大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 平成11年(ネ)2108号 判決 2000年10月24日

主文

一  一審被告の控訴に基づき、原判決を次のとおり変更する。

1  一審被告は、一審原告に対し、金15億4770万4771円及びこれに対する平成4年5月19日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  一審原告のその余の主位的請求及び予備的請求を棄却する。

二  一審原告の控訴を棄却する。

三  訴訟費用は第一、二審を通じてこれを4分し、その一を一審被告の、その余を一審原告の負担とする。

四  主文第一項の1は仮に執行することができる。

事実及び理由

第一控訴の趣旨

一  甲事件

1  原判決中、一審被告敗訴部分を取り消す。

2  一審原告の請求をいずれも棄却する。

3  訴訟費用は、第一、二審とも一審原告の負担とする。

二  乙事件

1  主位的請求

(一)原判決を次のとおり変更する。

一審被告は、一審原告に対し、金67億1224万9631円及びこれに対する平成4年5月19日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

(二)訴訟費用は、第一、二審とも一審被告の負担とする。

(三)仮執行宣言

2  予備的請求

(一)原判決を次のとおり変更する。

一審被告は、一審原告に対し、金29億5892万8307円及びこれに対する平成4年5月19日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

(二)訴訟費用は、第一、二審とも一審被告の負担とする。

(三)仮執行宣言

第二事案の概要

一  本件は、一審原告が証券会社である一審被告に対し、主位的に、一審被告の従業員らが一審原告の計算で行った証券取引(株式、公社債、転換社債、ワラント、外国株式投資信託、株価指数取引、オプション取引)により一審原告において多大の損害を被ったところ、断定的判断の提供を伴う勧誘、説明義務違反、無断取引(一部)、過当取引、適合性原則違反、詐欺的取引があったとして、不法行為ないし債務不履行(いずれも一部請求)に基づき損害賠償を請求し、予備的に、上記証券取引のほとんど全てが無断売買であるとして、消費寄託契約終了に基づき寄託金返還請求をしている事案である。

二  争いのない事実

1  一審原告は、京都市に所在する高級着物の加工及び販売等を業とする株式会社であり(なお、一審原告の登記簿上の本店所在地は肩書地記載のとおりである。)、一審被告は、証券取引法に基づき証券業を営む株式会社である。

2  一審原告と一審被告との証券取引は、昭和57年11月10日、一審原告が一審被告を通じて滋賀銀行株7000株(216万6491円)を購入したことから始まった。一審原告は、昭和58年1月17日から昭和61年12月16日までの間に、一審被告との間で中期国債ファンド、投資信託、転換社債に関する取引をしたが、昭和62年1月29日から、一審被告を通じ本格的に証券取引を行い、平成4年5月18日、一審被告との取引を終了させた(一審原・被告間の昭和62年1月29日から平成4年5月18日までの間の証券取引を総称して、以下「本件取引」という。なお、平成4年5月19日以降も、一審被告から一審原告に対し、配当や満期償還がなされている。)。

一審被告は、一審原告に対する営業を、昭和60年ころから昭和62年11月までは一審被告京都支店営業課主任AことA1(以下「A」という。)に、同月から平成2年5月までは同課課長代理B(以下「B」という。)に、同月から平成4年5月までは同課課長代理C(以下「C」という。)にそれぞれ担当させた(以下、A、B、Cを「一審被告担当者」という。)。また、同支店営業課長D(以下「D」という。)も、昭和62年1月から平成元年6月まで、上記担当者の直接の上司として一審原告との取引に関与した。

3  一審原告は、昭和59年11月13日から昭和61年11月29日までの間に、大和證券を通じて一審原告の取引銀行である京都銀行株400株(15万1600円)を購入し、日興證券等を通じて利付国債(4億5078万9079円)を売却した。また、一審原告代表者は、昭和58年ころから昭和62年までの間に、一審被告を通じて一審原告代表者個人名義で六銘柄の株式と社債の売買を行った。

三  争点

1  主位的請求について

(一)断定的判断の提供を伴う勧誘、説明義務違反

(一審原告の主張)

(1)Dは、昭和62年1月終わりころ、一審原告代表者に対し、「私どもで必ず運用実績を出しますので、資金を私どもに預けて下さい。運用はすべて私どもでします。」「あなた方は素人で株のことはわからないでしょう。しかし私らはプロですから信用していただきたい。絶対儲けてみせるし、任せてください。」などと断定的に述べ、証券取引のリスクを全く説明しないまま、取引一任勘定取引を勧誘したところ、一審原告代表者は、これを信用して、一審被告との間で取引一任勘定取引を行うことを承諾した。一審被告は、その数日後の昭和62年1月29日に、一審原告の計算で鹿島建設、新日鐵、住友銀行の三銘柄の株式(代金4億2858万9000円)を購入し、本件取引が開始された。

(2)D及びAは、信用取引を開始するに当たって、一審原告に対し、信用取引の内容、リスクについて何らの説明もせず、信用取引についての説明書も交付しなかった。また、本件取引においては、店頭取引、投資信託取引、株価指数取引、オプション取引なども行われているが、これらについても説明はなされなかった。

(3)Bは、昭和63年1月下旬ころ、一審原告代表者に対し、ワラントについては全く説明もせず、説明書も交付しないまま、「ワラントという商品は株よりも効率よく値上がりする。」「私はワラントのエキスパートだから絶対儲けてみせます。」などと述べたことから、一審原告代表者はこれを信用して一審被告にワラント売買を一任した。その数日後に、一審被告が一審原告にワラント説明書(甲11)を郵送してきたので、一審原告はその内容を確認することなく、そのまま説明書の末尾の確認書に一審原告の会社印を押印して返送した。

(一審被告の主張)

(1)一審原告代表者が、昭和62年1月下旬ころ、Aに対し、5億円程度を株式に投資したい旨述べたので、その数日後、DとAが一審原告代表者と面談し、株式投資の相談を受けた。そこで、Dは、一審原告に投資を勧める銘柄を検討し、新日鐵株100万株、鹿島建設株8万株、住友銀行株2万株の組合せを勧めることとし、同年1月29日、Aを通じて一審原告代表者に上記三銘柄の組み合せを勧めたところ、一審原告代表者はこれに応じて、上記株式を買い付け、同年2月2日、上記代金合計4億2858万9000円を小切手で支払い、上記三銘柄の株式の預り証(乙2の15、16)を受け取った。

本件取引は、取引一任勘定取引ではない。一審原告の主張によっても、一任された運用資金の金額、運用期間とも明らかではない。

(2)Dは、上記の(1)の面談後しばらくして、一審原告代表者に対し、信用取引を勧め、信用取引について、担保として信用保証金ないしその代用として株式等の証券が必要なこと、保有には利息がかかり、建玉は6か月以内に決済しなければならないこと、損失が出る場合には、投下資金との割合において現物取引よりも信用取引の方が大きく、リスクも大きいことなどを説明した。これに対し、一審原告代表者は、信用取引の仕組みやそのリスクについて理解した上で、上記当時、現物取引の新日鐵株で大きな利益が出ていたこともあり、信用取引に乗り気であった。そこで、Dは、昭和62年2月25日ころ、Aに指示して、預かっている現金と新日鐵株50万株、NTT株100株を担保にして新日鐵株を信用取引で買い付けることを一審原告に対し勧めさせたところ、一審原告代表者は、一審原告の信用取引口座の開設と新日鐵株145万株の信用買いを申し込んできたので、Dは、同日中にAを一審原告方に行かせ、一審原告代表者から信用取引口座設定約諾書(乙8)を受け取った。

