大阪高等裁判所 平成12年(ネ)2489号 判決 2001年10月18日
主文
1 原判決中被控訴人の反訴請求を認容した部分(主文第1項)を取り消し,取消に係る部分の反訴請求を棄却する。
2 控訴人のその余の控訴を棄却する。
3 控訴人の当審における予備的請求に基づき,被控訴人は,控訴人に対し,200万円及びこれに対する平成13年8月29日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4 控訴人のその余の予備的請求を棄却する。
5 訴訟費用は,第1,2審の本訴,反訴を通じて2分し,その1を控訴人の,その余を被控訴人の負担とする。
6 この判決の第3項は仮に執行することができる。
事実及び理由
第1当事者の求める裁判
1 控訴人
(1) 原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。
(2) (主位的請求)
被控訴人は,控訴人に対し,1521万4302円及び内金1000万円に対する平成10年10月1日から,内金521万4302円に対する平成11年6月20日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(当審における予備的請求)
被控訴人は,控訴人に対し,200万円及びこれに対する平成8年5月16日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(3) 被控訴人の反訴請求を棄却する。
(4) 訴訟費用は第1,2審とも被控訴人の負担とする。
(5) (2)について仮執行の宣言。
2 被控訴人
本件控訴及び予備的請求を棄却する。
第2事案の概要
1 事案の概要は,次のとおり付け加えるほかは,原判決「事実及び理由」中の「第二 事案の概要」に記載のとおりであるから,これを引用する(ただし,引用中の「競争馬」をいずれも「競走馬」に改める。)。
2 原判決書の補正
(1) 原判決書4頁8行目の「ヤルフリアル」を「ヤマフリアル」に改める。
(2) 同頁9行目の「原告は、」を削り,同行目の「本件競争馬を」を「本件競走馬は」に,同頁10行目の「入厩させ」を「入厩し」に,同頁11行目の「登録する手続をした」を「登録された」にそれぞれ改める。
(3) 同5頁4~5行目の「ゲート審査に合格できず」を削り,同頁5行目の「日本中央競馬会は」を「日本中央競馬会から」に,同頁6行目の「抹消する手続をした」を「抹消された」にそれぞれ改める。
(4) 同6頁3行目の「売却したものであり、」から同頁6行目の「ものであった。」までを「売却した。しかし,本件競走馬は,その性格上ゲートインができず,競走馬としての資質を欠いていた。」に改める。
(5) 同頁7行目の「意志表示」を「意思表示」に,同頁10行目の「本訴送達」を「本件訴状送達」にそれぞれ改める。
(6) 同7頁3行目の「ず、本件売買契約」から同頁6行目の「できなかったもので、」までを「ない。しかし,本件競走馬は,その性格上ゲートインができなかったもので,本件売買契約当時,競走馬としての資質を欠いていた。」に改める。
(7) 同7頁9行目の「原告は、」の次に「平成8年5月15日ころ,被控訴人に対し,」を加え,同頁10行目の「意志表示」を「意思表示」に改める。
(8) 同8頁4行目の「次の費用の」を「次の費用を」に改め,同9頁5行目の次に改行して「控訴人は,平成11年6月11日の原審口頭弁論期日において,被控訴人に対し,控訴人が支払った費用等を支払うよう請求した。」を,同頁9行目の「これに対する」の次に「請求した日の後である」をそれぞれ加える。
(9) 同12頁1行目の「預りこれを」の次に「それ以降控訴人のために」を加える。
(10) 同15頁6行目の次に改行して,「本件競走馬の繁殖用牝馬としての価格は200万円程度であったから,廃馬とするか,その価格で被控訴人が買い取るべきであって,本件競走馬の価格をはるかに超える飼育料を要する管理は,控訴人にとって利益にならないし,控訴人の意思に反するものである。被控訴人は,自己の馬にする認識で控訴人に連絡することなく勝手に種付けをし,産駒を売却したのであって,控訴人のためにしたのではない。」を加える。
