大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 平成12年(行コ)11号 判決 2000年10月17日

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は、控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  控訴人が日本国籍を有することを確認する。

3  被控訴人は、控訴人に対し、五〇万円及びこれに対する平成一〇年五月八日から支払済みまで年五パーセントの割合による金員を支払え。

4  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

主文と同旨

第二事案の概要

一  次のとおり改めたうえ、原判決の「第二 事案の概要」の記載を引用する。

1  四頁六行目の「損害の賠償」の次に「として慰謝料五〇万円及びこれに対する本件訴状が被控訴人に送達された日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払」を加える。

2  五頁について、四行目の「甲五」の次に「、一〇」を、九行目の「Aは」の前に「Bは、平成六年一二月一三日、Aを相手方として、大阪家庭裁判所に離婚無効の調停を申し立てたが、Aがこれに応じず、平成七年三月二九日に不成立となった(甲九及び弁論の全趣旨)。」をそれぞれ加える。

3  七頁一行目の次に行を改めて「(七)Bは、平成八年一二月に日本を離れてフィリピンに帰国し、肩書住所地で両親と共に店舗を営業しながら控訴人を育てている(甲一〇)。」を加える。

4  一一頁三行目の次に行を改めて次のとおり加える。

「国籍法上は認知の効力が遡及しないと解する場合、両親のいずれかが日本国籍を有する場合に、その間に生まれた子が出生によって日本国籍を取得できないのは、外国国籍の母と日本国籍の男性との間に生まれた嫡出でない子のみとなる(父が外国国籍であっても母が日本国籍を有する場合は、嫡出でない子であっても、国籍法二条一号によって、子は日本国籍を取得する。)。同じ嫡出でない子でありながら、母が日本国籍を有する場合と外国国籍である場合とで、日本国籍を取得するか否かを差別することに合理的な理由があるとはいえない。

これは、国籍法が採用する父母両系血統主義に反する解釈である。この解釈をとると、母の本国の国籍法が生地主義を採用している場合には、日本で生まれた子が無国籍となる。

右のような結果をもたらす解釈は、正当性、合理性を有しないというべきである。

なお、外国国籍の女性が出産した婚外子について、胎児認知された場合と出生後に認知された場合とで日本国籍を取得するか否かを差別することに合理的な理由があるかどうかも疑問である。」

5  一二頁八行目の「扱われていた。」の次に「そして、戸籍上の父の子でないことが後に判明したものの、日本国籍を有する真実の父からその後速やかに認知の届出がなされた」を加える。

二  当審で付加された控訴人の主張

1  本件紛争の発端について

AがBに対し一方的に離婚届の署名を強制したことから、Bが、Aに対して平成六年一二月一三日に大阪家庭裁判所に離婚無効の調停を申し立てたが、相手方はこれに応じず、平成七年三月二九日に調停は不成立になった。右調停の過程で、妻側が「離婚が有効であるとするならば、養育費を支払って欲しい。」と主張したのに対し、夫側が親子関係はないから養育費は支払いたくないという主張を始めたのが、本件紛争の発端である。

本件において、控訴人の母であるBとしては、子の国籍・父親の問題に先行して、自己の離婚問題を解決する必要があったから、Aと控訴人との間の父子関係の存否が控訴人の出生後直ちに確定されることは期待できなかった。また、Cにおいて自己が控訴人の父であることを知ってから認知するまでに三か月を要したのは、控訴人について既にAの子として出生届がなされていた(この点において最高裁判決の事案とは異なる。)から、改めてフィリピンにおいてCを父と記載した出生証明書の発行を受ける必要があり、そのためには別件訴訟の判決を資料として添付しなければならなかったためであり、三か月というのはこれらの手続に要する最短の期間であった。

控訴人はいわゆる「嫡出推定が及ぶ子」であるから、この点でも最高裁判決の事例と異なるが、最高裁判決の趣旨は本件にも及ぼすべきである。

2  親子関係不存在確認訴訟の適否について

最高裁判所平成一二年三月一四日第三小法廷判決(判例時報一七〇八号一〇六頁)は、婚姻関係終了後に提起された親子関係不存在確認の訴えの適否について、「夫と妻との婚姻関係が終了してその家庭が崩壊しているとの事情があっても、子の身分関係の法的安定を保持する必要が当然になくなるものではないから、右の事情が存在することの一事をもって、嫡出否認の訴えを提起し得る期間の経過後に、親子関係不存在確認の訴えをもって夫と子との間の父子関係の存否を争うことはできないものと解するのが相当である。」と判示した(以下「平成一二年最高裁判決」という)。これは本件と本質的に同一の問題についての判決である。

本件で控訴人が国籍を喪失する原因となったのは、別件訴訟での血液検査の結果であった。控訴人は嫡出の推定を受ける子であったから、嫡出否認の訴えを提起し得る期間の経過後に提起された別件訴訟(親子関係不存在確認訴訟)の審理においては、先ず、控訴人が「実質的には民法七七二条の推定を受けない嫡出子」に該当すると評価されるかという前提問題(夫婦が同居していたかどうか。性的関係が続いていたかどうか)が検討されるべきであったが、別件訴訟の裁判所は、この点を判断することなく、直ちに血液検査を命じ、その結果に従って控訴人とAとの間の血縁上の父子関係を否定した。

