大阪高等裁判所 平成12年(ネ)3473号 判決 2001年6月12日
控訴人(被告) 中國國際商業銀行
日本における代表者 A
訴訟代理人弁護士 宇佐美明夫
同 森戸一男
被控訴人(原告) 株式会社伸洋商事
代表者代表取締役 B
訴訟代理人弁護士 遠藤誠
主文
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
第1当事者の求める裁判
1 控訴人
(1) 原判決を取り消す。
(2) 被控訴人の請求を棄却する。
(3) 訴訟費用は第1、2審とも被控訴人の負担とする。
2 被控訴人
主文と同旨。
第2当事者の主張
1 原判決の引用、補正
(1) 当事者の主張は、次の2のとおり附加する外、原判決第二の「事案の概要」欄(3頁5行目から15頁末行目まで)記載のとおりであるから、これを引用する。
(2) ただし、次のとおり補正する。
ア 原判決4頁2、3行目の「株式会社である」の次に「(甲31)」を加える。
イ 同8頁5、6行目の「利用されるもである」を「利用されるものである」と改める。
2 当審附加主張
(1) 控訴人
控訴人が本件アメンドの通知を遅延させたことは違法とは認められない。また、本件アメンドの通知の遅れと被控訴人主張の損害の発生との間には、相当因果関係があるものとも認められない。その理由は原審で主張したとおりであり、当審で提出したC教授(帝塚山大学法政策学部)の鑑定意見書(乙19)からも裏付けられる。
(2) 被控訴人
控訴人の前記主張を争う。
理由
第1判断の大要、原判決の引用等
1 判断の大要
当裁判所も、原判決と同様、大要次のとおり判断する。
(1) 控訴人が本件アメンドの通知を遅延させたことは違法であり、本件アメンドの通知の遅れと被控訴人主張の損害(ただし、弁護士費用は50万円の限度)の発生との間には相当因果関係があるものと認められる。
(2) 控訴人は被控訴人に対し、不法行為による損害賠償金562万9,729円、及びこれに対する平成10年3月1日から完済まで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払義務を免れない。
2 原判決の引用・補正
(1) 引用
前記1の判断の理由は、次の第2のとおり附加する外、原判決第二の二「争いがない事実等」欄(4頁1行目から7頁末行目まで、ただし前記補正後のもの)、同第三「争点に対する判断」欄(16頁1行目から31頁8行目まで)記載のとおりであるから、これを引用する。
(2) 補正
ただし、次のとおり補正する。
ア 原判決18頁8行目の「平成10年1月26日」の次に「午後6時33分(乙5)」を加える。
イ 同頁10行目の次に行を改め、次のとおり加える。
「控訴人東京支店が電信装置の印刷部分を可動させておけば、控訴人は前同日同時刻直後に前記通知を印刷することができた。しかし、控訴人東京支店では、同日午後6時33分は既に就業時間外ということで前記印刷部分を停止させていたので、前記通知文言を印刷できなかった(<証拠省略>)。
ウ 同頁末行目の「午前8時11分」の次に「(前記印刷部分を再可動させた直後、乙5)」を加える。
エ 同23頁7行目の「適確」を「的確」と改める。
オ 同25頁8行目の「転送依頼を受けながら」の次に「(平成10年1月26日午後6時33分直後に転送依頼を受けたということも可能である。)、」を加える。
カ 同26頁末行目から同27頁1行目の「転送するよう依頼を受けながら」の次に「(平成10年1月26日午後6時33分直後に転送依頼を受けたということも可能である。)、」を加える。
キ 同28頁3行目の「入ったのであるから」の次に「(平成10年1月26日午後6時33分直後にその電信が入ったということも可能である。)」を加える。
ク 同30頁10行目の「代金値引額」の次に「447万4,972円)」を加える。
ケ 同頁同行目の「信用状金額」の次に「(1,430万8,900円)」を加える。
コ 同31頁1、2行目の「相当因果関係があるというに障げはない」を「相当因果関係があるといえる」と改める。
第2控訴人主張の検討
1 信用状の無因・独立抽象性の原則について
(1) 控訴人主張
ア 信用状に基づく債権、債務関係は、信用状発行の原因となった売主・買主間の売買契約その他の契約(原因関係)からは独立したもので、その意味で無因(独立抽象性)である。したがって、通知銀行は信用状の記載に従って通知事務をすれば足りる。
イ 本件では、被控訴人の主張する船積期限や信用状の通知を待って船積するといったようなことは、何ら本件原信用状及びアメンドに条件として記載されておらず、被控訴人が原因関係たる売買契約上の納期限に納入するための船積を行わず義務違反を生じたというのであれば、それは専ら被控訴人の負担と責任において行ったものであり、控訴人の関知するところではない。
(2) 検討
ア 信用状統一規則3条は、前記(1)アのとおり信用状の無因・独立抽象性を謳っている。このように信用状の無因・独立抽象性が認められている根拠は、売買契約の当事者ではない銀行をその契約の拘束から開放し、もって信用状の迅速かつ円滑な取引をはかることにある。
イ すなわち、信用状の発行を依頼した買主は、信用状に基づき振り出された手形につき、支払又は引受を行う発行銀行に対して補償すべき義務を負っている。
その場合、もし買主が売主の売買契約上の違反(例えば、品質不良、数量不足、積出遅延)を理由として手形補償を拒否すれば、発行銀行もまた売主・買主間の紛争に巻き込まれ、その資金の回収をはかることが困難となる。
また、発行銀行に対して売買契約の詳細な点検を求め、商品の品質・数量や船積日までの確認を求めることは、実際上銀行に不能を強いることになり、ひいては荷為替金融が回避される結果になる。
