尽くすことができる体制が確立されていないことによって、前記一審被告の被用者がSKRの閉そくを確認又は確保しない列車の運行を発見したにもかかわらず、これを自己が所属する部ないし課の上司に報告しないため、安全対策室を通じての是正の申入れがなされず、SKRの閉そくを確認又は確保しない列車の運行が放置され、SKRの閉そくを確認又は確保しない列車の運行による列車の衝突又は追突事故に繋がるおそれがあるものであるから、安全対策室長の前記報告体制確立義務を怠った過失とSKRによる閉そくの確認及び確保をしないままの本件五三四D列車の信楽駅の出発によって発生した本件事故との間には、相当因果関係を認めることができる。

(4)  一審被告鉄道本部長の報告体制確立義務違反の過失等について

一審被告鉄道本部長には、以下のとおり報告体制確立義務違反の過失があり、これによって本件事故が発生したと認めることができる。

ア 報告体制確立義務違反の過失について

一審被告鉄道本部長には、以下のとおり報告体制確立義務を怠った過失があると認めることができる。

(ア) 報告体制確立義務の内容について

前記2(1)及び3(1)アの事実を総合すれば、一審被告鉄道本部長には、一審被告鉄道本部運輸部運用課長及び安全対策室長がそれぞれ前記(2)及び(3)の各ア(ア)の各報告体制確立義務を尽くすように指導及び監督すべき義務があったと認めるのが相当である。

(イ) 報告体制確立義務の根拠について

前記(2)及び(3)の各ア(ア)のとおり、一審被告鉄道本部運用課長及び安全対策室長にはそれぞれ前記(2)及び(3)の各ア(ア)の報告体制確立義務がある。ところで、甲A20号証12によれば、一審被告鉄道本部長は、運用課の所属する運輸部及び安全対策室をいずれも統括する立場にある上、安全問題に関する事項を分担している。したがって、鉄道本部長には、上記の各報告体制確立義務が尽くされるように指導及び監督すべき義務があったというべきである。

(ウ) 本件事故についての予見可能性について

a 予見可能性の存在

一審被告鉄道本部長は、SKRが閉そくを確保せずに列車を運行するという違反行為によって発生した本件事故を予見することは可能であったと認めるのが相当である。すなわち、前記(1)イ(イ)cのとおり、本件直通乗入れの運行に関与する者は、SKR線において事故の発生の原因となりうるSKRの違反行為を発見したときには、自己が所属する自社の部ないし課の上司に報告すべき義務があり、前記(2)ア(イ)のとおり、運用課長は、本件直通乗入れについての教育及び訓練をする際に、本件直通列車の乗務員に対し、上記報告義務を尽くさせるために、これについての教育及び訓練が行われるような体制を確立すべき義務があり、前記(3)ア(イ)のとおり、安全対策室長は、本件直通乗入れの際に、一審被告の被用者に対し、上記報告義務を尽くすことができるような体制を確立すべき義務があるので、運用課の所属する運輸部及び安全対策室をいずれも統括する立場にある上、安全問題に関する事項を分担している鉄道本部長は、運用課長及び安全対策室長が上記報告体制確立義務を尽くすことができるようにするため、本件直通乗入れにおいてSKRが行うおそれのある事故の発生の原因となりうる違反行為を予測した上、これについて上記報告体制確立義務を尽くすことができるよう指導及び監督すべきことになる。そして、本件事故の発生原因となったSKRによる閉そくを確認及び確保せずに列車を運行させる行為は、列車の衝突又は追突事故を発生させる危険性の高い行為であるから、鉄道本部長が予測すべき違反行為に含まれるというべきである。したがって、鉄道本部長は、本件直通乗入れの際に、SKRによる閉そくを確保せずに列車を運行させる違反行為を予測すべきであり、閉そくを確保しないで列車を運行したことによって発生した本件事故は、当然、その予測の範囲内にあったというべきである。

なお、鉄道本部長が、SKRが事前トラブルにおける代用閉そく方式において違反行為をしたことを知っていたとまで認めるに足りる証拠はない。しかし、前記のとおり、鉄道本部長は、本件直通乗入れによる事故の発生を防止するために、SKRが閉そくの確認及び確保をせずに列車を運行させる行為をも予測して、運用課長及び安全対策室長が前記報告体制確立義務を尽くすことができるよう指導及び監督する必要があったのであるから、SKRによる上記違反行為を知らなかったとしても、SKRが閉そくを確保せずに列車を運行したことによって発生した本件事故を予見することは可能であったというべきである。

b 予見可能性の対象について

一審被告は、本件事故発生の予見可能性の予見の対象は、①SKR関係者が閉そくを確保せずに本件五三四D列車を信楽駅から出発させたこと及び②G信号技士が誤出発検知機能を無効化する回路の短絡を行ったことというべきであり、その場合に、一審被告の被用者に本件事故についての予見可能性を認め得ないと主張する。

しかし、前記(1)イ(ウ)bで判示したとおり、閉そくを確保せずに列車を運行させることは、列車の衝突又は追突の危険を生じさせるものであるから、鉄道本部長が、SKRによる閉そくの確保に違反した行為によって発生する本件事故を予見することは可能であったといってよく、G信号技士による誤出発検知機能を無効化する回路の短絡行為を予見することができたか否かを問題とする必要はない。

