大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 平成12年(行コ)13号 判決 2001年12月19日

主文

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1控訴の趣旨

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人が平成5年4月6日付けでした,控訴人の平成2年分の所得税について税額を918万0100円とする更正処分を取り消す。

3  被控訴人が平成5年4月6日付けでした,控訴人の平成2年分の所得税過少申告加算税の賦課決定(ただし,平成5年6月17日付けでした変更決定による一部取消後のもの)を取り消す。

4  被控訴人が控訴人に対し平成5年4月6日付けでした,平成元年分以降の所得税の青色申告承認の取消処分を取り消す。

5  訴訟費用は第1,2審とも被控訴人の負担とする。

第2事案の概要

1  本件は,被控訴人が,青色申告の承認を受けたいわゆる青色申告者で且つ弁護士である控訴人に対し,青色申告に係る所得額を確認すべく,備付け帳簿書類等一切の提示を求めたところ,控訴人は,依頼者との守秘義務に抵触するおそれがあることなどを理由に帳簿書類等の提示を拒否したことから,被控訴人において,平成5年4月6日付けで,控訴人の平成元年以降の所得税の青色申告承認の取消処分(以下「本件青色申告承認取消処分」という。)をなすと共に,平成2年分の所得税の更正処分(以下「本件更正処分」という。)及び同処分に係る過少申告加算税の賦課決定処分(以下「本件加算税賦課決定処分」といい,本件更正処分と併せて用いる場合には「本件更正処分等」という。)を行ったのに対して,控訴人が,これらの各処分(以下「本件各処分」という。)は不服であるとして,異議申立て及び審査請求を経た上,本件各処分の取消しを求める訴えを提起した事案である(なお上記異議申立て及び審査請求は,いずれも本件加算税賦課決定処分の一部が変更決定によって取り消された以外は,いずれも棄却された。)。

2  前提事実(争いのない事実,甲1,2,甲3の1及び2,甲7,8,甲9の1ないし3,甲10の1ないし4,甲11,甲18,甲31,乙32ないし35,乙45,46によって認められる事実)

(1)  経緯等

ア 控訴人の父P1は,P5鉄工所を営み,原判決別表3「本件譲渡物件一覧表」記載の各不動産を所有して,これらを上記鉄工事業の用に供していた。

以下,原判決別表3「本件譲渡物件一覧表」記載の各不動産を「本件譲渡物件」と,そのうち順号1ないし3の各土地を「本件譲渡土地」と,同4の家屋(工場)を「本件譲渡旧工場」という。また,同別表4「本件に関連のある土地一覧表」記載の各土地を「本件非譲渡土地」と,これと本件譲渡物件とを併せて用いる場合には「本件各物件」といい,各土地については「本件各土地」ということとする。

なお,本件譲渡旧工場は,本件譲渡土地3上に建てられていたから,その所在地としては「三木市α1370番の7」が正しく,閉鎖登記簿上の地番表示の「三木市α1370番の4」は誤りである。

イ P1は,がんで,平成元年3月上旬ころ入院し,同年6月13日に死亡したが,この間の同年5月ころには上記鉄工所において雇用していた従業員全員を解雇した。

P1の相続人は,配偶者のP2と子である控訴人の2人である。

ウ P2は,平成元年10月,控訴人に対し,P1の相続財産である本件各物件のうち本件譲渡物件の売却に関する事務を委任した(以下「本件委任契約」という。)。

エ 平成元年11月20日,弁護士である控訴人及びP2は,播州信用金庫と,本件譲渡物件を代金1億1000万円で売買する旨の契約(以下「本件譲渡契約」という。)を締結し,同金庫から手付金1100万円を受領した。本件譲渡契約に関するP2の事務は,本件委任契約に基づき控訴人が行った。

オ 平成元年12月10日,P2と控訴人との間において遺産分割協議が成立し,本件各物件のうち本件譲渡物件は,原判決別表3の各「備考」欄記載のとおり,控訴人及びP2がそれぞれ取得した。

カ 平成2年1月31日,控訴人及びP2は,本件譲渡契約に基づき,播州信用金庫から売買残代金9900万円を受領し,これと引換に同金庫に対し本件譲渡物件の所有権移転登記手続を済ませ,これにより本件譲渡物件の所有権は,同金庫に移転した。以上の事務のうち,P2に関するものは,本件委任契約に基づき控訴人が行った。

キa 控訴人は,P2から,本件委任契約に基づく手数料等(以下「本件手数料」という。)として,平成2年2月1日に630万円を受領したが,その際,控訴人が発行した領収書(甲9の1)には,上記630万円の内訳として,「播州信用金庫に対する下記不動産(本件譲渡物件のこと)の売却交渉,仲介手数料,移転登記手続き等費用手数料(消費税含む)および実費(合計2575万円)の一部金(残金1945万円消費税含む)として。」と記載されていた。

本件手数料残金1945万円につき,控訴人は,P2から平成3年1月31日に330万円を,同年3月8日に1615万円をそれぞれ受領し,上記と同じ内訳記載のある領収書(甲9の2,3)を交付した。

b 平成3年3月12日,P2は,本件譲渡物件の譲渡に係る譲渡所得等について確定申告の手続をした。この申告手続も控訴人が行った。

ク 控訴人は,平成3年1月29日,株式会社大京(以下「大京」という。)と,ライオンズマンションα○号室の建物専有部分及び敷地共有持分(以下「本件買換資産」という。)を代金9178万6000円(本体価格9020万円と消費税額158万6000円との合計額)で買い受ける旨の契約を締結し,同日,須磨税務署長に対し,買換え承認申請書を提出した。

上記建物は新築工事中であったため,最終金の授受及び物件の引渡しは平成4年10月19日とされた。

ケ その後,大京は,いわゆるバブルの崩壊に伴い売残り物件が多数生じたため,近隣の売却物件と比較して高額となっているものについて一斉に売出価格の値下げ改定を行い,既に売約済みであるものについても同様に値引きを行った。この価格改定に伴い,控訴人は,平成4年11月9日,大京と,本件買換資産の代金を6080万1000円(本体価格5980万円と消費税額100万1000円との合計額)に変更する旨合意し(以下「本件変更契約」という。),同日,同代金から既払金額を控除した残額3340万1000円を支払い,本件買換資産を取得した。

(2)  本件における税務調査の経緯及び結果等

ア 被控訴人は,平成4年9月,控訴人が提出した平成元年分ないし平成3年分の所得税の確定申告書に記載された所得税金額が適正であるか否かを確認するため,担当部下職員に命じて控訴人の所得税調査を開始した(以下「本件税務調査」という。)。

イ 被控訴人の部下職員は,①平成4年9月16日,②同月21日,③同年10月16日,④同年11月27日及び⑤平成5年1月22日の都合5回,控訴人事務所へ臨場した上,事務所内ないしは近くのホテルロビーにおいて,控訴人と面会し,また,⑥同年3月12日には,控訴人の申出により兵庫税務署内において面会した。そして,控訴人に対し,備付け帳簿等の提示を求めたが,控訴人は,弁護士として依頼者に対し守秘義務を負っていることなどを理由として,帳簿書類等の提示には一切応じなかった。

被控訴人は,平成4年11月9日,控訴人に対する所得税調査の進展を図るため,いわゆる反面調査を開始した。

ウ 控訴人は,上記第1回及び第5回目の面会調査において,被控訴人部下職員に対し,調査内容を録音させるよう求めたが,被控訴人の部下職員は,いずれも即座にこれを拒絶した。控訴人は,上記第1回目の面会調査においては,上記録音に固執しなかったが,上記第5回目の面会調査では,その要求を取り下げようとしなかったため,被控訴人部下職員は面会調査を取り止め席を立った。その際,控訴人は,上記反面調査に抗議すると共に,同月25日,被控訴人に対し,請願書を郵送した。

エ 本件税務調査等により判明した,平成2年分の控訴人の所得に係る収入のうち争いのない収入金額は,以下のとおりである。

a 事業所得に係る収入金額

α 平成2年度において,控訴人は,原判決別表5の番号②,④,⑤,⑧,⑪,⑫,⑯ないし(25)(27),ないし(29)記載の取引先19名から,順にそれぞれ,381万8500円,120万円,60万0210円,39万円,36万円,70万円,2万円,3万2000円,2万円,7万円,1万円,15万円,2万円,9万円,2万円,20万円,43万5000円,10万円,50万円の収入を得た。