(3)D及びEは、昭和63年1月ころ、一審原告代表者に対し、ワラント取引をするに当たって必要な事項が記載されているワラント取引説明書を交付し、ワラント取引について、ワラントは新株を引き受ける権利であること、株式に比べて何倍も値動きが激しいこと、外貨建のものが多いこと、最近になって国内で売買されるようになったこと、株価が値上がりしている状況では株式の取引よりも資金効率が良い一方、値下がり局面でのリスクも高いこと(ギヤリング効果)、権利行使するには権利行使価格の払込みが必要であること、権利行使期限内に権利行使しなければ、ワラントが消滅してしまうこと、ワラントの価格の決め方、外国証券のため為替の影響が出ること、相場等は随時知らせていること、いくつかのワラントの銘柄の値動きなどを約1時間にわたって説明した。一審原告は、ワラント取引説明書(乙18)に添付されたワラント取引に関する確認書(乙19)に記名捺印している。

(二)無断取引(一部)

(一審原告の主張)

(1)D及びAは、昭和62年2月25日、一審原告に無断で信用取引口座を開設し、一審原告の保護預り口座の金銭や株式(新日本鐡50万株、日本電信電話100株)を信用取引口座に流用し、信用取引を開始した。D及びAが、その数日後、一審原告代表者に対し、株式の保護預かりの書類と誤信させて、信用取引口座設定約諾書(乙8)に記名捺印させた上、その日付を昭和62年2月25日と記入した。一審原告代表者は、信用取引が行われていることを知るや、Dに対し、信用取引の中止を申入れたが、Dは上記申入れに応じなかった。

また、一審被告担当者は、昭和62年3月5日、一審原告の時価約5億円相当の京都銀行及び住友銀行株から保護預かりした上、一審原告に無断で信用取引の担保代用証券とし、それ以降も購入した株式を恣意的に信用取引の担保代用証券とした。

(2)一審被告は、昭和62年12月4日、一審原告に無断で、積水化学ワラント(40ワラント・926万6700円)を一審原告に対し売却し、同月7日、一審原告から上記ワラントを買い戻し、一審原告に88万4258円の損害を与えた。

(一審被告の主張)

(1)一審被告担当者は、事前に一審原告代表者に連絡し、信用取引と現物取引の別、売買の別、取引の銘柄、数量等について確認をした上で取引をしていた。

(2)一審被告は、昭和62年2月26日以後、一審原告との取引について月次報告書方式を採用し、取引成立後、一審原告に対し、取引明細書及び残高照会書を送付したところ、一審原告は、いずれも自己の取引内容及び預かり証券の確認をした上、一審被告に対し、取引明細及び証券残高等の内容に相違ない旨の回答書を返送してきており、さらに、一審原告は、信用取引の決済期限が来たものについて損金を出して反対売買をして処分したり、平成3年10月以後、任意に信用取引の建玉を整理し、代金を決済した上、順次現引きしたりしているのであるから、本件取引はいずれも一審原告の意思に基づくものであることは明らかである。

(3)一審原告代表者も、昭和63年2月10日、Bに対し、自らユアサワラント200ワラントの買付を注文してきたこともある。一審被告担当者は、ワラントの時価評価については、随時一審原告代表者に知らせていた外、3か月ごとに「ワラントの時価評価のお知らせ」という書面を送付していた。上記書面には、顧客が保有するワラントの銘柄、数量、時価が記載され、評価損益がわかるようになっている。

(三)過当取引

(一審原告の主張)

一審被告は、本判決別紙一「損害金額計算表(氏名省略 作成)」(以下「本判決別紙一」という。)記載のとおり、昭和62年1月から平成4年5月までの間に、一審原告から個別的指示や注文のないまま、売買回数4013回、買付金額総額995億9462万5487円、売却金額総額953億7797万3660円に及ぶ証券取引を行った。証券取引が過当取引として違法となるかどうかは、①取引の過度性、②口座支配、③取引の悪意性の三要件が認定基準となる。

(1)取引回数

本件取引は、本判決別紙一「取引回数」及び「銘柄数」欄記載のとおり、昭和62年1月から平成4年5月までの間に一審原告の計算で744銘柄・4013回にわたって行われた。

また、1日当たりの取引回数も極めて多く、1日当たりの売買回数が10回を超える日は、合計100日(昭和62年・29日、昭和63年・17日、平成元年・22日、平成2年・6日、平成3年・26日)もある。

このうち、1日当たりの売買回数が15回を超える日は、以下のとおり合計32日に上る。

昭和62年3月27日(29回)、同年5月12日(26回)、同月27日(30回)、同年6月10日(24回)、同月24日(22回)、同年7月10日(16回)、同月16日(33回)、同年8月12日(17回)、同年9月4日(16回)、同月11日(19回)、同年12月4日(24回)、昭和63年1月13日(26回)、同年6月3日(18回)、同月15日(18回)、同年7月14日(15回)、同年12月1日(15回)、平成元年2月13日(15回)、同月14日(19回)、同年3月28日(15回)、平成2年6月6日(16回)、平成3年3月26日(23回)、同年4月17日(18回)、同月18日(16回)、同月19日(20回)、同月25日(21回)、同年5月2日(15回)、同月31日(15回)、同年6月7日(21回)、同月11日(17回)、同月13日(26回)、同月14日(19回)、同月19日(22回)。

(2)回転率

本件取引における年次売買回転率は、本判決別紙一「年次売買回転数F」欄記載のとおり、昭和62年は53・07、昭和63年は16・79、平成元年は14・68、平成2年は3・57、平成3年は7・45、平成4年は0・04であり、全体では11・21に及ぶ。

(3)証券保有期間

一審被告は、以下のとおり、株価が上がったとみればその日のうちに(即日売買)、翌日に(翌日売買)、1週間以内に(週間売買)、半月以内に(半月売買)、1か月以内に(月間売買)等の短期で売却している。

即日売買 90回(5・60%)

翌日売買 272回(16・92%)

週間売買 486回(30・22%)

半月売買 260回(16・17%)

月間売買 190回(11・82%)

3か月売買 152回(9・45%)

6か月売買 73回(4・54%)

上記のとおり1か月以内の短期売却回数は、80・73%に及ぶ。

(4)手数料割合

一審被告が本件取引により得た手数料・保管料等は、本判決別紙一「運用経費1G1」欄記載のとおり、11億4712万9395円である。

売買手数料化率(平均投資額に対し、手数料を取得した割合)は、本判決別紙一「売買手数料化率J」欄記載のとおり、昭和62年は50・39%、昭和63年は19・14%、平成元年は15・68%、平成2年は6・97%、平成3年は9・66%,平成4年は0・13%、全体では13・79%である。

また、上記手数料等の額は、本件取引による一審原告が得た売買益合計額10億2727万1239円を上回る。

(5)口座支配

一審原告は、一審被告から予め具体的に証券の種類、銘柄、数量などを示されることはなかったが、別紙一「入出明細」(以下「別紙一」という。)記載のとおり、運用資金として一審被告の指示されたとおりの金額を一審被告に出金し、一審被告は、自己の判断で一審原告の口座に振込送金していた。

(6)悪意性

前記のとおり、本件取引の特徴は、①大規模かつ頻繁な取引であること、②小分け、小口売買が多いこと、③売却代金で再び他の証券の購入に当てていること(乗換え)が極めて多いこと、④一審被告が得た手数料等の金額が莫大な額であること、⑤多種多額の証券市場や証券銘柄、短期売買及びデリバティブ取引等の複雑な運用手法を取り、また、一審被告の大量推奨販売やシナリオ相場に乗じた銘柄を売買対象としていること、⑥一審被告は一審原告に対して本件取引による損害額を説明してないことなどであり、一審被告が本件取引において手数料稼ぎの意図を有していたことは明らかである。

