大阪高等裁判所 平成11年(ネ)2667号 判決 2000年4月26日
控訴人
寺下一弥
外二名
右三名訴訟代理人弁護士
永楽利平
被控訴人
第一生命保険相互会社
右代表者代表取締役
森田富治郎
右訴訟代理人弁護士
山近道宣
同
矢作健太郎
同
熊谷光喜
同
内田智
同
和田一雄
同
中尾正浩
主文
一 本件控訴を棄却する。
二 控訴費用は控訴人らの負担とする。
事実及び理由
第一 当事者の求める裁判
一 控訴人ら
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人は、控訴人ら各自に対し、いずれも三〇八万七七〇〇円及びこれに対する平成一〇年一一月三〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
3 控訴人寺下一弥(以下「控訴人一弥」という。)と被控訴人との間において、控訴人一弥の被控訴人に対する三一一万一三六一円及びこれに対する平成一〇年一二月一日から支払済みまで年5.75パーセントの割合による金員の支払義務が存在しないことを確認する。
4 控訴人寺下徹弥(以下「控訴人徹弥」という。)と被控訴人との間において、控訴人徹弥の被控訴人に対する三一一万一三六一円及びこれに対する平成一〇年一二月一日から支払済みまで年5.75パーセントの割合による金員の支払義務が存在しないことを確認する。
5 控訴人寺下達弥(以下「控訴人達弥」という。)と被控訴人との間において、控訴人達弥の被控訴人に対する三一一万一四八二円及びこれに対する平成一〇年一二月一日から支払済みまで年5.75パーセントの割合による金員の支払義務が存在しないことを確認する。
6 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
7 2について仮執行の宣言。
二 被控訴人
主文第一項と同旨。
第二 事案の概要
事案の概要は、次のとおり付け加えるほかは、原判決「事実及び理由」中の「第二 事案の概要」欄に記載のとおりであるから、これを引用する。
1 原判決書五頁六行目の次に、改行して次のとおり加える。
「 本件各保険契約に適用される終身保険普通保険約款(昭和五六年一〇月二日改正分)二六条一〜五項では、次のとおり定められている。(乙六)
(一) 保険契約者は、解約返還金額(保険料の自動貸付または本条の貸付があるときは、その元利金を差し引いた残額)の範囲内で貸付を受けることができます。
(二) 本条の貸付を受けるときは、保険契約者は、貸付に必要な書類(別表1)を提出してください。(別表1では、右書類として被控訴人所定の借用証書、保険契約者の印鑑証明書、最終の保険料払込を証する書類及び保険証券があげられているとともに、被控訴人は提出書類の一部の省略を認めることがある旨定められている。)
(三) 本条の貸付金の利息は会社所定の利率で計算します。
(四) 保険契約が消滅した場合に、本条の貸付または保険料の自動貸付があるときは、会社は、支払うべき金額からそれらの元利金を差し引きます。
(五) 本条の貸付または保険料の自動貸付の元利金が解約返還金額をこえるに至ったときは、保険契約は効力を失います。」
2 同頁一〇行目末尾に続けて次のとおり加える。
「そして、被控訴人は、契約者貸付金の利率について、平成八年四月一日以降は、平成六年四月一日以前に加入した契約分で年5.75パーセントとする旨定めたが、平成九年一月の右ポピーだよりにその旨記載して通知していた。(甲四ないし六)」
3 同頁一二行目、六頁一一行目の各「徹也」をいずれも「徹弥」に改める。
4 同一四頁六行目の「原告」を「控訴人ら」に改める。
5(一) (控訴人らの当審における主張)
仮に本件各貸付が控訴人らとの間で有効にされたとしても、本件各貸付は昭和六一年五月六日ないし昭和六二年六月一一日に締結された期限の定めのない消費貸借契約であるから、これに基づく返還債務は右貸付日から一〇年を経過した時点でそれぞれ消滅時効が完成した。控訴人らは、右時効を援用する。
(二) (控訴人らの右主張に対する被控訴人の答弁)
控訴人らの右主張は争う。本件各貸付は、本件各保険契約の契約者貸付制度に基づいて行われたものであり、その実質上、保険金等の前払いの性質を有するものであるから、その弁済は本件各保険契約が前記約款所定の事由により失効したり、解約等により消滅する場合及び支払うべき保険金等が生じたときに解約返還金、保険金等から差し引くことによりするものと定められている(契約者貸付条項六、七条、終身保険普通保険約款二条八項、二六条四項)。したがって、本件各貸付による返還義務は右事由を不確定期限とするものであるから、控訴人らの主張は理由がない。
第三 証拠関係
証拠関係は、原審及び当審記録中の証拠関係目録に記載のとおりであるから、これを引用する。
第四 当裁判所の判断
一 当裁判所も、控訴人らの本件請求はいずれも理由がないと判断する。その理由は、次のとおり付け加えるほかは、原判決「事実及び理由」中の「第三 判断」欄に記載のとおりであるから、これを引用する。
1 原判決書一四頁一一行目の「一二」の次に「(原審提出分)」を加える。
2 同一六頁一二行目の「同一の」を「同一と認めることができる」に改める。
3 同一七頁四行目の「対象」を「対照及びその他の右申込態様」に改める。
4 同一九頁二行目の「号」を「項」に、三〜四行目の「本件各貸付金とを対当額で相殺するとの処理をし、」を「前日までの本件各貸付金元利合計とを差引き計算する処理をし、」にそれぞれ改める。
5 同二二頁五行目の「しかし、」から同二三頁九行目の末尾までを次のとおり改める。