なお、一審被告は、前記②の行為は本件事故の必要条件であり、過失判断の前提たる因果関係の存否ないしその重要性は、現実に生起した因果の流れに沿って判断すべきであるから、前記②が予見可能性の対象となる事実であるなどと主張する。しかし、前記(1)イ(ウ)bで判示したのと同様の理由により、鉄道本部長の前記報告体制確立義務違反の過失の予見可能性の対象としては、SKRが閉そくを確保せずに列車を運行させて本件事故を発生させたことで足り、G信号技士による誤出発検知機能を無効化する回路の短絡行為まで予見する必要はないと解するのが相当である。

c 本件事故当日の鉄道本部長の認識と予見可能性について

一審被告は、一審被告の被用者が、本件事故当日、信楽駅出発信号機22Lが赤固定したため、SKRが代用閉そく方式により列車を運行しようとしたことを知らなかったから、SKRが本件五三四D列車を閉そくを確保せずに信楽駅から出発させたとの事実を予見することは不可能であったと主張する。

しかし、前記bで判示したとおり、鉄道本部長の前記報告体制確立義務違反の過失の予見可能性の対象としては、SKRが閉そくを確保せずに列車を運行させて本件事故を発生させることで足りるから、SKRが本件事故当日、信楽駅出発信号機22Lが赤固定したため、本件五三四D列車を閉そくを確保せずに信楽駅から出発させたとの具体的な事実まで予見する必要はないと解するのが相当である。

(エ) 本件事故についての回避可能性について

一審被告鉄道本部長が、一審被告鉄道本部運輸部運用課長が前記報告体制を確立するように指導及び監督し、また、一審被告鉄道本部安全対策室長が前記報告体制を確立するように指導及び監督していれば、本件直通列車の乗務員に対する上記報告義務について教育及び訓練が行われ、また、本件直通乗入れの運行に関与する一審被告の被用者が上記報告義務を尽くすことができる体制が確立され、一審被告の被用者が自己が所属する部ないし課の上司に対しSKRによる代用閉そく方式の違反行為を報告し、安全対策室を通じるなどしてSKRに対しその違反行為の是正を申し入れ、SKRもその申入れを受けて代用閉そく方式の違反行為を是正し、本件事故の発生を防ぐことができたと認めるのが相当である。

(オ) 信頼の原則との関係について

a 他の鉄道事業者に対する信頼の原則の適用について

一審被告は、本件直通乗入れにおける一審被告とSKRとの間にも信頼の原則が適用されるところ、鉄道事業者が運輸大臣の免許を受けたうえで、厳格な運輸大臣の監督統制下に鉄道事業を継続しているのであるから、SKR線に直通乗入れ等をする一審被告は、SKRの事業活動たる鉄道輸送の安全性についてはこれが確保されているとの信頼を有することが当然であると主張する。

しかし、前記(2)ア(オ)aで認定したとおり、旧国鉄において昭和三八年から昭和五五年までの間に発生した多数の重大事故の多くは列車の運行に従事する者に原因があるところ、本件事故当時までにこのような事故の状況が大きく改善したこと、また、SKRの列車の運行に関する事故の状況が旧国鉄のそれと大きく異なるものであることを窺わせる証拠もない。したがって、このような事故の状況を前提とすれば、一審被告鉄道本部長が、SKRの鉄道輸送の安全性が確保されていると信頼することが相当であったとは認め難い。

b 閉そくに対する信頼の原則の適用について

一審被告は、信頼の原則からすれば、一審被告の被用者に対して、SKRが鉄道輸送の安全の根幹をなす閉そくを遵守せずして、列車を発車させることについてまで予見義務を課すことはできないと主張する。

しかし、前記(1)イ(ウ)cで認定したとおり、旧国鉄において昭和三八年から昭和五五年までの間に発生した列車衝突事故三三件の一割以上に当たる五件が閉そくを遵守しない列車の運行によるものであるから、一審被告鉄道本部長は、鉄道事業者が閉そくを遵守しない列車の運行を行うことを予見することは可能であって、これを予測することはできないとはいえない。

c SKRの一次的報告責任と信頼の原則の適用について

一審被告は、SKR線内で発生した事項について情報を収集し、報告体制を含めた安全対策を積極的に講ずる義務は一次的にはSKRにあるから、一審被告はこれを信頼することが許されていると主張する。

しかし、前記(1)イ(カ)cのとおり、SKR線内で発生した事故の発生の原因となりうる事実についての情報の収集及び報告体制を含めた安全対策を講ずる義務が一次的にはSKRにあるとの事情を、被害者との関係において主張することができるものではなく、SKR線において発生した事故の発生の原因となりうるSKRの違反行為についても、SKRに情報収集及び安全対策の一次的義務があり、一審被告はこれを信頼することが許されていると解することはできない。

(カ) 報告体制確立義務違反の内容について

一審被告鉄道本部長が、一審被告鉄道本部運輸部運用課長が前記報告体制を確立するように指導及び監督したことを窺わせる証拠はなく、また、一審被告鉄道本部安全対策室長が前記報告体制を確立するように指導及び監督したことを窺わせる証拠もない。したがって、鉄道本部長は、前記(ア)の報告体制確立義務に違反した過失があるといわざるを得ない。