3 当審における控訴人の予備的主張
(1) 控訴人は,本訴の請求原因のとおり,本件競走馬の欠陥が判明したのち本件売買契約の解消を主張し,被控訴人に代金の返還を請求し続けた。被控訴人は,代金の返還請求には応じなかったが,本件競走馬を引き取り,控訴人に連絡せずに繁殖用牝馬として,独自に種付けを続けた上,生産馬を売却している。そして,被控訴人は,繁殖用牝馬とする場合の価格を設定して(200万円という。),同じような馬と交換するつもりであった。現に,被控訴人は,数頭の代替馬の写真を送付しているし,本件競走馬の飼育料は本件の反訴提起まで一切請求していない。このような経緯からすると,本件競走馬が被控訴人に返還された平成8年5月15日に,控訴人と被控訴人との間で,少なくとも本件競走馬の所有権を被控訴人に返還する限度で双方の意思が合致し,その効果が生じたものというべきである。
(2) 本件競走馬の平成8年5月15日ころの繁殖用牝馬としての価格は200万円くらいであったから,被控訴人は同額を利得し,控訴人は少なくとも同額の損害を被った。
(3) よって,控訴人は,被控訴人に対し,不当利得返還請求権に基づき,200万円及びこれに対する平成8年5月16日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。
第3当裁判所の判断
1 引用にかかる争いのない事実と証拠(甲1ないし29,乙1ないし5,7ないし12(各枝番を含む。),証人K,同F,控訴人本人,被控訴人本人)及び弁論の全趣旨によると,次の事実を認めることができる。
(1) 被控訴人は,北海道で牧場を経営し,競走馬の生産,育成をしている。控訴人は,昭和22年ころからO証券株式会社の社長を務め,約25年前にO商事株式会社を設立し,その代表取締役の地位にある。
(2) 控訴人は,約30年前に,競走馬を7,8頭所有し,調教のために預託し,競馬に出走させて賞金を得ていたことがあった。その後は競走馬の購入をやめていたが,平成6年ころ,再び馬主登録をし,知人のFの紹介で被控訴人から競走馬を購入することとした。
(3) 控訴人は,3頭の子馬の写真を見て,その中から,本件競走馬を選んだ。本件競走馬は,父馬ダンスホール,母馬ヤマフリアルの間に生まれた明2歳馬(平成5年4月9日出生)で,母馬ヤマフリアルは,エリザベス女王杯で2着に入賞した経歴を持っていた。
(4) 控訴人は,被控訴人との間で,平成6年11月28日,本件競争馬を1000万円で売買する契約(本件売買契約)を締結した。明2歳の未調教馬の段階では競走馬としての資質や適格性があるかどうかは専門家にも判断できない。そこで,売買代金は,普通,血統種別に重きをおいて決められるものであり,本件競走馬についても同様であった(控訴人は契約前に本件競走馬を見てもいない。)。
本件売買契約書(乙1)には,おおむね次のとおりの記載がある。
① 売買代金1000万円(消費税込み)
代金支払日 平成6年11月28日
② 本契約馬が,天災地異及び不慮又は不可抗力の事故などによって,著しくその価値を減少した場合には,売主は誠意を以て之を善処する様努力するものとする。
③ 本契約馬については,獣医師の証明した健康証明書又は之に準ずる書類を添付し,又特に損懲悪癖は予め明確にするものとする。
④ 本契約馬の所有権は引渡日を以て買主に移転するものとし,その引渡日は平成6年11月30日とする。
⑤ 本契約馬の引渡し後,引き続いて売主に於いて,飼育・育成する場合,売主の育成預託契約に準拠するか,又は新たに育成預託契約を締結して毎月買主が之を支払うものとする。
⑥ 本契約に定めなき事項については商法,民法又は通常の商習慣に基づき両者良識を以て協議し善処するものとする。
(5) 控訴人は,翌日,被控訴人に,売買代金1000万円を支払い,同月30日,本件競走馬は被控訴人から控訴人に引き渡され,所有権が移転した。
(6) 本件競走馬は,出生後平成6年11月30日まで被控訴人の経営する牧場で育成されていたが,同日以後も,被控訴人は,控訴人との間で預託契約を締結して,引き続き,本件競走馬を育成していた。
