大阪高等裁判所 平成12年(ネ)864号 判決
主文
一 本件控訴を棄却する。
二 控訴人の当審における新請求(主位的請求及び予備的請求)をいずれも棄却する。
三 当審における訴訟費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第一申立
一 控訴人
1 原判決を次のとおり変更する。
2 主位的請求
(一) 被控訴人富本博士及び同富本伸子は、桜宮リバーシティ・NAC管理組合規約等に違反して飼育しているペット(犬)の飼育を直ちに中止せよ。
(当審における新請求)
(二) 被控訴人富本博士及び同富本伸子は控訴人に対し、平成一一年四月二日から右飼育を中止するまで、一か月三万円及びこれに対する支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。(当審における新請求)
(三) 被控訴人桜宮リバーシティ・NAC管理組合は、右管理組合規約等義務違反者である被控訴人富本博士及び同富本伸子をはじめ建物の区分所有等に関する法律六条一項及び右管理組合規約等に違反して飼育しているペットを現在まで看過している違反ペット飼育者に対し、控訴人の提訴とは別に管理組合規約等に則って勧告、指示又は警告、差止等の手続を直ちに、適切に実行し、かつ、将来にわたって不法ペットの飼育の防止策を具体的に講ぜよ。(当審における新請求)
(四) 被控訴人らは控訴人に対し、連帯して四〇〇万円及びこれに対する平成一一年四月二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。(従来の請求)
3 予備的請求
(一) 被控訴人富本博士及び同富本伸子は、桜宮リバーシティ・NAC管理組合規約等に違反して飼育しているペット(犬)の飼育を中止しない場合は、飼育禁止ペット(犬)とともに、桜宮リバーシティ・NAC一号棟五〇二号室から退去せよ。(当審における新請求)
(二) 被控訴人桜宮リバーシティ・NAC管理組合は、右飼育禁止のペット(犬)の存在を看過していた管理責任の一端として、被控訴人富本博士及び同富本伸子が桜宮リバーシティ・NAC一号棟から退去する場合には、右マンション五〇二号室を買い取れ。(当審における新請求)
(三) 被控訴人富本博士及び同富本伸子は、飼育禁止ペット(犬)の飼育中止に至るまでの間、右犬の鳴き声が控訴人宅まで届かないように防音対策を施せ。(当審における新請求)
4 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人らの負担とする。
5 仮執行宣言
二 被控訴人ら
主文同旨
第二事案の概要
本件は、マンションに居住している控訴人が、同じマンションに居住している被控訴人富本博士及び同富本伸子(以下両名を「被控訴人富本両名」という。)が飼育している犬の鳴き声により精神的苦痛を受けているなどと主張して、被控訴人らに対し、前記第一・一2及び3の請求をした事案である。
一 前提となる事実
当事者間に争いのない事実に証拠(認定事実末尾記載のもの)及び弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実が認められる。
1 控訴人は、平成五年六月一八日、大阪市住宅供給公社から大阪市都島区中野町五丁目一番地四五四所在の桜宮リバーシティ・NAC(以下「本件マンション」という。)一号棟六〇一号室(以下「控訴人宅」という。)を購入し、同年八月一日から同室に居住している。
2 被控訴人富本両名は、本件マンション一号棟五〇二号室(以下「被控訴人富本宅」という。)を所有し、同室に居住して、平成一〇年四月一日から、犬一匹(以下「本件犬」という。)を飼育している。(乙一、二)
3 被控訴人桜宮リバーシティ・NAC管理組合(以下「被控訴人管理組合」という。)は、本件マンションの管理等を目的として、その区分所有者らによって構成された権利能力なき社団である。(甲三)
4 大阪市住宅供給公社が本件マンションの専有部分購入者に対して配付した「住まいの手帳」と題する文書の「専有部分の住まい方」欄には、ペットについて、「小鳥や金魚、熱帯魚など人間に迷惑をかけないもの以外の飼育は、ご遠慮ください。また、現在動物を飼っている方は、新しい飼い主を見つけるように努めてください。」という記載がある。(甲二)
