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大阪高等裁判所 平成12年(ネ)3566号 判決 2001年10月19日

控訴人

加太漁業協同組合

右代表者理事

太石清

右訴訟代理人弁護士

月山桂

月山純典

山崎和成

田邊和喜

被控訴人

甲野一郎

外二名

被控訴人ら訴訟代理人弁護士

藤井幹雄

金原徹雄

主文

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1  申立

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人らの請求をいずれも棄却する。

第2  事案の概要

1  被控訴人甲野一郎、同甲野二郎は控訴人の正組合員、同甲野三郎は控訴人の准組合員であったものであるが、控訴人は、被控訴人らが控訴人において定めた遊漁船の統一料金を守らないとして、平成一〇年五月二一日の控訴人の通常総会において、被控訴人らを控訴人から除名する旨の決議を行った。本件は被控訴人らが控訴人に対し、上記除名決議の無効確認を求めた事案である。

2  本件の前提事実(争いのない事実及び証拠により容易に認められる事実)、並びに争点及びそれに対する当事者の主張は、以下の通り当審における主張を付加するほか、原判決三頁八行目から二二頁六行目までのとおりであるから、これを引用する。

3  当審における付加主張

(1)  控訴人

① 水協法二七条一項三号が除名を組合員の脱退事由としたのは、これにより組合の秩序維持を図る趣旨に出たものであり、同条二項三号が法定の除名事由以外に「その他定款で定める事由」を除名事由としたのは、組合の秩序維持のために除名処分の必要性を認めて、組合の意思を重視し、組合の自治を尊重したものにほかならない。当該組合員が組合の秩序を乱すものかどうか、当該組合員を組合から排除すべきかどうかを判断し決定するのは、第一義的には組合自身なのであって、組合員が組合目的を逸脱する行動に出て、それが客観的に除名事由に該当する場合、法定の手続を履践する限りにおいて、当該組合員を現実に除名するかどうかは、原則として組合自身の裁量に大きく委ねられていると解するべきである。

② 本件において、被控訴人らは本件統一料金規約に違反し、控訴人の度重なる説得に応じず、自らの経営理念に基づいて低額な料金で違反行為を反復継続したものであるが、このことにより被害を被っている他の組合員から不満が噴出したのは余りにも当然の成り行きであった。

加太の遊漁船業者は遊漁船組合に加入しているか否かを問わず、控訴人が共同漁業権を有し、稚魚の放流や築磯の設置などにより水産資源の保護管理に努めている加太先海域を共同利用する形で、同じように遊漁船業を営んでいるからこそ本件統一料金規約を遵守しているのに、最大手で大型船を三隻も保有する被控訴人らがこれを無視して低料金で堂々と操業するのを放置すると、加太という優良な漁場を目当てに訪れる釣り客を被控訴人らが独占することに繋がり、組合員間の公平に著しく反することになるのである。

上記の事情のもと、平成一〇年五月二一日の控訴人の組合員総会において法定の手続に従って被控訴人らの除名が審議されたものであるが、同総会においては全投票の八割を超える(有効投票では約九割に達する)圧倒的多数の組合員が、被控訴人らを除名すべきであると判断したものである。このような組合員の圧倒的多数の意思を否定し、除名決議を無効というためには、除名権限の逸脱濫用と認めるに足りる著しく不相当な事情が必要というべきであるが、本件にあっては、控訴人において軽微な違反に藉口し、被控訴人らをことさらに排除しようとした事情は全く存在しない。

③ 被控訴人らは、釣り情報誌に本件統一料金より低額な料金を掲げるなどして、新規釣り客を大々的に誘引獲得しており、その一方で他の遊漁船業者の収入は、近年減少傾向にあるのが現状である。控訴人がした被控訴人らの除名決議を無効とするときは、被控訴人らに続く遊漁船業者がでてくることも想像に難くないのであって、この場合、経営基盤の強固な遊漁船業者は被控訴人らとの価格競争をなし得るかもしれないが、大部分を占める弱小の遊漁船業者は経営が成り立たず、組合員相互の経済的社会的地位の向上を図るという組合の基本目的が達成できなくなることも明らかである。

そして、遊漁船業者の過当競争となった場合、被控訴人らが昼釣りを実施していることからも解るように、水産資源の保護、豊かな漁場の確保という本来の漁業を営んでいる組合員の利益に配慮せず、遊漁客による濫獲が行われる危険も大きいのである。

