大阪高等裁判所 平成12年(ネ)3057号 判決 2001年9月27日
主文
1 本件控訴に基づき,原判決中被控訴人Cに関する部分を次のとおり変更する。
(一) 控訴人は被控訴人Cに対し,1706万3652円及びこれに対する平成4年11月28日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(二) 同被控訴人のその余の請求を棄却する。
(三) 訴訟費用は上記当事者間では第1,2審を通じこれを2分し,その1を控訴人の,その余を同被控訴人の負担とする。
2(一) 控訴人のその余の被控訴人に対する控訴をいずれも棄却する。
(二) 上記当事者間では控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1当事者の求めた裁判
1 控訴人
(一) 原判決中控訴人敗訴部分をいずれも取り消す。
被控訴人らの請求をいずれも棄却する。
(二) 訴訟費用は第1,2審とも被控訴人らの負担とする。
2 被控訴人ら
(一) 本件控訴をいずれも棄却する。
(二) 控訴費用は控訴人の負担とする。
第2事案の概要
本件事案の概要は後記2のとおり当審における控訴人の主張を付加し,1のとおり付加,訂正するほか,原判決の「事実及び理由」中の「第二 事案の概要」のとおりである(但し被控訴人ら関係部分のみ)から,これを引用する。
1 原判決7頁7行目の「損害賠償」の次に「(民法709条ないし同法715条)」を,同10行目の「翌日から」の次に「支払済みまで」を,同10頁9行目の次に改行の上「亡Dは,平成12年3月1日妻である被控訴人Cに上記損害賠償請求権を死因贈与し,Dが平成12年5月29日死亡したため,被控訴人Cがこれを取得した。」をそれぞれ加え,同27頁8行目の「要がある。」を「必要がある。」と改める。
2 当審における控訴人の主張
(一) ワラントの商品特性について
原判決は,ワラントの権利行使期間の残存期間が短くなると,マイナスパリティとなったとき回復できず,ワラントが無価値になるおそれが強いと認定したが,その間に株価が急騰する可能性が絶無とはいえず,投資者の中にはそのような可能性に期待して値下がりしているワラントを購入する者も存在するから,取引の需要はあるのであり,事実誤認である。原判決は,転売差益の取得を目的としてワラント取引を行う場合について,ワラントの商品特性をいたずらに複雑なものと認定し,その結果説明義務の解釈を誤った。
(二) 説明義務について
(1) 原判決は,説明義務を信義則上の義務であるとしたが,そうであるなら,顧客にもワラント取引の危険性につき的確な認識形成をするため努力すべき信義則上の義務があり,ワラントの商品内容やその危険性について一通りの説明があった場合には,十分な理解ができないと思った顧客は,そのことを証券会社に告げて注意を喚起すべきである。しかるに原判決は証券会社に一方的に義務を負担させ,その範囲も多岐にわたる。しかしながら被控訴人らのように転売差益を得る目的でワラント取引をする場合,投資目的を達成するため重要なのはワラント価格の将来における値上がり可能性であり,これに関連するワラントの商品特性は,①その価格は基本的に株価に連動し,かつそれより値動きが大きいこと,②行使期間を過ぎると無価値となることの2点であるから,証券会社はこの点について顧客が理解できるよう説明する義務があるが,それで足りるというべきである。原判決は,ワラントの行使価格を株価が上回るときに初めて権利を行使する意味があり,行使期間内に株価が行使価格を上回る見込みが残っていると人が判断するときに限って,これを売買することができること,及び行使期間前でも行使価格を株価が上回る見込みが薄い場合,行使期間が残り少なくなるにつれて売却が困難になる可能性が高くなることがワラントの投資判断のポイントであるとしたが,上記(一)のとおりワラントの商品特性に関する理解を誤っている。
(2) 説明の程度方法について
