大阪高等裁判所 平成12年(ネ)1700号 判決 2001年7月10日
控訴人 株式会社 日栄
同代表者代表取締役 松田龍一
同訴訟代理人弁護士 鍔田宜宏
被控訴人 A野太郎
同訴訟代理人弁護士 城塚健之
同訴訟復代理人弁護士 中原修
主文
一 原判決中被控訴人の債務不存在確認請求に関する部分を取り消す。
二 被控訴人の債務不存在確認請求の訴えを却下する。
三 控訴人のその余の本件控訴を棄却する。
四 訴訟費用は第一、二審とも控訴人の負担とする。
事実及び理由
第一当事者の求めた裁判
一 控訴人
(1) 原判決中被控訴人に関する部分を取り消す。
(2) 被控訴人は、控訴人に対し、四〇〇万円及びこれに対する平成一〇年五月二八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
(3) 被控訴人の本訴請求を棄却する。
(4) 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
二 被控訴人
本件控訴を棄却する。
第二事案の概要
事案の概要は、原判決「事実及び理由」中の「第二 事案の概要」のうち被控訴人に関する部分のとおりであるから、これを引用する。ただし、原判決書八頁二行目の「手形金額」を「金額」に、九頁二行目及び同頁五行目の各「本件手形取引契約」をいずれも「本件基本取引契約」に、同一〇頁一一行目の「③'」を「③」に、同一四頁三行目の「本件手形取引契約」を「本件基本取引契約」にそれぞれ改める。
第三当裁判所の判断
一 事案の概要中の前提事実と《証拠省略》によると、次の事実を認めることができる。
(1) 本件基本取引契約は、元本極度額を一五〇〇万円とするものであるが、そのうち極度額一〇〇〇万円についてB山が当初から連帯保証をしていた。C川は、本件基本取引契約に基づき、平成八年一二月及び平成九年一月中に、本件1貸付ないし本件3貸付の三件合計七五〇万円の手形貸付を受けていた。
(2) 控訴人の従業員であった老家真実は、平成九年二月、C川に電話をかけて、保証人をもう一人付ければ追加融資ができると述べて追加取引を勧誘した。
(3) C川は、控訴人から更に二〇〇万円の手形貸付を受けようと思い、取引先であった被控訴人に対し、控訴人から二〇〇万円借りるので保証人になってほしいと依頼し、被控訴人はこれを承諾した。
(4) 老家は、C川から連絡を受けて、平成九年二月二八日、被控訴人方あるいは近くの喫茶店に出向き、C川及び被控訴人と会って貸付の手続をした。老家は、「保証契約書」という表題の契約書用紙を持参し、C川及び被控訴人に示した。C川は債務者として、被控訴人は連帯保証人として、署名捺印した。この契約書には、保証人は、C川が平成八年一二月一六日に控訴人との間で締結した手形貸付取引約定書を承認し、C川の同契約に基づく債務に関して、次の約定により連帯保証する旨記載されている。
ア 保証債務極度額は四〇〇万円とする。
イ 債務者の平成九年二月二八日から平成一四年二月二七日までの間のすべての取引及び本契約日現在負担する債務を保証するものとする。
(5) 控訴人は、平成九年二月二八日、C川に対して本件4貸付である二〇〇万円の手形貸付をした。
(6) 控訴人は、平成九年三月四日付けで、被控訴人に対し、確認通知書を送付した。その内容は、「控訴人とC川との貸借に関して貴殿に保証極度額四〇〇万円也保証期間平成九年二月二八日から平成一四年二月二七日までのすべての取引につき債務保証を賜りましたのでご通知申し上げます」等というものであった。被控訴人は、平成九年四月下旬に、上記書面に署名押印して控訴人に返送した。
(7) 控訴人は、平成九年四月から同年一〇月までの間に、C川に対し、本件5ないし本件12貸付をした。
(8) 本件貸付は合計一二口になる。しかし、5は1の、10は5の各貸付の弁済資金の貸付であり、実質的には借り換えである。そのうち最後の本件10貸付が決済されなかった。同様に、9は2の実質的借り換えであり、本件9貸付は決済された。6は3の、11は6の実質的借り換えであり、本件11貸付は決済されなかった。8は4貸付の実質的借り換えであり、本件8貸付は決済された。12貸付は7貸付の実質的借り換えであり、本件12貸付は決済されなかった。
(9) 被控訴人は、本件保証契約締結の際、C川からも老家からも、C川が既に七五〇万円の手形貸付を受けていることを知らされていなかった。また、本件保証契約締結後にもそのことを知らされなかったし、前記のとおり実質借り換えのための手形貸付が繰り返され、あるいは新規に本件7貸付がされたことを事前にも事後にも知らされなかった。
二 上記(8)の認定について、控訴人は、すべて独立した貸付であると強調する。しかし、少なくとも本件のC川に対する貸付についてはそのように認めることはできない。その理由は、原判決書一七頁八行目から二〇頁二行目までに説示のとおりである。
また、被控訴人の当初の主張は、それだけでは、上記(9)の認定を覆すに足りるものということはできない。
そのほかに、上記一の認定を覆すに足りる証拠はない。
三(1) 上記認定によると、被控訴人は、平成九年二月二八日、前記(4)の書面に署名押印することにより、控訴人に対し、本件基本取引契約に基づくC川の債務のうち平成九年二月二八日から平成一四年二月二七日までの取引に係るもの及び平成九年二月二八日現在においてC川が負担している債務を極度額四〇〇万円の限度で連帯保証する旨の意思表示をしたと認めることができる。
