大阪高等裁判所 平成12年(ネ)4052号 判決 2001年7月13日
和歌山県<以下省略>
控訴人
X
訴訟代理人弁護士
市野勝司
同
齋藤護
名古屋市<以下省略>
被控訴人
グローバリー株式会社
代表者代表取締役
A
大阪府豊中市<以下省略>
被控訴人
Y1
上記両名訴訟代理人弁護士
小林生也
主文
1 原判決を次のとおり変更する。
(1) 被控訴人らは,控訴人に対し,連帯して金471万6963円及びこれに対する平成8年8月20日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2) 控訴人は,被控訴人グローバリー株式会社に対し,金171万8773円及びこれに対する平成9年1月22日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
(3) 控訴人及び被控訴人らのその余の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は,第1,2審ともこれを2分し,その1を控訴人の,その余を被控訴人らの負担とする。
3 主文第1項の(1),(2)は仮に執行することができる。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人らは,控訴人に対し,連帯して949万7318円及びこれに対する平成8年8月20日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 被控訴人グローバリー株式会社の請求を棄却する。
4 訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人らの負担とする。
5 仮執行宣言
第2事案の概要
以下に補正するほか,原判決「第二 事案の概要」記載のとおりであるから,これを引用する。
1 原判決8頁11行目の「平成三年」から同9頁1行目末尾までを削除し,同6行目の「最終的に」の次に「約130万円の」を加える。
2 同16頁8行目から10行目までを「被控訴人Y1及び被控訴人会社担当者は,控訴人から,委託契約の有効期限や指し値等について何らの指示も受けないまま,違法な一任売買,無断売買を行った。」と改める。
第3当裁判所の判断
1 甲事件
以下に補正するほか,原判決「第三 争点に対する判断」(ただし,原判決26頁3行目から同45頁2行目まで)の記載を引用する。
(1) 原判決30頁4行目から5行目にかけての「株式の現物取引に関する経験、商品先物取引に関する経験」を「久興商事においてゴムの商品先物取引により20回の売買を行い,その結果,久興商事に交付した委託証拠金160万円のうち約8割を失うという経験を有していたこと」と改め,同7行目の「原告は、」の次に「本件先物取引開始時には,」を加える。
(2) 同31頁6行目の「(二)(3)」を「(一)(3)」と改める。
(3) 同32頁3行目の「取引を継続していたのであるから」を「取引を継続し,しかも,平成6年7月に申し立てた異議(乙22)においては,断定的判断の提供や利益保証がなされたことについては全く触れられていないことに照らすと」と改める。
(4) 同32頁4行目から5行目にかけての「直ちに信用することはできない。」の次に「控訴人は,違法な業務執行に遭いながら異議を述べず,取引を継続することは普通にあり得ると主張するが,本件の場合,控訴人が異議を述べ得ないような事情があったことを認めるに足りる証拠はなく,上記主張はにわかに採用し難い。」を加える。
(5) 同32頁11行目の「受けないで」の次に「,一任売買,」を,同33頁8行目の「これを継続し、」の次に「取引の都度売買計算書,残高照合通知書の送付を受けたり,被控訴人Y1から連絡を受けていた(原判決第三の一1(一)(3))にもかかわらず」をそれぞれ加え,同9行目の「相当な」を「相当多額の」と改める。
(6) 同36頁1行目から同40頁11行目までを次のとおり改める。
「(5) 争点1(四)(途転,買い直し,売り直しの反復),(五)(両建玉)について
途転は,いったん仕切った商品につき直後に反対の注文である買建玉又は売建玉をするものであり,買い直し,売り直しは,いったん仕切った商品につき直後に同じポジションの建玉をするものであること,両建玉は,同一商品について,既存の建玉と反対の建玉を建てるものであることは,当事者間に争いがない。
本件先物取引(原判決別紙商品先物取引目録(2))を通じてみると,取引開始後間もなくから取引終了に至るまで,しばしば途転,買い直し,売り直し,両建玉(これらを併せて,以下「途転等」ということがある。)が行われており,その回数は,途転が十数回,買い直し,売り直しが被控訴人らの認めるものだけでも4回であり,両建玉については,平成5年7月28日以降ほぼ恒常的に両建ての状態であったこと(甲55の2,68,被控訴人Y1本人)が認められる。