平成一二年最高裁判決が指摘した子の地位の安定の要請とは裏腹に、本件では父子関係のみならず国籍まで剥奪される結果となった。平成一二年最高裁判決は、このような結果を回避するために、「遠隔地に居住して、夫婦間に性的関係を持つ機会がなかったことが明らかである」等の事情がある場合以外には、親子関係不存在確認の訴えをもって夫と子との間の父子関係の存否を争うことができないものとしたのである。

3  本件について

平成一二年最高裁判決によれば、嫡出推定が働く本件控訴人の場合は、「実質的には民法七七二条の推定を受けない嫡出子」に該当しないから、別件訴訟の訴えは却下されるべきであったにもかかわらず、これが維持され、真実発見の趣旨から血液検査の結果が尊重されて、親子関係の不存在が確認された。

右の事情を考えれば、第一に、控訴人についての当初の嫡出子としての届出による国籍取得の効力は、別件訴訟の判決によっては失われないと考えるべきであり、第二に、少なくとも、親子関係不存在確認判決確定の直後に速やかになされた真実の父親であるCによる認知行為によって控訴人の従前の国籍は維持されたと考えるべきである。

三  被控訴人の主張

控訴人の右各主張は争う。控訴人は、本件が最高裁判決の射程距離内の事例であり、国籍法上認知の遡及効が認められないのは不当である旨主張するが、国籍法上は認知の遡及効を認めることができず、最高裁判決の判旨で示された法理を拡張して本件に適用する必要があるとは考えられない。また、控訴人とAの間には法律上の父子関係が存在しないとの別件訴訟の確定判決があり、右確定判決には対世効があるから、控訴人の主張は失当である。

第三証拠

本件記録中の証拠関係目録記載のとおりである。

第四判断

一  当裁判所も、控訴人の本訴各請求は理由がなく、これを棄却すべきものと判断する。その理由は、次のとおり改めるほか、原判決の「第三 争点に対する判断」に記載のとおりであるから、これを引用する。

1  一八頁五行目の次に行を改めて次のとおり加える。

「右のとおり、国籍法は出生後の身分行為による国籍の変更を認めないとの建前を採用しており、国籍法上認知の遡及効を認めることはできないと解さざるを得ない。なお、出生後の認知に遡及効を認めて、これによって子が出生時に遡って日本国籍を取得するものと解すると、父の認知があるまで子の国籍が不確定なものになるという不都合もある(なお、本件の控訴人のように嫡出の推定が後に覆される場合も、同様の事態が生じるが、これは別問題である。)。

認知の遡及効を認めないことによって不合理な結果が生じると控訴人が指摘する点は、首肯できる部分もないではないが(ただし、出生によって当然に生じる母子関係と認知によって法律上成立する父子関係とである程度の差異が生じることはやむを得ない。)、国籍法の解釈論としては採用することができない。」

2  一九頁七行目の「ただし、」の次に「胎児認知の届出をしてこれが受理されても、」を加える。

3  二〇頁末行の「九か月以上後」の前に「右調停が不成立になってから」を加える。

4  二二頁四行目の次に行を改めて次のとおり加える。

「なお、控訴人は、控訴人の母は控訴人をAの子と考えていたところ、控訴人の母とAとの間で協議離婚の効力が争われたことが発端となって、控訴人の父がAではないことが判明するに至ったもので、そのために控訴人とAとの父子関係の不存在確認が遅れたこと、控訴人について既に出生届がなされていたため、Cが認知の届出をするのにある程度の日数を要したことなどを主張して、本件についても最高裁判決の趣旨に則って請求を認容すべきである旨主張する。

しかしながら、最高裁判決は、子の父が胎児認知の手続をとることができる場合とそれを適法にとることができない場合に生じる著しい差異を解釈によって解消する必要があるとして、戸籍の記載上嫡出の推定がされなければ父によって胎児認知がされたであろうと認めるべき特段の事情がある場合に、胎児認知がなされた場合と同様の効果を認めるべきであるとしたものであるところ、本件においては、控訴人の母の離婚後は胎児認知をすることについて法律上の支障はなく、控訴人の父であるCは、控訴人が自己の子であることについて確信がなかったために直ちに認知することなく、控訴人とAとの親子関係の不存在が判決で確定した後に控訴人を認知したものであって、このように胎児認知をするについての事実上の障害があったにすぎない本件の場合を、最高裁判決の射程距離内にあるものとみることは困難である。」

5  二四頁八行目の「したがって、」及び二五頁六行目の「仮に、」をいずれも削除する。

6  二六頁三行目の次に行を改めて次のとおり加える。

「控訴人は、平成一二年最高裁判決を援用して、別件訴訟は訴えを却下されるべきものであったのであり、控訴人が嫡出子として届出されたことによって取得した日本国籍は別件訴訟の判決によっては失われないと主張するが、別件訴訟の判決が確定した以上、その効力を否定することはできず、控訴人の右主張を採用することはできない。」

二  以上により、原判決は相当であって、本件控訴は理由がないから、これを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 妹尾圭策 裁判官 渡邊雅文 裁判官 宮本初美)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例