大阪高等裁判所 平成12年(ネ)2399号 判決 2001年11月21日
主文
1 第1審被告神戸市民生活協同組合の本件控訴を棄却する。
2 第1審被告全国生活協同組合連合会の本件控訴を棄却する。
3 第1審原告J及び同Lを除く第1審原告らの本件控訴を棄却する。
4 第1審原告J及び同Lを除く第1審原告らの当審における予備的請求をいずれも棄却する。
5 第1審原告Jの本件控訴を棄却する。
6 第1審原告Jの当審における予備的請求を棄却する。
7 第1審被告神戸市民生活協同組合の控訴費用は,第1審被告神戸市民生活協同組合の負担とし,第1審被告全国生活協同組合連合会の控訴費用は,第1審被告全国生活協同組合連合会の負担とし,第1審原告J及び同Lを除く第1審原告らの控訴費用は,第1審原告J及び同Lを除く第1審原告らの負担とし,第1審原告Jの控訴費用は,第1審原告Jの負担とする。
事実及び理由
第1当事者の求めた裁判
1 平成12年(ネ)第2399号事件
(1) 控訴の趣旨(第1審被告神戸市民生活協同組合)
ア 原判決中,第1審被告神戸市民生活協同組合の第1審原告D,同F,同G及び同Lに対する敗訴部分を取り消す。
イ 第1審原告D,同F,同G及び同Lの請求をいずれも棄却する。
ウ 訴訟費用は,第1,2審とも第1審原告D,同F,同G及び同Lの負担とする。
(2) 控訴の趣旨に対する答弁(第1審原告D,同F,同G及び同L)
ア 主文第1項と同旨
イ 控訴費用は,第1審被告神戸市民生活協同組合の負担とする。
2 平成12年(ネ)第2400号事件
(1) 控訴の趣旨(第1審被告全国生活協同組合連合会)
ア 原判決中,第1審被告全国生活協同組合連合会の第1審原告Eに対する敗訴部分を取り消す。
イ 第1審原告Eの請求を棄却する。
ウ 訴訟費用は,第1,2審とも第1審原告Eの負担とする。
(2) 控訴の趣旨に対する答弁(第1審原告E)
ア 主文第2項と同旨
イ 控訴費用は,第1審被告全国生活協同組合連合会の負担とする。
3 平成12年(ネ)第2401号事件
(1) 控訴の趣旨(第1審原告J及び同Lを除く第1審原告ら。第1審原告A,第1審原告株式会社暁星,第1審原告B,第1審原告H,第1審原告C及び第1審原告Gは,当審で予備的請求を追加した。)
ア 原判決を,次のとおり変更する。
イ 第1審被告神戸市民生活協同組合は,第1審原告Dに対し,1440万円,同Fに対し,760万円,同Gに対し,2877万9500円及び上記各金員に対する平成7年8月1日から支払済みまで年6分の割合による各金員を支払え。
ウ 第1審被告全国生活協同組合連合会は,第1審原告Eに対し,2565万円及びこれに対する平成7年8月1日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
エ 第1審被告ニッセイ同和損害保険株式会社は,第1審原告Hに対し,902万5000円及びこれに対する平成7年8月1日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
オ 第1審被告日動火災海上保険株式会社は,第1審原告Hに対し,950万円及びこれに対する平成7年8月1日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
カ 主位的(第1次予備的も同じ)
(ア) 第1審被告日本興亜損害保険株式会社は,第1審原告Aに対し,1500万円,第1審原告株式会社暁星に対し,3500万円,第1審原告Bに対し,1000万円及び上記各金員に対する平成7年8月1日から支払済みまで年6分の割合による各金員を支払え。
(イ) 第1審被告ニッセイ同和損害保険株式会社は,第1審原告Cに対し,1425万円及びこれに対する平成7年8月1日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
(ウ) 第1審被告日新火災海上保険株式会社は,第1審原告Gに対し,3705万円及びこれに対する平成7年8月1日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
キ 第2次予備的(第3次予備的も同じ)
(ア) 第1審被告日本興亜損害保険株式会社は,第1審原告Aに対し,1000万円,第1審原告株式会社暁星に対し,1000万円,第1審原告Bに対し,1000万円及び上記各金員に対する平成7年8月1日から支払済みまで年6分の割合による各金員を支払え。
(イ) 第1審被告ニッセイ同和損害保険株式会社は,第1審原告Cに対し,925万円及びこれに対する平成7年8月1日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
(ウ) 第1審被告日新火災海上保険株式会社は,第1審原告Gに対し,805万円及びこれに対する平成7年8月1日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
ク 訴訟費用は,第1,2審とも第1審被告三井住友海上火災保険株式会社を除く第1審被告らの負担とする。
ケ 仮執行宣言
(2) 控訴の趣旨に対する答弁(第1審被告三井住友海上火災保険株式会社を除く第1審被告ら)
ア 主文第3及び4項と同旨
イ 控訴費用は,第1審原告J及び同Lを除く第1審原告らの負担とする。
4 平成12年(ネ)第2402号事件
(1) 控訴の趣旨(第1審原告J。当審で予備的請求を追加した。)
ア 原判決を取り消す。
イ 主位的・第1次予備的・第2次予備的・第3次予備的
第1審被告三井住友海上火災保険株式会社は,第1審原告Jに対し,760万円及びこれに対する平成7年8月1日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
ウ 訴訟費用は,第1,2審とも第1審被告三井住友海上火災保険株式会社の負担とする。
エ 仮執行宣言
(2) 控訴の趣旨に対する答弁(第1審被告三井住友海上火災保険株式会社)
ア 主文第5及び6項と同旨
イ 控訴費用は,第1審原告Jの負担とする。
第2事案の概要
1 事案の概要は,次項以下に当審における各当事者の主張を掲げ,次のとおり訂正するほかは,原判決「事実」の「第二 当事者の主張」欄(原判決23頁初行から104頁初行まで)記載のとおりであるから,これを引用する(ただし,第1審原告A,同B,同C,同D,同E,同F,同暁星,同G,同H,同I〔J,以下「第1審原告J」という。〕,同K〔L,以下「第1審原告L」という。〕と第1審被告市民生協,同生協連,同日本火災〔日本興亜損害保険株式会社〕,同同和火災〔ニッセイ同和損害保険株式会社〕,同日動火災,同興亜火災〔日本興亜損害保険株式会社〕,同日新火災,同住友海上〔三井住友海上火災保険株式会社〕間の関係部分に限る。)。
原判決添付別表二五の「平成5年3月38日」を「平成5年3月28日」と訂正する。