イ 報告体制確立義務違反の過失と本件事故との因果関係について

一審被告鉄道本部長が前記ア(ア)の報告体制確立義務を怠った過失と本件事故の発生との間に因果関係を認めることができる。

(ア) 事実的因果関係の存在について

前記ア(エ)のとおり、鉄道本部長が、一審被告鉄道本部運輸部運用課長及び安全対策室長の前記各報告体制確立義務について指導及び監督をし、前記各報告体制が確立され、本件直通列車の乗務員に対する上記報告義務について教育及び訓練が行われ、また、本件直通乗入れの運行に関与する一審被告の被用者が前記報告義務を尽くすことができる体制が確立されていれば、すなわち鉄道本部長の前記報告体制確立義務違反の過失がなければ、本件事故の発生を防ぐことができたと認めることができるから、鉄道本部長の報告体制確立義務違反の過失と本件事故の発生との間に、事実的因果関係を認めるのが相当である。

(イ) 相当因果関係の存在について

前記ア(ウ)のとおり、運用課長及び安全対策室長の前記各報告体制が確立されず、本件直通列車の乗務員が自己が所属する部ないし課の上司に対しSKRの閉そくを確保しない列車の運行を含む事故の発生の原因となりうるSKRの違反行為の報告義務について教育及び訓練を受けないことによって、また、本件直通乗入れの運行に関与する一審被告の被用者が自己の所属する部ないし課の上司に対しSKRの閉そくを確保しない列車の運行を含む事故の発生の原因となりうるSKRの違反行為について報告義務を尽くすことができる体制が確立されていないことによって、一審被告の被用者がSKRの閉そくを確認又は確保しない列車の運行を発見したにもかかわらず、これを自己が所属する部ないし課の上司に報告しないため、安全対策室等を通じての是正の申入れがなされず、SKRの閉そくを確認又は確保しない列車の運行が放置され、SKRの閉そくを確認又は確保しない列車の運行による列車の衝突又は追突事故に繋がるおそれがあるものであるから、鉄道本部長の前記報告体制確立義務を怠った過失とSKRによる閉そくの確認及び確保をしないままの本件五三四D列車の信楽駅の出発によって発生した本件事故との間には、相当因果関係を認めることができる。

(5)  本件直通乗入れに際しての一審被告の立場について

(本件直通乗入れの性格について)

一審被告は、本件直通乗入れにおいては、SKR線内において営業免許を有しておらず、車両運行権及び運行管理権を有さず、運行管理の実体もなく、SKRに対し車両及び乗務員を対価を得て貸していたにすぎず、SKR線内における運行はSKRが行っていたことなどから、SKR線における乗客に対する安全確保義務を負うのは、SKRだけであって、一審被告はこれを負わないと主張する。

しかし、前記(1)イ(イ)及び前記(2)ないし(4)の各ア(イ)のとおり、一審被告の被用者に前記(1)イ(ア)の報告義務及び前記(2)ないし(4)の各ア(ア)の報告体制確立義務が認められる理由は、一審被告の本件直通乗入れによって、一審被告の被用者がその運行に関与することになったことから、その運行によって事故が発生しないようにすべき義務を負うことにある。したがって、一審被告がSKR線において営業免許を有しておらず、車両運行権又は運行管理権を有さず、運行管理の実体もないとしても、これが一審被告の被用者に前記(1)イ(ア)の報告義務及び前記(2)ないし(4)の各ア(ア)の報告体制確立義務を認めることの妨げとなるものではない。

4  一審被告の使用者責任について

一審被告は、以下のとおり一審被告の被用者の不法行為によって被害者らが被った損害について、民法七一五条に基づいて賠償責任を負うものである。

(1)  一審被告の被用者の不法行為について

一審被告のF助役らの前記3(1)の報告義務違反並びに一審被告鉄道本部運輸部運用課長、安全対策室長及び鉄道本部長の前記3(2)ないし(4)の報告体制確立義務違反の各過失により本件事故を発生させて被害者らを死亡させ、被害者らに後記5の損害を被らせたのであるから、一審被告の前記被用者の被害者らに対する不法行為を認めることができる。

(2)  使用関係について

一審被告のF助役ら並びに一審被告鉄道本部運輸部運用課長及び安全対策室長が一審被告の従業員であることは、当事者間に争いがないから、一審被告の被用者であると認めるのが相当である。また、一審被告鉄道本部長が取締役であることは、当事者間に争いがないところ、弁論の全趣旨によれば、一審被告鉄道本部長は、一審被告と使用関係があるから、一審被告の被用者であると認めるのが相当である。

なお、一審被告は、一審被告の乗務員は、本件直通列車に乗務してSKR線を運行する際には、一審被告の従業員の身分のまま、SKRに出向していたものであるなどと主張する。しかし、一審被告の乗務員が本件直通列車に乗務してSKR線を運行する際の雇用関係を、一審被告からSKRへの出向であると解し難い。また、前記の一審被告の被用者に前記3(1)イ(イ)の報告義務が認められる理由に鑑みれば、前記雇用関係が出向であるとしても、一審被告の乗務員に前記3(1)イ(ア)の報告義務を認めることの妨げとなるものではない。

(3)  事業の執行行為性について

前記3(1)アで認定したとおり、一審被告のF助役及びJ助役は、JR貴生川駅の業務について報告義務違反があったから、F助役及びJ助役の前記報告義務違反の過失は、一審被告の業務の執行について行われたものであると認めることができる。また、前記3(1)アで認定したとおり、一審被告のC指導員、D指導助役、E助役、A運転士及びB運転士は、本件直通乗入れ列車に乗車していたが、前記2(1)で認定したとおり、本件直通乗入れは、一審被告がSKRと本件直通乗入れに関する契約を締結し、これに基づいて行われたものであるから、一審被告の業務として行われたものと認められ、C指導員、D指導助役、E助役、A運転士及びB運転士の前記報告義務違反の過失は、一審被告の業務の執行について行われたものであると認めることができる。さらに、前記3(2)ないし(4)で認定したとおり、一審被告鉄道本部運輸部運用課長、安全対策室長及び鉄道本部長の前記報告体制確立義務は、一審被告における運用課長、安全対策室長及び鉄道本部長の本来の業務であるから、運用課長、安全対策室長及び鉄道本部長の前記報告体制確立義務違反の過失は、一審被告の業務の執行について行われたものと認めることができる。

