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大阪高等裁判所 平成12年(ネ)1490号 判決 2001年9月21日

主文

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1本件控訴の趣旨

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人は,控訴人に対し,金100万円及びこれに対する平成9年9月25日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人の負担とする。

第2事案の概要

1  当審における当事者の主張を2に付加するほか,原判決「第二事案の概要」記載のとおりであるから,これを引用する。ただし,次のとおり補正する。

(1)  原判決2頁11行目の「賛成したこと」の次に「,④これによって,同議会が本件処分をしたこと」を加える。

(2)  同3頁6行目の「三期目」を「4期目」と改める。

(3)  同8頁7行目の次に行を改めて次のとおり加える。

「3 本件処分の違法性

(控訴人)

控訴人の発言(原判決第二の一2(一))は何ら戒告事由に該当しないから,本件戒告処分は違法である。

(被控訴人)

争う。」

2  当審における当事者の主張

(1)  控訴人

原判決は,普通地方公共団体の議会(以下「地方議会」という。)が行う戒告処分は除名処分のような議員の身分を喪失させる重大なものではなく,軽微なものに過ぎないから,内部規律の問題として,その違法性判断は司法裁判権の対象外と解するのが相当であるとした。その判断は,地方議会議員の懲罰(出席停止処分)に関する最大判昭和35年10月19日民集14巻12号2633頁(以下「35年判決」という。)に依拠したものと解されるが,以下のとおり不当である。

ア 地方議会に会議規則制定権や議員の懲罰権などの自律権能が認められているのは,住民の意思に沿った地方行政を行うために,議会がその役割を十分に発揮するためである。すなわち,住民の意思を汲んだ各議員の自由な意見が議会の場で戦わされることにより住民の意思を反映した統一的な意思を形成することにある。

しかし,地方議会自身が,議員の自由な議論に対し「萎縮的効果」をもたらすような処分をした場合には,地方議会における自浄作用は期待すべくもない。議会の自律権としての懲罰権の行使に何の制約もないとすれば,懲罰権の行使は多数決により行使することが可能であることから,議会内多数派は,少数派議員に対し,多数派の解釈を押しつけることも可能となる。その結果,本来自由闊達な議論を保障するために認められた議会の自律権が,逆に自由な議論を妨げる結果を招くことになってしまう。

このような本来法の意図しないような結果が招来された場合において,自浄作用が期待できない場合には,司法審査を認めるべきであり,これを認めることによる弊害は,ほとんど考えられない。

高度の自律的団体である日本弁護士連合会においても,懲罰等の自律的決議事項については,司法審査が及ぶのであり,公的機関である地方議会であれば,よりいっそう司法審査になじむ問題である。

イ 35年判決は,いわゆる「部分社会論」に立ち,自律的な法規範をもつ社会ないし団体にあっては,当該規範の実現を内部規律の問題として自治的措置に任せ,必ずしも裁判にまつを適当としないものがあり,地方議会における出席停止の如き懲罰はそれに該当するとした。しかし,「部分社会論」は,①団体の性質による区別をせずに,一律に内部規律に委ねようとしている点,②争いの性質を区別していない点において不当である。

むしろ,地方議会は公的機関であり,しかも地方自治法による規制が存在しているから,司法審査になじみやすい。地方議会が誤った事実認定や法令解釈に基づき懲罰権を濫用し,それが地方自治の保障の上で不可欠である議会の存在意義に関わる場合には,積極的に司法の介入が必要となる。いかなる処分を選択するかについては,判断主体たる議会に一定の裁量的判断が認められるが,その前提となる事実認定は裁量の問題ではなく,そこに司法審査が及んでも,裁量権の侵害の問題は生じない。そもそも,議会の裁量判断に委ねられている事項についても,裁量権の濫用があれば,違法評価は避けられないのであり,それが事実認定,法令解釈に関する事項であれば,なおのこと裁判所による取消の対象となるというべきである。