2 当審における第1審原告A,同B,同C,同D,同E,同F,同暁星,同G,同H及び同J(以下「第1審原告ら」という。)の主張
(1) 地震免責条項の適用要件
地震免責条項は,契約の範囲を画する重要条項であって,説明がなくとも当然にこれに従うとの当事者の意思が推定されるような条項ではないところ,第1審原告らは,地震免責条項につき説明されたことはないから,地震免責条項は適用されない。
(2) 地震免責条項の制限的かつ厳格な解釈・適用の必要性
ア 地震免責条項は,もはや時代遅れの存在価値をほとんど失った規定であり,その存在は,保険会社に無用な利益をもたらすだけのものであるから,仮に,有効であるとしても,保険会社の存立を危うくするような地震火災が発生したような場合にのみ有効とするよう限定して解釈するべきである。
イ 地震と火元火災・延焼火災の因果関係の存在を認定する場合には,地震の揺れそのものに起因して火災・延焼が生じた場合に限るべきであり,それ以外のライフラインの影響といった人為的側面は,地震とは別個の問題であるから,これを加味して地震火災であると解釈・適用するべきではない。
ウ 割合的因果関係論・寄与度減責論の適用
割合的因果関係論とは,損害に対する要因がいくつか考えられる場合に,因果関係の事実認定において,そのうちのどれが原因かを判断できない場合に,因果関係を割合的に認定しようとする考え方であり,寄与度減責論とは,複数の原因が共同する場合に,各行為者の賠償額を決定するに当たり,規範的価値判断として,賠償額限定基準として個々の寄与度を考慮しようとする考え方であるところ,損害に対する複数の要因が考えられる場合には,損害賠償額や保険金額につき,オール・オア・ナッシングの考え方をすることは公平の見地から妥当ではなく,割合的因果関係論・寄与度減責論の適用により,寄与度に応じた金額を算定すべきである。
エ 本件火災の延焼拡大に寄与した諸事情の考慮
本件火災の延焼拡大は,地震の影響だけではなく,神戸市の消防力の不備など本件地震以外の人為的事情と競合して発生したものであることを考慮すれば,本件保険金・共済金の請求について,零か100かというオール・オア・ナッシングの解決は妥当ではなく,信義則ないし公平の見地から,延焼に寄与した諸事情の程度に応じて,保険金額の算定がなされるべきである。
(3) 地震保険に関する情報提供義務
ア 第1審被告らのうち損害保険会社各社(以下「第1審被告保険会社」という。)は,自ら作成した約款内容を熟知しているのに対し,消費者は膨大複雑な約款条項を理解することができない状況にあるから,保険取引は,情報提供義務が当然に基礎付けられる取引類型である。
そして,地震保険に関する情報は,消費者が地震災害にどのように対処するかを決定するについて不可欠の重要な情報であり,地震保険制度は,社会的公共性の高い制度であり,第1審被告保険会社が営む保険業は公共性があるから,第1審被告保険会社は,情報提供をすべき責務がある。
イ 地震保険意思確認欄制度は,第1審被告保険会社において保険契約者に契約時に必ず地震保険制度を説明し,これを付帯するか否かについての意思決定の機会を与えるための制度的保障である。
また,原則付帯方式は,第1審被告保険会社において保険契約者に契約時に必ず地震保険の説明を行い,契約者が地震保険を付帯しない旨の意思表示を行わない限り,地震保険が付帯されるという制度であり,損害保険会社に地震保険の説明を義務付けた制度である。
ウ 第1審被告保険会社は,第1審原告らの地震保険確認欄への押印に先立って,地震保険に関する次のとおりの情報提供義務がある。
(ア) 地震免責条項の存在及びその内容に関する情報提供,すなわち,火災保険約款中に地震免責条項が存在し,火災保険だけでは地震後の火災に対し保険金は支払われないこと。
(イ) 地震保険の存在及びその内容に関する情報提供,すなわち,上記地震による危険を填補するため,地震保険が存在し,地震保険を付帯しておれば,地震後の火災に対し保険金が支払われること。
(ウ) 地震保険の付帯方式に関する情報提供,すなわち,地震保険は火災保険に原則付帯されているが,付帯しないことが可能であり,付帯しない場合には契約申込書中の地震保険確認欄に押印する方法によること。
(エ) 地震保険を付帯しない場合には,その分だけ保険料が安くすむこと。
エ 当審における第1審原告らの新主張(第3次予備的請求)
第1審被告保険会社は,地震保険に関する情報提供義務を懈怠したまま,第1審原告らに地震保険確認欄への押印を勧めた場合には,第1審原告らに対し,自己決定権侵害による損害賠償責任(慰謝料)を負担する。
(4) 原則付帯方式の採用
第1審原告らが第1審被告保険会社との火災保険契約の成立を主張・立証することにより,原則付帯方式の帰結として火災保険契約に付帯して地震保険契約が成立したことになるから,第1審被告保険会社は,火災保険契約の成立にもかかわらず,地震保険契約の締結を否定するためには,地震保険不付帯の申出がなされたことを抗弁事由として主張・立証しなければならない。
(5) 地震保険確認欄の押印の評価
ア 地震保険確認欄に押印があることだけで,当然に地震保険不付帯の意思表示が有効に存在するものではない。第1審原告らは,地震保険の存在及び地震保険確認欄への押印の法的意味を理解していなかったから,この意思表示は不成立ないし錯誤無効である。地震保険確認欄に第1審原告らが所持する印鑑が押印されていても,民事訴訟法228条4項及びこれに関する2段の推定を判示した判例に従って,地震保険不付帯の意思表示がなされていると推定してはならない。
イ 第1審原告H(第1審被告日動火災関係),同A,同暁星及び同Bの地震保険確認欄の印影は,同人らの所持する印鑑によって顕出されたものではあるが,これは,上記第1審原告らが,火災保険契約締結のため,保険代理店に押印代行を委託したところ,保険代理店が,その機会を利用し,委託の趣旨に反して,無断で地震保険確認欄に押印した結果顕出されたものであって,私文書の成立の真正の推定はなく,上記第1審原告らは,地震保険不付帯の意思表示をしていない。
ウ 第1審原告H(第1審被告同和火災関係),同C,同Gは,自ら又はその委託を受けた者が地震保険確認欄に押印したものではあるが,これは,上記第1審原告らが,地震保険に関する情報提供を受けず,理解しないまま押印したものであって,意思の欠缺ないしは表示上の錯誤として,地震保険不付帯の法律効果を発生させない。
エ 第1審原告Jの地震保険確認欄の印影は,同人の所持する印鑑によって顕出されたものではない。第1審原告Jは,その意思に基づき地震保険確認欄に押印したことはなく,地震保険不付帯の意思表示は存在していない。第1審原告Jは,火災保険契約については,申込みの意思を有しており,火災保険契約に係る書類の記載については,保険代理店における代行署名を印鑑も含めて追認し,その法律効果を自らに帰属せしめる意思があったものである。しかし,地震保険不付帯の意思表示については,保険代理店が第1審原告Jに無断で行ったものであるから,追認を拒絶したものであり,したがって,火災保険契約は,地震保険が付帯された状態で成立している。
