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大阪高等裁判所 平成12年(ネ)3328号 判決 2001年9月27日

主文

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1控訴の趣旨

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人は控訴人に対し,1500万円及びこれに対する平成8年12月21日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は,第1,2審を通じて被控訴人の負担とする。

第2事案の概要

次のとおり付加,訂正するほかは,原判決の「事実及び理由」中の「第二事案の概要」に記載のとおりであるから,これを引用する。

1  原判決3頁10行目の「原告は,」の次に「中学校を卒業後,金網製造会社,クリーニング店など数カ所に勤務した(甲22)後,」を加え,同行の「臨時採用された後,」を「臨時雇いとして採用された後,」と,同4頁1行目の「定年退職する予定になっている。」を「定年退職した。」とそれぞれ改める。

2  同7頁1行目の「補助的」の次に「,見習的」を加える。

第3当事者の主張

次のとおり付加,訂正するほかは,原判決の「事実及び理由」中の「第三当事者の主張」に記載のとおりであるから,これを引用する。

1  原判決の補正

(1)  原判決26頁9行目の「賃金研究所」を「賃金管理研究所」と改める。

(2)  同51頁8行目の「被告」を「控訴人」と改める。

(3)  同55頁10行目の「肝臓がん」を「腎臓腫瘍」と改める。

2  控訴理由の要旨

(1)  主張,立証責任に関して

差別是正裁判の主張,立証の枠組みに関して,採用時期が同時期であって,勤続年数も採用資格も同等であるからといって,技能,知識,作業成績,対人折衝能力において比較対象者と同等であるといえないことは当然の事理であるとする考え方はおかしい。生産を達成するための工場において組織された労働過程では,生産目的の達成の観点から見れば,個々の労働者の個性などは捨象され,労働のための「技能,知識,作業成績,対人折衝能力等」はそれぞれの労働者が一定のレベルにあれば十分ということであって,労働の過程で「技能,知識,作業成績,対人折衝能力等」が労働との関係で同等でないということが当然の事理であるなどとはいえない。L工業では,むしろある生産現場で働く労働者の「技能,知識,作業成績,対人折衝能力等」は同等であり,それが達成できない労働者は,例外的に他の労働者と同等でないことを見い出され,労働現場から排除されることになる。

近年使用者側が,査定と称し労働者間に小さな格差を設けるのは,全体としては労働の組織のために労働者の質の同等を確保しながら労働者の競争心を利用して労働密度を高め,かつ労働者同士の反発により団結がしにくいシステムを作るためである。

控訴人は,入社以来,重労働に従事しつつ,まじめに働いてきたことを主張,立証してきたことが明らかであり,「採用時期が同時期であって,採用資格も同等である」ということのみを主張,立証してきたというのは控訴人に対する偏見に過ぎない。

(2)  控訴人に対する差別開始時期について

控訴人は,控訴人に対する差別が始まったのは,昭和58年ころ以降,Oが課長になって,同人が控訴人を目の敵にして攻撃し始めてからと主張している。

損害の計算について等差数列を用いてその年数を勤務年数としているのはあくまで損害計算の方法である。

(3)  昇格について

被控訴人においては,中卒採用者男子は控訴人以外は例外なく3等級になっている。字面では2等級と3等級とは区別されているが,実際は,等級ランクの違いは1~3等級と4~6等級の間である。控訴人は,仕事のミスなく堅実に仕事をこなしてきたことが明らかなのであるから,3等級にならなかったことについて合理的な説明がなされるべきである。

(4)  判断の比較対象者の選定

差別事件は,同時期に同資格で入った者が同じ仕事をし,同じ資格等級にあって,かつ賃金に差異がある場合のみ比較ができ差別の合理性の有無を判断できるという考え方はおかしい。これでは,同時期に同資格で入った者を差別し,資格等級にことさら差をつけ,仕事も差別される側はきつく汚い仕事を押しつけられるという差別の常道が行われた場合には,その比較ができないから,差別の合理性を判断できないということになり,それは,結局,賃金昇格昇進差別は一切審理の対象にしないという差別容認放置の論理である。

