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大阪高等裁判所 平成12年(ツ)15号 判決 2000年10月03日

上告人

甲野一郎

被上告人

株式会社富士銀行

右代表者代表取締役

山本惠朗

右訴訟代理人弁護士

篠崎芳明

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

一  上告人の上告理由

上告人は預金申込みに際し、真実の住所・氏名を記載し、運転免許証も呈示しているから、被上告人は上告人の同一性について錯誤があったものではない。原判決が上告人の同一性につき錯誤があり、預金契約は無効であるとしたのは違法である。

二  当裁判所の判断

1  原判決は、被上告人のために本件の預金契約を締結する代理権を有していた窓口担当者Aの錯誤は、申込みをした上告人の住所・氏名を誤信した点にあるのではなく、上告人と被上告人との間にトラブル(原判決事実関係1ないし4)が生じているため、被上告人が上告人より申込みがあっても預金契約を締結しないことに決め、各支店に通知を発していたのに、窓口担当者がその通知を見落した点にあるとするものと解される。

2  この錯誤は、動機の錯誤であるし、被上告人内部における連絡不十分がこの錯誤を招来したものであり、表意者である窓口担当者には通知を見落した点に重大な過失があったと言うべきである。

3  しかしながら、原判決の認定するところによると、上告人は、被上告人が上告人とは預金契約をしないことに決めたことを察知し、既に預金契約を断られそのためトラブルが生じている広島支店では預金契約ができないと考えて、京都支店に来店して預金契約を申込んだというのである。そうすると、窓口担当者が預金契約申込みを承諾し、預金通帳を発行した時点で、上告人は、窓口担当者が上告人と預金契約をしないとの被上告人の決定を見落としていることを知ったということになる。

このように、意思表示の相手方(本件では上告人)が、表意者(本件では窓口担当者)において錯誤に陥っていることを知り、かつその状況を利用しようとした場合に限っては、意思表示は錯誤により無効と解すべきである。

4  そうすると、原判決が本件預金契約を錯誤により無効であるとした結論は正当である。よって、本件上告は理由がないから棄却することとし、民訴法三一九条、六一条により主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 井関正裕 裁判官 矢田廣髙 裁判官 牧賢二)

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