5 被控訴人管理組合規約(以下「本件規約」という。)三条一項には、区分所有者は本件規約及び本件規約一五条に定める使用細則を誠実に遵守しなければならない旨の規定が、同二八条二号には、被控訴人管理組合員は、騒音、悪臭により他に迷惑となる行為をし、あるいはさせてはならない旨が、同条五号には、被控訴人管理組合員は、他に迷惑をおよぼし、または共同の利益に反する行為をし、あるいはさせてはならない旨の規定がある。また、同六九条(平成八年五月二六日開催の被控訴人管理組合総会決議により付加されたもの。)には、ペットの飼育は、現在飼育しているペット一代限りとし、新たな飼育は禁止する(ペットの種類は、犬・猫・猛禽類)旨の規定がある。(甲三、八ないし一〇)
6 本件規約三三条には、被控訴人管理組合の役員は、法令、本件規約及び使用細則並びに総会及び本件規約五一条に定める理事会の決議に従い、組合員のため誠実にその職務を遂行しなければならない旨の、同六五条一項には、組合員等が法令、本件規約若しくは使用細則に違反したとき、又は対象物件内における共同生活の秩序を乱す行為を行ったときは、理事長は理事会の決議を得てその組合員等に対し、その是正等のために必要な勧告又は指示若しくは警告を行うことができる旨の、同条三項には、組合員等が本件規約若しくは使用細則に違反したとき、又は組合員等若しくは組合員等以外の第三者が、対象物件内において不法行為を行ったときには、理事長は理事会の決議を得て、その差止め又は排除のための必要な措置を執ることができる旨の規定がある。(甲三)
二 控訴人の主張
1 被控訴人富本両名について
(一) 平成一〇年一一月初旬ころから、本件犬が激しく鳴くため、控訴人は、睡眠を著しく妨害されており、日中もその鳴き声に不快感を覚えている。また、平成一一年一二月五日午前零時前後及び同一二年二月一六日夜半にも、うるさい犬の鳴き声が聞こえ、目を覚ましたことがあった。
(二) 被控訴人富本博士は、被控訴人管理組合の理事会(以下「理事会」という。)が本件規約六九条の新設を提案した当時、被控訴人管理組合の副理事長であった。
(三) 被控訴人富本両名は、本件規約に反する行為を行うことにより、控訴人をはじめとする本件マンションの他の区分所有者らの区分所有権の価値に重大な損失を及ぼし、また、右区分所有者らに迷惑を及ぼし、そのプライバシーを侵害している。
(四) 被控訴人富本両名は、直ちに本件犬の将来を考えて、犬を飼育することが可能なマンションに引っ越しをするか、他に飼い主を探すなどして、共同生活の規則を遵守すべきである。
2 被控訴人管理組合について
本件規約三三条、六五条一項及び三項の規定があることから、控訴人が被控訴人管理組合に対し、被控訴人富本両名の本件犬の飼育の件について適切な措置を執るよう求めたにもかかわらず、被控訴人管理組合は、被控訴人富本両名に対し、その行為の差止め又は排除のために必要な措置を執ろうとしない。
3 被控訴人らについて
前記被控訴人らの不法行為によって、控訴人は精神的苦痛を被っているが、その慰藉料としては四〇〇万円が相当である。
4 よって控訴人は被控訴人らに対し、前記第一・一2及び3の請求をする。
三 被控訴人富本両名の主張
1 騒音の有無、程度
被控訴人富本両名は、平成一〇年四月一日に本件犬を生後一か月で購入し、被控訴人富本宅のダイニングルームで机の脚に結んだひもでつなぎ、夜は犬かごに入れて、本件犬を飼育している。本件犬は、来客があったときに鳴くことがあるが、そうでないときに鳴くことはなく、まして夜間に訳もなく鳴いたりすることは一切ない。控訴人宅に聞こえる犬の鳴き声が本件犬によるものとは考えられない。被控訴人富本両名は、平成一二年二月一日から本件犬をペットホテルに引き取ってもらっており、同日以降は被控訴人富本宅において本件犬を飼育していない。
また、仮に本件犬の鳴き声が控訴人宅に伝わったとしても、控訴人に慰藉料を支払わなければならないほどの騒音とはいえない。
2 本件規約におけるペット飼育禁止規定の不存在
本件規約六九条(ペットの飼育禁止)の規定が決議された被控訴人管理組合第四回通常総会(平成八年五月二六日開催)には、被控訴人管理組合の全構成人員(二四三名)の四分の三に達しない一七七人(委任状を含む。)しか出席していないから、この決議は有効なものではない。
