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大阪高等裁判所 平成12年(ネ)1935号 判決 2001年12月14日

主文

1  本件控訴をいずれも棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1申立て

1  原判決主文1項を取り消す。

2  被控訴人らは控訴人に対し,連帯して3億0811万6854円とこれに対する平成6年1月1日から支払い済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2事実

1  争いのない事実,証拠により容易に認定できる事実

(1)  控訴人は,株式会社C及びD株式会社を経営し,H市内を中心に多数の不動産を有するEの五女であるが,Eは昭和43年5月17日に死亡した。Eの遺産については昭和51年頃から相続人間でその分割協議が進められ,同年7月2日,遺産分割協議が成立した。

上記遺産分割協議によって,控訴人は下記①及び②の両土地(以下「本件土地」という)並びにその地上建物(以下あわせて「本件不動産」という)を含む資産を取得した。

① H市a区bc丁目d番

宅地 209.05㎡

② 同所e番のf

宅地 44.62㎡

(2)  控訴人は平成元年11月21日,本件不動産を有限会社F(以下「F」という)及び有限会社G(以下,これら2社をあわせて「Fら」という)に対して金21億円で売却した(甲4)。FらはH法務局I出張所平成2年1月29日受付第****号をもって,その持分を各2分の1ずつとする所有権移転登記手続を経由した(甲1の1,2。但しその登記原因は平成2年1月26日売買とされた)。

(3)  しかるところ控訴人の実姉であるJとは,Eの遺産について相続人間でされた遺産分割協議が不存在もしくは無効であるなどと主張して,平成2年1月22日,控訴人を被告として本件土地についてJ及びKから控訴人に対する持分移転登記の抹消登記手続を求める訴えをH地方裁判所に提起し(甲5の1。以下「別件訴訟」という),更にその頃Jは,同裁判所に本件土地の所有権の9分の1について処分禁止の仮処分の申立てをし,同裁判所は平成2年1月26日に右持分の処分を禁ずる旨の仮処分命令(以下「別件仮処分」という)を発し,同仮処分は同日登記された(甲1の1,2)。

(4)  控訴人及びFらは,Jらから別件訴訟の提起及び別件仮処分の申立てがされたことを知らずに本件不動産の売買契約を締結したものであるが,控訴人はこのころ,株式会社Cの顧問弁護士であった被控訴人Bに,別件訴訟の訴訟追行,別件仮処分の取消申立ての手続きを委任し,同被控訴人はこれを受任した。

被控訴人Bは別件訴訟において答弁書(甲5の2)を提出してこれに応訴するとともに,別件仮処分に関しその取消しをH地方裁判所に申し立てた。

被控訴人Bは控訴人の代理人として,株式会社L銀行との間で金2億3400万円を限度額とする支払保証委託契約を締結し,H地方裁判所はこれを担保として,平成2年3月30日,別件仮処分を取り消す旨の決定を発し,同仮処分登記は同年4月21日抹消された(甲1の1,2)。

一方,被控訴人Bは控訴人の代理人として,Fらとの間で,本件不動産の売買契約の処理について話し合った。Fらは,別件仮処分の取消後においても別件訴訟の提起に基づく予告登記が本件土地に残存するものであることを指摘し,控訴人に対して保証金を差し入れることを求めた。控訴人は平成2年3月26日,2億3400万円をFらに預託した(甲8,丙11。以下「本件預託金」という)。本件預託金については,控訴人が別件訴訟において敗訴してFらが本件土地の完全な所有権を取得できなかった場合にはFらがこれを確定的に取得するものであること,控訴人が別件訴訟において勝訴してこれが確定した場合には,Fらはこれを控訴人に返還するものであることなどが控訴人とFらとの間で合意された。

(5)  平成4年3月25日,H地方裁判所は別件訴訟について控訴人勝訴の判決を言い渡した(甲6)。JとKは同判決を不服として控訴の申立てをし,被控訴人Bは引き続き同事件控訴審(以下「別件控訴事件」という)において控訴人の訴訟代理人となった。

控訴人は平成4年4月27日,別件仮処分についてH地方裁判所の担保変換決定を受け,被控訴人Bは控訴人の代理人として,控訴人の負担のもとに,株式会社M銀行に「N代理人弁護士B」の名義で金2億3400万円の定期預金をし(以下「本件定期預金」という),同行との間で前同額を限度額とする支払保証委託契約を締結し,別件仮処分の保証とした(甲13,14,16)。

(6)  別件控訴事件については,平成5年3月24日,H高等裁判所において控訴人とJ,K両名との間で,要旨以下のとおりの訴訟上の和解が成立した(甲9)。

① J及びKはEの遺産についての遺産分割協議が有効であることを確認する。

② 控訴人はFらに対し,本件預託金の返還請求をする。

③ 控訴人はJとKに対し,解決金として合計金7000万円の支払義務があることを認め,控訴人は本件預託金の返還を受け取り次第,これを支払う。

(7)  控訴人の平成2年分の申告所得税額(平成4年3月11日付修正申告後のもの)は金4億6326万4100円にのぼり,控訴人は内金9108万3100円を納付したものの,修正申告に対応する増差税額3億7218万1000円については納税資金の目処がつかない状態であった。また上記の修正申告によって,平成2年分の市民税及び府民税の総額は1億円以上増額されるところとなったが,控訴人はこれについても納付ができない状態にあった(甲22の1,2,同37,乙34)。

別件控訴事件の和解に先立ち,H国税局長及びO市長は,滞納処分として本件定期預金に差押処分を行い,H国税局長は本件預託金についても差押処分を行っていた(丙5の2,3,弁論の全趣旨)。

