大阪高等裁判所 平成12年(う)1359号 判決 2001年3月14日
主文
原判決を破棄する。
被告人を懲役三年に処する。
原審における未決勾留日数中九〇日をその刑に算入する。
この裁判確定の日から四年間その刑の執行を猶予する。
理由
本件控訴の趣意は、検察官岩橋廣明作成の控訴趣意書に記載されたとおりであるから、これを引用する。
論旨は、要するに、(1)被告人らは、被害者が所持していたかばん及び携帯電話の占有を奪取し、これを被害者に返還することなく保持した上、占有奪取から約一時間後に河川に投棄したものであるところ、被告人らの行為が公訴事実第2の本位的訴因である窃盗に当たらないとしても、単なる占有奪取だけでなく、これを含む投棄行為までの一連の行為が器物損壊罪の実行行為たる毀棄・隠匿行為に該当するというべきであって、そのうちの最重要部分ともいうべき投棄行為を器物損壊とした予備的訴因の事実は十分に認められるものであったにもかかわらず、かばん等の占有奪取行為が直ちに器物損壊罪を構成し、かつ既遂に至っているとする一方、予備的訴因の投棄行為については、既遂後の不可罰的事後行為であるとして無罪の言渡しをした原判決には法令の解釈適用の誤り及び訴訟手続の法令違反がある。(2)仮に、実体法上、被告人らの占有奪取行為によって器物損壊罪の既遂になるとする解釈に立つとしても、訴訟法上では、検察官が立証上の観点から、その後の投棄行為が器物損壊罪に当たるとして処罰を求めることは、訴因制度における検察官の合理的な裁量の範囲内にあり、予備的訴因を不可罰的事後行為として無罪とした原判決には訴訟手続の法令違反がある。(3)また、原判決の解釈では、窃盗罪の成立要件のうち不法領得の意思のみを欠いたことによって器物損壊罪が成立することになるから、本位的訴因である窃盗の訴因をいわゆる縮小認定することにより、器物損壊罪の事実を認定して有罪判決をすべきであるのに、かかる認定をしなかったことも訴訟手続の法令違反である。(4)さらに、本件審理経過にかんがみると、かばん等の占有奪取行為により器物損壊罪が既遂になるとの原審の判断を前提にすると、予備的訴因を変更すれば直ちに器物損壊罪の成立が認められて有罪となり、かつ、そうすることによって被告人の防御に何らの支障もないのに、原審が、検察官に対し、訴因変更の勧告、すくなくとも予備的訴因を維持するかどうかの求釈明、あるいはその示唆をしなかったことは明らかに審理不尽であり、訴訟手続の法令違反というべきである。そして、これらの法令の解釈適用の誤りないし訴訟手続の法令違反は判決に影響を及ぼすことが明らかである、というのである。
そこで、所論にかんがみ、記録を調査し、当審における事実取調べの結果をもあわせて検討する。
1 原判決の判断
原判決は、公訴事実第1の監禁致傷、強姦致傷の事実につき、ほぼ公訴事実どおりの事実を認定して有罪としたが、公訴事実第2の本位的訴因である「被告人は、甲野一太と共謀の上、平成一一年九月一八日午前零時三〇分ころ、兵庫県西宮市西宮浜一丁目地先『○○商店』資材置場において、乙山春子所有又は管理に係る現金一万三〇〇〇円及び携帯電話等一八点(物品時価合計一万二八〇〇円相当)を窃取した」との窃盗事実については、被告人らが乙山の現金や携帯電話等を奪うに至った経緯及びその後の処分状況についての事実関係を認定した上、この事実関係によれば、○○商店資材置き場において、乙山からのかばんの返還請求を拒絶し、更に携帯電話を取り上げた時点で、当該物品について乙山の占有を排除し占有を取得していると認めることができるけれども、なお被告人らに不法領得の意思を認めることはできないから、被告人らのかばん等の占有奪取行為は窃盗罪を構成するものではないとして無罪を言い渡した。予備的訴因である「被告人は、甲野一太と共謀の上、同日午前一時三〇分ころ、同市松並町所在の上武庫橋上において、前記乙山所有又は管理に係る現金一万三〇〇〇円及び携帯電話等一八点(物品時価合計一万二八〇〇円相当)を武庫川に投棄して毀棄した。」との器物損壊の事実については、かばんの中に入っていると予想される携帯電話や、乙山が別に所持していた携帯電話を使用させないことが、被告人らの目的の一つであったこと、乙山は当時、助けを呼ぶために正に携帯電話を必要とする状況にあったにもかかわらず、被告人らの占有奪取行為により携帯電話を使用することを妨げられる結果となったことが認められるところ、器物損壊罪にいう毀棄は、必ずしも財物を有形的に毀損することを要せず、隠匿その他の方法によって財物を利用することができない状態におくことをもって足り、その利用を妨げた期間が一時的であると永続的であると、また、犯人に後に返還する意思があったと否とを問わないものと解されるから、被告人らの占有奪取行為は器物損壊罪を構成し、かつ既遂に至っているものというべきである。そうであれば、かばん等が返還されるなどして乙山が携帯電話を使用できない状態が解消されたような事情が認められない本件においては、被告人らが占有取得後に川にかばん等を投棄した行為は、先行する占有奪取行為と別個の法益を侵害しているとはいえないから、器物損壊罪の不可罰的事後行為に当たるというべきであるとして、無罪を言い渡した。
2 検討
まず、被告人らが本件物品を奪うに至った経緯等の事実関係について、原判決の認定説示は相当である。以下、この事実を前提に考察する。
本位的訴因である窃盗の成否については、関係証拠上、被告人らが乙山からかばんや携帯電話を取り上げた意図は、乙山が携帯電話を使用して助けを呼ぶのを封ずることや、これらを取り上げることにより乙山に心理的圧力を与え、姦淫に応じさせる手段とすることにあったと認められ、被告人ら自身が、かばんや携帯電話それ自体の価値を獲得したり、用法に従って使用したりする意思があったとはいえないから、原判決が、被告人らに不法領得の意思を認めるには十分でないとして窃盗罪の成立を認めなかった判断に誤りはない。