④ 遊漁船業は自己の資本と才覚で自由に営業しうる商工業者とは異なり、限られた漁場における限りある水産資源を有効に共同利用できてはじめて成り立つ事業である。それ故に共同漁業権は、各組合員にではなく漁業協同組合自体に与えられており、実際に漁業協同組合は海域の共同利用について様々な規制を設け、稚魚の放流や人工礁の設置等により漁場を維持管理しているのである。組合員の事業は共同性の強いものであり、漁業協同組合の目的が組合員の経済的社会的地位の向上にある以上、遊漁船業者間の収益の公平性が要求されるのであって、遊漁船業の場合に収益の公平性を求めるには、遊漁船料金を統一することが合理的かつ実効的であり、他に有効な手段は存在しない。これを消費者の側からみても、これら消費者は当該漁業協同組合が管理する限られた漁場の個性に着目して釣りに訪れるのであり、釣果に左右されない統一料金設定は、それが不当に高いものでない限り、かえって顧客サービスになるものである。漁業協同組合あるいは漁港ごとの統一遊漁船料金は全国的に実施されているが、各漁業協同組合や漁港の管理する海域は、いずれも小規模で分散しており、一定の海域における遊漁客に対して一漁業協同組合が優越的地位を占めると言った事態はおよそ生じない。しかし各漁業協同組合自体は小規模であるため規約違反に対して統制がとれなければ、組合員の競争が激化し、秩序ある漁場の共同利用はなしえなくなることなどを総合的に考慮すれば、漁業協同組合が遊漁船料金を規約として定め、組合員にその遵守を求めることは、正当な組合の行為である。

⑤ 以上によれば、控訴人がした被控訴人らの除名決議が、不相当なものであるなどとは言えない。

(2)  被控訴人ら

① 一漁業協同組合内において、遊漁船業者の料金が統一されておらず区々である場合には、料金が高額な業者よりも低額な業者の方に客が集まりやすいことはあり得るが(しかし客の選択は、単に料金の多寡が決定的な要因であるとも言えない)、それは業者間の集客力に差が出るということではあっても、漁場全体としての濫獲による水産資源の減少ということには結びつかない。従って、控訴人は、控訴人組合員が行う遊漁船業について、統一料金を定めて各組合員にその遵守を要求することはできない。

② 控訴人による統一料金の定めは、末端の一般利用客が負担すべき消費者価格を統一し、遊漁船の利用客に対して協定価格以下の料金でサービスを提供しようとする組合員の行為を禁止するというものであり、本来組合に許容された事業目的の範囲を逸脱するものである。従って、これを独禁法(平成一二年法律第七六号による改正前のもの。以下同じ。)二四条にいう「組合の行為」と見ることはできない。

独禁法がその二四条において、一定の要件を充足する組合の行為を、原則としてその適用範囲から除外することとしたのは、単独では大企業に互して経済活動を行うことが困難な企業規模の小さい事業者や消費者が、相互扶助を目的とする協同組合を組織することにより、公正かつ自由な競争の促進の主体となりうることを考慮したものと解すべきである。従って同法二四条ただし書きの「不当に対価を引き上げることとなる場合」の解釈にあたっても、そこにいう「不当に」とは、ここに指摘した独禁法二四条の立法趣旨の範囲を超えて行われる価格の引き上げを意味すると解されなければならず、このことからすれば、適用除外となるべき行為は大企業に対するものに限定されるべきであり、他の中小企業者や消費者に対する支配的な行為までもが容認されるものであってはならないのである。

控訴人による本件統一料金の定めは、控訴人組合員(所有船舶に多少の大小はあるものの、いずれも零細な遊漁船業者である)に統一料金以下での営業を禁じ、これによって消費者である釣り客に不利益を強いるというものであって、独禁法二四条がこのような行為を同法の規制対象から除外しているものとは到底解することが出来ない。

③ そもそも漁業協同組合なるものは、漁業法上も唯一の漁業権の享有主体として、本来国民の財産である漁業権を事実上独占している団体である。そして漁業協同組合はこの享有する漁業権を管理するために、漁業権行使規則や入漁権行使規則、あるいは休漁日、禁漁期間など、漁業を営むための基本的なルールを定めるものである。しかしながら本件統一料金の定めは、これら漁業に関する基本的なルールとは異なる、単なる遊漁船業者間の価格カルテルにすぎない。漁業権行使規則等など漁業に関する基本的ルールの重要性と、価格カルテルのそれとを同列に論ずることはできない。