オ 地震保険不付帯の意思表示は,必ず地震保険確認欄への押印の方法によるから,上記押印以外の黙示の意思表示によって,地震保険が不付帯になることはあり得ないし,第1審原告らは,第1審被告保険会社から請求された金額の保険料を支払っていたにすぎないから,地震保険料の支払がないことをもって,地震保険不付帯の意思表示を推認することはできない。
(6) 地震保険契約の締結
ア 第1審原告らは,地震後の火災で契約目的物が損害を受けた場合,保険金が支払われるものと考えて火災保険契約を締結したから,地震保険付帯の火災保険契約締結の意思を有していたものであり,第1審被告らのうち損害保険会社に対し,黙示的に地震保険契約締結の申込みの意思表示をしたものである。
イ 地震保険は,家計火災保険契約に付帯して締結されるから,地震保険の保険目的物は,付帯される火災保険契約と共通であり,地震保険の保険料率は,保険の目的の区分(建物か家財か),建物の所在区域及びその構造により,あらかじめ決められているから,保険金額さえ確定すれば,自動的に保険料が計算される。
ウ そして,地震保険の保険金額は,契約者が,付帯される火災保険契約の約定保険金額の30パーセントないし50パーセントに相当する金額の範囲内で,かつ,保険目的物が居住用建物の場合には1000万円,生活用動産の場合には500万円を上限として決定される。
エ 以上のとおり,地震保険契約においては,その内容の未確定部分として保険金額が存在するが,これは契約意思ないしは任意規定により次のとおり,具体的に確定することができる。
(ア) 第1次的
第1審原告らが付帯し得る地震保険金額の上限,すなわち,火災保険契約の約定保険金額の50パーセント相当額が黙示的に選択されている。
(イ) 第2次的
地震保険契約の保険金額は付帯される火災保険契約の約定保険金額の30パーセントないし50パーセントの範囲とされているところ,民法401条1項の趣旨にかんがみ,これを類推し,その中等として付帯される火災保険契約の約定保険金額の40パーセント相当額が選択された。
(ウ) 第3次的
地震保険金額につき,最低限でも付帯される火災保険契約の約定保険金額の30パーセントが選択されている。
オ 第1審被告保険会社が,地震保険契約が存在する場合の反対主張として,付帯される火災保険契約の保険料及び付帯する地震保険契約の保険料を合算した保険料の領収前に生じた事故による損害に対しては,保険金は支払わない旨の約款(地震保険約款第2条3項)に基づく抗弁を主張することは許されない。すなわち,第1審被告保険会社は,地震保険の内容につき説明を怠り,地震保険料の額についても何の説明もしなかったのであるから,自ら説明を怠って,地震保険料の額の告知もせずに,地震保険料が支払われていないとして,地震保険金の支払拒絶を認めることは信義則上,許されないからである。
(7) 第1審原告D,同F,同G,同Eの建物,家財の損傷の程度について
ア 第1審原告Dの建物8につき,具体的な理由や証拠を明らかにしないまま,本件地震により本件火災の直前,その価値が7割程度になっていたとするのは不当である。
イ 第1審原告Fの建物13につき,その価値が4割程度になっていたとするのは不当であり,甲52号証によっても,上記建物が本件地震により6割も価値を損なっていたということはうかがえない。
ウ 第1審原告Gの建物24及び家財24につき,その価値がそれぞれ7割程度になっていたとするのは不当であり,甲48号証によっても,上記建物(新築後2年半しか経過していない鉄骨造4階建ての頑丈なもの)及び家財が本件地震により,それぞれ3割も価値を損なっていたということはうかがえない。
エ 第1審原告Eの建物11及び家財11につき,その価値がそれぞれ7割程度になっていたとするのは不当であり,甲49号証によっても,上記建物及び家財が本件地震により,それぞれ3割も価値を損なっていたということはうかがえない。
3 当審における第1審被告市民生協の主張
(1) 市民生協規約における地震免責条項(以下「市民生協免責条項」という。)の解釈・適用
ア 市民生協規約において使用される「火災」の解釈
市民生協規約2条の2第1号は,「火災」とは「人の意思に反し又は放火により発生し,人の意思に反して拡大する消火の必要のある燃焼現象であって,これを消火するために,消火設備又はこれと同程度の効果のあるものの利用を必要とする状態をいう」と定義しているところ,これによれば,上記火災は,火元火災に限らず延焼火災も含まれることが明らかである。そして,市民生協免責条項にいう「原因が直接であると間接であるとを問わず,地震によって生じた火災等による損害」の「火災」の定義は,上記「人の意思に反し又は放火により発生し,人の意思に反して拡大する消火の必要のある燃焼現象であって,これを消火するために,消火設備又はこれと同程度の効果のあるものの利用を必要とする状態」と同一の意義を有するものとして解釈すべきであるから,同免責条項の「火災」も火元火災だけでなく延焼火災も含まれていることになる。したがって,延焼火災であっても,地震を直接又は間接の原因としている限り,市民生協免責条項の適用を受けるというべきである。
イ 市民生協免責条項と保険会社ら免責条項の改正経過を対比し,市民生協免責条項が不明瞭であるとするのは不当である。市民生協免責条項と従前の損害保険会社の地震免責条項とは明らかに事案を異にするものであり,損害保険会社の地震免責条項の改正をもって市民生協免責条項か不備であるとするのは,前提を欠いた不当な理由である。
ウ 市民生協免責条項が定められた趣旨
(ア) 火災共済掛金は,火災保険料の半額程度であり,地震等を原因とする火災等による損害は,通常の火災と異なり,その発生頻度は極端に少なく,また,予測が困難であり,かつ,一旦発生すれば損害が極端に拡大し,膨大な損害が発生する可能性があるため,大数の法則に則ることができず,収支の均衡が崩れ,事業として成り立たないから,第1審被告市民生協の火災共済事業は,地震等を原因とする火災等による損害については,共済事業の対象から除外している。
(イ) 地震火災において損害拡大の最大要因は,地震の影響による延焼の拡大であるから,市民生協免責条項は,地震の影響による延焼の拡大によって,無限定な共済事故の拡大を防ぐことを目的とした規定である。
エ 本件地震の約2年前に発生した北海道南部地震後の火災において,火災保険金の支払をめぐり紛争が生じ,報道された結果,地震免責条項は広く知られるところとなったから,本件火災について,市民生協免責条項を適用しても,市民生協共済契約時における第1審原告らの通常の意思に反するものではない。
(2) 本件火災の出火原因
ア 本件火災の出火