β また,控訴人は,上記①の他に,同別表5の番号①のb,③,⑥,⑦,⑬及び⑭の取引先(以下,b以外の取引先を,順に「取引先A」…「取引先E」という。)から収入を得たが,その金額は,少なくとも,同別表5の「控訴人が認める金額」欄記載のとおり,順に630万円,369万8500円,20万円,51万5000円,4万円,10万円である(この金額の限度では争いがなく,これを超える金額について争いがある。)。

γ さらに,控訴人は,上記α及びβの他にも,284万1291円の収入を得た。

b 給与所得に係る給与等の収入金額

合計79万4500円

c 源泉徴収額

合計23万5636円

(3)  本件各処分の内容及び不服申立ての経緯

ア 本件青色申告承認取消処分について

a 控訴人は,昭和54年4月,弁護士登録をして法律事務に従事する傍ら,同60年6月からは税理士業務を開始していたが,平成元年ないし同3年分の所得税について,原判決別表1のとおり青色申告をした(なお控訴人は,住所地(自宅)を納税地としており,平成元年分及び同2年分の確定申告書は,当時の住所地を管轄する須磨税務署長に提出したが,平成3年8月に転居したことから,平成3年分以降の確定申告書は被控訴人に提出した。)。

b 被控訴人は,控訴人は正当な理由がないのに帳簿書類の提示等の求めに応じなかったもので,所得税法150条1項1号の取消事由があるとして,平成5年4月6日付けで,控訴人の平成元年分以降の青色申告の承認を取り消す本件青色申告承認取消処分を行った。

イ 本件更正処分等について

a 控訴人は,平成3年3月5日,被控訴人に対し,原判決別表2「申告」欄記載のとおりの平成2年分の所得税の確定申告を行った(以下「本件確定申告」といい,この確定申告において提出された確定申告書を「本件確定申告書」という。)。

b これに対し,被控訴人は,平成5年4月6日,原判決別表2「更正」欄記載のとおりの本件更正処分を行い,本件審査請求において,控訴人の平成2年分の所得に関して,要旨以下のとおり主張した。

① 事業所得の金額は,本件手数料2575万円全額を平成2年分の事業所得に係る収入金額として計上すべきである。

② 給与所得の金額は,控訴人の給与等の収入金額79万4500円(上記(2),エ,b参照)から所得税法28条3項1号の規定により給与所得控除額65万円を差し引くことにより14万4500円と認定されるべきである

③ 租税特別措置法(以下「措置法」という)31条(平成3年法律16号による改正前のもの。)1ないし3項及び同法施行令20条2項2号によれば,本件譲渡物件の譲渡による所得は,分離長期譲渡所得に区分され,これに租税特別措置法(平成2年法律第13号による改正前のもの。以下同じ。以下「措置法」と略記する。)37条1項に定める買換え資産の特例を適用すると,原判決別表6記載のとおり分離長期譲渡所得の金額は2421万4683円と認定されるべきである。

c 本件加算税賦課決定処分の内容は,原判決別表2「過少申告加算税」欄記載のとおりである。

d 控訴人の平成3年分の所得税について,減額更正はされていない。

ウ 本件各処分に対する不服申立ての経緯

控訴人は,平成5年5月26日,被控訴人に対し,本件各処分はいずれも不服であるとして異議申立てを行ったが,本件加算税賦課決定処分の一部が取り消された以外,上記異議申立てはいずれも棄却されたことから,同年9月30日,国税不服審判所長に対し,本件各処分につき審査請求をした。しかし,国税不服審判所長は,平成7年3月30日,上記各審査請求を棄却する旨裁決した。

本件各処分に対する上記各不服申立ての経緯,内容は,原判決別表2記載のとおりである。

3  本件訴訟の争点

本件各処分との関連で本件訴訟の争点を整理すると以下のとおりである。

(1)  本件青色申告承認取消処分に関する争点

本件税務調査において控訴人が被控訴人部下職員に備付け帳簿書類等一切を提示しなかったことは,所得税法150条1項1号所定の取消事由に該当するか(以下「争点(1)」という。)。

(2)  本件更正処分に関する争点

【訴え自体の適否】

ア 訴えの利益の有無

控訴人には,所得税の申告税額270万5100円を超えない部分について取消しを求める訴えの利益(狭義)があるか(以下「争点(2)・ア」という。)。

【請求の当否】

イ 本件における分離長期譲渡所得(以下「本件譲渡所得」という。)の金額について

a 被控訴人が,本件訴訟において,本件更正処分の処分理由として,本件審査請求の段階までの主張とは異なり,本件譲渡所得に措置法37条1項に定める買換え資産の特例を適用はない旨主張することが許されるか(以下「争点(2)・イa」という。)。

b 本件訴訟係属後に収集した証拠(乙21ないし35)を,本件譲渡所得に措置法37条1項不適用の立証の証拠として用いることが許されるか(以下「争点(2)・イb」という。)。

c 本件譲渡所得に措置法37条1項は適用されるか(以下「争点(2)・イc」という。)。

d 仮に,本件譲渡所得に措置法37条1項の適用がある場合,本件買換資産の取得価格のうち建物分の価格はいくらか(以下「争点(2)・イd」という。)。

ウ 本件における事業所得(以下「本件事業所得」という。)の金額について

a 本件手数料収入について

① 本件手数料収入の全額を平成2年分の所得として計上するべきか(以下「争点(2)・ウaの①」という。)。

② 本件手数料収入全額を平成2年分の所得に計上した場合,平成3年分の所得について減額更正をしない本件更正処分(増額更正)は違法となるか(以下「争点(2)・ウaの②」という。)。

b 本件事業所得に係るその他の収入について

① 本件訴訟係属後に収集した証拠(乙1及び2,乙5ないし14)を,控訴人の本件事業所得に係る収入を立証するための証拠として用いることは許されるか(以下「争点(2)・ウbの①」という。)。

② 上記その他の収入金額はいくらか(以下「争点(2)・ウbの②」という。)。

4  本件訴訟の争点に対する当事者の主張

【本件青色申告承認取消処分の適法性に関して】

(1) 争点(1)-「本件税務調査において控訴人が被控訴人部下職員に備付け帳簿書類等一切を提示しなかったことは,所得税法150条1項1号所定の取消事由に該当するか。」について

ア 被控訴人の主張

原判決「事実及び理由」中,「第二 事案の概要」の「四 争点に関する当事者の主張」の2のうち(被告の主張)記載のとおりであるから,これを引用する。

イ 控訴人の主張

a 次に補充するほかは,原判決「事実及び理由」中,「第二 事案の概要」の「四 争点に関する当事者の主張」の2のうち(原告の主張)記載のとおりであるから,これを引用する。

b 補充主張

① 本件税務調査等における質問検査に当たって,その具体的理由の開示を求める納税者の権利は,憲法上(84条,31条等)の要請でもある上,今日の国際的状況も納税者の権利を制度的に確立しようとする傾向が顕著で,先進諸国の中には調査理由の開示が納税者の権利であることを明確に謳う国さえも出現している。よって,上記争点の解釈に当たっては,納税者の権利を重視した解釈を行うべきである。

② 所得税法150条1項1号の「備付け」に提示拒否が含まれるとしても,それは,税務署部下職員が,調査に当たって,「社会通念上当然に要求される程度の努力を尽くした」ことが前提であり,しかも,その努力を尽くしたか否かは厳格に解される必要があるところ,本件税務調査において被控訴人部下職員は,そうした社会通念上当然に要求される努力を尽くしていない。

その理由は,原審において主張したとおりであるが,原判決の内容を踏まえ,以下の諸点を付け加える。

本件青色申告承認取消処分が本件更正処分等における理由付記を回避する目的でなされたものであることは,本件青色申告承認取消処分の後,被控訴人が控訴人に対して青色申告用紙を送付し続けたことや被控訴人部下職員(統括官)が更正処分の内容が明確であるのに執拗に修正申告をしょうようしたことなどから明らかである。