(7)以上のとおり、本件取引は、①証券売買が頻繁かつ多額であること、②年次売買回転率が一連の取引全体で11・21回に達すること、③本件において一審原告の損害と一審被告の利益の対比が大きいこと、④取引全体が短期売買から構成されていること、⑤デリバティブが活発に行われていることから、取引の過度性は明らかである。

(一審被告の主張)

(1)取引回数等

本件取引における買付金額、売却金額、手数料・税、取引回数、銘柄数等は、別紙六「集計表(一審被告作成)」(以下「別紙六」という。)記載のとおりである。なお、本件取引中、同一銘柄で同一日に数回行われている取引があるが、これらの取引には、当初から別々に注文される場合と1回の注文で小口に分かれて売買が成立する場合とがあり、後者の場合は実質的に1回の取引であり、手数料も1回分として計算される。後者の場合を1回として本件取引の回数を計算すると、別紙六「取引回数」欄記載のとおり、合計で2918回となる。

一審原告は、年商40億円以上、数十人の従業員を有し、一審被告の外、大和證券及び日興證券と億円単位の取引を行い、三井投資顧問にも10億円以上の資金を預けており、一審被告においても20億円以上の資金を運用していたこともある。

このように多額の資金を運用する場合、必然的に同時に多数の有価証券に分散投資することによりリスクを回避することになる。また、一審原告は、昭和57年から、短期の値幅取りを柱とした投資を行っている。このように保有する銘柄が多く、短期の取引をしていれば、当然に取引回数も多くなる。

(2)回転率

日本市場は、米国市場よりも、株式配当率や債権利率が低く、保有によるよりも転売による利益確保を目的として証券取引が行われるから、効率的な投資のためには回転率も増大する傾向にある。前記のとおりの一審原告の属性や資金量を考慮すれば、本件程度の回転率の取引は違法とはいえない。そもそも、本件においては、回転率が大きかった昭和62年の取引で利益が出ているのであり、回転率と不法行為の成立に関連性はない。一審原告は、全期間の回転率が約11倍になることを問題とするが、本件のような長期間の取引において、全期間の回転率を単純平均することは全く意味がない。

(3)証券保有期間

一審原告は、1か月以内の短期売却回数が多いことを問題とするが、一審原告の損害は、短期の取引ではなく、長期に保有された銘柄で発生したものであるから、一審原告の指摘は当たらない。

(4)手数料割合

一審原告は、手数料率が全体で13パーセントを超えていることを問題とするが、取引回数、取引規模の増加に応じて手数料が累積して増加することは当然であり、手数料率が高いからといって、直ちに違法となるわけではない。

(5)口座支配

一審被告担当者が一審原告代表者の意思に基づかず勝手に取引をしていた事実はなく、口座支配があったとはいえない。

(6)悪意性

過当売買における悪意性が認められるためには、詐欺的あるいは背信的というほどに違法性の強いものであることが必要であって、単に自己の利益を図ったというだけで、悪意性が認定できるわけではない。また、長期間の証券取引においては、手数料が売買益を上回るのは珍しいことではないから、売買益の総額と手数料の総額を比較して悪意性を認定することに合理性はないというべきである。

(四)適合性原則違反

(一審原告の主張)

適合性の原則とは、証券会社が投資勧誘に際して、投資者に投資目的、財産状態及び投資経験等に鑑みて不適合な証券取引をしてはならないという原則をいう。

本件取引についてみると、一審被告は、本件取引開始直後から信用取引を繰り返し、また、投資リスクの高いデリバティブや短期乗換売買を組み込み、多種多様の証券を含む、複雑多岐な運転手法を採ったにもかかわらず、具体的な投資計画を示さず、さらに、一審原告の当時の年商(約33億円から約55億円)に比して1日で10億円を超える取引を行い、大量推奨販売の対象となった銘柄(例えば、大成建設株、旭硝子株など)や相場操縦の対象となった銘柄(例えば、東急電鉄株)を頻繁かつ大量に売買取引した。

本件取引は、投資について極めて豊富な経験、高度な知識、洗練された投資技術、多角的・数理的な分析能力、および相当な資力を有する者でなければ、適合性原則から逸脱するものであり、一審原告及び一審原告代表者は、本件取引開始前までに、若干の銘柄の株式や国債等の購入を除けば、証券取引の経験はなく、投資知識もほとんどなかったのであるから、適合性原則に違反することは明らかである。

(一審被告の主張)

一審原告は、昭和63年当時、資本金6000万円、年商50億円程度の相当規模の会社であり、その資産も本件取引当時、40億円とも50億円ともいわれ、本件取引のような多額の証券取引を行うに足る十分な資産を有し、また、大和證券との間で、本件取引の2、3割程度の取引を行い、三井投資顧問に対しても10億円を預託して資金運用するなど、証券投資を主要な業務としていた。

(五)詐欺的売買

(一審原告の主張)

本件取引は、以下のとおり、詐欺的売買といえる。

(1)一審被告は、信用取引の売りと買いとを同一銘柄で同一時期に行い、利益の出た方を売買するという「両建て」売買により、売買益を出して、損失を評価損の形にして隠したりした。

(2)一審被告は、信用取引において、買付信用銘柄株式について、値が下がった時、そのまま差金決済すると、売買損として現れるので、中途現引を行い、そのまま保有して信用取引の損金として計上せず、損失を評価損に回し売買損を隠した。

(3)本件取引における評価損額は、昭和62年末には4億3102万9920円、平成3年末には9億7766万5500円、平成4年5月末には13億4777万3499円にまで達した。しかし、一審被告は、この評価損について本件取引が行われている間、秘匿し続けた。一審原告代表者が、平成3年9月ころ、一審原告に信用不安が発生していることを知り、Cに対し、当時の証券取引の損益状況を尋ねたところ、初めて約7億円の評価損が生じていることを明らかにした。一審原告代表者は、多額の評価損が出ていることを知り、Cに対し、取引の即時中止を申し入れたが、同人は、なお事後処理と称して一任売買を続け、損失を拡大させた。

(一審被告の主張)

一審被告担当者は、毎年11月ころ、その年度の実現損益と預かり資産の全ての評価を計算書にして持参し、一審原告代表者との間で12月の決算期までに利益を出して売却するもの、保有し続けるものを決めて、取引を実行していた。

一審原告代表者は、Bに対し、損失が出ていることについて苦情を述べたことはあるが、無断取引であるとか騙されたというような苦情は述べたことはなく、信用取引の決済も拒んだことはなかった。

証券会社には、そもそも、定期的に、顧客の保有する有価証券の評価損を通知すべき義務はない。

一審原告は、株式の評価損益については、新聞に記載された時価と報告書(乙28)に記載された買付単価を対照すれば容易に計算することができ、信用取引の建玉の評価損益については、同報告書により明らかである。

したがって、一審原告は、保有する証券の評価損益を容易に知ることができた。

(六)損害額

(一審原告の主張)

(1)運用経費額 15億8669万8084円

運用経費としては、一審被告が得た委託売買手数料、保管料、有価証券取引税、消費税等がある。これらはいずれも一審被告担当者の一連の違法行為によって一審原告が支出を余儀なくされたものであるからその全額が損害である。

