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大阪高等裁判所 平成12年(ネ)898号 判決 2000年11月29日

控訴人 安田信託銀行株式会社

右代表者代表取締役 衛藤博啓

右訴訟代理人弁護士 田原睦夫

被控訴人 破産者新京都信販株式会社破産管財人 海藤壽夫

右訴訟代理人弁護士 池上哲朗

同 武田信裕

主文

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人の請求を棄却する。

三  訴訟費用は一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  控訴人

主文同旨。

二  被控訴人

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

第二当事者の主張

一  原判決の引用

当事者の主張は次の二に付加するほか原判決事実摘示関係部分記載のとおりであるからこれを引用する。

ただし、原判決の四頁四行目の「一億円信託した」を「一億円を信託した」と改める。

二  当審附加主張

1  控訴人

(一) 原判決は信託法一七条の趣旨から本件相殺が許されないとしているが、これは以下のとおり誤りである。

(二) 原判決は同条が別個の法主体間の債権債務の相殺を禁じた規定であるというが相当でない。

(三) 本件受働債権は単純な金銭債権であって、これを信託契約と切り離して単純な金銭債権と同視できないとした原判決の誤りは明白である。相殺の期待利益は本件でも保護すべきである。

(四) 銀行取引約定書七条一項による差引計算により本件受働債権は消滅した。これは合意相殺にあたり、信託法一七条の射程外である(当審新主張)。なお、合意相殺であっても、受託者は忠実義務の違反として相殺を許さないかのようにいう見解もあるが誤りである。

2  被控訴人

本件相殺の許否は信託法一七条の法意と信託制度の本質に照らし判断すべきである。

受託者は自らの財産と混同しない義務を負い、信託の利益の享受や(信託法九条)、受託者の権利取得(同法二二条)が禁じられている。本件の相殺を認めれば、受託者が信託の利益を享受するのと同一の結果となり、許されない。

定期預金と比較しても、信託財産の保護は強い。信託の場合は委託者は信託財産を他へ譲渡できないし、その一般債権者は強制執行、差押が禁止されている(同法一六条)。しかも、信託は途中解約もできない。

こうして、受託者が委託者に対して貸付を行い、信託財産と相殺することにより、信託を譲渡担保などより強固な担保として利用することを許すもので、地位の濫用である。これは信託法九条に反し許されない。

理由

第一判断の大要

一  事実の要点

1  破産者は信託銀行である控訴人に対し元本一億円を合同運用指定金銭信託としたが、その満期前に破産者が破産した。破産管財人である被控訴人は満期後、控訴人に対して信託契約の終了に基づき、破産者が控訴人に対し信託元本一億円及び収益配当金の内金六一〇万四二二四円の支払請求の本訴を提起した。

2  控訴人は破産者に対する貸金をもって前示1の信託元本及び収益配当金の請求権を相殺したと主張してその支払を拒否した。

二  原判決の要点

原判決は信託法一七条ないしその趣旨から本件相殺が許されないとして被控訴人の請求を認容し、控訴人に信託元本、収益配当金の支払いを命じた。

三  本判決の要点

受益者の受益金返還請求権と信託の受託者(信託銀行)の受益者に対する貸金請求権との相殺は信託法一七条の射程外であって、これにより本件相殺を無効ということはできない。

しかし、民法五〇五条一項所定の債権の目的の種類の不一致、信託法三六、三七条の趣旨ないし反対解釈などにより、両条所定の費用、損害、報酬等以外の債権である貸金による相殺は許されない。

もっとも、信託終了後に受益者の預り金として別段預金口座に振り込まれた信託金、収益配当金の返還請求権に対しては当事者間に本件のような相殺の合意があれば相殺できる。そして、本件銀行取引約定書七条はこの相殺合意(相殺予約)に当たる。

したがって、原判決を取消し被控訴人の請求を棄却する。

第二事実の認定

一  破産者新京都信販株式会社(以下、破産者という。)は、平成八年六月三日京都地方裁判所で破産宣告を受けた。

被控訴人はその破産管財人である。

控訴人は信託業務、預金、貸付等を目的とする信託銀行である。

二  破産者は、平成三年七月二日、控訴人に対して、合同運用指定金銭信託(商品名ポーラースター コモディティ・トラスト)に二口、合計一億円を信託した(以下、本件信託という)。信託期間は同日から平成一〇年七月一日(元本支払日の前日)まで。