本件火災は,平成7年1月17日,本件地震により全壊した神戸市a区bc丁目d番e号所在のT宅から出火したが,T宅において生き埋めになった家人を救い出すため,ローソクに点火したところ,一瞬に広がったというものであり,その燃え広がり方の状況から,地震により漏洩したガスあるいは漏れていたガソリンないし灯油に引火したものであって,まさに,地震を原因とする出火といえるものであるから,第1審原告らの損害は,本件地震を直接あるいは間接の原因とする火元火災が拡大していった火災による損害であり,第1審被告市民生協は,市民生協免責条項によりその共済金の支払が免責されるものである。
イ 本件火災の地震起因性の認定
(ア) 本件火災は,本件地震発生から約3時間後に発生しており,このような場合,本件火災は,地震による火災と事実上推定されるべきである。少なくとも,他に,地震以外を理由とする特段の事由がない限り,巨大地震の際に発生した火災は,経験則上,当該地震による火災と認めるべきである。
(イ) 本件火災については,特定の具体的な失火は全く考えられず,さらに,放火と認定することもできず,その他,特段の出火原因が考えられないから,本件火災は,出火場所,出火時刻等を考慮しても,本件地震を原因とする火災であると認定されるべきである。
(ウ) 火災調査報告書は,出火原因を不明と処理しているが,これは,火災の発生原因を明確に特定できるだけの資料がなかったとして,火災原因を明確に特定していないだけであり,上記T宅の出火が本件地震の影響によるものであることまで否定しているものではない。
(3) 本件火災の出火前の共済目的物の滅失
火災共済契約に基づく共済金の請求をする者は,共済事故発生の直前の時点で共済目的物が価値のあるものであったことを主張立証しなければならないところ,本件地震における木造家屋の倒壊率は,30パーセント以上であるから,共済目的物である建物及び家財は価値あるものとして存在したとは認定できない。
4 当審における第1審被告生協連の主張
(1) 生協連規約における地震免責条項(以下「生協連免責条項」という。)の解釈・適用
ア 生協連免責条項(生協連規約2条)では,「原因が直接であると間接であるとを問わず,地震によって生じた火災等による損害」については共済金を支払わないと定めているところ,延焼の原因が地震に起因する延焼火災は,火元火災の原因を問うことなく,免責対象となる。
イ 「地震によって発生した火災」による損害を第1類型,「地震によって発生した火災が延焼又は拡大」して生じた損害を第2類型,「発生原因の如何を問わず,火災が地震によって延焼又は拡大」して生じた損害を第3類型と分類する場合,上記第3類型は,延焼火災それ自体に消火活動阻害要因などが存在することにより,その延焼火災を地震による火災であるとして免責対象とするもので,火元火災の原因と地震とは関係ないものとして分類されているものであり,生協連免責条項は第3類型も含むものである。
ウ 生協ら免責条項の対象となる火災は,地震によって生じた火元火災及び右火元火災の地震による延焼火災に限られ,発生原因不明の火災が地震によって延焼した場合を含まないと解することは,第3類型を免責対象から除くだけではなく,第1類型及び第2類型とも異なるのであって,上記解釈は不当である。
エ そして,第1審原告Eの建物の延焼火災は,他の第1審原告らの建物の位置及びその延焼状況からして,本件地震との間に相当因果関係を認めることができ,生協連免責条項に該当する。
(2) 生協連免責条項に該当する事実の立証責任
ア 火元火災が地震によるものであることを厳密に立証することは,不可能を強いるものである。本件地震発生後10日間に神戸市内で生じた火災は175件であるが,そのうち107件は火災原因が判明せず,本件地震当日に発生した109件の火災のうち73件は火災原因が判明しなかった。このように,都市型大地震に際して発生する火災の出火原因の特定は地震と直接であれ間接であれ,結局人証に頼らざるを得ず,しかも,大半はその原因を特定できず,特定できてもその程度は大雑把で具体的に不可能である。
イ 証明責任の存否,その程度は,具体的事案において,公平の原則の範囲内で解釈適用されるべきでものあるところ,仮に免責の立証責任が第1審被告生協連にあるとしても,その立証の程度は,公平の原則に基づき,通常の立証の程度ではなく,火災の火元が地震による火災によるとの蓋然性,すなわち,地震がなかったならばその火災は発生しなかったであろうとの主張・立証がなされれば足りると解すべきである。
ウ そして,火災原因の特定は,第1審被告生協連よりも,出火元建物近くにいた証人(契約者)の証言に頼らざるを得ないところ,第1審被告生協連よりも契約者の方が,延焼火災の火元の特定,証明がはるかに容易であるから,第1審被告生協連に立証責任を配分することは,公平の原則に反する。
5 当審における第1審被告保険会社の主張
(1) 地震免責条項の合理性
一般の火災保険の保険事故は,一般の火災損害であり,明治時代から今日に至るまで,地震による火災損害は,一般の火災保険の保険事故には含まれていない。
地震による火災損害が保険事故の対象にならなかった理由は,損害保険制度は,大数の法則に基づいているところ,①地震損害の巨大性,②発生,被害予測の困難性,③逆選択の危険性から,地震による火災損害は大数の法則に合わないからである。
(2) 割合的因果関係論・寄与度減責論の不当性
ア 保険契約において免責危険を設定するのは,保険者の負担する危険の原因又は結果を制限する趣旨であるから,当然免責危険の方が担保危険に優先することになる。
したがって,複数の不可欠条件が適当条件として損害の原因となる場合,一方が担保危険で,他方が免責危険であるときは,損害の原因をいずれか1つに絞るに当たって,前記の免責危険優先の原則によって免責危険である地震が優先するから,結局は全損害について保険者は免責されることになる。これは,相当因果関係説に基づく結論であり,しかも保険取引の通念に合致した結論である。
イ 民法などの一般法域において,相当因果関係説をとった場合,複数の不可欠条件が適当条件となることがある。その場合には,免責危険優先の原則はないのであるから,民法の共同不法行為の規定により,各原因発生に責任ある者がそれぞれすべての損害賠償の責を負う場合もあれば,割合的認定をする場合もある。
しかし,第1審原告らの寄与度に応じた保険金額の算定の主張は,上記不法行為に基づく損害賠償の一般論に基づくものであり,損害保険の保険事故を規定する免責条項の解釈には当てはまらない。
ウ 判例・実務において,地震免責約款は一律に免責として取り扱われてきたものであり,これを割合的に免責とした前例はなく,また,割合的に免責とする考え方を示した学説判例も存在せず,法律にも保険約款にも損害を両危険の割り当てる根拠はない。
(3) 情報提供義務