次に、器物損壊罪の成否について検討する。
器物損壊罪にいう「損壊」とは、物質的に物を害すること又は物の本来の効用を失わしめることをいうと解される。そして、物の本来の効用を失わしめることに、物の利用を妨げる行為も含まれること、利用を妨げた期間が一時的である場合や、犯人に返還する意思があったような場合も含まれ得ることは、原判決が解釈として説示するとおりである。しかし、利用を妨げる行為が物の本来の効用を失わしめ、「損壊」に該当するといっても、利用を妨げる行為がすべて「損壊」に当たるわけではなく、「損壊」と同様に評価できるほどの行為であることを要するものというべきである。この観点から、被害者からみて容易に発見することができない隠匿行為、占有奪取現場からの持出し行為や長時間にわたる未返還といった事情が考慮されることになる。換言すれば、利用を妨げる行為にも当然程度というものがあり、その程度によっては効用を失ったと同等には評価することができず、「損壊」には当たらない場合があるというべきである。また、原判決の解釈では窃盗罪の成立要件のうち、不法領得の意思のみを欠いたことによって器物損壊罪が成立することになりかねないが、窃盗罪と器物損壊罪との間に一般にそのような補完的な関係があるとみることはできない。すなわち、確かに占有奪取行為があれば、多かれ少なかれ、事実上その物の利用を妨げることになるが、法は、そのうち「損壊」と同様に評価できるものは器物損壊罪に当たるが、それに至らない場合は、たとえ社会的に非難されるべき行為ではあっても、刑法上、敢えてこれを不問に付す趣旨と解するのが相当である。
これを本件についてみると、関係証拠によれば、被告人らがかばんを被害者に返さず、かつ、被害者が持っていた携帯電話を取り上げた事実は認められるが、その段階では、両者は同じ車内の前部座席と後部座席に乗車していたこと、被害者が携帯電話を利用して助けを呼べなかったという状況が継続したのは、被害者の知人が被害者救出のため同車両の窓ガラスを割り、被害者が同車両から飛び降りるまでの約三分間というごく短時間のことであることのほか、携帯電話以外の物品については、具体的にどういう物が存在するかについてさえ明確な認識がなく、被告人らの主観としても、姦淫に応じさせるための一時的な手段として本件物品等を保有しているにすぎないことが認められること等を総合すれば、その時点で、かばんや携帯電話の効用そのものが失われたとまで解することはできないから、前記行為をもって器物損壊罪にいう「損壊」と評価するのは相当でなく、検察官が予備的訴因で主張するように、その後、被告人らが、かばん及び携帯電話を川に投棄した行為をもって、それらの物の効用を失わしめる「損壊」行為に当たると解するのが相当である。なお、所論は占有奪取の時点をもって実行の着手があったとの主張もしているが、この時点では川に「投棄」する意思はいまだ存在しなかったと認定されるから、予備的訴因のように考えるべきである。
したがって、かばん及び携帯電話を取り上げた行為が器物損壊罪を構成し、かつ、これをもって器物損壊罪が既遂に至り、その後の川への投棄行為については不可罰的事後行為に当たるとして、この点について無罪の言渡しをした原判決には法令の解釈適用に誤りがあり、これが判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、その余の論旨について判断をするまでもなく、原判決は破棄を免れない。論旨は理由がある。
よって、刑訴法三九七条一項、三八〇条により原判決を破棄し、なお同法四〇〇条ただし書に従い自判することとする。
(罪となるべき事実)
第1 原判決の罪となるべき事実のとおり
第2 被告人は、甲野一太と共謀の上、平成一一年九月一八日午前一時三〇分ころ、兵庫県西宮市松並町所在の上武庫橋において、乙山春子所有又は管理に係る現金一万三〇〇〇円及び携帯電話等一八点(物品時価合計一万二八〇〇円相当)を武庫川に投棄して毀棄した。
(証拠の標目)<略>
(法令の適用)
被告人の判示第1の所為のうち監禁致傷の点は刑法六〇条、二二一条(二二〇条)に、強姦致傷の点は同法六〇条、一八一条、一七九条、一七七条前段に、判示第2の所為は同法六〇条、二六一条にそれぞれ該当するが、判示第1の監禁致傷と強姦致傷は一個の行為で二個の罪名に触れる場合であるから、同法五四条一項前段、一〇条により一罪として重い強姦致傷罪の刑で処断することとし、各所定刑中、判示第1の罪について有期懲役刑、判示第2の罪について懲役刑を選択し、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により重い判示第1の罪の刑に同法四七条ただし書の制限内で法定の加重をした刑期の範囲内で処断すべきところ、原判決が「量刑の理由」の項で説示するような事情に加え、器物損壊罪も有罪であり、この犯情も決して軽視できないこと(なお、原判決は器物損壊について無罪としているが、この点を罪証隠滅工作である旨指摘し、消極情状の一つとしている。)、本件控訴により判決確定時期が遅れたが、これは必ずしも被告人の責に帰すべき事由とはいえないことを、刑の執行猶予期間を定めるのに考慮すべきこと等を総合し、被告人を懲役三年に処し、同法二一条を適用して原審における未決勾留日数中九〇日をその刑に算入し、同法二五条一項を適用してこの裁判確定の日から四年間刑の執行を猶予することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官・河上元康、裁判官・飯渕進、裁判官・水野智幸)