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大阪高等裁判所 平成12年(ネ)4041号 判決 2001年7月31日

控訴人 A野花子

同訴訟代理人弁護士 日下部昇

被控訴人 株式会社ファミリーマート

同代表者代表取締役 田邉充夫

同訴訟代理人弁護士 森脇雅典

同 岸憲治

同 藤井長弘

同 渡邉優

同 小谷眞一郎

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

二  被控訴人は、控訴人に対し、一一五万四四七〇円及び内一〇五万四四七〇円に対する平成八年一〇月三一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  控訴人のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は、第一、二審を通じこれを一〇分し、その一を被控訴人の負担とし、その余を控訴人の負担とする。

五  この判決は、第二項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一控訴の趣旨

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人は、控訴人に対し、一〇二六万五六二〇円及び内金九三六万五六二〇円に対する平成八年一〇月三一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

第二事案の概要

次のとおり付加、訂正するほかは、原判決の「事実及び理由」中の、「第二 事案の概要」に記載のとおりであるから、これを引用する。

一  原判決の補正

原判決一三頁末行の「被告」を「控訴人」と改める。

二  控訴理由の要旨

(1)  転倒原因

本件転倒事故の原因は、事故当時、店舗内の床が濡れて滑りやすかったことがすべてである。濡れて滑りやすい床で控訴人が足を滑らせて転倒したのである。

これは、被控訴人のフランチャイジー店が、バケツで水を絞った濡れモップで床を拭いただけで、乾拭きをせず、自然乾燥に任せていたのが原因である。

(2)  乾拭きによる安全配慮義務、管理義務違反

以下のような事情の下では、被控訴人、及びそのフランチャイジー店には、顧客の転倒を防止するために、メーカーによるメンテナンスの注意に従い、濡れた床を乾拭きする義務があったといえるところ、その義務に反していたことは明かである。

① 被控訴人のフランチャイジー店のような、いわゆるコンビニエンスストアーは、不特定多数の顧客が来店するのが前提であり、店舗の構造、使用内装材、商品棚の配列、商品の配置等について店舗側に一〇〇パーセント決定権がある。顧客は、商品選びに集中し、足下まで注意が及ばないことが多いから、店舗側として、日常的な店舗の維持管理について、顧客の安全性を優先して対処しなければならない。

② 本件店舗の床材は、タキロン株式会社製の「タキストロンメカニカルタイプウェルティ」と同一性能を有する床材であるが、同製品のメンテナンス方法については、同社が床のメンテナンスとして、水拭き等した場合には床面の「十分な拭き取り」ないし「乾燥」を繰り返しユーザーに求めている。これは、少しの床の濡れが床を滑りやすくし、転倒の原因になるからである。

③ 本件は、何らかの不測の事態によって床が濡れていたのではなく、現に客が出入りする時間帯に、店舗の従業員が床を濡れモップで拭いたことにより、特にすべりやすいビニール床シート貼りの床が濡れていた場合である。

三  控訴理由の要旨に対する反論

メーカーのメンテナンスの記載上、「完全に拭き取ること」「乾燥させること」が求められているのは、「水」そのものではなく、床の汚れを落とすための「クリーナー」や「ワックス」である。また、その目的は、床そのもののメンテナンスであり、滑りを防止するものではない。

第三判断

当裁判所は、控訴人の被控訴人に対する請求は、一部認容すべきものと判断する。その理由は、以下のとおりである。

一  認定事実

次のとおり、付加、訂正するほかは、原判決の「第三 争点に対する判断 一 認定事実」に記載のとおりであるから、これを引用する。

(1)  原判決一七頁二行目から五行目までを、次のとおり改める。

「 平成八年一〇月三一日は、晴れの天候で雨は降っていなかった。当日午前一一時ころあたりに、本件店舗において床掃除が行われていた。床掃除は、ファミリーマート全店で統一的に本部から支給されていたモップと水切り(リンガー)を用いて行われたが、水拭きがされたのみで、乾拭きはされなかった。用いられたモップ等は、店内に放置されていた。」

(2)  同一八頁五行目の「あった。」の次に「控訴人が、転倒直後に周囲を見回すと、モップと水切りが本件店舗の隅に放置されていた。」を、同八行目の「靴は」の次に「革靴で」を、同末行の「靴は、」の次に「主として前記学校内での上履きとして」をそれぞれ加える。

(3)  同一九頁一行目の次に改行の上「控訴人は、本件転倒事故後、店員を呼び、『ここの床が濡れているのに気づかなく、滑ってこけたんですけど』と言うと、店員は、控訴人の出血の量に驚き、『すいません』と謝罪し、止血のためにティッシュペーパーを用意したほか、救急車を呼ぼうとした。」を、同三行目の「出血が多かったために」の次に、「職員室が大騒ぎとなり、止血の上」をそれぞれ加える。

