大阪高等裁判所 平成12年(ネ)1846号 判決 2001年1月30日
控訴人(被告) 有限会社南大阪ビルディング
代表者代表取締役 A
訴訟代理人弁護士 佐藤潤太
被控訴人(原告) 株式会社サンシンゴルフ
代表者代表取締役 B
訴訟代理人弁護士 中本勝
主文
一 本件控訴を棄却する。
二 控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
第一当事者の求める裁判
一 控訴人
1 原判決中控訴人の敗訴部分を取り消す。
2 被控訴人の請求を棄却する。
3 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
二 被控訴人
主文と同旨。
第二事案の概要
一 請求のあらましと原判決の判断
1 本件は、被控訴人が控訴人に対しゴルフ会員契約上の預託金の返還を求める事案である。
2 被控訴人は、主位的に、控訴人に対しゴルフ倶楽部の細則を根拠として、会員契約上の預託金の据置期間満了前に中途解約金を控除した残額240万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日(平成11年5月2日)から完済まで民法所定年5分の割合による金員の支払を求めた。
また、予備的に、預託金の据置期間満了時である平成12年12月25日が経過したときに預託金の全額である300万円及びこれに対する同日の翌日から完済まで同割合による金員の支払を求めた。
3 原判決は次のように判断した。
(一) 主位的請求について
被控訴人が請求の根拠としたゴルフ倶楽部の細則(甲4)の規定は、会員がこの条項に基づいて期限前の返還請求権を取得するものではない。主位的請求は理由がない。
(二) 予備的請求について
(1) 将来請求について
控訴人は本件倶楽部の預託金の据置期間を10年間延長したと主張しているから、本件預託金について預託期間が経過しても、任意にその返還に応じない蓋然性が高い。予め債務名義を得ておく必要性がある。
(2) 理事会の承認の要否等について
ゴルフ会員権の譲渡について理事会の承認を要するとする趣旨は、会員にふさわしくない者の入会を拒むことにある。本件におけるように会員が退会して預託金の返還を求める場合には、理事会の承認は必要でない。
(3) 据置期間延長について控訴人と被控訴人の個別の合意はない。
(4) 預託金の返還時期は平成12年12月25日の経過によって到来し、その翌日である同月26日から遅滞に陥る。被控訴人の予備的請求は理由がある。
二 控訴人の控訴と当裁判所の判断対象
そこで、控訴人が原判決を不服として控訴した。したがって、当裁判所は、原判決が認容した被控訴人の控訴人に対する予備的請求の当否を判断すべきこととなる。
第三当事者の主張
一 前提事実(争いがない。)
1 控訴人は、関西軽井沢ゴルフ倶楽部(以下、本件倶楽部という。)との名称の預託金会員制ゴルフクラブを経営する会社である。
2 C(以下、Cという。)は控訴人との間で、平成2年12月25日、預託金300万円を預託して(以下、本件預託金という。)、本件倶楽部の入会契約(これに基づく権利を以下、本件会員権という。)を結んだ。
3 Cは平成10年9月8日に被控訴人に対し本件会員権を譲渡し、その旨を控訴人に対し通知した。
4 被控訴人は同年12月17日到達の書面で控訴人に対し本件預託金の返還を請求した。
二 争点及び原審における当事者の主張
原判決事実及び理由欄の第二の三、1(三)、同2及び同3に記載のとおりであるから、これを引用する。
三 当審における当事者の主張
1 控訴人
(一) 将来請求の必要性について
控訴人は、原審において、被控訴人の相原告2名と裁判上の和解をし、平成12年4月以降の分割金を誠実に支払っている。
控訴人が原審において被控訴人との和解を拒否したのは、預託金の返還期限が未到来であったためである。被控訴人に対しても任意に分割して返還に応ずる蓋然性がある。したがって、将来請求の必要はない。