なお、一審被告は、本件直通乗入れにおいては、SKR線内において鉄道事業の免許を有しておらず、車両運行権及び運行管理権を有さず、運行管理の実体もなく、SKRに対し車両及び乗務員を対価を得て貸していたにすぎず、SKR線内における運行はSKRが行っていたことなどから、一審被告の被用者は、SKR線において、一審被告の業務として職務を行っているものではなく、SKRの業務として職務を行っているものであるなどと主張する。しかし、前記のとおり、一審被告鉄道本部運輸部運用課長、安全対策室長及び鉄道本部長の前記報告体制確立義務は、一審被告における本来の業務である。また、本件直通乗入れは、一審被告の業務として行われたものであるから、一審被告のF助役、J助役、C指導員、D指導助役、E助役、A運転士及びB運転士の前記報告義務違反の過失が本件直通乗入れに関するものであるとしても、一審被告の業務の執行について行われたものと認めることができるというべきである。

(4)  時機に遅れた攻撃防御方法(民事訴訟法一五七条一項)との主張について

一審被告は、一審被告の鉄道本部長、電気部長、電気部信号通信課長、運輸部管理課長、同部運用課長ないし安全対策室長の信号システムに関する注意義務違反、教育及び訓練における注意義務違反ないし報告体制確立義務違反の各過失についての一審原告の主張は、時機に遅れたものとして却下すべきであると主張する。

しかし、一審原告の前記各過失の主張は、これによって本件訴訟の完結を遅延させることになると認めることはできないから、これを却下することはできない。

(5)  消滅時効について

一審被告は、一審被告の被用者である鉄道本部長、電気部長、電気部信号通信課長、運輸部管理課長、同部運用課長ないし安全対策室長の信号システムに関する注意義務違反、教育及び訓練における注意義務違反ないし報告体制確立義務違反の各過失による不法行為を理由とする一審原告らの使用者責任に基づく損害賠償請求権について時効により消滅していると主張する。

ところで、前記1(1)で判示したとおり、一審原告らは、原審において、一審被告に対し、一審被告のA運転士、B運転士、C指導員、D助役、E助役及びF助役らの報告義務違反の各過失並びにA運転士の本件事故当日小野谷信号場で本件五〇一D列車を停車させた上、信楽駅に携帯電話で連絡をとり、その指示を仰ぐべき義務に違反した過失による不法行為を理由とする民法七一五条に基づく一審被告の使用者責任を主張していた。そして、一審被告が時効により消滅したと主張している一審被告の被用者の各過失による不法行為を理由とする一審原告らの使用者責任に基づく損害賠償請求権と一審原告らが原審において主張していた一審被告の被用者の各過失による不法行為を理由とする一審原告らの使用者責任に基づく損害賠償請求権とは、前記1(1)で判示したとおり実体法上の権利関係は同一であると認めるのが相当である。

したがって、一審被告が時効により消滅したと主張している前記損害賠償請求権は、一審原告らの本訴の提起により時効が中断していることになるから、一審被告の消滅時効の主張は理由がない。

5  損害について

(なお、以下の計算では、特に断らない限り、一円未満は切り捨てる。)

(1)  総論

ア 基本的見解

以下のとおり付加、訂正、削除するほか、原判決の「事実及び理由」中「第三 当裁判所の判断」のうち「七 争点9(原告らの損害(総論))について」の記載を引用する。

(ア) 原判決八九二頁九行目の「昭和五三年一〇月二〇日判決・民集三二巻七号一五〇〇頁」を「昭和三七年一二月一四日判決・民集一六巻一二号二三六八頁、同裁判所第三小法廷昭和五四年六月二六日判決・判例時報九三三号五九頁」に改める。

(イ) 原判決八九三頁二行目の「被害者側」を「当事者」に改める。

(ウ) 原判決八九三頁五行目の「疑」の次に「い」を加える。

(エ) 原判決八九三頁九行目の「ならないのである」の次の「が」、同頁一〇行目の「、現に生きて」から八九四頁六行目の「解される」までをいずれも削る。

(オ) 原判決八九七頁末行の「将来における」から八九八頁三行目の「前提にして、」までを削る。

(カ) 原判決九〇二頁三行目の「平成五年三月二四日」の次に「判決」を加える。

(キ) 原判決九〇七頁七行目の「主催」を「主宰」に改める。

イ 慰謝料について

一審原告らは、本件事故における諸事情を考慮すれば、各犠牲者の慰謝料の金額は少なくとも三〇〇〇万円を下らないと主張する。

慰謝料額を算定するに当たっては、弁論に現れた一切の事情を斟酌して、各犠牲者ごとに判断すべきであるところ、原判決が認定した事情とともに、一審原告らが主張する本件事故の態様、性質、各犠牲者及び一審原告らの心情、一審被告の責任の程度、一審被告の本件事故後の対応等の諸事情を考慮しても、原判決が各犠牲者ごとに認定した慰謝料額は相当であって、これを上回る金額を認めるに足りる証拠はない。