原判決は,ワラントの仕組みを図示したうえ,具体例をもって説明したり,シミレーションを記載した説明書などを用いなければ,その仕組みや特徴を理解することは困難であるとして,電話での勧誘を事実上禁止するが,①証券取引は時々刻々と価格が変化する商品を対象とし,売買のタイミングが極めて重要であることから,電話での勧誘や注文は避けることのできない取引形態であり,原判決の判断は証券取引の実態を無視するものであり,②転売差益の取得を目的とするワラント取引の投資判断においては前記(1)①②の特性を理解したうえ株価の値上がりがどの程度期待できるかを判断することは必要であるところ,これら商品特性は転換社債の転換権と類似した現象が認められるから,これらの取引経験のある投資者に対してその仕組みを電話で説明することは十分可能である。また株価の動向による当該ワラントの価格の変動の仕組みを個別に説明する義務があるとまでは認めがたい。
原判決は,投資者自ら投資判断に必要な情報を収集し,自らの判断と責任において証券取引を行うのが原則であるとし,自己責任の原則を認めながら,広範囲で過度の説明義務を証券会社に要求するもので,投資者は実際上必要な情報を収集する必要がなくなることになり,原判決の判断は矛盾している。
(三) 被控訴人Aについて
(1) 説明義務違反について
原判決は,被控訴人Aはワラントの商品内容やその危険性に関する説明を理解できるだけの能力と取引経験を有し,Eの説明内容がその供述のとおりであることを認めながら,電話による勧誘であることや,ワラントの価格の予測が非常に困難であり,株価が行使価格を下回ったまま行使期限が近づくと売却が困難になる可能性が高いことについて説明していないことを理由に説明義務違反を認めたが,前記のとおり,説明義務違反の基準自体が失当である。
(2) 被控訴人Aは,平成2年2月下旬から株式相場が急落し,一旦は値下がり幅の半分近くまで回復したものの,同年8月初め頃から再び急落したため,当時保有していた3銘柄のワラント(F,G,H)も値下がりしたが,ワラントが行使期限を過ぎると無価値になることを認識しながら,行使期限までに2,3年残っていることから,様子をみることとしたもので,このようなワラントの取引状況からすれば,被控訴人Aは前記(二)(1)①②のワラントの特性を十分理解しながらワラント取引を行っていたというべきである。なお右取引状況からすれば,本件各ワラントが行使期限を経過して無価値となったのは,被控訴人Aが,更なる値上がりや価格の回復を期待してこれらのワラントを売却しなかったところ,その思惑が外れたことに原因があるもので,購入時の投資勧誘とは相当因果関係がない。
(3) 過失相殺について
控訴人担当者はワラントの値動きの大きいことや外国証券で為替の影響があることは説明しており,他方被控訴人Aの投資経験や同人に対する説明の内容,ワラントの取引状況などに照らせば,大部分は同被控訴人の責任であるというべきである。原判決は平成元年10月以降に購入した3銘柄(G,H,I)のワラントによる損失について,被控訴人Aの過失割合を5割ないし7割に区別したが,そのように区別する合理的理由もない。
(四) 被控訴人Bについて
(1) 説明義務違反について
被控訴人Bは仕手性が強い株式や業績が悪化している株式などの取引経験が豊富であり,Kは,前記(二)(1)①②の点につき電話で被控訴人Bに説明し,その後書面を交付してさらに理解を深めさせている。被控訴人Bの上記取引経験からすれば,同被控訴人は自らの投資判断に必要な情報を収集してワラントの売却時期を判断する能力は十分に有していた。
(2) 過失相殺について
原判決は,被控訴人Bの過失は大きいとしながら,過失割合を4割の限度でしか認めていないが,同被控訴人の投資経験や,同被控訴人に対する説明内容,同被控訴人が妻Lを介してワラントの取引説明書を受領したのは本件Mワラントの受渡日である平成2年7月19日であるから約定後同被控訴人はすぐにワラント取引について検討する機会が与えられていたことなどに照らすと,同被控訴人の過失はもっと大きいというべきである。
(五) 被控訴人Cについて
(1) 適合性違反について
Dは医師としての現場から身を引き,取引にあたっては妻の被控訴人Cを通して取引に当たっていたものの,同被控訴人はDと相談して取引判断をしていたところ,Dは通常の会話やその判断力に支障はなく,従前の取引経験のほか時間的余裕もあり,これまで以上に慎重に取引できたものである。
(2) 説明義務違反について
Jは,ワラント取引にあたり,電話で10分ないし20分をかけて,権利行使期間を経過すると無価値になること,株式に比してハイリスクハイリターンであること,外貨建てなので為替相場が影響することなどを説明しており,取引当初に被控訴人Cを通じて説明書を交付し,確認書も徴求しているほか,個々の取引の都度被控訴人Cを介して報告していたのであるから,説明義務違反はない。
