大阪高等裁判所 平成12年(ネ)2914号 判決 2001年5月10日
控訴人(附帯被控訴人)
A
同訴訟代理人弁護士
中嶋邦明
同
平尾宏紀
同補佐人弁理士
鎌田文二
同
東尾正博
同
鳥居和久
同
田川孝由
被控訴人(附帯控訴人)
太和チエン機工株式会社
同訴訟代理人弁護士
楠眞佐雄
同
本郷誠
同
田中正和
主文
1 本件控訴に基づき,原判決中控訴人(附帯被控訴人)敗訴部分を取り消す。
2 被控訴人(附帯控訴人)の請求を棄却する。
3 本件附帯控訴を棄却する。
4 訴訟費用は,第1,2審を通じ,被控訴人(附帯控訴人)の負担とする。
事実及び理由
第1当事者の求めた裁判
1 控訴人(附帯被控訴人)
主文と同旨
2 被控訴人(附帯控訴人)
(1) 原判決を次のとおり変更する。
(2) 被控訴人(附帯控訴人)が,原判決別紙目録一の2及び同目録二記載の発明について特許を受ける権利を有することを確認する。
(3) 本件控訴を棄却する。
(4) 訴訟費用は,第1,2審を通じ,控訴人(附帯被控訴人)の負担とする。
(以下「被控訴人(附帯控訴人)」を「原告」,「控訴人(附帯被控訴人)」を「被告」,「原判決別紙目録」を「別紙目録」という。)
第2事案の概要
1 争いのない事実等(証拠の引用のない事実は,当事者間に争いがないか,弁論の全趣旨により容易に認めることのできる事実である。)
(1) 原告は,チェーン及び運搬機械部品の製造販売等を目的とする株式会社である。
被告は,C工業の商号でプラスチック成型用の金型設計製作業を営んでいたD(以下「D」という。)の従業員として稼働していたが,平成10年8月ころ,Dの上記事業を承継した者である。
(2) 原告の当時の代表者であるE(以下「E」という。)は,Dに対し,平成8年6月から8月にかけて又は7月ころ,チェーンカバーの金型の製作を依頼し(依頼の内容が金型の製作だけであったか否かについては争いがある。),同金型は,いったん納入された後,修正を経て,同年9月19日,原告に再度納入された。
(3) その後,被告は,平成8年10月3日,別紙目録一の1記載の発明につき特許出願を行うとともに(甲9。特願平成8-262964。以下「先願発明」という。),同9年2月3日,先願発明に基づいて優先権を主張して,別紙目録一の2記載の発明につき特許出願を行った(甲8。特願平9-20545。以下「本件第1発明」という。)。
他方,原告は,平成8年11月20日,別紙目録二記載の発明につき特許出願を行った(甲7。特願平8-325956。以下「本件第2発明」といい,これと本件第1発明とを合わせて「本件両発明」という。)。
2 原告の請求及び原判決の判断の要旨
原告は,Eが本件両発明を発明し,Eから本件両発明の特許を受ける権利を譲り受けたとして,被告に対し,その権利を有することの確認を求めたが,原判決は,本件両発明と従来技術である後記大同サンプルと比較した場合の特徴は,後記【本件両発明の特徴】(以下「本件特徴」ともいう。)にあるとした上,Eが本件特徴①,②,⑤を着想し,Dが同③,④を着想したものであるから,本件両発明は,EとDの共同発明であると認定し,原告は上記権利の2分の1の共有持分を有すると確認した。
これに対し,被告が控訴を,原告が附帯控訴をそれぞれ提起し,前記第1のとおりの裁判を求めた。
【本件両発明の特徴】
① チェーンのピンを標準のチェーンよりも突出させ,サイドカバー部に当該ピンを嵌合させるためのピン嵌合孔を設けている。
② カバーピースは1種類の構造のものである。
③ 両サイドカバー部の内面には,それぞれ,サイドカバー部先端開口部からピン嵌合孔に向けて次第にその両サイドカバー部間の距離が小さくなるように傾斜したピン端導入ガイド溝が設けられている。
④ 両サイドカバー部の下縁はトップカバー部と平行なフラット面である。
⑤ トップカバー部の内面部に位置決め用突起が設けられている。
3 争点
(1) 本件訴えは訴えの利益があるか。
(2) 原告は本件両発明の特許を受ける権利を有するか。
4 争点についての当事者の主張は,後記5(当審における当事者の主張)を付加するほか,原判決の「事実及び理由」中の「第三 争点に対する当事者の主張」に記載のとおりであるから,これを引用する。
