大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 平成12年(う)1461号 判決 2001年7月13日

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役3年6月及び罰金120万円に処する。

原審における未決勾留日数中90日を懲役刑に算入する。

罰金を完納できないときは、金1万円を1日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

大阪地方裁判所堺支部で押収保管中の透明ポリシートに包まれ更に茶色粘着テープで巻かれた大麻草1塊(同庁平成12年押第97号の1)、大阪地方検察庁堺支部で保管中の同様の大麻草11塊(同庁平成12年領第501号の符1の2、3、符2の1ないし3、符4の1ないし3及び符6の1ないし3)及び同裁判所押収保管中の航空券1冊(同庁平成12年押第97号の2)を没収する。

被告人から金4万9405円を追徴する。

理由

本件控訴の趣意は、検察官仲内勉作成の控訴趣意書に、これに対する答弁は、弁護人和田重太作成の答弁書に記載のとおりであるから、これらを引用する。

論旨は、被告人は、原判示の犯行を遂行するにあたり、共犯者である通称Aからヨハネスブルク国際空港・関西国際空港間の往復航空券(以下「本件航空券」という)を受領しているところ、本件航空券は、国際的な協力の下に規制薬物に係る不正行為を助長する行為等の防止を図るための麻薬及び向精神薬取締法等の特例等に関する法律(以下「麻薬特例法」という)2条3項に定める「薬物犯罪の犯罪行為により得た財産」にあたるから、未使用の復路航空券は、同法11条1項1号によってこれを没収し、使用済みの往路航空券については、同法13条1項によりその価額を追徴すべきであるのに、原判決が、本件航空券は「薬物犯罪の犯罪行為により得た財産」にあたらないとして、没収ないし追徴をしなかったのは、法令の解釈適用を誤ったものであり、これが判決に影響を及ぼすことは明らかである、というのである。

関係証拠によれば、被告人は、原判示の犯行を遂行するにあたり、共犯者Aから本件航空券を受領し、そのうち往路航空券を使用して、原判示の犯行に及び、復路航空券を所持したまま逮捕された事実が明らかであり、原判決が、「薬物犯罪の犯罪行為により得た財産」には、薬物犯罪実行のために支給された資金や経費的な金員は含まないとして、本件航空券について、没収追徴をしなかったことも、その判文に明らかである。

そこで、本件航空券が麻薬特例法2条3項にいう薬物犯罪収益に当たるか否かについて検討するに、同項によれば、「薬物犯罪収益」とは、「薬物犯罪の犯罪行為により得た財産若しくは当該犯罪行為の報酬として得た財産」等と規定されており、ここにいう「薬物犯罪の犯罪行為により得た財産」が、「犯罪行為の報酬として得た財産」以外の「犯罪行為により得た財産」を意味することは、文理上明らかであるところ、原判決が、資金や経費的な金員を含まないというのは、「犯罪行為により得た財産」という文言を、「犯罪行為を手段として得た財産」との意味に解釈しているものと思われるが、「犯罪行為により」の「より」は「因り」であって、国語としては、手段の意味にも用いられるが、より一般的には、原因を示す意味に用いられる言葉であり、特に法令用語としては、因果関係を表す言葉として用いられるのが通例であって、この規定の文言自体から、これを手段を示すものとして、薬物犯罪の資金や経費に充てられるべき財産を除外しているものと解することはできず、同法中に、資金や経費等を除外する趣旨をうかがわせる規定もない。また、同法は没収追徴の対象を「薬物犯罪収益」等として、「収益」という概念を用いているが、「収益」という言葉は、一般には「利益」の意味で用いられることもあるが、会計学等では、通常、費用を差し引いて利益を算出するもとになるもの、すなわち、後に費用として支出されるものも含めた収入全体を意味する概念として用いられており、同法14条の規定からも、同法が用いる「収益」概念が、これと異なるものでないことをうかがい知ることができる。加えて、共犯者間における資金や経費の交付を収益に当たらないとして没収追徴ができないものとすると、本来正当に受け取ることの許されない財産の交付を受けて得た利益を、これを受けた者のもとに止めることとなり、共犯関係による薬物犯罪を助長することにもつながりかねず、薬物犯罪収益を徹底的に剥奪し、経済面からも薬物犯罪を禁圧するという麻薬特例法1条が宣明する同法の趣旨にも悖るものといわざるを得ない。