(二) 会員権の譲渡と理事会の承認の必要性について
(1) 本件倶楽部の会員権は、その譲渡を予想しておらず、その会則(甲3)においても、会員権の譲渡の規定はない。ただ、会員以外の者が会員になる場合として、会員が死亡したときに会員の相続人が会員になることについて例外的な規定をおいている(会則第10条)。したがって、会員がゴルフ場でのプレーをやめて預託金として投下した資金を回収する場合には、10年を経て、会員自らが預託金の返還を請求することとなる。
(2) しかし、会員権の譲渡を受けて新たに会員になろうとするものは、会則第4条により理事会の承認が必要である。
(3) 一般にゴルフ会員権は、単純な指名債権としての預託金債権だけではなく、ゴルフ場施設の優先的利用権や会費等の納入義務を主たる内容とする債権的契約関係を含むものである。このためゴルフクラブ会員権の譲受者がゴルフクラブ理事会の承認を得て名義書換手続をしないで、ゴルフ場に対し預託金の返還を請求することはできない(東京高判平成12・3・29金融・商事判例1090号40頁、最判平成8・7・12民集50巻7号1918頁参照)。
また、この会員権は、前示のように包括的、一体的権利義務関係を内容とする契約上の地位である。そのうちの預託金返還請求権のみを分離して譲渡することはできない。
(4) 本件において、控訴人の理事会は被控訴人の名義の書換について承認をしていない。被控訴人は民法第467条の指名債権譲渡の要件を履行していない。
(5) Cは、平成10年9月8日、本件会員権を営利を目的とする株式会社である被控訴人に譲渡して、その旨を控訴人に通知し、同年12月17日に被控訴人の名で控訴人に対し預託金の返還を請求している。
このような時間的な経過から、Cは、自己が行うべき控訴人に対する預託金返還請求を、被控訴人に委託するにつき譲渡の形式をとったと考えられる。この点で弁護士法72条に違反するものである。
2 被控訴人
(一) 将来請求の必要性について
控訴人は、被控訴人との和解を拒否し、本件倶楽部の預託金の据置期間を10年間延長したと主張している。したがって、被控訴人が将来請求をする必要がある。
(二) 会員権の譲渡と理事会の承認の必要性について
(1) 預託金会員制ゴルフクラブの会則において、会員の入会についてクラブ理事会等の承認を要するとする趣旨は、会員となろうとする者を事前に審査し、会員としてふさわしくない者の入会を認めないことによりゴルフクラブとしての品位を保つことを目的とするにある(前掲最判平成8・7・12)。
しかし、会員権の譲受人がゴルフ場経営会社に対し預託金の返還を請求する場合、クラブ理事会の承認を得て会員名義の変更手続をしなければならないとする合理的根拠はない。なぜなら、預託金返還請求権自体は純然たる金銭債権である。また、預託金の返還を受けるということは、ゴルフクラブの会員としての施設優先利用権等すべての権利を行使しないことを意味しているからである。したがって、預託金返還請求を受けた会社は、その者が適法に、すなわち第三者に対する対抗要件を具備した上でゴルフ会員権の譲渡を受けたものかどうかのみを判断して預託金を返還すればよいのである。
(2) 控訴人が挙げる東京高裁判決は、前記最高裁判決を正解していない。同最高裁判決は、ゴルフ会員権が二重譲渡され施設優先利用権を含むゴルフ会員権者としての債権契約上の地位の確認を求める場合の第三者に対する対抗要件として、指名債権譲渡の場合に準じて確定日付のある証書による通知又は承諾によるべきである、としたものである。ゴルフ会員権の譲渡を受けた者が、施設優先利用権等会員として他のすべての権利が消滅することを前提に預託金の返還請求をする場合について判示しているものではない。
(3) むしろ、クラブの理事会の承認の趣旨についての前示最高裁判決の判示からして、純然たる金銭債権である預託金の返還請求について、ゴルフ場経営会社あるいはゴルフクラブ理事会の承認を要しないと考えられる。