(5)  昇格昇給制度の運用について

本件において,控訴人が勤務成績に基づいて評定されたことを裏付ける客観的な資料は一切提出されていない。被控訴人においては,年功的運用をベースに「能力評価,成績評価」という考課査定を付加しているのが実態である。我が国の賃金制度においては,結局,能力といっても,成績といっても年功による賃金変化の流れの中で,被評定者の人格評価というあいまいなものが評定者の主観によって評定され,それに基づき賃金や賞与に考課査定がされるのである。そして,さらにそこに使用者(評定者)の恣意が入ると,この評定は確たる基準がないのであるから,差別のためこの考課査定を使うことは容易である。

2等級から3等級への昇格が,昇格に要した時間が違うから年功的な制度でないとするのは誤りであり,年功的運用は疑問の余地がないだけでなく,時間の経過の長短に係わらず,控訴人を除く誰もが昇格していることが重視されなければならない。

(6)  証拠評価について

被控訴人が主張する控訴人に対する悪口を裏付ける客観的証拠が何もないことは明らかである。控訴人の供述,陳述を正しく評価すべきである。そして,Pが控訴人より勤務成績や能力で優れていたという客観的な証拠はない。本件調停の経過に関して,本件調停時においても被控訴人が控訴人の勤務態度を問題にしていたとするのは,全くの誤りである。

(7)  本件事件の判断枠組みについて

「昇格,昇級において考慮される勤務成績の評価は,当該従業員の勤務実績のみならず,当該従業員の職務に関連するあらゆる事項に基づく多面的,総合的評価であり,どのような側面を重視するかは使用者に委ねられた固有の裁量事項であり,当該評価が著しく不合理であることが明らかでない限り違法とはならない。」とする考えは,勤務実績によらない固有の裁量というものがあるのか,成績主義でなくて何に基づいて従業員を評価するのか,あらゆる事項とは何を意味するのか,また,多面的,総合的評価とは何かなど,全くその内容が不明であり,何らの裏付けもなく,際限のない裁量論であって,明らかに誤りである。

(8)  差別意思について

本件における労災差別,慶弔差別等に関する控訴人の主張は,正当であり,認められるべきである。

第4当裁判所の判断

当裁判所も,控訴人の請求は理由がなく棄却すべきものと判断するが,その理由は,次のとおり加除,訂正するほかは,原判決の「事実及び理由」中の「第四当裁判所の判断」記載のとおりであるから,これを引用する。

1  原判決69頁3行目の次に改行の上,次の記載を加える。

「控訴人は,前記の点に関して,生産を達成するための工場において組織された労働過程では,生産目的の達成の観点から見れば,個々の労働者の個性などは捨象され,労働のための「技能,知識,作業成績,対人折衝能力等」はそれぞれの労働者が一定のレベルにあれば十分ということであって,労働の過程で「技能,知識,作業成績,対人折衝能力等」が労働との関係で同等でないということが当然の事理であるなどとはいえないと主張し,また,前記見解によれば,本件に限らず差別事件は,同時期に同資格で入った者が同じ仕事をし,同じ資格等級にあって,かつ賃金に差異がある場合のみに比較ができ差別の合理性の有無を判断できるという趣旨になり,差別容認放置の論理であるなどと主張する。しかし,本件は不法行為に基づく損害賠償請求事案であるから,前記①ないし④の各点を原告(控訴人)において立証すべきは当然のことと解される。また,前記①ないし④の判断枠組みによっては,およそ控訴人主張のような場合にしか差別事件の判断ができないことになるというようなものではないことは明らかであり,控訴人の前記主張はいずれも採用することができない。」

2  同70頁4行目から9行目までを次のとおり改める。

「このことを本件についてみるに,控訴人は,賃金差別により被った損害額を算定するについて入社時(昭和46年)から本件訴訟提起時(平成8年)までの年数(25年)を前提としており,この主張からすれば,被控訴人の控訴人に対する不法行為は控訴人の入社直後から始まっていると理解するのが通常であると思われる。しかし,前記(控訴理由の要旨(2))のとおり,当審において,控訴人は,被控訴人による差別の始期は,昭和58年ころ,Oが課長になって,同人が控訴人を目の敵にして攻撃し始めてからと主張しているところである。」