(2)評価損額 17億5223万7001円

評価損は、平成10年9月末時点で17億5223万7001円となる。これは一審被告担当者が証券の価格が下落したものを放置し塩漬けした結果である。

(3)ワラントの売買による一審被告の利得 17億2127万9694円

ワラントは証券会社と顧客の相対売買であるので、証券会社の利得は、当該銘柄についての顧客への売付価格と仕入価格の利鞘及び顧客からの買取価格とそれを市場で売却した価格の利鞘である。そして、その証券会社の利得を顧客の損害として評価すべきである。

本件ワラントの券面額は、W830トヨタ自動車及びW1077富士通の二銘柄が1万ドルであり、その他の銘柄が5000ドルである。ワラントの実際の価格は、次の算式で決められる。

ワラントの価格=券面額×ポイント(%)×数量×為替レート

一審被告は、本件取引において、少なくともワラントの券面額の4ポイントの利鞘を取得していたから、一審被告の売買益は、次の算式で算出できる。

一審被告売買益=券面額×4ポイント(%)×数量×為替レート

なお、一審被告は、実際の市場レートよりも自社に有利な独自の為替レートを用いていた。

一審被告の本件取引におけるワラント取引により得た売買益、為替益及びその合計は、本判決別紙二「ワラント元帳」の「野村売買益」「野村為替益」「野村総利益」欄記載のとおりである(なお、本判決別紙三参照)。

(4)一審原告の得べかりし運用益 11億9492万4911円

一審原告は、投資額につき、ポートフォリオが適切に管理されれば、得たであろう利益も損害である。

まず、推定売買損益については、平均投資額に日経225株価指数の騰落率を乗じると、7億5746万3971円となり、譲渡性金利(CD)に基づいて計算すると、本判決別紙一「譲渡性預金(CD)利息年計R」欄記載のとおり、7億7117万9653円の投資利益が得られたはずである。

次に、推定評価損益とは、日経225株価指数の値動きをとって売買した場合の評価損益であり、各月の投資残高に日経225株価指数の騰落率を乗じると月間理論評価損益が算出され、これを累計した額が、本判決別紙一「推定評価損益Q」欄記載のとおり、4億2374万5258円である。

したがって、一審原告の得べかりし利益は、RとQの合計である11億9492万4911円となる。

(5)投資資金の借入経費 7億0011万5594円

一審原告は投資資金を、京都銀行三条支店と滋賀銀行京都支店から借入れ、その金利は両銀行とも同じであったが、年度ごとの金利は、本判決別紙一「借入金利S」欄記載のとおりであり、借入経費の額は、本判決別紙一「維持経費T」欄記載のとおりである。

(6)益出しによる損害 12億4576万8543円

一審原告は、一審被告担当者によって、一審原告の保有していた取引銀行等株式の益出し(以前に安価で購入して含み益のあった株式を売却後直ちに購入して含み益を出すこと。)をさせられ、それをさらに本件取引の投資資金に提供させられた。この益出し額と益出し後の評価損も本件取引による損害に加えるべきであり、その額は、本判決別紙一「持合株式益出しクロス分U」、「持合株式クロス後評価損金V」のとおり12億4576万8543円となる。

(7)慰謝料 3億円

一審被告担当者の違法取引により、一審原告は気付かないまま多額の損害を生じ、信用不安まで引き起こし、今なお銀行からの借入金の返済に追われ、信用が回復しない。これは一審原告に対する信用を毀損したものであり、その慰謝料としては、3億円が相当である。

(8)弁護士報酬 6億4000万円

本件について一審被告は損害賠償につき一審原告の請求に応じなかったため、一審原告は弁護士による本件訴訟を余儀なくされた。本件訴訟の立証内容、複雑性等に照らすと、弁護士費用としては6億4000万円が相当である。

(9)損害合計額 91億4102万3827円

(ただし、請求金額は、その一部である67億1224万9631円)

(一審被告の主張)

いずれも争う。

2  予備的請求について

(一審原告の主張)

(一)一審原告は、昭和57年11月15日、一審被告を通じて滋賀銀行の株式7000株を購入することとし、その代金216万6491円を一審被告に寄託し、上記以後、別紙一「差引合計」欄記載のとおり、平成4年5月18日までの間に証券取引による運用資金として合計金29億5892万8307円を消費寄託した(以下「本件寄託契約」という。)。

(二)一審被告の従業員は上記寄託金を本件取引の株式やワラントの代金、売買差損、手数料、税金等の支払に充てたが、本件取引のうち、昭和62年1月29日買付けの鹿島建設8万株、新日鐡100万株、住友銀行2万株、平成2年9月4日買付けの住友鉱山10万株、同年10月19日買付けの新日鐡100万株、同年11月22日買付けの日栄1万株、平成3年3月5日買付けのクラボウ8万株、同年9月3日買付けの八重洲無線1000株を除く全ての取引が一審原告の指示によらない無断売買であり、その売買契約の効果は一審原告に帰属しない。一審原告は、平成3年9月ころ、一審被告に対し、取引中止を指示したが、一審被告の従業員は、平成4年5月ころまで本件取引を続けた。

(一審被告の主張)

(一)信用取引の委託保証金として預託された金員について、信用取引口座設定約諾書の定めにより寄託契約が成立していることは認める。しかし、株式その他の有価証券若しくは投資信託の売買代金として交付された金員については寄託契約は成立していない。

(二)本件取引はいずれも一審原告の意思に基づくものである。

すなわち、一審被告担当者は、週に少なくとも2、3回一審原告方を訪問し、株価の状況や建玉の状況を説明しており、毎日のように電話で連絡を取っていた。一審原告は、概ね一審被告担当者らが勧めるとおりに取引をしていたものの、勧める銘柄が気に入らないと取引しなかったり、株数を減らして注文することもあった。また、一審原告代表者が不在であるときでも、一審被告担当者は事前に同代表者の意向を確認し、相場の状況を見ながら執行し、事後に取引の結果を報告していたが、一審原告は上記取引の全てについて何らの異議を述べずに決済している。

一審被告は、昭和62年2月26日以後、一審原告との取引について月次報告書の方式を採用し、取引成立後、一審原告に対し、取引明細書及び残高照会書を送付したところ、一審原告は、いずれも自己の取引内容及び預かり証券の確認をした上、一審被告に対し、取引明細及び証券残高等の内容に相違ない旨の回答書を返送してきており、さらに、一審原告は、信用取引の決済期限が来たものについて損金を出して反対売買をして処分したり、平成3年10月以後、任意に信用取引の建玉を整理し、代金を決済した上、順次現引きしたりしているのであるから、本件取引はいずれも一審原告の意思に基づくものであることは明らかである。

さらに、一審被告においては、顧客の担当者が交替する際に、顧客に預かり資産の明細を確認させ、回答書を受け取ることになっているが、一審原告についても、AからBに担当が交替したころである昭和62年11月27日、BからCに交替したころである平成2年5月18日、及びCが一審原告の担当を辞めたころである平成4年5月15日における預かり資産の残高をそれぞれ承認する旨の回答がなされている(乙3、4)。

(三)一審原告は、昭和62年4月7日に全ての信用取引の建玉を決済したが、同月13日には、3億円を一審被告に出金し、信用取引を継続している。また、一審原告は、昭和63年11月末ころから年末にかけて、大量の現物株を売却し、信用取引の建玉を整理し、同年11月28日に1億円を、同年12月1日に3000万円を、同月5日に1億1000万円を、同月27日に4億9711万5609円を受領した。この結果、昭和63年12月末の一審原告からの預り金残高は零になったものの、一審原告は、昭和64年初めには、再び2億7000万円余りを一審被告に出金し、取引を継続している。さらに、Cが一審原告を担当するようになった平成2年6月以降しばらくの間、評価損の出ている信用建玉の決済が最大の問題となり、現引きないし反対売買を行っていたことにより、同年7月末には一審原告の信用取引の残高は零になったが、一審原告は、平成3年3月以降、信用取引を再開した。このように、一審原告は、再三にわたり信用取引を止められる状況があったにもかかわらず、信用取引を継続したのである。