(2) しかし、被控訴人の供述中には、老家は、書面の記載にかかわらず、四〇〇万円という極度額の記載や取引期間の記載は形式だけのものであり、実際には、同日される二〇〇万円の手形貸付だけの保証である旨説明したと強調する部分がある。証人C川の証言中にも同旨の部分がある。これらの供述等は、書面の記載に正面から抵触するものであるから、上記二つの供述が一致していても、通常はそれほど重視しがたいところである。しかし、本件の場合には、C川はそれまでに七五〇万円の手形貸付を受けていたのであり、これは、本件基本取引契約のちょうど半分にあたる。そして、本件保証契約がされ、本件4貸付がされたのは、老家から、もう一人保証人を付ければ追加融資できるという勧誘があったからされたのである。そうすると、本件保証契約がなければ、それまでC川との間で取引極度額とされていた一五〇〇万円の半額である七五〇万円以上の貸付はできない状況にあったのであり、かつ、今回新規保証人を付けることによりその保証極度額四〇〇万円のちょうど半額にあたる二〇〇万円の追加貸付がされたのである。また、その後八口もの手形貸付がされているから多数の追加貸付がされたようには見えるが、本件7貸付を除くとすべて借り換えの実質のものであるから、実際には、平成九年二月二八日以後三〇〇万円の追加貸付がされたに過ぎない。なお、次に見るとおり、老家は、それまでの七五〇万円の既存貸付を秘匿していた。これらの事実に照らすと、被控訴人の供述やC川の証言どおりの言い方ではなかったとしても、老家が、保証債務が本件4貸付の二〇〇万円を超えるような追加貸付がされることはないから安心して良いという言い方の説明をしたことは大いにあり得るところと思われる。
(3) 《証拠省略》によると、被控訴人は、本件保証契約締結の際、七五〇万円の既存貸付があることを知らなかったが、老家は、このことを被控訴人に開示しなかったことを認めることができる。
老家は、既存貸付は聞かれなければ話さないこととしていたと説明している。しかし、C川は、既に控訴人のような業者からの高利の貸付に頼る状態にあり、七五〇万円という少額とはいえない債務を負担していたのである。そういうことを知っている場合と知らない場合で保証するかどうかの判断が変わり得ることは誰にもわかることといえる。聞かれなければ話さないという老家の外交方法は、金融業者の営業担当者として普通には考えられないところである。しかも、老家は、自らC川に追加融資を受けるよう勧誘し、被控訴人を保証人に引き込んだ立場にある者であり、貸付手続には自ら出張して被控訴人に面接しているのである。被控訴人が積極的に聞けば何らかの答えはあったであろうし、C川にも問いただすことができたであろうから、被控訴人にも相当軽率なところはあったとはいえようが、老家の外交方法は被控訴人の軽率さを上回るほど取引上の常識や信義に反する。
(4) なお、《証拠省略》には、老家は、本件保証契約を締結したとき、本件基本取引契約書の写しをC川と被控訴人に交付したように読める記載がされている。しかし、当該部分は、「平成八年一二月一六日付交付済コピー」というのであり、既にC川にコピーが交付されているというものというように読むことができ、むしろその方が正確である。このことと《証拠省略》によると、上記のコピーは被控訴人に交付されなかったことを認めることができる。
(5) 控訴人は、前記確認通知書を送り、被控訴人の確認を得ている。しかし、この確認通知書は、平成九年二月二八日から平成一四年二月二七日までの間のすべての取引につき債務保証を賜りましたのでご通知申し上げますというものであり、既存貸付があること、あるいは既存貸付についても保証してもらったという記載がされていない。かえって、既存貸付がなく、あるいは少なくとも既存貸付は保証していないと理解させる文面である。
(6) 本件保証以後にされた何回もの貸付は本件7貸付を除くといずれも既存貸付の実質的借り換えである。そして、そのうち本件8貸付は被控訴人の承知している本件4貸付の借り換えであるが、本件8貸付はC川の負担で弁済されている。最終的に弁済されなかった金額に照らすと、仮に既存貸付がなければ、本件7貸付も弁済されていた蓋然性は大きい。
(7) 以上によると、控訴人は、信義則上、被控訴人に対し、本件4貸付及び本件8貸付以外には、保証債務を負担することを主張できないというべきである。そうすると、控訴人の反訴請求は、その余の点を判断するまでもなく、理由がない。
四 被控訴人の本訴の確認請求は、控訴人の反訴請求と同一の訴訟物に関する請求である。したがって、被控訴人の上記請求は、上記反訴請求がされ、かつ裁判所がこれについて本案判決をすることにより確認の利益がなくなったというべきである。したがって、被控訴人の上記請求に係る訴えは、不適法である。
五 以上の次第で、原判決の被控訴人に関する部分のうち、被控訴人の確認請求を認容した部分は相当でないから、これを取り消して当該請求に係る訴えを却下することとし、その余の部分は相当であり、この部分に対する控訴人の本件控訴は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法六七条、六一条、六四条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 加藤英継 裁判官 窪田正彦 裁判官伊東正彦は転補されたため、署名押印することができない。裁判長裁判官 加藤英継)