(3) 過失相殺について
以上の事情などからすれば,Dの過失割合を2割とした原判決は失当である。
第3争点に対する判断
1 当裁判所は,被控訴人Cの本件請求は本判決主文掲記の限度で理由があり,その余の被控訴人らの本件請求は原判決主文掲記の限度で理由があると判断するが,その理由は,後記(八)のとおり当審における控訴人の主張に対する判断をし,(一)ないし(七)のとおり付加,訂正するほか,原判決の「事実及び理由」中の「第三 争点に対する判断」のとおりであるから,これを引用する。
(一) 原判決108頁1行目の「回復することができず、」から6行目末尾までを「株価上昇可能性が少なくなって,ワラントの売却が困難となるおそれがある。ワラントの価格(理論価格)は基本的には株価に連動して変動するが,その変動率はギアリング効果により株価の変動率より格段に大きく,株式の値動きに比し数倍の幅で上下することがある。また現実のワラントの市場価格は,理論価格と株価上昇の期待度,株価の変動率の大きさ,需要と供給などの要因によってプレミアム価格を形成し,変動する。さらに外貨建てワラントの場合,店頭市場における相対取引により取引がされ,為替レートの影響を受けることもあってその価格形成過程を把握することは困難となる。」と改める。
(二) 同113頁7行目の「説明をする」の次に「信義則上の」を加え,同頁9行目から117頁2行目までを次のとおり改める。「前記前提事実二の3,及び前記認定事実のとおり,ワラントは一定の条件で発行会社の株式を引き受けることができる権利であり,権利行使期間が経過すると無価値となるが,権利行使期間が経過する前でも,ことに株価が権利行使価格を下回り,かつ残存期間が短くなったワラントは売却が困難となるおそれがあり,価格変動が株式より大きく,ハイリスク・ハイリターンな金融商品であり,また外貨建てワラントの場合,為替レートの影響を受けるほか,証券会社との相対取引によるものであることからすれば,証券会社の従業員が顧客にワラントを勧誘するに当たっては,顧客の投資経験や知識,投資目的に応じて,ワラントの危険性について的確な認識を形成できるようするため,少なくとも①ワラントの意義,及び価格の変動率が株価に連動するが,株価の変動率より格段に大きいこと,②権利行使期間の意味,すなわち権利行使期間が経過するとワラントは無価値となること,のみならず,権利行使期間が経過する前でも,ことに株価が権利行使価格を下回り,かつ残存期間が短くなったワラントは売却が困難となるおそれが大きいこと,③外貨建てワラントの場合は上記特質を説明する義務があるというべきであり,従業員がこの説明義務を怠り,違法な勧誘により顧客に取引を行わせ,その結果顧客が損害を被った場合には,証券会社は民法715条によりその損害を賠償する責任を負うものというべきである。」
(三) 同123頁3行目の「原告は,」から6行目末尾までを「被控訴人Aは,Eから勧誘される前から,ワラントやワラント債などについてはある程度の知識を有していた。」と,同127頁6行目の「同年」を「平成元年」とそれぞれ改め,同135頁3行目の「信用できないことは」の次に「前記のとおり被控訴人Aは新聞記事でワラントについてある程度の知識を有していたことや」を加え,同5行目から同137頁10行目までを次のとおり改める。
「以上によれば,Eは概ねその供述する内容の説明を被控訴人Aにしたと認められるが,取引開始当初ワラントの説明書を同被控訴人に交付しておらず(同時点では後記公正慣習規則により予め顧客に取引説明書を交付し,これを使用して説明することが義務付けられていなかったが,その意義からすれば説明にあたって通常必要とされるものである。),また15分程度の短時間電話により説明をしたのみであることからすると,同被控訴人がワラント取引の特色,特に高いリスクを伴う投機性の強さについて正しく理解し,自主的判断に基づいてワラント取引を行うか否かを決することができるような説明がなされかについては疑問が残る。