(8)  平成5年6月頃,控訴人は夫の知人であるQを通じて税金問題の相談相手として被控訴人Aを紹介され,同人に対し,税金問題の処理,解決を依頼した(以下「本件委任契約」という)。

同年7月頃,控訴人は被控訴人Aを被控訴人Bの法律事務所に連れて行き,被控訴人Aを被控訴人Bに紹介した。控訴人は国税等についての交渉は被控訴人Aに依頼していることを被控訴人Bに告げた。

(9)  O税務署長は平成5年10月19日,控訴人に対し,平成2年分の所得税額の総額を金1億1763万4100円とする旨の更正決定を通知した。同日O市長も控訴人の平成3年度市府民税を金3533万5800円と変更する旨の決定を通知した(乙10の1,2,12)。

同月21日,H地方裁判所は,別件仮処分の取消事件について控訴人が立てた担保の取消決定を行い,同決定はその後確定した(甲15)。

(10)  控訴人は平成5年10月25日,H国税局長及びO市長から本件定期預金に対する差押えの解除を受け,被控訴人BがM銀行御堂筋支店において本件定期預金並びにその利息金を原資とする普通預金の解約手続きをとった。被控訴人BはM銀行から解約金合計2億4357万2954円を受領した(丙1)。

被控訴人Bは,上記解約金の内金7000万円を別件控訴事件の和解金としてJ並びにKの訴訟代理人弁護士であるY弁護士に,内金3375万7900円を控訴人の平成2年分の所得税の追納分としてH国税局の係官に,内金3569万8200円を平成3年度市府民税の追納分としてO市役所の係官に,それぞれ交付した(乙9の1,2,11,13,14,丙2)。

被控訴人Bは,控訴人に対し,上記の計算関係をメモ(丙2)を示して説明したうえ,残額1億0411万6854円の処理を控訴人に任せたところ,控訴人はM銀行従業員に指示してその全額を被控訴人Aに持ち帰らせた。被控訴人Aは同日,この内から金3000万円を控訴人に交付したが,残金7411万6854円は自らこれを取得した(原審における控訴人及び被控訴人両名)。

(11)  平成5年11月30日,被控訴人Bは控訴人の代理人として被控訴人A,Fらとの間で,本件預託金についてはFらから被控訴人Aに返還するものであること,返還については金5000万円については小切手で,金1億8400万円については約束手形によって返還することとすることを内容とする弁済契約を締結した。右契約に基づいて被控訴人AはFらから本件預託金2億3400万円の返還を受けた。同被控訴人はこの全額を自ら取得した(甲12,19)。

2  控訴人の請求並びにこれに関わる主張

(1)  被控訴人Aに対する請求

① 被控訴人Aは前項(10)(11)記載のとおり,本件定期預金並びに本件預託金から合計金3億0811万6854円を領得したものであるが,これらはいずれも控訴人のために保管していた金員をほしいままに着服横領したものであって,同被控訴人の不法行為を構成する。

② そうでないとしても,被控訴人Aには上記金3億0811万6854円を取得すべき法律上の原因がないのであり,同被控訴人の同金員の取得は控訴人に対する関係で不当利得となる。被控訴人Aが主張する報酬の合意など存在せず,上記金員は本件委任契約の報酬ではない。

③ 上記金3億0811万6854円が本件委任契約の報酬であると認められるとしても,本件委任契約は以下の事由により無効である。よって,いずれにしても上記金員は被控訴人Aの不当利得である。なお,仮に本件が不法原因給付に該当するとしても,本件における控訴人の不法性は被控訴人Aの不法性に比べて極めて小さなものであるから,不当利得返還請求の障碍とはならない。

(イ) 控訴人は被控訴人Aに対する報酬額が3億円を超える巨額になることについての認識はなく,もしそのような認識を持っておれば本件委任契約を締結することはなかったから,本件委任契約は錯誤によって無効である。

(ロ) 被控訴人Aは弁護士でないにもかかわらず,控訴人と本件委任契約を締結し,法律事務を取り扱って報酬を得たものである。本件委任契約は弁護士法に違反するのみならず,公序良俗に反するものであって無効である。

(2)  被控訴人Bに対する請求

① 被控訴人Bは,控訴人の代理人として,平成5年10月25日,上記1(10)記載のとおりM銀行において本件定期預金等の解約手続きを行ったが,その際和解金並びに追納税額を除く金1億0411万6854円を被控訴人Aに対して交付した。被控訴人Bの当該行為は,被控訴人Aの前記着服横領の不法行為と,共謀による共同不法行為の関係に立つ。

また被控訴人Bは控訴人の代理人として,平成5年11月30日,上記1(11)記載のとおり本件預託金の返還を被控訴人Aが受けることとなる弁済契約を締結したが,被控訴人Bの当該行為は,被控訴人Aの前記着服横領の不法行為と共謀による共同不法行為の関係に立つ。

② そうでないとしても,被控訴人Bの前記行為は,以下のとおり委任契約上の注意義務に反する債務不履行であり,弁護士の誠実義務に違反する行為である。

(イ) 被控訴人Bは,控訴人の代理人として,平成5年10月25日,M銀行御堂筋支店において本件定期預金の解約手続きを行ったが,その際控訴人からの依頼の趣旨に反して1億0411万6854円を被控訴人Aに交付した。

(ロ) 被控訴人Bは,控訴人の代理人として,同年11月30日,被控訴人Aが本件預託金の返還を受けることを認める旨の契約を締結したが,これは控訴人の意思に基づかないものである。