また,本件税務調査のやり方や部下職員の調査態度は,従前のそれと全く異なり,弁護士の守秘義務に対する配慮が全く欠けていたばかりか,これを完全に否定するかのごとき言動に終始した。控訴人としては,このような部下職員の言動をみて,弁護士としての守秘義務に関する最低限度の要請も遵守されないのではないかとの警戒感を抱き,帳簿等の提示に消極的な態度を示したものである。部下職員の態度がそのようなものでなければ,従前どおり,具体的な帳簿等の提示方法を提案するなど調査に協力したが,そのような提案をする状況にはなかった。

ちなみに,いわゆる金員支払い等の経済的取引事項に関する事実も当然弁護士の守秘義務の対象となり,これらの事項に対する税務調査は弁護士の守秘義務と関係がないとは到底いえない。

以上のほか,原審においても主張した,反面調査の強行,調査内容の録音拒否,憲法16条に基づく請願権の行使の無視などの違法不当の諸点を勘案すると,本件税務調査は,「社会通念上当然に要求される程度の努力を尽くした」ものといえないことは明らかで,本件において控訴人が帳簿書類等の提示に応じなかったことをもって所得税法150条1項1号所定の取消事由に該当するとは到底いえない。

【本件更正処分の適法性①-訴えの利益について】

(1) 争点(2)・ア-「控訴人には,本件更正処分のち所得税の申告税額270万5100円を超えない部分について取消しを求める訴えの利益(狭義)があるか。」について

原判決「事実及び理由」中,「第二 事案の概要」の「四 争点に関する当事者の主張」の1のうち(被告の主張)及び(原告の主張)各記載のとおりであるから,これを引用する。

【本件更正処分の適法性②-本件分離長期譲渡所得について】

(2) 争点(2)・イa-「本件訴訟において,本件更正処分の処分理由として,本件審査請求の段階までの主張とは異なり,本件譲渡所得に措置法37条1項の適用はない旨の主張をなすことは許されるか。」について

ア 被控訴人の主張

a 次に訂正を加えるほかは,原判決「事実及び理由」中,「第二 事案の概要」の「四 争点に関する当事者の主張」の6のうち(被告の主張)記載のとおりであるから,これを引用する。

b 原判決の訂正

原判決36頁9行目の「というべきである。」の次に,「ちなみに本件確定申告時点で,本件確定申告書(乙45)及び譲渡内容についてのお尋ね兼計算書(甲10の2及び3)に,本件譲渡所得に措置法37条1項を適用するに足る事実関係が主張されていたわけではなく,このような場合,税務調査等において事実が判明した時点で正当な所得金額に是正されることが予定されているというべきところ,本件訴訟提起後,被控訴人において措置法37条1項の適否につき調査した結果,本件譲渡物件が事業の用に供されていなかったことが判明したため,総額主義の観点から正当な所得金額を主張しているものである。」を付加する。

イ 控訴人の主張

a 次に補充するほかは,原判決「事実及び理由」中,「第二 事案の概要」の「四 争点に関する当事者の主張」の6のうち(原告の主張)記載のとおりであるから,これを引用する。

b 補充主張

本件譲渡物件の存在とその税法上の性質は,被控訴人によって既に把握されていたものであって,本件訴訟の段階に至って初めて被控訴人が発見し,認識した事実ではない。にもかかわらず,訴訟の段階に至って,総額主義を盾に突如その点を蒸し返すのは国税不服審判前置制度の趣旨にもとるものである。更に,課税庁における税務相談での回答について,本来一体であるはずの行政機関なのに,税務署長等の権限のある者による回答ではないから課税庁は拘束されないというのは,取引の安全を著しく害する。このような観点から,本件訴訟における措置法37条1項不適用の主張は,信義則ないしは禁反言の原則により制限されるべきである。

(3) 争点(2)・イb-「本件訴訟係属後に収集した証拠(乙21ないし35)を,本件譲渡所得に措置法37条1項不適用の立証の証拠として用いることは許されるか。」について

ア 被控訴人の主張

原判決「事実及び理由」中,「第二 事案の概要」の「四 争点に関する当事者の主張」の7のうち(被告の主張)記載のとおりであるから,これを引用する。

イ 控訴人の主張

a 次に補充するほかは,原判決「事実及び理由」中,「第二 事案の概要」の「四 争点に関する当事者の主張」の7のうち(原告の主張)記載のとおりであるから,これを引用する。

b 補充主張

両当事者の対等を原則とする民事訴訟法において,税務訴訟だけが訴訟の段階に至っても当事者や関係者が課税庁の質問調査権の対象とされ続けるのは国民の裁判を受ける権利をないがしろにする違法不当なものである上,課税庁は,民事訴訟法上の証拠収集手続を用いることもできるのであるから,罰則という間接強制を盾に質問調査権を行使し収集した証拠は,著しく反社会的な方法を用いて収集されたものとして,いわゆる違法収集証拠(原判決にいう「特段の事情」)に該当するものとして証拠能力は否定されるべきである。

(4) 争点(2)・イc-「本件譲渡所得に措置法37条1項は適用されないか。」について

ア 被控訴人の主張

a 次に補充するほかは,原判決「事実及び理由」中,「第二 事案の概要」の「四 争点に関する当事者の主張」の8のうち(被告の主張)記載のとおりであるから,これを引用する。

b 補充主張

α 本件譲渡契約の時点で控訴人及びP2が本件譲渡物件を現実に鉄工所の事業の用に供していなかったことは争いがない。

ところで,事業用資産の買換えの円滑な実現を図ろうとする措置法37条1項の趣旨にかんがみると,従前事業の用に供されていた資産が譲渡当時,偶々,現実に事業の用に供されてなかった場合でも,客観的に明白な事業継続の意思の有無,当該資産の性質,現実の供用を停止した理由,上記停止後における当該資産の買換え準備の状況,供用を停止してから現実に新たな資産を取得するに至るまでの期間等に照らし,当該資産の譲渡時点において,その資産が未だ事業用資産としての性質を失ったと認められない場合は,当該資産は,措置法37条1項にいう事業用資産に該当するものと解される(同旨,最高裁平成7年2月23日第1小法廷判決・税務訴訟資料208号454頁)。

しかし,本件では,現実の供用が停止されたのは,新たな事業用資産に買い換えるために現実の供用を停止したのではなく,経営者のP1ががんで入院後まもなく死亡し,後継者もいなかったことにあり,控訴人において鉄工所の事業や不動産賃貸業を行う意思もなく,かつ,その意思が客観的に明白なものとして表現されてもいない。本件譲渡物件の譲渡に要した期間は5ヶ月余りであるが,これは買主の方から積極的な働きかけがあったからで,控訴人が事前に資産買換えのため売却を計画していたわけではなく,控訴人の方から本件譲渡物件を譲渡するための準備も積極的に行っていない。これら事情に照らせば,本件譲渡契約が締結された平成元年11月当時,本件譲渡物件は,事業用資産としての性質を失っていたというべきで,本件譲渡物件には措置法37条1項の適用はない。

β 措置法37条1項の規定は,譲渡所得について課税の特例を定めたものであり,個人が,譲渡所得の帰属者,すなわち所有者として,その有する資産を事業の用に供していたことを課税の繰り延べを認めるための要件としていることは明らかである(最高裁平成元年3月28日第3小法廷判決・判例時報1309号76頁)。

よって,本件においても,控訴人が本件譲渡物件を取得してから,「事業」の主体としてこれを事業の用に供していたか否かが問われるべきところ,控訴人自身,本件譲渡物件を取得した後,本件譲渡契約が締結するまでの間,本件譲渡物件を現実に事業に供したことはないのであるから,同人に措置法37条1項の適用はない。