(四)一審被告は、ワラントの買付約定が成立した場合には、その翌日には外国証券取引報告書(甲98)を送付していたが、一審原告は、無断取引であるとの苦情は述べていなかった。

3  損益相殺、過失相殺

(一審被告の主張)

(一)一審原告は、その主張によっても、本件証券取引において合計10億2727万1239円の利益を得ている(本判決別紙一「売買損益D」)。したがって、仮に一審被告に何らかの責任が認められるとしても、損益相殺として、上記利益額は損害額から控除すべきである。

(二)また、一審原告には、短期に利益を得ようとして投資判断を全面的に一審被告担当者に委ねた点で重大な過失があるから、損害額の算定に当たっては、大幅な過失相殺がなされるべきである。

(一審原告の主張)

(一)損益相殺についての主張は争う。一審原告の得た利益は一審被告主張のとおりであるが、上記売買益は、一審被告が一連の違法行為の結果として生じさせたものであるから、民法708条(不法原因給付物の返還請求禁止)の趣旨に照らせば、損益相殺をすることは許されないというべきである。

(二)過失相殺についての主張も争う。一審被告の一連の違法行為の程度は著しいから、過失相殺はすべきでない。

第三争点に対する判断

一  前記争いのない事実(第二の二)及び証拠(甲1、3、5、6、10、19ないし30、38、50ないし64、69、90、93ないし98、106、113ないし117、122、124ないし129、132、150、151、154、159、160、165、乙1ないし10、14ないし23、26ないし29、証人D、同C、同B、同F、一審原告代表者、弁論の全趣旨。なお、枝番のある書証は枝番を含む。)を総合すれば、一審原告の一審被告を通じての証券取引について、以下の事実が認められる。

1  一審原告代表者は、昭和39年に一審原告を設立して以来、代表取締役の地位にあり、いわゆるオーナー社長である。一審原告は、本件取引当時、資本金6000万円で、年商は約30億円から50億円であった。一審原告は、前記のとおり、昭和57年以来、一審被告と継続的な証券取引を行っており、中期国債ファンド、投資信託、転換社債等に数千万円単位で投資を行っていた。上記取引においては、例えば、昭和58年9月19日、第585回横浜市債・額面2000万円を買い付け、同月30日に売却し、3万5200円の利益を得、同年11月10日、株式ファンド83・1000万円を買い付け、昭和60年11月19日に売却し、121万円余の利益を得ているなど、一審原告は、資金運用が有利な条件で運用されるところを探していた。また、一審原告は、大和證券との間でも、証券取引をしており、三井投資顧問に対しても、約10億円を預託し、資金運用していた。一審原告は、昭和59年当時、京都銀行株21万1000株、住友銀行株10万株、滋賀銀行株10万株、三井銀行株3万株、グンゼ産業株1150株、塚本商事株3万3000株等多数の株式を保有していたが(甲16)、これらの株式は、主に一審原告の取引先の株式である。

2  Aは、昭和60年7月から一審被告京都支店に勤務しており、一審原告との取引を担当していたが、昭和62年1月下旬ころ、一審原告をさらに大口の株式取引に勧誘するために、上司であるDと共に、一審原告代表者と面談したところ、同代表者は、5億円程度であれば株式に投資することができる旨述べた。そこで、Dは、一審原告に投資を勧める銘柄を検討し、新日鐵株100万株、鹿島建設株8万株、住友銀行株2万株の組合せを勧めることとし、同年1月29日、Aを通じて一審原告代表者に上記三銘柄の組合せを勧めたところ、一審原告代表者はこれに応じて、上記株式を買い付け、同年2月2日、上記代金合計4億2858万9000円を小切手で支払い、上記三銘柄の株式の預り証(乙2)を受け取った。上記預り証には、「普通小切手受入」と小切手による決済であることが明記されているとともに、証券の銘柄、数量が記載されている。

3  Dは、昭和62年2月25日ころ、Aに指示して、預かっている現金と新日鐵株50万株、NTT株100株を担保にして新日鐵株を信用取引で買い付けることを一審原告に対し勧めさせ、一審原告から同日付け信用取引口座設定約諾書(乙8)を受け取り、同日、新日鐵株145万株を信用取引で購入させた。

4  また、Aは、一審原告代表者から、一審原告が京都銀行と住友銀行の株式を大量に保有していることを聞いていたことから、Dとともに、一審原告代表者に対し、上記株式を保護預りにするように要請したところ、一審原告代表者はこれを承諾し、昭和62年3月5日、京都銀行株20万株(時価約1億6000万円相当)と住友銀行株10万株(時価約3億3000万円相当)の株式を一審被告に預けた。上記株式は、その後、代用証券として信用取引の担保に差し入れられているが、一審原告は、上記担保差し入れについても、回答書(乙1)により確認の上、記名捺印して一審被告に返送している。

5  一審被告担当者らは、一審原告代表者と電話連絡のほか、一審原告方を訪問し、相場の状況や個別の銘柄の内容などを一審原告代表者に説明していたが、同代表者は、概ね一審被告担当者らの勧誘ないし助言に基づいて取引をしていた。(もっとも、後記補正後の原判決第三の二2(二)(補正前の原判決第三の二3)で説示するとおり、一審原告代表者が勧誘や助言を十分に検討・理解した上で取引をしていたとは考えにくい。)なお、一審被告担当者は、本件取引においては、専ら一審原告代表者と交渉し、代金や書類の授受等事務的な手続のみ一審原告の経理部長であるF(以下「F」という。)を通して行っていた。Fは、一審原告代表者から、一審被告から請求された金額を出金するように指示されていたので、別紙一記載のとおり(なお、「出」とある欄の数字は一審原告から一審被告への出金額であり、「入」とある欄のそれは一審原告の一審被告からの入金額である。)、一審被告に出金していたが、一審被告からの請求金額が1億円を越える場合には、一審原告代表者の事前の同意を得ていた。また、一審被告は、本件取引において、毎月2回、一審原告に対し、半月間の取引の明細(現物取引・オプション取引・信用取引・発行日取引・国債先物取引・株式先物取引)、預り金残高の明細、預り証券等の明細(保護預り証券等及び委託保証金・委託証拠金代用証券の残高、中期国債ファンド口座の残高)、信用取引・発行日取引・国債先物取引・株式先物取引・オプション取引建玉明細(約定年月日、売買の別、数量、単価、作成基準日現在の時価、評価損益、諸経費《委託手数料、支払利息、取引税、取引所税相当額など》受取利息、最終決済日)を記載した報告書(乙28。以下「本件報告書」という。)を送付し、一審原告は、本件報告書に記載された内容並びに預り金及び証券残高等を確認する内容となっている回答書(乙1。「本件回答書」という。)に記名捺印して、一審被告に返送してきた。