(2)  亡吉崎佐代子の損害について

ア 損害額

当裁判所も、亡佐代子が本件事故によって被った損害額は、原判決が認定した三六一八万一三九二円(但し、弁済額を控除し、弁護士費用を除く。)が相当であり、亡佐代子の一審被告に対する同額の損害賠償債権について、一審原告吉崎俊三がその二分の一に弁護士費用一八〇万円を加えた一九八九万〇六九六円を、一審原告溝口恵美子及び一審原告坂本久仁子がそれぞれその四分の一に弁護士費用各九〇万円を加えた九九四万五三四八円をそれぞれ相続したものと判断する。

その理由は、原判決の「事実及び理由」中「第三 当裁判所の判断」のうち「七 争点10(原告らの個別損害)について」(但し、「七」は「八」の誤記と認める。以下、同様。)の「1 訴外亡吉崎佐代子関係」の記載を引用する。

但し、原判決九一五頁四行目及び同頁八行目の各「損益相殺」をいずれも「弁済」に改める。

イ 一審原告吉崎らの当審における主張に対する判断について

(ア) 国民年金受給資格喪失による逸失利益について

一審原告吉崎らは、当審においても、亡佐代子について国民年金受給資格喪失による逸失利益を認めるべきであると主張する。

しかし、前記アで認定した理由に加え、亡佐代子は、死亡した当時、老齢基礎年金の支給を受けていなかったのであるから、国民年金受給資格喪失による逸失利益を認めるためには、老齢基礎年金が現実に支給されていた場合と同視し得る程度にその支給が確実であったと認められる場合でなければならない。しかし、亡佐代子が、本件事故によって死亡しなかった場合に、老齢年金の支給要件を確実に具備していたなど、老齢基礎年金が現実に支給されていた場合と同視し得る程度にその支給が確実であったと認めるに足りる証拠はないといわざるを得ない。

したがって、亡佐代子について国民年金受給資格喪失による逸失利益を認めることはできない。

(イ) 慰謝料について

一審原告吉崎らは、当審においても、亡佐代子が本件事故によって被った精神的苦痛に対する慰謝料は少なくとも三〇〇〇万円を下らないと主張する。

しかし、前記(1)イで判示したとおり、一審原告吉崎らが主張する事情を考慮しても、亡佐代子が本件事故によって被った精神的苦痛に対する慰謝料は二二〇〇万円が相当である。

(3)  亡伊原一男の損害について

ア 損害額

当裁判所も、亡一男が本件事故によって被った損害額は、原判決が認定した四六八八万八八〇〇円(但し、弁済額を控除し、弁護士費用を除く。)が相当であり、亡一男の一審被告に対する同額の損害賠償債権について、一審原告伊原いとがその二分の一に弁護士費用二三六万円を加えた二五八〇万四四〇〇円を、一審原告伊原誠一、一審原告伊原佳嗣及び一審原告村上美智がそれぞれその六分の一に弁護士費用各七八万円を加えた八五九万四八〇〇円をそれぞれ相続したものと判断する。

その理由は、原判決の「事実及び理由」中「第三 当裁判所の判断」のうち「七 争点10(原告らの個別損害)について」の「2 訴外亡伊原一男関係」の記載を引用する。

但し、原判決九二四頁九行目及び九二五頁一〇行目の各「損益相殺」をいずれも「弁済」に改める。

イ 一審原告伊原らの当審における慰謝料の主張に対する判断について

一審原告伊原らは、当審においても、亡一男が本件事故によって被った精神的苦痛に対する慰謝料は少なくとも三〇〇〇万円を下らないと主張する。

しかし、前記(1)イで判示したとおり、一審原告伊原らが主張する事情を考慮しても、亡一男が本件事故によって被った精神的苦痛に対する慰謝料は二三〇〇万円が相当である。

(4)  亡臼井信子の損害について

ア 損害額

当裁判所は、亡臼井信子が本件事故によって被った損害額は、原判決が認定した葬祭関係費一二〇万円及び慰謝料二二〇〇万円に、後記イの逸失利益四九八六万七五〇六円を加えた七三〇六万七五〇六円から、原判決が認定した損害のてん補九五三万一五二〇円を控除した六三五三万五九八六円が相当であり、一審原告臼井和男及び一審原告臼井泰子が亡信子の一審被告に対する同額の損害賠償債権の二分の一に弁護士費用各三一五万円を加えた三四九一万七九九三円を相続したものと判断する。

その理由は、以下のとおり訂正するほか、原判決の「事実及び理由」中「第三 当裁判所の判断」のうち「七 争点10(原告らの個別損害)について」の「3 訴外亡臼井信子関係」の記載を引用する。