イ 控訴人の主張

a 次に補充するほかは,原判決「事実及び理由」中,「第二 事案の概要」の「四 争点に関する当事者の主張」の8のうち(原告の主張)記載のとおりであるから,これを引用する。

b 補充主張

α P1の鉄工事業の用に供されていた本件各物件のうち,同人の死亡後,本件譲渡物件だけが譲渡の対象とされたが,本件各土地のうち本件譲渡土地3と本件非譲渡土地1(三木市α1324番1)は隣接しており,本件譲渡土地3の上には本件譲渡旧工場が,また,本件非譲渡土地1には比較的新しい工場(以下「本件新工場」という。)が建てられていた。

β ところで,措置法37条1項の事業用財産性の判断,すなわち,資産譲渡の時点において当該資産が未だ事業用資産としての性質を失っていないかどうかの判断において,「現実の供用停止後相当の期間内」か否かを中心に据えるべきであることは税務解釈上も既に確立しており,上記最高裁平成7年2月23日第1小法廷判決も,そのような観点から理解されるべきである。

本件は,被相続人P1が死亡した平成元年6月13日から,わずか5ヶ月余りしか経過していない同年11月20日,本件譲渡契約が締結されたものである上,P1の死亡直後の同年6月15日までは,従業員は僅かであっても,現実に鉄工所は継続していた。そして,P1の鉄工事業において一体として利用されていた本件新工場は現在も残存し,低圧電力契約が締結されており,本件譲渡旧工場内に設置された機械類は,売却により取毀すまで何時でも稼働可能な状態にあり,現に平成元年8月ころには,控訴人らの親戚から本件各物件を鉄工所として貸して欲しいとの申入れがあったほどである。本件非譲渡土地2は,従前,P1の鉄工業の用に供されていた土地で,本件譲渡土地が売却された後も同条所定の「業務」に準じる貸駐車場という賃貸の用に供されている。また,P2の分離長期譲渡所得については措置法37条1項の適用が認められている。これらによれば,本件譲渡物件は,事業用資産としての性質を失っておらず,措置法37条1項が適用されることは明らかである。

(5) 争点(2)・イd-「本件買換資産の取得価格のうち建物分の価格はいくらか。」について

原判決「事実及び理由」中,「第二 事案の概要」の「四 争点に関する当事者の主張」の9のうち(被告の主張)及び(原告の主張)各記載のとおりであるから,これを引用する。

【本件更正処分の適法性③-本件事業所得の金額に関して】

《本件手数料収入の金額について》

(1) 争点(2)・ウaの①-「本件手数料収入の全額を平成2年分の所得として計上することができるか。」について

ア 被控訴人の主張

a 次に補充するほか,原判決「事実及び理由」中,「第二 事案の概要」の「四争点に関する当事者の主張」の3のうち(被告の主張)記載のとおりであるから,これを引用する。

b 補充主張

本件委任契約において,P2の平成2年分の税務申告が重要な事項であったのならば(甲21・12頁),本件委任契約書はもとより,P2に対する「譲渡内容についてのお尋ね兼計算書」と題する書面関連書類(甲15の2及び3,甲16の1ないし3)に,本件譲渡所得に係る税務代理等の事務処理も含まれていることをうかがわせる記載があって然るべきところ,これらの書面にそうした記載は一切ない。かえって,控訴人は,毎年,P2の所得税申告を特に委任契約を締結することなく事実上行っていた経緯がある。

そして,本件の税務代理等に係る報酬は,P2の総所得金額を2000万円以上3000万円未満であるとしたとしても,その金額は合計39万円程度にすぎない。

また,P2は,同族会社である有限会社P5の代表者であって,当該会社から相当の給与を受けているものと考えられ,別途,税務代理等を委任するだけの資力を有していなかったとは考えられない。

控訴人が処理した委任事務の内容と本件手数料の各支払時期及び金額との間に対応関係が認められず,むしろ,累進税率による所得税の軽減を図る目的で,平成2年中に受け取るべき相当高額な本件手数料を同年から平成3年にかけ分割して受け取ることにした形跡がうかがわれ,本件手数料全額に相当する役務の提供は,所有権移転登記手続及びその売買代金が決済された平成2年1月時点で完了していたものというべきである。

イ 控訴人の主張

a 次に補充するほか,原判決「事実及び理由」中,「第二 事案の概要」の「四争点に関する当事者の主張」の3のうち(原告の主張)記載のとおりであるから,これを引用する。

b 補充主張

本件委任契約には,本件譲渡契約に係る買換承認申請という重要な税務申告手続が含まれており,この手続に関する役務提供が平成3年まで続いたことは明らかであって,630万円以外の報酬が平成3年中の役務に対する対価として支払われたことは何ら不合理ではない。3300万円あるいは5500万円という経済的利益は,平成2年1月の段階では確定しておらず,買換承認申請手続という重要な手続,役務が残されていた。この手続が完了した平成3年3月ころ経済的利益も確定したものとして残額1945万円が支払われ,平成3年分の収入として計上されたまでのことである。

なお弁護士業務では,労力投下の実質と対応関係にない報酬金額は,高額・低額を問わず,日常茶飯事に経験するところであり,報酬の受入時期との関係も然りであるから,控訴人が処理した委任事務の内容と本件手数料の各支払時期及び金額との間の対応関係を問題とすることには何ら意味がない。

(2) 争点(2)・ウaの②-「本件手数料収入全額が平成2年分の所得に計上される場合,平成3年分の減額更正をしない本件更正処分(増額更正)は違法か。」について

原判決「事実及び理由」中,「第二 事案の概要」の「四 争点に関する当事者の主張」の5のうち(被告の主張)及び(原告の主張)各記載のとおりであるから,これを引用する。

《本件事業所得に係るその他の収入について》

(1) 争点(2)・ウbの①-「本件訴訟係属後に収集した証拠(乙1及び2,乙5ないし14)を,控訴人の本件事業所得に係る収入を立証するための証拠として用いることは許されるか。」について

上記【本件更正処分の適法性②-本件分離長期譲渡所得の金額に関して】の(3)で整理したとおりであるから,これを引用する。

(2) 争点(2)・ウbの②-「その他の収入金額はいくらか。」について

原判決「事実及び理由」中,「第二 事案の概要」の「四 争点に関する当事者の主張」の4のうち(被告の主張)及び(原告の主張)各記載のとおりであるから,これを引用する。

第3当裁判所の判断

A  本件青色申告承認取消処分の適法性について

1  結論

当裁判所も,以下の理由により本件青色申告承認取消処分は適法であると判断する。

2  認定事実-本件税務調査の経緯等

(1) 本件税務調査の経緯等については,次に訂正するほかは,原判決「事実及び理由」中,「第三 当裁判所の判断」の二,2において認定されたとおりであるから,これを引用する。

(2) 原判決の訂正

ア 原判決53頁1行目の「右架電の際、」の次に「c職員が申告された所得金額が正しいかどうかの確認である旨説明したところ,控訴人は,それでは理由にならないとして,」を加え,同2行目の「原告は」を削除する。

イ 同頁8,9行目の「弁護士には守秘義務があることと」を「弁護士業は依頼者との間に高度の信頼関係を維持するため守秘義務を負っており,その守秘義務に反しないようにするため,調査の具体的必要を明らかにした上,その範囲を絞る必要があることと」に改める。

ウ 同頁末行の「確認に来た、」の次に「控訴人は青色申告をしている以上,帳簿等を備付けていると思うので,その」を加える。

エ 同54頁4行目の「c職員は、」の次に「控訴人から帳簿や領収書等の関係書類の提示がなければ申告額の検討ができないと繰返し帳簿等の提示を要請したが、これ」を加え、同行の「繰返しの要請にもかかわらず原告が帳簿等の提示」を削除する。

オ 同60頁10行目の「原告が」の次に「一方的に」を,同頁11行目の「会う」の次に「ことにする」をそれぞれ加え,同行の「述べて」を「述べ立て」に改める。

カ 同61頁4行目の「原告は、」の次に,「私の意思に反して止められないでしょうと述べて、」を加える。

3  判断

(1) 所得税法150条1項1号所定の取消事由と提示拒否

ア 所得税法150条1項1号は,青色申告者につき帳簿書類の備付け,記録及び保存が大藏省令で定めるところに従って行われていない事実がある場合には,税務署長は,青色申告の承認を取り消すことができるものと規定しているが,帳簿書類の提示を拒否した場合に青色申告の承認を取り消すことができるかは,上記規定の文言上必ずしも明らかではない。