そこで、買主が売買契約上の違反を理由に手形補償を拒否することができないこととし、前記のような弊害を避けるために考え出されたのが、信用状の無因・独立抽象性の原則である。
ウ ところが、本件は、通知銀行(控訴人)の過失によって本件アメンドの通知が遅延し、そのため受益者(売主、被控訴人)が債務の本旨に従った本件売買契約の履行ができなくなり、法律上の保護に値する利益が侵害され損害を被ったと主張して、被控訴人が控訴人に対し、不法行為に基づく損害賠償を請求している事案である。
このように、本件は信用状やアメンドの無因・独立抽象性の適用場面ではないから、控訴人が本件において信用状やアメンドの無因・独立抽象性を根拠に免責を主張することはできない。
2 信用状の有効期限、船積最終日について
(1) 控訴人主張
控訴人は、本件アメンドを平成10年2月4日に通知しており、本件アメンドの有効期限(平成10年2月28日)及び船積最終日(同月20日)に十分に余裕のある日に通知している。このように、本件アメンドの通知遅延は本件原信用状及びアメンドの効力に影響はないので、違法ということはできない。
(2) 検討
ア 本件アメンドの「船積最終日 平成10年2月20日」というのは、分割積みが許されている(乙2の3)ことからも明らかなように、その分割積みは遅くとも平成10年2月20日までには船積するという最終期限の意味である。船積最終日である平成10年2月20日までに本件アメンドを通知すればよいという意味ではない。
そして、被控訴人が本訴で損害賠償の対象としている売買取引は平成10年1月31日船積の約定分であり、本件アメンドが対象としている売買取引はそれ以外にも多数存在する(甲31)。
イ ところで、信用状は国際売買取引における代金決済の手段として利用されている。一旦信用状が開設されると、売主(受益者)には信用状により代金を決済をすべき義務が生じ、原則として買主に対し直接売買代金の支払を請求することができなくなる。
しかも、国際売買取引では、信用状の通知到達を確認しないで商品を発送することは、売主にとって売買代金回収についての大きな危険・リスクを背負うことになる。そのため、国際売買取引では、受益者(売主)が信用状の通知到達を確認し、代金決済の確実性を確かめてから輸出(商品の船積)するのが実態である。
そのようなことから、実際の銀行実務においても、通知銀行は、信用状に記載された「船積最終日」や「有効期限」とは関係なく、できるだけ迅速に通知事務を処理しているのが実状である(甲12)。
このように、信用状の通知が遅滞なく迅速にされるという信頼があるからこそ、信用状が国際売買の代金決算手段として利用されているのであり、通知銀行より迅速な通知が受けられるという受益者(売主)の信頼は法律上の保護に値する利益と認められる。
ウ 以上の諸事情を総合すると、控訴人が被控訴人に対し、本件アメンドの有効期限(平成10年2月28日)及び船積最終日(同月20日)前である平成10年2月4日に通知しているからといって、本件アメンドの通知遅延が違法であると認めることの妨げとはならない。
3 被控訴人主張損害額の相当性について
(1) 控訴人主張
被控訴人が、本件売買代金額の35%ないし50%の値引分や航空運賃を損害として請求するのは、過大請求である。
(2) 検討
<証拠省略>及び弁論の全趣旨によると、次のア及びイの事実が認められる。この事実によると、本件売買代金額の35%ないし50%の値引分や新たに支出を余儀なくされた航空運賃は、本件アメンドの通知遅延と相当因果関係のある損害であり、その請求が過大請求であるとは認められない。
ア 控訴人が本件アメンドの通知を遅延させたことから、被控訴人は本件売買契約の対象商品を期限までに船積することができなくなった。そのため、被控訴人は、フィニアックから商品納入の遅れについて抗議を受け、直ちにフィニアックと交渉した。その結果、被控訴人は、直ちに商品を航空便で発送して値引に応じる代わりに、商品をフィニアックに買い取らせ、損害の発生を最小限に押さえることができた。
イ すなわち、もしフィニアックが商品納入の遅れを理由に本件売買契約を解除しておれば、被控訴人は新たな買主を探さなければならない。その場合、被控訴人には次のような損害の発生が予想され、被控訴人が本訴で請求しているよりも多額の損害が発生していたことが認められる。
(ア) 新たな買主に商品を引き渡すまでの倉庫保管料や運搬費用も負担しなければならない。
(イ) 新たな買主には、次の理由から、本件売買契約上の売買代金よりもはるかに安い価格でしか商品を売却できない。
a 本件商品(布地)は台湾向けの商品である。台湾と日本とでは国民性・文化が違い、大衆の好み・流行が異なる。そのため、日本の買主には、本件商品を本件売買代金額よりも相当安い価格でしか売却できない。
b 本件商品(ファッション商品)には流行、季節性があり、翌年に売却すればよいという単純なものではない。直ちに安値でも売却しなければならない。
c 本件商品(布地)はデザイン、色が既に出来上がっているので、新たな買主はデザイン、色を選択できない。そのため、新たな買主には相当買い叩かれるのが確実である。
第3結論
1 以上によると、被控訴人の本訴請求については、原判決主文一項記載の限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないので棄却すべきである。
2 よって、これと同旨の原判決は相当であり、本件控訴は理由がないので棄却し、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 大出晃之 裁判官 紙浦健二 裁判官播磨俊和は転補のため署名押印できない。裁判長裁判官 大出晃之)