(ア) 原判決九二八頁三行目から九三〇頁五行目までを後記イのとおりに改める。

(イ) 原判決九三五頁二行目の「六二七四万六〇〇〇円」を「七三〇六万七五〇六円」に改める。

(ウ) 原判決九三五頁三行目、同頁八行目及び九三六頁六行目から七行目にかけての各「五三二一万四四八〇円」をいずれも「六三五三万五九八六円」に改める。

(エ) 原判決九三五頁九行目から九三六頁四行目までを「後記エのとおり」に改める。

(オ) 原判決九三六頁九行目の「亡臼井」(二ヶ所)を「亡信子」にいずれも改める。

(カ) 原判決九三七頁二行目の「二九二五万七二四〇円」を「三四九一万七九九三円」にいずれも改める。

イ 逸失利益(四九八六万七五〇六円)について

甲B3第1、第2、第5、第6号証、第8ないし11号証、第18ないし20号証、第25号証の1ないし10、原審における一審原告臼井和男本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、亡信子は、本件事故当時二六歳の女性であったこと、亡信子は、嵯峨美術短期大学に入学し、二年間陶芸科に在籍した後、専攻科に二年間在籍して、陶芸の研究をしたこと、亡信子は、大学卒業後、インテリアコーディネーターのアルバイトを経て、平成元年一〇月二日株式会社福寿園に入社し、「CHA研究センター」に工芸科研究員として配属されたこと、亡信子の勤務条件は、正社員ではあるものの、年俸三〇〇万円で、二年に一回昇給がある年俸制であり、週四日出社して、週一日自宅において在宅研究することとなっていたこと、亡信子の業務は、「CHA研究センター」の工芸科における作陶及び陶芸体験室での作陶の指導等であったこと、亡信子は、両親らと同居していたことなどの事実が認められる。

前記認定の事実によれば、亡信子は、本件事故当時、年収三〇〇万円ではあったが、四年制大学を卒業した二六歳の女子と同じ収入を得ることができたと認めるのが相当であるから、本件事故により、少なくとも、就労可能な六七歳までの四一年間にわたり、平成三年の賃金センサスの産業計・企業規模計・女子労働者・新大卒・二五から二九歳の平均年収三七八万三〇〇〇円を得ることができなくなったというべきである。そして、前記認定事実及び弁論の全趣旨によれば、亡信子の生活費は前記収入の四割であると認めるのが相当である。

したがって、亡信子の本件事故による逸失利益は、前記基礎収入三七八万三〇〇〇円から生活費四割を控除し、これに四一年間の年五分の割合による中間利息を新ホフマン方式によって控除して、現価を算定すれば、以下の計算式のとおり、四九八六万七五〇六円となる。

3,783,000円×(1−0.4)×21.970=49,867,506円

ウ 一審原告臼井らの当審における慰謝料の主張に対する判断について

一審原告臼井らは、当審においても、亡信子が本件事故によって被った精神的苦痛に対する慰謝料は少なくとも三〇〇〇万円を下らないと主張する。

しかし、前記(1)イで判示したとおり、一審原告臼井らが主張する事情を考慮しても、亡信子が本件事故によって被った精神的苦痛に対する慰謝料は二二〇〇万円が相当である。

エ 弁護士費用(六三〇万円)について

一審原告臼井らが、本件訴訟の提起及び遂行を一審原告ら代理人に委任したことは当裁判所に顕著である。そして、本件訴訟の内容及び認容された金額等を勘案すれば、一審原告臼井らが一審原告ら代理人に支払う弁護士費用のうち六三〇万円については、一審被告の被用者の不法行為と相当因果関係のある損害であると認めるのが相当である。

(5)  亡木村てい子の損害について

ア 損害額

当裁判所も、亡てい子が本件事故によって被った損害額は、原判決が認定した四九七〇万九三一五円(但し、弁護士費用を除く。)が相当であり、亡てい子の一審被告に対する同額の損害賠償債権について、一審原告木村昭典がその二分の一に弁護士費用二五〇万円を加えた二七三五万四六五七円を、一審原告木村滋及び一審原告井上俊子がそれぞれその四分の一に弁護士費用各一二五万円を加えた一三六七万七三二九円(一円未満四捨五入)をそれぞれ相続したものと判断する。

その理由は、以下のとおり付加、訂正するほか、原判決の「事実及び理由」中「第三 当裁判所の判断」のうち「七争点10(原告らの個別損害)について」の「4 訴外亡木村てい子関係」の記載を引用する。

(ア) 原判決九三七頁末行の「検甲」の次に「B」を加える。

(イ) 原判決九四〇頁一行目の「一八六六万四二四五円」を「二三三六万八二三六円」に改める。

イ 一審原告木村らの当審における慰謝料の主張に対する判断について

一審原告木村らは、当審においても、亡てい子が本件事故によって被った精神的苦痛に対する慰謝料は少なくとも三〇〇〇万円を下らないと主張する。

しかし、前記(1)イで判示したとおり、一審原告木村らが主張する事情を考慮しても、亡てい子が本件事故によって被った精神的苦痛に対する慰謝料は二二〇〇万円が相当である。

(6)  亡後藤正利の損害について

ア 損害額

当裁判所も、亡正利が本件事故によって被った損害額は、原判決が認定した五八五四万六四六六円(但し、弁済額を控除し、弁護士費用を除く。)が相当であり、亡正利の一審被告に対する同額の損害賠償債権について、一審原告後藤泰子がその二分の一に弁護士費用二九四万円を加えた三二二一万三二三三円を、一審原告後藤久美及び一審原告芝利美がそれぞれその四分の一に弁護士費用各一四八万円を加えた一六一一万六六一六円をそれぞれ相続したものと判断する。

その理由は、以下のとおり訂正、削除するほか、原判決の「事実及び理由」中「第三 当裁判所の判断」のうち「七争点10(原告らの個別損害)について」の「5 訴外亡後藤正利関係」の記載を引用する。

(ア) 原判決九四六頁八行目の「三九年」を「三六年」に改める。

(イ) 原判決九四七頁一行目の「茨城駅前店」を「茨木駅前店」に改める。

(ウ) 原判決九四七頁七行目の「及び国民年金」を削る。

(エ) 原判決九四七頁九行目から一〇行目にかけての「厚生年金の保険金を昭和四一年から」を「昭和四一年四月から昭和四四年八月まで国民年金の保険料を、また、昭和四四年九月から厚生年金の保険料を」に改める。