三  本件信託には次の約款の規定がある(甲一)。

1  (信託の目的)委託者はこの証書記載の金銭を、受益者のために利殖する目的で信託し、受託者はこれを引き受けました(一条)。

2  (租税・費用)信託財産に関する租税、その他信託事務費用は、信託財産の中から支払います(八条)。

3  (信託財産の買収)信託財産のうち有価証券で取引所の相場のあるものについては、受託者が受益者に対して負担する債務を履行するために必要な場合に限って、時価でこれを受託者の固有財産とすることがあります(九条)。

4  (信託報酬)信託報酬は次のとおり信託財産の中からいただきます(一〇条)。

5  (信託終了事由)この信託は、以下の各号の事由により終了します(一二条)。

(1) 第3条に定める信託期間の満了

(2) (前略)解除または解約

四  被控訴人は、平成八年六月三日(破産宣告の日)、破産者が指定した本件信託の元本及び収益配当金の入金先としていた普通預金口座(控訴人京都支店、口座番号《省略》)を解約した。

五  控訴人は、控訴人の別段預金口座(控訴人京都支店、貸付一時預り金口、口座番号《省略》)に、次のとおり本件信託の元本、収益配当金を振り込んだ。

1  平成一〇年六月三〇日までの収益配当金六一〇万四二二四円。

同年七月一日振込。

2  元本一億円及び同年七月の一日分の収益配当金三万六三四五円。

同月二日振込。

六  控訴人は、破産者に対し、同年七月二日時点で、別紙債権一覧表一記載のとおりの貸付金債権を有していた。

七  控訴人は、被控訴人に対し、同月七日到達の書面で、同表二記載の債権をもって、被控訴人の信託元本及び収益配当金交付請求権と、その対当額において相殺する旨の意思表示をした(以下、本件相殺という)。

八  以上の事実は、当事者間に争いのない事実、《証拠省略》によりこれを認める。

第三相殺の検討

一  法定相殺の検討

1  信託存続中の法定相殺

(一) 信託法一七条は信託財産の相殺禁止を定め、信託財産に属する債権と信託財産に属せざる債務とは相殺を為すことを得ず、と規定している。これは、信託財産の独立性、ひいては受益者の保護のため、受託者の個人債務の債権者がその債権と受託者名義になっている信託財産に帰属すべき同人の債務とを相殺することを禁じたものである。このことはその立法理由において「相手方ニ対シ信託財産ニ属スル権利ヲ有シ同時ニ固有ノ債務ヲ負フ場合(例ヘハ信託財産ヲ預入レタル銀行〔第三者である銀行〕ニ対シ受託者カ固有ノ取引ニ於ケル債務ヲ負フ場合)ニ於テハ……特ニ之ヲ禁止ス之ヲ許セハ信託財産ヲ受託者ノ固有債務ノ弁済ニ充ツルコトヲ得セシムルト同一ノ結果ヲ生スレハナリ」と説明されている。

(二) 信託は委託者の信託目的を達するため、信託行為によって、信託財産を受託者に帰属させて、同人に、その財産権を自己又は他人(受益者)のためその財産の管理又は処分をさせるものである(一条)。そこで、信託法は受益者の利益を保護するため、信託財産を受託者の財産から一定の独立した取り扱いを規定している。添附、混同の排除(信託法一八条、三〇条)、受託者の費用、損失の求償(三六条~三八条)、受託者の賠償責任(二七、二九条)や第三者に対する信託財産の処分の取消権(三一条)などがこれである。

被控訴人及び原判決はこういう。相殺禁止を定める信託法一七条は信託財産が形式的に受託者の名義となっていても、受託者個人の財産からは独立した存在であることから、別個の法主体間の債権債務の相殺を禁じたものである。受託者の受益者に対する貸付金債権と受益債権とは別個の法主体間の債権債務であり、両債権の相殺を認めることは、同条の趣旨に反して許されない、と。

(三) しかし、信託財産に受託者の財産からの独立性が認められていることと、これに法人格を認めることとは別個の問題である。現行法上、自然人、法人以外に法人格をたやすく認めることはできない。信託財産に法主体性を認める論者も、解釈上、不完全な法主体性を仮定しているにすぎないのである。それは、前示信託財産保護の諸規定の統一的説明のための一種の比喩的表現と理解すべきものであると考える。したがって、信託財産と受託者ないし受益者との別人格を論じて、本件相殺に信託法一七条を類推適用し相殺を否定するのは相当でない。