漁業に関する基本的なルールの遵守の重要性は、漁業権の享有主体としての漁業協同組合の対外的、社会的責任と関連することであって、その違反に対しては厳しく対処しなければならないのは当然とも言える。一方価格カルテルである本件統一料金については、単に控訴人の内部的な問題であるにすぎず、被控訴人らの行為が形式的にはこれに違反しているとしても、その違反の程度は単に定められた料金よりも安い料金を設定しているということにとまるのであるから、これを重大な違反ということはできない。控訴人は本件統一料金の定めが、漁業権の設定を受けた海域を各組合員が有効かつ公平に共同利用するルールであるとの主張をするが、本件統一料金はそのような性格を持たない。

以上によれば、控訴人がした被控訴人らの除名処分は不相当である。

第3  争点についての判断

1  前記認定事実のほか、証拠並びに弁論の全趣旨によれば、以下の事実を認めることができる。

(1)  控訴人は、組合員の事業または生活に必要な資金の貸付け、組合員の貯金または定期積金の受入れ等を事業の目的とする、昭和二四年一一月二四日に設立された漁業協同組合である。その組合員数は平成一〇年五月二一日時点において正組合員が二二二名、准組合員が二七名の、合計二四九名である(乙1、弁論の全趣旨)。

控訴人は和歌山市加太先海域の「和・共第1号」と称せられる特定の区域(以下本件漁業権区域という)において、漁業法六条五項の、第一種、第二種、第三種の共同漁業権を有するものである(甲5、原審証人宮本、弁論の全趣旨)。

(2)  加太地区においては古くから遊漁船業が営まれていたが、その多くは漁業の片手間に遊漁船業を営む兼業タイプであった(乙17)。被控訴人らは昭和五六年から乗合船形式の遊漁船業を開始した。当時この形式で遊漁船業を営む業者は被控訴人らのほかには存在しなかったが、昭和五八年頃以降、乗合船による遊漁船業者が他にも現れるようになった(原審における被控訴人一郎)。

被控訴人らを含む遊漁船業者は、本件漁業権区域内において操業を続けているが、被控訴人らの船舶三邦丸は、昭和五九年以降、本件漁業権区域内における最も優良な漁場である「中の瀬戸」と呼ばれる区域での操業をしていない。これはこの頃、控訴人内部において、七トン以上の大型船は中の瀬戸での操業をしないことについての申し合わせがされ、被控訴人らがこれを受け入れたためである(原審における被控訴人一郎、原審証人宮本)。

平成六年から七年にかけて、控訴人の組合員である遊漁船業者の間で遊漁船組合の結成の動きが高まり、平成七年一月に加太漁協遊漁船組合(以下「遊漁船組合」という)が結成された。同組合規約によれば、組合の目的は「加太漁業協同組合の実践活動を通じて積極的に組合に協力すると共に部員相互の教養を高め親睦を図り地区内漁業の発展に寄与する」ことにあるとされ、その組合員は「組合の地区内の住居を有する者で加太漁業協同組合の正組合員、准組合員及び漁協が認める従業員をもって組織する」と定められている(乙9)。その組合員数は、結成当時において、被控訴人らを含めて五六名であった(乙4)。

なお控訴人組合員のうちには、一本釣を行いながら遊漁客がいる場合には遊漁に出る者が、遊漁船組合とは別に一本釣組合を組織しており、加太地区の約一四〇名の遊漁船業者は、数名を除いてこれら二組合のいずれかに所属している。

(3)  遊漁船組合は、その結成にあたり、同組合に属する遊漁船について料金を統一することとし、大物釣りは一人一万二〇〇〇円、小物釣りは一人六〇〇〇円とし、控訴人に対して、右料金を記載した料金表(乙10の2のような表)を示して、遊漁船組合の料金として実施しているが、遊漁船組合に加入していない者も同様の料金で営業するよう控訴人の組合料金として決めて欲しい旨要望した。控訴人は、遊漁船組合と同様に控訴人組合員らで構成され遊漁船業を営む者の多い一本釣り組合も右料金表に合意したことを受けて、これを平成七年三月一三日の総代会にかけ、遊漁料金について「一本釣遊漁船組合で合意なった」ものとしてこれを報告し、総代会において承認した。なおこの統一料金については、一年間試験的に実施して問題なければ継続することとし、その旨を控訴人組合員に対して通知した(乙11の1ないし4)。

上記一年の間において、組合員からは本件統一料金について異議はでなかった。

(4)  本件統一料金を定める以前の加太の遊漁船業者の料金は、被控訴人らも含めて、おおむね大物釣り一人一万円、小物釣り一人五〇〇〇円であり、近隣他漁協等の料金についてみると、串本漁協は一万円ないし一万二〇〇〇円、みなみ紀州釣船業協同組合が一万円、中紀釣船業協同組合が八〇〇〇円であった。加太先海域は、マダイの好漁場であるが、近畿圏内でみると、マダイ資源の枯渇している京都釣船業協同組合の料金は、マダイ釣り一万五〇〇〇円ないし一万六〇〇〇円、同様に資源減少気味の南勢町釣船業協同組合ではタイ釣り一万円であった(乙18)。