ワラントの説明方法としてその仕組みを図解したり,シミュレーションを記載した説明書を用いて説明することが不可欠であるとまでは解することはできず,一般的に電話による勧誘でも十分理解できるような説明がされれば違法ではないというべきであるが,電話による説明では,面接の場合と異なり相手方が説明内容を理解したかを確認するのに限界があり,相手方としてもその場で十分な質問をすることが実際上困難であることは明らかであるから,殊に初めて顧客にワラント取引を勧誘する場合,勧誘者としては顧客が同方法によっても説明を理解しえたかについて面接の場合に比してより一層配慮する必要があるというべきところ,Eにおいてかような配慮をしたことを証拠上窺うことはできず,却って上記所要時間からすると一方的な説明をしたにすぎないと認められる。また説明内容としても,Eが,権利行使期間が経過する前でも,ことに株価が権利行使価格を下回り,かつ残存期間が短くなったワラントは売却が困難となるおそれが大きいことについて説明していない(証人Eは反対尋問でこの点についても被控訴人Aに説明したかのような供述もするが,主尋問ではそのような供述をしておらず,また同供述もしたと思うといった曖昧なもので措信できない。)のであって,後日被控訴人Aに送付されたパンフレット(乙2)にも上記の点について記載はない。以上の事実によれば,Eの説明は不十分といわざるを得ず,同人の勧誘はワラントを勧誘するにあたっての注意義務に違反したもので,違法なものといわざるを得ず,控訴人は同被控訴人に対して民法715条によりその損害を賠償する責任があるというべきである。」
(四) 同144頁5行目から6行目にかけての括弧書き内「甲B一〇の1」を「甲B10」と,同154頁8行目の括弧書き内「乙七」を「乙12」とそれぞれ改め,同159頁末行の「右からすると,」から同160頁7行目末尾までを次のとおり改める。
「以上によれば,Kの供述は被控訴人Bらの供述と対比して信用することができ,これによればKは一応電話でワラントの内容について説明しているが,自主規制とはいえ,公正慣習規則9号(平成元年4月19日日本証券業協会理事会決議)によって遵守が義務付けられている説明書の事前交付の手続を怠っており,また10分程度の短時間の会話により説明をしたのみである(証人K)ことからすると,それまでワラント取引の知識も経験もない同被控訴人がワラント取引の特色,特に高いリスクを伴う投機性の強さについて正しく理解し,自主的判断に基づいてワラント取引を行うか否かを決することができるような説明がなされたことについては疑問が残る。そして前記被控訴人Aの場合と同様,勧誘者としては顧客が電話による説明によってワラントの危険性を理解しえたかについて面接の場合に比してより一層配慮する必要があるというべきところ,Kにおいてかような配慮をしたことを証拠上窺うことはできない(現にLは,転換社債や投資信託の取引については,同人限りで判断していたが,前記電話の説明に対しては十分理解できず,被控訴人Bに直接説明するよう求めている《証人K,同L》。)し,Kは,さらに権利行使期間が経過する前でも,ことに株価が権利行使価格を下回り,かつ残存期間が短くなったワラントは売却が困難となるおそれが大きいことについて説明していない(証人K)。以上の事実によれば,Kの説明は不十分といわざるを得ず,同人の勧誘はワラントを勧誘するにあたっての注意義務に違反したもので,違法なものといわざるを得ず,控訴人は同被控訴人に対して民法715条によりその損害を賠償する責任があるというべきである。」
(五) 同174頁末行の「として、」を「といって,」と改め,同177頁3行目冒頭から同178頁5行目末尾までを次のとおり改める。
「しかし,この事前の説明について,Jが特別に具体的な記憶があるとは証拠上窺えないし,何らかの記録に基づく証言でもないことや,これまでワラント取引をしたこともなく,その知識を有しない被控訴人Cが短時間の電話による説明で何ら質問をする必要がない程にワラントの特質について理解したとは考え難いこと,前記のとおりDと面会したことがある旨のJの供述は信用できないことなどの諸点に照らすと,Jの前記供述の信用性にも疑問が残り,仮に電話をしたとしてもその供述する内容の説明をしたとの点はすぐには採用できない。またJの供述によっても,同人は被控訴人Cに,権利行使期間が経過する前でも,ことに株価が権利行使価格を下回り,かつ残存期間が短くなったワラントは売却が困難となるおそれが大きいことについて説明していない(証人J)。」