(4)  同一九頁末行の「本件転倒事故以前には、」の次に、「雨の日は、滑りやすいと考え、床に注意して歩くようにしていたこともあり、」を、同二〇頁一行目の末尾に、「本件店舗の店長は、雨天の日にサンダル履きの顧客が滑って転びそうになったのを見たことがあった。」をそれぞれ加える。

(5)  同二〇頁末行、同二一頁六行目の各「CSR」を、いずれも「C.S.R.」と改め、同二一頁二行目の「値。」の次に「C.S.R.値が大きいほど滑りにくい。」を加える。

(6)  同二一頁八行目の「逆に」の次に「乾燥時」を、同一〇行目から一一行目の「位置づけている。」の次に「これは、C.S.R.値を基に、第一段階が、乾燥時・湿潤時いずれの場合にも優れた結果が得られた製品、第二段階が、乾燥時に優れた結果を示し、しかも湿潤時にもそれほど結果が低下しなかった製品、第三段階が、湿潤時と乾燥時でデータに大きく差のある製品、第四段階が、乾燥時にもよい結果の得られなかった製品とするものである。一般的にほとんどの高分子系床材は、第三段階に分類されるとするが、高分子系床材は、水や油が付くと、その液体が床材表面に被膜を張ったようになり、滑りやすくなるが、これは、砂や水などがベアリングのような働きをして、滑りやすくなっているのだと考えられるとしている。」をそれぞれ加える。

(7)  同二二頁七行目末尾に「平成一〇年四月二〇日制定の試験方法で、OY―PULL法が取り入れられた。」を加える。

二  安全配慮義務、管理義務違反による不法行為責任(争点1(一))

上記認定事実によると、本件転倒事故発生当時、本件店舗の水拭きにより、床が濡れて乾燥時に比べて滑りやすくなっていたが、湿潤の程度は見ただけではわからず、手で触れてわかる程度の濡れ方であった。そのため、控訴人は、床面の湿潤に気づかず、特に急ぐ必要もなかったので通常の速度で歩いていたところ、不意に足を滑らせて転倒したのであって、床が濡れていたことひいては本件店舗の水拭きが本件事故発生の原因になっているものということができる。

もっとも、控訴人の履いていた靴(革靴)の靴底が、合成樹脂製で長期間の使用のために靴底が減って滑りやすかったことが窺われるから、それが本件転倒事故の競合原因になっていることは否定できないが、逆に、靴底が減っていても、床の湿潤がなければ、床の乾燥時のC.S.R.値が、歩行としての快適性、安全性に最適な値であることからして、本件転倒事故が起きたとは考えにくい。その他、控訴人がパンと牛乳を持って両手がふさがった状態であったことは、本件事故の衝撃を大きくした要因となるとはいえても、本件事故の原因が、専らそのような状態にあった控訴人の落度のみによるとは到底いえない。すなわち、本件転倒事故の態様をみても、控訴人の靴底が減っていたこと、控訴人の両手がふさがった状態であったことが専ら事故の原因であるとか、本件転倒事故は、通常起こり得ないような状況で起ったものであるとはいえず、本件店舗において、前例がないとしても、およそ、起こり得ないような事故ともいえない。

そこで、本件店舗側の注意義務違反について検討するに、本件のような店舗は、年齢、性別、職業等が異なる不特定多数の顧客に店側の用意した場所を提供し、その場所で顧客に商品を選択・購入させて利益を上げることを目的としているのであるから、不特定多数の者を呼び寄せて社会的接触に入った当事者間の信義則上の義務として、不特定多数の者の日常ありうべき服装、履物、行動等、例えば靴底が減っていたり、急いで足早に買い物をするなどは当然の前提として、その安全を図る義務があるというべきである。そして、本件では、本件店舗側が、顧客に提供する場所の床に、特に防滑性には優れておらず、乾燥時に比べると、湿潤時にはC.S.R.値が大きく異なり、滑りやすさの増す床材を用いており、しかも、モップで水拭きをすることにより、床がより滑りやすい状態になることは明らかであるといえる。そうすると、本件店舗側は、顧客に対する信義則に基づく安全管理上の義務として、水拭きをした後に乾拭きをするなど、床が滑らないような状態を保つ義務を負っていたというべきである。しかるに、本件店舗側がこの義務を尽くしていないことは明らかであり、これにより床の湿潤状態を継続させ、重大な結果を生じさせたのであるから、不法行為責任を負うといわなければならない。