四 被控訴人管理組合の主張
1 被控訴人管理組合の裁量
本件規約六五条一項によれば、被控訴人管理組合の理事長が本件規約等に違反し又は本件マンション内における共同生活の秩序を乱す行為を行った区分所有者に対し、その行為の是正のために必要な勧告、指示又は警告を行うためには、理事会の決議を得る必要があることとされている。そして、被控訴人管理組合が、同項の定める権限を超えて、そのような区分所有者に対して訴えを提起するためには、被控訴人管理組合の総会決議が必要であると解される。
このことからすると、被控訴人管理組合は、違反行為等が実際に是正等されるという結果まで担保しなければならないものとは解されない。
理事会においては、ペットの飼育について、区分所有者に対し意見の投書を求めたところ、ペットを飼育することに好意的な意見の投書もあったところである。
2 被控訴人管理組合による善処の申入れ
被控訴人管理組合は、次のとおり、被控訴人富本両名の本件犬の飼育について、その是正に向けて必要な行為を行った。
すなわち、被控訴人管理組合は、控訴人から犬の鳴き声が聞こえる旨の申入れを受けたので、平成一〇年一一月二八日開催の理事会において、控訴人宅の近隣の区分所有者に対して善処を要請する旨を決議し、同月三〇日に、大阪ガスセキュリティーサービス株式会社(以下「大阪ガスセキュリティー」という。)において、実際に被控訴人富本両名に対して善処の申入れがされた。
3 騒音の程度、現状
控訴人宅は被控訴人富本宅の斜め上に位置しているが、控訴人宅よりも被控訴人富本宅の近くに居住している者から、本件犬の鳴き声についての苦情は届いていない。このことから、本件犬の鳴き声は、近隣住民にとって、さして気になるほど大きなものではなかったことが分かる。
また、仮に本件犬が平成一〇年一一月ころに何らかの騒音を出していたとしても、現在は何らの騒音も出していない。
第三当裁判所の判断
一 被控訴人富本両名に対する請求について
(一) 騒音の有無、程度及び慰藉料請求について
(1) 証拠(甲一、四、五、丁一)及び弁論の全趣旨によれば、平成一〇年一一月ころから、継続的に本件犬の鳴き声が控訴人宅に伝わっていたことが認められる。また、前記前提となる事実4及び弁論の全趣旨によれば、控訴人は、本件マンションへの入居に当たって、同マンション内においては犬の鳴き声に煩わされることはないと考えていたことがうかがわれる。さらに前記前提となる事実2、4、5及び証拠(甲八ないし一〇)によれば、被控訴人富本両名は、本件マンションにおける新たなペットの飼育は、本件規約六九条によって禁じられていることを知りながら、あえてペットである本件犬の飼育を始めたことが認められる。
(2) 他方、証拠(乙四、丁一)及び弁論の全趣旨によれば、控訴人宅は被控訴人富本宅の斜め上に位置しているが、控訴人宅よりも被控訴人富本宅の近くに居住している者から被控訴人管理組合に対して、本件犬の鳴き声についての苦情は寄せられていないこと、また、平成一一年六月ころ以降、本件犬の鳴き声は、ときどき、部屋を静かにして音を集音すれば聞こえる程度に小さくなったこと、本件犬は、平成一二年二月一日からペットホテルEyeMateに預けられていることが認められる。
控訴人は、平成一一年一二月五日午前零時前後及び同一二年二月一六日夜半に、控訴人宅まで犬の鳴き声が聞こえた旨主張する。そのうち後者の点については、仮に右鳴き声が本件犬によるものであったとしても、被控訴人富本両名において、時には本件犬をペットホテルから連れ帰ることもあると推測されるから、このことによって、本件犬がペットホテルに預けられたという前記認定が左右されるものではない。
(3) 以上の事情を総合すると、控訴人は、平成一〇年一一月ころから同一一年六月ころまでの間については、本件犬の鳴き声により、社会生活上受忍すべき限度を超える騒音被害を受け、これによって精神的苦痛を被ったものと認めるのが相当である。しかし、それ以外の期間については、社会生活上受忍すべき限度を超える騒音被害を受けたものと認めることはできない。そして、平成一〇年一一月ころから同一一年六月ころまでの間の本件犬の鳴き声についても、それが控訴人宅に極めて大きく伝わっていたとまで認めるには足りないことからすると、控訴人がこの間に被った精神的苦痛に対する慰藉料としては五万円が相当であると認められる。したがって、控訴人の被控訴人富本両名に対する慰藉料請求は、右の限度で理由がある。