ア 一般の火災保険契約は,膨大な数にのぼる契約者を平等に扱わなければ保険制度として機能しない。そのため,契約者の個性に従い,個別に決定するもの(保険の目的,保険金額とそれに対応する保険料など)は,保険の申込書に記載し,保険契約者に共通するルールは,約款として定め,契約申込書(契約書)には,その契約の内容となるべき約款を特定して記載するにとどめている。このように,保険申込書によって契約が成立すれば,その契約は申込書に記載されているもの以外は,特定の約款を内容とする契約が締結されたということになる。
イ 約款
(ア) 判例は,「当事者双方が特に普通保険約款によらない旨の意思を表示せずして契約したるときは,反証なき限り,その約款による意思をもって契約したものと推定する」旨判断することで一致している。
(イ) 保険申込書に,特定の約款によると明記してあれば,その約款による意思を持って契約したと推定される。保険契約を締結しようとする者は,保険の約款があると考えるのが普通である。
(ウ) 一般の火災保険は,100年以上の歴史を有し,かつ,一般人に極めてなじみの深いものであるから,約款の開示は十分であり,また,約款の内容は合理的である。
(エ) 一般の火災保険が,地震危険を担保しないことも,また,公知というべきことである。
(オ) 火災保険約款は,料率とともに大蔵大臣の認可を受けており,行政機関により合理性の審査を受けているだけでなく,地震危険不担保という内容も含め,何度となく司法審査も受けており,合理的な内容のものである。
ウ 説明義務
(ア) 説明義務があるとされた事案は,リスクの大きな金融投資事案であること,これら投資に関する契約は比較的最近日本社会に導入されたもので人々はそれに関する知識を十分に持っていないということから,認められてきたものであり,これら金融投資事案と火災保険契約とでは前提が異なる。
(イ) 募取法は,保険者に対し,積極的に虚偽のことを告げて被保険者を錯誤に陥れることを禁じるのみならず,被保険者が錯誤に陥っている状況を利用してはならず,積極的に錯誤を正すことを求めているにすぎない。
(4) 原則付帯方式
ア 地震保険
(ア) 地震保険は,一般の火災保険と同時にしか加入できないが,一般の火災保険とは別個の保険であるから,一般の火災保険とは別個の保険料の支払いが必要である。
(イ) 地震保険は,割高であるので,保険制度が成立しないと考えられたため,当初,一定の火災保険に自動的に付帯するものとされたが,その後,契約者の意思に基づくものとされたものであり,現在は自動付帯ではない。
イ 地震保険契約の内容と成立要件
(ア) 地震保険契約の締結にあたっては,火災保険についての保険者と保険契約者との意思の合致とは別に,地震保険契約についての保険者と保険契約者との意思の合致が必要である。
(イ) 特定の損害保険に加入すれば当然に地震保険が成立するという控訴人らの主張はその法的根拠を欠く。契約者が「火災保険」加入の意思しか表示していないのに,「地震保険」が成立するというようなことはあり得ない。第1審原告らは,地震保険契約の申込みの意思表示をしていない。
(ウ) 損害保険契約は,保険金額と保険料とを確定しないまま,成立しないし,保険契約が成立しても,保険料の支払があるまでは保険金は支払われない。
ウ 事業方法書
(ア) 第1審被告保険会社は,事業方法書において地震保険契約の締結方法を定めている。昭和55年における地震保険制度改定後の規定をみると,おおむね「当会社は,地震保険の元受保険を法第2条第2項第3号の規定に従い,普通火災保険(住宅火災保険を含む。以下同じ。),住宅総合保険,店舗総合保険,長期総合保険または団地保険に附帯して引き受ける。ただし,保険契約者からこの契約を付帯しない旨の申出があった場合はこの限りではない。」とする例が多い。
(イ) 上記規定の趣旨は,前記特定の火災保険契約を締結する時にそれに付け加える形で地震保険契約を引き受けることを明示し,強制加入の制度は採用しないことを規定するものにすぎない。第1審原告ら主張のような,対契約者との関係において,特定の火災保険に加入すれば当然に地震保険に加入したものとなるという内容を具体的に定めたものではない。
エ 地震保険確認欄
(ア) 第1審被告保険会社は,地震保険についての認識を深めるとともに,地震保険加入者の増大を期待する政策的手段として,地震保険確認欄のある申込書式を用意した。
(イ) 火災保険と地震保険が同一の申込書面上に記載されているとしても,地震保険の契約締結方法は,任意付帯であるから,地震保険の加入には独立の意思表示が必要である。
第3証拠関係
証拠関係は,原審及び当審の各記録中の証拠関係目録記載のとおりであるから,これを引用する。
第4当裁判所の判断
当裁判所の判断は,次のとおり付加等するほかは,原判決「理由」欄(原判決104頁6行目から238頁末行まで)記載のとおりであるから,これを引用する(ただし,第1審原告A,同B,同C,同D,同E,同F,同暁星,同G,同H,同J,同Lと第1審被告市民生協,同生協連,同日本火災〔日本興亜損害保険株式会社〕,同同和火災〔ニッセイ同和損害保険株式会社〕,同日動火災,同興亜火災〔日本興亜損害保険株式会社〕,同日新火災,同住友海上〔三井住友海上火災保険株式会社〕間の関係部分に限る。)。
1 130頁4行目の次に改行して,次のとおり付加する。
「 この点につき,第1審被告市民生協は,上記第2,3,(3)のとおり主張するが,これは,本件地震における木造家屋の倒壊率が30パーセント以上であることから,本件各目的物である建物及び家財は価値あるものとして存在しなかったであろうという一般論を主張するものにすぎず,前記証拠(原判決115頁9行目から116頁初行まで)及び弁論の全趣旨によれば,前記(原判決116頁3行目から129頁11行目まで)のとおり,本件各目的物は本件地震後も価値あるものとして残存していたものと推認することができるから,第1審被告市民生協の上記主張は理由がない。」
2 157頁5行目の次に改行して,次のとおり付加する。
「 この点につき,第1審原告らは,上記第2,2,(1)のとおり主張し,第1審被告保険会社は,上記第2,5,(3),ア及びイのとおり主張するところ,大量に同種の契約の締結があることを前提に,個別の契約に当然適用されることを想定して作成される保険約款の性質からすれば,保険約款が付された火災保険契約を締結するに際し,当事者双方が特に当該約款によらない旨の意思を表示しないで契約を締結したときは,反証のない限り,その約款による意思をもって契約を締結したものと推定されるといわなければならず,本件各保険契約の各本件保険約款には保険会社ら免責条項が記載されているから,第1審原告らは,上記免責条項の適用を受けるといわざるを得ない。このことは,上記免責条項が重要条項であり,第1審原告らが,第1審被告保険会社から,上記免責条項につき説明されたことがないとしても,変わりはないから,第1審原告らの上記主張は理由がない。」
3 165頁末行の「地震による」を削除する。
4 169頁8行目の次に改行して,次のとおり付加する。