(四) しかし、同条とは別に次の理由により信託財産に対する法定相殺は許されないと考える。

(1) 目的の種類の不一致 信託財産は信託目的にしたがいこれを管理運用処分するものである(信託法一条)。

それは本件のような金銭信託でも異ならない。したがって、これと受託者の委託者に対する金銭債権とは同種の目的を有するとはいえず、民法五〇五条一項の要件を欠き法定相殺は許されない(なお、委任者から受任者に対する相殺〔本件とは逆相殺〕につき、最判昭和四七・一二・二二民集二六巻一〇号一九九一頁参照)。

これに対して控訴人は金銭信託の場合は信託継続中の債権であれ信託終了後の債権であれ単純な金銭債権でしかないとして受益債権と貸金債権とは民法五〇五条一項所定の同種の目的を有するというが、相当ではない。

(2) 弁済期未到来 金銭信託であっても、受託者は委託者の指示に従って運用する義務があるから、その貸金回収の都合で金銭信託の返済義務を発生させ、その弁済期を到来させて受働債権とすることはできない。したがって、金銭信託の受益債権は弁済期にないから民法五〇五条一項の双方の債務が弁済期にあるときの要件を欠く。もっとも、本件相殺は信託期間満了後の信託元本及び収益配当金請求権を受働債権とするものであるから、弁済期未到来の問題は生じない。この信託終了後の法定相殺については次の2において検討する。

(3) 信託法三六条、三七条の趣旨 本条は受託者の信託財産に関し負担した租税、公課などの費用、信託事務の処理のため受けた損害の補償又は報酬につき信託財産を売却して優先弁済を受けられる先取特権を有すると規定している。また、前示のとおり、本件信託約款にも租税その他信託事務費用は、信託財産の中から支払います、と定めている(八条・甲一)。これは、これらの費用、損害の補償以外には受託者の受益者ないし委託者に対する他の信託の利益はもとより、貸金等の一般債権をもって先取特権や相殺権を有しないことを含意している。信託は信託目的のため財産権を移転しそれを管理処分して運用し受益者にその財産及び信託の利益を享受させるものである。受託者は信託関係の債権債務と受託者固有のものとは、区別して管理運用すべきものとされている(信託法九条、一四条、一六条、二二条、二八条、前示本件信託約款九条など)。このように、信託財産に対しては、受託者ないし受益者個人の債権者はかかっていけず、受益者及び信託債権者のみが信託財産に対し権利を主張できるのである。それ故、受託者が受益者に負っている信託関係上の債権債務は信託関係外では債権債務とならない。それにもかかわらず、受託者が信託関係外の固有の関係で取得した受益者に対する債権につき信託関係上の債務との相殺により満足を得るのは一般の債権者相互間では得られない利益を取得することになる。しかし、受託者への任命は同人に他の債権者より有利な権利を与えるものではないから貸金等の一般債権による相殺権はないのである。このことは受託者が信託財産につき他の債権者より優先した地位にあるべき理由はないことや英米信託法などの比較法的考察から明らかである。控訴人はこの点につき相殺の担保的機能ないし期待をいう。しかし、信託存続中はそのような期待は、金銭信託の場合でも、前示のとおり預金債権とはその性質を異にするから合理的でなく、相殺の制度によって法的に保護ないし尊重すべき場合に当たらない。

2  信託終了後の法定相殺

(一) 控訴人は信託終了後の元本及び収益配当金交付請求権を受働債権とする本件の法定相殺は許されると主張する。

確かに、控訴人は、平成一〇年七月一日に信託の最終計算を行い、満期日である翌二日に合同運用指定金銭信託の破産者を除く全受益者に対し受益者名義の口座に信託元本等を振り込んでいる。破産者である京都信販に対しては、「貸付一時預り金口」という別段預金口座に振り込み処理を行っている。