5 当審における当事者の主張
(1) 当審における原告の主張
本件両発明は,大同サンプルの欠点を解決しようとする過程の中で生み出されたものであるから,発明の特徴は本件特徴①,②,⑤に尽きる。
本件特徴③は,同①の着想を製品化するにあたり当然に考え出される設計事項である。
また,本件特徴④の両サイドカバーの下縁がフラットになっている点については,そもそも被告は,特許請求の範囲に含めておらず,本件特徴①,②の着想を製品化するにあたり当然考え出される設計事項である。
しかも,上記③,④の各点は,既にFチエインや大同工業株式会社が考案した事項であり(甲10,11),進歩性はなく,これらの点を本件両発明の特徴とすべきではない。
そうすると,本件両発明の特徴は上記①,②,⑤の3点に尽きるのであり,Eがこれらの特徴点を着想した以上,本件両発明はEが単独で発明したものであるといえる。
(2) 当審における被告の主張
仮に,本件特徴①,②,⑤の3点をEが着想したものであると仮定しても,本件両発明は,Dが単独で創作したものである。
すなわち,発明には,発明に必要な素材を収集し,収集した素材を取捨選択し,総合的,有機的一体に結合して,初めて発明は完成する。
本件発明の課題は,カバーピースの取付に非常に手間がかかるという大同サンプルの欠点を解消することが主たる課題であったが,本件特徴①,②は,それだけで,上述の課題を解決するための技術的手段ではなく,一つの素材にすぎない。
本件特徴①,②に,Dが着想した本件特徴③を有機的一体に結合することによって,大同サンプルの欠点を解消したのであるから,本件発明を行ったと評価できるのは,Dだけである。
第3争点に対する判断
1 先願発明,本件第1発明及び本件第2発明の関係について
当裁判所も,先願発明,本件第1発明及び本件第2発明は,いずれも実質的に同一の発明であると判断する。その理由は,原判決の「事実及び理由」中の「第四 争点に対する判断」の一に記載のとおりであるから,これを引用する。
2 争点(1)(訴えの利益の有無)について
当裁判所も,原告の本訴請求は訴えの利益(確認の利益)があると判断する。その理由は,原判決の「事実及び理由」中の「第四 争点に対する判断」の二に記載のとおりであるから,これを引用する(ただし,原判決28頁1行目の「しかしながら,」の次に「ある発明に関して特許を受ける権利が誰に帰属するかという問題と,当該特許が有効か否かという問題とは直接に結びつくとはいえないだけでなく,」を加え,30頁末行の「前記第三一を」を「前記第三、一」と改める。)。
3 争点(2)(原告は本件両発明の特許を受ける権利を有するか)について
(1) 争点(2)は,更に①Eが本件両発明を発明し,その特許を受ける権利を取得したか否か,これが肯定される場合,②原告がEから本件両発明の特許を受ける権利を有効に譲り受けたか否かの二つの争点に分けられる。
そのうち,①の争点について,当裁判所は,本件両発明の特徴①,⑤はEが着想し,同③,④はDが着想したものであり(同②は,いずれの着想であるかを定めることはできない。),EとDは,本件両発明が発明された時点で,本件両発明の特許を受ける権利を持分各2分の1の割合で共有取得するに至ったものと判断する。
その理由は,次の(2)ないし(8)に付加,訂正するするほか,原判決の「事実及び理由」中の「第四 争点に対する判断」の三の1ないし4に記載のとおりであるから,これを引用する。
また,②の争点については,当裁判所は,原告がEから本件両発明の特許を受ける権利を有効に譲り受けたと認めることはできないと判断する。その理由は,後記(9)に説示のとおりである。
(2) 原判決の訂正等
ア 原判決36頁5行目の「外観的には」から次行の「するとともに、」までを削る。
イ 同36頁9行目の「これに対し、Dは、」を次のとおり改める。
「これを受けて,Dは,平成8年8月1日に,2種類の異なる構造のカバーピースからなるチェーンカバーの外観側面視の概略図面(乙3)を作成し,同月2日に,1種類の構造のカバーピースからなるチェーンカバーの外観側面視の概略図面(乙4)を作成し,いずれも,そのころ,Eにファックスにより送付した。Dは,これらの図面の送付に加えて,」