(ハ) 被控訴人Bは,控訴人の金銭問題が平成5年10月25日の時点で全て清算されたことを知っていたものであるから,控訴人が本件預託金債権を被控訴人Aに債権譲渡することについては,そのこと自体に疑問を感じ,控訴人に注意を喚起してこれを阻止すべき義務を負担する。

しかるに被控訴人Bはこの義務を果たさず,かえって平成5年11月30日,同日付弁済契約書(甲19)に控訴人代理人として署名捺印し,被控訴人Aが大金を騙取するのに加功した。

(ニ) 被控訴人Bは,弁護士でない被控訴人Aが法律事務を取り扱って利得を得ていることを知っていたのであるから,委任契約上の義務若しくは弁護士の誠実義務として,被控訴人Aに金員が渡ることを阻止すべき義務があったのに,同被控訴人はその義務を果たさなかった。

③ 被控訴人Aが取得した3億0811万6854円は,被控訴人Bの不法行為,債務不履行若しくは誠実義務違反と相当因果関係のある損害である。

3  控訴人の主張に対する被控訴人Aの反論

(1)  被控訴人Aは平成5年6月頃,上記1(8)記載のとおり控訴人から同人の税金問題の解決処理の依頼を受け,本件委任契約を締結したものであるが,当該委任事務遂行の報酬に関し,平成5年7月ないし8月頃,以下のとおり合意した。

① 控訴人は被控訴人Aに対して本件預託金及び本件定期預金を預託する。

② 被控訴人Aは上記預託された金員をもって控訴人の納税を行い,別件控訴事件の和解金の支払い資金を控訴人に交付する。

③ 控訴人は,被控訴人Aが控訴人の納税を行い,また別件控訴事件の和解金を支払った場合,本件預託金並びに本件定期預金からこれらに要する費用等を差し引いた残金を,被控訴人Aが手数料及び報酬として受領することを承諾する。

(2)  被控訴人Aは控訴人の依頼を受けてO税務署長に更正請求をするなどの活動をし,その結果控訴人の納税問題,別件控訴事件の和解金支払い等はすべて問題を残さず解決した。

そこで被控訴人Aは本件委任契約における報酬合意に基づいて,本件預託金並びに本件定期預金の残額金3億0811万6854円を受領したものである。

従って被控訴人Aの上記金員の取得は不法行為に該当しないし,法律上の原因を欠くものでもない。

(3)  仮に本件委任契約が公序良俗違反その他の理由によって無効とされるとしても,控訴人は本来支払うべき義務のある税金の支払を免れるため,その工作を被控訴人Aに委任したものである。よって被控訴人Aが受けた報酬金は不法原因給付に該当し,控訴人はその返還を求めることはできない。

4  控訴人の主張に対する被控訴人Bの反論

(1)  控訴人が損害として主張する3億0811万6854円は,元々控訴人が支払うべきであった約6億2000万円の税金について,被控訴人Aにおいて税務当局に虚偽文書を提出するなどの方法により徴税権を放棄させることによって,違法に得た利得金である。即ち控訴人と被控訴人Aとの間の紛争は違法な利得の分配争いなのであって,そのような違法な利得をいわば補填するが如きの損害賠償責任は,注意義務違反などいかなる根拠によっても説明できない。

控訴人は税金減額の依頼目的のみを明らかにし,目的遂行のための具体的手段を明示せずに被控訴人Aに税金減額交渉を依頼したものであるから,仮に同被控訴人のした違法行為に控訴人の知らない事実が含まれていたとしても,信義則上そのような主張は許されるべきでない。

(2)  控訴人が主張するような委任契約上の義務,誠実義務は,被控訴人Bには存在しない。

5  争点

(1)  被控訴人Aに対する請求について

① 被控訴人Aが3億0811万6854円を,控訴人の意思に反して着服横領したものであると認められるか。

② 被控訴人Aが3億0811万6854円を取得したことについて,法律上の原因がないものと認められるか。

③ 被控訴人Aが取得した3億0811万6854円が本件委任契約の報酬であるとされる場合,本件委任契約は錯誤又は公序良俗違反によって無効であるか。

④ 本件委任契約が無効である場合,控訴人は不法原因給付の条項によって,3億0811万6854円の返還請求をなし得ないものといえるか。

(2)  被控訴人Bに対する請求について

① 被控訴人Bが,被控訴人Aのした3億0811万6854円の着服横領について,共謀により加功したものといえるか。

② 被控訴人Bに委任契約上の債務不履行,若しくは誠実義務違反の行為があると認められるか。

③ 控訴人が損害として主張する3億0811万6854円は,第三者に填補を請求し得る「損害」と認識できないものといえるか。

第3争点についての判断

1  控訴人の被控訴人Aに対する請求について,先に摘示した争点に沿いながら判断する。

(1)  争点(1)①②(被控訴人Aの着服横領,委任契約における報酬合意の存在)に関し,被控訴人Aは,本件預託金並びに本件定期預金のうちから金3億0811万6854円を受領したことを認めているが,同被控訴人は同金員は本件委任契約における報酬合意に基づいて,これを控訴人から受領したものと主張する。これに対して控訴人は本件委任契約における報酬合意の存在を否認するものであるから,以下に判断する。

① 控訴人が平成5年6月頃,被控訴人Aに対して滞納税の処理交渉を依頼した(本件委任契約)ものであるのは前認定のとおりであるが,被控訴人Aは,この頃控訴人と被控訴人Aとの間で報酬合意をして本件委任契約についての報酬を約したと主張する。