これらの諸点を勘案すれば、麻薬特例法2条3項の規定する「薬物犯罪の犯罪行為により得た財産」とは、薬物犯罪の犯罪行為をしたこと若しくは薬物犯罪の犯罪行為をすることを原因として取得した財産をいい、原則として薬物犯罪実行のための資金や経費に充てられるべき財産も含むものと解すべきである。

原判決は、麻薬特例法は、刑法19条に対する特別法的な規定であり、麻薬特例法2条3項の文言は、没収等の対象範囲としては、刑法19条1項3号とほぼ同様の表現を用いているのであるから、刑法19条1項3号の解釈が同様に妥当すると解すべきであり、「薬物犯罪の犯罪行為により得た財産」とは、薬物犯罪により取得した金品等をいい、薬物犯罪実行のために支給された資金や経費的な金員などは含まないと解すべきであるという。原判決は、刑法19条1項3号のいわゆる犯罪取得物件の中には、犯罪実行のために支給された資金や経費は含まないとの解釈を自明の前提としているが、そのような解釈自体、必ずしも自明ではなく、従前あまり議論のされてこなかったところではあるが、異論も十分存しうるところであり、仮に刑法19条1項3号の規定について、原判決のような解釈が相当であるとしても、麻薬特例法2条3項は、同法の規定する薬物犯罪に伴って生ずる薬物犯罪収益の定義を定める規定であるから、同法の立法趣旨や関係する他の規定との整合性もふまえて解釈すべきものであって、同様の表現が用いられているからといって、刑法総則規定の解釈がそのまま妥当することにはならない。

次に、原判決は、麻薬特例法2条3項は、薬物犯罪収益として、「薬物犯罪の犯罪行為により得た財産」とは別に「資金」という用語を用いており、これらの規定の体裁からしても、「薬物犯罪の犯罪行為により得た財産」に、薬物犯罪実行のために支給された資金や経費的な金員などを含むと解することはできないという。確かに、麻薬特例法2条3項は、「薬物犯罪収益」とは、「薬物犯罪の犯罪行為により得た財産若しくは当該犯罪行為の報酬として得た財産又は前項7号に掲げる罪に係る資金をいう。」と規定して、いわゆる資金等提供罪における資金を「薬物犯罪収益」としているが、その趣旨は、資金等提供罪における提供とは、広く相手方がそれを利用し得る状態に置くことをいい、資金等提供罪が成立しても、被提供者が実行に着手し、あるいは予備罪が成立するに至らなければ、その資金は、提供者、被提供者のいずれにとっても、「薬物犯罪の犯罪行為により得た財産」には当たらず、もとより「報酬」でもない。この場合、資金等提供罪の組成物件として刑法による任意的没収の対象とはなるが、「薬物犯罪収益」に当たらなければ、たとえば、情を知ってこれを収受しても薬物犯罪収益等収受罪は成立しないことになり、法の趣旨を貫徹できないところから、これを「薬物犯罪収益」として規制する必要性に鑑み、「薬物犯罪の犯罪行為により得た財産」等とは別に、資金等提供罪における資金を、薬物犯罪収益として掲げたものと考えられ、この規定をもって「薬物犯罪の犯罪行為により得た財産」から、薬物犯罪実行のために要する資金や経費に充てられるべき財産を除外する趣旨を読みとることはできない。

麻薬特例法2条3項は、薬物の輸出入の予備罪、大麻栽培罪についても、これらの犯罪行為により得た財産の発生があり得ることを前提にしていることはその規定上から明らかであるが、これらの罪については、資金や経費以外に「薬物犯罪の犯罪行為により得た財産」の発生を想定できず、原判決のように、資金や経費を含まないとすると、麻薬特例法2条3項が、これらの犯罪行為により得た財産の発生があり得ることを前提にしていることを合理的に説明できない。