しかし,青色申告制度は,申告納税制度のもとにおいて適正課税を実現するために不可欠な帳簿の正確な記帳を推進する目的で設けられたものであって,適式に帳簿書類を備え付けて,取引を忠実に記載し,かつ,これを保存する納税者に対して青色申告書による申告を承認し,青色申告書を提出した納税者に対しては,推計課税を認めないなどの納税手続上の特典及び各種準備金,繰越欠損金の損金算入などの所得計算上の特典(以上の特典につき同法52条ないし54条,57条,70条,155条1項,2項,156条等)を付与しているのである。

このような青色申告制度の趣旨に照らすと,青色申告者が帳簿書類に対する当該職員の調査を拒否することにより,当該職員において,帳簿書類の備付け等が正しく行われているか否かを確認し得ない場合にまで,上記特典を享受させることは青色申告制度の本旨に反することは明らかであって,このような場合,青色申告の承認を取り消した上で白色申告者として推計により更正をなし得ることを法は当然に予定しており,同制度は,帳簿書類の状況が税務署職員の質問調査権に基づく調査により確認できる状態にあることを不可欠・当然の前提要件とされているものと解される。すなわち,所得税法148条1項所定の帳簿書類の備付け等の意味内容は,当該職員が必要に応じて何時でも帳簿書類を閲覧し得る状態に置くべきことを当然含意しているものというべきである。

よって,青色申告者が当該職員から所得税法234条の質問調査権に基づき,上記備付けを義務づけられた帳簿書類の提示を求められたのに対し,正当の理由なくこれを拒否し提示しなかった場合は,青色申告承認の取消事由として同法150条1項1号が規定する帳簿書類の備付け,記録又は保存が大藏省令で定めるところに従って行われていない場合に該当すると解するのが相当である。

イ なお控訴人は,所得税法150条1項1号所定の取消事由に「提示拒否」が含まれるとしても,その判断に当たっては税務署側が帳簿書類の備付け等の状況を確認するために,社会通念上当然に要求される程度の努力を尽くしたと認められることが必要であり,その審査は厳格に行われるべきである旨主張する。

もとより青色申告承認の取消処分は青色申告者から種々の特典をはく奪する不利益処分であるから,必ずしも明文の根拠を有しない「提示拒否」の認定は慎重に行われるべきはいうまでもない。しかし,帳簿書類の備付け等を怠っていて,当然青色申告の承認の取消事由が認められて然るべき事案であるのに,青色申告者が提示を拒否しさえすれば,税務署職員の対応いかんによってはその取消処分を免れるというのは不合理である。

上記のとおり青色申告制度は,青色申告者の側において単に所定の帳簿書類の備付け等が行われているというだけでなく,その帳簿書類が税務署職員の質問調査権に基づく調査により確認できる状態にあることを不可欠・当然の前提要件としているから,税務署職員の対応を問題とする以前に,青色申告者に備付け帳簿書類の提示ないし閲覧に応じる義務を負わせているのであって,税務署職員が社会通念上当然に要求される確認努力を尽くしたことを前提に青色申告者に上記提示ないし閲覧義務が発生するものではない。

よって,控訴人が指摘する税務署職員の対応いかんは,その質問調査権の行使のあり様を一義的に拘束するものではなく,提示拒否に正当な理由があるか否かを判断する当たって,斟酌されるべき事由の一つにとどまるものというべきである。

(2) 以上を前提に,本件税務調査において控訴人に所得税法150条1項1号所定の取消事由が存するか否かついて検討する。

ア 上記認定事実によれば,本件税務調査は,平成4年9月初旬から同5年3月下旬にかけの6ヶ月間にわたり行われたものであるが,その間,被控訴人部下職員は,平成4年9月16日,同月21日,同年10月16日,同年11月27日,同5年1月22日,同年3月12日の合計6回にわたって控訴人と面会し,あるいは,その前後に架電するなどした上,控訴人の青色申告に係る所得確認のため必要であるからとして,備付け帳簿書類の提示ないし閲覧を求めたのに対し,控訴人は,その提示ないし閲覧の求めに一切応じなかったことが認められる。

このように控訴人は,本件税務調査の全過程を通じて一貫して,被控訴人部下職員からの備付け帳簿書類の提示要請に応じようとしなかったのであるから,かかる対応が帳簿書類等の「提示拒否」に該当することは明らかで,「提示拒否」に正当な理由が認められない限り,所得税法150条1項1号の取消事由に該当するところ,次の事実が認められる。

イ 問題点の早期不提示について

控訴人は,被控訴人において本件税務調査開始の段階から問題点を把握することが可能であったのに問題点を絞った限定的な調査を試みる努力を全くしていない旨主張するが,控訴人に対し,所得税法234条所定の質問調査権に基づき,備付けに係る帳簿書類の提示等を求めているところ,質問調査権の行使に当たって,どのような手法等を採用するかは税務職員の合理的裁量に委ねられていると解され(最高裁昭和48年7月10日第3小法廷決定・刑集27巻7号1205頁),そして,本件確定申告書はもとより,控訴人提出に係る平成2年分の青色申告決算書(乙46)にも,「月別売上(収入)金額及び仕入金額」欄に何らの記載もないことからすると,被控訴人の部下職員が問題点の限定を試みることなく,被控訴人が備付けが義務付けられている帳簿書類一切の提出を求めて申告の正確性等を確認する手法を採用したのは,当然の措置であって,控訴人の提示拒否を正当化する事情がないことは明らかである。

ウ 具体的理由の不開示について

控訴人は,弁護士の守秘義務について理解を求めるとともに,調査の具体的理由が明らかにされた上であれば提示資料を限定して提示する旨一貫して主張したにもかかわらず,被控訴人の部下職員は,上記の点に一切配慮することなく調査を進めた旨主張する。

確かに上記認定事実によれば,被控訴人部下職員は,平成元年分ないし3年分の所得税の各確定申告書に記載された金額が適正であるか否かを確認するためとして,繰返し各年度の帳簿書類一切の提示を求めているにとどまり,その具体的な理由等を明らかにしていないが,上記質問調査権の行使に当たり,具体的・個別的な調査理由ないし必要性を明らかにすることは要件とはされておらず,税務調査の理由なり必要性をどの程度明らかにするかは,被控訴人部下職員の合理的裁量に委ねられていると解され(上記最高裁昭和48年7月10日第3小法廷決定),そして,上記のとおり,平成2年分の青色申告決算書(乙46)には,「月別売上(収入)金額及び仕入金額」欄に何らの記載もないのであるから,税務調査の理由なり必要性を具体的に明らかにすることは難しいのみならず,青色申告決算書という重要な書類の「月別売上(収入)金額及び仕入金額」欄に何らの記載もないということは,大藏省令の定めに従った帳簿書類の備付け等が行われていなかったことが疑われるところであったのである。

これら事情からすると,税務調査を担当する税務署職員が,調査理由等を具体的に明らかにせず,備付け帳簿書類等一切の提示を求めたとしても,調査の手法として,合理的裁量の範囲を逸脱するものではないことは明らかである。

以上のほか,原判決「事実及び理由」の「第三 当裁判所の判断」の二,3,(二),(2)において指摘された事項を併せ考慮すると,本件税務調査に当たって,その具体的理由ないし必要性等が明らかにされなかったことは控訴人の上記提示拒否を正当化するものではなく,控訴人の上記主張は理由がないものというべきである(弁護士の守秘義務との関連については後記エにおいて検討する。)。

エ 弁護士の守秘義務に対する配慮の欠如について

a 控訴人は弁護士業務に従事し,依頼者との関係で高度の守秘義務を負っているところ,この守秘義務は,弁護士にとって業務に対する信頼を確保するうえで必要不可欠・当然に遵守が要請される重要な義務である。