なお、控訴人は、平成一一年一二月五日午前零時前後及び同一二年二月一六日夜半に、控訴人宅まで犬の鳴き声が聞こえた旨主張する。仮に右鳴き声が本件犬によるものであったとしても、前記認定にかかる経緯からしてその騒音被害が社会生活上受忍すべき限度を超えたとまでは認め難く、前記認定が左右されるものではない。
(二) 飼育の差止め(中止)等の請求について
前記認定事実に照らせば、現在において、被控訴人富本宅から本件犬の鳴き声による騒音が、控訴人宅において社会生活上受忍すべき限度を超えて発せられているとは認められないから、被控訴人富本両名に対する、本件犬の飼育の差止め(中止)を求める請求(主位的請求(一))、本件犬の飼育中止まで一か月三万円の支払を求める請求(主位的請求(二))、本件犬の飼育を中止しない場合には被控訴人富本宅から退去せよという請求(予備的請求(一))、本件犬の鳴き声が控訴人宅まで届かないように防音対策を施せという請求(予備的請求(三))はいずれも理由がない。
なお、控訴人は、不法行為に基づくのみならず、本件規約六九条に基づいても、被控訴人富本両名に対し、本件犬の飼育の差止めを請求しているとも解されるが、この規定は、被控訴人管理組合と区分所有者との間の法律関係を規律するものにすぎず、この規定により、本件マンションの区分所有者間にペットの飼育差止請求権が生じると解することはできないから、同条に基づく請求は、この点からしても理由がない。
二 被控訴人管理組合に対する請求について
(一) 被控訴人管理組合に対する請求のうち、主位的請求(三)は、本件規約六九条に基づき、被控訴人管理組合において、被控訴人富本両名を含む本件規約に違反している本件マンション内のペット飼育者に対して、そのペットの飼育の差止め等を求める作為請求であり、主位的請求(四)は、被控訴人管理組合が被控訴人富本両名に対して本件犬の飼育の差止め等を求めないこと等を理由とする不法行為に基づく損害賠償(慰藉料)請求であり、予備的請求(二)は、被控訴人富本両名が被控訴人富本宅から退去する場合には、同部屋を買い取れという請求であると理解できる。
(二) しかし、本件規約六五条一項の規定によれば、被控訴人管理組合は、区分所有者に本件規約等に違反する行為があった場合でも、その行為に対して一定の措置を執るか否か、またどのような措置を執るべきかについて、一定の範囲で裁量を有するものと解するのが相当であり、それが区分所有者全体に大きな不利益が生じる違法行為であるなどの特段の事情のない限り、一定の措置を執らなかったことが違法になると解することはできない。
証拠(甲五、六、丁一)及び弁論の全趣旨によれば、被控訴人管理組合は、控訴人から犬の鳴き声が聞こえる旨の申入れを受けたので、平成一〇年一一月二八日開催の理事会において、控訴人宅の近隣の区分所有者に対して善処を要請する旨を決議し、同月三〇日に、本件マンションの管理を委託されている大阪ガスセキュリティーにおいて、被控訴人富本両名に対して善処の申入れをしたことが認められる。そして、前記認定のとおり、本件犬の鳴き声が、本件マンション内において非常に大きな騒音となっていたとまでは認められないことからすると、このような善処の申入れを超えて、被控訴人管理組合においてさらに何らかの措置を執らなければならない事情があったとまで認めることはできない。
そうすると、被控訴人富本両名の本件犬の飼育という行為に対して、被控訴人管理組合が右善処の申入れ以外の措置を執らなかったことについて違法性があるとは認められない。また現在において、何らかの措置を執るべき義務があるともいえない。したがって、被控訴人管理組合に対する主位的請求(三)及び(四)、予備的請求(二)はいずれも理由がない。
第四結論
よって、原判決は相当であるから、本件控訴を棄却し、控訴人の追加した新請求についてはこれを棄却し、当審における訴訟費用は控訴人の負担として、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 竹原俊一 裁判官 大出晃之 裁判官 古久保正人)