途転,買い直し,売り直しは,仕切の直後に上記のような建玉をするものであるから,いずれも急激な相場観の変化など特段の事情がない限り,委託者にとっては手数料の負担が増加するだけの合理性のない取引というべきである。また,両建玉は,既存の建玉に損失が発生している場合に,反対の建玉を建てることによって,既存の建玉を仕切らずに乗り切る目的で行われるものであるが,これを行うと,既存の建玉の損失が固定されるとともに,新規の建玉については新たな委託証拠金が必要となる。しかも,両建玉の場合には,値上がり値下がりどちらの局面においても,一方の建玉で利益を出しながら,反対玉に追加証拠金のかかるのを免れ,最終的な益金を得ることは極めて困難であって,一般にはこれを行う意味はないというべきである。
以上のとおりであるから,商品取引員が顧客に対し途転等に該当する取引を勧誘することについては特に慎重でなければならず,仮に勧誘する場合には,顧客に対する忠実義務に基づき,当該取引がどのような意味を持ち,どのような危険性があるのかを説明すべき義務があるといわなければならない。ところが,被控訴人Y1が控訴人に対しかかる説明をした事実を認めるに足りる証拠はない。
被控訴人らは,途転等はすべて控訴人が自らの判断で注文したものであって,控訴人の意思に反して執行したことはないと主張する。確かに,途転等が控訴人の意思に反して行われたことを認めるに足りる証拠はない。しかし,そうであるからといって,これらが控訴人の主体的,積極的な判断・指示によるものであるとは必ずしもいえない。控訴人は,久興商事で20回程度の売買経験はあるものの,それほど商品先物取引に精通していたとは証拠上認められず,途転等をすることがどのような意味を有し,どのような危険性を有しているのかまで十分理解していたとは考えにくいのであって,むしろ,控訴人としては,被控訴人Y1に勧誘されるまま,途転等に該当する取引を注文するに至ったものと推認するのが相当である。
以上によれば,被控訴人Y1は,控訴人に対し途転等を勧誘するに当たり上記の説明を怠ったものであるから,不適切な勧誘として違法性を有するといわざるを得ない。
(7) 同41頁1行目から同42頁5行目までを次のとおり改める。
「(6) 争点1(六)(無敷,薄敷)について
証拠(甲57,控訴人・被控訴人Y1各本人)によれば,本件先物取引においては,被控訴人Y1が控訴人から委託証拠金の少なくとも一部を徴収しないで建玉を維持し,あるいは新規に建玉をしていた事実が認められる。控訴人が本件先物取引において,被控訴人会社に委託証拠金を預託した回数は原判決別紙証拠金目録記載のとおり約1年1か月間に27回であるが(争いがない。),当初の7回程度(約2か月半)を除けば,いずれも本件先物取引の取引所が定める受託契約準則(甲12)9条の額を下回っている(甲7〔枝番を含む。〕,8〔同〕,78,被控訴人Y1本人)。
商品取引所法97条によれば,商品取引員は,商品市場における取引の受託については,委託者から担保として委託証拠金の預託を受けなければならないとされており,被控訴人Y1が控訴人から所定の委託証拠金を徴収せずに建玉を維持し,又は新規に建玉させたことは,同法に違反するものである。委託証拠金は主として商品取引員が委託者に対し委託契約により有するに至った債権の担保のためのものであるから,同法に反し,委託証拠金の全部又は一部を徴収せずに商品市場において取引をなしたとしても,商品取引員と委託者との間の契約の効力に影響を及ぼすものではないし,直ちに違法性を帯びるものでもない。しかしながら,委託証拠金を預託しないで取引をする場合には,その時点では新たな負担を伴わないため,過当取引に陥るおそれが高く,また商品取引員ないしその従業員が手数料稼ぎに走る危険があるといえる。同法97条は,副次的にはこのような過当取引を防止する機能を有していると考えられるのであって,かかる観点からすれば,商品取引員ないしその従業員が手数料稼ぎの目的であえて同法97条に違反して委託証拠金の預託を受けずに建玉を維持しあるいは新規に建玉をした場合には,違法性を帯びると解するのが相当である。本件においては,前記認定事実によれば,当初の2か月半を除き,委託証拠金不足の状態が続いていたと認められるところ,被控訴人Y1は,同法97条に違反することを承知の上で,継続的に必要額に満たない委託証拠金を徴収していたものであって(被控訴人Y1本人),その回数,期間に鑑みると,同人には手数料稼ぎの意図があったことが推認される。
これに対し,被控訴人らは,無敷,薄敷を奨励した事実はなく,控訴人に対し,追加証拠金の全額を請求していたところ,控訴人の都合で入金が遅れていたに過ぎないと主張する。しかし,前記説示したところに照らせば,被控訴人らが無敷,薄敷を奨励したか否かは,前記認定に影響を及ぼさないというべきであるから,被控訴人らの主張は採用し難い。」
(8) 同42頁6行目から同43頁6行目までを次のとおり改める。
「(7) 争点1(七)(不当な増建玉)について