② 被控訴人Aの主張に沿うものとして乙1(合意書)が存在する。同証には被控訴人Aが報酬合意として主張する内容が記載されている。ところで乙1そのものは,当事者,立会人の署名押印を欠くいわば雛形であって,被控訴人Aの主張によれば,被控訴人A並びに控訴人は平成5年9月ないし10月にQを立会人として乙1と同旨の合意書を作成し,原本をQに保管させたが,Qが平成7年に阪神淡路大震災に罹災したため,その原本は消失したというのである。

しかしながら,そもそも報酬に関する合意書が,被控訴人Aが受領する報酬の額を控訴人との間で約する,同被控訴人の権利にとって極めて重要な意味を有する書面であることからすれば,被控訴人Aがわざわざこれを作成しておきながら,その写しもとらずにこれを第三者に保管させるなどのことは容易に信用しがたい。被控訴人Aは当審における本人尋問において,乙1と同旨の合意書を作成したのは,平成5年9月か10月ころで,平成2年の所得税の更正請求が認められるかどうか,その見通しの全く立たない時期であったと供述するが,乙1には被控訴人Aが預託金等をもって滞納処分を解除させることを確約する旨が記載されており,このことからすれば,被控訴人Aが主張する時期に,乙1と同旨の合意書が被控訴人Aと控訴人との間で作成されたものと認定するには疑問がある。

③ しかしながら,他方においては以下の事実が認められる。

(イ) 控訴人が被控訴人Aに対して滞納税の処理交渉を依頼した当時,控訴人の滞納税額は下記の数額に上っており,これに延滞税を加算すればその滞納税額は約金6億2500万円になっていた(甲37)。

ⅰ 国税関係

平成3年12月11日納期限本税 金1,208,200円

平成4年1月20日納期限加算税 金155,500円

平成4年4月30日納期限本税 金372,181,000円

ⅱ 市府民税

平成3年3月31日納期限本税 金27,370,500円

平成4年1月31日納期限本税 金362,400円

平成4年6月30日納期限本税 金111,654,300円

(ロ) 控訴人は当時別件訴訟に関し,上記第2,1(6)のとおり7000万円の和解金の支払義務を負担していた。

(ハ) 控訴人はQから「税務関係に詳しい人」として被控訴人Aを紹介された。控訴人は被控訴人Aに対し,滞納税額が6億円程度あること,和解解決金として別に7000万円の支払が必要であること,一方資産としては本件定期預金と本件預託金の合計4億6800万円程度しか存在しないことなどを説明して同被控訴人に滞納税の処理交渉を依頼した(本件委任契約)。

控訴人の当初の説明は錯綜していたので,被控訴人Aは各種書類の取り寄せを控訴人に対して依頼する一方,必要な書類の作成を控訴人にさせるなどしながら税務当局との交渉をした。控訴人も被控訴人Aに同行し,O税務署とO市役所に赴いたこともあった(当審における控訴人,被控訴人A)。

(ニ) 上記第2,1(9)のとおりO税務署長は平成5年10月19日,控訴人に対し,平成2年分の所得税の総額を金1億1763万4100円とする旨の減額更正決定を通知し,同日O市長も控訴人の平成3年度市府民税を金3533万5800円とする旨の変更決定を通知した。

(ホ) 平成5年10月25日,本件定期預金に対する差押解除に伴い,M銀行御堂筋支店においてその解約手続が行われた。被控訴人Bは解約金を上記第2,1(10)に記載のとおり関係者に分配した。被控訴人Bはこの分配後の残金の処理を控訴人に任せてM銀行から辞去したが,控訴人はその残金1億0411万6854円を被控訴人Aに持ち帰らせた。

同日,控訴人はMビル2階の事務所において,Qから「一応これが清算金です。貴方の取り分です」として金3000万円の交付を受けた。控訴人は同金員が本件定期預金の解約金の一部であることを了解したが,受領した金額について特段の異議を述べることはなかった(原審における証人Q,同被控訴人A)。

(ヘ) 控訴人は同日夕方,被控訴人Bの法律事務所を訪れ,同被控訴人に対し報酬金600万円を支払った(丙6の1,2)。その際,控訴人は同被控訴人に対し,本件定期預金解約金2億4357万2954円の領収書(丙1)を作成のうえ差し入れた。

(ト) 控訴人と被控訴人Aは,平成5年10月18日,Fらに対する本件預託金債権を控訴人が被控訴人Aに対して譲渡する旨の債権譲渡契約を締結した。その際控訴人と被控訴人Aは,同債権譲渡が控訴人の債権者による差押え等を免れるための名義貸しであるとする確認書を作成した(甲11,乙2,3,原審における被控訴人A)。

控訴人は同月20日付で,Fらに対し,同債権譲渡についての通知を行った(乙7(枝番を含む))。

(チ) 同月21日頃,被控訴人BはFらの代理人であるZ弁護士から,控訴人から被控訴人Aに本件預託金債権を譲渡する旨の通知がきていること,Z弁護士自身は被控訴人Aを知らないので,本件預託金を返還するにあたっては被控訴人Bに立ち会ってほしい旨の依頼を受け,被控訴人Bはこれを承諾した。

被控訴人Bは,同月25日夕方に控訴人が同被控訴人の法律事務所を訪れた際,本件預託金債権を被控訴人Aに債権譲渡したことについて確認し,被控訴人AがFらから本件預託金の返還を受けることになっても良いのかどうかについて控訴人の意思を確認した。控訴人は被控訴人Aに対して債権譲渡をした旨返答し,同被控訴人が本件預託金をFらから受け取ることを認めた。またこのとき控訴人は,被控訴人AがFらから本件預託金を受け取る場に,被控訴人Bが立ち会うことを了承した(原審における被控訴人B)。