被控訴人は、①本件転倒事故は専ら控訴人の不注意により発生したものであること、②本件店舗の床材は水に濡れると滑りやすい性質のものではないこと、③水拭き後に床の表面がやや濡れた状態にあるとしても日常の掃除としては十分であり、床に残った水分を拭きとらなければならない義務があるわけではない旨主張する。しかし、①、②については、上記判断のとおりであって、採用することができない。③については、一般的に乾拭きが必要であるとまではいえないが、少なくとも、床が濡れた状態で顧客が滑りやすくなることを防止する義務がおよそないとはいえないから、これも採用することができない。

そこで、進んで、被控訴人の責任について検討すると、《証拠省略》によれば、本件店舗を経営するフランチャイジーと、フランチャイザーである被控訴人とは別法人であることが認められるところ、具体的に乾拭きする等の上記義務を負うのは本件店舗の経営主体たるフランチャイジーであって、被控訴人ではないというべきであるから、被控訴人が不法行為責任を負うとはいえない。

三  従業員に対する安全指導、監督義務違反による不法行為責任(争点1(二))

上記認定事実によると、本件店舗の床材はファミリーマート全店における統一規格の特注品であり、モップと水切り(リンガー)も被控訴人から統一的に支給されていた製品である。そして、《証拠省略》によると、被控訴人はフランチャイザーとして、フランチャイジーに「ファミリーマート」の商号を与えて、継続的に経営指導、技術援助をしていることが認められるから、被控訴人は、本件店舗の経営主体たるフランチャイジー、又はフランチャイジーを通してその従業員に対し、顧客の安全確保のために、本件のような場合には、モップによる水拭き後、乾拭きするなど、顧客が滑って転んだりすることのないように床の状態を保つよう指導する義務があったというべきである。そして、《証拠省略》によれば、被控訴人がこの義務に反していることは明かであるから、被控訴人はこの点について不法行為責任を負わなければならない(なお、上記認定の事実及び《証拠省略》によれば、被控訴人は、控訴人の主張する使用者責任も負うものと解される。)。

被控訴人は①本件転倒事故は専ら控訴人の不注意により発生したこと、②モップで床を水拭きした後、さらに乾拭きして床に残った水分を拭きとるよう従業員を指導、監督しなければならない義務があるわけではない旨主張するが、上記のとおり、採用することができない。

四  損害及び過失相殺(争点2、3)

(1)  控訴人の損害として、以下で認定のものを相当と認める。

① 治療費 五万五三七九円(《証拠省略》。主張の範囲内で認める。)

② 文書料 一万七〇二五円(《証拠省略》)

③ 通院交通費 三万三八八〇円(《証拠省略》)

④ 雑費 二六五七円(《証拠省略》)

⑤ 傷害慰謝料 一三〇万円

後述のほか、通院期間約二四か月、実通院日数四三日、手術三回を考慮した。

⑥ 後遺障害慰謝料 七〇万円(《証拠省略》)

左肘瘢痕は幅二・五センチメートル、長さ一七センチメートルに及んでいる。⑤、⑥については、控訴人は、本件事故時二二歳の女性であったことからすると、傷害や後遺症による心理的な影響は大きいというべきであり、また、現在でも局部を圧迫すると痛みが残っていること、ただし、左肘瘢痕は将来より目立ちにくくなることが予想されること、傷害や後遺障害が大きくなったことに控訴人の体質も無関係ではないことなどを考慮した。

⑦ 逸失利益 なし

逸失利益については、後遺障害が残存した主たる部位が左肘であり、服装によって外部に露出するのを避けられること、実際に減収が生じていないこと、痛みも持続的なものでないことなどから、将来にわたって減収が生じうることを認めるに足りない。

⑧ 以上合計 二一〇万八九四一円

⑨ 過失相殺 五割

控訴人が、靴底が減って滑りやすい靴を履いていたこと、パンと牛乳を持って両手がふさがった状態であったことなどを考慮し、損害の発生及び拡大への寄与を五割と認める。そうすると、控訴人の損害は、一〇五万四四七〇円となる。

⑩ 弁護士費用 一〇万円

⑪ 総合計 一一五万四四七〇円

第四結論

そうすると、被控訴人は、控訴人に対し、一一五万四四七〇円及び内一〇五万四四七〇円に対する平成八年一〇月三一日から支払済みまで、年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

よって、これと異なる原判決は失当で本件控訴は一部理由があるから、原判決を変更することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 浅野正樹 裁判官 東畑良雄 浅見宣義)

<以下省略>

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