ウ 同36頁末行の「プラスチック」の前に「チェーンをはめ込む際に両サイドカバー部を無理に広げようとすると」を加える。
エ 同41頁10行目の「また」から44頁7行目の「乙12によれば、」までを次のとおり改める。
「 また,乙3と乙4に記載されたチェーンカバーは,標準のチェーンよりも長いピンを有する特殊なチェーンと対になって用いられるものであるところ,証人Dの証言によっても,そもそも,Dは,Eから,標準のチェーンを使用するチェーンカバーである大同サンプルの改良品の開発依頼を受けたにすぎず,しかも,当時,ピンが標準のものよりも長い特殊なチェーンは,Fチエインからしか市販されていないと認識していたというのであるから,そのようなDが,Eに対し,標準のチェーンを前提としないチェーンカバーを提案するとは考えにくい。
そうすると,乙3と乙4に記載された図面の内容が,全てDによって着想されたものとはいえず,むしろ,前記1(六)記載のように,EがDに対し,金型の製作を依頼した際,標準のピンを長くし,両サイドカバー部に,チェーンのピンの突出端部が嵌合されるピン嵌合孔を設けて,その孔にピンを嵌合させて取り付けるという解決手段を,口頭でしか説明しなかったため,そのような説明を受けたDが,後日,Eに対し,Eの依頼内容を確認するため,乙3と乙4に記載されているような,簡略なチェーンカバーの図面を送付したものと考える。
もっとも,乙3に記載された図面が,2種類の外観を有するカバーピースからなるチェーンカバーであることからすると,Eが口頭で説明をした際,カバーピースを1種類の構造とすることまでの説明はなかったものと認められる。
なお,Eは,Dから乙3,4の送付を受けたことはないと証言するが,乙3,4の内容は概略図面にすぎず,前述したように,必ずしも被告の主張(Dが,本件特徴を全て着想し,Eに呈示したとの主張)に沿うものとは考えられないことに照らしても,Dや被告において,後日,虚偽の内容のものを作成したとは考えにくいというべきである。さらに,乙12の1によれば,」
オ 同45頁2,3行目の「被告が同時に提出した証拠説明書によれば,乙12ないし14は、」を「控訴人作成の証拠説明書によれば,乙12の1,13及び14は,」と改める。
カ 同50頁3行目の「本件発明」を「本件両発明」と改める。
キ 同51頁6行目の「①,②及び⑤」を「①及び⑤」と改める。
ク 同51頁7行目の「認められるから」の次に「(②については,いずれが考えついたかを定めることはできない。)」を加える。
(3) 本件特徴①の着想の主体について(補足説明)
被告は,標準のチェーンより,ピンが長く突出しているチェーンの存在について,Eはこれを知らず,Dはこれを知っていたことから,Eが本件特徴①を着想したと認めることはできないと主張する。
しかし,上記のことだけで,Eが本件特徴①を着想することはなかったと認めることはできない。
Eは,G機工のHから,大同サンプルを見せられて,その改良を考え,Dに金型製作を含む依頼をしたことが認められるが,EがDに依頼した際に何らの指針も与えなかったとは考えにくいこと,依頼されたDがEに送付した乙3,4は,その内容が一見して異なるにもかかわらず,いずれも本件特徴①を備えており,この①を備えることが前提となっていたと推測されること,Eが本件特徴①を着想したと認定しても,本件特徴③(導入ガイド溝)を着想したのがDであると認定することと矛盾するとは考えられないこと,Dの証言をみても,本件特徴①について,自分が着想したものであると積極的に供述しているとは認められないこと(代理人が重ねて尋ねた結果,これを認めるというものである。),一方,Eの証言自体に特に不自然,不合理な点は窺えないこと,以上の諸点とEの証言,乙3,4を総合すると,本件特徴①を着想したのはEであると認めるのが相当である。
被告は,EがDに対して金型製作を含む依頼をした際,何らかの示唆があったとしても,せいぜい「ワンタッチのはめ込み式にする。」という内容にしかすぎなかったと主張するが,単なる憶測にすぎないというべきであり,Eの証言を否定することはできないと考える。