(オ) 原判決九四八頁一〇行目の「国民年金分」を「厚生年金受給資格喪失によるもの」に改める。

(カ) 原判決九五一頁七行目の「認めることができない」を「請求なし」に改め、同頁八行目及び九行目を削る。

(キ) 原判決九五二頁二行目及び七行目の各「損益相殺」をいずれも「弁済」に改める。

イ 一審原告後藤らの当審における慰謝料の主張に対する判断について

一審原告後藤らは、当審においても、亡正利が本件事故によって被った精神的苦痛に対する慰謝料は少なくとも三〇〇〇万円を下らないと主張する。

しかし、前記(1)イで判示したとおり、一審原告後藤らが主張する事情を考慮しても、亡正利が本件事故によって被った精神的苦痛に対する慰謝料は二四〇〇万円が相当である。

(7)  亡寺川初榮の損害について

ア 損害額

当裁判所も、亡初榮が本件事故によって被った損害額は、原判決が認定した四三六〇万八六六八円(但し、弁護士費用を除く。)が相当であり、一審原告寺川清一及び一審原告寺川喜隆は、それぞれ亡初榮の一審被告に対する同額の損害賠償債権の二分の一に弁護士費用各二二〇万円を加えた二四〇〇万四三三四円を相続したものと判断する。

その理由は、原判決の「事実及び理由」中「第三 当裁判所の判断」のうち「七 争点10(原告らの個別損害)について」の「6 訴外亡寺川初榮関係」の記載を引用する。

イ 一審原告寺川らの当審における慰謝料の主張に対する判断について

一審原告寺川らは、当審においても、亡初榮が本件事故によって被った精神的苦痛に対する慰謝料は少なくとも三〇〇〇万円を下らないと主張する。

しかし、前記(1)イで判示したとおり、一審原告寺川らが主張する事情を考慮しても、亡初榮が本件事故によって被った精神的苦痛に対する慰謝料は二二〇〇万円が相当である。

(8)  亡中田晶子の損害について

ア 損害額

当裁判所も、亡晶子が本件事故によって被った損害額は、原判決が認定した七五九〇万一八〇七円(但し、弁護士費用を除く。)が相当であり、一審原告中田明道及び一審原告中田佳子は、それぞれ亡晶子の一審被告に対する同額の損害賠償債権の二分の一に弁護士費用各三八〇万円を加えた四一七五万〇九〇三円を相続したものと判断する。

その理由は、以下のとおり訂正、削除するほか、原判決の「事実及び理由」中「第三 当裁判所の判断」のうち「七争点10(原告らの個別損害)について」の「7 訴外亡中田晶子関係」の記載を引用する。

(ア) 原判決九六五頁七行目から八行目にかけての「保険金」を「保険料」に改める。

(イ) 原判決九六八頁八行目の「、カメラ」を削る。

(ウ) 原判決九六九頁二行目の「認めることができない」を「請求なし」に改め、同頁三行目及び四行目を削る。

イ 一審原告中田らの当審における慰謝料の主張に対する判断について

一審原告中田らは、当審においても、亡晶子が本件事故によって被った精神的苦痛に対する慰謝料は少なくとも三〇〇〇万円を下らないと主張する。

しかし、前記(1)イで判示したとおり、一審原告中田らが主張する事情を考慮しても、亡晶子が本件事故によって被った精神的苦痛に対する慰謝料は二二〇〇万円が相当である。

(9)  亡乙川花子の損害について

ア 損害額

当裁判所も、亡花子が本件事故によって被った損害額は、原判決が認定した四八九三万五五八三円(但し、弁護士費用を除く。)が相当であり、一審原告乙川春夫及び一審原告乙川夏夫は、それぞれ亡花子の一審被告に対する同額の損害賠償債権の二分の一に弁護士費用各二四五万円を加えた二六九一万七七九一円を相続したものと判断する。

その理由は、原判決の「事実及び理由」中「第三 当裁判所の判断」のうち「七 争点10(原告らの個別損害)について」の「8 訴外亡乙川花子関係」の記載を引用する。

イ 一審原告乙川らの当審における主張に対する判断について

(ア) 国民年金受給資格喪失による逸失利益について

一審原告乙川らは、当審においても、亡花子について国民年金受給資格喪失による逸失利益を認めるべきであると主張する。

しかし、前記アで認定した理由に加え、前記(2)イ(ア)で判示したのと同様に、亡花子は、死亡した当時、老齢基礎年金の支給を受けていなかったのであるから、国民年金受給資格喪失による逸失利益を認めるためには、老齢基礎年金が現実に支給されていた場合と同視し得る程度にその支給が確実であったと認められる場合でなければならない。しかし、亡花子が、本件事故によって死亡しなかった場合に、老齢年金の支給要件を確実に具備していたなど、老齢基礎年金が現実に支給されていた場合と同視し得る程度にその支給が確実であったと認めるに足りる証拠はないといわざるを得ない。

したがって、亡花子について国民年金受給資格喪失による逸失利益を認めることはできない。

(イ) 慰謝料について

一審原告乙川らは、当審においても、亡花子が本件事故によって被った精神的苦痛に対する慰謝料は少なくとも三〇〇〇万円を下らないと主張する。

しかし、前記(1)イで判示したとおり、一審原告乙川らが主張する事情を考慮しても、亡花子が本件事故によって被った精神的苦痛に対する慰謝料は二二〇〇万円が相当である。