「 この点につき,第1審被告市民生協は,上記第2,3,(1),アないしエのとおり主張するが,要するに,市民生協免責条項が,延焼火災のうち,第3類型,すなわち,原因のいかんを問わず発生した火災が地震によって延焼又は拡大して生じた損害を免責対象としているかどうかの解釈に帰着する問題であるところ,市民生協規約において,延焼火災を火元火災と一体として「火災」に含まれると定義する趣旨は,「火災」の概念を,火元火災を出発点とし,延焼火災に至る一連の燃焼現象としてとらえるところにあるから,市民生協免責条項にいう「原因が直接であると間接であるとを問わず,地震によって生じた火災等による損害」の「地震によって生じた」との文言がかかる対象も,一連の燃焼現象であるということができる。これによれば,「地震によって生じた」との文言は,出発点となる火元火災についてだけかかり,燃焼現象から延焼火災だけを分離して,「地震によって生じた」との文言は直接延焼火災にはかからないと解釈する余地があるといわなければならない。その意味で,市民生協規約の「火災」の定義において,延焼火災も含まれることと,市民生協免責条項にいう「地震によって生じた」との文言が,延焼火災にはかからないと解することとは,必ずしも矛盾するものではない。そして,上記のような解釈の余地がある以上,そのような契約条項の解釈にあたっては,組合員に不利な類推ないし拡大解釈はできず,また,第1審被告市民生協は,市民生協免責条項の問題性を認識し,第3類型を免責対象としようとするならば,二義を許さない形で市民生協規約を設定・変更することができたのであるから,第1審被告市民生協の上記主張はいずれも理由がない。」
5 172頁初行の次に改行して,次のとおり付加する。
「 この点につき,第1審被告生協連は,上記第2,4,(1),アないしエのとおり主張するが,要するに,生協連免責条項が,延焼火災のうち,第3類型,すなわち,原因のいかんを問わず発生した火災が地震によって延焼又は拡大して生じた損害を免責対象としているかどうかの解釈に帰着する問題であるところ,生協連規約においても,市民生協規約と同様に,上記4で述べたとおり,生協連免責条項にいう「原因が直接であると間接であるとを問わず,地震によって生じた火災等による損害」の「地震によって生じた」との文言がかかる対象は,出発点となる火元火災についてだけであり,一連の燃焼現象から延焼火災だけを分離して,「地震によって生じた」との文言は直接延焼火災にはかからないと解釈する余地があるというべきである。そして,上記のような解釈の余地がある以上,そのような契約条項の解釈にあたっては,組合員に不利な類推ないし拡大解釈はできず,また,第1審被告生協連は,生協連免責条項の問題性を認識し,第3類型を免責対象としようとするならば,二義を許さない形で生協連規約を設定・変更することができたのであるから,第1審被告生協連の上記主張は理由がない。」
6 184頁8行目の次に改行して,次のとおり付加する。
「 この点につき,第1審被告生協連は,上記第2,4,(2),アないしウのとおり主張するが,都市型大地震に際して発生する火災において,出火原因の証拠となるべき資料の多くが失われることは,双方の当事者にとって同様であり,地震後の混乱の収拾をも合わせ考えると,第1審被告生協連よりも,出火元建物近くにいた契約者の方が,火災原因の特定・立証について,はるかに容易であるということはできず,その結果,どちらの当事者も証拠を提出することが困難になるところ,もともとこのような性格を有する火災について立証責任を定めることのできる生協連規約が存在し,第1審被告生協連は,二義ない形で明確に規定することができたのであるから,本件地震後に,第1審被告生協連の立証の程度を緩和することは相当でない。したがって,第1審被告生協連の上記主張は理由がない。」
7 186頁2行目の次に改行して,次のとおり付加する。
「 この点につき,第1審被告市民生協は,上記第2,3,(2),ア及びイのとおり主張するが,前記(原判決185頁3行目から186頁2行目まで)のとおり,本件火災の出火原因が地震による漏洩ガスやガソリンないし灯油に引火したことによるものと認めることは困難であり,本件火災が,本件地震発生から約3時間後に発生していることから,直ちに,本件地震による火災であると事実上推定することはできないし,また,本件火災について,特定の具体的な失火が考えられず,さらに,放火と認定することもできず,その他,特段の出火原因が考えられないとしても,都市型大地震に際して発生する火災において,出火原因の証拠となるべき資料の多くが失われ,その結果,どちらの当事者も証拠を提出することが困難になるところ,第1審被告市民生協は,市民生協規約により立証責任を定めることができたのであるから,第1審被告市民生協の立証を緩和するのは相当でなく,本件火災が本件地震を原因とする火災であると認定することはできない。したがって,第1審被告市民生協の上記主張は理由がない。」
8 204頁2行目の次に改行して,次のとおり付加する。
「 この点につき,第1審原告らは,上記第2,2,(2),アのとおり主張し,第1審被告保険会社は,上記第2,5,(1)のとおり主張するところ,前記(原判決130頁11行目から132頁2行目まで)のとおり,地震免責条項が,存在理由もなく保険者を利するだけであり,著しく正義に反するものとまでいうことはできず,有効である以上,保険会社の存立を危うくするような地震火災が発生したような場合にのみ有効とするよう限定して解釈することも根拠を欠くから,第1審原告らの上記主張は理由がない。
また,第1審原告らは,上記第2,2,(2),イのとおり主張し,第1審被告保険会社は,上記第2,5,(2),アのとおり主張するところ,保険会社ら免責条項にいう「発生原因のいかんを問わず火災が地震によって延焼または拡大して生じた損害」というのは,社会通念上,火災の延焼または拡大が地震と相当因果関係にある場合を意味すると解されるところ,免責条項の趣旨は,地震の際における社会的混乱や同時火災多発による消防力の不足低下,交通事情の悪化等の事情をも考慮したものであると考えられることからすれば,第1審原告らの主張するように,上記「地震によって」を地震の揺れそのものに起因して火災・延焼が生じた場合に限定したりする理由はなく,ライフラインの影響といった人為的側面も,それが地震に起因する限り,地震とは別個の問題であると解することはできない。本件火災の本件各目的物への延焼は,前記(原判決186頁末行から199頁8行目まで)のとおり,本件地震との間に相当因果関係が認められるから,第1審原告らの上記主張は理由がない。