(4) 本件特徴②の着想の主体について(補足説明)
前述したように,乙3がDからEに送付されていることに照らすと,EがDに対し,大同サンプルを示して,その改良品のための金型製作を含む依頼をした際,本件特徴②が前提となっていたとは考えられない。
もっとも,乙3と乙4が同時に送付されたのではなく,乙4が後になって送付されたことに照らすと,Dが乙3(2種類の構造のカバーピース)を提案したところ,Eがこれを拒否した上,改めて本件特徴②を提示し,これに従って,Dが乙4(1種類の構造のカバーピース)を交付したとも考えられるが,そのような推論を十分に裏付ける証拠はなく(Eが単に,乙3を拒否した可能性を否定できない。),本件特徴②をEが着想したと認めるに足りないというべきである。
一方,乙4がDからEに送付されていることのみをもって,本件特徴②をDが着想したと断定することもできないというべきであり,結局,本件特徴②を着想したのがEかDかを特定することは困難といわざるを得ない。
(5) 本件特徴⑤の着想の主体について(補足説明)
被告は,平成8年8月5日の時点で,本件特徴⑤が記載された図面が作成されているが(乙12の1),同月1日ないし2日の時点では,本件特徴①ないし③によっては,DからEに対して,いまだ詳細な構想が呈示されていないから,本件特徴⑤をEが着想することはあり得ないと主張する。
しかし,前記認定によれば,平成8年8月1日ないし2日までに,Eは,本件特徴①をDに示して,大同サンプルの改良を依頼したというべきであるから,同月5日までの時点で,Eにおいて本件特徴⑤を着想することが何ら不自然,不合理とはいえず,本件特徴⑤を着想した者がEであるとの認定を左右するには足りないというべきである。
(6) 当審で付加された原告の主張について
原告は,本件両発明における特徴は,本件特徴①,②,⑤に尽き,本件両発明は上記特徴を着想したEが単独で発明したものであると主張する。
確かに,本件両発明において,本件特徴①,②は重要な特徴であるというべきであるが,本件特徴②については,前述したとおり,Eの着想したものと認めることはできない。
また,本件特徴①,②のみでは,これを製品化することは困難であり,本件特徴③,④を結合して初めて,本件両発明の課題を解決することができる以上,本件特徴③,④は,本件両発明を構成する要素というべきであり,これらが公知技術であったとしても,これらを上記①,②と結合することを着想した者は共同発明者というべきである(本件特徴③,④については,E自身,Dが着想したと供述している。)。
(7) 当審で付加された被告の主張について
被告は,仮に本件特徴①,②,⑤をEが着想したとしても,これらを他の特徴と有機的一体に結合したのはDであるから,Dが本件両発明の発明者であると主張する。
確かに,本件課題を解消するための素材として,本件特徴①,②が提案され,これに本件特徴③を加えることによって,本件課題を解決することができたとしても,本件特徴③だけでは本件課題を解決することができないことは明らかであるし,本件課題の解決のために,本件特徴①,②が提案されたのであるから,本件特徴③を加えたDだけが,本件両発明のための素材を結合させたとか,本件両発明を行ったと評価することはできないというべきである。
(8) 本件両発明の特許を受ける権利の共有持分割合について
前述したとおり,本件両発明の特徴のうち本件特徴②については,EとDのいずれが着想したものであるかを定めることはできないと考えるが(このような場合,両名の共同により着想したものと推認すべきである。),これらの特徴の中では本件特徴①が最も重要な特徴であること,本件特徴②自体は,大同サンプルの欠点を解消するという本件発明の課題の解決には直接の関係がないことに照らすと,EとDが共有取得した本件両発明の特許を受ける権利の共有持分割合は,結局,各自2分の1とするのが相当であると考える。
