大阪高等裁判所 平成11年(ネ)3555号 判決
主文
一 本件控訴を棄却する。
二 控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第一 申立
一 原判決を取り消す。
二 被控訴人は控訴人に対し、金三七八万六〇九六円、及びこれに対する平成九年一二月三日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
第二 事案の概要
一 二以下に当審における双方の主張を付加するほかは、原判決事実摘示(第二事案の概要)のとおりであるから、これを引用する。
二 当審における控訴人の主張
1 不法行為の成否に関する主張の補充
(一) 控訴人の営業においては、新たな取次店を開拓することが重要であり、これにかける労力、費用も大きいものであることからすると、こうした取次店を引抜かれることは、控訴人に決定的な打撃を与えるものであると同時に、引抜いた被控訴人側は莫大な利益を得ることとなる。
(二) 濱﨑らは、控訴人に在職中から、控訴人の取次店引抜きのための活動をしていた。
(三) 濱﨑らは、控訴人に在職中に得た取次店に関する情報を利用して、引抜き行為を行った。
(四) 谷は、松田及び原田に対し、同人らに控訴人に対する競業避止義務違反を惹起せしめるような話をして、勧誘した。
(五) 以上で述べたような事情も、違法性の判断にあたって重視されるべきである。
2 被控訴人の損害の填補の主張に対する認否
(一) 控訴人が松田に対し競業避止義務違反に基づく損害賠償請求訴訟で一部勝訴した一三二万九〇九六円については、全額その支払を受けた。
(二) 控訴人が原田に対し競業避止義務違反に基づく損害賠償請求訴訟で一部勝訴した一四四万円については、原田において分割弁済中である。
(三) 右の松田及び原田に対する損害賠償請求は、同人らの競業避止義務違反という債務不履行に基づくものである。一方、本訴請求は、控訴人が同人らとの関係で有する取次業務委託契約という継続的な契約関係を侵害するという不法行為に基づくものである。
そして、右債務不履行による損害は一定期間の損害に限定されるのに対して、右不法行為による損害は、このように限定された損害ではなく、営業そのものの侵害であり、その性質が異なる。
三 当審における被控訴人の主張
1 不法行為の成否に関する主張の補充
(一) 濱﨑ら三名は、控訴人に在職中から被控訴人を設立して共同で事業をすることを計画していたものではなく、したがって、このころから控訴人の取次店引抜きのための活動をしたことはない。
(二) 濱﨑らが、控訴人に在職中に得た取次店に関する情報を利用して、引抜き行為をしたことはなく、また、谷が松田及び原田に対し、同人らの控訴人に対する競業避止義務違反を惹起せしめるような話をしたこともない。
松田及び原田は、自発的に被控訴人の取次店となったものであり、同人ら以外の取次店四店舗は、いずれも、控訴人から競業避止義務違反に問われるような関係にはなかった。
2 損害の填補
(一) 原田は、控訴人からの競業避止義務違反に基づく損害賠償請求訴訟で支払を命じられた金員を、控訴人に支払済みである。
(二) 松田は、控訴人からの競業避止義務違反に基づく損害賠償請求訴訟で支払を命じられた金員につき、判決確定後、控訴人との間で一五〇万円を分割して支払うとの合意を成立させた。そして、平成一二年六月末日までに、合計一一八万円を控訴人に支払った。
(三) したがって、原田が控訴人の取次店でなくなったことによる損害は、その全額が補填され、松田が控訴人の取次店でなくなったことによる損害は、その約八割が補填された。
理由
一 事実経過
次のとおり付加、訂正するほかは、原判決の理由(第三当裁判所の判断の一)のとおりであるから、これを引用する。
1 原判決一二頁六行目<編注本誌二一一頁三段二四行目>の「一九」の次に「ないし二一」を加え、「乙」の次に「一の1、2、」を加え、「二三」を「二四ないし二六」と改める。
2 原判決一五頁一〇行目<編注本誌二一二頁一段二二行目>の「四月」を「六月」と改める。
3 原判決一六頁四ないし七行目<編注本誌二一二頁一段三一行目ないし二段一行目>を、次のとおり改める。
「(2) そして、同月ころから、濱﨑らは、被控訴人を設立して営業を開始する準備を始め、同月三〇日、濱﨑は、同人がかつて控訴人在職中に勤務していた羽曳野工場の建物約一四一坪のうち約半分の部分を、住居兼工場(一階が被控訴人のクリーニング工場、二階が濱﨑の住居)として賃借する旨の契約を締結した。」
4 原判決一七頁四行目<編注本誌二一二頁二段一五行目>の末尾に「もっとも、松田店及び原田店を除く四店舗は、控訴人と取次業務委託契約終了後の競業避止に関する合意をしておらず、控訴人から競業避止義務違反の責任を追求される立場にはなかった。すなわち、控訴人においては、取次店との間の業務委託契約上、競業避止に関する条項の有無及びその内容が一様ではなく、契約の成立年月日によって、競業避止に関する条項がなかったり、競業避止の期間が三か月、六か月あるいは一年間という違いがあった。」を加える。