ウ 35年判決は,同じ地方議会議員の懲罰(除名処分)に関する最判昭和27年12月4日行政事件裁判例集3巻11号2335頁(以下「27年判決」という。)を変更したものではない。27年判決は,「地方自治法135条所定の懲罰のうちいずれを科すべきかは市議会の自由裁量に属するものといえないばかりでなく,議員の議会において使用した言葉が同法132条所定の無礼の言葉に該当するか否かは,法律解釈の問題であって,その解釈を誤り,これに基づき議員を除名したような場合には,その前提が違法であるから,除名そのものもまた違法たるを免れない。議員がいかなる発言をしたかを確定することは事実問題であるが,その認定された発言が同法132条の無礼の言葉を使用したことに該当するかどうかは裁判所が客観的に判断すべき法律問題であって,議会の主観的判断に拘束されない」(要旨)として,司法審査が及ぶことを当然の前提としている。35年判決は,結論において27年判決と反しているが,判決理由の部分に関しては,上記引用部分を明確に否定したものではない。

エ 35年判決は,行政訴訟の事案(懲罰決議取消)であって,民事訴訟である本件に直ちに当てはまるものではない。民事訴訟の場合,地方議会の内部規範の実現を何ら妨害するものではないからである。

まして,本件請求は,議員の懲罰動議提出行為や戒告決議の賛成行為,懲罰委員指名行為をも違法として損害賠償請求をしているのであって,これらについてはなおさら司法審査をすべきである。

オ 地方議会における議員の名誉の保護の必要性,重要性と司法権における少数者の権利保障(憲法13条,32条)の観点からも,本件戒告処分に対し,司法審査が及ぶと解すべきである。

カ 懲罰手続は,憲法31条の要求する適正手続,行政手続法の趣旨に従ってなされなければならないが,本件懲罰手続は,これに反する瑕疵ある手続である。すなわち,①懲罰請求の対象が不特定である,②被懲罰者に対する十分な弁明の機会が付与されていない。

キ 控訴人の発言は,いずれも地方自治法132条,加茂町議会会議規則102条の構成要件に該当しない。各条の「無礼の言葉」「他人の私生活にわたる言論」「議会の品位」という要件は,住民を代表する議員の言論の自由が最大限に保障されなければならないという観点から厳格に解さなければならない。

(2)  被控訴人

控訴人の主張はすべて争う。

第3当裁判所の判断

1  本案前の主張について

原判決8頁10行目から同9頁5行目まで記載のとおりであるから,これを引用する。

2  議員らの行為及び本件戒告処分の違法性について

(1)  裁判所は,日本国憲法に特別の定めのある場合を除いて「一切の法律上の争訟」を裁判する権限を有するとされている(裁判所法3条1項)。しかし,「一切の法律上の争訟」とは,あらゆる法律上の係争を意味するものではなく,自律的な法規範をもつ社会ないし団体にあっては,当該規範の実現を内部規律の問題として自治的措置に任せ,必ずしも裁判にまつを適当としないものがあり,これについては,司法権が及ばないと解するのが相当である(35年判決)。このような社会ないし団体は「部分社会」と呼ばれることがあるが,その中には,政党,労働組合,宗教団体,学校,地方議会,公益法人等各種各様の団体が存在しており,それぞれ存在理由ないし性格を異にするものであるから,一律に「部分社会」であることをもって司法権が及ばないと解するのは適切でなく,その団体の存在理由ないし性格に即して司法権の及ぶ限界を論ずるべきである。団体の多くについては,憲法21条の保障する「結社の自由」を根拠として司法権の限界を根拠づけることができるが,地方議会については,その設置が住民の自由意思に委ねられているわけではないから,「結社の自由」の観点から司法権の限界を根拠づけるのは必ずしも相当でない。しかし,地方議会は,その設置が憲法の明文(93条)をもって定められ,住民自治,団体自治という地方自治の本旨を実現するための意思決定機関であり,その権能を十分に発揮するため自律権として,地方自治法により,会議規則制定権(地方自治法120条),議員に対する懲罰権(同法134条)等が保障されていることに照らすと,その自律権の範囲内で決定された事項については,原則として司法権が及ばないと解するのが相当である。もっとも,地方議会は,国会と異なり,国権の最高機関性(憲法41条)を有せず,しかも,憲法が除名を含めた国会議員の懲罰について議院に権限があることを明文で定めているのに対し(58条2項),地方議会の議員の懲罰は憲法ではなく,地方自治法により定められている事項であること,地方議会の議員の懲罰のうち除名は,議会からの排除という議員の身分にかかわる重大な事柄であり,しかも,住民の意思とかかわりなく決められることなどに鑑みると,除名はその議会内部の紛争というにとどまらず,市民法秩序と直接関係する問題として,司法権が及ぶというべきである。これに対し,戒告については,議会内部の紛争にとどまっているから,内部規律の問題として,司法審査は及ばないと解するのが相当である。