(5)  被控訴人らは、遊漁船業を始めた昭和五六年当時は、小物釣り一人五〇〇〇円で営業していたが、その後二、三年して大物釣りを行うようになり、平成六年頃は大物釣り一人一万円、小物釣り一人五〇〇〇円の価格で営業を行っていた(この料金額が、加太地区における当時の一般的な遊漁船料金と同じであるのは、前認定のとおりである)。

遊漁船組合が結成された頃、遊漁船組合の組合員である小浦光雄は被控訴人一郎方を訪れ、同人に対し、遊漁料金を大物釣り一万二〇〇〇円、小物釣り六〇〇〇円の価格に合わせて欲しいとの依頼をした。被控訴人一郎はこれに対し、小物釣りの値段は合わせるが、大物釣りについては値段を合わせることはできない旨回答した。被控訴人一郎が大物釣りの料金を合わせることができないとしたのは、被控訴人らの船舶三邦丸が中の瀬戸における操業ができないためであり、このことについては当時小浦も了承していた。

被控訴人らは遊漁船組合が統一料金を定めて後、大物釣り一人一万円、小物釣り一人六〇〇〇円の価格で営業をした(以上、原審における被控訴人一郎)。

(6)  平成八年、遊漁船組合内において統一料金を守らない者がいるとのことから不満が高まり、被控訴人らは同年三月ないし五月頃に遊漁船組合を脱退した(原審における被控訴人一郎)。

控訴人は、組合内部で本件統一料金を守っていない組合員がいるとの声があったことから、各組合員、役員、総代宛て平成八年一二月二日付けの回覧に、本件統一料金を記載した「加太漁協遊漁船料金表(平成七年三月一三日より実施)」を添付し「ご協力お願いします」と記載し、さらに、各組合員宛て平成九年一月二〇日付け回覧にも、右料金表を添付しこれは平成七年三月一三日の総代会で加太漁協遊漁船料金として承認しているので、組合員の協力を願う旨記載して、再度本件統一料金の周知徹底を図り組合員の協力を求めた(乙19の1ないし3、20の1、2)。

(7)  被控訴人は、平成九年以降、キャンペーンとして遊漁船料金を下げて営業を行うようになった。キャンペーンは、年五、六回行った。

平成九年一月のキャンペーンでは小物釣り五〇〇〇円、大物釣り九〇〇〇円とした(原審における被控訴人一郎)。同年夏のキャンペーンでは小物釣り四五〇〇円、大物釣り八五〇〇円とした(乙6)。他のキャンペーンにおいても概ね小物釣り四〇〇〇円ないし五〇〇〇円、大物釣り八〇〇〇円ないし九〇〇〇円の価格で営業しており、また昼釣りとして三〇〇〇円ないし四〇〇〇円(学生二〇〇〇円)等の料金を設定した営業も行っている(乙24の1ないし21)。通常期の営業は小物釣り五〇〇〇円、大物釣り九〇〇〇円である(原審における被控訴人一郎)。

(8)  控訴人は、平成九年八月ころ、遊漁船組合員らが三邦丸の料金が掲載された新聞(乙6)を持参して対処を求めてきたことがきっかけで、被控訴人らが本件統一料金を守っていないことを知った。控訴人は、まず、被控訴人らが所属する丁の役員を通じて話しあおうとしたがうまくいかなかったため、同年九月二六日開催の理事会に被控訴人一郎、同三郎を出席させ、本件統一料金は、総代会で決まったものであり、組合員である以上組合の決め事は守って欲しいと求めたが、被控訴人らは、広告等の準備をしている関係で翌年三月末までは料金の変更は無理であるし、大物釣り(タイ釣り)の料金は、タイの格好の漁場である中戸では操業しないので守れないなどと述べると共に、休業日の変更を求めるなどした(乙15)。

控訴人は、同年一〇月二七日開催の理事会において、被控訴人らの出した右条件等について審議した上(乙16)、被控訴人らに対し、控訴人組合長名義の平成九年一一月四日付け通知書において、被控訴人から出された条件について総代の意見を聞いたが、総代会等組合の方針として、組合員である以上(総代会で承認した本件統一料金を)守ってもらいたいこと、一二月以降もそのまま独自の料金で操業するのであれば控訴人を脱退したものとして取り扱う旨伝えたところ(甲9、乙7)、被控訴人らは、被控訴人一郎名義により控訴人組合長宛てに同年一一月一七日付けで、料金設定は、一般消費者のニーズを判断し、その度決定したく、控訴人を一二月以降も脱退する意思はない旨回答した(甲19)。