6  一審被告の担当者は、昭和62年12月1日、AからBに交替することになったが、Bは、その直後の同月4日には、一審原告に対し、積水化学ワラント(40ワラント・926万6700円)の購入を電話で勧誘し、販売した。本来、ワラント取引は、事前に顧客に対し、ワラント取引説明書を交付して説明した上で、自己の責任で取引をする旨の確認書を徴求することになっていたが、Bは正規の手続を履践しないまま、一審原告に対し、電話で比較的簡単な説明をしただけで、ワラントを販売したものである。その後、Bは、昭和63年1月25日ころ、一審原告代表者に対し、ワラント取引をするに当たって必要な事項が記載されているワラント取引説明書(乙18)を交付し、同説明書に添付されたワラント取引に関する確認書(乙19)に一審原告の記名捺印をさせてこれを受領した。その際、Bは、1時間程度、ワラントの仕組み、ギアリング効果、行使期間等一般的な説明を口頭でしたが、一審原告代表者から特に質問はなかった。

一審被告は、一審原告に対し、「外貨建ワラント時価評価のお知らせ」ないし「ワラント時価評価のお知らせ」と題する書面(乙26)を送付しており、同書面の表面には、買付単価、適用為替、買付金額、気配値、時価評価額、時価評価損益が記載されている(なお、平成3年8月30日以降のものについては、権利行使期限も記載されており、本件報告書中「保護預り証券等および委託保証金・委託証拠金代用証券残高」欄にも、ワラントの権利行使期限が明記されている。)。同書面の裏面には、ワラント証券の意義、ワラントの価格、ワラントの価格の変動、売却又は権利行使の選択、為替の影響についての説明が記載されている。特にワラントの価格の変動については、「ワラントの価格の変動は、理論上、株価に連動しますが、その変動率は株式に比べて大きくなる傾向があります。従って、株式を売買するよりも少額の資金で、株式を売買した場合と同様の投資効果を上げることも可能ですが、反面、値下がりも急激で、場合によっては投資金額の全額を失うこともあります。」と記載され、売却又は権利行使の選択については、「権利行使期間が終了した時にはその価値を失います。」「期間内に売却もしない、権利行使もしない場合ワラント買付代金全額を失うことになります。」と記載され、為替の影響については、「ワラントの価格が一定だとしても、購入時よりも円高になれば為替差損が生じ、逆に円安になれば為替差益が生じることになります。」と記載されている。

一審被告は、ワラントの買付約定が成立した場合には、その翌日には外国証券取引報告書(甲98)を送付していた。

7  東急電鉄株式の売買高が急増し、価格が急騰した平成元年10月19日から31日までの間、一審被告が営業の方針として同株式に集中した継続的な投資勧誘を行い、不特定多数の顧客から大量の売買注文を受託執行していたが(いわゆる大量推奨販売)、一審原告についても、上記の間に合計70万株、買付金額17億9110万円に及ぶ信用買いが行われた。

8  本件取引においては、一審原告代表者が取引先とのゴルフ、旅行、親族の葬儀のために会社に不在中にも、別紙八「一審原告代表者不在中の取引一覧表」(以下「別紙八」という。)記載のとおりの取引がなされている。

上記取引についても、一審被告から取引報告書が送付され、一審原告代表者は、一審被告担当者に特に苦情を述べたりすることもなく、その間の取引についても、記名捺印した上、同報告書の内容に相違ない旨の回答書を一審被告に返送している。

9  一審原告代表者は、平成3年9月ころ、一審原告について株式投資の失敗による信用不安が生じていることを知り、Cに対し、当時の証券取引の損益状況を尋ねたところ、評価損が約7億円に上ることが判明したので、取引の中止を申し入れた。その後、信用取引の決済のほか、若干の新規取引が行われていたが、平成4年5月15日ころ、Cが転勤することになったので、一審原告代表者は、Cに対し、あらためて株式の評価損を計算させたところ、全体として約14億円に及ぶことが明らかとなり、一審原告代表者は、はじめて一審被告京都支店長やCらに対し、本件取引は、ごく一部の取引を除くほとんどの部分が個々の承諾のない一任取引であると主張するようになった。

10  本件取引は、昭和62年2月から平成4年5月までの間(5年4か月間)に、外国株を含む株式(店頭銘柄を含む。)の現物取引、信用取引、ワラント、転換社債、投資信託、株価指数取引、オプション取引など多種多様な金融商品が組み合わされてなされ、その売買金額は総合計1900億円、売買回数は2900回(うちワラントは300回)、銘柄数は700銘柄(うちワラントは100銘柄)までに及んだ。

本件取引において、昭和62年2月2日から平成4年5月18日までの間に一審原告から一審被告に出金した金額と一審被告から一審原告に入金した金額を比較すると、出金した金額の方が27億5902万0700円多い(原判決別紙一)。

また、一審原告が一審被告から平成4年以降に配当金や満期償還金として受け取った金額は、別紙二「平成4年以降資金移動明細」記載のとおりであり、その合計金額は3659万2229円である。よって、全入出金を差引きすると27億2242万8471円の出金となる。

また、一審原告が一審被告から現実に引き取った株式は、別紙三「引取株式一覧表」記載のとおりであり、平成10年9月末時の評価額は、合計3億4129万1800円であり、現在、一審被告に対し保護預り中である有価証券は、別紙四「保護預り銘柄一覧表」記載のとおりであり、平成10年9月末の時点の評価額は、合計1億4572万7129円である。

二  主位的請求に対する判断

1  無断取引の存否について

一審原告は、一審被告の担当者が、一審原告に無断で信用取引を開始し、保護預りにしていた銀行株を信用取引の担保代用証券とし、また、積水化学ワラントを一審原告に売却して間もなく買戻したと主張する。しかし、前記補正後の原判決の認定事実(原判決第三の一3ないし6)によれば、これらは、いずれも一審原告の承諾を得てなされたものと認められるから、一審原告の主張は理由がない。

2  過当取引の存否について

一般に証券取引(株式の現物取引、信用取引、ワラント取引、投資信託取引等)は、相当のリスクを伴う行為であり、投資者の責任と判断において行うべきであるが、証券の価格変動要因は極めて複雑であって、その投資の判断には高度の知識、情報収集・分析能力等を要するため、一般投資家が投資判断をするに当たっては、専門家である証券会社の勧誘ないし助言・指導に依存せざるを得ないのが通例である。一方、証券会社は、証券取引業務の専門家として必要な知識、情報収集・分析能力を有する存在として、証券取引業を行っている者である。したがって、証券会社は、顧客に対し、信義則上、顧客の投資目的、知識、経験及び財産の状況に照らして不適当と認められる取引を勧誘したり、顧客が当該取引に伴う危険性について正しく認識するに足りる情報を提供しなかったり、虚偽の情報や断定的情報を提供するなどして、取引に伴う危険性についての顧客の認識を誤らせてはならないという義務を負うものというべきである。

そして、証券会社が、顧客の取引口座について支配を及ぼし(口座支配)、顧客の信頼あるいは無知に乗じて、主として手数料等自己の利益を図るために(悪意性)、顧客の投資目的、知識、経験及び財産の状況に照らして過大な量及び頻度の取引に誘致する行為は(取引の過当性)、詐欺的行為として私法上も違法と評価されるべきである(過当取引の禁止)。そこで、まず、本件取引が違法な過当取引に該当するかどうかを判断するために、取引の過当性、口座支配、悪意性の各要件を検討する。

(一) 取引の過当性の要件

前記認定事実のとおり、本件取引は、5年4か月の長期にわたって、多数の銘柄につき、大量かつ多数回にわたってなされているが、本件取引が顧客の投資目的、知識、経験及び財産の状況に照らして過当であったか否かを判断するためには、さらに、顧客の投資額が証券取引で何回転したかを示す売買回転率の大小、買入証券の保有期間、手数料の金額・割合などを総合的に考慮する必要がある。