本件競走馬は,被控訴人の牧場で競走馬になるための初歩の訓練を受けていたが,本件売買契約締結当時,すでに人を乗せることはできるようになっていた。そして,翌年以降の訓練の結果,人を乗せて走ることができるようになっていた。被控訴人の牧場の厩舎から訓練のための走路への入口には,訓練用のゲートがあった。本件競走馬は,訓練の都度,このゲートを通過していたが,ゲートを通過することを拒んだことはなかったし,特に訓練に支障は認められなかった。
(7) 控訴人は,平成7年夏ころ,被控訴人の牧場を訪れて初めて本件競走馬を見た。その際,被控訴人から本件競走馬の調教はK調教師に任せる旨聞かされて,了承した。K調教師は,昭和39年から平成11年2月末まで競走馬の調教師として数多くの競走馬を調教してきたベテランの調教師であった。
(8) 被控訴人は,K調教師からの指示で,平成7年12月4日,本件競走馬を,三重県内の育成牧場(有限会社M)に搬送した。本件競走馬はそこで騎手を乗せて駆け足をする程度の軽い調教を受けながら,K調教師の厩舎の空きがでるまで待機した。
(9) 平成8年3月28日,本件競走馬は,K調教師の厩舎に入厩した。同月29日,本件競走馬は,控訴人がいくつか候補に上げた名前の中から選ばれたマルワイプリンセス号という馬名で日本中央競馬会に競走馬として登録された。
(10) その後,本件競走馬は,K調教師の下で調教を受け始めた。競走馬の調教は,速歩,駆け足,ゲートの練習,スタートの練習の順で進められる。本件競走馬の調教は,当初は順調に進んでいた。しかし,同年4月ころ,ゲートインの訓練を始めたところ,本件競走馬は,ゲートに近づくことを拒み,ゲートに入れようとすると暴れて騎乗者を振り落とすなどし,そのため騎乗者が負傷するという事故が起こった。さらに集中的にゲートインの訓練を続けたが,本件競走馬は,ゲートインしようとすると立ち上がり,ゲートインを拒む状況はさらに悪化した。そのほかにも運動中に後退する癖があった。そのため,K調教師は,これ以上訓練しても,本件競走馬をゲートインできるように訓練することは不可能であると考え,同年4月中旬ころ,本件競走馬は競走馬としては不適格である旨控訴人に電話で連絡した。
(11) 控訴人は,K調教師から,上記連絡を受けて,K調教師の厩舎を訪れK調教師から説明を受けたが納得がいかず,経過や不適格となった理由を書面で説明するよう求めた。K調教師から控訴人に対し,同年4月25日付けで,本件競走馬がK調教師の厩舎に入厩した日や馬名登録日,馬名発表日,本件競走馬がスタート練習のときに,突然立ち上がって騎乗者が負傷したことや,その後も立ち上がったり,後退する癖があるため,競走馬としては不適切であると判断した旨記載された手紙が届いた。そして,K調教師から,本件競走馬を廃馬にするか,被控訴人の下に返して繁殖馬にするしかないと言われた。控訴人は,本件競走馬を被控訴人に返して善処してほしい旨話した。
(12) K調教師は,平成8年5月15日,本件競走馬を被控訴人の牧場に搬送した。その際,被控訴人は,K調教師から,本件競走馬がゲートインできないため競走馬として不適格である,とりあえず被控訴人に返すが今後は控訴人と相談してほしい,繁殖用牝馬にしたらよいなどと言われた。
本件競走馬は,同年5月18日,日本中央競馬会から,競走馬としては不適格であるとして,登録を抹消された。
(13) 被控訴人は,その後間もなく,控訴人に対し,本件競走馬を繁殖用牝馬にして,生まれた子馬を1頭返したいので,種付けをしたい旨連絡した。しかし,控訴人は,産駒1頭返しの方法による清算を断った。さらに,被控訴人は他の馬と交換するとも申し入れた。被控訴人は,繁殖用牝馬としての本件競走馬の価値(200万円程度と評価した。)に相当する子馬又はその他の馬を返そうとしたものである。控訴人は,これも断り,金銭的な清算をするよう要求した。
(14) 控訴人は,平成6年12月から平成7年12月4日までの被控訴人に対する本件競走馬の預託料等合計378万1920円を被控訴人に支払い,被控訴人の牧場からMホーストレーニングセンターへの搬送料13万0295円と登録料10万5967円をK調教師に支払い,Mホーストレーニングセンターに対する平成7年12月5日から平成8年3月28日までの預託料合計23万8136円を支払っていた。しかし,本件競走馬が被控訴人に引き取られた平成8年5月15日以降の分は支払わなかった。被控訴人も,本件訴訟において,平成11年6月11日に反訴を提起するまで,控訴人に対し,平成8年5月15日以降の本件競走馬等の預託料等(次に見る種付料を含む。)の請求をしなかった。