また、控訴人は、被控訴人一郎の代理人宛に、平成九年一二月八日付けで、被控訴人一郎は、料金規定に違反し、定款一五条一項四号の定めによる除名処分にも値するものであり、規律違反の操業をあえて続けるならば、断固たる処置に出でざるを得ない旨通告したところ(甲12、乙8)、これに対して被控訴人一郎の代理人は、同月二六日付けで、控訴人が組合員全員を拘束するような遊漁料金を定める法的根拠はなく、被控訴人一郎の行為は除名事由に該当しない旨控訴人組合長宛てに回答した(甲13)。

さらに、控訴人は、同年末ころから、被控訴人らと役員との話し合いの機会を設けるなどして本件統一料金は総代会で決めたことだから守ってほしいと求めたが、やはり被控訴人らは応じなかった。

なお、控訴人との間で本件統一料金が問題になった後、被控訴人らは、控訴人に対し、口頭や被控訴人代理人名義の書面等を通じて、控訴人定款、規約、本件統一料金にかかる総会や総代会の議事録を閲覧させ、本件統一料金を定めた根拠を明らかにするよう再三求めたが、控訴人はこれを拒み続けた(甲10、11の1、2、弁論の全趣旨)。

(9)  控訴人においては、平成一〇年五月一日開催の理事会において、被控訴人らを除名せざるをえないとの結論に至り、定款の規定にしたがって被控訴人らに弁明の機会を与えるため、控訴人組合長名義で被控訴人らに対し、同月一二日付けで、三邦丸が右組合で定めた遊漁船料金より低額の料金で顧客を集客することは、遊漁船組合員間ひいては控訴人漁協組合員相互間の衡平と平等を欠き紛争をおこすおそれのあることは明白であり、組合の決め事を守らず組合に協力しない者は組合員として認めることができないので、定款一五条一項四号の定めにより除名処分をする旨、理事会、総代会の審議を得て通常総会に諮ることとなり、ついては、同月二一日開催の通常総会で弁明の機会を与えるので出席して欲しい旨記載した書面を送付した(甲1の1ないし3)。その後、控訴人は、被控訴人らの求めで、同月一五日ころ、話し合いの機会をもったが、被控訴人らは、料金は合わせるが、キャンペーンのパンフレットを配布しているので、二、三か月待って欲しいなどと述べた上、被控訴人三郎が総会ではっきりさせて欲しいなどと言ったので、話し合いは決裂した。

そして、同月二一日の控訴人総会において、被控訴人三郎によって被控訴人らを代表して弁明がなされた上、本件決議がなされた(甲2の1ないし3、甲4、乙2)。

2  以上の認定事実を前提として、争点1(本件統一料金を定めることの可否)について検討する。

被控訴人らは、本件統一料金の定めが独禁法に違反するとの観点から本件統一料金の定めの効果を争うところでもあるが、本項においてはその検討は暫く措き、控訴人が組合として、遊漁船業について料金の定めを行い、組合員に対して遵守を要求することができるかどうかについて判断する。

(1)  水協法は、漁民等の協同組織の発達を促進し、もってその経済的社会的地位の向上と水産業の生産力の増進とを図り、国民経済の発展を期することを目的としており(同法一条)、同法に基づく漁業協同組合である控訴人も、組合員が協同して経済活動を行い、漁業の生産能率を上げ、もって組合員の経済的社会的地位を高めることを目的として掲げ(控訴人定款一条(乙1))、組合員の事業又は生活に必要な協同利用に関する施設や、水産動植物の繁殖保護、水産資源の管理その他漁場の利用に関する施設、共同漁業権等の管理及びそれに付帯する事業等をその事業としている(控訴人定款二条一項、四号、六号、一五号、一八号(乙1))。

ところで水協法一〇条二項によれば、「漁民」とは、漁業を営む個人又は漁業を営む者のために水産動植物の採捕若しくは養殖に従事する個人をいうものとされ、同条一項によれば、「漁業」とは水産動植物の採捕又は養殖の事業をいうとされるところである。漁業協同組合は、このような漁業に従事する漁民の経済的社会的地位の向上と水産業の生産力の増進とを図る組織として理解される。