5 原判決一七頁末行<編注本誌二一二頁二段二八行目>の「処理していた」の次に「(被控訴人代表者)」を加え、「一部」の前に「賃借面積が当時の約半分で、」を加える。
6 原判決一九頁七行目<編注本誌二一二頁三段二五行目>の「平成八年春」の前に「甲一五に関して、」を加える。
7 原判決二二頁六行目<編注本誌二一三頁一段一三行目>の次に、改行のうえ、次のとおり加える。
「また、控訴人は、濱﨑らが控訴人に在職中から、被控訴人設立の準備をし、かつ、控訴人の取次店に対して、引抜きのための営業活動を行っていたとの主張をしているが、この事実を認めるに足りる証拠はなく、前記2(一)(1)、(2)のとおり、遅くとも平成七年六月ころに被控訴人設立の計画を立て、営業準備活動を開始したと認めるのが相当である。」
二 争点1(被控訴人による不法行為の成否)について
1 控訴人の営業形態は、前記のとおりフランチャイズ形式のものであり、取次店を開拓し、指導・育成するのにかける労力や費用も大きいであろうと推認されることからすると、取次店を失うだけではなく、他の競業会社に取次店を引抜かれると、控訴人は大きな営業上の損害を被ることとなる。したがって、このような営業上の利益を違法に侵害された場合には、不法行為に基づく損害賠償をすることができると解するのが相当である。
しかし、他方において、競業会社及び取次店の営業活動の自由の保障並びに自由競争秩序の維持の要請もあることから、右の違法性の判断にあたっては、公正かつ自由な競争を確保することを目的に、これを妨げる種々の行為等を規制する関連法令の趣旨を参酌する必要がある。
以上の見地からすると、競業会社等の行為が、著しく不公正であり、自由競争秩序の維持のためにも有害であると認められるような場合、あるいは、刑罰法規や公序良俗に反するような反社会的なものであると評価されるような場合でない限り、それが違法であるということはできないと解するのが相当である。
本件においては、松田及び原田が、控訴人に対する関係で、控訴人との間の取次業務委託契約終了後の一定期間競業避止義務を負っていたところ、その違反という債務不履行への濱﨑らの違法な加担行為があったか否かということも問題となっている。
松田及び原田に右の債務不履行があったと認められなければ、濱﨑らの違法な加担行為があったとされることはないと解される。松田及び原田に競業避止義務違反という債務不履行があったと認められる場合に、被控訴人が債務不履行となることを知りながら、控訴人との間の取次業務委託契約を破棄し、被控訴人と同契約を締結することを松田らに働きかけるなど、積極的に右債務不履行に加担したと認められる場合には、違法であると評価されることになる。しかし、松田らの競業避止義務違反という債務不履行を構成するとの認識が被控訴人側に欠けていた場合や、松田らに対する積極的な働きかけがあったとは認められない場合には、違法であるとの評価はできない。
2 以下の各事情を総合すれば、被控訴人代表者濱﨑ないし従業員である谷らが違法に松田及び原田に対して引抜き行為をしたと認めるには足りない。
(一) 前記のとおり、濱﨑らが、控訴人に在職中から被控訴人を設立し、控訴人と競業関係となる営業をするという計画を立てていたとは認められず、被控訴人のための営業準備活動をしていたとも認められない。
(二) 前記のとおり、控訴人の退職金規程は存在したが、その周知徹底がなされていたものではなく、濱﨑らの退職にあたって、右規程の趣旨について控訴人側が注意喚起したことを認めるに足りる証拠もない。
(三) 濱﨑らは、控訴人に在職中は重要な職務を担当する管理者的な地位にあった者であり、例えば、谷に関していえば、取次店開拓の手腕に長け(証人谷)、そのノウハウを有していたと推認されるが、同人らは、取締役の地位にあった者ではないし、控訴人在職中に入手した営業上の秘密事項を利用して、松田や原田に対し、引抜き行為をしたことを認めるに足りる証拠もない。
(四) 松田と控訴人間の取次業務委託契約書(甲四)の一五条によれば、「契約解除等に基づき本契約終了後一年以内に於いて」とされている。したがって、仮に松田が控訴人の債務不履行を理由に契約を解除したとしても、競業避止義務を負うことになると解され、同人が被控訴人の取次店として営業したことは、右義務違反の債務不履行を構成すると考えられる。
また、原田と控訴人間の取次業務委託契約書(甲五)の一四条によれば、「乙(原田)の都合により甲(控訴人)との契約期間内に廃棄した場合」とされていることから、原田が控訴人の債務不履行を理由に契約を解除し、それが有効である場合には、原田が競業避止義務違反の責任を問われることはないと解される。しかし、前記認定の上田ら顧客三名からのクレームの処理について、控訴人は迅速に対処できなかったという問題はあるものの、結果的にはクレーム処理はしたということができるから、取次業務委託契約の継続を困難とするような義務違反が控訴人にあったということはできない。したがって、原田の契約解除は無効であり、原田と控訴人間の契約は、原田の都合により解消されたものと同視できるから、同人が被控訴人の取次店として営業したことは、競業避止義務違反の債務不履行を構成すると考えられる。