更に,第1審原告らは,上記第2,2,(2),ウ,エのとおり主張し,第1審被告保険会社は,上記第2,5,(2),イ及びウのとおり主張するところ,保険会社ら免責条項の第3類型が地震によって延焼又は拡大して生じた損害を免責対象とする表現からすると,免責されるのは,火災による全損害ではなく,地震により延焼又は拡大した部分に限られることは明らかであるが,前記(原判決186頁末行から199頁8行目まで)のとおり,本件火災の本件各目的物への延焼は,平常時であれば防止できた高度の蓋然性があり,本件地震との間に相当因果関係が認められるところ,本件各目的物が本件地震による影響がなくても損害を負ったということはできず,本件各目的物の損害はすべて本件地震によって延焼又は拡大したことによるものと認められるから,本件において,第1審原告らのいう割合的因果関係論・寄与度減責論を適用する余地はないといわなければならない。したがって,第1審原告らの上記主張は理由がない。」
9 207頁初行の次に改行して,次のとおり付加する。
「 この点につき,第1審原告らは,上記第2,2,(7),アのとおり主張し,甲53号証(陳述書)には,第1審原告Dの建物8につき,本件地震により被害はなかった旨の記載があるが,これは,本件地震当日に自ら確認したもので,精密な点検によるものではなく,外観上明らかに損傷したと認められる部分が確認できなかったものにすぎないこと,本件地震の規模が甚大であったこと(乙G3),出火元建物(木造建物)は本件地震により倒壊し,家人が生き埋めとなっていたことに照らせば,たとえ,外観上明らかに損傷したと認められる部分が確認できなかったとしても,建物の基礎や外部から確認できない部分に被害が生じていると推認することには格別の不合理はないというべきである。外観上明らかに損傷したと認められる部分が確認できなかったからといって,本件地震の前後を通じ罹災建物の経済的評価に全く影響がないと解する方が不合理である。そして,この点については,一方では,第1審被告市民生協が,上記第2,3,(3)のとおり,本件地震における木造家屋の倒壊率は,30パーセント以上であるから,罹災建物は価値あるものとして存在したとは認定できない旨主張するところであって,結局,本件地震後,本件火災までの罹災建物の経済的評価については,当該建物が焼失してしまっている以上,民事訴訟法248条を準用し,裁判所が合理的な判断に基づき認定しなければならないと解されるところであり,弁論の全趣旨及び証拠調べの結果に基づくと,建物8の本件火災当時の価値が本件地震により地震前の7割程度になっていたと認めるのが相当であるから,第1審原告らの上記主張は理由がない。」
10 209頁初行の次に改行して,次のとおり付加する。
「 この点につき,第1審原告らは,上記第2,2,(7),イのとおり主張し,甲52号証(陳述書)には,第1審原告Fの建物13につき,本件地震により南側に10度傾き,窓やコップ類が割れたものの,屋根は全く異常がなかった旨の記載があるが,これは,本件地震当日に自ら確認したもので,精密な点検によるものではないこと,南側に10度傾いたこと,本件地震の規模が甚大であったこと,出火元建物(木造建物)は本件地震により倒壊し,家人が生き埋めとなっていたことに照らせば,建物の基礎や外部から確認できない部分にも被害が生じていると推認することには格別の不合理はないというべきである。南側に10度傾いたことが認められるのに,本件地震の前後を通じ建物13の経済的評価に全く影響がないと解する方が不合理である。上記9で述べたところと同様の考え方により,弁論の全趣旨及び証拠調べの結果に基づくと,建物13の本件火災当時の価値が本件地震により地震前の4割程度になっていたと認めるのが相当であるから,第1審原告らの上記主張は理由がない。」
11 211頁初行の次に改行して,次のとおり付加する。
「 この点につき,第1審原告らは,上記第2,2,(7),ウのとおり主張し,甲48号証(陳述書)には,第1審原告Gの建物24及び家財24につき,食器入れの扉が開いて食器が飛び出して壊れたものの,建物は新築後2年半しか経過しておらず,鉄骨造4階建ての建築基準法上の耐震基準を満たした頑丈なものであり,建物及び家財は本件地震により被害はなかった旨の記載があるが,これは,本件地震当日に自ら確認したもので,精密な点検によるものではなく,外観上明らかに損傷したと認められる部分が確認できなかったものにすぎないこと,食器入れの扉が開いて食器が飛び出していたこと,本件地震の規模が甚大であったこと,出火元建物(木造建物)は本件地震により倒壊し,家人が生き埋めとなっていたことに照らせば,たとえ,外観上明らかに損傷したと認められる部分が確認できなかったとしても,建物の基礎や外部から確認できない部分に被害が生じていると推認することには格別の不合理はないというべきである。外観上明らかに損傷したと認められる部分が確認できなかったからといって,本件地震の前後を通じ罹災建物及び家財の経済的評価に全く影響がないと解する方が不合理である。上記9で述べたところと同様の考え方により,弁論の全趣旨及び証拠調べの結果に基づくと,建物24及び家財24の本件火災当時の価値が本件地震により地震前の7割程度になっていたと認めるのが相当であるから,第1審原告らの上記主張は理由がない。」
12 214頁末行の次に改行して,次のとおり付加する。
「 この点につき,第1審原告らは,上記第2,2,(7),エのとおり主張し,甲49号証(陳述書)には,第1審原告Eの建物11につき,建物は本件地震により倒壊しなかった旨の記載があるが,これは,本件地震当日に家人が確認したもので,精密な点検によるものではなく,外観上明らかに損傷したと認められる部分が確認できなかったものにすぎないこと,本件地震の規模が甚大であったこと,出火元建物(木造建物)は本件地震により倒壊し,家人が生き埋めとなっていたことに照らせば,たとえ,外観上明らかに損傷したと認められる部分が確認できなかったとしても,建物の基礎や外部から確認できない部分に被害が生じていると推認することには格別の不合理はないというべきである。外観上明らかに損傷したと認められる部分が確認できなかったからといって,本件地震の前後を通じ罹災建物及び家財の経済的評価に全く影響がないと解する方が不合理である。上記9で述べたところと同様の考え方により,弁論の全趣旨及び証拠調べの結果に基づくと,建物11及び家財11の本件火災当時の価値が本件地震により地震前の7割程度になっていたと認めるのが相当であるから,第1審原告らの上記主張は理由がない。」
13 219頁4行目の次に改行して,次のとおり付加する。
「 この点につき,第1審被告保険会社は,上記第2,5,(4),アないしエのとおり主張し,第1審原告らは,上記第2,2,(4)のとおり主張するところ,地震保険契約は,火災保険契約に付帯して契約を締結することを必要とするものではあるが,火災保険契約とは別個の契約であることは明らかである。しかし,地震保険契約の申込書は,火災保険契約申込書と同一の用紙であり,地震保険確認欄には,あらかじめ「地震保険は申し込みません」旨印刷されており,地震保険契約を申し込まない者は,ここに押印することになっていることに照らせば,原則付帯方式が採用されているというべきであるから,第1審被告保険会社の上記主張は理由がない。」