(リ) 同年11月30日,被控訴人Bと同AはZ弁護士の事務所に赴き,同所において本件預託金の返還について弁済契約を締結し,被控訴人Bは同契約書(甲19)に控訴人代理人として署名した。被控訴人Bはその直後に控訴人にその経緯を報告した。

被控訴人Aは,上記弁済契約に沿ってFらから本件預託金の返還を受けた(原審における被控訴人B)。

④ 以上の事実,並びに先に認定した事実からすれば,控訴人と被控訴人Aとの間には,被控訴人Aが,税務署その他関係官署との間で控訴人の支払うべき税の減額について交渉し,被控訴人Aは本件定期預金と本件預託金の合計金4億6800万円を原資とし,その中から別件訴訟の和解の解決金7000万円と,総額約6億2500万円に及ぶ滞納税を減額工作の結果に応じて支払うとの本件委任契約があり,遅くとも平成5年11月30日までには,残額が生じればこれを被控訴人Aが取得するとの報酬合意が成立したと認めるのが相当である。

控訴人は本件委任契約における報酬合意の存在を否認しており,乙1についての被控訴人Aの主張を容易に認めることができないのは前記のとおりである。しかし上記の事実,とりわけ控訴人は元々本件定期預金,本件預託金を原資として,それを大幅に上回る額の税及び和解解決金の支払いができるように被控訴人Aに依頼したものであること,控訴人はM銀行において本件定期預金の解約手続がされた際,被控訴人Bからメモ(丙2)により計算関係の説明を受け,被控訴人Aが残金を持ち帰ることを了承したものであること,控訴人は本件預託金の返還請求権を被控訴人Aに債権譲渡し,被控訴人AがFらから本件預託金の返還を受けることを認めたものであることなどの事実に鑑みると,報酬合意の存在はこれを証拠上認定することができると言うべきである。

もっとも,本件預託金返還請求権の債権譲渡については,譲渡契約書と同日付で同債権譲渡が名義貸しであることを確認する趣旨の書面(乙3)が作成されているのは前記のとおりであり,これをどのように理解すべきかは一応問題となる。乙3によれば,控訴人と被控訴人Aとの間の債権譲渡契約(乙2)は,控訴人の債権者が本件預託金返還請求権について,仮処分,仮差押,差押,強制執行等をするのを回避するために,又諸般の事情を考慮してこれを行ったものというのである。そしてもしこの債権譲渡によって第三者の異議故障,官公署の訴追,課税問題等が生じた場合は,被控訴人Aに迷惑をかけることなく,控訴人が処理解決するというのである。即ち乙3を前提にする限り,控訴人と被控訴人Aとの間の債権譲渡契約は,実体的効果を伴わない通謀虚偽表示の類であると理解できなくもない。

しかしながら,乙3が真実そのような意味を持つものであり,控訴人は本件預託金返還請求権を被控訴人Aに債権譲渡する意思はなかったものであるとするならば,被控訴人Aが現実に本件預託金の返還をFらから受けることについて,控訴人がこれを認めるはずはないと言わなければならない。ところが控訴人は,先に認定したとおり,被控訴人Bに対して本件預託金請求権を被控訴人Aに譲渡したことを認めたのみならず,被控訴人AがFらから本件預託金の返還を現実に受けることまでこれを了承し,被控訴人Bがその受け渡しの現場に立ち会うことまでこれを了承しているのである。これは乙3の内容と明らかに矛盾する行為であって,これらの経過によれば,むしろ乙3の内容が当事者の真意に沿わないか,もしくは乙3の作成後において控訴人と被控訴人Aは本件預託金返還請求権の債権譲渡を改めて了承したものと解する以外にないものである。

以上のとおりであるから,先に述べたとおり,控訴人と被控訴人Aの間には,遅くとも被控訴人AがFらから本件預託金の返還を受けた平成5年11月30日までには,本件定期預金と本件預託金を滞納税と別件訴訟の和解金の支払いに充てた残額は,被控訴人Aに対する報酬金に充てるとする,本件委任契約の報酬合意が成立したと認めるべきである。

控訴人は原審における本人尋問において,Fらに対する本件預託金は,被控訴人Bが控訴人の代理人として取りに行くと解釈していたと供述する(第2回3頁)一方で,被控訴人Aに受け取りを頼んだとも述べる(同11頁以下)。平成5年11月30日にFらにおいて本件預託金の返還手続きがとられたこと自体については,控訴人自身も当時からこれを認識していたのは明らかであるが,控訴人がその後,被控訴人Aに対しても,被控訴人Bに対しても,本件預託金の清算について尋ねた形跡はない。控訴人は平成6年11月頃,Cの経営を巡って被控訴人Aに対して不信感を抱くようになり,平成7年1月には本訴訴訟代理人であるY弁護士に相談をし,この頃初めて金銭関係のことについて被控訴人Aについて不信を感じたというのである(第3回32頁以下)。また控訴人は被控訴人Aとの間で本件委任の報酬合意にかかる契約書を締結したことを否認するものの,乙1に記載されている内容自体については,自らの認識との具体的な差異を明確に指摘しない(第2回30頁以下。控訴人がここで自らの認識との相違を指摘するのは,延滞税,和解金の支払いの原資とするのは本件定期預金のみであり,本件預託金は原資とならない,とする点に限られるのであり,報酬合意それ自体については明確な反論をしない)。控訴人のこれらの態度に鑑みると,控訴人自身も平成5年11月30日当時は,被控訴人Aが前認定の報酬を取得することを了承していたものと認めるのが相当である。控訴人は原審において税等の処理は本件定期預金の範囲で行うべきことを依頼したとか,甲11,19の内容を了知していないなどの供述をするが,到底信用することができない。