(2)  本件統一料金は遊漁船営業にかかる料金を定めるものであるが、その「遊漁船業」とは、遊漁船業の適正化に関する法律二条によれば、船舶により乗客を漁場(海面及び農林水産大臣が定める内水面に属するものに限る)に案内し、釣りその他の農林水産省令で定める方法により魚類その他の水産動植物を採捕させる事業をいうものとされ、いわゆる漁業とは産業としての性格を全く異にするものである。

水協法一八条五項三号の二は、漁業協同組合は、当該組合の地区内に住所又は事業場を有する遊漁船業(遊漁船業の適正化に関する法律第二条第一項に規定する遊漁船業をいう)を営む者であって、その常時使用する従業員の数が五〇人以下であるものについては、定款で定めた場合には組合員たる資格を有する者とすることができる旨を定めているが、乙1によれば控訴人の定款にそのような定めは存在せず、控訴人は専ら漁民のための漁業協同組合であるものと認められる(もっとも控訴人の定款八条二項(4)によれば、一定の水産加工業を営むものは、控訴人の准組合員となることができるものとされている。乙1)。

(3)  水協法三三条は、漁業協同組合が、総会又は総代会に関する規定その他一定の事項について、定款で定めなければならない事項を除いてこれを規約で定めることができるものと規定する。水協法の上記規定を受けて、控訴人定款七条は業務の執行、会計その他必要な事項は、総会又は総代会の議決を経て規約で定める、と規定している(乙1)。控訴人は、本件統一料金の定めは控訴人における規約であり、被控訴人らはこれの遵守義務を負うと主張するものである。

規約は定款と並ぶ漁業協同組合における自治法規であって、組合員がこれを遵守すべきものとして、組合内部における組織、事業、運営その他について、一定の手続により自主的に設定した規範である。組合員は、漁業協同組合の設立目的を達成するために必要な範囲内で、漁業協同組合の内部秩序を維持し、これを乱すことのないようにしなければならない義務を負うものと解される。

以上検討したところによれば、漁業協同組合が規約によって、その構成員である組合員に対して一定の規律を課し、組合員にその遵守を要求し得るのは、決して無制限にこれを行い得るものではないのであって、当該漁業協同組合の設立目的を達成するために必要な範囲内においてこれを行い得る、限定的なものであるのは明らかである。

(4) 本件統一料金は、控訴人組合員である遊漁船業者が、遊漁船顧客から徴収する遊漁船料金を小物釣り一名六〇〇〇円、大物釣り一名一万二〇〇〇円と定め、控訴人組合員である遊漁船業者に上記以外の料金で営業することを禁ずる性格を有するものである(甲3、弁論の全趣旨)。当裁判所は、漁業協同組合である控訴人が、かかる規約を定めることは許されないと解する。その理由は以下のとおりである。

① 控訴人が、組合員の経済的社会的地位を高めるため、その漁業権を有する海域内の水産資源を豊かにし優良な漁場を維持するために、規約によって、組合員の経済活動に関して一定の規制を及ぼし得ることは明らかである。従って控訴人は、控訴人組合員である遊漁船業者に対し、上記目的を達成するために、例えば遊漁船の立ち入り禁止区域を設定したり、特定の日を休漁日として遊漁船営業を禁ずることを定めるなどすることは、組合が有する共同漁業権の管理(定款二条(15)。乙1)の一環として、可能であるものと解される。

しかしながら先に認定した本件統一料金の性格は、上記に例示した共同漁業権の管理行為とはその本質を異にし、漁業協同組合に認められた目的ないし事業の範囲を逸脱するものと言わざるを得ない。蓋し遊漁船業における遊漁料金のごときは、それを営む業者において個別にこれを定めれば足りるものであって、業態を異にする漁業者の組合である控訴人がこれに容喙する筋合いのものではないからである。

② この点に関して控訴人は、加太先海域には控訴人のための共同漁業権が設定されており、控訴人には漁場の管理権が存在するものであること、遊漁船業は限りある優良な漁場を共同利用して実施されるものであるから、控訴人は漁場管理の一貫として遊漁に関するルールを定め得るし、各遊漁船業者は控訴人の組合員として遊漁船業者を営む以上、そのルールを守らなければならないものと主張し、また野放図な操業を許し、業者間の競争が過熱すると、濫獲が行われ、限りある水産資源が損なわれる一方、零細な業者は操業が困難となり生活の基盤を失うことになりかねないとして、本件統一料金による規制の正当性を主張するところである。