(1)売買回転率の算定方法は一律ではないが、標準的な方法は、一定期間中の買付総額を平均投資額(各月末の投資残高の単純平均)で除することにより計算する。証拠(甲5、93ないし98、117、122、160、乙5ないし7、10)によれば、本件取引における年次売買回転率は、概ね、昭和62年が約53倍、昭和63年が約16倍、平成元年が約14倍、平成2年が約3倍、平成3年が約7倍、平成4年が約0・04倍であり、全体で約11倍であることが認められる。

(2)証券保有期間

証拠(甲93ないし98、117、160、乙5ないし7、10)によれば、本件取引においては、以下のとおり、買い付けた株式をその日のうち(日計り商い)、翌日(翌日売買)、1週間以内(週間売買)、半月以内(半月売買)、1か月以内(月間売買)等の短期で売却していることが認められる。すなわち、日計り商いが90回(5・60%)、翌日売買が272回(16・92%)、週間売買が486回(30・22%)、半月売買が260回(16・17%)、月間売買が190回(11・82%)、3か月売買が152回(9・45%)、6か月売買が73回(4・54%)である。

(3)手数料割合

証拠(甲93ないし98、117、154、160、乙5ないし7、10、24、25)によれば、本件取引により、一審原告が得た売買益合計額は、概ね10億数千万円であるのに対し、一審被告が得た手数料・保管料等は、約11億4000万円であり、一審原告が得た売買益を数千万円以上も上回ることが認められる。売買手数料率(平均投資額に対し、手数料を取得した割合)は、以下のとおりである。すなわち、昭和62年が約50%、昭和63年が約19%、平成元年が約15%、平成2年が約7%、平成3年が約9%、平成4年が0・13%であり、全体では13%を超えるものである。

(4)ところで、一審原告は、資本金6000万円、年商30億円を超える事業法人であり、本件取引が開始される前から、中期国債ファンド、投資信託、転換社債等に数千万円単位で投資を行っており、有利な資金運用を求めていた。しかし、証拠(乙2、5、証人F、一審原告代表者、弁論の全趣旨)によれば、一審原告は、本件取引開始前は、信用取引やワラント取引の経験はなく、証券取引に関する情報収集・分析能力についても、一般の個人の投資家とさほど変わらない程度のものであり、リスクの高い信用取引やワラント取引が複雑に組み合わされている本件取引において必要とされる程度の高度な情報収集・分析能力を有していなかったことが推認され、これに反する証拠は見出せない。

(5)以上のとおり、本件取引の買付総額が1000億円にせまり(甲154、弁論の全趣旨)、初年度の売買回転率が50倍を超え、全体の売買回転率も約11倍に及んでおり、証券保有期間も1か月以内の短期売買が全体の約80%を占め、全期間を通じた売買手数料率が約13%以上に及んでいるというのは、いかに一審原告が短期間に投機利益を得ようとする意向が強かった(原判決第三の一の認定事実から推認される。)としても、一審原告の証券取引の知識、経験及び財産の状況に照らして、過当であるといわざるを得ない。

一審被告は、売買回転率と不法行為の成立に関連性はないし、本件のような長期間の取引において、全期間の回転率を単純平均することは意味がない、手数料が取引回数、取引規模に応じて増加することは当然であり、手数料率が高いからといって、直ちに違法となるわけではないなどと主張する。しかし、売買回転率、証券の保有期間、手数料率が過当性の判断基準として有用であることは一般に認められているところであって、個々の数字に絶対的な基準性はないにしても、これらを総合的に考慮し、顧客の投資目的との関連で過当か否かを判断することが可能であることは明らかである。本件において、原判決認定の売買回転率、短期売買の割合、売買手数料率を総合的に考慮すると、本件取引は、一審原告の証券取引の知識、経験及び財産の状況に照らし、多額かつ頻回に過ぎるものであったといわざるを得ないから、一審被告の主張は理由がない。

一審被告は、一審原告の損害は短期の取引ではなく、長期に保有された銘柄で発生したものであるから、短期売買の割合が大きいことは不法行為の成立と関連性がない、売買回転率や手数料率は、個々の担当者について算定すべきであるなどと主張する。しかし、過当取引によって証券会社への支払を余儀なくされた手数料は顧客の損害と認められるから、短期売買の割合が大きいことと不法行為の成立には関連性があるというべきである。また、過当売買か否かの判断に当たっては、本件取引を一連のものとしてみるべきであるから、売買回転率や手数料率を個々の担当者について算定することは不必要かつ不相当である。

(二) 口座支配の要件

口座支配の要件については、取引一任勘定が存する場合に限らず、顧客が証券会社等の勧誘ないし助言・指導に依存し、実質的に証券会社等が一連の取引を主導していたことが認められれば足りる。

証拠(証人D、同C、同F、一審原告代表者)によれば、一審原告代表者自ら、銘柄及び数量を指定して株式を購入したこと(平成2年9月4日住友鉱山株式10万株)や、一審被告担当者が勧める銘柄が気に入らないと取引しなかったり、株数を減らして注文することもあったものの、全体の取引量からみるとわずかであること、一審原告は本件取引のような外国株を含む株式の現物取引、信用取引、ワラント、転換社債、投資信託、株価指数取引、オプション取引など多種多様な金融商品が組み合わされてなされた証券取引において必要とされる程度の高度な情報収集・分析能力をも持ち合わせていなかったのであるから、一審被告担当者らの勧誘ないし助言を真に理解していたとは考えにくく、概ね一審被告担当者らの勧誘ないし助言に沿って本件取引をしていたこと、取引の決済に必要な資金は一審被告担当者に指示されるままに出金していたことが認められる。とりわけ、一審被告が東急電鉄株式を大量推奨販売していた時期に、一審原告についても、合計70万株、買付金額17億9110万円に及ぶ信用買いが行われていたことや、一審原告代表者が取引先とのゴルフ、旅行、親族の葬儀などのために会社に不在中であった日(合計21日間)でも、別紙八記載のとおりの多額の取引(売買合計額100億円以上)が行われていたことは、一審被告担当者のA、B、Cらが本件取引において銘柄、数量、価格、処分時期等を主導的に決定していたことを強く推認させるものであり、これを覆すに足りる証拠はない。

よって、本件取引は、全体として実質的に一審被告の主導の下になされたものであるといえる。

一審被告は、一審被告担当者が一審原告代表者の意思に基づかずに取引をしていたという事実はないから、口座支配があったとはいえないと主張する。しかし、口座支配が認められるには、必ずしも無断あるいは一任勘定取引がなされたことを要するわけではなく、顧客が証券会社の勧誘ないし助言のままに証券取引をし、実質的に証券会社が投資判断を行っていると評価される状況にあれば足りるというべきである。一審原告が一審被告担当者の勧誘ないし助言に沿って本件取引をしていたことは原判決認定のとおりであり、その他前記補正後の原判決第三の二2(二)認定事実に照らせば、本件取引については、実質的に一審被告担当者が投資判断を行っていたと認めるのが相当である。よって、一審被告の主張は理由がない。

(三) 悪意性の要件

悪意とは、証券会社等が顧客の信頼を濫用して自己の利益を図ったことをいう。

本件取引において一審被告が得た手数料・保管料等は、前記のとおり、一審原告が得た売買益を数千万円も上回り、売買手数料率も13%を超えていたことから、A、B、Cらが主として手数料等自己の利益を図るために本件取引を勧誘したと推認され、これを覆すに足りる証拠はない。