(15) 被控訴人は,前記のとおり,平成8年5月15日に本件競走馬を引き取った。そして,控訴人の正式な了解を得ずに,種付けを行った。その後も,控訴人に知らせずに毎年種付けを行い,子馬が出生している。その状況は以下のとおりである。
① 被控訴人は,平成8年5月31日,種馬(馬名ホワイトストーン号)の種付料20万円を支払い,本件競走馬に種付けをした。
本件競走馬は,平成9年4月16日,雌馬(マルワイプリンセスのⅠ)を出産した。被控訴人は,平成10年8月15日,控訴人の了解を得ることなく,子馬を210万円で他に売り渡した。この代金は被控訴人が取得している。
② 被控訴人は,平成9年,種馬(馬名テンビー号)の種付料200万円を支払い,本件競走馬に種付けをした。
本件競走馬は,平成10年3月ころ,子馬を出産した(平成11年7月頃の売買見込額は200万円)。
③ 被控訴人は,平成10年,種馬(馬名マチカネタンホイザ)の種付料10万円を支払い,本件競走馬に種付けをした。
本件競走馬は,平成11年3月24日ころ,子馬を出産した(同様の売買見込額は250万円)。
④ 被控訴人は,平成11年,種馬(馬名オフサイドトラップ)の種付けをした。
(16) 控訴人は,平成10年6月ころ,被控訴人に対し,書面により,本件競走馬の売買代金1000万円の返還を求めた。被控訴人からは,売買代金の返還はできないが,本件競走馬の子馬か,他の被控訴人の馬を提供する旨の提案があったが,話し合いはつかなかった。そこで,控訴人は,平成10年9月18日,本件訴えを提起した。
2(1) 控訴人の錯誤,瑕疵担保責任の主張について
控訴人は,本件売買契約は中央競馬で出走できる競走馬の売買であるところ,本件競走馬は,競走馬として必要なゲートインをする資質を欠いていたので,本件売買契約は錯誤により無効であり,又は隠れたる瑕疵があったため売買の目的を達しないので解除した旨主張するので,検討する。
本件売買契約は,明2歳の未調教馬の売買であり,実際に競走馬としての資質や適格性があるか否かが分からない段階で,血統種別によって代金額を決めて売買するという取引である。そして,このような売買契約は,売買の目的物である子馬が将来競走馬として優れた成績を上げて買主に多額の利益をもたらすことがある反面,競走馬としての資質や適格性を欠き,競走馬としての活躍ができず買主に損失を与えることもあり得るものであって,危険を含んだ取引であるというべきである。しかも,このような資質や適格性の中には,売買契約後の長い飼育及び調教の期間を経てはじめて判明するものもあるし,判明した悪い資質等(特に本件で問題とされているような悪癖と呼ばれる類のもの)については,これが契約時に潜在したものの発現であるかどうか決められないものも少なくないと思われる。このようなことに鑑みると,明2歳程度の馬の売買で長期間経過後にはじめて判明するような悪癖については,特別の事情のない限り,売主,買主の双方ともに,そのようなことがあり得ることを当然の前提として売買するものと推認するのが相当である。証人K,同Fの各証言及び被控訴人本人尋問の結果は,この認定に沿うものであり,これを覆すに足りる証拠はない。そして,前記の控訴人の経歴に照らすと,控訴人はこの危険性を十分認識した上で,本件売買をしたものと認めるのが相当である。
ところで,前記認定によると,本件競走馬は,本件売買契約から1年5か月ほど後に,本格的調教が始まった段階で,ゲートインを嫌うことが判明し,調教し切れなかったため,調教師から競走馬として不適格であると判断され,競走馬として出走できなかったものであるが,ゲートインの忌避には,その馬の生来の性格のほか,調教,環境そのほか種々の原因が考えられる。ゲートインができ,日本中央競馬会の行う競馬に参加して優れた成績を収めている競走馬であっても,突如ゲートインができなくなって出走できなくなり,出走停止にされたり,再調教でも改善されず登録抹消を余儀なくされる例もある。