確かに控訴人が漁場管理の一貫として遊漁に関するルールを定め得るのは明らかであるが、そのルールはどのような内容のものであっても可能という訳ではないのであって、遊漁船料金の統一のごときは漁業協同組合に認められた目的ないし事業の範囲を逸脱するものであること、前述したとおりである。控訴人が指摘する濫獲の危険については、確かに本件漁業区域に共同漁業権を有する控訴人としては、漁業権管理の一環としてこれを阻止する権能を有するものと解せられるが、本件統一料金の定めが濫獲の防止に有効であるとは認めるに足りず、その目的達成のためには先に例示した、控訴人組合員遊漁船業者に対する立ち入り禁止区域の設定や、休漁日の指定などによって十分に対処することが可能であり、かえってこれらの方法によるのが直截であるとも認められるから、濫獲の危険の故に控訴人が本件統一料金の定めをする権能を有するということもできない。

③ 控訴人はまた、漁業協同組合の目的が組合員の経済的社会的地位の向上にあることから、遊漁船業者の収益には公平性が要求されるものであるとし、遊漁船業の収益の公平性を求めるには、遊漁船料金を統一することが合理的かつ実効的であり他に有効な手段は存在しないとの指摘をする。

遊漁船業の収益の公平性のために、遊漁船料金を統一することが合理的かつ実効的であるのはそのとおりであろうが、ここで問題は漁業協同組合が遊漁船業者の収益の公平のために、規約を定めることが許されるのかどうかということにある。例えば遊漁船の操業区域の指定、休漁日の設定についてルールを設けることは、単に遊漁船業者の遊漁船営業にかかわるというのみならず、正に漁業協同組合が管理する水産資源の有効利用にかかわるものであるから、その限りにおいて漁業協同組合がこれについての規約を定め、組合員に遵守を求めることが正当化されるのである。これに対して遊漁船業者の収益の公平は、そのような意味合いを持たない、単に遊漁船業者相互間の問題であるにすぎず、漁業協同組合の組合員の一部であるにすぎない遊漁船業者の収益の公平のために、漁業協同組合自体が、組合としてその活動を規制することを正当化する理由はないというべきである。

④ 本件統一料金が定められるに至った前認定の経緯、また控訴人が遊漁料金統一の必要性として遊漁船業者の集客の公平をあげることなどからすれば、控訴人において本件統一料金を定めるに至った本意は、特に被控訴人らの営業を標的として、遊漁船業者の公正な競争を排除することにあったのではないかと疑われる。

加太先海域において遊漁船業を営む約一四〇名の遊漁船業者のほとんどは、一本釣り組合、遊漁船組合を組織しており、この二組合のいずれにも加盟していない遊漁船業者が数名にすぎないのは既に認定したところである。この組合未加盟の業者が被控訴人ら三名以外にいるのかどうかは証拠上不明であるが、いずれにせよ加太の遊漁船業者の大部分はこの二組合のもとに組織されていると認められる。

遊漁船組合はその結成にあたり、加太先海域における遊漁料金として本件統一料金と同様の遊漁料金を定め、一本釣り組合においても遊漁船組合が定めた料金に合意したのは既に認定したところである。遊漁船組合は遊漁船業者がその経済的社会的地位を高めるために組織する組合であるから、同組合が遊漁船業者の統一料金を定めることは、独禁法違反の点を暫く措けば、ある意味で理解できなくもないところである。しかしながら漁業協同組合である控訴人が遊漁船業者の遊漁料金を定めることの意味は明確ではない。

本件において、控訴人が本件統一料金を「定めた」こと自体は、少なくとも明示的には争点となっておらず、当事者双方がその主張の共通の前提とするところである(もっとも本訴提起前においては、被控訴人らが、控訴人が本件統一料金を定めたことについて、疑問を持っていたのは明らかである)。しかしながら、一方において遊漁船業者の組合である遊漁船組合ないし一本釣り組合が統一料金を定め、他方において漁業協同組合である控訴人が本件統一料金を定め、しかもこれら組合の構成員は大部分(被控訴人らを除いた全員である可能性もある)が重なり合っている実態からすれば、遊漁船業者の料金について二重の基準が存在することになるが、本件においてその関係は必ずしも明らかでない。この点、証拠(乙11の1ないし4)によれば、控訴人総代会がしたのは、遊漁船組合及び一本釣り組合が定めた料金を「承認した」ことに止まるとも窺われるところである。

いずれにしても、若し遊漁船業者間において、その料金の統一をする必要があるというのであれば、遊漁船業者の組合である遊漁船組合ないし一本釣り組合においてそのような定めをすれば足りると考えられるのであって、また本件においては現実にそのような定めがされていたものである。このことからしても、漁業協同組合たる控訴人が、あえて本件統一料金のような定めをすることについては、その合理性も必要性も存在しないことが明らかである。