そして,上記認定事実によれば,本件税務調査の過程において,被控訴人部下職員の方から積極的に控訴人の守秘義務に対し配慮を示す言動がなされた形跡はうかがわれないが,他方,弁護士も納税義務を負う一国民であって,依頼者に対し守秘義務を負うからといって税法上特別の地位を得ているものではなく,とりわけ青色申告の承認を受けている場合には,これにより他の一般国民と同様,各種の特典を付与されることになるのであるから,弁護士といえども税務署職員がその必要に応じて何時でも帳簿書類等を閲覧しうる状態に置く必要があるところである。

もとより,守秘義務との関係で,備付け帳簿書類等一切の提示に応じられないような事情が存する場合もあるであろうが,そうだとしても,青色申告制度の趣旨からすると,そうした事情の存することを告げ理解を求めると共に,より差し障りの少ない提示方法等を提案するなどの税務調査に協力する義務も負っていると解される。

上記認定事実によれば,被控訴人部下職員が本件税務調査の目的が控訴人の申告所得額の正確性の確認にあることを再三にわたり説明し理解を求めようとしているにもかかわらず,控訴人は,一般論として自己には弁護士としての守秘義務があることなどを強調した上,調査の具体的理由ないし必要性が明らかにされない限り,帳簿書類等の提示には応じられないと申し立てるなど本件税務調査の全過程を通じて非協力的な姿勢に終始し,専ら,税務署職員の対応・配慮いかんを問題としているのである。

そうすると,そもそも,控訴人には本件税務調査に対する上記協力義務を尽くす意思は認められず,被控訴人部下職員の守秘義務に対する対応・配慮いかんを問題とする前提に欠けるというほかない。

弁護士が税務調査に対して,上記のような協力義務を負うとした場合,その過程で守秘義務に含まれる事項が税務署職員に知れる可能性はあるが,そもそも守秘義務を負う弁護士に対しても所得税法234条に基づく質問調査権の行使が容認されているのであるから,守秘義霧に含まれる事項が税務署職員の知るところとなることは法によって当然予定されているものとみるほかなく,本件を含め一般に税務調査の対象となる帳簿書類は,依頼者からの金員支払いの事実等経済的な取引の側面に関するものに限られ,これらの事項にも守秘義務が及ぶとしても,その保護の必要性はその限度で制約を受け,さらに,税務署職員も調査の過程で知り得た事項については守秘義務を負い,その義務に違反した場合には,所得税法によって国家公務員法上のそれよりも重い罰則が課せられるのである(所得税法243条等,なお国家公務員法109条12号)。よって,弁護士に対して上記程度の義務を課したとしても,その業務に過大な制約を加えるものであるとはいえない。

上記説示のとおりであって,本件税務調査の過程において,被控訴人部下職員の方から積極的に控訴人の守秘義務に対し配慮を示す言動がなされた形跡はうかがわれないが,そのことは控訴人の上記提示拒否を正当化するものではない。

b 控訴人は,当審において,被控訴人部下職員の調査態度は,従前のそれと全く異なり,弁護士の守秘義務に対する配慮が全く欠けていたばかりか,これを完全に否定するかのごとき言動に終始したため,控訴人としては,警戒感を抱き,帳簿等の提示に消極的な態度を示したもので,被控訴人部下職員の態度が上記のようなものでなければ,従前どおり,具体的な帳簿等の掲示方法を提案するなど調査に協力していたが,そのような提案をする状況にはなかった旨を補充して主張するが,本件全証拠をし細に検討しても,控訴人の上記主張事実,すなわち被控訴人部下職員の調査態度は,従前のそれと全く異なり,弁護士の守秘義務に対する配慮が全く欠けていたばかりか,これを完全に否定するかのごとき言動に終始したとは認められない。

オ 違法不当な反面調査等について

被控訴人が反面調査に対する控訴人の理解を得る努力を怠ったまま反面調査を強行したとか,請願権の行使に対応が不誠実であるとか,あるいは調査内容のテープ録音を拒否したことには理由がなく不当であるなどと主張しているが,いずれも原判決「事実及び理由」の「第三 当裁判所の判断」の二,3,(二),(4)ないし(6)記載のとおりでから,これを引用する。そうすると上記各点を理由とする帳簿書類等の提示拒否に正当な理由がないことは明らかであるから,控訴人の上記各主張はいずれも理由がない。

なお,控訴人は,本件青色申告承認取消処分の後,被控訴人が控訴人に対して青色申告用紙を送付し続けたことなどを理由として,本件青色申告承認取消処分は,本件更正処分等における理由附記を回避する目的でなされたものである旨主張するが,上記控訴人主張に係る各事実だけでは本件青色申告承認取消処分が上記目的でされたことを推認するに足りず,その他,控訴人主張の上記事実を認めるに足る的確な証拠はなく,よって,控訴人の上記主張も理由がない。

カ まとめ

以上のとおり,控訴人の上記提示拒否は正当な理由がなく,所得税法150条1項1号所定の取消事由に該当する。

B  本件更正処分等の適法性について

【訴えの適否】

争点(2)・アについては,当裁判所も,本件訴えのうち,本件更正処分について控訴人の申告した所得税額270万5100円を超えない部分について取消しを求める部分は訴えの利益(狭義)を欠き不適法であると判断する。その理由は原判決「事実及び理由」の「第三 当裁判所の判断」の一記載のとおりであるから,これを引用する。

【請求の当否-処分それ自体の適否】

1 結論

当裁判所も,以下の理由により本件更正処分等は適法であると判断する。

2 指針-総額主義と審理の対象

(1) 本件更正処分の適法性に関する当裁判所の判断は,いわゆる総額主義の立場を前提とする(最高裁昭和36年12月1日第二小法廷判決・集民57号17頁,同平成4年2月18日第三小法廷判決・民集46巻2号77頁)。

すなわち一般に課税処分取消訴訟の訴訟物は,当該処分の違法一般であるところ,上記総額主義の下では,課税庁が課税処分時に認識した処分理由に誤りがあったとしても,課税処分によって確定された税額が処分時に客観的に存在した税額を上回らない限り,課税処分は適法であると解される。

したがって,上記取消訴訟の審理の対象としては,当該課税処分によって確定された税額が処分時に客観的に存在した税額を上回るか否かを判断すれば足り,その結果,前者の税額が後者のそれを上回ることが判明した場合に,当該課税処分は違法となり,取消しを免れないこととなる。

(2) これを本件についてみるに,本件更正処分によって確定された税額の算出基礎とされた課税標準額(総所得金額と分離長期譲渡所得金額の合計)は,原判決別表2「更正」欄(1)③及び(2)記載の金額の合計4223万8497円であり,その税額は918万0100円であるところ,この税額が本件更正処分時に客観的に存在した税額を上回らない限り,本件更正処分は適法ということになる。

3 本件譲渡所得の金額をめぐる争点について

(1) 争点(2)・イaについて

ア 当裁判所も,被控訴人は本件訴訟において本件譲渡所得に措置法37条1項の適用がない旨の主張をなすことが許されるものと判断するが,その理由は,原判決「事実及び理由」の「第三 当裁判所の判断」の六記載のとおりであるから,これを引用する。

イ なお,控訴人は,上記のとおり,当審でも国税不服審判前置制度との関係,信義則との関係等について,るる主張するが,いずれも原審における主張の蒸し返しにすぎず,その域を出るものではない。ちなみに本件更正処分の時点では,本件確定申告書(乙45)には本件譲渡物件の利用状況等を知りうる記載はなく,また,その後,控訴人が税務署長からの質問に返答した,譲渡内容についてのお尋ね兼計算書(甲10の2及び3)にも本件譲渡物件の利用状況につき「自分の事業用に供していた。」との欄に〇がしてあるだけで,本件譲渡物件に措置法37条1項が適用されるか否かを判断するに足る記載は認められない。このような場合,本件訴訟の提起後,別途収集した証拠に基づき措置法37条1項の適否が検討されたとしても,それ自体は本来,予定された所得金額の是正行為であるといえ,何ら不合理なものとは解されない。

控訴人の上記補充主張は,上記結論を左右するに足るものではない。

(2) 争点(2)・イbについて

ア 当裁判所も,本件訴訟係属後に収集した証拠(乙21ないし35)を,本件譲渡所得に措置法37条1項の適用がないことの立証のため用いることは許されるものと判断する。