一審被告は、悪意性が認められるためには、単に自己の利益を図っただけでは足りず、詐欺的あるいは背信的というほどに違法性の強いものであることが必要であると主張する。しかし、それでは詐欺による不法行為を認めれば足り、過当取引における悪意性の要件は意味がなくなるから、上記主張は採用できない。

(四) よって、本件取引は、全体を通じて違法な過当取引に当たるといわなければならない。

したがって、D、A、B及びCが一審原告を本件取引に勧誘した各行為は、一審原告の主張する説明義務違反、適合性原則違反等、その余の違法行為の存否を判断するまでもなく、それぞれ不法行為を構成し、D、A、B及びCは、いずれも一審被告の従業員であり、上記各不法行為は、一審被告の事業の執行についてなされたものであるから、一審被告は、一審原告に対し、民法715条1項に基づいて、その損害を賠償すべき義務を負う。

3  損害

(一)本件取引のように継続的な証券取引により入出金が繰返され、有価証券も受領している場合には、受領した金員及び証券の価値相当分についての損害は発生していないというべきであるし、当該証券の価値も変動していることから、損害は、口頭弁論終結時において確定的に発生すると解するのが相当である。そして、本件取引により一審原告が現実に被った損失額は、本件取引により支出した金銭と受領した金銭及び証券(現在、一審被告に保護預かりしている証券も含む。)の口頭弁論終結時の評価額の差額に、一審原告が本件取引を行うために銀行から借り入れた金員に対し支払った利息相当額を加えた額と解すべきである。支出した金銭と受領した金銭及び証券の評価額の差額を損害とみるのは、損益相殺したことによるものである。本件取引は、資金の回転的な運用や一審被告の口座支配からみて、実質的に一つの不法行為としてとらえるべきであり、その中での損益を通算した一つの損失を損害とするのが相当である。また、本件取引は数億円から20億円以上の資金量をもって行われており、一審原告程度の規模の法人にあっては銀行借入による資金なしにこのような巨額の取引を行うことは不可能であり、一審被告もこれを認識し又は認識可能であったと認められる(証人B)ことからすれば、借入金の利息についても、一審被告の不法行為と相当因果関係のある損害と認めるのが相当である。

したがって、上記損害額は次のとおりである。

①入出金の差額 27億2242万8471円

②受領した株式の評価額 3億4129万1800円

③保護預り中の有価証券の評価額 1億4572万7129円

(なお、評価額は、いずれも平成10年9月末の時点のものであるが、これが本件証拠上認められる口頭弁論終結時に最も近いものである。)

また、証拠(甲93ないし98、117、122、124ないし129、乙5ないし7、10)によれば、一審原告は、本件取引の資金を京都銀行三条支店及び滋賀銀行京都支店から借り入れ、少なくとも④7億円を下らない額の利息を支払ったことが認められる。

よって、損害額は、29億3540万9542円である(①-②-③+④)。

(二)一審原告は、投資額につき、ポートフォリオが適切に管理されれば得たであろう利益を損害として主張するが、一審原告が主張するような運用利益が高度の蓋然性をもって得られることを認めるに足りる証拠はない。

ワラント取引による損害について、一審原告は、ワラント取引による証券会社の利得は、当該銘柄についての顧客への売付価格と仕入価格の利鞘及び顧客からの買取価格とそれを市場で売却した価格の利鞘であり、この利鞘(本件では券面額の4ポイント)が顧客の損害になると主張する。しかし、顧客とのワラント取引によって得た証券会社の利鞘がそのまま顧客の損害になるとの根拠は不明であるし、本件で一審被告が得た利鞘が4ポイントであると認めるに足りる証拠もないから、上記主張は採用することができない。

一審原告は、一審被告担当者によって、一審原告の保有していた取引銀行等の株式の益出しをさせられ、それをさらに本件取引の投資資金に提供させられたから、この益出し額及び益出し後の評価損額(合計12億4576万8543円)も損害に加えるべきであると主張する。そして、証拠(甲170ないし172、証人C、一審原告代表者本人)によれば、一審原告は、平成3年12月の決算に際し多額の評価損が発生していたため、その対策として、Cと相談の上、以前に低額で購入してあった京都銀行、住友銀行、滋賀銀行等の株式を売却するとともに再度購入するという益出しクロス取引を行い、利益計上を図ったことが認められる。しかし、これは、一審原告代表者の意思により選択された方法であるところ(一審原告代表者本人)、当時益出しクロス取引が避けられないものであったとか、事実上Cの意のままに実行されたとまで認めるに足りる証拠はないから、上記益出し額や益出し後の評価損額まで本件取引による損害に含めることは相当でないというべきである。

(三)一審原告は、信用不安が生じ、未だ回復しないことを理由に慰謝料3億円を損害として主張するが、仮に一審原告に何らかの無形損害が生じていたとしても、本件においては、上記(一)の損害が填補されれば、無形損害も同時に填補されることになるとみるのが相当であるから、一審原告の上記主張は採用できない。

(四)過失相殺

一審原告は、当初から短期間に投機利益を得ようとして、本件取引を開始し、また、多額の投資をしているにもかかわらず、一審被告を信頼するあまり、一審被告担当者らに有価証券の銘柄、数量、価格、処分時期等の選定を委ねて、自らは投資の対象となる商品の性格や内容について詳しく知ろうともせず、他人任せの態度で安易に利益を得ようと考えていたものということができ(前記一、弁論の全趣旨)、一審原告のかかる態度が一審被告担当者の本件不法行為を助長する一因になったものと認められる。さらに、本件取引は、5年4か月という長期に及んでいるが、この間に信用取引を止めて損害の拡大を防止することも十分に可能であったと認められる(前記一、弁論の全趣旨)。したがって、一審原告にも、本件取引による損害の発生については、相当の落ち度があったといわざるを得ない。

そこで、一審原告と一審被告側双方の過失の内容、程度の対比、その他本件に顕れた一切の事情を考慮し、一審原告の過失割合は、5割を相当と認める。

前記損害額合計29億3540万9542円から5割を控除すると、14億6770万4771円となる。

(五)弁護士費用

本件の事案の概要、審理の経過、認容額等を考慮すると、本件不法行為と相当因果関係にある損害として請求しうる弁護士費用は、8000万円が相当である。

(六)まとめ

以上より、一審被告が一審原告に賠償すべき金額は、15億4770万4771円となる。

三  予備的請求に対する判断

前記認定事実(一の5、10)のとおり、一審被告は、本件取引において、毎月2回、一審原告に対し、本件報告書を送付し、一審原告は、本件報告書に記載された内容並びに預り金及び証券残高等を確認する内容となっている本件回答書に、何らの異議を止めることなく記名捺印して、一審被告に返送してきたこと、また、本件取引のほとんどが無断取引であるのであれば、出金する必要がないにもかかわらず、5年4か月の長期にわたって、一審被告に求められるままに出金していたことなどから、本件取引が無断取引であるとの一審原告の主張は到底採用できない。

よって、予備的請求は理由がない。

第四結論

以上によれば、一審原告の主位的請求は、一審被告に対し、15億4770万4771円及びこれに対する不法行為の後(本件取引の最終日は、平成4年5月18日である。)である平成4年5月19日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるが(一審原告は、商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求めているが、不法行為たる過当取引によって生じた損害賠償債務は商行為によって生じた債務とはいえないから、民法所定の遅延損害金の支払を求め得るに過ぎない。)、その余は理由がない。よって、一審被告の控訴は一部理由があるから、これに基づき原判決を変更し、一審原告の控訴は理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 松尾政行 裁判官 亀田廣美 裁判官 坂倉充信)

<以下省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例