(六) 同185頁7行目の「右に述べたことからすると、」から同186頁2行目までを次のとおり改める。
「以上の事実によれば,Jは,被控訴人Cに対し,ワラントの説明書を取引開始にあたり事前に交付せず,またワラントの特質について十分な説明もせず,専ら当該発行株式会社の将来性などから来る株価上昇の見込みを材料として勧誘したものといわざるを得ず,Jの勧誘はワラントを勧誘するにあたっての注意義務に違反したもので,違法なものといわざるを得ず,控訴人は同被控訴人に対して民法715条によりその損害を賠償する責任があるというべきである。」
(七) 同189頁1行目の「右事情を総合勘案すると」を「右事情に,Dの学歴及び職歴などを加え総合勘案すると」と,同2行目及び4行目の「2割」を「3割」と,同5行目の「一七七二万九八八八円」を「1551万3652円」と,同9行目の「一七七万円」を「155万円」と,同末行の「一九四九万九八八八円」を「1706万3652円」とそれぞれ改める。
(八) 当審における当事者の主張に対する判断
(1) ワラントの商品特性について
控訴人は,ワラントの権利行使期間の残存期間が短く,マイナスパリティの場合でも,その間に株価が急騰する可能性が絶無とはいえず,投資者の中にはそのような可能性に期待して値下がりしているワラントを購入する者も存在するから,取引の需要はある旨主張する。確かに権利行使期間の残存期間が短いワラントでもワラント価格の上昇が期待できるときは,同ワラントを安価で購入したうえで短期間に転売し高い利益を得ることも可能であり,当該株式会社の経営状況などの諸事情次第で取引需要がある(乙114,148)としても,これにより高い利益を得るには高度の投資判断を必要とし,一般的に権利行使期間が迫るとワラントの売却が困難となるおそれのあることは否定できないから,この点はワラントの特質として投資判断の上で重要な意味を持つものというべきであって,控訴人の上記主張は採用できない。
(2) 説明義務について
控訴人は,①説明義務が信義則上の義務である以上,顧客にもワラント取引の危険性につき的確な認識形成をするため努力すべき信義則上の義務があり,ワラントの商品内容やその危険性について一通りの説明があった場合には,十分な理解ができないと思った顧客は,そのことを証券会社に告げて注意を喚起すべきである,②被控訴人らのように転売差益を得る目的でワラント取引をする場合,投資目的にとり将来の値上がり可能性こそが重要であり,これに関連するワラントの商品特性は,(ア)その価格は基本的に株価に連動し,かつそれより値動きが大きいこと,(イ)権利行使期間を過ぎると無価値となることの2点であるから,証券会社はこの点について顧客が理解できるよう説明する義務があるが,それで足りるというべきであると主張する。
しかしながら,①については,証券会社の従業員が説明義務を履行したといえることを前提として妥当する事柄であるから,同主張は一般論として採用できず,②については,前記のとおり(イ)の権利行使期間の意味として,(イ)の点のほか一般的に権利行使期間が迫るとワラントの売却が困難となるおそれのあることについても説明義務があるというべきである。また外貨建てワラントの場合,証券会社との相対取引となること及び為替レートの影響を受けることについても投資判断に当たって重要な要素となるというべきであるから説明義務の内容となると解すべきであり,控訴人の上記主張は採用できない。
また控訴人は,説明の程度方法について,①証券取引は時々刻々と価格が変化する商品を対象とし,売買のタイミングが極めて重要であることから,電話での勧誘や注文は避けることのできない取引形態であり,原判決の判断は証券取引の実態を無視するものであり,②ワラントの商品構成は転換社債の転換権と類似しているから,転換社債の取引経験のある投資者に対してその仕組みを電話で説明することは十分可能であると主張する。
しかしながら,①の点はワラント取引を継続している場合には当てはまるとしても,取引開始に当たって説明をする際電話による勧誘が避けることができないものであるとは到底いえず,また②の点については,顧客の職業,投資経験や知識などによっては,電話による説明で理解可能な場合もあり得るとしても,常にそのようにいえるものでもなく,電話による短時間の説明しかされなかったことは,他の事情と相まって十分な理解が得られる説明がされたか否かについて影響を及ぼすものというべきであって,控訴人の上記主張は採用できない。