⑤ そうすると,被控訴人Aが本件定期預金及び本件預託金から合計3億0811万6854円を取得したのは,同被控訴人がこれを本件委任契約の報酬として受領したものと認められ,さらに個別の金員交付についても,控訴人自らが被控訴人AにM銀行から持ち帰ることを認めたり,債権譲渡契約により被控訴人AがFらから本件預託金の返還を受けることを容認したのであるから,これら金員を同被控訴人がほしいままに着服横領したとして不法行為をいう控訴人の主張が理由のないものであるのは明らかである。

また本件委任契約における報酬合意の存在を否認して,被控訴人Aの不当利得をいう控訴人の主張も,上記のとおり報酬合意の存在が認められる以上,理由のないことが明らかである。

(2)  争点(1)③(本件委任契約について無効原因の存否)に関し,控訴人は本件委任契約が,錯誤若しくは公序良俗違反によって無効であるものと主張するので判断する。

まず本件委任契約が公序良俗に反するものであるのは明らかである。即ち,弁護士法72条は,弁護士でない者が報酬を得る目的で一般の法律事件に関して法律事務の取り扱いをすることを禁止しているが,被控訴人Aは,弁護士でない者に該当し,本件委任契約は同被控訴人が報酬を得る目的で,一般の法律事件に関して法律事務の取り扱いをすることを内容とする契約であるものと認められ,これによれば本件委任契約は弁護士法72条の禁止に該当するものであると認められる。そして弁護士法72条に違反する行為は,民法90条によって無効と解すべきものであるから,結局本件委任契約は,報酬額の多寡を問わず,公序良俗に反して無効というべきである。

控訴人は,本件委任契約は錯誤によって無効であるとも主張する。控訴人の主張する錯誤の内容は,控訴人としては本件委任契約の報酬額が3億円を超える巨額なものであるとは認識しておらず,若しこれを認識しておれば本件委任契約を締結することはなかったというのである。確かにこのことについて疑問を差し挟む余地はある。しかし控訴人は当時,先に認定したとおり6億2500万円に上る税金と,別件訴訟における和解金7000万円の支払義務を負担していたものであり,一方その支払に充てることができるのは本件定期預金と本件預託金とを合計した4億6800万円しかない状態であったのであるから,上記4億6800万円の範囲で税金等の問題が解決できるのであれば,剰余金を被控訴人Aの報酬にすることについて了承することもないとまでは言えず,現に当裁判所は上記(1)のとおり報酬合意を認定したところである。この点について,控訴人は当時滞納税金の具体的な数額は知らなかったと主張するのであるが,控訴人が前認定の滞納税額の詳細を知っていたかどうかは別論としても,少なくとも滞納税金と別件訴訟の和解金を合計した金額が,本件定期預金と本件預託金の合計額を上回るものであるとの認識があったことは,甲23(控訴人の平成7年2月17日付陳述書)或いは原審における控訴人本人の供述からも明らかなところであり,このことからすれば,控訴人が本件委任契約の報酬額を知っておれば,本件委任契約を締結することがなかったとまでは認定することはできない。

以上によれば,控訴人の錯誤の主張は理由がないが,本件委任契約は公序良俗に反するものとして無効である。

(3)  争点(1)④(不法原因給付条項の適用)について,被控訴人Aは本件委任契約は脱税の工作を委任するものであり,不法原因給付の規定によって控訴人は報酬金の返還を求めることができないと主張するものであるから判断する。

① 甲37,乙15ないし23,24の1,2,25ないし35によれば,被控訴人Aが本件委任契約に基づいて税務当局と行った交渉の内容は,以下のとおりのものであったと認められる。

(イ) 控訴人の平成2年分の課税所得金額(修正申告後のもの)は18億6115万5000円であり,その所得税額は4億6326万4100円,延滞税を含めた平成5年6月当時の滞納税額は約6億2500万円であった。

控訴人の上記所得の大半は本件不動産の売却代金であったが,当時控訴人の夫は,その経営しているD株式会社に控訴人の上記所得の大半をつぎ込み,消費していた。D株式会社は平成5年2月に和議の申立てをしており,控訴人は同社に対し13億8000万円の貸付金を有していた。

(ロ) 所得税法64条2項は,保証債務を履行するために資産の譲渡をした場合において,その履行に伴う求償権の全部又は一部を行使することができないこととなったときは,その行使をすることができないこととなった部分は所得の金額の計算上,なかったものとみなす旨を規定する。また同法152条は,確定申告書を提出し又はその決定を受けた居住者は,当該申告書又は当該決定に係る年分の各種所得の金額につき,64条に規定する事実が生じたことにより更正請求の事由が生じたときは,当該事実が生じた日の翌日から2月以内に限り,税務署長に対し更正の請求ができることを規定している。

被控訴人Aは,上記所得税法の規定の適用によって控訴人の納税を免れさせることを計画した。

(ハ) 本件不動産の売却時に,D株式会社はW株式会社に対し,9億円の借入金の返済をした。同返済資金についてD株式会社はこれを控訴人からの借入金で賄ったが,被控訴人Aはこれについて,保証人である控訴人がW株式会社に対する弁済をし,求償債務については全額D株式会社が支払の責めを負う旨の同社取締役会議事録を平成2年1月26日付で作成させた(乙24の1)。控訴人はO税務署長に対する上申書を作成して,虚偽の事実経過を同税務署長に報告した(乙30)。