イ 本件訴訟係属後に収集された上記の各証拠(乙21ないし35)は,いずれも所得税法234条1項所定の質問調査権の対象者以外の者に対する照会文書によって得られたものである。同条所定の質問調査権の行使は一種の任意調査に属するものとはいえ,間接的ながら罰則による強制が予定されている以上(所得税法242条8号),上記質問調査権の対象者以外の者に対して,これを行使することには疑義があろう。

しかし,課税処分取消訴訟はいわゆる抗告訴訟の一つであるも,民事訴訟と同様に当然弁論主義の原則が妥当(行政事件訴訟法3条2項,7条,なお旧民事訴訟法規則4条)し,課税庁たる被控訴人も上記訴訟の一方当事者として,自己に有利な証拠を収集し,これを弁論に提出する権限が認められるのであるから,その証拠収集のため照会が,あくまで純粋な任意調査の範囲内にとどまるものである限り,これを違法とする理由はない。そして,上記各文書(乙21ないし35)の「照会」欄には「御多忙中のところ恐縮ですが,行政事件訴訟遂行上必要がありますので,下記の事項についてお調べの上〇月〇日までに御回答ください。」と記載されているにとどまり,「調査を要する者」はあくまでP5鉄工所であることが明示され,その様式,記載内容は上記質問調査権の対象者に対する照会文書(乙1,2,乙5ないし14)とも明らかに異なっている。

そうすると上記各文書は,あくまで質問調査権の行使とは異なるものであって,任意の問い合わせとしてP5鉄工所の取引関係者に送付されたものと認めるのが相当である。したがって上記各文書の収集は,純粋な任意調査の範囲を逸脱するものではなく,このようにして収集された文書を証拠として提出することに何ら違法はないものと解される。

控訴人は,上記各照会文書(乙21ないし35)の相手方が被控訴人からの照会に応じたのは,上記質問調査権の対象とされているものとの誤解によるものであって,かかる誤解に乗じた任意調査は納税者を欺く職権濫用行為であって違法である旨主張しているが,この主張は控訴人の独自の見方を前提とするものであって採用の限りではない。

よって,本件訴訟係属後に収集した証拠(乙21ないし35)は,本件譲渡所得に措置法37条1項の適用がないことの立証のため用いることができるものというべきである。

(3) 争点(2)・イcについて

ア 当裁判所も,本件譲渡所得に措置法37条1項に定める買換え資産の特例の適用はないものと判断する。

以下その理由を詳述する。

イ 認定事実(上記前提事実,甲21,甲33の1及び2,乙15ないし31,乙55,乙58及び59,原告(控訴人)本人尋問の結果,弁論の全趣旨)

a P1は,昭和30年代ころから,本件各土地の新旧2棟の工場において,P5鉄工所という名称により鉄工業を営んでいた。

なお昭和28年建築の古い本件譲渡旧建物は,本件譲渡土地と本件非譲渡土地2にまたがるようにして建てられており,また,新しい方の本件新工場は,本件非譲渡土地1の上に本件譲渡旧工場と接するように建てられていた。P1は,昭和57年8月,養父のP4から本件各物件を相続した。

b P5鉄工所には,多いとき3名の工員がいたが,その数はしだいに減り,平成元年3月ころには40歳代の男性僅か1名だけとなったところ,P1は,同月,がんで入院し,妻のP2が,上記男性工員一名を使用して同鉄工所を続けることになった。上記男性工員は同鉄工所を続けるのに必要な工作技能は持っていたが,新たな注文を取りつける能力はなかった。他方,P2は,P1の看病に忙しく,同鉄工所の経営に専念することはできなかった。そのため,P1が入院する前に取ってきた注文を,上記男性工員が細々とこなし操業を続けるのがやっとの状態であったところ,その男性工員も同年5月,解雇され同鉄工所を去った。そのころからP5鉄工所は,事実上,その操業を停止し,工場も閉鎖された状態になった。

c 同年6月13日,P1は66歳で死亡し,その翌々日,取引先から代金決済の入金がなされたが,それ以降は取引がなされた形跡はない。

P1の息子である控訴人は弁護士であり,また,当時既に57歳であったP2には鉄工所を継ぐだけの技能はなく,他に後継者と目される者も存しなかった(以下P2と控訴人を一括して「P2ら」という。)が,P2らは,新たに後継の経営者を探そうとはしなかった。

そうしたところ,同年夏ころになって,親類の者から鉄工所を経営したいとの申出があったが,P2らの方から上記親戚の申出を断り,同人らは,その後も鉄工所の事業を再開するため後継者等を探そうとはしなかった。

なお,本件譲渡旧工場内に備え付けてある機械自体は,いつでも作動させることができたが,P1の死亡後,上記親戚の申出に対し,試しに作動させて見せたことがあるほかは,これを作動させた形跡はない。

d ところで播州信用金庫は折から三木支店の新規出店を計画し,同金庫の理事総務部長P3は,出店として本件各土地に着目し,平成元年5月ころから頻繁に本件各土地の様子をうかがい,近隣の者からも事情を聞いたりしたところ,地上の各工場はいずれも操業を停止し閉鎖されている状態に見えたことから,登記簿から本件各土地所有者がP1であることを知り,同人宅を訪問したが,P1が死亡していたため,P2と数回交渉した。

P3は,P2に対し,本件各非譲渡土地の買取りを申し出たが,P2は,本件非譲渡土地1に立っている本件新工場は,亡きP1自身が自らの作業により建設した工場で,思い出深いものであから形見として残しておきたいとの意向を示したので,P3は,上記各土地に代え,本件各譲渡土地の買取りを申し出たところ,P2は,これを承諾した。

P3は,弁護士であるP1の息子の控訴人と交渉の上,同年11月20日,P2らとの間で,本件譲渡契約を締結したが,本件譲渡土地3の上に建てられていた本件譲渡旧工場も譲渡の対象とされたものの,老朽化の程度がひどく価値のないものとして扱われた。

e 控訴人らは,平成2年1月31日,本件譲渡契約に基づき,同金庫に対し,残代金9900万円の受領と引換に本件譲渡物件の所有権移転登記手続を完了した。そして,P2は,同年2月28日,亡きP1の平成元年分所得税の準確定申告書を提出したが,その申告書の事業所得の記載欄には,「一年一月より廃業」との記載があるのみで,事業所得の金額やこれに係る収入金額は記載されていない。なお本件譲渡旧工場は,平成3年5月ころ同金庫の手によって取り毀されたが,それ以前にP2らは明渡しを済ませた。

f 他方,本件新工場は,現在に至るまで,本件非譲渡土地1上に建てられたままであり,その工場内には機械類が保管され,低電圧契約も締結されているが,P2らは上記機械類を動かしたことはなく,もとより操業を再開した経緯もない。

なお平成4年1月,播州信用金庫は,上記三木支店の新規出店近くになって,駐車場のスペースを確保する必要に迫られ,急きょ,控訴人に対し,本件非譲渡土地2の一部の賃借りを申し出たところ,控訴人は,これに応じて上記土地の一部を駐車場用として賃貸し,今日に至っている。

ウ 判断

a 措置法37条1項に定める買換えの特例は,事業用資産が設備更新等のため譲渡される場合に,その買換えを円滑にし,事業の合理化と生産財の有効利用を図るために,一定の要件の下で,上記譲渡所得に対する課税を軽減するもので,上記事業用資産とは,営利を目的として自らの危険と計算において継続的に行う事業のために使用する資産であって,原則として,資産が譲渡された当時,現実かつ継続的に事業の用に供されているものと解される。