14 223頁8行目の次に改行して,次のとおり付加する。
「 第1審原告Hが保険期間を平成6年4月3日から平成7年4月3日として平成6年4月2日に申込みをした「保険契約継続申込書」(乙E7)には,「地震保険は申し込みません」と記載された「地震保険ご確認欄」に同原告の印影が押捺されている上,地震保険の「保険金額」,「保険料」欄は,いずれも空欄となっている。」
15 229頁5行目の次に改行して,次のとおり付加する。
「 第1審原告Hが保険期間を昭和63年3月25日から昭和83年3月25日として昭和63年3月25日に申込みをした「火災保険契約申込書」(乙C4)には,「地震保険は申し込みません」と記載された「地震保険ご確認欄」に同原告の印影が押捺されている上,地震保険の「保険金額」,「保険料」欄は,いずれも空欄となっている。」
16 230頁11行目の次に改行して,次のとおり付加する。
「 第1審原告Jが保険期間を平成5年3月28日から平成8年3月28日として平成5年3月24日に申込みをした「火災保険契約更改申込書」(乙J3)には,「地震保険は申し込みません」と記載された「地震保険ご確認欄」に同原告の印影が押捺されている上,地震保険の「保険金額」,「保険料」欄は,いずれも空欄となっている。」
17 233頁8行目の次に改行して,次のとおり付加する。
「 この点につき,第1審原告らは,上記第2,2,(5)及び(6)のとおり主張し,第1審被告保険会社は,上記第2,5,(4),イ,(ウ)のとおり主張する。第1審原告らは火災保険契約の申込みは有効であることを前提としているのであるから,上記火災保険契約の申込みに使用された印影は,第1審原告らの真正な印影であるというべきであり,第1審原告らの地震保険確認欄の印影は,上記火災保険契約の申込みに使用された印影と同一であること(乙K1ないし3〔A,暁星〕,乙A1〔B〕,乙C1〔C〕,乙L2〔G〕,乙E7〔H〕,乙C4〔H〕,乙J3〔J〕)に照らせば,上記地震保険確認欄の印影は,第1審原告らの真正な印影であるということができるところ,上記地震保険確認欄には「地震保険は申し込みません」と記載されているから,第1審原告らは地震保険不付帯の意思表示をしたものと推定でき,この推定を覆すに足りる特段の反証はない。そして,上記地震保険確認欄には「地震保険は申し込みません」と記載されていること,地震保険の「保険金額」,「保険料」欄はいずれも空欄であることにかんがみると,地震保険契約が成立していないことが容易に理解できるから,第1審原告らの上記主張は理由がない。
また,第1審原告らは,上記第2,2,(3)のとおり主張し,第1審被告保険会社は,上記第2,5,(3),ウのとおり主張する。契約を締結するか否かは,当事者の自己責任に属することではあるが,契約の当事者又は当事者となろうとする者は,信義誠実の原則に従って行為すべき義務を負担し,その結果として,相互に相手方の人格及び財貨を害しないように適切な考慮を払うべき義務(保護義務)を負っているところ,このような義務を根拠として,契約当事者等は,説明義務ないし情報提供義務を負っていると解すべきである。そうすると,説明義務違反ないし情報提供義務違反による損害賠償責任があるというためには,それを怠ったことにより,相手方の自己決定権を侵害し,そのため,相手方の人格又は財貨が具体的危険にさらされることを要すると解すべきであって,単に説明義務ないし情報提供義務に違反したというだけでは足りないことになる。すなわち,ワラントや変額保険を例にとれば,それらは,一般消費者にはなじみのない商品であり,上記取引への参加は財貨喪失の具体的危険を伴うものであるから,上記取引の勧誘に当たって,そのような説明を怠り,取引に参加させたことが相手方の自己決定権を侵害し,説明義務違反と評価されることになるのである。したがって,第1審原告らが地震保険に加入しなかったことについて,第1審被告保険会社において地震保険に関する説明義務違反ないし情報提供義務違反があり,第1審原告らの自己決定権が侵害され,そのことが損害賠償責任に直結するためには,①地震保険が一般に知られておらず,②第1審被告保険会社がその説明を怠り,③そのことにより,第1審原告らが地震保険に加入せず,④そのため,第1審原告らの人格又は財貨が具体的危険にさらされたことを要するといわなければならない。そこで,本件につき,上記要件を検討すると,まず,①については,地震保険確認欄を創設し,原則付帯方式を採用した趣旨は,それ以前は火災保険に加入していれば地震火災による損害にも保険金が支払われると誤解されることがかなりあったことから,この誤解を防止するために設けられたものであると認められ,これによれば,少なくとも上記方式を採用した以前は地震保険は一般に知られていなかったものと認められるが,その後は,火災保険契約申込書等に地震保険確認欄があることからすれば,火災保険の申込者にとって,同書類の記載から地震保険の存在は容易に認識し得るものというべきである。次に,②については,第1審原告らが,「地震保険は申し込みません」と記載されている上記地震保険確認欄に,火災保険契約の申込みに使用した印影と同一の印影を押印していることにかんがみると,第1審被告保険会社が第1審原告らに対し地震保険の説明を全くしなかったということは,一般的に推認し難く,むしろ,第1審被告保険会社が第1審原告らに対し地震保険の説明をしたと推認する方が相当である。また,③については,弁論の全趣旨によれば,地震保険の保険料は高いこと,地震保険は支払われる保険金に上限があることが認められるところ,これらに本件地震のような巨大地震が起こることは滅多にあることではないと思うのが通常人の認識であると考えられることを合わせ考慮すると,第1審原告らが地震保険に関して十分な説明を受けていたとしても,その各々が,地震保険に加入していたであろう,という蓋然性が高いとは認められない。第1審原告らの陳述書には,地震保険に関する説明を受けていれば地震保険を締結していたはずである旨の記載があるが,いずれも採用することはできない。そうすると,その余の点を判断するまでもなく,第1審原告らが地震保険に加入しなかったことについて,第1審被告保険会社において損害賠償責任に直結するような意味での地震保険に関する説明義務違反ないし情報提供義務違反があり,第1審原告らの自己決定権が侵害されたということはできないから,第1審原告らの上記主張は理由がない。」
第5結論
よって,第1審原告ら及び第1審被告らの各控訴はいずれも理由がないから,これらを棄却することとし,第1審原告らの当審における予備的請求はいずれも理由がないから,これらをいずれも棄却することとして,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 見満正治 裁判官 辻本利雄 裁判官 一谷好文)