(2)  控訴人は,地方議会議員の懲罰事由及び懲罰の種類については,すべて法規(地方自治法)の定めるところで,その枠を超えれば,除名はもとより,戒告処分の当否についても,司法権の審査対象となると主張するようである。しかし,懲罰事由及び懲罰の種類が法規の定めるところであるからといって,直ちに,その枠を超えたかどうかが司法権の審査対象となると解すべきことにはならないから,控訴人の主張は理由がない。控訴人の主張するように,すべての懲戒処分が司法権の対象となることを認めるのであれば,議員の懲罰につき地方議会の自律権を保障した地方自治法の意義は実質上失われるおそれが強く,控訴人の主張は採用し難い。

また,控訴人は,懲罰事由に該当する事由があるか否かの判断は裁量的な事項ではなく,これについて司法審査権が及ぶとしても,処分の選択についての議会の裁量権は侵されないと主張する。しかし,懲罰事由該当性の判断についても地方議会に委ねるのが自律権を保障した趣旨に沿うと解されるから,上記主張は失当である。

控訴人は,本件戒告処分は手続的に違法があると主張する。しかし,懲罰手続が憲法,法令あるいは議会の会議規則に明白に違反している場合はともかく,そうでない場合には,裁判所は議会の自律性を尊重し,懲罰手続の適否の判断を差し控えるべきである。そして,本件全証拠によっても,本件戒告処分の手続が憲法,法令あるいは会議規則に明白に違反していると認めることはできないから,控訴人の主張は理由がない。

(3)  控訴人は,地方議会の懲罰すべてに司法権の審査を認めないと,議会が自律権の名のもとに特定の議員(少数派)に対し,懲罰権を濫用してその言論を封じ,名誉を侵害するおそれがあると主張する。その主張にはもっともなところがあるというべきである。しかし,それは,自律権を認められた団体全部について多かれ少なかれあてはまることであって,かかる病理現象があることを理由に,懲罰のすべてを司法審査の対象とすることは,懲罰に関する地方議会の自律権を否定するに等しい結果となり,にわかに賛同し難い(国会の議院においても,多数派による懲罰権の濫用の危険は地方議会と同様に存すると考えられるが,だからといって,懲罰権の行使につき司法権の審査を認めるべきだとの解釈論に結びつくものでないことはいうまでもない。

)。地方議会における多数派の懲罰権行使の濫用を防止し,あるいは牽制するためには,議員の政治活動あるいは選挙権行使をはじめとする住民の議会監視に委ねるほかはないと解される。

なお,控訴人は,日本弁護士連合会が行う弁護士の懲戒については,除名に限らず裁判所に対する訴えの途が保障されているのであるから,地方議会の議員についても当然に認められるべきであるとするが,弁護士については,除名以外の懲戒であっても,当該弁護士の人格的名誉のほか,職業上の利益・信用にかかわるため,法が日本弁護士連合会の処分に準司法的権能を認めた上,第一審を東京高等裁判所とする処分取消の訴えの制度を特に創設したものと解すべきであって,法に何ら明文の規定のない地方議会の議員と同列に論ずることは相当でない。

(4)  控訴人は,35年判決は27年判決を変更したものではないとし,27年判決の論理は本件にも適用されると主張するが,27年判決は議員の除名処分が問題とされたものであって,戒告処分をされたに過ぎない本件とは事案を異にし,本件には適切でない。

(5)  以上によれば,本件戒告処分の当否については裁判所が司法審査を行うことは差し控えるべきである。そうすると,議員らの行為及び本件戒告処分の違法性の証明はないことに帰するから,控訴人の本訴請求は理由がないといわざるを得ない。

3  結論

以上の次第で,控訴人の本訴請求を棄却した原判決は相当であり,本件控訴は理由がない。よって,これを棄却することとし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 松尾政行 裁判官 熊谷絢子 裁判官 坂倉充信)

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