3  同74頁2行目の「(但」から4行目末尾の「ない。)」までを削る。

4  同84頁3行目の「原告の出勤率」の次に「(乙3の1・2)」を加える。

5  同91頁5行目から94頁4行目までを次のとおり改める。

「(三) 証拠判断

(1)  被控訴人は,控訴人の入社以降の勤務態度などについて,①仕事に対して積極的に取り組む姿勢が見られず,できるだけ楽な仕事をしようとする,②動作が緩慢である,③機械の習熟度が劣る,④長期欠勤が多い,長期欠勤でなくても当日の朝になって突然休むことが多くて当てにできない,⑤届出に関する規則や上司の指示に従うことができないなどの指摘をしている。そして,前記認定事実に証拠(乙11,25の1~47,26の1~130,31,37の1~6,38,43~45,証人M,同N,同O,同P)及び弁論の全趣旨を総合すると,控訴人は,平成元年4月から平成3年3月までの間には病気等による長期欠勤が多く,また,平成3年4月から平成5年3月までの間,平成7年4月から平成9年3月までの間にも,他の従業員に比較して著しく欠勤する日が多かったこと,そしてその休暇の届出も怠ったり,すぐには提出しないことがかなり多かったこと,昭和58年4月から平成4年4月まで課長等として控訴人の上司であったOは,控訴人について,作業が緩慢であり,仕事を嫌がる,機械の習熟度が劣っている,積極性,協調性に劣るなどと判断し,評価基準書に基づき控訴人に対し低い評価をしたこと,昭和59年6月から係長として控訴人の上司であったNもまた,控訴人についてOと同様の評価をしていたこと,被控訴人としては,平成2年9月以降は,控訴人には健康状態も考慮して比較的負担の軽いリンサーと空瓶検査機の仕事を割り当てたこと,被控訴人では1年に1回自己申告書を提出することになっていたが,控訴人は,平成5年から平成8年までの分については名前と所属以外何も記載しないで提出したことなどが認められる。

控訴人は,これらの指摘を否認し,また,そのような事実を裏付ける客観的な証拠はない旨主張し,この主張に沿う趣旨の供述,陳述(甲22,26,30)をしている。しかし,これらの事実のうち,欠勤の程度,担当した職務,自己申告書の提出などに関する事実については客観的に明らかというべきである。そして,控訴人の供述,陳述中には,全体として不正確,誇張と思われる部分も相当認められるのであり,他にO,Nらの前記供述を否定すべき特段の証拠もなく(これらの供述について客観的証拠を要求することは,ことの性質上,困難である。),これらのことからすると,前記O,Nらの評価が不相当なものであったとまで認めることはできない。

(2)  一方,証拠(乙4の1・2,38,証人N,同O)及び弁論の全趣旨によれば,昭和63年12月から平成8年12月までのPの出勤率は100パーセントであること,Pの上司であったO,Nは,Pについて,勤務態度がまじめである,若い従業員に対する指導力があるなどの評価をしていたことが認められる。

(3)  そうすると,控訴人とPとの間に賃金格差が認められる期間において,控訴人とPとの間には勤務実績(出勤率)に大きな差があること,上司からの評価が相当に異なり,その評価を不当なものであったというべき証拠はないことを指摘することができる。」

6  同95頁9行目から10行目にかけての「読み取れるのであるから,」を「読み取れる。」と改め,同10行目の「少なくとも,」から同96頁1行目末尾までを削る。

7  同96頁2行目から5行目までを次のとおり改める。

「 以上によれば,被控訴人は,本件調停の段階で,控訴人の勤務態度を問題にしていなかったとはいえないし,前記認定事実によれば,被控訴人は長年にわたり控訴人の勤務態度に対する評価をしてきたことが認められるのであり,それが賃金査定に影響を及ぼすのは当然のことと考えられるから,本件調停の際の被控訴人の対応をもって,被控訴人はそれまで,控訴人の勤務態度や能力を賃金格差の理由としていなかったということはできない。」