明2歳の馬の場合には,未だ競走馬としてゲートインなどの調教をしていないため,将来ゲートインができないか否かなど競走馬としての資質や適格性を予測することは,この意味からも通常困難であると認められるのである(以上について乙12,証人K,同F,被控訴人本人,弁論の全趣旨)。前記のとおり,本件売買契約上損懲悪癖を予め明確にすることが売主に義務づけられているが,本件競走馬は,本件売買契約締結当時,ゲートインができないような兆候や,競走馬としての資質,適格性を欠くことを窺わせるような事情は認められなかったから,被控訴人にこの点についての義務違反があったとは認められない。そもそも,本件競走馬がゲートインができなくなった原因自体これを解明するに足りる的確な証拠もないから,本件売買契約締結当時からその原因があったとも認められない。仮に,ゲートインができない原因が本件競走馬の生来の資質にあったとしても,本件売買契約が前記のようなものである以上,売買契約の意思表示に要素の錯誤があったとも,隠れたる瑕疵があったとも認められない。
よって,この点についての控訴人の主張は理由がない。
(2) 次に,被控訴人は控訴人のために本件競走馬や本件競走馬が生んだ子馬を管理していると主張して,事務管理費用の支払を請求する。
しかし,次に認定するとおり,被控訴人は,本件競走馬を引き取った後は,これを自己所有のものとして管理したと認めるのが相当である。したがって,その余の点を判断するまでもなく,被控訴人の請求は理由がない。
(3) 控訴人の予備的請求(不当利得)について
前記認定によると,被控訴人は,平成8年5月15日に本件競走馬を引き取り,控訴人から代金の返還又は金銭的解決の請求がされた後,控訴人の正式な了解を得ないで,本件競走馬を繁殖用牝馬に転用し,以後も控訴人にはまったく連絡等することなく,毎年本件競走馬に種付けをし,生まれた子馬を売却している。その後,本件訴訟において反訴請求をするまで,被控訴人が控訴人に預託料等を請求したこともない。また,被控訴人は,金銭的解決は拒絶したが,繁殖馬としての本件競走馬の価値に相当するものとして,生まれた子馬又は他の馬を提供することを申し出ていた。他方,控訴人は,被控訴人が本件競走馬を引き取った後,一貫して金銭的解決を要求し続けている。そして,この間,双方ともに,控訴人が本件競走馬を再び引き取るようなことは全く念頭になかった(双方本人尋問の結果により明らかである。)。以上によると,控訴人と被控訴人は,平成8年5月15日の後間もなくしてから,本件売買について,控訴人が被控訴人に本件競走馬の所有権を返還し,ただしこれに伴う清算方法は別途協議する趣旨の黙示ではあるが確定的な合意をしたものと認めるのが相当である。ところが,清算方法だけは協議ができず,合意が成立する可能性はない。そうすると,他に特段の事情のない限り,控訴人は本件競走馬の所有権を失い,被控訴人はこれを取得するという損失と利得が生じたが,これに伴う所期の清算が不可能であったため,被控訴人は,法律上の原因なく本件競走馬の価値と同額の利得を得たと認めるのが相当である。本件競走馬の価格は200万円と認められる。
よって,控訴人の予備的請求は理由がある(ただし,遅延損害金は,予備的請求がされたことが当審審理の経過から明らかである平成13年8月28日の翌日である同月29日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による金員請求に限り,認められる。)。
3 よって,原判決中控訴人の主位的請求を棄却した部分は相当であり,同部分に対する本件控訴は理由がないが,反訴請求を一部認容した部分は相当でないから,これを取り消して,当該部分の請求を棄却することとする。控訴人の予備的請求は,200万円及びこれに対する平成13年8月29日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから,認容し,その余は理由がないから,棄却すべきである。そこで,訴訟費用の負担について民訴法67条,61条,64条を,仮執行の宣言について同法259条を適用して,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 加藤英継 裁判官 小見山進 裁判官 大竹優子)