ところで、控訴人と松田間の前記損害賠償請求訴訟で、松田は、①取次業務委託契約書(甲四)の競業避止に関する条項について、控訴人は十分な説明をしていないから、合意は成立していないこと、②控訴人のクリーニングに関する顧客からのクレームが多く、松田の要求にもかかわらず、控訴人がクレーム処理を放置するなどの控訴人の債務不履行を理由に、松田は取次業務委託契約を解除したのであるから、この場合には一四条の適用はないこと、③一四条は、不当に高額な違約金を一方的に定めて、取次店の営業活動の自由を奪おうとするもので、公序良俗に違反し無効であること等を主張した。これに対し、大阪高等裁判所は、①につき、控訴人が明確に説明したとまでは認められないが、合意は成立していることを認定し、②については、前記一3(二)と同様の顧客からのクレーム及びクレーム処理の遅れ等を認定したが、契約解除の場合にも一四条は適用されると判断し、③については、違約金条項の一部を公序良俗違反を理由に無効と判断した(甲二〇、二一)。
また、控訴人と原田間の前記損害賠償請求訴訟で、原田は、顧客からのクレームに控訴人が適切迅速に対応しなかったという債務不履行を理由に取次業務委託契約を解除したこと等を主張し、これに対し、大阪高等裁判所は、前記一4(二)と同様の顧客からのクレーム及びその処理等を認定し、上田のクレーム処理については時間がかかりすぎで若干問題があるが、その他については控訴人の対応に問題はなく、原田に対する債務不履行を構成するものではないと判断した(甲一七、一九)。
右の各訴訟の経過からすると、右各訴訟で松田及び原田は一部敗訴したものではあるが、同人らにも、控訴人の請求に対し、これを争うに足りる法律上及び事実上のそれなりの根拠があったものであるということができる。
(五) 谷が松田に対し勧誘を開始した平成七年一一月ころから、松田が田中に対し取次業務委託契約の解消を告げた同年一二月までの間に、濱﨑らにおいて、松田と控訴人間に取次業務委託契約書が存在し、その中に契約終了後の競業避止に関する条項が含まれていることを知っていたとは、証拠上認められない。松田と控訴人間の取次業務委託契約が終了し、松田が被控訴人の取次店となった平成八年一月二〇日前後ころには、前記のとおり、右契約書の存在を谷が知るに至った可能性はあるが、仮にそうであるとしても、勧誘行為としては終了していた時期である。控訴人においては、前記のとおり、取次店により競業避止に関する条項の有無及びその内容が一様ではなかったのであるから、谷らが松田について競業避止の合意が控訴人との間にあることを確認しなかったことを責めることはできない。
そして、松田においては、引用の原判決一3(二)、(三)の経過により、控訴人に対する不信感を有していたところに、谷からの勧誘を受け、控訴人との間の競業避止に関する合意について十分理解しないまま、控訴人との契約を解消し、被控訴人の取次店となることを決意したものと認められる。
以上によれば、濱﨑らが、松田と控訴人間に競業避止に関する合意があることを知りながら、松田に積極的な勧誘を行い、松田をして、競業避止義務違反に誘引したものと認めることはできない。
(六) 原田と控訴人間の取次業務委託契約において、契約終了後六か月間の競業避止義務があるとの条項があることは、谷において、原田に対する勧誘を始めた平成七年七月ころの直後には知っていたと推認できる。
しかし、前記のとおり、右競業避止に関する条項は、控訴人の債務不履行により契約が有効に解除されたときには適用されないと解されるところ、原田は、豊島弁護士に相談したうえ、控訴人の債務不履行を理由に控訴人との間の取次業務委託契約を解除する意思表示をしたものであり、濱﨑らは、こうした経過から、原田が控訴人から競業避止義務違反に基づく責任を追求されることはないものと考えて、原田を被控訴人の取次店にしたものと推認される。
そして、結果的には、原田は、控訴人から提起された損害賠償請求訴訟で一部敗訴し、その理由中で、原田による取次業務委託契約解除は無効であるとの判断をされたものではあるが、控訴人によるクレーム処理に全く問題がなかったとはいえないことや、法律専門家である弁護士と相談のうえ原田が契約解除の手続をとったことを考慮すると、濱﨑らにおいて、原田が控訴人から競業避止義務違反に基づく責任追求を受けることはないと考えたとしても、一概に責めることはできない。
以上によれば、濱﨑らは、原田と控訴人間に競業避止に関する合意があることは知っていたが、原田が控訴人との間の契約を解除した後に被控訴人の取次店になっても、競業避止に関する合意違反とはならないと考えていたもので、この判断を一概に責めることはできないというべきである。
(七) 濱﨑らの松田及び原田に対する勧誘に、控訴人の営業上の秘密事項の利用等の不公正な勧誘行為があったとも、刑罰法規や公序良俗に反するような反社会的な行為があったとも、証拠上認めることはできない。
三 結論
以上によれば、控訴人の請求を理由がないものとして棄却した原判決は正当であるから、本件控訴を棄却することとする。
(裁判長裁判官 井関正裕 裁判官 前坂光雄 裁判官 牧賢二)