(9) 原告がEから本件両発明の特許を受ける権利を有効に譲り受けたか否かについて弁論の全趣旨によると,Eと原告との間で,本件第2発明の特許出願に先だって,本件両発明の特許を受ける権利について,これをEから原告に譲渡する旨の合意の存したことを認めることができるが,その権利は,前述したとおり,Dと2分の1の割合で共有する持分であった。
ところで,特許法33条3項は,「特許を受ける権利が共有に係るときは,各共有者は,他の共有者の同意を得なければ,その持分を譲渡することができない。」と定めているが,本件において,原告は,特許を受ける権利の共有持分の譲渡について,共同発明者の同意の存することの主張,立証をしないので,原告が,Eから本件両発明の特許を受ける権利の共有持分を有効に譲り受けたと認めることはできないと判断する。以下,その理由を述べる。
ア 特許法33条3項が,特許を受ける権利が共有に係る場合に,各共有者がその持分権を譲渡するためには他の共有者の同意を得ることを要するとしたのは,特許権が共有に係るときには,各共有者は他の共有者の同意を得ないでその特許発明を実施することができるから(同法73条2項),どのような者が共有者となるかは,当該発明を実施して市場利益を得ようとする他の共有者にとって重大な競争上の利害関係を有することを考慮したことによるものである。また,上記の趣旨から考えると,この同意は,特許を受ける権利の譲渡についての対抗要件ではなく,効力発生要件であると解すべきである。
そして,前述したとおり,原告は,共同発明者であるDの同意を得たことについて何ら主張,立証をしないのであるから,Eから原告への本件両発明の特許を受ける権利(共有持分)の譲渡を認めることができない。
イ ところで,前記認定事実と弁論の全趣旨によると,Eは,本件両発明の発明当時,チェーンの製造販売業を営んできた原告の代表者であったこと,Dは,そのことを十分認識しながら,Eからの依頼に応じ,金型を製作した後,本件両発明の実施品を原告に納入していたことが認められる。
また,被告も,先願発明及び本件第1発明につき,Dから特許を受ける権利を譲り受けたとして,自らを出願人として特許出願を行っているが,原判決は,これらのことを理由として,信義則上,Eが原告に対し自己の有する特許を受ける権利の共有持分を譲渡したことについて異議を述べることができないと判断した。
ウ しかし,弁論の全趣旨によると,被告は,Dが本件両発明を単独で発明したと考え,Dから特許を受ける権利を全部譲り受けた上,特許出願し,自らこれを実施し又は第三者に実施させることを考えていたと思われる。
そうすると,Dにおいて,Eと原告との関係を十分認識し,また,本件両発明の実施品を原告に納入していたからといっても,将来特許権の帰属如何によっては,D又は被告が,原告による特許発明の実施を望まず,Eから原告への特許を受ける権利の共有持分の譲渡について同意しない可能性も十分あるというべきである。そして,上記特許法33条3項の趣旨を考えたとき,D又は被告のそのような意思を無視することはできないと考える。
一方,Dから被告への譲渡について,Eがこれを同意するか否かについても,Eの判断に委ねられるべきであり,場合によっては,お互いが特許を受ける権利の共有持分の譲渡に同意しないこともあり得ると考える。したがって,Dから被告への特許を受ける権利の共有持分の譲渡行為があったということを理由として,被告が,Eから原告への特許を受ける権利の共有持分の譲渡に同意しないことを,直ちに信義則に違反するということはいえない。
なお,特許法38条は,「特許を受ける権利が共有に係るときは,各共有者は,他の共有者と共同でなければ,特許出願をすることができない。」と定めているが,原告及び被告が,それぞれ行った特許出願について,出願人を変更するか否かはそれぞれの判断するところによるべきと考える。
エ 以上を総合すると,原告が,Eから,本件両発明の特許を受ける権利の共有持分を有効に譲り受けたということはできない。
4 結論
以上によると,原告の請求は理由がないのでこれを棄却すべきところ,これと異なる原判決を取り消し,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 竹原俊一 裁判官 若林諒 裁判官 山田陽三)