控訴人は平成2年1月から2月にかけて,D株式会社に対し,3億4500万円を貸し付け,同社はこれを運転資金として運用していたが,被控訴人Aはそのうち2億7000万円についても保証債務の履行であるとの体裁を整え,控訴人の夫ほか1名のO税務署長宛の陳述書(乙25)を作った。

また被控訴人Aは,D株式会社が同被控訴人の友人であるX(平成3年7月28日死亡。甲47,48)から2口合計2億5000万円の借入金債務を負担し,控訴人と夫が連帯保証人となっていたとする架空債権を作出し,控訴人がXに対してその弁済を行ったこと,その求償権については全額をD株式会社において支払の責めを負う旨の書類を作成させた(乙15ないし22)。控訴人は上記架空債権の契約書作成に関与したほか,O税務署長に対する上申書を作成して,虚偽の事実経過を税務署長に報告した(乙30)。

(ニ) D株式会社の和議手続に関し,控訴人は当初当社に対する求償債権を放棄する意向を示していたが,被控訴人Aの助言に従って債権放棄の意思のない旨の上申書(乙5)をH地方裁判所に提出した。和議整理委員は平成5年7月31日付で同裁判所に対し和議開始を不相当とする意見書(甲43)を提出した。D株式会社は同年10月7日,同裁判所において破産宣告を受けた(乙33)。

(ホ) 控訴人は平成5年10月18日,被控訴人AとともにO税務署を訪れ,平成2年分所得税の更正請求書(乙34)を提出した。同更正請求において控訴人はD株式会社に対する13億8252万円の求償権行使が不能になったものと申し立て,同期申告納税額を1億1763万4100円と申し立てた(乙34)。

控訴人の所得税及び地方税は上記更正請求に従って減額され,本件定期預金に対する各差押えが解除された結果,控訴人は前認定のとおり平成5年10月25日,M銀行御堂筋支店において,これら税金の支払いをした。

② 以上によれば,被控訴人Aが控訴人の所得税の更正請求等を行うに際してとった手段は,従前の貸付金を保証債務の履行に基づく求償権であるとしてみたり,架空債権を作出して控訴人がその連帯保証債務の履行によって求償権を取得したとするような,いわば違法な脱税行為そのものである。

そうすると本件委任契約の報酬は,違法行為の対価として収受されたものというほかなく,不法原因給付の規定により,控訴人は被控訴人Aに対し,その返還を求めることができないというべきである。

なおこの点に関し,控訴人は,被控訴人Aが3億0811万6854円を取得したのは,被控訴人Aがこれを着服横領したものであり,不法原因給付にいわゆる「給付」が存在しないとの主張もするが,被控訴人Aがこれを着服横領したものとは認めるに足らず,かえって控訴人は,被控訴人Aが本件定期預金の分配残金をM銀行から持ち帰ることを了承したり,本件預託金返還請求権を同被控訴人に債権譲渡しているものであるのは既に認定したところであり,これらの事実によれば給付は存在するというべきである。

③ 上記に関し,控訴人は,被控訴人Aが脱税の工作を行ったものであるとしても,控訴人自身は被控訴人Aに対して脱税工作を依頼したものではないし,同人が違法行為を行っているとの認識はなかったものであるとの主張をする。

しかし,控訴人が被控訴人Aとの間で本件委任契約をした当時,控訴人は既に弁護士である被控訴人Bに具体的な事件(別件訴訟ないし別件控訴事件)を依頼していたものであるし,控訴人の関与する会社には顧問税理士の立場にある者も存在したと認められる(当審における控訴人)。そのような弁護士ないし税理士という正規の資格を有する者が身近に存在するにもかかわらず,何ら資格のない被控訴人Aに税務交渉を依頼したという行為自体から,控訴人自身が脱税工作ということを認識しつつその依頼を行った,若しくは少なくとも控訴人は,違法な脱税工作を被控訴人Aがすることを容認しながらその依頼を行ったものと推認することができる。

控訴人は被控訴人Aの脱税工作にあたって,Xとの間の虚偽の消費貸借契約については自ら虚偽の借用証書を作成し(乙15,21),O税務署長,H国税局長に対し上申書を提出して虚偽事実の報告をしている(乙30,31)ものである。控訴人はこれらの書類は被控訴人Aから一方的に作成を求められたもので,その内容については自らは承知していないと主張するが,これらの書類が虚偽の内容を含むものであるのは,控訴人がこれを一読しさえすれば直ちに明らかになるところであって,そのような書類に次々に署名して省みるところがないというのは,即ち控訴人にとっては税の減額こそが当時の唯一の目的であり,目的のためにはどのような手段を執っても構わないとする控訴人の内心の端的な現れとみるべきである。以上によれば,控訴人に違法行為の認識がなかったなどということは,到底これを信用するに値しない。

④ また控訴人は本件委任契約の報酬支払いが不法原因給付に該当するとしても,その不法性は控訴人の側よりも被控訴人Aの側がはるかに大きいものであるとも主張する。

しかし本件委任契約は,元々控訴人に課せられた税の減額交渉,即ち控訴人の利益を目的として,控訴人の側から被控訴人Aに持ち込まれたものであり,しかも控訴人においては,被控訴人Aが違法な手段をもってその目的を達することをも容認して,同被控訴人に対する委任を行ったものであることは先に認定したとおりである。これらの事実に鑑みると,本件委任契約における違法性の程度が,控訴人よりも被控訴人Aの方が大きいなどとは認めることができない。