(4) 控訴人の弁護士法違反の主張を争う。
理由
第一将来請求の必要性について
控訴人は、当審においても、本件預託金について据置期間を10年間延長した旨の主張を維持し、当初の預託期間が経過した後も本件預託金全額を即時に返還することを拒絶している。したがって、被控訴人が予め控訴人に対しその全額の即時支払を請求する必要があると認められる。
控訴人は、原審において被控訴人の相原告2名と裁判上の和解をし、平成12年4月以降の分割金を誠実に支払っていることから、将来請求の必要性がないかのように主張する。しかし、控訴人のこの主張自体からしても、控訴人は本件預託金返還債務の期限の猶予を求めており、被控訴人に対する本件預託金返還債務全部を履行期に履行する意思のないことが明らかである。この点からしても、将来請求の必要性があることは動かしがたい。
第二会員権の譲渡と理事会の承認の必要性について
一 本件倶楽部の会則等
1 本件倶楽部の会則は第1条ないし第18条からなる。その内容は本判決添付別紙(1)<省略>のとおりである(甲3)。会員資格の譲渡についての規定はない。会員資格の取得一般について4条で原則的な定めをしているにすぎない。
2 本件倶楽部の細則は第1条ないし第7条からなる。その内容は本判決添付別紙(2)<省略>のとおりである(甲4)。ここでも会員資格の譲渡についての規定はない。いわば会員適格について1条で定めている。
3 本件会員証書には次の記載がある(甲1の5)。
(一) 会員名 C
(二) 会員資格 個人正会員
(三) 預り金額 300万円
(四) 証明文言 本証券は倶楽部の規約に基づいて本件倶楽部の会員であることを証明する旨。
(五) その他 本証は当会社の承認なくして譲渡又は質入はできません。
(六) 作成者 控訴人
4 以上の会則等の内容からして、本件倶楽部における会員の地位等について次のようにいうことができる。
(一) 個人であれ、法人であれ、初めて本件倶楽部の会員となろうとするものは理事会の承認を要する(会則4条)。会員となろうとするものが、暴力団構成員及びこれに類するものであるかどうかを審査する(細則1条)ためと解される。個人会員の相続人(ただし、1名に限る。)が会員資格を承継使用とする場合も、理事会の承認を要する(会則10条)。この趣旨も前同様と解される。
(二) 個人会員の地位の特定承継取得については、会則及び細則には定めがない。しかし、会員証書には前3(五)の記載がある。このことや、会員資格の性質、会則及び細則にこれを禁ずる規定がないことなどから、個人会員の地位の譲渡も許される。その場合、会則4条が定める理事会の承認を要する。この場合も譲受人が細則1条の不適格者であるかどうかの審査を要すると考えられるからである。
(三) 会員となろうとするものは、会員資格保証金及び登録料を支払わなければならない(会則4条)。会員は年会費(会則11条)及び使用料金(会則7条)を支払う義務がある。
他方、会員は施設を利用する権利がある(会則7条、9条)。また、定められた要件のもとで預託した会員保証金(預託金)の返還を求めることができる。
本件倶楽部の会員である地位は、以上の権利義務を包括するものである。
二 本件会員権の譲渡契約の内容
1 事実の認定
<証拠省略>及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
(一) Cは、平成10年9月8日、被控訴人に対し前示一3の個人正会員権である本件会員権を譲渡し、同時に被控訴人に対し委任状及び署名のある退会届書を交付した。
(二) 委任状は、平成10年9月8日付で、第三者に対する名義書換手続、ゴルフ場への譲渡通知並びに退会届等に関する一切の件についてのものである。
(三) 退会届は、平成10年9月8日付で宛名は白地である。
2 検討