「更に、本件各保険契約は、控訴人らがいずれも未成年であるときに、父親の小弥太が独断で締結し、その後、昭和六二年ころに控訴人らがこれを知った後も、控訴人らは何も関心を示さず、小弥太が従前どおり保険証券を保管し、保険料も負担し続けていたのである。また、控訴人らは、平成八年中まで、控訴人ら宛に送付された各種の案内、通知等の書面にも何ら関心を示さず、その対応を小弥太に全面的に委ねていたのである。そして、本件各貸付は、本件各保険契約に含まれる契約者貸付制度により行われたものであり、その弁済のため控訴人らが独自に負担しなければならないものではない。以上の事実によると、控訴人らは、契約者貸付制度を利用することを含め、本件各保険契約関係の管理処分を全面的に小弥太に委ねていたのであり、したがって、小弥太は、控訴人らのため本件各貸付契約を締結する権限を有していたものと認めるのが相当である。
なお、仮に小弥太にそのような権限がなかったとしても、次のとおり、本件各貸付は控訴人らに対してもその効力が生じたというべきである。」
6 同二六頁三行目の次に改行して次のとおり加える。
「控訴人らは、本件各貸付の申し込みに際して、本件各保険証券と本件各借用証書が被控訴人に送付されただけで、本件各保険契約の約款二六条二項に定める保険契約者の印鑑証明書、最終の保険料払込を証する書類のほか委任状も提出されていなかったし、本件各借用証書はすべて同一人による筆跡であったから、被控訴人担当者において控訴人らの借受意思の確認をすべきであったのに、被控訴人担当者は右書類の提出も求めず、意思確認もしないで本件各貸付に応じたのであって、被控訴人には事務手続上の過失があった旨主張する。
しかし、本件各貸付のために、控訴人らの実印が使用されなければならない理由はないところ、本件各保険証券の届出印と本件各借用証書の控訴人らの印影は同一と判断されるのであるから、印鑑証明書が提出されていないこと自体は特段の不都合というべきものではない(なお、前記のとおり、提出書類については省略があり得るものとされている。)。そして、最終の保険料払込を証する書類も、本件各保険契約のように兵庫県医療信用組合を通じていわゆる団体扱いの保険料払込みがされているときには、被控訴人において右払込の有無の調査が容易であるため、右払込証明書の提出までを契約者に求めないことも相当性があるというべきである。
また、本件各借用証書が同一人の筆跡で作成されていたことについては、前記事実関係のもとでは、控訴人らの真正な意思を推認することに相当性があるというべきところ、右筆跡の同一性だけでは右推認を覆すに足りる事情に該当すると解することはできない。そして、契約者貸付制度による貸付が画一的で大量の事務処理を要するものであることを考慮すれば、被控訴人担当者が右程度の確認に止めることもやむを得ないというべきである。したがって、控訴人らの前記主張は採用することができない。」
7 当審における控訴人らの消滅時効の主張について
引用した原判決の認定のとおり、本件各貸付は本件各保険契約に適用される約款に基づく契約者貸付としてされたものである。そして、証拠(甲一ないし三の各一・二、乙一二(当審提出分)の一)と弁論の全趣旨によると、本件各貸付には借用証書が作成されているところ、その裏面には契約者貸付金借用条項という標題で本件各貸付に適用される契約条件が記載されていること、右契約条件によると、貸付期間は一年とし、控訴人らは所定の利息を支払うこと等が定められていることを認めることができるから、本件各貸付は、その名称のとおり、利息付き金銭消費貸借に該当すると認めるのが相当であり、貸付期間は一応一年である。しかし、証拠(乙一ないし三の各一ないし六、四ないし六、右一二の一)と弁論の全趣旨によると、保険契約者は、保険契約者であることだけに基づいて、解約返還金額の範囲内で契約者貸付を受けることができ、その申込を受けた被控訴人は、これを承諾する義務があること、貸付金の返還は、保険金を支払うときに保険金から元利金を差し引き、あるいは解約返還金からこれを差し引くことによって行うものとされていること、したがって、被控訴人は、一年の期間経過後も、貸付金の返還を請求することはなく、ただ、返還期限近くに、契約者貸付金のご返済のおすすめとして、この機会に貸付金を返済するか利息を入金するようお願いするが、返済等がない場合には利息を含めた新元本を新規貸付とする方法で処理する旨を案内していること、この方法は、前記契約者貸付金借用条項自体にも明記されていること、なお、同様のことが、契約者貸付手続がされたときに保険契約者に送付される契約者貸付金お手続き完了のお知らせという名称の案内状にも記載されていること、本件各貸付についても被控訴人は同様の処理をしていること等の事実を認めることができる。右認定によると、本件各貸付は、前記貸付期間の定めにもかかわらず、被控訴人に保険金または解約返還金等の支払義務が発生するときまでは、被控訴人はその返還を請求することができず、その間右契約者貸付金借用条項等に明記する方法により順次利息を元本に組み入れて貸付を継続することができるにすぎないものであることが明らかである。そして、本件各貸付のような態様は、契約者貸付制度が、もともとその実質において保険金または解約返還金の前払と同視され得るものであるというところに由来すると認められるから、被控訴人のみならず、控訴人らまたは小弥太においても当然そのようなものであることを承認していたというべきであり、しかもその趣旨は前記のとおりいろいろな方法で控訴人ら側に明らかにされているのである。そうすると、前記貸付期間の定めにもかかわらず、本件各貸付について控訴人ら主張のような消滅時効が完成しているということはできないから、控訴人らの前記主張は採用することができない。
二 以上の次第で、控訴人らの本訴請求を棄却した原判決は相当であり、本件控訴は理由がないから、これを棄却することとし、控訴費用の負担について民訴法六七条、六一条、六五条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官裁判長 加藤英継 裁判官 伊東正彦 裁判官 安達嗣雄)