これをみると本件信託が終了しているかのようにも見える。

(二) しかし、信託法六三条は信託財産がその帰属権利者に移転するまでは信託は存続するものと看做し、この場合、帰属権利者を受益者と看做すとしている。これは受益者保護のために設定された法定信託といえるが、この限りにおいてなお原信託の延長としての性質を持つ。そして、前認定のとおり本件信託元本等は別段預金として保管されているにすぎない以上受益者に移転したとはいえず、元本、収益配当金を移転させるという限度でなお原信託が存続するのである。したがって、この場合は弁済期未到来とはいえないが、それ以外の前示期限前の法定相殺を許さない事由はそのまま信託終了後信託財産移転前の相殺に当てはまる。それ故、この場合でも受益者が受益権の放棄などにより消滅させない限り受託者はその義務を免れないから、受益者の同意がある合意相殺は格別として、それのない法定相殺は許されない。

二  合意相殺の検討

1  合意の有無

(一) 控訴人の当審予備的附加主張

控訴人は破産者との間で銀行取引約定書(乙一)によりその七条一項で控訴人に対する債務と破産者の預金その他の債権とを相殺できる旨を約定している。本件相殺はこの相殺予約に基づく相殺であるから、信託法の規定にかかわらず有効である。

(二) 検討

(1) 乙第一号証によれば銀行取引約定書七条一項に次の約定があることが認められ、これは相殺の予約の性質を有する。

第七条 期限の到来……その他の事由によって、貴社に対する債務を履行しなければならない場合には、その債務と私の預金その他の債権とを、その債権の期限のいかんにかかわらず、いつでも貴社は相殺……することができます。

(2) しかし、これが信託財産との相殺合意といえるか、及びその効力についても問題がある。この点は信託存続中と信託終了後に分け以下順次検討する。

2  信託存続中の相殺合意

(一) 前示銀行取引約定書七条一項の約定が信託財産との相殺合意(相殺予約)に当たるとしても、信託存続中の相殺合意は特段の事情がない限り、その効力はないと考える。

(二) その理由はこうである。

(1) 法定相殺を認めない事由である民法五〇五条一項所定の①目的の種類の不一致、②弁済期の未到来、③信託法三六条、三七条の趣旨による相殺の禁止はこの場合にも当てはまる。控訴人はこれらの規定が任意規定であることから、相殺合意により変更できるので相殺は可能であるという。確かに信託法の規定は任意規定である。しかし、銀行取引約定書七条一項の相殺予約がこれらの事由除外の特約にあたるかには次のとおり疑問がある。

(2) そもそも銀行取引約定書が信託取引に適用されるかにも問題もあるが、この点は後述するとして、その適用を認めても次の難点がある。

①の債権の同種性を要件とする民法五〇五条一項は合意により除外できるが信託財産との相殺の場合は当事者がその目的である債権を個別的、具体的に自覚して合意する必要がある。信託が信託財産の管理、運用、処分を目的とするものであるから、これを貸金債権をもって相殺すれば、管理運用処分の余地は消失し信託は終了する。本件でも破産者(受益者)がこのような重大な結果をもたらす信託存続中の相殺まで合意する意思があったと認めるに足る的確な証拠がない。

②の弁済期の未到来についてもその期限の利益を放棄できるから、相殺合意があればこの点は回避できる。しかし、この場合も信託を途中で打ち切る明確な意思が要求されるが、右約定書七条一項の相殺予約によってそれがなされているとは認められない。なお、信託の終了をもたらす信託解除の合意が銀行取引約定書により認められるかには疑問があるが、本件に直接関係しないのでこの点は暫くおく。

③の信託法三六条、三七条による趣旨を回避して信託を維持しながら、信託を否定しかねない相殺を許す合意があるともいえない。

(3) したがって、信託存続中は、特段の事情がない限りたやすく相殺合意による相殺を認めることはできない。

3  信託終了後の相殺合意

(一) 信託終了後信託財産である元本と収益金が受益者に移転した後は受益者の通常の債権となるから、もとよりこれと貸金債権との相殺の合意は有効である。

(二) 信託法六三条は、前示のとおり信託財産がその帰属権利者である受益者に移転するまでは信託は存続するものと看做している。そして、本件信託元本等は別段預金として保管されているにすぎないから受益者に移転したとはいえない。それ故、信託終了後でも元本等を移転させるという限度でなお原信託の延長としての法定信託が存続している。しかし、それは、前示のとおり、元本等の移転という目的に限られるのであって、原信託と同様の信託財産の管理、運用、処分の目的ないし義務が存続するわけではない。

(三) したがって、この場合には既に弁済期は到来しているし、目的の種類の不一致もなく、信託法三六条、三七条の制限を回避する合意や受益者の受益権の放棄により、受益者が信託財産等の移転請求権を消滅させることを妨げる理由はない。