8  同98頁1行目及び2行目を次のとおり改める。

「控訴人は,被控訴人においては,中卒採用者男子は例外なく3等級になっているのに控訴人が2等級のままであることは昇格差別である旨主張する。確かに控訴人の処遇自体,異例といえなくはない。しかし,前記認定事実(前提事実3(二)(1))及び証拠(乙31,証人M)によれば,3等級と2等級ではその内容に質的な差があり,3等級は自己の判断能力,計画・調整・対人折衝能力,指導・監督能力が要求される職位であることが認められるのに対し,前記認定のとおり,従来から,勤務態度について低い評価を受けており,特に平成元年に入ってから,病気により長期欠勤をし,その後も欠勤することが多く,その体調不良のゆえ,比較的負担の軽い業務を担当している控訴人について,3等級に昇格させなかったからといって,それをもって直ちに被控訴人において控訴人に対し著しく不合理な評価をし,その裁量権を超えた違法な措置をしていると断定することはできないというべきである。

そして,その他,本件において,被控訴人が控訴人の職務に対する能力,適性について著しく不合理な判断をしたと認めるに足りる証拠はない。」

9  同100頁1行目の「主張する」の次に「(なお,控訴人は,当審において,これまで,控訴人が昭和46年から差別を受けたという主張など全くしていないのは明らかであると主張する。しかし,控訴人の上記主張は,控訴人提出にかかる訴状に明記され(入社当時の「詐病」問題等),その後,差別は昭和58年から始まったとの主張もあるが,上記主張を撤回した旨の明確な主張もないのであって,この点に関する控訴人の主張は理由がない。)」を加える。

10  同100頁10行目から101頁7行目までを次のとおり改める。

「しかしながら,控訴人が本訴で主張している賃金面での差別的取扱いについてみると,原判決別紙基本給等比較表によれば,控訴人とPとの間には,賞与については昭和50年から,基本給については昭和52年から格差が生じているのであって(なお,Pは昭和54年に3等級になっている。),昭和58年から格差が生じ始めたというものではない。また,控訴人の当時の上司であった証人Oの証言や,控訴人の供述,陳述を検討しても,この点に関する社会党議員と被控訴人側とのやりとり,経過も明らかではなく,被控訴人において,昭和58年ころ以降に初めて控訴人に対し,著しい差別的扱いをするようになったとの客観的な事実も認められないから(B評価がC評価等になったことだけでは,直ちにこれに当たるとはいえないことは,前提事実中の「昇級評語の変遷」やその後のPの評価を参照。),被控訴人が控訴人を社会党ないし共産党の思想を有しているとみなして以後,差別をしたと認めるに足りないといわざるを得ない。」

11  同106頁末行の「弁論の全趣旨」を「証拠(乙48,49)及び弁論の全趣旨」と改める。

12  同108頁4行目の「そもそも」から同6行目の「証拠はなく(甲二〇,乙四七参照),」までを「甲12,乙47及び弁論の全趣旨によれば,少なくとも控訴人がけん責処分を受けた当時は,それは始業時間開始以降に行われていたから,」と改める。

13  同109頁6行目から7行目までを次のとおり改める。

「(六)以上のとおり,控訴人が主張する差別意思の徴表事実は,証拠上,これを認めることができない。もっとも,控訴人本人の供述,陳述によれば,控訴人には,自己の言い分や訴えを被控訴人(上司)がまともに取り上げてくれず,上司や同僚等から不当に低い評価をされ,差別的な扱いを受けているとの被害感情が強いことがうかがわれる。

そして,前記控訴人の労災の訴えに対する被控訴人の対応には,必ずしも適切とは思われないところがみられるところである。

しかし,控訴人の入社以来の仕事振り,働き振りに対する上司の評価が低いことは,前記二で認定判断のとおりである。なお,この点について,控訴人が社会党の議員に仲介等を依頼したことがその決定的な原因であると断定するに足りる証拠はない。そして,平成元年以降の控訴人の出勤状況等が著しく悪いことは(例え,病気の故であるとしても),前記のとおりである。このような一連の経緯の中で,上司や同僚等において,控訴人が上記のような感情を有するに至る対応が現れているとみられないではなく,その中には,上記のように必ずしも適切と思われないものも散見される。しかしながら,本件証拠上,これらの事実等から,被控訴人において,控訴人に対し,入社以来,あるいは昭和58年ころ以降,一貫して,故なく差別的扱いをし,差別的な処遇をしてきたとまで認定することは困難である。」

第5結論

よって,原判決は相当であるから,本件控訴を棄却し,控訴費用は控訴人に負担させることとして,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 浅野正樹 裁判官 東畑良雄 裁判官 古久保正人)

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