原判決は、共犯者内部間における費用の分担に過ぎない金員の交付行為をとらえて、たまたま交付を受けた者について「薬物犯罪の犯罪行為により得た財産」が発生したとみることは、単独犯として資金や経費等を自弁した場合と対比して明らかに均衡を欠くという。しかし、共犯者間内部における財産の交付という点では、報酬も同様であり、将来発生すべき利益若しくは取得した利益の分配を、交付の時点で収益の発生ととらえているのであり、共犯者間内部における財産の交付ということは、「資金等」を「収益」から除外する合理的根拠にはならない。原判決は、共犯関係による犯罪の場合、犯罪共同体のようなものを想定して、その内部における財産の移動に収益の発生を認めることはできないというもののようであるが、共犯関係による犯行であっても、収益発生の有無は、個々の犯人についてみるべきである。単独犯の場合、自ら出損した経費等はそのまま犯人の損失になることは当然として、資金や経費等を負担するものと共謀し、資金や経費等の提供を受けて犯罪を実行したものについて、その経費等を没収、追徴できないとすると、その者は本来正当に受領できない財産を受領しながら、何らの経済的損失を受けないことになり、単独犯の場合とむしろ均衡を失することになる上、これが共犯関係による犯罪遂行を助長することにもつながりかねず、麻薬特例法の趣旨に反することは先に述べた通りである。

以上のとおり、本件航空券は、麻薬特例法2条3項の「薬物犯罪収益」に該当するものと認められ、未使用部分については、同法11条1項1号によってこれを没収し、使用済み部分については、同法13条1項によりその価額を追徴すべきであるのに、これをしなかった原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令適用の誤りがあり、論旨は理由がある。

よって、刑訴法397条1項、380条により原判決を破棄し、同法400条ただし書に従い、被告事件について更に次のとおり判決する。

原判決がその挙示する証拠により認定した罪となるべき事実のうち、営利目的で大麻を輸入した点は刑法60条、大麻取締法24条2項、1項に、輸入禁制品である大麻を輸入しようとしたが未遂に終わった点は刑法60条、関税法109条3項、1項、関税定率法21条1項1号にそれぞれ該当するが、右は1個の行為で2個の罪名に触れる場合であるから、刑法54条1項前段、10条により1罪として重い大麻の営利目的輸入罪の刑で処断することとし、情状により所定刑中懲役刑及び罰金刑を選択し、その所定刑期及び金額の範囲内で、輸入した大麻の量は多量であることなど被告人の刑事責任は重大であるが、他方で本邦内に流通する前に発見されたこと、薬物犯罪に手を染めるのは今回が初めてであったこと、障害を持つ娘の治療費を捻出するために今回の犯行に及んだものであるところ、身柄拘束中にその娘が死亡し、死に際に娘の側にいてやることができなかったと反省、悔悟の念を強めていること等被告人のために酌むべき事情も考慮して被告人を懲役3年6月及び罰金120万円に処し、刑法21条を適用して原審における未決勾留日数中90日を懲役刑に算入し、罰金を完納できないときは、同法18条により金1万円を1日に換算した期間被告人を労役場に留置し、大阪地方裁判所堺支部で押収保管中の透明ポリシートに包まれ更に茶色粘着テープで巻かれた大麻草1塊(同庁平成12年押第97号の1)及び大阪地方検察庁堺支部で保管中の同様の大麻草11塊(同庁平成12年領第501号の符1の2、3、符2の1ないし3、符4の1ないし3及び符6の1ないし3)は、営利目的大麻輸入罪に係る大麻で、かつ禁制品輸入未遂罪に係る貨物であって、犯人の所有するものであるから、大麻取締法24条の5第1項本文及び関税法118条1項本文によりこれらを没収し、同裁判所押収保管中の航空券1冊(同庁平成12年押第97号の2)は、営利目的大麻輸入罪により得た財産であるから、復路部分は麻薬特例法11条1項1号によりこれを没収し、往路部分は既に費消して没収することができないので、同法13条1項によりその価額4万9405円を被告人から追徴し、原審及び当審における訴訟費用については、刑訴法181条1項ただし書を適用して被告人に負担させないこととし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 西田元彦 裁判官 柳澤昇 裁判官 川本清巌)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例