4  銀行取引約定書七条一項と信託の相殺合意

(一) 銀行取引約定書七条一項には前示のとおり、控訴人に対する債務と破産者の預金その他の債権とをその債権の期限のいかんにかかわらず、いつでも相殺できますとの約定がある。しかし、これが信託との相殺予約として効力があるかには、次のとおり問題がある。

(二) 銀行取引約定書七条一項はそもそも信託契約上の債権債務に適用されるかからして疑問が提起されている。

本件銀行取引約定書の適用範囲は原則として銀行法一〇条一、二項所定の預金、貸付、手形割引、為替取引などに限られ(最判平成五・一・一九民集四七巻一号四一頁参照)、信託業務には適用されないと解する余地がないではない(乙一)。

普通銀行は信託業の認可を受けてはじめて信託業を営むことができる(金融機関ノ信託業務ノ兼営等ニ関スル法律一条)。しかも、控訴人は信託業務を主業とする銀行であって、銀行業務を主業とするいわゆる信託兼営銀行とは区別されている。いずれにしても、信託業務に本来の銀行業務を中心とした本件銀行取引約定書を適用するには疑問が生ずるのである。

(三) しかし、本件では前認定のとおり信託終了後、破産者の指定口座が既に解約されているため、元本、収益配当金は控訴人銀行の別段預金に振り込まれていた。そして、別段預金は、いずれの種類の預金にも属さない保管金や預り金等を銀行の事務処理の便宜上一時的に整理するために設けられた預金勘定である。別段預金に受け入れる資金の性質は種々雑多である。現実に銀行が預り金債務を負っているものとそうでないものがある。後者は消費寄託ではなく一時保管金にすぎない。本件の別段預金は前第二の四認定のとおり、被控訴人は、平成八年六月三日破産者が破産宣告を受けたので、破産者指定の本件信託の元本及び収益配当金の入金先である普通預金口座(控訴人京都支店、口座番号《省略》)を解約した。その結果、満期となった本件信託の元本、収益金の振込先がなくなった。そのため、控訴人は、控訴人の別段預金口座(控訴人京都支店、貸付一時預り金口、口座番号《省略》)に、満期の翌日に本件信託の元本、収益金を振り込んだのである。

このように本件別段預金は貸金の一時預り金に準じた一時保管金の性質を有する。

(四) なるほど、別段預金口座に振り込んだからといって、受託者として受益者に元本、収益金を引き渡すべき義務が消滅するものではない。

しかし、この別段預金は主業の信託業務から本来の銀行業務である預金、保管金の処理に委ねられたものと認められ、別段預金の支払は銀行業務に当たる側面がある。そして、信託銀行の使用している銀行約定書七条一項は、普通銀行のそれと異なり、「払戻し、解約又は処分のうえ、その取得金をもって債務の弁済に充当することができます」として、普通銀行の約定書にはない「解約」又は「処分」を挿入している。これは、昭和三八年四月のひながた改正に際し追加されたが、その理由として信託銀行の貸出金の回収のため、金銭信託の信託金などについて差引計算をできるようにしたものである。そのことは当時の改正の解説においても広く公にされている。それ故、とくに控訴人が信託銀行、破産者が信販会社であって、いずれも商人で専門的金融機関であるから、本件全証拠、弁論の全趣旨により、このような満期後の金銭信託の元本、収益金とこれを引き当てとしてなされた貸付金につき、銀行取引約定書七条一項により相殺の合意をしていることを認識し、あるいは、十分認識し得たものと認められ、両者を含む金融機関相互においてこれにより相殺があるという商慣習が存在すると認められる。

本件当事者双方は専門的金融機関として慣習に従い取引する地位にある者であるから、反対の意思表示など特段の事情が認められない本件においては、銀行取引約定書七条一項による信託満期後別段預金に振り込まれた信託元本及び収益配当金との合意相殺は有効であると認められる。

5  まとめ

したがって、本件信託の元本及び収益金返還請求権は合意による相殺により消滅した。

第四結論

以上のとおり、被控訴人の本件請求は理由がないからこれを棄却すべきである。よって、これと異なり被控訴人の請求を認容した原判決は失当であるからこれを取り消し、被控訴人の請求を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 吉川義春 裁判官 紙浦健二 播磨俊和)

<以下省略>

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