(3) 被控訴人Aについて
① 説明義務違反について
控訴人は,被控訴人Aは,平成2年8月初め頃から当時保有していた3銘柄のワラント(F,G,H)が値下がりしたが,ワラントが行使期間を過ぎると無価値になることを認識しながら,行使期間までに2,3年残っていることから,様子をみることとしたもので,このようなワラントの取引状況からすれば,同被控訴人はワラントの特性を十分理解しながらワラント取引を行っていたというべきであり,本件各ワラントが行使期間を経過して無価値となったのは,同被控訴人が,更なる値上がりや価格の回復を期待してこれらのワラントを売却しなかったところ,その思惑が外れたことに原因があるもので,購入時の投資勧誘とは相当因果関係がないと主張する。
しかしながら,被控訴人Aが行使期間が経過するまでにワラントの価格が回復することを期待して様子を見ていた(被控訴人A本人)ことは,行使期間を経過すればワラントが無価値になることを理解していたことになっても,前記の権利行使期間が迫るとワラントの売却が困難となるおそれのあることについても理解していたことにはならず,むしろその点の無理解によるものであるとみることもでき,控訴人の主張は採用できない。
② 過失相殺について
控訴人は,被控訴人Aに対し,ワラントの値動きの大きいことや外国証券であることから為替レートの影響を受けることは説明しており,他方同被控訴人の投資経験や同被控訴人に対する説明の内容,ワラントの取引状況などに照らせば,大部分は同被控訴人の責任であるというべきであるし,原判決は平成元年10月以降に購入した3銘柄(G,H,I)のワラントによる損失について,被控訴人Aの過失割合を5割ないし7割に区別したが,その合理的理由がないと主張する。
しかしながら,引用にかかる原判決138頁4行目から140頁8行目までのとおりであり,また番号5の取引については,平成2年3,4月ころ被控訴人Aが新聞によりワラントの危険性が大きく報道されたことを知った以後の取引であることからすれば,それ以前の取引との間に同被控訴人の落ち度が異なることは明白であり,過失相殺割合を異にしても不合理とはいえない。
(4) 被控訴人Bについて
控訴人は,被控訴人Bの過失は大きいとしながら,過失割合を4割の限度でしか認めておらず,同被控訴人の投資経験や,同被控訴人に対する説明内容,同被控訴人が妻Lを介してワラントの取引説明書を受領したのは本件Mワラントの受渡日である平成2年7月19日であるから約定後同被控訴人はすぐにワラント取引について検討する機会が与えられていたことなどに照らすと,同被控訴人の過失は大きいというべきであると主張する。
しかしながら,引用にかかる原判決161頁5行目から163頁7行目までのとおりであって,控訴人の上記主張は採用できない。
(5) 被控訴人Cについて
控訴人は,Dは医師として現場からは身を引き,取引にあたっては妻の被控訴人Cを通して取引に当たっているものの,同被控訴人はDと相談して取引判断をしており,Dの通常の会話や判断力に支障があったのでなく,従前の取引経験のほか時間的余裕もでき,これまで以上に慎重に取引できたものであるから適合性違反とはならないと主張する。
しかしながら,引用にかかる原判決164頁5行目から同174頁6行目までのとおりであるほか,被控訴人Cが証券会社従業員の説明を受けてDにその内容を告げて判断する取引形態であったから,同被控訴人が受けた説明を正しく理解したうえでDに説明する必要があるところ,被控訴人Cの知識経験からするとDに対し適切な情報を正確に提供するのは困難な状況にあったといわざるを得ないし,Dが社会的に引退したことにより時間的余裕が十分にあったかどうかは,適合性の有無の判断に影響を及ぼす事項であるとはいい得ないから,控訴人の上記主張は採用できない。
2 以上によれば,被控訴人Cの本件請求は本判決主文の限度で,その余の被控訴人らの本件請求は原判決主文の限度で理由があるから認容すべく,その余は理由がないから棄却すべきである。よって被控訴人Cについてはこれと一部異なる原判決を主文のとおり変更し,その余の被控訴人については本件控訴を棄却することとし,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 武田多喜子 裁判官 松本久 裁判官 小林秀和)