控訴人は,同人が追加証拠金として預託した金員を被控訴人会社が新規建玉の本証拠金としたと主張し,証拠(被控訴人Y1本人)によれば,この事実が認められる。被控訴人らは,これについても控訴人の承諾を得て行ったものであると主張するが,仮にそのとおりであるとしても,建玉維持のための追加保証金を新規建玉のために用いることは,保証金の不足状態が解消されない反面,新たな手数料増加の原因となることは明らかであって,無敷,薄敷について説示したところと同様,これも手数料稼ぎの一環として行われた可能性が強いというべきである。」
(9) 同43頁7行目の「(九)」を「(8)」と,同44頁9行目の「右主張も」を「右主張は」と改める。
(10) 同44頁10行目の次に行を改めて次のとおり加える。
「(9) その他
控訴人が本件先物取引において被控訴人会社に預託し,返還を受けていない委託証拠金は863万3926円であるが,手数料は合計829万3800円であって(甲65,66,被控訴人Y1),委託証拠金の額に対する割合は,96パーセントもの高率に達している。このことも手数料稼ぎの意図を推認させる有力な要素と考えられる。」
(11) 同44頁11行目から同45頁2行目までを次のとおり改める。
「 以上認定したところによれば,本件先物取引において,被控訴人Y1が途転等に該当する取引を勧誘し,また,証拠金が不足しているのに建玉を維持し又は新規建玉をしたことは違法であるといわざるを得ず,その時期,回数,期間等に鑑みると,本件先物取引は全体として不法行為を構成すると解すべきである。」
(12) その次に,以下のとおり加える。
「2 争点2について
被控訴人Y1の行為が被控訴人会社の職務を執行するにつきなされたことは明らかであるから,被控訴人会社は,民法715条により,同Y1と連帯して不法行為責任を負うものというべきである。
3 争点3について
(1) 損害額
控訴人が被控訴人会社に交付した委託証拠金のうちの未返還額863万3926円全額について,本件不法行為による損害と認める。
(2) 過失相殺
控訴人は,大学を卒業し,放送局で記者をするなどの経歴があり,本件先物取引を開始するまでに久興商事で先物取引をして損失を受けた経験も有しており,商品先物取引の危険性については十分理解していたと認められること,取引の都度売買計算書,残高照合通知書の送付を受けたり,被控訴人Y1から連絡を受けることにより,売買及び損益の状況を自ら把握することができたのに,1年以上にわたって本件先物取引を継続したことなどの原判決認定の事実によれば,本件の損害の発生及び拡大については,控訴人の方にも少なからぬ落ち度があったといわざるを得ず,過失相殺として損害額の5割を減ずるのが相当である。
(3) 弁護士費用
本件訴訟の難易,認容額その他の諸事情に鑑みると,被控訴人らの不法行為と相当因果関係がある弁護士費用の額は,40万円をもって相当と認める。」
2 乙事件
本件先物取引終了後,343万7547円の帳尻損金が生じたことは,原判決第二の二7で認定したとおりである。
控訴人が平成5年5月11日に被控訴人会社との間で締結した本件の商品先物取引委託契約については,本件全証拠によるも取消原因あるいは無効原因の存在は認められず,個々の取引についても同様である。そうとすれば,被控訴人Y1の行為が全体として不法行為を構成するとしても,契約上の請求である被控訴人会社の控訴人に対する帳尻損金の請求は,原則として認められるべきである。しかしながら,不法行為について責任を負うべき者が,帳尻損金は全額請求することができるとするのは信義則の見地からして妥当とはいえず,相当な制限を加えるべきであると解される。本件においては,前記認定にかかる本件不法行為の内容,控訴人の過失割合等その他諸般の事情に照らすと,被控訴人が請求しうる帳尻損金は,5割を限度とすると解するのが相当である。
第4結論
以上によれば,控訴人の本訴請求は,被控訴人両名に対し,連帯して471万6963円及びこれに対する甲事件訴状送達の日の翌日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり,被控訴人会社の本訴請求は,控訴人に対し,171万8773円及びこれに対する乙事件訴状送達の日の翌日から支払済みまで商事法定利率年6分の支払を求める限度で理由がある。よって,これと異なる原判決を変更することとし,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 松尾政行 裁判官 熊谷絢子 裁判官 坂倉充信)
更正決定
控訴人 X
被控訴人 グローバリー株式会社
被控訴人 Y1
当庁平成12年(ネ)第4052号委託保証金相当損害賠償請求,取引帳尻損金請求控訴事件(原審・和歌山地方裁判所平成8年(ワ)第368号,平成9年(ワ)第14号)につき,本日当裁判所がなした判決に明白な誤謬があるから,職権により,次のとおり決定する。
主文
判決主文第1項(3)の表示中,
「控訴人及び被控訴人らの」とあるのを
「控訴人及び被控訴人グローバリー株式会社の」と訂正する。
平成13年7月13日
大阪高等裁判所第1民事部
裁判長裁判官 松尾政行
裁判官 熊谷絢子
裁判官 坂倉充信
これは正本である。
同日同庁
裁判所書記官 B