(5)  以上のとおりであるから、本件においては、独禁法違反についての被控訴人らの主張を検討するまでもなく、控訴人が規約をもって遊漁船業者の営業料金を定め、組合員にその遵守を求めることは、当該遊漁船業者が控訴人組合員であることを前提としても、できないというべきである。

3  なお念のため、争点2のうち、除名決議の相当性についても判断する。

被控訴人らが、控訴人がした本件決議が相当性を欠くと主張するのは、被控訴人らの行為が仮に控訴人の定めた規約に反する行為と評価されるとしても、そのことを理由としてされた、被控訴人らを控訴人から除名するとの本件決議は、除名権限の濫用であって無効であると主張する趣旨であると解される。

漁業協同組合にあっては、組合員たる資格は水協法一八条が定めるところであり、個別の漁業協同組合が定款によってこれを変更する余地は極めて限られたものとなっている。また漁業協同組合においては、組合員たる資格を有する者が組合に加入しようとするときは、組合は正当な理由がないのにその加入を拒んではならないものとされ、またその加入につき現在の組合員が加入の際に附されたよりも困難な条件を付してはならないものとされている(水協法二五条)。その理由は漁業協同組合が、当初、地区内漁業者の生産活動の場を規制する管理漁業権の主体として発生したという歴史的経緯に由来する。現行漁業法は漁業権を定置漁業権、区画漁業権、共同漁業権に三分類するが(漁業法六条一項)、漁業権の設定を受けようとする者は、都道府県知事に申請してその免許を受けなければならないものとされ(同法一〇条)、共同漁業権における免許適格者は一定の要件を備えた漁業協同組合又は漁業協同組合連合会に限られている(同法一四条八項)。

即ち、漁業協同組合は共同漁業権の享有主体であり、漁業協同組合の組合員は、組合が定める漁業権行使規則等に該当するときに、当該共同漁業権の範囲で漁業を営む権利を有する(漁業法八条一項)。漁業協同組合に加入していない漁民に対し、共同漁業権の内容となっている漁業を行わせるための制度としては、漁業法一四条一一項に基づく海区漁業調整委員会の指示の制度があるが、漁民は、漁業協同組合の組合員でなければ、事実上漁業を営むことができないか、若しくは少なくとも漁業を営むのが困難な状況に置かれることになる。

漁業協同組合における規約は、組合内部の自治規範であるが、控訴人の定款一五条は、組合規約に違反した者は総会又は総代会の議決によって除名することができる旨を規定している(乙1。なお、水協法二七条二、三項)。しかしながらこれまでに検討したところによれば、漁業協同組合は事実上漁業権を独占する側面があり、その公共性には極めて高度のものがあるというべきであり、従ってこのことからすれば、漁業協同組合からの除名は、漁業協同組合が管理している漁業権から当該組合員を排除することに繋がり、事実上漁業を廃業することにも繋がりかねないものであるから、その可否の判断は極めて慎重に行う必要があるものと解される。

この点について、控訴人は、協同組合が組合員に対して有する統制権を根拠に、除名処分が相当性を欠く理由で無効とされる場合があるとしても、それは組合が不法な目的を実現するために、組合員の軽微な違反行為に籍口して除名決議を強行したような特段の事情があり、当該除名処分が明らかに裁量権を逸脱、濫用するもので、著しく相当性を欠くと認められる場合に限定されるべきものであると主張する。

控訴人がした本件統一料金の決定(遊漁船業者が、顧客から徴収すべき料金を控訴人が定めた決定)は、控訴人がなすべき漁場の管理とは関連せず、控訴人においてこれを規約として定めることはできないと解すべきことは前示のとおりであるが、仮にこの点について、規約としてこれを定め得るとの立場をとったものとしても、そのような漁民としての生活とは直接の関連のない、いってみれば兼業の事業についての規約違反を理由に、本来の漁民としての生活向上を目的とする漁業協同組合から除名放逐というのは、正に本末転倒であって、その相当性の判断について控訴人が主張する基準を採用したとしても、明らかに裁量権を逸脱、濫用するものであって、社会通念上著しく相当性を欠くというべきであり、かかる内容の本件決議はこれを無効であると解するのが相当である。

第4  結論

以上のとおりであるから、控訴人がした被控訴人らの除名決議が無効であることを認めた原判決は相当である。

よって本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官・太田幸夫、裁判官・川谷道郎、裁判官・大島眞一)

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