(10)  亡中島未晴の損害について

ア 損害額

当裁判所も、亡未晴が本件事故によって被った損害額は、原判決が認定した四二八三万一八九一円(但し、弁済額を控除し、弁護士費用を除く。)が相当であり、一審原告中島三木男及び一審原告中島育子は、それぞれ亡未晴の一審被告に対する同額の損害賠償債権の二分の一に弁護士費用各二一五万円を加えた二三五六万五九四五円を相続したものと判断する。

その理由は、原判決の「事実及び理由」中「第三 当裁判所の判断」のうち「七 争点10(原告らの個別損害)について」の「9 訴外亡中島未晴関係」の記載を引用する。

但し、原判決九八三頁三行目及び七行目の各「損益相殺」を「弁済」に、同頁九行目及び九八五頁一行目の各「(七)」を「(六)」に、九八四頁五行目の「(八)」を「(七)」にいずれも改める。

イ 一審原告中島らの当審における主張に対する判断について

(ア) 逸失利益の基礎収入と中間利息の控除の方式について

一審原告中島らは、当審において、亡未晴の逸失利益を算定するに当たっては少なくとも全学歴男子労働者全年齢平均にライプニッツ係数を乗じる方法を採用すべきであると主張する。

しかし、亡未晴の逸失利益を算定するに当たって、前記アで認定したとおり一八歳から一九歳の男子労働者の年間の平均給与に新ホフマン方式による中間利息を控除する方法を採用することは、相当な算定方法として許されるものであって、一審原告中島らが主張する前記の方法を採用しなければならない理由はない。

(イ) 生活費の控除の割合について

一審原告中島らは、当審において、亡未晴が三〇歳ころに婚姻して一家の大黒柱となる可能性が高いから、それ以前の生活費の控除の割合が五〇パーセントであるとしても、その後の生活費の割合は三〇パーセントとすべきであり、これを合わせれば34.8パーセントになると主張する。

しかし、亡未晴が三〇歳ころに婚姻し、その後の生活費の控除の割合が三〇パーセントになる事を認めるに足りる証拠はないから、一審原告中島らの前記主張を採用することはできない。

(ウ) 慰謝料について

一審原告中島らは、当審においても、亡未晴が本件事故によって被った精神的苦痛に対する慰謝料は少なくとも三〇〇〇万円を下らないと主張する。

しかし、前記(1)イで判示したとおり、一審原告中島らが主張する事情を考慮しても、亡未晴が本件事故によって被った精神的苦痛に対する慰謝料は二二〇〇万円が相当である。

第4  結論

以上によれば、原判決中、一審原告臼井和男及び一審原告臼井泰子に関する判断は、当裁判所と結論が異なるので、不当であるが、その余の請求に関する部分は、当裁判所と結論が同旨であるので、相当である。

よって、原判決中、一審原告臼井和男及び一審原告臼井泰子に関する部分を、同一審原告らの附帯控訴に基づいて、同原告らが一審被告に対しそれぞれ三四九一万七九九三円及びこれに対する平成三年五月一四日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で認容し、その余の請求をいずれも棄却する旨に変更するが、一審被告の本件控訴及びその余の一審原告らの附帯控訴をいずれも棄却することとし、主文のとおり判決する(一審被告の当審における仮執行の原状回復の申立てについては、本案判決が一審被告に有利に変更されないことを解除条件とするものであるから(最高裁判所第一小法廷昭和五一年一一月二五日判決・民集三〇巻一〇号九九九頁参照)、判断する必要がない。)。

(裁判長裁判官・太田幸夫、裁判官・川谷道郎、裁判官・牧賢二)

別表1

支払い金額一覧表

1審原告

支払金額

吉崎俊三

13,864,909

溝口恵美子

6,932,455

坂本久仁子

6,932,455

伊原いと

17,987,086

伊原誠一

5,991,048

伊原佳嗣

5,991,048

村上美智

5,991,048

臼井和男

20,393,905

臼井泰子

20,393,905

木村昭典

19,067,700

木村滋

9,533,851

井上俊子

9,533,851

後藤泰子

22,454,395

後藤久美

11,234,168

芝利美

11,234,168

寺川清一

16,732,341

寺川喜隆

16,732,341

中田明道

29,102,676

中田佳子

29,102,675

乙川春夫

18,763,181

file_3.jpg乙川夏夫

18,763,181

file_4.jpg中島三木男

16,426,760

file_5.jpg中島育子

16,426,760

合計

349,585,907

別表2

附帯控訴に基づく請求一覧表

1審原告

請求金額

吉崎俊三

7,171,157

溝口恵美子

3,585,578

坂本久仁子

3,585,578

伊原いと

3,840,000

伊原誠一

1,286,666

伊原佳嗣

1,286,666

村上美智

1,286,666

臼井和男

12,095,028

臼井泰子

12,095,028

木村昭典

4,400,000

木村滋

2,200,000

井上俊子

2,200,000

後藤泰子

3,310,000

後藤久美

1,645,000

芝利美

1,645,000

寺川清一

4,400,000

寺川喜隆

4,400,000

中田明道

4,400,000

中田佳子

4,400,000

乙川春夫

6,456,740

file_6.jpg乙川夏夫

6,456,740

file_7.jpg中島三木男

9,938,251

file_8.jpg中島育子

9,938,251

合計

112,022,349

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例