(一) 本件会員権は個人正会員権であり、これが法人である被控訴人に譲渡された。しかし、前示会則第3条2号、第9条の規定からすると、個人正会員の施設利用権と法人会員の施設利用権とはその内容が異なると解される。したがって、Cと被控訴人との間の本件会員権の譲渡契約が、本件倶楽部の施設利用権の移転の効力を持つかには大いに疑問がある。
(二) 前項の譲渡契約とあわせて、譲渡人であるCから譲受人である被控訴人に対し前示委任状及び退会届が交付された。また、被控訴人は、平成11年7月12日にCの代理人として本件倶楽部から退会する旨の意思表示をした。
(三) 以上の事実からすると、Cと被控訴人は、Cが本件倶楽部を退会し、施設利用権を放棄する予定で、本件会員権のうち本件預託金返還請求権のみを譲渡する契約をしたものと認めるほかないであろう。
(四) 本件倶楽部の会員である地位は、前示一4(三)のとおりいくつかの権利義務を包括するものであり、その権利的な側面をとらえた本件会員権も概括的には施設利用権及び預託金の返還請求権をあわせたものといえる。したがって、施設利用権の存続を前提とすると、これと切り離して預託金の返還請求権のみを譲渡の対象とすることは、例えば、会則第6条の「なお、(会員資格保証金の)返還の際に未納の年会費、使用料金があれば、これを差し引くものとする。」として、施設利用権者と預託金返還請求権者が最後まで同一であることを前提とした定めと調和せず、許されない。
しかし、現に本件倶楽部から退会し施設利用権を放棄したもと会員が控訴人に対する預託金返還請求権を譲渡することを禁ずべき理由はない。控訴人のもと会員に対する債権額も確定しているからである。
三 本件会員権の譲渡と会則4条、10条の適用の要否
以上のとおり、Cの被控訴人に対する本件会員権の譲渡の実体は、本件預託金の返還請求権という単なる金銭債権の譲渡を内容とするものにすぎない。そして、これを禁ずべき理由も見あたらない。被控訴人は、本件倶楽部の施設を利用する権利の譲渡を受けたものではない。それ故、控訴人又は本件倶楽部の理事会において、被控訴人が細則1条に定める会員不適格者かどうかを審査することを要しない。
そうすると、本件会員権の譲渡について会則4条、10条の適用はなく、理事会の承認を要しないというべきである。
第三名義変更手数料の支払の要否
控訴人は、本件会員権の譲渡にあたり会則10条に定める名義変更手数料の支払がないことを理由に、本件預託金の返還を拒んでいる。しかし、第二、三で説示したとおり、本件会員権の譲渡について会則10条の適用はないというべきである。被控訴人は控訴人に対し名義変更手数料を支払うことを要しない。控訴人の上記主張も採用できない。
第四据置の確認の有無
控訴人は、名義変更時に本件預託金の返還を10年間据え置く旨の確認を行うことを理由に、会員資格保証金の返還を拒んでいる。しかし、被控訴人についてはそのような確認がされてはいないから、控訴人の主張はそれ自体理由がない。
第五弁護士法72条違反の有無
被控訴人がCを代理して被控訴人に対する本件預託金返還請求を行っていると認めるに足る証拠がない。被控訴人が平成11年7月12日にCの代理人として本件倶楽部から退会する旨の意思表示をしたことは前示のとおりである。しかし、これは、被控訴人が本件預託金の返還を得るためにした一つの手段にすぎない。弁護士法72条に定める「法律事件に関して代理」したことには当たらない。
この点の控訴人の主張も採用できない。
第六結論
以上のとおり、控訴人は被控訴人に対し本件預託金の据置期間満了日である平成12年12月25日の経過と共に300万円を支払う義務がある。また、300万円に対する同月26日から完済まで民法所定年5分の割合による遅延損害金を支払う義務もある。被控訴人の控訴人に対する本件予備的請求はすべて理由がある。これと同旨の原判決は結論において相当である。本件控訴は理由がないからこれを棄却する。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 吉川義春 裁判官 大出晃之 紙浦健二)
<以下省略>