控訴人は結果的に,被控訴人Aが本件委任契約の報酬として本件定期預金,本件預託金の内から3億0811万6854円の金員を取得したことをもって被控訴人Aの行為の違法性を強調するが,元々控訴人は同被控訴人との間で本件委任契約を締結した当時,約6億2500万円の滞納税額と7000万円の和解解決金の合計約6億9500万円の債務を負担していたのであり,これら債務の支払のためには本件定期預金,本件預託金の合計額4億6800万円(但し元本額)をこの支払に充ててなお約2億2700万円の不足を生ずる状態にあったのである。しかるところ控訴人は,自ら依頼し,被控訴人Aがこれを実行指南した脱税工作によって,上記約2億2700万円の支払を免れ,しかも本件定期預金,本件預託金の内から3000万円の配分を被控訴人Aから得ているのである。

このように見てくると,本件委任契約によって控訴人が得た利益(それは不法の利益である)は,現時点においても2億5000万円を超えるのであって,これは被控訴人Aが本件委任契約から得た利益(これも不法の利益である)と金額において大差がない。被控訴人Aの行為の違法性が,控訴人の行為の違法性よりも大きいという控訴人の主張は,この点からしても採用できない。

(4)  以上のとおりであるから,控訴人の被控訴人Aに対する請求は,理由がない。

2  次に,控訴人の被控訴人Bに対する請求について,争点に沿いながら判断する。

(1)  控訴人は争点(2)①(被控訴人Bの,被控訴人Aがした着服横領行為への加功)において,被控訴人Bが被控訴人Aの着服横領行為に共謀により加功したと主張するが,被控訴人Aが控訴人主張に係る金員を着服横領したという事実を認めるに足りないのはこれまでに述べたとおりであり,共謀の点を認めるべき証拠もない。

(2)  控訴人は争点(2)②(被控訴人Bの債務不履行,誠実義務違反)において,被控訴人Bに債務不履行若しくは誠実義務違反があると主張し,被控訴人Bはこれを争うので以下に判断する。

① これについての控訴人の主張の内には,被控訴人Bが平成5年10月25日に本件定期預金の内から1億0411万6854円を被控訴人Aに交付したこと,同年11月30日,被控訴人Bが控訴人の代理人として弁済契約を締結したことがいずれも控訴人の意思に反するものであることを前提に,債務不履行若しくは誠実義務違反をいう部分があるが,これらの処理を控訴人自身が了承していたものであるのは既に指摘したとおりであり,控訴人の意思に反することを理由とする控訴人の主張は理由がない。

② 控訴人は,被控訴人Bは,控訴人がM銀行から本件定期預金の分配残金を被控訴人Aに持ち帰らせること,又は控訴人が本件預託金返還請求権を被控訴人Aに譲渡することについて,注意を喚起してこれを阻止すべき義務があったと主張する。

しかしながら,まずM銀行からの本件定期預金の持ち帰りの件についてみると,被控訴人Bとすれば前認定の経緯で本件定期預金を行っていたものであるから,その必要が消滅したときはその元利金を間違いなく出捐者である控訴人に返還すべき義務があることは当然である。本件において被控訴人Bは本件定期預金の解約手続及び分配の終了後,残金の処理を控訴人に任せ,控訴人はこれを自ら取得することもできたのに,その意思で残金を被控訴人Aに交付して持ち帰らせたものである。

次に,本件預託金返還請求権の債権譲渡についていえば,債権譲渡契約自体は平成5年10月18日に,被控訴人Bの関与なく控訴人が独自に被控訴人Aとの間で締結したものであり,被控訴人Bが同年11月30日の弁済契約に控訴人の代理人として署名したのは控訴人の事前の了承を得た上でのことであり,しかも被控訴人Bはこの署名の前に,控訴人が被控訴人Aに対して本件預託金返還請求権を譲渡したことについて確認しているものであることも既に認定したとおりである。

以上の事実を前提とすれば,被控訴人Bの本件定期預金の解約手続又は本件預託金の処理に関して同被控訴人の債務不履行があるとは認めることができない。

③ 控訴人は,被控訴人Bは,控訴人と被控訴人Aが違法行為を行ったことを知っていたものであり,そのような違法行為を阻止することなくこれを黙認するのは,弁護士の使命である社会正義の実現に反する行為であり,弁護士の誠実義務に違反するとの主張もする。

ここで控訴人は,自ら被控訴人Aと共に行った脱税工作の結果はそのままに,ただその見返りとして被控訴人Aに約した金員の支払いを阻止することを被控訴人Bに求めているのである。自らがした脱税工作を阻止すべきであったというのであればともかく,脱税による利益を保持したまま,被控訴人Aに対する報酬支払いの阻止のみを被控訴人Bに求めるなどというのは,およそ身勝手な論理と評するほかない。本件において,被控訴人Bが,控訴人と被控訴人Aが違法な脱税工作を行ったことを知っていたと認めるべき証拠はなく,控訴人の主張は理由がない。

(3)  以上によれば,その余の点について判断を加えるまでもなく,控訴人の被控訴人Bに対する請求は理由がない。

第4結論

以上によれば,控訴人の請求を全部棄却した原判決は相当である。

よって本件控訴をいずれも棄却することとして,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 太田幸夫 裁判官 川谷道郎 裁判官 大島眞一)

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