もっとも,事業用資産の買換えの円滑な実現を図ろうとする上記措置法の趣旨にかんがみれば,従前事業の用に供されていた資産が,譲渡当時,偶々,現実に事業の用に供されていなかった場合でも,①客観的に明白な事業継続の意思の有無,②当該資産の性質,③現実の供用を停止した理由,④上記停止後における当該資産の買換えの準備状況,⑤供用を停止してから現実に新たな資産を取得するに至るまでの期間の長さ等に照らし,当該資産を譲渡した時点において,未だ事業用資産としての性質を失っているものではないと認められる場合は,当該資産は,措置法37条1項にいう事業用資産に該当するものと解すべきである。

b そこで以上の観点から,上記認定事実を前提に,本件譲渡物件の事業用資産性について検討する。

α 上記認定事実によれば,本件譲渡物件は,従前,P1が経営していたP5鉄工所の事業の用に供されていたが,平成元年5月ころには,技能を有する工員が一人もいなくなり,その結果,事実上,同鉄工所の操業を継続することができず,操業停止=工場閉鎖の状態に追い込まれると共に,P1が死亡した後は,一度代金決済があっただけで,それ以降,取引先との取引は一切行われた形跡がない。

そうすると本件譲渡契約が締結された平成元年11月20日当時,本件譲渡物件は現実かつ継続的に上記鉄工事業の用に供されていなかったことは明らかであり,したがって,それでもなお上記事業用資産に該当するものと認められるためには,本件譲渡契約当時,本件譲渡物件が未だ事業用資産としての性質を失っていないことが必要である。

β 上記認定事実によれば,控訴人自身は弁護士業務に従事する者であって,原則として営利を目的とする業務に従事することは許されず,また,そのような意思を有していなかったことは明らかである。よって,上記事業継続の意思は専らP2につき問題とされるべきところ,同人は,P1ががんで入院した後,事実上の経営者としてP5鉄工所を切り盛りする立場にあったが,年齢も60歳に近く,鉄工工作の技能も有していなかった。これに加え,最後に残った工作技能を有する男性工員まで解雇したばかりか,P1死亡後も,新たに工員や事業の後継者を探そうとはせず,せっかくの親戚からの鉄工所経営の申出も自ら断ったばかりか,播州信用金庫からの買受けの申出に際しては,本件新工場はP1の思い出が深く,形見として残して置きたいとの理由から,その工場敷地の本件非譲渡土地1の売却を断ったのである。

これらの事情からすると,本件譲渡契約が締結された時点で,P2は既に事業継続の意思は喪失しており,同人に客観的に明白な事業継続の意思など認められないことは明らかである。

結局,P2がP5鉄工所の操業を停止し,本件各工場を事実上閉鎖したのは,30年以上もの間,経営者として同鉄工所を切り盛りしてきた夫のP1が,後継者を残さないままがんで死亡したこと,自らには鉄工業を続けるだけの技能がなく,年齢も年齢である上,控訴人を含め事業継続のための協力者も得られなかったことなどによるものと認められ,このような操業停止の理由からすると,本件譲渡物件を鉄工事業の用に供することは客観的にも不可能な状況にあったものといわざるを得ない。現に,P1が死亡した後,本件譲渡契約を締結するまでの間,本件譲渡旧工場においてP5鉄工所の操業再開が企図された形跡はないばかりか,この旧工場と一体の関係にあった本件新工場に至っては,今日までの10年以上もの間,一度も操業再開に供されたことはなく,閉鎖されたままの状態が続いている。

以上の各事情にかんがみるならば,本件譲渡契約が締結された当時,本件譲渡物件は,既に事業用資産としての性質を失っていたものと認めるのが相当である。

c 控訴人は,事業用資産としての性質を失ったかの判断は,譲渡資産が現実の供用が停止された後,「相当の期間」を経過したか否かを中心に据えるべきで,本件各物件は,その供用が停止されてから,本件譲渡契約が締結されるまでの期間は僅か5ヶ月余りにすぎず,P1の死亡直後までは,従業員は僅かであっても,現実に鉄工所は継続していたこと,P1の鉄工事業において一体として利用されていた本件新工場は現在も残存しており,低圧電力契約が締結されていること,また,本件譲渡旧工場内に設置された機械類は,売却により同旧工場が取り毀されるまで,いつでも稼働可能な状態にあり,現に平成元年8月ころには,控訴人らの親戚から本件各物件を鉄工所として貸して欲しいとの申入れがあったこと,本件非譲渡土地2は,従前,P1の鉄工業の用に供されていた土地であったが,本件譲渡土地が売却された後も同条所定の「業務」に準じる,貸駐車場の用に供されていることのほか,P2の分離長期譲渡所得については措置法37条1項の適用が認められていることなども併せ考慮すると,本件譲渡物件は未だ事業用資産としての性質を失っていなかったものというべきである旨主張している。

しかし,「譲渡資産が現実の供用が停止された後,相当の期間内を経過したか否か」の判断は,上記aの①ないし④の要素を総合して決せられるべき問題であり,供用停止後譲渡までの間,どの程度の期間が経過したかを他の事案と形式的に比較検討することには余り意味がなく,かえって,事業用資産の買換えの円滑な実現を図ろうとした上記措置法の趣旨に反する非常識な結果を生じかねないのである。

すなわち,経過期間の長短は上記の総合判断の一要素として斟酌すれば足りるところ,本件譲渡物件の供用が停止されてから本件譲渡契約が締結されるまで5ヶ月余りの期間しか経過していないが,このように比較的短い期間内に本件譲渡物件を売却できたのは,偶々,播州信用金庫が,その近くに支店の新規出店を計画し,そのための敷地を物色中であったからで,P2らが速やかに事業用資産の買換えへ向け積極的に行動したからではない。

また,その間,本件譲渡旧工場内に事業用の機械類が備え付けられたままの状態であったという事実も,一度も,これらを利用して操業を再開するための計画なり準備がなされた形跡がなく,また,これらの機械を扱える工員等を雇い入れようとした経緯さえもないこと(なお上記親威からの鉄工所借受けの申出は,P2らの方から断っている。)などにかんがみると,上記機械類は操業再開に備え,本件譲渡旧工場内に保管されていたものとは認め難い。

本件譲渡旧工場と一体として鉄工所の事業に供されていた本件新工場に今も低電圧契約が締結され,その中に事業用の機械類も保管されたままの状態であるという事実も,本件新工場が譲渡の対象から外された経緯に加え,P1が死亡してから10年以上の歳月が流れているのに,本件新工場において鉄工所の操業が再開された形跡が一度もないことや,その電気使用量も待機電力のそれ程度にとどまることなどにかんがみると,P2に事業継続の意思があったとみることはできない。

本件非譲渡土地2が同金庫に対して駐車場として賃貸しされた事実についても,その賃貸しが行われたのは,本件譲渡契約が締結されてから2年余りも経過した後のものであることや,その賃貸しに至った経緯などに照らすと,本件譲渡物件の事業用資産性を明らかにするうえで関連性のある事実とは認め難い。

以上のとおり,控訴人の上記主張は,いずれも理由がなく採用できない。

d よって,本件譲渡物件には措置法37条1項の適用はないものというべきである。

4 まとめ

以上の検討によれば,本件譲渡物件には措置法37条1項の適用はなく,したがって,本件分離長期譲渡所得の金額は,原判決別表7記載のとおり,4741万9036円となり,この金額(なお1000円未満切捨て,国税通則法118条1項)に対する税額は,下記のとおり措置法31条1項2号により985万4750円と算出される。

そうすると本件更正処分時には,少なくとも上記金額(985万4750円)から前記第2,2,(2),エ,c記載の源泉徴収税額23万5636円を差し引いた金額(961万9114円)以上の金額(961万9114円+α円)の税額が客観的に存在していたと認められ,そして,この税額が本件更正処分によって確定された税額(918万0100円)を上回ることは明らかであるから,上記のα円に相当する本件事業所得及び給与所得に対する税額を確定するまでもなく(したがって本件事業所得に関する争点を検討するまでもなく),上記2記載のとおり,本件更正処分は適法であることに帰着する。

なお,本件更正処分が適法である以上,これに基づきなされた本件加算税賦課決定処分も適法である。

(4741万9000円-4000万円)×0.25+800万円=985万4750円

第4結語

以上のとおり,本件訴えのうち,本件更正処分について控訴人の申告した税額270万5100円を超えない部分の取消しを求める部分の訴えは不適法であるからこれを却下し,その余の請求はいずれも理由がないから棄却すべきもので,これと結論を同じくする原判決は相当であるから,本件控訴を棄却することとし,よって,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岡部崇明 裁判官 白井博文 裁判官 伊良原恵吾)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例